不比等に連れられ、牛車でのんびりと道を行く。
聞けば会わせたい人物が居るとの事だったが、詳しく聞こうとしてものらりくらりと楽しげにはぐらかすばかり。
「きっと気に入ると思うよ」
「可愛い娘ちゃんなら大歓迎なんだが」
「さて、如何かな?」
この調子である。
少なくとも嫁さん候補が増えるかもと言っていたので女なのは間違い無い。
それにしたって、もう少し情報をくれても良いだろうに。
のんびりと進む牛車の中で、俺はどんな女性が現れるのかと一人悶々とするはめになる。
幸か不幸か、考える時間は大量に有った。
「どんな娘なのかヒントだけでも」
「駄目駄目、会った時の楽しみが半減してしまうだろう?」
「そりゃそうだが、気になるだろ」
「大丈夫だよ、着くまでゆっくり考えられるから。折角の牛車での移動なんだから、時間は有効に使わないと」
「てか何で牛車なんだよ! 歩けば良いだろ、そんなムキムキの身体しやがって!」
「いやだなぁ、勿論望月君への嫌がらせに決まってるじゃないか」
「クワァーッ! 道さえ知っていれば走って行くのに!」
「ふっふっふー、その娘の所へ辿り着くにはこのまま乗っているしか無いからねぇ」
何とも楽しそうな不比等に良い様に遊ばれつつ、俺は暫く頭を悩ませる事となった。
たっぷり三時間を掛けて到着したのは、これまた随分な豪邸だった。
不比等の家と比べても遜色無い。
玄関前には狛犬の置物が有り、妙な威圧感を持って門を見詰めている。
戸を引けばカラカラと軽い音が鳴るが、中に人の気配は無い。
「あぁ、望月君。こっちこっち」
背後の声に振り向けば不比等が離れへ続く石畳を歩いて行く所だった。
後を追いつつ疑問を口にする。
「本邸じゃないのか?」
「食事と睡眠以外はこっちに篭りっきりだね」
「戸も開けっ放しだったし無用心だな……」
「鶯張りだから来客が有れば気付くよ。戸は勝手に閉まるし、最初の部屋まで充分な長さの廊下もあるしね」
その言葉通り、背後からぴしゃりと戸の閉まる音が聞こえた。
微妙にハイテク……ハイテク?
良く解らんが便利な様に出来ているらしい。
石畳を進んで離れへ着くと、不比等は草履を脱いですたすたと上がって行く。
それに続いて玄関から三つ目の部屋に差し掛かると、濃密な紙と墨の臭いが漂ってきた。
不比等が戸を開くと寄り一層臭いが強くなる。
先ず視界に入るのは山と積まれた巻物。
南向きの障子窓と天井の大きな明かり取りのお陰で室内は割りと明るい。
部屋の中央には長机が鎮座しており、両脇には大型の行灯が並ぶ。
そして机に向かい、さらさらと筆を滑らせる幼女が一人。
後ろ髪を切り揃えた、随分と小柄な幼女だ。
恐らく俺の臍上くらいの身長だろう。
その彼女へ不比等が声を掛ける。
「やぁ、約束通り連れて来たよ」
「待ってて、今書き終わる」
答える声は予想よりも若い。
と言うより、幼い、と表した方が正しいか。
声の主は程無く作業を終え、此方へと振り返った。
視線が交差する。
やや眠たげに細められた黒い瞳に黒い艶の有るおかっぱの髪。
左耳の上に、山茶花の髪飾りが差してある。
浅葱色をした裾の長い小袖、所謂長着の上に黄色の羽織を着ており、下はこの時代の女性には珍しく括り緒の袴を穿いている。
すっと音も無く立ち上がった彼女は俺の前まで来ると、腰元を引いて屈めと要求してくる。
意図が解らず促されるままに中腰になると、眼前に彼女の顔が有る。
……いや待て、近くないか?
