※この作品はR-18です。

東方嫁探訪   作:一ノ瀬 崇

5 / 8
歌人と邪仙。そして何してんだ華扇。

 

 

「それで朝風呂と洒落込んでた訳か、やっぱり望月君ぷれいぼーいだねぇ」

「今回は夜這いを仕掛けられた側だがな」

「色々と腑に落ちないけれど話は是非とも聞いておきたい……!」

 

 

 朝食を食べ終わった所で昨晩の出来事を不比等と阿礼に話した。

 聞けば二人も青娥の動向には注視していたらしい。

 阿礼は何かしらの記録になるかと、不比等は俺が何かするだろうと。

 流石に俺が仕掛けられる側に回るのは想定外だったらしく、肩を揺らして笑っては居るが。

 耳年増な阿礼はと言えば何やら首を捻りつつも艶事への興味は強いのか、耳朶を赤く染めながら前のめりに顔を向けている。

 えっちな事に興味津々な少女は良いぞ。

 まぁ語らずともその内実践する事になるんだが。

 

 

「まぁそれについては置いといて、だ。肝心の竹簡には何て書いてあった?」

「此方での用事を終えたら共に郷へ行くから数日待ってて欲しい、って感じだね」

「成程。数日か……」

「はてさて、事態が動くには多少余裕の無い日程だね?」

「出来る事なら見届けたい所だが……まぁこればかりはどうしようも無いか」

 

 

 二人で思案顔をしていると、一人蚊帳の外だった阿礼が問いを放つ。

 

 

「何の話かボクにも解る様に説明して貰えると有難いんだがね?」

「おっと、悪い。水橋家の麗しき姫君についてなんだが」

「……何だろう。契、君は息を吐く様に女子の話題が出てくるね」

「はっはっは、そこが望月君の持ち味だよ。実は昨日、道端で件のお嬢さんとばったり会って意気投合。すっかり絆された望月君は色々と水橋家に関わる情報を集め出したんだけど、例の婚姻話に行き当たってどうしたもんかと構えている所なんだよ」

「あぁ、明後日が祝言だったかな。……それでか。確かに何か事が起きるには時間が足りなさそうだね?」

 

 

 事も無げに頷きを返す阿礼。

 その反応を見て思わず感嘆の息が漏れた。

 

 

「年の割に随分と頭の回転が早いな。普通、もう二三は言葉を交わさないと話の向きが解らんだろ」

「ふっふっふ、もっと褒めてくれて構わないよ?」

 

 

 両手を腰に当てて得意気にふふんと笑って見せる阿礼。

 言い回しや思考速度は大人と遜色無いが動きが年相応で微笑ましい。

 頭をわしゃわしゃ撫でてやるとクールな表情が崩れてふにゃふにゃになった。

 これはこれで可愛い。

 

 

「阿礼は何かしら情報持ってはないか?」

「ん、今の所水橋家については不比等と同じくらいだね。やはり家長の不在がそのまま外に出る情報量の低下に繋がっているのが何とも」

「となると現状打つ手は無しか……」

「いや、そうでもないよ」

「何?」

 

 

 思わず撫でる手を止めると、阿礼はするりと俺の胡座の中に腰を降ろした。

 童女特有の高い体温が布越しに伝わってくる。

 

 

「このちっちゃな身体に秘められた別解とは如何に」

「なに、簡単な事だよ。水橋家から辿って行けないのなら、別の所から辿って行けば良い。そう例えば……多治比家の恥が最近入れ込んでる魅惑の女人とか、ね」

「……阿礼からもそんな認識か。もしや実物は聞き及んだものより更に酷いのか?」

「少なくとも良くは無いだろうねぇ。特に女性の扱いは望月君が見たら全身の骨と言う骨を砕くまで足蹴にするのは想像に難くないよ」

「よし、難癖付けてパルスィを拐おう」

「本当に気の多い御仁だね……まぁ惚れたボクがとやかく言えるものでもないか」

「話が逸れたな。それで阿礼、その情報源とは」

「これが不思議な事に先程話に上がった邪仙とも繋がりが有る人でね。名を都良香、京でその名を知らぬ者は居ないとまで言われた才女さ」

 

 

