多少マシになっていくでしょう。
結論から言うと、早々に引越し態勢に入った。
が、しかし、それでも58人のノームと22人のエルダーが住んでいた集落である。
逃げ惑い捕まえられたエルフとは違い、持ち出すものも多い。
余談であるが、エルフの集落は完全に荒らされ焼かれていた。南無三。
引越しの準備には二日ほどかかってしまった。
家財道具をまとめたりするのもそうであるが、水田などの破壊なども行わなければいけない。
ノームの農業技術は、人間の数歩先を行っている。
人間が三圃式農業をしている時代に、輪栽式農業の導入を行ったりもしているのだ。
最も、ここに住むノームたちは専ら二毛作である。
これは、稲の水田耕作が二毛作がチートと言わんばかりに優れているからだ。
物質生成設置で水田をどうにか設置して、引き続き稲作を頑張って貰う予定だ。
そんなこんなで、引越しの準備を終えて移動を始めたのはいいが、今度は行軍速度である。
滞在結構な人数での移動ともなるので二人で歩いていた時よりも移動速度の低下は否めない。
結果として、聖耶の作り始めている集落に辿りついたのは、彼が出立してから11日目のことである。
想定していた時間の二倍近くかかったことは、単純に聖耶の見落としだ。
「漸く帰ってきた我が家」
「家と言って良い規模なのかは疑問を呈しますが」
「まぁ、そのうちこのへん使わなくなるだろうしね」
聖耶の築き上げた集落に足を踏み入れながらリングウェインと会話をする。
その後ろをぞろぞろ、と付き従うノームとエルダーの人々。
リングウェインの隣には、エルがおり、フィルに関しては何故か四六時中、聖耶に抱きついたままである。
「ほう、何故でしょうか?」
「単純に無計画に建築計画進めてるせい」
要するに「今必要になったからこれを建てました」と言うノリで現在は集落を発展させている。
そのせいで色々ごちゃごちゃしているのだ。
地盤が安定し、人口流入も落ち着いた頃合に亜人国家の首都となるべく都市建造計画に移行するつもりで聖耶はいる。
その後は、このあたりの集落は領主館に加えて、緊急時の避難先として残す予定だ。
「なるほど……考える事も多く大変でしょうな」
エルがそれに頷きながら答える。
どうでもいいがこの爺さん、爺然とした容貌をしているが腰も曲がってないし、しゃきしゃきと歩く。
下手な若者よりも頑強で、彼らがへばっていても余裕綽々で作業していた。
「色々あらかじめ設置したいものもあるからなぁ。あ、エルさん、ここがあなた達の新しい家になります。昔の家よりは手狭になると思いますけどご承知ください」
一軒屋から長屋への移行である。当然手狭になると言うもの。
が、ノームたちは小柄な為にその実、一般的な人間の家族が住むことを想定して作られた長屋の一室は通常より広く活用出来る。
「ほっほ、なかなか住みやすそうな家ですのう、感謝致しますぞ、セイヤ殿」
「いえ、お構いなく。……ところでエルさん」
聖耶に問いかけら、エルは首を傾げる。
先を促している様子に、聖耶は切り出す。
「……フィルさん離してくれないんですけど」
「ふむ……そこまで懐くのも珍しいものですのう。……どうですかな。セイヤ殿。フィルを護衛として連れてってはもらえぬか?」
「え? 護衛ですか」
護衛と言えば最強無敵のオートマタ・メイドであるカリンがいる。
戦闘能力においてはまさに右に出る者はおらず、その感知能力は精霊魔法の契約範囲より広い始末である。
挙句に家事万能料理上手。嫁に一人は欲しい最強の素材である。
もう、あいつ一人でいいんじゃないかな、と誰もが口にするような人材であるが、聖耶は考える。
カリンは、最強無敵の万能メイドである。しかも可愛い。
だが、カリンは"一人"なのだ。