そう思うのとほぼ同時、彼女が両手を俺の後頭部へと回しガシっと掴む。
「────はむ。ん、はむっ、んっ、んぷっ」
そのまま近付いて来た彼女に唇を吸われた。
突然の事に困惑しつつも可愛らしい幼女から情熱的に口付けをされるなら良いか、と言う気になってくる。
たっぷりと口内を舐った事で満足したのか、熱い吐息と共に離れていく。
つう、と銀の橋が掛かったのを見て彼女は満足そうに唇をぺろりと舌でなぞった。
「不比等」
「何だい?」
「何でこんなに良い男をもっと早く連れて来なかったんだい?」
ぶっきらぼうな台詞とは裏腹に、彼女は頬を紅潮させながら凭れ掛かって来た。
何この幼女積極的。
「たった今書き終えたので最後だろう? 流石に仕事の途中でほっぽり出されるのは此方としても容認し難いからね」
「それで今か、まぁそう言う事情なら不問にしよう。……君、名前は?」
「もう知ってるだろうに」
「煩いな、ボクは彼の口から聞きたいんだよ。おっと、ボクは稗田阿礼だ。宜しくね」
「……望月、契だ」
余りの攻めっぷりにたじたじになりながらも答えを返すと、彼女──阿礼は頬に手を当てうっとりと呟いた。
「契、契か。素敵な名前だね」
「あぁ……阿礼も、綺麗な響きだな」
そう返すと阿礼は両手で頬を押さえながらくねくねと左右に身動ぐ。
「ふあぁ…………ぁっ、余り、そう喜ばせないでくれないか。異性から褒められる経験は殆ど無いので、とても気恥ずかしい」
恥ずかしげにはにかみながら蕩けた瞳を向けて来る阿礼。
口調は何処か男らしいと言うか堅苦しいものなのに、動きや反応は歳相応の娘そのもの。
……いや、いきなり口吸いに掛かるのは普通とは言えないか。
それにしても随分と愛らしいボクっ娘だな。
呆気に取られながら取り敢えず思考の海に沈んで現実から眼を逸らした俺を余所に、阿礼と不比等は何やら言葉を交わしている。
「よし、決めたよ不比等」
「なら身支度やら使用人の就職先やらを片付けないとねぇ」
「荷物はこないだ一緒に来ていた紫に頼もう。使用人達は紹介状を持たせれば何処でも引く手数多だろうさ。書物の管理は不比等にやってもらうとして」
「書庫代わりに使われるとは」
「満更でも無いだろうに。求聞持の書物の一切の管理を担う、となれば益々権威が増して動き易いだろう?」
「そろそろ息子達に全部任せて隠居したいんだけどねぇ」
「そう言っている間は無理だな」
さて、と阿礼は俺に向き直る。
「契には幾つか聴きたい事が有ってね。君さえ良ければ、話を聞かせては貰えないだろうか」
「それはまぁ、大丈夫だが」
「それは良かった。さ、粗末な座布団で悪いが座って楽にしててくれ。今お茶を運ばせよう、誰か居ないか!」
如何見ても高級そうな座布団を俺と不比等の分二枚を用意しつつ、使用人を呼びお茶の用意をさせる。
手際は良いのにうきうきした様子が微笑ましく映り、何とも不思議な気分にさせられる。
妙にちぐはぐだが、それがこの娘の魅力なのかもしれない。
「さて、それじゃあ早速聞いても良いかい?」
「俺は構わん、不比等は……」
「あぁ、僕も大丈夫。隣で一緒に色々と聞かせて貰おうかな」
「……と言う事らしい。で、可愛らしいお嬢さん。一体何を聞きたいんだ?」
「も、もう。ボクの胸を高鳴らせる様な台詞は禁止だよ」
もじもじしながら真新しい巻物を取り出し、硯を整える。
……まさか聞きながら書き留める心算なのか。
こほんこほん、と態とらしく咳払いをして阿礼は真っ直ぐに俺を見る。
「では望月の神、契。君の家族構成と、住んでいる場所に付いてを」
「知っていたのか……あぁ、不比等か」
「そう言う事。まぁ詳しい所はこれから聞かせて貰うけれど」
「ふむ……家族構成か。ええと、本妻、と言うか一番大事な嫁さんがルーミアで、他に嫁が十数人程」
「ちょ、ちょっと待った契」
話し出した所で阿礼が止める。
何か変な所でも有ったか。
