「……何故に殴られねばならんのだ」
「あんたがいきなり契約しようなんていいだすからでしょ」
契約範囲の拡大の作業を終えてからもぷんすか、と怒るのはエルフの少女エルフィ。
どうでもいいが、神の名を騙っているわけではない正真正銘の神の使者であり、命の恩人であり、同胞を助けた聖耶になんとも酷い行いである。
と言っても理由は彼女には彼女なりの正当な理由がある。あくまでそれが他者にまで正当かは謎であるが。
まず単純に、そこまで神の使徒らしさが無いと言うことである。
当たり前だ。元・一般人に神様の厳かさを醸し出せなどと言うのは無茶である。
カリンとの漫才にも原因がある。軽口の叩き合いをしてるあたり普通の人間にしか見えないのだ。
次に、精霊魔法のすごい契約を見た所で彼女の意識は途絶えている。
それどころか、あまりにもショッキングな光景だったのでその前後を全部吹っ飛ばした。
彼女の頭は都合よく出来ているものである。
よって精霊魔法の使い手であるエルフにとっては神の如き所業であった蹂躙戦のことを一切知らない。
リングウェインが敬意を払ってるのに対して、エルフィが軽いのはそのへんの訳もある。
と言っても最大の理由は彼女が里の中ではかなり幼い部類に入り、性格もそれ相応に幼いだけであったりする。
要するにただの我侭お嬢様である。
「大体大きな屋敷に住みたいから、と家にあがりこんできたり、エルフの人たちを助けてもらった感謝を伝えてもらってないぞジョジョー!!」
「誰よジョジョって!! それは、えーとその、あの……てへっ☆」
単純にエルフィの頭が悪いだけである。要約すると忘れていた。
実際のところ、彼女のINTは11(E)しかない。
そこらのガキんちょレベルと言えば解りやすい。
暴虐の化身の如き振る舞いをするエルフィに対して聖耶が強く何も言わないのは何故か。
それは聖耶の性格的問題でもある。流され体質とも言う。
その場の空気に流されてしまうのだ。じゃなければカリンをあんな風に抱いたりもしない。
カリンが本来そう言ったことを訂正したり、忠告したりするべき立場なのだが、主の判断に任せるスタンスを取っている為にそれすらなかった。
「誰かこいつに礼儀作法とか色々叩きこんでくれないかな。INT強化してやってくれ」
実際のところ、リングウェインがその役目を担当していたのだが、勉強するよりも体を動かすのが大好きな脳みそ筋肉略して脳筋のエルフィは逃げ回っては、狩りなどを好んでいた。
結果として、色々足りてない馬鹿の子が誕生したのだがリングウェインに責任を押し付けるのもどうかと聖耶は考えていた。
何故ならば、彼の髪の毛は白かったからである。エルフに多いと言われる白金でもないし、銀色でもない。白かったのである。
そっと彼の苦労を思い涙する聖耶であった。
「承知しましたセイヤ様」
それに答えるのはカリンである。
主がそう思うのであるならば、主の想いに答えるのが従者の役目。
がし、とカリンの手がエルフィの頭に伸びる。対するエルフィは昨日行われた気絶からの叩き起こしを思い出していた。
「え、ちょ、まって、ちょ……!!」
「しっかり叩き込んで淑女らしくなりましょう、エルフィ様」
「ちょ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」
哀れエルフィ、ここに散ゆ。聖耶、心の句である。575どころではないが。
ずりずり、と引きずられ断末魔の悲鳴をあげるエルフィに手を合わせ南無三と見送る。
しかし、聖耶はこうも思っていた。自業自得である。
「……カリンも残ってくれるなら護りは問題ないか」
何せ聖耶を護りながら竜種を一蹴してのけるとまで言ったカリンである。
竜種がどれほどのものかは知らないが、大抵世界最強の名を欲しいがままにするのが竜ってものだ。
むしろそうでなかったら嘘だ。最強じゃない竜なんて信じない!
