ヒトミとキョウコは幼馴染の同級生。
幼稚園から一緒の二人は高校からの帰り道、何時もの通学路を二人で歩いてた。
「ねぇ、ヒトミ。そう言えば駅前にペットショップが出来たって知ってる?」
「ペットショップ? そう言えばそんなチラシが入ってたような……」
「そうそれ! 折角だから見に行ってみない?」
キョウコは大の可愛いもの好きで彼女の部屋はファンシーグッズやぬいぐるみなどの可愛いモノに囲まれており、そんな部屋の中を駆け回るちっちゃなワンちゃんを考えると、とてもSNS写えすると睨んでいた。
そんな彼女に難色を示すヒトミ。
彼女の幼馴染だからこそ彼女が何を考えペットショップに行こうと誘っているのか何となくであるが察してしまう。しかしここでファッション感覚で犬を飼うなら止めるが、わざわざペットショップに行くぐらいなら問題がないことは事実。
「うーん……わかった良いよ」
「ホント! やったぁ!!!」
そう言ってキョウコは喜ぶとスマホを上に掲げこの場でピース。
そしてカシャっとシャッター音がなると目に止まらぬフリック入力でSNSに今からペットショップに行ってワンちゃんに会うと顔の知らない幾千のフォロワーに報告する。
その横でヒトミはキョウコのSNS生活にため息吐くのであった。
「いらっしゃいませ〜。ごゆっくり御覧ください」
「うわぁ〜! すごい!!!」
「おぉ……。これは凄い。猫カフェみたいに放し飼いだ」
駅前に新しく出来たペットショップは雑居ビルの一角。
エレベータを出てすぐ左側、お手洗いの向かい側に木目調のおしゃれな扉が立てつけており、ドアノブを回すとそこはまるで猫カフェみたいにペットとお客さんが直接触れ合えるような作りになっていた。そしてもう既に数人のお客さんが色んなペットに囲まれて戯れる。
犬や猫はもちろん、猛禽類のフクロウやイグアナなどの爬虫類、はたまた壁に埋め込まれた水槽には熱帯魚やカエルなどの両生類まで千差万別数多の動物が同じ空間に戯れる。普通このような飼育方法だと異種間同士で傷つけ合うのでご法度だがここのペット達はみな大人しく、そんな兆しを見せない。
「あっ! 猫ちゃんとワンちゃんが同じおもちゃで遊んでる。可愛いなぁもう」
「なんだか珍しい光景だね」
「ここのペットショップのコンセプトはのびのび自由に。ですから。はいどうぞ、アイスティーです」
「あっ、どうも」
「わぁ! ありがとうございます!」
そう言って紫色のエプロンをした女性の店員さんが飲み物を手渡すと二人は学校指定のローファーを脱ぎ、既に数十足入った靴箱にキレイに入れると柵を開け、色んな動物の戯れるフローリングに足を付ける。
するとその場にいたペット達は二人の存在に気付き、他のお客さんと遊んでいるペット以外が一斉に二人に構ってもらおうをわらわらと周りを取り囲んだのであった。
「凄い! 人懐っこい!」
「ちょっちょっちょ、こぼれる。こぼれるって」
キョウコは懐からスマホを取り出すとペットに囲まれた自分をパシャパシャと自撮りし初め、そんな彼女をヒトミは離れたベンチで座りチワワの頭を撫でながら何とも言えない顔で眺める。
ヒトミ自身動物は好きなのだがどうもこの飼育環境は好きではない。
コンセプトが自由であり、現段階でどんなに大人しくてもいつ傷つけ合うか分からない。よく見たら向かいのベンチの下には籠の空いたハムスターまで居るのではないか。正気の沙汰ではないと思いながら飲み物を一口。
店員さんにどう言うつもりなのか聞いてみるのも有りかもしれないがここでトラブルになるのも面倒である。ここは早くキョウコを引き連れて退散したほうが吉かも知れない。取り敢えず頂いた飲み物を飲み干したら声を掛けてそそくさと家に帰ろう。
「キョウコ、そろそろ帰ろっか」
「えー、まだ駄目だよ。はい、こっち向いてね〜」
そう言ってキョウコは膝に抱えた猫と一緒にツーショット。そんな彼女にため息付くと先に帰ろうかとスマホを覗き込む。その時であった。
ふと目線を横に向ける。視野の隅に写ったのは沢山の動物が一箇所に集まる場面。そこで気づいた。私達がこのペットショップに訪れる前に居たお客さんは何処に行った?