そう思っていると隣で不比等が苦笑を漏らした。
「いやぁ、普通はそうなるよねぇ」
「如何したんだよ?」
「その……契。君はそんなにも女性を囲っているのかい……?」
「そうだが」
「…………不比等、こう言うのを絶倫と評するんだろうか」
「だねぇ。望月君はピンと来ていない様だから説明すると、幾ら性豪と名を馳せた人でも囲っている女性の数は多くて七人程だよ。そこへ十数人と正に桁が違う数字を聞かされれば、ねぇ?」
「成程、そう言う訳か。まぁ、なんだ、事実だから俺には如何しようも無いんだが」
「まだまだ増えるみたいだしねぇ」
「まだ増え……、ごほん! そ、その事は一先ず置いておいて、だ。取り敢えず話の続きをお願いするよ」
「ちょっと待ってくれ、ええと……ルーミア、諏訪子、神奈子、幽香、萃香、妹紅、紫、輝夜、レミリア、美鈴、チルノ、ミスティア、ぬえ、響子、小傘、ナズーリンが嫁だな。他にも付き合いの有る女性は居るが、しっかりと告白したのはその面々だな。後は娘が二人居て」
「ま、ま、待った!!」
悲鳴染みた声を上げる阿礼。
流石に喋るのが早過ぎたかと思ったが、彼女の手元には今挙げた全員の名前が既に書かれている。
括弧の中に片仮名で読みを書いているので後程漢字を隣に書くのだろう。
その手際の良さに感心していると、阿礼はその眠たげな眼を大きく開いて言った。
「契、君には子供が居るのかい!?」
「あぁ、もう三歳になるな。一人目が年の初めに、二人目がその年の暮れにそれぞれ生まれている。上の子は三歳とは思えんくらいにしっかりしていて可愛いし、下の子は甘えん坊でいつも引っ付いてきてこれまた可愛い」
「すっかり親馬鹿になったねぇ」
「娘は二人とも嫁には出さん」
「望月君が言うと本当に出さなそうだから怖い」
「す、既に子持ちか……いやまぁ、契は格好良いから女性が放って置かないのは解ってたさ、うん」
驚いたり納得したり落ち込んだり、表情が移り変わって面白いな。
そんな事を思っていると、背後の戸がからりと開く。
お茶が到着した様だ。
受け取った湯飲みからは特有の香りがしてくる。
蕎麦茶か。
くいっと呷れば喉から鼻へと香ばしい熱気が抜けていく。
と、お茶を飲んで多少落ち着いたらしい阿礼が筆を走らせながら再び口を開く。
「ほ、他には居ないかい?」
「まぁそんな所だな。次は郷についてだったか?」
「あぁうん、お願いするよ」
「最初に郷へ来た時とは随分変わったな。河童の技術やら二柱のかな☆すわやらで生活の水準は或る程度上がった。こっちの人間には想像し難いだろうが、妖怪との距離も近い。暴れ回らなければ等しく住人として受け入れているからな。中には妖怪と人とで夫婦になり子を成している家庭も在る。産業は主に農業が中心だな。貨幣も使えるが、住人同士のやりとりは専ら物々交換だ。とは言え基本は郷全体で足りない所を補い合っているからな、浮浪者の類は全く居ない。流民に対しては大半を受け入れて新しく開墾に従事させているが、中には良からぬ事を考えている者も居てな。まぁ、そう言った連中は人妖混合の自警団が容赦無く処理しているから治安はとても良い。長々と喋ったが、一言で言うなら良い所だ。そこは胸を張って言えるな」
ふむふむ、と頷きながら筆を走らせていく阿礼。
時折語句に説明を加えたり、不比等の質問に答えたりしながら巻物の白地を埋めていく。
「余程愛着が有るみたいだね。次は契自身についてお願いするよ。何でも、ちょっとした異能を持っているとか」
「あー……」
「おっと、答えにくい事だったかい?」
「いや、そう言う訳じゃ無い。そっか、不比等には伝えて無かったか」
「おや、これはまた面白い事が聞けそうだね? ささ、望月君」
「本気で面白そうと感じている辺り良い性格してるよな、不比等は。まぁ良いか、能力なんだが……」
「ボクが聞いた所では『想像を創造する能力』だとか」
