後はのんびりわっふるわっふるしていてください。
ブローニングM2が都市防衛設備として四台量産されてから数週間が経とうとしていた。
東西南北に一台ずつ配置されたそれは、黒い鈍い光を反射している。
しかし、恐るべしはカイゼル達ドワーフである。
彼らは聖耶に頼むことで、その手の製造工場の設置をお願いしたのだ。
そして、彼らはより恐ろしいものの製造に入っていた。
さて、銃が現代に普及している理由は、その習熟がかつての武器より容易な事と、大量生産品であると言うことである。
規格統一されたソレは恐ろしい量の製造ができ、そして、それの扱いの習熟が容易と言うのはそれに等しい数の兵を育てられるとも言い換えられる。
最も、この利点は元からの数が少ない亜人に生かされることはない。
では、何故聖耶がこれらを選んだのか、と言う話である。
まず第一に有効射程の差である。精々弓の有効射程など長くても300m前後なのだ。
これは水平射撃ではなく、曲射弾道を用いた場合の射程だ。
対して、有名な突撃小銃であるM16の有効射程は500mだ。
単純に200mも先から攻撃出来ると言うのは非常に大きい。
次に威力の問題だ。この時代に制式として採用されている装備なんてものは現代装備の威力の前では塵芥に等しい。
防げる可能性があるものとして、ドワーフの用いる魔法金属で鍛え上げた特殊装備の類だが、それらはあまりにも数が少ない。
白兵戦にでも持ち込まれない限りは現代装備の方が遥かに優秀である。
が、ここまではあくまで魔術・魔法無しでの話である。
魔術や魔法の障壁ともなると、拳銃弾を採用した歩兵武器では聊か威力が心もとないのだ。
最も、そう言った障壁の前では弓なども大した効果を得られないのだが。
実際の戦場においては、そういう障壁に対しては、魔術火力による飽和攻撃か、対魔力武器による攻撃が有効的であるとされている。
閑話休題。その為に、機動力を捨てた完全な直接火砲支援用の部隊を作り、そうした面々に重火器を扱わせる。
重火器ならば、魔術障壁どころか古代魔法による防壁魔法をも問題なく撃ち抜けることが確認済みである。
そんな事を長々と説明したが、聖耶は工場に聳えるソレを呆れたようにあるいは唖然としたまま見上げていた。
「ふひょひょひょ、セイヤ殿のおかげで完全に再現できたのであ~る」
「頑張ったのですよー」
ルトとカイゼルは良い仕事をした、と言わんばかりに爽やかな笑顔をしている。
が、聖耶はそれどころではなかった。目の前に聳えるソレはあまりにも有名過ぎる物質だったからだ。
――8.8cm FlaK 37
これだけか解らない人は多くいよう、が、これだけで解る人も多くいよう。
通称・アハトアハト。第二次大戦で使用され、連合軍にエイティ・エイトの名で恐れられた高射砲だ。
高射砲とは対空兵器として用いられるものであるが、アハトアハトは対戦車砲としても開発されているので対陸戦闘能力にも優れた兵器だ。
その威力は1.5km先の100mm装甲を打ち抜く破壊力を持つ。
聖耶は軍事に詳しいわけではなく、有名所しか知らないのでこういうのがある、と告げた所設置出来ないのか、と聞かれたのでやってみた所、防衛設備の一つとして設置できてしまった経緯がある。
無論、設置完了後は即座にドワーフに接収され、研究対象とされてしまったのだが、彼らは数週間でそれを解析し、作り上げてしまった。
対空性能に対陸上性能を持ち、なおかつ対戦車砲としても用いれるこれが開発されたのは大きい。
何せ最大射程は2km近くにも及ぶのだ。無論、最大射程であって有効射程ではないのだが、この時代にアハトアハトの威力でオーバーキル出来ない代物は存在しないと思われる。
無論、古代竜とか言われると怪しいのだが、そんなものを従えられるほど人間は強くない。
「……ああ、うん、すごいね、頑張ったね?」
そうとしか言えなかった。あえて欠点をあげるとするならば、こんなもんを引きずって歩けない為に完全に拠点防衛用にしかならないことであるが。
むしろ、この手のでかぶつばかり開発していると野戦の為の武器が不足してくる気がしないこともない。
「無論セイヤ殿の懸念は我輩もしてるであ~る。よってセイヤ殿、カガクギジュツとやらで何か移動するためのモノはないのであるか?」
カイゼルに言われれば思いつくままに色々並びたてていく。
自転車、自動車、機関車、電車、戦車、それらを全部神妙に聞くのはドワーフ集団である。
無論、それらによって生じる環境問題についても話しておく。
「雷魔法を使えば幾つか再現できるんじゃねぇか?」
「エルダーたちに頼めば蒸気機関とやらだって再現できっぞ」
「魔法を使えば環境問題の弊害も大分抑えることが出来るだろうよ」
「我輩たちとしてはこの素晴らしい砲台を動かせないのは遺憾の意であ~る」
「じゃあ動かせるように移動用の道具も作らないとなのですよー」
告げただけで合点承知だ、と言わんばかりに勝手に作業を始め、エルダーたちに協力を要請しにいくドワーフたち。
彼らは非常に生き生きとしたまま作業を続けていた。
「……便利だし、すごいけど、なんか……こう、納得できねぇ」
取り残された聖耶は異世界に生きるたくましい技術者たちに尊敬と畏怖の意を捧げた。
なお、数週間後には、魔法金属を用いた電動式装甲車両と言う現代にすら存在していない脅威の物体一号機が完成することとなる。
「はぁ……はぁっ……はぁっ……!!」
走るのは黒尽くめの男。
その体には、長い耳も獣相もねじれた角も刺青もないし、小柄な体躯でもない。
正にその男は人間であった。その人間は必死に逃げ惑っていた。
(冗談じゃない!!)