いつの間にか帰ったのか?
いや違う、何故ならフローリングに上がる際に靴を脱いでいるがまだその靴が靴箱に何足も残ったままだ。という事はお手洗い? しかしお手洗いは雑居ビルの共同で玄関の向かい側だったハズ。
するとペットが集まっていた場所に店員さんが表れるとこの場から早く散るように手でしっしとペットの動物達を追い返した。
散りぢりになったペット達。
すると先程までペットが集まっていた場所の中心から一匹の真っ白なうさぎがキョロキョロと辺りを見回している。そしてそのうさぎの下には散らばったお洋服。
店員さんはポケットから首輪とスマートフォンを取り出すとウサギの首元に首輪を付け被写体であるウサギをパシャリと一枚。
そしてそのウサギを抱え、自身と一緒にもう一枚写真を撮ると散らばったお洋服とうさぎを抱っこし、そのままお店のバックヤードに引っ込んだ。
ヒトミは目を真ん丸にし、今起きたことを思い出す。
到底信じられない事だが、つまり今起きた事から察するに、私らの前に訪れていたお客さんがうさぎになっていたと言うこと。
そんな摩訶不思議な現象に血の気を引きながらも自分自身を落ち着かせる。なに、ただお洋服の上にうさぎが居ただけではないか。古くなったお洋服を雑巾にするのと同じでウサギの毛布に使っていただけであろう。たまたまさっきまで居たはずのお客さんと同じ服を身に付けていただけである。
アイスティーのストローに口を付けるも中身は既に空であり、虚しく溶けた氷の水をズズズと音を立て飲み込むのみ。心臓の音が跳ね上がり、額には冷たい汗が。
早く帰ろう。早くこの場から離れよう。
絶対にありえないがもしかしての可能性もゼロではない。実際に先程まで居た先客も見当たらないのだ。このペットショップは何処かおかしい。絶対おかしい。
「キョウコ! 帰るよ! って……えっ」
「何よヒトミ?」
「なに……その耳……」
「なにって……」
ヒトミは驚きに満ちた顔で口元を抑え、もう片方の手で恐るおそる腕を震わせながらゆっくりとキョウコの頭の虚空を指さした。
髪の毛に何か付いていたのだろうか? それとも後ろに誰かいる!?
とっさに前髪を抑えながら後ろを振り向くキョウコだが後ろには誰も居らず、真っ白な壁と植木のみ。彼女の周りには相変わらず色んな動物が周りを囲っており変わった様子も見せない。
彼女は胸を撫で下ろし一安心すると目に掛かってた前髪をどかす様にそのまま髪をかき上げた。
その時である。
普段は長い髪が引っかかるっことなく指を滑らす事の出来るベーズアッシュの髪であるが途中で何かに引っかかる。
耳の上にある人肌より少し暖かなフニフニする軟骨のような感覚。
触れると触られ、握るとそのまま握られる何とも不思議な感覚。
付け根から先端は指が滑らかに滑るが逆に撫でると毛で引っかかる感覚。
それはまるで自分自身に生えたような、そんな感覚。
そんなまさか……。
キョウコはゆっくりともう片方の手で先程と同じ様に前髪を書き上げると今度も同じように耳の上の髪の毛をかき分けてひょっこりと何かが生えていた。
「ねぇ、ヒトミ……。これって……」
「イヌミミ……だよね……」
「あら、気付かれたのですか?」
途端に後ろの方から女性の声が。
声のする方にヒトミは振り返るとそこにはバックヤードに下がっていた紫色のエプロンをした店員さんがにこやかな笑みを浮かべたまま突っ立っていた。
彼女はパタパタとエプロンを叩くと消毒用スプレーで手を消毒し、再びフローリングに上がる。そして数多のペットに囲まれてながら現状が理解出来ず困惑し、項垂れ座り込むキョウコの元に彼女は膝を曲げると目線を合わせながら頭を撫でる。
「駄目でしょ。大人しくしなきゃ」
「はぅ……」
「キョウコ!?」
するとキョウコは満更でもない表情で順応に彼女に撫でられる。それはまるで飼い主に撫でられる飼い犬のよう。
そして店員はポケットからドックフードを取り出すと彼女の前にチラチラと見せ、そのままキョウコの顔の前に上げた。そしてもう片方の手で静止する様に「待て」の体制。
キョウコはそわそわと口元からヨダレを垂らしながら潤んだ瞳で店員さんを待ち続ける。
「うふふ…よし!」
「はぅっ!」
「よし」の合図で飛び上がり、口でドックフードを加えると嬉しそうな顔で店員に顔をなすりつけ撫でてもらおうと催促するキョウコ。それを店員さんはわがままな我が子(ペット)として撫で始める。
そんなキョウコのお尻からは耳と同じくベージュアッシュのクルッと巻いた尻尾がスカートを捲る。そしてよく見てみると手先の指が短く、爪は長く。足先も同等で伸びた爪が紺色のソックスを突き破る。
あまりの出来事で言葉が出ないヒトミは口を抑えながら椅子の上で体育座りでガクガクと震え、目元に涙を浮かべる。
一体なにが起きてるの!?