この先、常にカリンが共にある状態とは言いがたい。
と言うか、実際この行軍ではカリンは共に来なかった。
絶対的なチート能力を持つ聖耶がいない以上、戦闘能力が聖耶以上にチートなカリンが後詰に入るのは必然であったが。
そうなると、護衛はいて困ることはない。
「欲しいですけど……フィルさんって……」
戦えるのですか、と言う言葉は飲み込んだ。
何故か恨めしげに見上げられたからだ。無言で。無言で。大切なことなので二回言った。
小柄な女の子が潤んだ瞳で上目遣いに恨めしげに見上げてくるのだ。萌えないはずがない。
「フィルは我らの中でも随一の使い手ですぞ」
「護人であった俺からも保障しよう。フィル殿は稀有な使い手だ」
その小柄で可愛らしい容貌からは想像も出来ないが、なんでも自身より長大な大剣を振り回すパワーファイターだそうだ。
その膂力はかなり優れており、ノームの中でも数千年に一人の逸材とも言われているらしい。
如何にも戦士然として筋肉むきむきのマッスルなゴンからの保障もあったので聖耶は頷く。
「解りました、じゃあ有難く申し出を受けますね」
エルに聖耶がそう答えると、抱きついていたフィルはぱぁ、と花咲く笑顔を浮かべた。
実に愛らしいその様に思わず頬が緩みかける聖耶である。
一方のエルであるが、心底よかった、と言う顔だ。
エルにとってフィルは血は繋がらぬものの、孫娘のように溺愛していた娘である。
引っ込み思案で人見知り、口数も少ないその少女は、年上の者にこそは妹のように構われていたが、その実同年代の友達はあまり少ない。
単純に彼女が異性が苦手で、話すのも苦手と言うのもあるが、最大の理由は、その稀有な能力の高さから常にエルの護衛として傍についていたからだ。
年頃の娘らしいことをさせてやれない事をエルは常々に歯がゆい思いをしていたのだ。
そんなフィルが初めて年頃の娘のように、現れた一人の男に夢中になった。
エルは、そんなはじめての男である聖耶に自らの孫娘のような存在を託そうと思ったのだ。
「じゃあ……フィルさん……ん?」
さん付けをした所で、ぐい、と聖耶の裾がフィルに強く引っ張られる。
怪訝そうに聖耶がそれを伺うと、フィルは不満そうにじー、と見つめてくる。
はて、何かしただろうか、と聖耶が首を傾げる。
「……フィル」
「……フィルさ」
「フィル」
「…………」
「フィル」
「……解ったよフィル」
さん付けするな、と言う要求だったのだろう。
自らの名前一つを連呼し、見つめてくる少女に根負けした聖耶は呼び捨てにすることにした。
どちらにせよ、聖耶もいまいち年下の娘のようにしか思えない小柄な少女にさん付けすることは違和感を覚えていたのだ。
実際には数十歳は年上なのであるが。
フィルを伴って屋敷に戻っていく様を見て、エルは深くため息をついた。
その様子には、どこか安堵と、嬉しさと、寂しさが入り混じった複雑な様子だ。
「どうかされましたか、長」
ゴンがその様子を見て、エルに問いかける。
ああ、いや、と小さく首を振りエルは、その身を翻し、長屋の方へと歩き出す。
「わしには血の繋がった子はおらぬが、娘を嫁に出す気分と言うのはこういうものなのかのう」
「嗚呼……そうですね」
ゴンも納得したように頷く。
彼もまだ青年のように思えるが、数百歳を超えている。
娘も息子も出来たし、彼らの嫁入り・婿入りも見送った経験がある。
「ほっほ、これほど長く生きていてもまだ見知らぬ何かと出会うことがある。生きると言うのはやめられぬな」
「ええ、そうですね……」
人知の及ばぬ長い歴史を生きる二人の言葉はどこか、喜色に溢れていた。
そうして年寄り二人は新たな家に足を進めるのであった。
「……お、お帰りなさいませご主人様」
聖耶とフィルを迎えたのはメイドであった。