 

 

 

 

 と言う訳で早速お宅訪問してみた。

 場所は阿礼の家から通りを三つ過ぎた辺りだ。

 視線を上げれば築地塀の外から八重桜が花開いているのが見えた。

 五部咲きと言った所で満開はもう数日後だろう。

 そう言えば此処から羅城門がすぐ傍だったな。

 羅生門は後から当てた表記らしい。

 不比等は元々の読みの音が『らせいもん』だった事から後世で文書を目にした者が生の字を当て、更にそれを見た者が『らしょうもん』と誤読したのだろうとか考察していた。

 俺に言わせれば『らせいもん』でも『らじょうもん』でもどうだって良いんだが。

 いっそ『ナナえもん』でも良い。

 

 

「お待ちしておりました。良香様は庭園で歌を詠んでおります」

 

 

 案内役の侍女が先導してくれる。

 どうやらこの展開を予想していたらしく不比等が昨日の内に話を付けていてくれていた様だ。

 流石は不比等、動きが早い。

 侍女の後を付いて一人石畳を進んでいく。

 不比等と阿礼は朝堂院で仕事が有るらしく別行動だ。

 忘れがちだがアレで日本の政治のトップなんだよな。

 教科書に載ってる中臣鎌足が不比等の親父さんだし、なんやかんやでエリートなのは間違いない。

 お茶目が過ぎるのが何とも……いや、普段が激務だからその反動でああなのかもしれん。

 脳裏で鬱陶しくドヤ顔ダブルバイセップスを決める不比等のイメージを振り払いつつ足を進めると、玉砂利の上に置かれた丹色の長椅子に腰掛けた小柄な女性が見えた。

 暗い藤色の髪を肩に流し、白の小袖に緋色の長袴を着込んでいる。

 

 

「……おや、貴方は」

 

 

 女性にしてはやや低めの、しっとりと落ち着いた声が届く。

 此方へ振り向いた顔はとても穏やかだ。

 

 

「お待ちしていましたよ、望月の神」

「初めまして、望月契だ」

「都良香です。藤原殿から色々と聞いていますよ。さぁ此方へ、茶菓子を用意させましょう」

 

 

 短く三度拍手を打つと、侍女が下がり屋敷へと戻っていく。

 導かれるまま長椅子に腰掛けると、風景がガラリと変わって見えた。

 佐保川から引き込んで作られた池には玉石が敷き詰められ、島を模した石組と左右に植えられた躑躅が陽光に照らされ眩く映える。

 視線を上げれば朱色の橋が水鏡に写り輪を描いている。

 背の低い一位と八重桜が並び立ち、視線の中央は開けていて塀の白鼠色が良く目立つ。

 塀の外には佐保川に沿って生える柳の姿が見えており、風に吹かれて青々とした波飛沫を上げている。

 

 

「おぉ……凄いなこりゃ」

 

 

 思わず漏れた感想に、くすりと笑い声が答える。

 

 

「気に入って頂けました?」

「あぁ、此処まで見事なものは見た事が無いな」

「当家の数少ない自慢なんですよ。良い日和の時はこうして陽を浴びながら歌を詠むのが一番の楽しみです。まいぶーむ……でしたっけ?」

「それで合ってるが、不比等から聞いたのか?」

「ええ。元は人間で最近ノリと勢いだけで神になっちゃった友人兼義理の息子が弄ると面白くて困る、と。それはもう、楽しそうに」

「にゃろう」

 

 

 脳裏で鬱陶しくムフ顔アブドミナルアンドサイを決める不比等のイメージを振り払う。

 つか何でお前ボディビルのポーズ取るんだよ。

 頭痛を堪える様に右手で額を押さえて溜息を一つ。

 

 

「まぁ、色々聞いているなら話は早い。訪ねて来た理由も解っているんだろう?」

「水橋家と多治比家の縁談に纏わる零れ話、及び多治比家の末子の評。貴方が欲しいのはこの辺りの情報ですかね」

「良くご存知で。余程不比等からの信も篤いらしい」

「とは言え此方から出すだけでは退屈なものです」

「腹芸が苦手なのも聞いたのか。楽っちゃ楽だが」

「私も気を抜いて会話出来るのですよ。此方の要望ですが、鬼を一人捕らえて頂きたいのです」

「鬼?」

 