いつの間にか居なくなった他のお客さんはウサギになって、今度はキョウコがイヌになるの!?
あまりの出来事に思考が追いつかない。
そんな店員はキョウコにお座りと命じるとゆっくりと立ち上がった。お座りの姿勢するキョウコはつま先立ちながら股を開き、手を床に付き舌を出しながら「はっはっはっ」と荒い呼吸。蹲踞するその姿はまるで一匹の雌犬でしかない。
恐怖で身を竦めるヒトミ。そんな彼女の横に店員は一緒に座るとスマホを見せながらにこやかな笑顔で声を掛ける。
「ねぇ、見てください。可愛いでしょう?」
スマホに写るのは沢山の動物たち。
犬、猫、ウサギ、ハムスターにフクロウ、はたまた大きな象やライオンまで。沢山の動物が彼女と一緒に写真に収められてある。
「可愛くない……そこに写ってるのも本当は人なんでしょう!」
「それがどうしたのです? 私はこの元が人だった者たちが我を忘れて人ならざる身に堕ち、本能のまま無邪気に行動する横で支配者であり高等種であり続ける私がツーショットに写る私が可愛いと言ってるのですよ。このつい先程まで人であった者たちが有象無象の動物になるって最高に醜く、私に寄り添ってくるって最高に興奮しませんか? この頭脳足りんの劣等種どもが本能に赴くまま、それも人の皮を被り自称理性を持ち合わせてた糞どもが、人だと思い込んでた人の革を被ったバケモノどもが」
「する訳ないでしょ。バケモノはどっちよ、狂ってる……!」
「んだとテメぇ!!!」
途端に店員の形相が変わるとヒトミの両肩を持ち乱暴に揺らす。
最初笑顔だった店員だが写真を見せながら次第にその顔は歪み興奮し、今は自分自身を否定されその言葉を撤回させようと般若の様な面に。そんなヒトミは顔を背けながら訳の分からないこの現状に必死に堪える。
ただの女子高校生でしかない彼女にとって現状を打破する事など出来ない、只の無力な存在。すると店員はピタッと止まると何を言っても無駄と思ったのか顔を伏せる。
するとである。
静かになったと思われた店員であったがクックックッと笑みが漏れ始め、次第に大きな高笑いに変わる。額に手を当て大きな声で笑い出す店員。
店員の気味悪い行動に身構えるヒトミ。そうしてしばらく笑うと突然ピタッと笑うのを辞めギロッと彼女を除きこむ。
「そうね、あなたは私の考えが理解出来ない劣等種だもんね。当たり前か。でも私そんな目の前でハッキリとバカにされたからもうアナタの事はどうでも良くなっちゃった」
「な、なら早くキョウコを元に戻しなさいよ!」
「えっ、嫌だよ。は~いっ、キョウちゃん、おやつですよ~」
「ワンッ!」
そう言って彼女の後ろからのっそりと現れたのは身体中に犬の灰色の体毛の生え、鼻が伸び、黒くちょんと湿った犬鼻。そしてある筈の人の耳は何処かに消え捨て瞳は縦に裂ける。まだ人の骨格をしてるがそれ以外はもう殆ど犬になってしまったキョウコ。そんな彼女の頭の中はもう既に犬として支配されてしまったのかヒトミには一切目もくれず店員にゾッコンであり、今は餌が欲しそうに必死に尻尾を振りながら四つ足で立ち上がり、可愛がって貰えるよう店員を下から甘える様に頬で足に擦り覗き込みながら小さく鳴く。
「あっ、それで君だけど私を馬鹿にしたからお前は畜生以下だからな」
「……はぁ?」
こんな状況で一杯いっぱいであるヒトミに告げられる言葉。
この人は一体何をいっているのか。ヒトミは恐るおそるその言葉の意味を聞き出そうと口を開こうとする。
しかし彼女の口が開く事はなかった。
「ん──────っ!?」
「あっ、やっと飲み物に入れたクスリが回ってきたんだ。うるさい口が真っ先に締まってなにより」
そう言って店員はアイスティーの入っていた空のコップを手に取ると思いっきりヒトミに投げつける。
咄嗟に身を庇うヒトミだが何故か痛みを感じない。まるでゆっくりと衝撃を分散し、包み込む様な感触が触覚として感じられる。
この様な感覚は触った事がある。そうだ、クッション性のある布生地、ぬいぐるみだ。
まさか……
ヒトミはゆっくりと視線を下げる。
そこには変わらず学校の制服を着た自分自身。しかしよくよく見てみると手の表と裏を分ける境目として一定間隔に縫わる糸。そして身体も制服が脱げない様に糸で縫われてる。そして人肌特有のつるっとした皮膚がゴワゴワと布生地のような手触りになると段々と目線が低くなるのに気が付いた。
「──────!」(なに、一体何が起きてるの???)
