千雨が狼に犯されながら狼になった後、狼をぶち殺す話 【完結】 作:ミキマル
学校というものは不思議なもので、昼と夜とでその姿を大きく変える。
昼は和気藹々と生徒の活気ある声がそこら中で響き合い、咎める教師が彼らを叱咤する。そこに暗い影は見えない。
しかし夜になるとその顔は一変、人一人居ない静寂した空間に成り果てる。
昼と夜とのギャップがより一層この空間を恐ろしく不気味な空間を生み出しているのかも知れない。理科室や準備室、日の当たらないリノリウムの踊り場など、思えばお昼の学校というものもその兆しか見え隠れていた。
そんな夜の学校に蠢く一つの影。
誰も居ないはずの学校でその影が誰の目にも触れることなくどんどん奥へと進んでゆく。
玄関、廊下、階段、そして2階へ。その影はそのまま長い廊下を歩み進んで行った。
街灯の灯りがほんの僅かであるが廊下の窓から差し込み、そのまま影を作る。その影は2本足、そしてその後ろにはもう1本別の影が写り込む。
歩くのに合わせてゆさゆさと揺れるもう1本の影。そして影か止まるのと同じくして、その1本の影は下向きにだらりと下がってしまった。
「もう二月になるのか…」
ゆっくりと取っ手に手を掛ける影の正体、ヒトの姿に形を変えた長谷川千雨は遂二月程前まで通っていた学び舎の新しい教室の扉の前に、尻尾と耳を垂らしながら、一人漠然とただ突っ立っていた。
麻帆良学園のみならず、学校と言うモノでは摩訶不思議な怪奇現象など不思議なお話が絶える事ない。
夜中こっそりと動き出す二宮金次郎像、個室トイレの三番目に生息する花子さんなどスタンダードなタイプからその学校特有の怖い話まで。それらを7つ集め、子供たちは七不思議と呼ぶ。
そしてここ麻帆良学園にもその様な類の話がある。
それは「座らずの席」
曰くA組の出席番号一番は何故か常に空席であり、そこに座ると寒気に襲われると言うシロモノ。なので誰もがこの席を使わずA組の出席番号は2番から始まるのである。
さて唐突であるが何故この様な話を始めたのか。それはこの七不思議の正体に関係した。
その正体はここ麻帆良の地に縛られる地縛霊「相坂さよ」
地縛霊としてこの地に居座り続け60年の歳月が経とうとするが昼は真面目に授業を聞き、夜はコンビニで客が立ち読みする雑誌を後ろから盗み見する幽霊らしくない彼女。
コンビニに居るのも夜の学校が怖いからと言う幽霊として失格な理由である。
幽霊の才能がないのかただ影が薄いのか、誰にも気付かれず今までの幽霊人生を歩んでいた彼女。
そんな彼女であるが今日は普段のコンビニにおらず真っ暗な教室にぽつんとただ一人。そんな彼女の右手には一本のボールペン。そして彼女はそのペンを落とす。
『あぁ〜また失敗…あと少しなのに』
ぽろりと落ちたペンが静寂の学校に響いた。そう、彼女は趣味のペン回し。
『あと少しでディカプルアクセルが成功します…!』
ディカプルアクセル
それは親指の周りを1回転させる、最も基本的なペン回しの秒速10.5回転版と言う超高速且つ最高難易度の技。彼女はペン回しの最高難易度に挑戦しているのである。
幽霊人生苦節60年。
誰も居ない学校の教室でただ一人黙々とひたすら挑戦し続けた。そして遂にここまでたどり着くと思うと涙が溢れてくる。
弾く勢いといかに安定させるかがポイントであるこの技。彼女の集中力が極限まで高められる。
『いきます…!』
そして彼女は指をかける。その時であった。
廊下側からヒタ…ヒタ…。湿った裸足の裏がリノリウムの床に引っ付く足音がどんどん大きくなってゆき、一歩、また一歩とこの教室に近づいて来るのが解る。
『ひぃ! ゆ、幽霊…!』
とっさに自分の机の下に隠れるさよ。足音はどんどん近く、大きくなってやがて足音は教室の前で止まった。そして教室のドアの向こうには一人の影が。
右手でペンを力強く持ち、恐怖で机の下に身を屈め、そのまま丸く縮こまったさよ。その瞬間、扉はガラガラと音をたて、横に開かれたのであった。