 

 予想していなかった言葉が出て来た。

 不比等を繋ぎとした郷へのコネ、有事の際の戦力辺りは有るかと思っていたがまさか鬼相手とは。

 それも退治ではなく捕獲と来たもんだ。

 

 

「どう言う事だ?」

「剣呑な話では無いのです。先程言った通り、天気の良い日はこうしてのんびりと過ごしながら歌を詠んでいるのですが……いつからか門の外から返歌が届く様になりました。どれも素晴らしいもので、これ程の歌を詠める人とはどんなお方であろう、と。家のものを遣っても通りには人っ子一人居らず、どうにも姿が解らない。試しにと歌で誰何した所、居ぬもの、と返歌が有りまして」

「成程。隠、即ち鬼か」

 

 

 脳裏に浮かぶのは萃香や勇義といった知り合いの鬼。

 はて、歌を詠む様な奴は居ただろうか。

 それなりに教養の有る数人の姿を思い浮かべてみるが、何れも出不精だったり根が粗野だったりで、とても穏やかに歌を詠む様には思えない。

 ……いや、一人だけ居たか。

 どいつもこいつも一癖二癖当たり前な鬼の中でも随分な変わり者と評判の鬼娘。

 郷に遊びに来た時にレミリアと意気投合した挙げ句、暇潰しにと渡した深淵歴程にドハマリした中二病患者だ。

 ちなみに深淵歴程とは輝夜監修の下で俺が書き上げた、比較的オーソドックスな娯楽冒険譚である。

 ひょんな事から聖剣を手にした少女が世界を救う為に旅立ち『最も深きもの』と呼ばれる悪を討つと言う王道を往くストーリーと、細部に散りばめられた難解な表現と狂った様なルビ振りが読む者の精神を揺さぶる内容となっている。

 出来上がったものを読んで輝夜と二人悶え転げたのは苦々しい記憶として今も心の片隅で疼いている。

 まぁ、そんな感じで出来上がった中二病キャリア物語を聖典としている少女が歌人候補として挙がったのだが……うん、無いな。

 確かに歌を詠むセンスも有り、人間に対して穏健な態度で接する事の出来る奴だ。

 だが、流石に都まで来て返歌だけして帰る程暇でも無いだろう。

 

 

「知り合いの鬼では無さそうだな」

「普通は鬼の知り合いは居ないと思いますが」

 

 

 楽しげに微笑む良香。

 柔らかな笑みを浮かべたまま、ついとその顔を上へ向ける。

 釣られる様に視線を追ってみれば、丁度風が吹き抜けて柳の枝を揺らしていく所だった。

 

 

「──気霽れては風新柳の髪を梳る」

 

 

 澄みやかな声が届く。

 風が葉を鳴らしながら往くのを耳で送りながら問い掛ける。

 

 

「浅学でな。歌の意味を教えて貰えると有難いんだが」

「空は麗かに晴れ渡り、風は新芽の柳を梳かす様に吹く。澄み渡った青い空と、爽やかな風がまるで佳人の髪の毛を優しく梳いていく様に若い柳の枝を揺らしていく情景を詠んでみました」

「柳の新芽が付いた枝葉を女性の髪に例えて、か。見事なもんだな」

「ふふ、有難う御座います」

 

 

 良香の歌はその場に有る情景を、脚色せず、ただ美しいと感じるままに詠んだものだ。

 それ故に解り易く、すっと胸に入ってくる様な納得感が有る。

 文字通り腑に落ちる歌だ。

 仮に俺がこの場に居なくとも、その美しい景色を楽しめる、そんな説得力を持っている。

 成程、これが本物の歌人か。

 生きた和歌に触れた感動に内心打ち震えていると、不意に耳の後ろ辺りに引き攣る様な感覚が走る。

 妖気だ。

 腰を上げて駆け出すと同時、塀の外から幼さを帯びた、若い女の声が響いた。

 

 

「──氷消えては波旧苔の鬚を洗ふ」

 

 