ただし、白金色の髪。ただし、翡翠の双眸。ただし、エルフ耳。
しかも、メイド服は過剰装飾のなされた挙句ミニである。
「…………何やってんのエルフィ」
十数秒、聖耶の時が止まったのは言うまでもない。
暴虐の化身の如き少女がメイドである。
「お帰りなさいませ、セイヤ様。これはエルフィ様からの提案です」
時が凍りついた聖耶を解凍する為に、カリンが声をかける。
それに気を取り直したのか一度軽く咳払いをする聖耶。
「ああ、ただいまカリン。……でどういうことなの。これ」
「はい。ご説明いたしますと、色々と礼儀作法などを叩き込んでる内に、"友人同士ならば多少はともかく、初めて会った人、しかも恩人の家にずけずけと上がりこみ、住ませることを強要した挙句礼も言わずに殴り飛ばす"のは失礼や無礼どころか万死に値するとお考えになられたようで」
「万死?!」
確かに失礼であったり無礼であったりはするが、聖耶はそこまで考えてもいなかった。
と言うか、カリンが発言する度にぐさぐさ、と鋭い矢印がエルフィに突き刺さるのが目に見えるように呻いている。
余談であるが、ずけずけと上がりこみ、住ませろ、と強要するのは友人同士でも無礼である。
「故にセイヤ様が、エルフィ様を住ませるどころか宿泊させる義理もないことを"優しく丁重に"説きましたところ」
優しく丁重に、のあたりでエルフィの顔が青く染まった。
また何かやったなこのメイド、などとは思っても顔に出さない聖耶である。
顔芸だけは何か異常に上達してきている彼であった。
「長屋に戻ろうと致しましたのでお引止めしました」
「なるほど。……なんで止めたし?」
「エルフィ様の戦闘能力は貴重です。射撃技術の才能ならば、私に匹敵するやもしれません」
「え、まじで」
「マジです」
カリンに匹敵する射撃技術。
それだけでこの世界では十本指どころか五本指に入る。
ただし、聖耶は勘違いしていた。
あくまで才能である。現在の技術ではない。今のエルフィでは、カリンに勝てるどころの話ではない。
「しかも特筆するのは、"射撃"技術の才能だと言うことです」
「……つまり、弓だけでなく投擲武器、それどころか銃もいけるってことか?」
聖耶は将来的には、軍隊には銃を正式装備に採用するつもりであった。
今のこの世界に伝わる所謂マスケット銃のようなものではなく、近代・現代に作られた武装の銃である。
数で圧倒的に劣る亜人たちでは、同じ土俵で戦っても負けるのは目に見えている。
ならば、精々有効射程が数百mの弓や魔術たちと同じ土俵に立つ必要はない。
有効射程が四桁に突入する重火器を持って、相手の射程外からもぐら叩きをするつもりであった。
故に銃の射撃技術をエルフィが磨けるのならば、指揮官は無理であっても教官ぐらいはやらせることは出来るかもしれない。
「なるほど。で、引き止めて?」
「鍛え上げるには、傍で生活習慣まで完全管理した方が私がやりやすかったのでどうしたものか、と悩んでいた所にエルフィ様から提案がありました。ここにいていいのなら、何らかの形で雇って貰えないか、と」
「なるほど。で、メイドと」
「はい。メイドです。完全に生活を管理できますし、この広い家を私一人で管理するのも手間でしたので」
「解った。ああ、この子は俺の護衛のフィル。一人増えるから護衛の役割も緩和できるよ」
「それは有難いことです。みっちりエルフィ様に色々仕込めますから」
そんな会話を後ろで聞いていて、護衛って手段があった、とか護衛で聖耶の傍についてる時間が緩和されるからその分、自分に色々回ってくるんじゃ、とかぶつぶつ、と虚空を眺めているエルフの少女がいた。
その後、たびたびエルフィの断末魔があがることとなるのだが、やがてそれも風物詩となり、落ち着くこととなる。