「あぁ、それなんだが…………使えなくなってな」
「「…………え?」」
綺麗にハモったな。
阿礼は純粋な疑問と共に、不比等は両目を見開いて驚愕を貼り付けて俺を見る。
不比等が此処まで動揺するとは珍しいな。
「一体如何してだい?」
「まぁそう慌てるなよ不比等。面白い顔になってるぞ」
「慌てもするさ。東国の力関係が一気に変わる程の情報だって気付いてないのかい?」
「その辺は大丈夫だろ。政には郷の事以外全く関わって無いから外の奴等とは面識が無い。俺の物理的な力が無くなっても渉外能力的には特に変わらない筈だ」
「そりゃあ守谷の二柱を筆頭に相当な御仁が揃ってるのは解るけど。それでも、郷の戦力が大幅に減った事には変わり無いだろう?」
「あー、成程。だがまぁ、戦力として見たらそんなの誤差ですら無い」
「……如何言う意味だい?」
「ほら、ルーミアが居るだろ」
「……いやいや、如何に金色の人喰いだからと言っても無理が有るだろう」
「何だ、紫から聞いてなかったのか。俺達全員とルーミア一人とでガチンコやったら多分一分持たずに俺達が全滅するぞ。序に今のルーミアは金色の人喰いじゃなく『宵闇』の二つ名を名乗っているから覚えておいてやってくれ」
「……………………まじ?」
「マジマジ、大マジだ」
目を点にして口を開ける不比等。
カメラが有れば収めて置きたいくらい面白い顔してるな。
とは言え遊んでいても仕方が無いのでサクサク答えていくか。
放心している不比等の代わりに阿礼へと続きを話し始める。
「話を戻すと、使えなくなったのに気付いたのは四年前、命蓮寺から帰って二週間くらい経ってからだな」
「そりゃまた、随分と前じゃないか。良く噂に成らなかったね」
「優秀な頭脳が居るからな。それで、原因は如何やら心因性のものらしい」
「しんいん……せい?」
可愛らしくこてりと首を傾げる阿礼。
そうか、この時代の医学は外科と内科の基礎すらあやふやなレベルだったな。
「気持ちが原因って事だな。火事で家も家族も失った人が、小さな灯火にさえ酷く怯える事が有るだろう? そんな風に心に負った傷が、能力の使用を妨げているって訳だ」
「成程ね。噂に聞く命蓮寺消失事件が鍵か」
「あぁ。奈苗って言う大切な嫁を亡くしてな」
「……ごめん、配慮が足りなかったね」
「気にするな、事実だからな。まぁそれ以来、俺が幾ら能力を使おうと思ってもさっぱり反応が無い。残ったのは不死に限り無く近い生命力と頑丈さだな。お陰で毎晩嫁さん達が気絶するが」
「……精力も生命力の一部だからね」
顔を赤らめて恥ずかしそうに視線を逸らす阿礼。
初な反応が何とも可愛らしい。
とは言えその辺の知識も有るとは存外耳年増なんだな。
弄り甲斐が有って実に良い。
その後も色々と経験した事や身の回りの事について答え、気付けばすっかり日も暮れていた。
往来を行き交う人々の喧騒から、虫達の合唱へと賑やかさが移り変わっている。
手元の巻物も、随分と長く書き連ねられていた。
「おっと、もうこんな時分か。すまない、喋りっぱなしで疲れていないかい?」
「俺は大丈夫だ。可愛い阿礼の声が沢山聴けたからな」
「ま、またそんな事を……照れてしまうよ?」
「いやぁ、相変わらずナチュラルに口説くよねぇ」
流石に衝撃から復帰していた不比等が呆れた様に笑う。
予想通りと言うか明らかにそう言う方向へと意識を誘導した癖に、随分と白々しい奴だ。
まぁ、そう言った事に長けているからこそ人の多い都で政に携われるんだろうな。
それこそ不比等が本気で謀を巡らせれば、俺なんかがそうと気付く頃には全てが後の祭りとなっているに違い無い。
こうして俺に気付かせるのは不比等なりの誠意の見せ方なのだろう。
「とは言えそろそろ帰るとするか。余り居座っても迷惑だろうし」
「そうだね、ボク達が居ては皆片付けが出来ないだろうから」
……ん?