 後ろで、まぁと楽しげな声が零れるのを聴きながら橋の欄干へ右足を乗せる。

 振り抜く様にして身体を空へ投げ出し塀の上へ。

 気配を感じ取ったのか気の抜けた顔を此方へ向けた少女と目が合う。

 長い睫の下から銀朱の瞳が覗き、純粋な疑問を浮かべたままぱちくりと見開かれる。

 そんな顔も可愛いが、取り敢えず拉致だな。

 膝で衝撃を逃がしつつ着地、そのまま両手を伸ばして少女を横抱きにする。

 左腕で両肩、右腕で膝裏を押さえる様に抱えれば記憶に残るよりも多少重さを感じる。

 身長がやや伸びたのも有るが、全体的に肉付きが良くなったからだろうな。

 

 

「んゃっ♡」

 

 

 うむ、相変わらずの良い尻だ。

 しっかりと抱えて再度右足に力を込めて飛び上がる。

 流石に塀を越えるには高さが足りないので、左の爪先で壁を押す様に蹴る。

 くるりと視界が下へ回る。

 丁度頭が下に来た辺りで右足の踵で屋根瓦を踏み、身体全体を前へと押し出す。

 そのまま大きく二回転して着地だ。

 奈苗なら満点の評価をくれただろう。

 ふと、胸元をなぞられる感覚に気付き目を向ける。

 多少頬を紅く染めた少女が此方を見上げていた。

 

 

「ケイさん、降ろして」

「ん」

 

 

 ゆっくりと腕の中のお姫様を降ろす。

 香色の小袖と若緑の湯巻に草履を履いた、多少良い所のお嬢さんと言った風体。

 が、この少女は何かと目立つ。

 整った可愛らしい顔立ち、柔らかそうに存在感を放つ胸、この時代では相当とも言える高い身長。

 それらの要素を置き去りにする程の癖が有る。

 先ず、ミディアムヘアの髪。

 髪の色が、なんとピンク色なのだ。

 似た系統の髪色と言えば、さとりやミスティア辺りだ。

 あの二人もかなり目立つがこの少女は更に要素を加えてくる。

 頭の左右で小さく主張する、二本の角。

 鬼特有の角が、少女が人外の者であると知らしめている。

 そして両腕の飾りだ。

 左手首には鬼の間で熱い人気を誇る鎖付きの鉄製の枷が嵌められている。

 謎のブームだがまだまだ勢いは衰えそうに無い。

 右腕肩口から先には包帯をぐるぐると巻き付けてある。

 鬱血で指先の感覚が無くなりそうなビジュアルだが、本人は至ってお気に入りの様子だ。

 

 

 ──何が琴線に触れたのか解らん。いや、そう言うお年頃なのか。

 

 

 そう、何を隠そうこの少女こそが郷でレミリアと二枚看板を掲げる中二病患者、茨木華扇その人だ。

 腕に包帯を巻いては右腕に封印されし禁断の力がうんたらかんたら、適当な記号を組み合わせて怪しげな召喚陣を作っては古の時代より蘇った邪神がうんたらかんたら。

 右腕に封印されているのは禁断の力じゃなく鬼畜眼鏡だ。

 その封印を解いてはいけない。

 召喚陣の方は偶然成功したらしくおどろおどろしいエフェクトと共に諏訪子が現れたらしい。

 まぁ大和勢より昔から郷に居る神だし禍を司っているから間違いではない。

 変なのが召喚されても困ると言う事でケロちゃん召喚陣とその他の召喚陣は秘匿、レミリアと華扇には晩御飯後のデザート抜きを説教代わりに言い渡したと帰ってきた諏訪子が言っていた。

 とまぁ、そんな感じの娘だ。

 根は正直でちょっぴりツンデレ、と見せ掛けてチョロイン淫乱ピンクだ。

 多分郷で一、二を争う淫魔っぷりだな。

 

 

「で、ケイさん」

 

 

 玉砂利を鳴らして一つ頷いた華扇は胡乱げな目をして俺を見据えた。

 両手を腰に当てて如何にも怒っていますと言うポーズを取っている。

 紅を差した頬を膨らませるおまけ付きだ。

 

 