扉を開けた先は真っ暗な教室。しかし夜の住民である千雨の縦に裂けた瞳は夜目が利く為、教室の隅々まで目が届く。
彼女はそっと机に手を置いた。ひんやりとした長机の冷たさが左手を伝って感じる。そのまま人差し指を這わせ、目で追いながら教卓のある方へ一歩二歩。
久し振りの学校、そして2年生の新しい教室。
誰も居ない真っ暗な教室でただ一人。教壇に上るとそのまま教卓に手を置き教室全体をを見回す。
つい数ヶ月前は嫌で嫌でしょうがなかった学校であるが今思えばこの教室も麻帆良の街同様に酷く懐かく感じた。
クラスメートは何をしているのだろう。今頃女子寮の方で何時ものテンションでワイワイと賑やかにすごしているのだろうか。夜は明け、ここに来て、授業を受け、部活動。そんな当たり前の生活。
麻帆良に来た際の憂鬱な思いがまたこみ上げて来る。
エヴァのペットとして生活していたここ最近は気が紛れていたのが、この様な人間だった時の馴染みの場所は今だに慣れない。もしここが実家だったりしたら声を漏らしながらワンワン泣き喚いたかも知れない。それぐらい今の精神状態は不安定である気がしていた。
しかしながらこれは二度目の決別である。
一度目は麻帆良の地から離れるつもりでエヴァと出会ったあの満月の夜。
その時は人間としての決別を付けに来たのだがあのような出来事事に遭遇し、なあなあと決意が流れてしまっていた。なので今夜こそ最後に一目見る覚悟で、この新しい教室に訪れたのである。
千雨は教卓の上によじ登るとそのまま胡座をかく。
尻尾を足に寄せるように丸めるとそのまま両手を両足のつま先に持って肩を上げる。身体をゆっくりと前後に揺らしながら今までの学校生活を振り返る千雨であるが彼女の思い出なんて片手で数えるぐらいしかなく、もっと自分に正直になって色んな人らと関わりを持っておけば良かったと後悔の念が浮かび上がった。
しかしながらそれはもう過去の事。
クラスメートに千雨の事は海外留学と伝えているらしい。エヴァと茶々丸の会話を盗み聞きしてたがその様な事をぼやいてた。
もう戻ってるつもりはないのにそう言って誤魔化してると聞くと何だか私が後ろめたい気持ちになるが問題は学園だと思ってる。しかし学園側も千雨の事を諦めてないのだろう。僅かな望みに掛けて千雨の事を未だに捜索してると思うとやっぱり後ろめたさは払拭されない。
(長谷川千雨はあなた方の目と鼻の先に居ます。だけど正体は表す予定がないからな!)
そんなセンチメンタル且つ挑発的な感情の中に学園側への些細な抵抗感、正直に言うとこの姿になった羞恥心やらなんやら色んな感情が折り重なってるがこの時は年相応に小さな反骨精神を抱き呟く。
そんな時である。
誰も居ないはずの教室。そんな空間にカツーンものが落ちた音が響いた。
突然の事で驚き、両耳と尻尾がピンと伸びる千雨。
多分ペンか何かが誰かの引き出しから落ちたのだろう。突然の事で驚いた千雨であるがゆっくりと立ち上がると音の発生源である教室の一番前の机にジャンプし飛び乗った。
『ひぃ!』
「ん?」
その途端である。机の下から微かに聞こえるか弱い女の子の怯える声が。
咄嗟に千雨は思い出す。今自分が飛び乗った机は麻帆良の七不思議である「座らずの席」である事を。その席から漏れる女の子の声。
背中を冷たい汗が流れる。まさかそれはつまり…
意を決し、ゆっくりと慎重にながら机の下を覗き込む千雨。そしてそこの彼女がいた。
『き、きゃぁああああああああぁぁぁ!!! 妖怪だぁぁぁ!』
「ゆ、幽霊だぁああああああああぁぁぁ!!!」
『……ウーン…』バタン
「あぁ! この幽霊倒れやがった!!」
気絶した幽霊を机の下から引っ張りだそうと彼女の両脇を持つが霊体であるが為に掴む事が出来ず、両手がむなしく空を切きった千雨。
はて、どうしようか?
千雨は倒れた彼女の横の席に腰掛け、机の上に肘掛け手を顎に当てながら、混乱し目を回しているセーラー服の少女に目をやる。咄嗟の出来事で声を上げてしまったが彼女は一体何者だろうか。座らずの席の幽霊とは彼女の事? それとも学園の侵入者?