「あれー、何言ってるか分からないなー? それもそうか、ぬいぐるみは喋るどころか口を開くことすら出来ないもんね。なんせ生き物ですらないんだし」
「──────」(えっ、えっ、まさか、そんな……)
身体中いたるところから空気が抜けて縮んでゆく。指と指の隙間は塞がりデフォルメ調の手足に変わり、口は固く縫われたままニッコリ笑顔のコの字を描く。
身体の中はまるで鍋でかき回されたようにグチャグチャにされ、それらは段々とフワフワな綿になると次第に身体の自由は利かなくなり、そのまま背もたれに横たわるように倒れた。そして突然右目が見えなくなると瞼の中心が縫われ、そのまま何かを縫い付けられる様な感覚。
ヒトミは最後の力を振り絞りながら立ち上がろうとするが身体の殆どは布地と綿であり、そんな彼女が自力で動けるはずもなく、そのまま前によろけると椅子から転げ落ちてしまった。
頭から落ちるもぬいぐるみと成り行く彼女にとってはダメージなど皆無に等しい。
そんな床にうつ伏せに倒れ込んだ彼女が顔を横に向けるとそこには叩きつけられたコップ、そしてそれに映り込む自分の今の姿。
そこには一体の小さなお人形。
制服姿でボタンを片目に縫われた15cmぐらいの女の子のぬいぐるみは動き出す兆しもみせず転げ落ちている。
そして彼女のもう片方の瞼が閉じるとその目にもボタンが縫い付けられ、視界は真っ暗に。あまりの出来事で何が何だか理解出来ず、そのまま気を失うように倒れ込むと彼女は完全なぬいぐるみへと変わり果ててしまったのであった。
「はいキョウちゃん、そ~れ!」
「ワンッ! はうふっ!」
一匹の黒柴と遊ぶ一人の女性店員。
その店員は小さなぬいぐるみを投げると犬は尻尾を振りながら一目散にぬいぐるみの方へ走り、そのぬいぐるみを咥え戻ってくる。パタパタとご主人である店員に褒めてもらうとお座りの姿勢で口に咥えたボロボロのぬいぐるみを差し出す黒柴のキョウちゃん。
店員はよくやったとぬいぐるみを手に取るとキョウちゃんを思いっ切り撫で回す。そんなキョウちゃんは満更でもない表情で店員に甘えていた。
(やだっ、助けて! 身体の中にキョウコの涎が染み込んでるし、思いっ切り齧ったり引っ張られたり、はたまたオシッコを掛けられたりもうやだぁ……。ねぇ、早く元に戻してよ……!)
そのぬいぐるみ、元はヒトミであった人形は必死の思いで叫ぶが口が付いておらず、そもそも生き物ですらない彼女にとっては無力であり誰の耳にも届いていない。そんな彼女は事の発端である店員の手に思いっ切り握られるとまた遠くに投げられた。
店員はそんな野を走るキョウちゃんの様子と自分自身を一緒に写真に収めるとそのままSNSにペットショップの宣伝として投稿する。
それは彼女、店員にとっての自己掲示欲。
高貴な自分という人物を醜き他人と比べるために姿まで変えてしまい、圧倒的なその差を見せつける自己満足かつ独りよがりの常人には理解できないたった一つの彼女の生きがい。
そうしてヒトミは最後、その身を燃えるゴミとして捨てられるまでキョウコであった黒柴のキョウちゃんのお気に入りとして余生を過ごしたのであった。