「……読み違えたなぁ」
呟くのは木陰に潜む聖耶である。
その隣には不動の構えの如く佇むカリンと、同じように木々に潜むエルフィがいる。
二人が潜む必要があるのは、単純に技術スキル:隠行のレベル差の関係である。
「策敵範囲内の反応は394人、内人間の反応は331人です」
「組織だっての犯行だとは思ってたけどここまで多いとは思っていなかった」
聖耶は潜んだまま、双眼鏡を覗き込む。
これは古代魔法・練成で作り上げたアイテムだ。
物質生成設置と言い、練成と言い、どちらもチート過ぎるとは作った際の聖耶の弁である。
なお、これを見た際にエルダーだったのか、とエルフィと一悶着あったのは割愛しておく。
「私は……足手まといだしね」
辛そうに呟くのはエルフの少女・エルフィだ。
一応、彼女には練成で矢を供給して与えてあるのだが、エルフの本領を発揮するのは精霊魔法と言う分野なのだ。
そして、今彼らが潜み、そして、彼らの敵である人間がいる場所はエルフィたちの隠れ里から離れた契約外の土地である。
こうなってしまってはエルフは、人より若干強く弓の扱いが上手いと言うだけの種族に成り下がる。
数十人程度ならば、エルフィが足手まといになるはずもないが、如何せん数が多すぎる。
「古代魔法……は……」
「古代魔法は、非常に便利でチートだとセイヤ様は考えておられるようですが、対象認識型の空間攻撃などは存在しません。正確には存在しますが、それはあくまで目視範囲で対象の選択が可能なだけです」
「そう都合よく全員が全員、見える所にいるわけがないよねぇ」
全員見える所にいたら早々に爆撃を加えて終わらせているのだから。
双眼鏡を覗き込んだまま、聖耶は思案する。
「ここが契約内の土地なら……」
エルフィが歯噛みする。
精霊魔法は自然と契約し、そして、その範囲内における戦闘行動に関しては古代魔法の及ぶ所ではない。
何せ、自分の知り合い以外を攻撃しろ、なんて言う曖昧な命令ですら忠実に実行するぐらいだ。
無から有を生成出来る古代魔法とは違った方向にチートである。
「契約の破棄、再契約って出来ないの?」
「出来るけど……契約破棄するには、契約した土地で契約者全員が術式破棄しないといけないわ」
「隠れ里まで戻ってる時間もないし、君以外は皆向こう行き、か。……OK、解った」
「……?」
怪訝そうにエルフィが聖耶を見やり、カリンは嗚呼……と小さく呟いた。
「契約方法教えてくれ」
「……え? 別にいいけど、なんで?」
「いいから」
「う、わ、わかったわよ……」
理由も教えられず、強引に押し切られたようなものだが、エルフィが契約術式を教えたのにはちゃんと訳がある。
まず一つ、聖耶が真剣であったこと、次に精霊魔法はエルフの専売特許である。
契約術式を他の亜人に教えたこともあるが、いずれの亜人もそれらで契約を為すことは出来なかった。
これは獣化魔法も古代魔法もすべて同じだった。ゆえに魔法は亜人それぞれの固有技術であったのだ。
そう言った背景もあり、別段秘されたものと言うわけではなかったのだ。
契約方法を聞いた聖耶は、数度頷くといけそうだな、と呟く。
「ちょっと矢を貸して」
「え、いいけど」
エルフィから矢を受け取れば、それを親指に当て浅く切る。
ちくり、と痛みが走り血が滲む。
その行為を見て、エルフィはまさか、と思い当たる。
――血を契約する大地に滲ませ、契約の祝詞を唱える。
それが、精霊魔法に必要なことだ。
聞かれたから答えはしたし、実行したところで無駄だ、と言う事は何度も伝えたので本気でやろうとは思っていなかったのだ。
「盟約を交わし、言葉を交わし、血を交わそう。汝が力は我が力、我が力は汝が力。共に生き、共に死する時、互いに約定を違えし時、約定が消えるその時まで、我と汝は共に生きる者也……セイヤ=ノグチの名において、契約する」
血が一滴大地に落ち、そこから魔力の波紋が広がる。
この独特の現象にエルフィは覚えがあった。そう、これは間違いなく自然と大地との契約。
だが、しかし。これは……。
「……何、これ……」
その範囲の広さである。
精霊魔法とは、個人の契約では精々樹一本だとかそんなものである。
だからこそ、エルフたちは、その隠れ里に住む全てのエルフで契約を行い、更新していく。
そうして広い範囲の土地と契約を交わし、その隠れ里を維持するのだ。
しかし、聖耶はたった一人で数km以上に及ぶ契約を為して見せた。これは異常を通り越えて異質ですらある。
「……家あたりを基点にした方が良かったですね。東南方面には家から精々1kmと言ったところでしょうか」
「十二分すぎる。逆に言えば東南方面は1km以内は絶対防衛圏だよ」
「不足すぎます。向こう側に都市が伸ばせません」
「……あとで契約範囲を強化してもらおう。エルフさん達に頼んで」
「ありですね」
意味不明な会話がなされている。
二重契約なんて出来るわけがないとかこの範囲だと自分たちの隠れ里とかどうなってるのとかなんでこいつ人間なのに契約できたのとかなんでこんな超範囲の契約ができるのとかエルフィの頭はショート寸前ミラクルロマンスだった。
そして、エルフィに出来た事は親友たちや家族を救うと言う重大な局面なのに、その意識をジャベリンすることであった。