実際のところは多種多様に存在し、強いものも弱いものも存在するのが竜種であったが聖耶はそんなものを露知らずである。
最も、亜人の一生の中でも遭遇するかは解らない最上位とまではいかないが、遭遇しうる中でも最強を誇る上位種までならば屠ってみせるのがカリンであったが。
「お待たせしました」
柔和な笑顔を浮かべるのはイケメンフェイスのリングウェインである。
エルフって言うのは大抵美人である。故にそっち方面の奴隷としては一番人気である。
イケメン爆発しろ、なんて大人げのない事を聖耶は思わない。カリンって言う超美人が思ってくれてるからである。
聖耶はリア充であった。リア充爆発しろ。
「山越えともなると結構時間かかるのかな」
問題点はそこである。食糧はチート大根があるので問題はない。
しかし、山道ともなると大抵の移動手段は死ぬ。そもそも移動手段なんて現在はろくなものはないが。
「そうですね、とは言え二日ほどは契約範囲の土地ですから安全に行けると思いますよ」
「そのあとは?」
「一日ほどでつくかと思います。往復で六日ですね。何か問題でもありましたか?」
聖耶は考え込む。遠距離オブジェクト設置と言うのは出来るのだろうか。
出来ないのならば、非常に問題だ。
五日と半日ほど、設置作業が滞ると言うことである。
保護する人数にも寄るが、長屋を設置した挙句、農耕種族であるノームの為の畑も用意しておきたい。
つまり、五つの作業スロットでは足りるかどうかが怪しいのだ。
何か方法はないかなー、と思い生成設置のウィンドウを開く。
「……予約作業、だと……!?」
結論:説明書などはよく読みましょう。
予約作業の登録数は最大で5個1スロットが二つ。
現在進行している作業が終わると自動的にスロットに登録されている作業を行うものである。
つまり、36時間分の作業を先行して登録しておくことが出来る。
ただし、これらも一度登録すれば作業中断を行うことは出来ない。
「長屋を五つ、1スロット目に畑を五つ、2スロット目は開けとこう」
ぽちぽち、と虚空を見つつ登録する作業をする聖耶をリングウェインは怪訝そうに見ていた。
リングウェインもそうだが、カリン以外の人間にはステータス各種のウィンドウは見れても物質生成設置のウィンドウは見えないようなのだ。
最も、予約作業なんて言う予想外の物体を見つけた聖耶がその眼差しに気づくことはなかったが。
「よし、作業完了。リングさん、案内宜しくお願いします」
「はい、解りました。それでは行きましょうかセイヤ様」
怪訝そうに見ていたことをまるで感じさせずに二人は歩き出した。
屋敷から響く悲痛な叫びを男二人は華麗にスルーしながら。
「どうやらセイヤ様たちは六日間帰らないそうです」
「はい、カリン様」
「では六日間で立派な淑女になりましょうか、エルフィ様」
「べ、勉強は……ひぃっ!! は、はい、カリン様!!」
知らなかったのか、カリンからは逃げられない。
そんな図式が屋敷の一室で繰り広げられていた。
精霊魔法と古代魔法の使い手の前に並みの魔獣など塵芥に等しい。
まるで無人の野を行くかの如くリングと聖耶は予定通りにノームの集落へと辿りついていた。
「チート過ぎんぞ古代魔法。なんだよ、"ごちそうになれ"って」
「ただの干し肉があれほどの味に変化するとは、想像を絶しました」
ごちそうになれ、と言う古代魔法とは。
対象に古代魔法をかけることによって、その対象の味をその対象を食した人物が最も美味いと思う味に変化させる魔法である。
なお、対象物はなんでもよく、土や葉にすらかけて食うことが出来る。
ただし、味が変化するだけで栄養素などに変化はないので注意が必要である。
毒物に掛けるととっても美味な毒物が出来上がるだけだ。
「何はともあれ、ここがノームの集落です」
「水田きたこれ。稲は農業におけるチート食物です」
米と言うものは実は面積に対して取れる量が異常に多い食物である。
ノームの手でそれが行われているところを見ると、このあたりの環境は稲作が可能なのだろう。
「ではセイヤ様はここでお待ちください」
リングウェインが離れていくのを見送りながら、聖耶はほのぼのとした景色を見やる。
どこか、昔の日本を思わせる光景に郷愁の念を駆られそうになる。
ただし、稲作している人々が小さくなければ。角が生えてなければ。
ノームは農耕系の小人族である。大人でも精々140あればかなり高い方である。
成人男性で平均身長は135cm程度だと道中リングウェインから聞いている。
解りにくいだろうが、この身長、現代日本における9歳児と変わらないと言えばどのぐらい小さいか解って頂けるだろう。
かと言って、ロリかったりショタかったりする訳ではない。
どっちかと言うと、成人した人間の頭身をそのままそのサイズに下げているような容貌である。
故に何か違和感をかなり覚えているのだ。
「……うぅむ。中途半端にビッグライトを当てられた気分だ」
言いえて妙な例である。