「突然降って来て拉致った挙句私のお尻を撫で回すのはどう言う了見?」

「答え易い所から答えるとしようか。華扇と会うのは久し振りだからな、思わずその色香に惑わされても仕方が無い。恨むなら可愛過ぎる自分を恨め」

「……も、もう。ケイさんはいつも適当言うんだから。騙されませんからねっ」

 

 

 目に見えて機嫌が良くなる。

 幾ら何でもチョロ過ぎでは無かろうか。

 

 

「降って来たと言うか飛び越えて来た、が正しい。丁度そこの橋の欄干からひょいっとな。で、麗しきお嬢さんを攫った理由だが。此処の屋敷の人から『歌を詠んでいると返歌する鬼が出る』と相談を受けてな、面白い鬼も居たもんだと思ったら何と塀の外から返歌が聞こえてくるじゃないか」

「あー……成程。世間は狭いなぁ……」

「俺もまさか此処で華扇に会うとは思って無かったな。フラグの回収にしても早過ぎる」

「ん? って事はケイさん、私の事考えてたの?」

「あぁ」

「暫く会って無かったのに再会する直前にお互いがお互いを想い合う……ふふふふ、やはり運命の赤い糸は私の小指に」

 

 

 どんな風に考えていたかは言わない方が良いだろう。

 両手で頬を押さえながらくねくねと恥らう姿に温かい眼差しを向けつつ口を開く。

 

 

「積もる話は後でゆっくりするとしてだ。取り敢えず目的を果たさせて貰いたい」

「あ、そう言えば此処の人がケイさんに捕獲依頼出したんだっけ?」

「珍獣扱いはされないだろうから安心しろ」

 

 

 大人しくなった華扇を連れて良香の所へ戻る。

 先程からやり取りは見ていた筈だが、驚いた様子は無い。

 或る程度この展開を予想していたのか、はたまた俺の予想以上に大物なのか。

 多分両方だな。

 にこやかに笑みを浮かべたままの良香へ、先ずは俺が話す。

 

 

「良香、こいつは俺の知り合いで茨木華扇だ。鬼だが他のと比べて人間に対して友好的で、咄嗟の機転が利く。良ければ仲良くしてやってくれ」

「えぇ、勿論。華扇さん、で良かったでしょうか。都良香と申します。貴女の歌を楽しみにしていたので、こうして出会えて嬉しいです」

 

 

 流石だ。

 一流の歌人はコミュ力も一流らしい。

 穏やかな物腰と楽しげに細められた目元、まるで全身がマイナスイオン発生器だな。

 これでイケメンだったらミシャグジ経由で呪いを飛ばす所だが、美女なので何の問題も無い。

 洗練された対応に感心していると、華扇が一歩前に出る。

 得意げに吊り上がった口の端を胸を張った堂々たる姿勢。

 ふよよんと揺れる胸が素晴らしい。

 

 

「定命の者よ、我が名は茨城華扇。母なる大地と父なる天より加護を受けた選ばれし運命の堕とし児だ。絶え間無き天上の調べ、玲瓏たる深淵の響き、正しく我が思案への狂想曲と成ろう。極天へと至りし安寧の輩として未だ定まらぬ玉座へと導かれる事を願う」

「『初めまして、茨木華扇です。ケイさんとは家族ぐるみの付き合いです。私も貴女の歌が好きで、こんなに素敵な歌を詠めるなんて凄いって感動しました。良ければお友達になってください!』って所だな」

「ケイさんちょっとおおおおおお!?」

 

 

 中二病全開な台詞に対訳を付けたら華扇がえらい勢いで詰め寄ってきた。

 胸倉を掴まれ前後にがくんがくんと激しく揺さぶられる。

 流石鬼のパワーだ、勢いが違うぜ。

 

 

「私が折角格好良く決めたのに何で台無しにするの!」

「アホの娘に解る様に説明するなら、難解過ぎて伝わらないからだ。自分一人や理解し合える仲間とならまだしも一般人相手にやるなって前言っただろ。それに折角格好付けても首を傾げられながら意味を尋ねられてみろ、居た堪れなくなるぞ」

「うっ、確かに」

 

 