要するに投げやりであり、意識を手放したのだ。
あとは特筆するまでもない。
精霊魔法の恐ろしさをかくやと味合わせ、殲滅戦どころか蹂躙と言わんばかりで人間を掃討していった。
無論、何人かを生け捕りにして、尋問と言う名の拷問を(カリンが)行い、情報を引き出しておくことも忘れない。
そうして情報を得られた後は、こちら側の情報が漏れないように、さっくり殺しておいた。
「……うーん」
得られた情報であるが、彼らは南西から流れてきた大規模な山賊団であったそうだ。
襲撃を繰り返す内に、行商人たちからエルフの隠れ里が近くにあることを突き止めたらしい。
そして、襲撃した商人の中に奴隷商人がおり、結託してエルフ狩りを行うことにした。
奴隷の売買は奴隷商人が行い、その売却金の7割を山賊に収めることで契約はなり、奴隷商人からエルフ狩りの方法を教えてもらったそうだ。
なお、7:3とかすごい割合だが相手は山賊だからどうせ脅してこの割合にしたのだろう。
挙句、奴隷商人も非合法の奴隷商人だったから訴え出る事も出来ずに……と言うことらしい。
「……エルフの隠れ里の位置が知られてるってことだよな」
商人たちの間で噂になるほどである。すでに隠れ里の場所は知れているのだろう。
何故、それが知られたのかまではわからないが、非常に由々しき事態である。
彼らには悪いが隠れ里を放棄してもらうしかない。規模からして彼らはそれなりに名が知れてるであろうからだ。
そんな彼らが全滅した、となればエルフの隠れ里があり、それに迎撃され全員死んだと考えられるのが普通だ。
聖耶は蹂躙して初めて精霊魔法の強力さを理解した。契約した土地の範囲内ならば最強の名を関するには相応しい。
対抗するには、土地から追い立てるか、土地ごと消し飛ばすか、あるいは空から爆撃を加えるぐらいしか方法がない。
最も、ここには聖耶の勘違いが生じている。
聖耶の精霊魔法は、エルフを凌駕しているのだ。
だからこそ、契約した土地の大地すら制御してみせた。
しかし、エルフたちは契約した土地の木々に力を借りるのが精一杯である。
大地の操作なんてものは出来るはずがない。エルフたちが好んで森に住み、森人と通称されるのはそう言った理由がある。
何故、木々の力を借りることと、大地の制御に差があるのかまではエルフも聖耶も理解してないのだが。
理由をあげるならば単純に魔力使用量の差である。大地を制御できるほど魔力がエルフにないだけである。
とは言え、エルフの精霊魔法でも強力なことには変わりは無い。
何せ森林ならば、周りに生い茂る木々全てが戦力であり、武器なのだ。
相手からすれば常に包囲戦を強いられているようなものだ。
聖耶の場合はさらに足元も敵になるので無敵状態に突撃することになるが。
「セイヤ様」
「あ、カリン。保護は終わった?」
「はい。気絶していたエルフィ様を叩き起こして事情説明をお願いしました」
「ならオッケーかな」
軽い会話であるが、文字通りに叩き起こされたエルフィは涙目になりながら捕まっていたエルフの所に向かった。
皆が助かったことに歓喜の涙を流しているのだと、エルフの民からは思われていたが、そう言った面もあるが、7割がた、カリンの所業が原因である。
何をしたのか、と言うことにはあえて語らない。
そんな会話をしていると、エルフィが一人の男を伴って戻ってきた。
「セイヤ、この人が里の長よ」
「セイヤ様、助けて頂き感謝致します。私はリングウェイン。リングと呼ばれています」
「ああ、いえ……エルフィに頼まれたと言うのもありますけど、それも仕事ですし。それよりも……」
聖耶はリングに隠れ里が危ういことを伝える。
それを聞くとエルフィとリングは考え込み始める。
実際に襲撃があったのも事実だし、噂になっていると言うのならば、非常に危うい。
かと言って、彼らに逃げる場所がないのも事実。動きようがないのだ。
「リングさんたちが良いのなら、住処は提供できますけど」
「……それはありがたいことですが、疑問があります」
「はい?」
「セイヤ様は人間……? 人間、かと思われますが、何故我々に助けを?」
疑問系になるのは仕方ない。何故ならば聖耶は精霊魔法やら古代魔法の行使者だ。
挙句の果てに人外離れした超魔力。人間と言う尺度に当てはめると疑問を覚えざるを得ない。
それは事実なのだが、人外扱いされたことに自称・人間である聖耶は激しく傷ついてショックだった。
愛で空が落ちてくるほどのショックだった。
「……いや、まぁうん。解ってるけどさ。……グリムからのお告げがあったからだよ」
「なるほど、納得しました」
納得しちゃうのー……と疑問と驚愕を覚えざるを得ない聖耶。
単純にグリム神信仰が凄まじいだけであるのだが、宗教なんてゆるゆる国家の日本にいた現代日本人の聖耶には疑問でしかなかった。
「グリム神のお告げがあったのでしたならば、我らエルフがヤの氏族は皆、付き添い従いましょう」
「ああ……うん、じゃあついてきてくれるかな」
グリム神すげー、と内心思いながら、エルフィと63人のエルフを引き連れて、家がある方向に向かっていく聖耶であった。
なお、その頃家ではもりもりと長屋と屋敷が生え揃ってきていた。正直気持ち悪い光景であった。