闇夜に光る千雨の瞳がジロジロとまるで品定めをする様な目つきで彼女を見つめる。そしてしばらくすると彼女の瞼が開かれた。
『…!? ひぃ…たっ…た…』
「んっ?」
『食べないで下さい!!』
「食べないよ! ってかなんでそんなセリフが出てくるんだ!?」
『だって…そのお腹…赤ずきんみたいに…あっ…グスッ』
「ちげーよ子供だよ! あぁもう泣くな、泣くな」
起き上がって直ぐに千雨の姿を見て怯えたさよは、ずるずると教室の壁まで下がると声を上げる。千雨の耳と尻尾、そして大きく膨らんだお腹を見て彼女はかの有名な童話を思い出したようであり、必死に食べられないように声を出す。
しかしながらそれはお門違い。咄嗟に否定する千雨であるが次第にさよは泣き出してしまう。
『んっ…あっ…あぁあ…ズビ…』
「ほ、ほら落ち着けよ、なんで幽霊が泣いているんだよ」
『違うんです…初めてなんです…』
「初めてって何が?」
『苦節60年、初めて私を認知してくれた人なんです…!』
「はぁ!?」
さよは千雨に説明する。
自分が座らずの席の幽霊だと言うこと。この学園の生徒あったが地縛霊となり60年間も彷徨ってる事。怖いもの嫌いで臆病だという事など。
積もり積もった思いや鬱憤が滝のように流れ、彼女の口から一斉に吐き出される。千雨はをそれを背もたれに寄りかかり、適度の相槌を打ちながら自分と照らし合わせ、ちゃんと真面目に聞いていた。
『うぅ…この日をどれだけ待ったことか…感無量です…。しかし驚きました』
「…ん? なにが…?」
『確か千雨さんですよね? 千雨さんってオオカミさんだっ…あぁ、泣かないで下さい!』
「…ひぐ、ひぐぅ…」
まさか彼女が私の事を知っていたなんて。
見られてしまった。こんな姿になった私を見られてしまった。
涙腺が緩くなると同時に目頭が熱くなる。咄嗟に顔を隠すが耐えきれず声を漏らしヒクヒクと咽び泣く声が響き、頬には一筋の涙が流れる。
どうするべきか分からないさよはオロオロと軽くパニックとなり困惑するがやがて彼女は背中を擦りながら千雨に何があったのか訪ねた。
千雨はさよと同じようにポツリポツリと話し始める。
電車で寝過ごしてしまい見知らぬ駅にたどり着いた事。
ふと近くの神社に訪れた事。
そこであの忌々しい狼に犯された事。
そしてその狼を殺し、一般人を殺し、犯し、身も心も怪物に慣れ果てた事。
あの時から今日この日のまでの出来事を一つ、また一つ、子供が親に聞かせる様に泣きじゃくりながらもさよ同様に懸命に話伝える。さよの右手は幽霊であるが為に千雨の背中を空に切っていたが慰めようと真剣に話を聞いていた。そして彼女は話し終え、2人の間に少しの静寂が訪れる。
『…千雨さん、私は幽霊になってとても長い間一人でしたがそれ以上の事は体験した事がありません。なので私からはどうしたらやこうしたらなどのアドバイスは出来ません…』
『ですが私の千雨さんには他の人のはない大きな共通点があります!』
「…共通点?」
泣きじゃくり、真っ赤に腫れた顔を上げる千雨。目の前にはさよが両手を広げている。
『同じ2-Aのクラスメイトでなんだって人ならざる者に“なった”もの同士。人外のセンパイとして今みたいに話を聞くぐらいは出来ます! だから千雨さん、もっと泣いていいんですよ。子供みたいに泣いて下さいな』
「……!!」
こみ上げた思いが爆発し、わんわんと声を抑える事なく学校中に響き渡る声で泣き叫ぶ千雨。本能と偽りに見繕っていた彼女はこの姿になって初めて、彼女の前で年相応の女の子としての姿を曝け出したのであった。
『泣き止みましたか…?』
「…うん」
『大丈夫です?』
「うん…」
『ティッシュ持ってきましょうか?』
「ありがと…」
そう言って不慣れなポルターガイストを駆使し教室の隅のティッシュ箱を浮かばせながら千雨の前へ持ってくるさよ。ちなみに女性の霊だとポルターガイストではなくクイックシルバーと呼ぶらしい。
お礼を言いティッシュを数枚引き抜くと鼻を噛む千雨。泣き腫らし、クシャクシャとなっていた顔は幾分生気を取り戻していた。
「ほんとありがとな。今思えばこの姿になって初めて“長谷川千雨”として扱って貰ったよ」
『いいんですよ! 何があっても私は千雨さんの味方です。それに初めてのお友達ですから』
「友達…そうか、言われてみたら私も初めだな…」
思えば同年代?の女の子とこんなに会話したのは初めてかも知れない。
しかしお友達、友人、長年自分には無縁のものであった物がこの姿になって初めて手に入るとは何と皮肉な事だろうか。しかし自分が人間の時のままだったら彼女は誰にも気付かれずまたずっと一人で孤独に過ごしていただろう。
出会う事のなかった二人。そう考えるとなんとも言えない千雨。
そんな彼女の向かい側をふわふわと浮いているさよだが彼女の目線は先は千雨のまん丸に膨らんだお腹に向けられていた。
「どうしたそんなにお腹を見て?」
『いや、お腹の子について考えてたんですけど…名前とか決まってるんですか?』
「あ〜…考えた事はあるけどまだ決めてなかったな。何人居るか分からないし、性別も分からないし…」
『それなら見てきましょうか?』
「は?」
『ちょっと待ってて下さいね…』
「!?」
途端、さよは千雨に飛びかかる。
咄嗟の出来事で何が起こったのか分からず目を点にする千雨。幽霊であるさよが飛びかかってもお腹をすり抜けるだけである筈。
(ん? すり抜ける…?)