 以前郷へ遊びに来た時、似た様な口上をやって響子ぬえコンビに揃ってぽかんとされていたのは記憶に新しい。

 精神年齢が近く趣味が近しい、或いは黙ってノってくれる相手以外にやってはいけない。

 失伝した黙示録(かっこいいせってい)は妄りに明かしてはならないのだ。

 華扇も苦い記憶を思い出したのか、こほんと咳払いをしてお澄まし顔になる。

 

 

「改めまして、茨木華扇よ。よろしくね」

「えぇ、どうぞよろしく。良ければ一緒にお茶菓子等如何ですか?」

「有難く頂戴するわ。ほら、ケイさんも座って座って。そこに立っていたら折角の庭が見れないじゃない」

 

 

 何事も無かった様に長椅子に座り、自分の左隣をぽんぽん叩く華扇。

 良香は再度拍手を鳴らし侍女にお茶菓子の追加を頼んでいる。

 凄まじい適応力と言うかスルー力だ。

 ともあれ美女と美少女に誘われては如何ともし難い。

 長椅子に腰を降ろすと侍女が盆に三色団子と煎茶を淹れた湯呑み四つずつを持ってきた。

 早速串を掴んで一口。

 もちもちの食感と柔らかい甘味が口の中へ広がっていく。

 

 

「うむ、旨い」

「お口に合って良かった。以前藤原殿から作り方と砂糖を貰いまして、今ではすっかりこの味の虜なんです」

 

 

 そう言って顔を綻ばせる良香。

 不比等経由で食関連はひっそりこっそり改善し始めている。

 郷はもう俺の居た現代の和食に追い付きつつあるが、出掛けた先の料理はまだまだ物足りない事が多い。

 本腰を入れて改革する気は更々無いが、手の届く範囲くらいは弄り回しても良いだろう。

 ちなみに華扇は早くも二本目に手を伸ばしている。

 気を抜くともう一つの皿まで食われそうだ……ん、もう一つ? 

 

 

「……何で貴方様が此処にいらっしゃるのかしら?」

 

 

 僅かに険を含んだ声色に振り返る。

 艶やかなメビウス、色香を滲ませた肢体、肩に掛けた羽衣と空色の小紋。

 今朝方姿を消した筈の青娥がジト目を向けて立っていた。

 

 

「おはよう、青娥」

「えぇ、おはよう。それで、私の疑問にはお答えして頂けませんの?」

「ちょいと野暮用でな。情報を集めに来たんだがこれだけ見事な庭を見せられては堪能しない訳には行かんだろ」

「ふふっ、お上手ですね。青娥、良ければ貴女も一緒に如何です?」

「……まぁ、元よりその予定でしたのでお邪魔させて頂きますわ」

 

 

 詰めて座っていたので、空いているのは俺の左隣。

 右から順に良香、華扇、俺と並んでいる。

 ぴくりと片眉を震わせて小さく息を吐き出し、俺の隣に腰を降ろす。

 如何やら席順にご不満の様だ。

 弄ったら面白そうなので笑いを噛み殺しながらそっと囁いてみる。

 

 

「また逢えて嬉しいよ、青娥」

「……知りませんわ」

 

 

 ぷいっと顔を背けられてしまう。

 薄く朱が差している耳が何とも愛らしい。

 と、俺達のやり取りを見ていた良香が楽しげに笑う。

 

 

「成程、ぷれいぼーいですね」

「不比等の奴は何を吹聴しているんだ……」

 

 

 一気に身体の力が抜ける。

 ツボに嵌まったのかくつくつと袖で口元を隠しながら笑う良香とツンツンモードに入った青娥。

 はて、華扇が静かだな。

 視線を向けてみると既に団子を食べ尽くしたらしく、俺の皿の団子を物欲しげに眺めていた。

 華扇、お前と言う奴は……。

 仕方が無いので一本分けてやった。

 

 

「さっすがー、ケイさんは話が解るッ」

 

 

 満面の笑みで串を受け取る華扇。

 アホの子ではらぺ娘でチョロくて素直な格好付けたがりの中二病淫乱ピンクとか、属性盛り過ぎだぞ。

 まぁ可愛いから良いが。

 

 

「さて、情報についてですが……お二人が同席したままでも宜しいのですか?」

 

 

 ……いかん、すっかり忘れていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。