そんなことをぼやいているとリングウェインが老人と青年、そして少女を伴って戻ってきた。
老人と少女にはねじれた角がある為にノームだと言うのがわかる。
しかし、青年は顔と右半身に刺青が走っている事以外は普通に人間のように見えた。
「セイヤ様、こちらがウェーク氏族の長エルサムレルエムリシミョル様です。その隣の女性が長の護衛であるフィルレンエフェルティルウェスタ様です。そちらの男性がウェーク氏族の護人を率いるエルダー・ヤパーテ氏族のゴン様です」
「え、えーと、えるさむれ……?」
「エルで結構ですぞ、セイヤ殿」
やたらめったに長い名前を一度で覚えきれるほどの記憶力も知性も聖耶にはなかった。
と言うか、元の世界でも知性においては中の下程度である聖耶がINT100と言うのだから、一流大学を卒業したような秀才様たちがこの世界にきたらINT数値が天も次元も突破して掴んでみせるぜこの世の知識になってしまいそうだ。
幸いにして略して呼ぶことを許されたことに聖耶はほっと胸を撫で下ろした。
「えーと、エルさん。グリム神に言われてあなた達を保護しにきたセイヤ=ノグチです」
「ええ、ええ、解っておりますぞ。つい昨日、グリム神からの天啓が降りましたからな」
「な、なんだってー!? 出来るならさっさとやれよ!?」
実際にはグリム神もかなりの手順を踏んだ上でしか天啓を与える事が出来ず、一度与えたらまたかなりの期間を置かねば天啓を与えることが出来なくなると言う結構面倒なものであった。
なお、人間たちには現在は天啓を与えることは出来ない。それには事情があるのだが、今は割愛しておく。
「と、ところで……」
「なんですかな?」
聖耶は聞きたいことがあった。壮絶に聞きたいことがあった。
身長は135程度と小さいが、出るところは突き出た――カリンより大きい――可愛らしい少女がじーと見つめ続けてくる事に何かこう身をよじりたくなる気分な聖耶である。
ロリ巨乳か、ロリ巨乳なのか、とか色んな電波を受信もしているが、何も言わずに見つめられるのは何かこう色々とアレなのだ。
「何故にえーと……ふぃ、ふぃるれ……?」
「フィル」
鈴を転がしたような可憐な声音が一言だけ呟いた。
呟いてから、また口を閉ざしじーっと見つめられる。
この状況に聖耶は非常に困っていた。
「何故にフィルさんはこんなにお熱いまなざしを……!!」
「懐かれておりますのう」
「これ懐かれてるの!? なんか違わなくない!?」
「フィルは人見知りで、異性が苦手なのじゃ。そんなフィルが初めての、なおかつ男性を前にして隠れたりもせずにこうも見続けるのは懐かれてる証左ですじゃ」
「納得し難い!? 納得し難いよその理由!? 懐くならもっと直接的に表現を!!」
「ん」
単語一文字だけ発声すればフィルはそのまま、むぎゅり、と聖耶に抱きついた。
カリン以上の爆弾がむにゅり、と押し付けられて柔らかいマシュマロが聖耶に襲いかかる。
「行動はええええええっ!? この子ほんとうに人見知りなんですか!?」
「……うむ、異例の速度じゃな。新記録じゃ」
「この爺さんも軽ぃぃいいいいいっ!? OK、落ち着け俺、いっつびーくーる。心は熱く、頭はクールにだ!! フィルちゃん愛してる!!」
あまりの困惑加減から変な電波を受信して変な妄言を口走った。
聖耶は言ってから硬直した。むしろ何言ってんだこの馬鹿と言うレベルである。
が、当の愛されているフィルは、頬を赤くしてもじもじしたまま抱きついている。
「何!? なんで?! 俺なんか惚れられる要素あったっけ?! 出会って数秒だよ!!」
「とりあえずセイヤ様、落ち着きましょう。ゴン様が困惑しておられます」
「……OH……忘れていたぜ、ごめんなさい。ゴンさん」
どうでもいいが、ゴンさんとか言うとボッされて殺されるのが僕でよかったとか言い出してしまいそうである。
ゴンさんのテーマがどこからともなく流れてきそうだ。
「いや、気にしないでくれ。俺はゴンと言う。宜しく頼むぞ、使徒殿」
普通の人だった。と言うよりそんなネタを振っても答えられるのはカリンだけである。
カリンと今までいただけにその手のネタが万能に通じると思っていた聖耶はちょっとショックだった。
明日を見失って微笑み忘れた顔など見たくはないぐらいショックだった。
「えーと、リングさん。詳しい事情までは話してあるんです?」
「いえ、セイヤ様の事と、ある程度の事情だけは話してありますが、詳しい経緯などは話していません」
「OK、そこからお話することになるのか――話をしよう」
ぱちん、と指を弾きながら、話に移行する聖耶。
その様子をどこか神妙そうに聞くエルとゴンの二人。
なお、フィルは聖耶に抱きついたまま、頬を赤らめてもじもじしたままである。彼女の事は一旦思考の枠外に置いた。
どうでもいいが、指パッチンと話をしように突っ込みがなかったことに、やはりカリンにしかネタは通じないのだな、と心で涙する聖耶だった。