ゆっくりと顔をお腹の方に向ける千雨。そこには顔をお腹に突っ込んださよの間抜けな姿が目に留まる。
「…なにやってるんだ…?」
『ひー、ふー…2人…かな?』
そう言うと顔を引き抜くさよ。彼女は先程の立ち位置である机の方まで下がると千雨と向かい合う形になる。
『千雨さん、千雨さん。2人でした! 男の子と女の子の2人です!!』
「えっ、お前まさか…」
『はい! 覗いちゃいました!』
指を2本立てピースするさよと呆気取られる千雨。
ナルホド、幽霊ダカラスリ抜ケラレルモンナー。とあまりの衝撃的な行動で驚きぽかんと間抜け顔の千雨。途端にさよは心配そうに顔を覗き込む。
『もしかして私、余計な事しちゃいました…?』
「あ、イヤ。驚いただけ…。そうか幽霊だもんな」
この姿になって千雨の常識と言う名のキャパシティは大きく広がったが、まさか幽霊にお腹を覗き込まれ、エコー検査みたいな事をされるとは誰が想像出来るだろうか。
(でもそうか…男の子と女の子の双子か…)
今まで漠然と母親になるビジョンを描いてきた千雨だが、お腹の子の事が詳しく分かると途端にそれがとても身近で現実的に感じ始める。
目線を下にやり、お腹に手をやると優しくなでる千雨。我が子がぐっと身近に感じた千雨の顔には笑みが生まれる。
「そうか…双子か…ははっ、そうかそうか…男の子と女の子…。それじゃ名前決めないとな…」
『私も一緒に考えますよ!』
「よし、折角だから図書室に行こう。いや、図書館島まで行っちゃおう!」
そして彼女ら2人は図書室に向かう。その時の千雨の後ろ姿は教室に訪れた際の暗い影が払拭され、和気藹々と楽しげで明るい雰囲気が漂っていた。
『ナァ、アノ狼何処行ッタンダ?』
「ちうの奴なら夜の散歩に行ったぞ。どうかしたか?」
『イヤァ、チョット聞キタクッテナ。…アノ夜ノ出来事ニツイテ』
「…あの夜ってなんの事だ?」
『誤摩化サナクテモ分カッテルゼ、ケッケッケ』
「おいその笑いやめろ。なんだその人形の癖に生温かい目は」
『アイツヲ見ル目ガアレダモンナ。恋ス…』
「んな訳あるかぁー! その口利かせないようにしてやる…」
『チョット待テ御主人。俺ハ動ケナイッテ、チョッ…アアアァァ!!』
一方その頃のエヴァ宅では、一つの人形がエヴァの手に寄って血祭りにされたのであった。
初めて千雨に今の秘密が共有出来る仲間が出来ました。また初めての友人でもある。
さよは分類上ロリババアの系譜(JCババア?)なのでお婆ちゃんみたいに慰める事も出来るのです。エヴァにゃんと(多分)一緒!
と言うことでお待たせしました、活動報告に書いた通り2ヶ月振りの更新です。なかなか更新出来ずスミマセン。色々忙しい…
前回の予告で今回はこの物語の山場と話してましたがその前に補完しなくてはいけない話を忘れてました。拍子抜けされた方スミマセン。
また次回も補完話になると思うのでご了承下さい。
あと…今まで2回程挿絵を描いて頂いたのですがチキンな作者は肝心の濡れ場を頼む勇気が御座いません。特殊性癖は頼みづらいのです(泣)
なので私描くよ!描いたよ!って人が御座いましたらお気軽にお声かけ下さい。お待ちしています。
感想、評価宜しくお願いします。
次回はちゃんと更新出来るよう頑張ります!