何か違和感が有ったな。
「それじゃ行くかい?」
「あぁ、暫くお世話になるよ、不比等」
「お世話にって、阿礼は今日泊まりに来るのか?」
そうか、この違和感は阿礼も一緒に此処を離れると言ったからか。
しかし随分と急な話だな。
不比等は既に承知していたみたいだが。
そんな風に思っていると、何故か阿礼が驚いた様子で不比等に目を向ける。
「不比等、説明してなかったのかい」
「先ずは当人から一言有った方が良いと思ってね。これからお世話になるんだし」
「いやまぁ、それはそうだけど……えっと、契」
「ん、如何したんだ?」
「…………ふっ、不束者ですがっ!」
真っ赤になって三つ指を付く阿礼。
いや待て。
一体何が如何なってそうなった。
助けを求めるべく視線を向けた先では、不比等が笑いを堪えて肩を震わせていた。
「……不比等、順を追って説明を頼む」
「ほいさ。それじゃあ詳しく最初からおさらいして行こう。稗田阿礼、彼女には普通の人に無い能力を持っていてね。と言っても望月君や紫ちゃんの様に派手な物では無いけどね」
「さっき言ってた『求聞持』ってやつか?」
「そうそう。一度見た物を忘れない、って言う或る種呪いにも似た能力でね。歴史編纂や政の仔細付記には実に役立つから藤原家で支援していたんだよ。来た時に書いてたのがそれだよ」
「じゃあさっきまで俺の話を纏めていたのも?」
「いや、そっちは別口。紫ちゃんからの依頼でね、幻想郷に関る事柄を書き記して史料として纏めて置きたいそうだよ。そこで顔合わせがてら望月君を連れて来たって訳」
「ふむ……で、如何繋がるんだ?」
「粗方の仕事は終わったから後は望月君の所でのんびりと過ごして貰おうと思ってね。引き払う準備は大方整ってるよ」
「おい待て、初耳だぞ」
「紫ちゃんは『皆に了承貰ったから大丈夫』って言ってたよ。多分知らないのは望月君だけかな」
「そりゃまた随分なサプライズだな」
「紫ちゃん達にしてみたら望月君の動きが解らないから敢えて言わずに置いたんだと思うよ。何せ相手が女の子だからねぇ」
「此処まで納得し難いのに受け入れるしか無い論理は未だ嘗て聴いた覚えが無ぇ……!」
「一目見ただけで彼女が堕ちるとは思わなかったけどね。流石は鬼畜眼鏡。よっ、日本一!」
「嬉しくねぇよ!?」
「ま、そんな感じに望月君が嫁にするって言い出しても大丈夫な様に備えはしてあるみたいだよ? 良かったじゃない、理解の有る奥さん達で」
「理解が深過ぎて涙ちょちょ切れそう」
溜息を吐きつつ顔を戻すと、頬を染めた阿礼が凭れ掛かって来ていた。
無意識に抱き締めると腕の中でぴくんと小さく身体が跳ねる。
熱い程に伝わってくる体温が心地良い。
「つまり、郷の事を色々書く序に政争から遠ざけようと俺に預ける。そう言う目論見だな?」
「そう言う事。いやぁ、理解が早くて助かるよ」
「つっても不比等。流石に今日明日で出立する訳には……」
「あぁ、そこら辺は大丈夫。望月君の『用事』が終わるまでは家で自由に寛いで貰う予定だから。何なら一緒の部屋にするかい?」
「いやいや、阿礼の邪魔になるだろ」
何を言い出すんだコイツは、と不比等へ半目を向けていると腕の中で阿礼が小さく身動ぎする。
視線を戻すと消え入りそうな声が耳に届いた。
「…………ボ、ボクは、契と一緒が良いかな」
思わずむぎゅっと抱き締めたが俺は悪くない。
相変わらずの幼女安打っぷりだが何も問題は無いな。
そんな俺を見て、不比等は愉しげに肩を揺らす。
「やっぱり嫁さん候補が増えたねぇ」