主から――辺境伯から下された調査依頼。
魔獣や妖魔以外に亜人がいるかを極秘裏に調べろとの命令だった。
彼はこの道に入って長い。正にベテランと呼ぶに相応しかった。
しかし、そんな彼は今無様に逃げ回る体たらくを見せている。
音も無く、彼の背後に忍び寄る気配。
(俺が逃げられない、だと……否、いつ、感づかれた!!)
この道に入って長いベテランであるからこそ、相対した相手の強大さに気づいた。
その強大さ故に即座に逃げに入ったことは、正にベテランの所業であろう。
勝てない相手ならば、速やかに逃げる。それは正しい行いだ。
しかし、そんな彼ですら逃げ切れない。否、今追いつかれた。
「申し訳ありません……っ!!」
彼に出来たことは主への謝罪。そして、情報を漏らさない為の自害。
男は、闇に生きる者としてまさに最期の時までその役目を全うした。
「……自害しましたか。しかし、人間、ですか」
屍に口なし。その言葉の通りに物言わぬ躯となった男を見下ろす。
その者は、黒い髪にメイド服。メイド服である。メイドが男を冥土送りにした。間接的にだが。
カリンは、その屍を見下ろしたままに思案する。
「私の感知範囲にここまで潜り込んでくるとは……侮れませんね、人間も」
油断していたわけではない。侮っていたわけでもない。
だが、しかし、カリンはこの男を集落の1km先まで潜り込むことを許してしまった。
聖耶の精霊魔法とて、人間たちはその脅威を知っているが故に、それを誤魔化す手段も数は多くはないものの、研究していた。
故に、聖耶の契約範囲に入ったのに、彼がそれを感知出来なかったのも仕方のないことである。
オートマタとして、聖耶を完全に補佐する為に作り上げられたメイドの少女は、小さく首を振った。
「過小評価をしていたつもりはありませんでしたが、予想以上に人間は優れていますね。評価レベルの向上をしておきましょう」
仮にこの相手が、標準レベルだったのならばカリンは、そんな近くに来る前に捕縛し、尋問を行えた。
しかし、彼は辺境伯――外敵に備える為に優秀なものが送られるのが常である――の部下であった。
辺境伯の持つ人的資材は国内でも屈指に入る優れた者たちばかりだ。
「隣り合う隣人は強敵、ですか。平和ボケしていた愚か者であったのならば良かったのですが」
これほどに優秀な素材を持つ者を愚か者と断じる事もカリンには出来るはずがなかった。
来る戦いの予感に無表情なまま、その優秀な人間たちが住むであろう方角を睨むように見やる。
「セイヤ様の行く道をどのようにして阻みますか。あなた達は」
誰に向けたでもない言葉は夜の闇に紛れて流れて消えた。
ぽつぽつ、と雨が降り始めていた。
「……ゾーリングが戻らん?」
「はっ。ゾーリングを中心とした密偵部隊全てが3時間前の定期連絡を最後に連絡が通りません」
グリューネバルド辺境伯が当主ヴァロッサは大きく息をついた。
あの優秀なゾーリングが戻らない、これは妖魔や魔獣などの仕業ではない。
仮に、それらの仕業であったならば、すでにこの辺境伯は未曾有の危機に襲われている。
となれば、その地域には亜人が住み着いているのは明確だった。――しかも、かなりのやり手が。
「……やはり、いるか」
壮年の男は男に聞こえぬように、見せぬように憂鬱げに小さく漏らす。
いなければ何も気にすることなく、辺境を治め護国の為に努めることも出来た。
しかし、そこに亜人がいるのならば、中央は間違いなく誅する為に動くだろう。
まして、ゾーリングが討たれた、あるいは自害したとなれば相手は相当にやり手である。
さらにそんなやり手を要する集落だ。かなり大規模なものと見ても良い。
「よい、下がれ」
一言告げれば彼の背後に報告の為に立っていた男が部屋を退出する。
それを見送れば、椅子に腰を下ろし、大きくため息をつく。
小さくノックの音が響き、入れ、と告げれば、現れたのは一人の少女だ。
翡翠の髪を一本の三つ編みにまとめた可愛らしい小柄な少女。
「父上様……お疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だから気にするでない。リリィ。……ところで何用か」
「あ……はい、父上様……お願い事が」
リリィと呼ばれた娘――ヴァロッサ辺境伯の一人娘である少女からのお願いに重い腰をあげて聞く姿勢になる。
そうして二人は、軽い雑談を交わしながら親娘の会話を楽しむ。
こうした時間が長く続けばいい、ヴァロッサはそう心中で零しながら。
しかし、彼の願いが叶うのはかなり先のこととなる。
回り始めた歯車はすでに止まることは出来ず、時代の動乱を告げようとしている。
降り始めた雨は、果たして彼らの道行きを示すものか、あるいはまた別の何かを告げる兆しであろうか。