※この作品はR-18です。

東方嫁探訪   作:一ノ瀬 崇

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悔恨と怨毒。そして生まれる波斯姫伝説。

 

 

「……成程。良香が言っていた『近々手に入る至宝』ってのは、その商人から得る簪の事か」

「商人の言を信じるのなら舶来物だねー」

 

 

 膝の上でご機嫌な様子を見せながら答える紫。

 俺が良香の所に行っている間に色々と探り回っていたらしい。

 途中、あの心がイケメンな陰陽師とも顔を合わせたとか。

 噂では故郷に医者を呼ぶ事に成功し、今は親を亡くした子供達を食わせていく為の資金を稼いでいるらしい。

 顔に似合わぬえらい善人っぷりだ。

 天は二物を与えずって言うのは強ち間違いじゃなさそうだな。

 

 

「お陰で全容が解ったよ。今夜、東河の大橋に彼女を呼び出して家を売り飛ばすと告知。そのまま放逐したのでは醜聞となるから別の屋敷でも宛がい住まわせておき、手にした家財を売り払い簪を購入。後はそれを持って歌人殿を口説き倒す、こんな所だろうね。所々杜撰な計画だけど、ご子息ではこの辺りが関の山かな」

「東河?」

「三条の通りを東に行った所に有る大きな河さ。牛車なら四台程擦れ違える幅の橋が架かってるから、多少外れても直ぐに解るよ」

 

 

 そう説明しながら杯を傾ける不比等。

 この時間から呑んでいるのは珍しいが、まぁ紫が郷の酒を差し入れていたらしいからな。

 あれは旨い酒だから我慢出来ないのも解る。

 阿礼は風呂だ。

 すっかり旅支度も終わった様で、のんびりふやけるまで浸かると宣言していた。

 

 

「なら橋の上で待ち構えてるか。暗くなるとは言え今日は雲も無いし、新月はこないだ過ぎたばかりだからな」

「いや、望月君には橋の下、東側の橋脚の辺りに潜んでいて欲しい」

「んお?」

 

 

 理由が解らず首を傾げていると、不比等は視線を下げる。

 その先は紫だ。

 何やら二人で謀を巡らせているらしい。

 

 

「直接押さえても身内の事と言われれば望月君に手出しする権限は無くなるからね。その上で強行しても良いけど、そうすると今度は対外的な望月君の評価が下がり、延いては郷の悪評が広まりかねない。それは望月君も望む所では無いだろう?」

「だから今回はあくまで話を直接聞いて、後でその情報を武器にするのが一番。今のままパルスィさんを拐ったら色々と問題になるけど、事が済んで一人過ごす女性がとある屋敷から消えても私達には辿り着かない」

「その状態なら事件として取り調べる事も出来るし、検分の過程で怪しげな商談に関しても追求出来る。後は賊に拐われたお姫様を望月君が見事救出、捕まえた賊がご子息から依頼を受け密かに始末を謀ったとでも銘打って広まり掛けたのを此方で握り潰す」

「その代わりこっちでパルスィさんを保護するって名目で迎え入れれば、もう手出しは出来ない。それでもちょっかい掛けてきたらおにいさんは大手を振って対処出来る」

 

 

 流れる様に説明する二人。

 思考が若干追い付かないので、一呼吸入れて整理する。

 今夜の会合、手を出すには早い。

 大義名分が無い為無理に解決しては禍根となる。

 パルスィを守るには確りと此方の身内に引き込む必要が有る。

 

 

「……つまりアレか。今日はまだ布石と」

「そゆことー。あの陰陽師の例も有るからね、ちゃんと郷に権威を付けておく為にも筋を通す必要が有るのだー」

 

 

 にこにこと笑顔で俺の腕毛を弄る紫。

 こら、痛いから抜くんじゃない。

 

 

「そこで望月君には二つ約束をして貰いたい」

「約束?」

「そう。内容は簡単な事だけど、今回は政治的な思惑が絡んでるからね。どうしても必要な事なんだ」

「おにいさんは約束したら必ず守るからね。特に──」

「──女の子との約束は、な。そこまで言われちゃ頷かない訳には行かないか。で、内容は?」

 

 

 ひょい、と膝の上から降りた紫が振り向いて指を順に二本立てる。

 

 

「一つ、現場では私の指示に従う事。例えば話の中でパルスィさんに酷い言葉が投げ掛けられるかもしれないけど、怒って飛び出したりしちゃダメだよ? 静かにって言ったらちゃんと静かにね」

「それは……まぁ、解った」

「二つ、私を信じる事。今回の事は対応を間違えれば郷の今後に悪影響を及ぼしかねない。だから私はおにいさんの為じゃなく、郷の為に動いて指示を出す。中にはおにいさんが納得行かない事を言うかもしれない。だけど最終的にはこっちが利益も笑顔も総取り出来る様にする。だから今回は私を信じて」

 

 

 真剣な面持ちの紫を前に、顎に手を当てて考える。

 一つ目はまぁ良い。

 謀の中で一番のイレギュラーたる俺の動きを或程度コントロールすると言うのは重要だ。

 今まで割と好き勝手動いて来たからな。

 気持ちは解らんでも無い。

 気になるのは二つ目だ。

 態々念を押してまでああ言ったのはつまり、

 

 

 ──何かしら俺の意にそぐわぬ状況になるか、行動を指示する事に成り得るのか。

 

 

 それも恐らく俺一人では我慢が利かない出来事だ。

 となるとパルスィへの危害、若しくはそれに類するもの辺りが妥当か。

 はっきりと口にしないのはまだ確証が無いからか、それとも俺が難色を示すのを嫌ってか。

 どちらにしても今回紫は郷の管理者として動く心積だ。

 それ故の約束。

 

 

「…………解った、約束しよう」

 

 

 俺の言葉に花を咲かせたような笑顔を浮かべる紫。

 

 

「それじゃ指切り!」

「おし、指切りだ」

 

 

 小さな小指に俺の小指を絡める。

 柔らかくてぷにぷにした触り心地を楽しみつつ、そっと息を吐く。

 何を考え何を隠したのかは知らないが、紫が初めて郷の管理者として意見を述べた。

 なら俺はそれに付き合うまでだ。

 視線をずらせば障子の外に赤く染まる空が見える。

 もうすぐ夜だ。

 願わくば平穏無事に済めば良いんだが。

 

 

 

 

 それから三時間程。

 すっかりと暗くなった京の都の中でも、更に暗闇の広がる橋脚部分。

 丹塗りの丸太を背凭れにして今か今かとその時を待っている。

 灯りの類いは持ち込んでいない為周囲は真っ暗だが、幾分目が慣れてきたので不自由は無い。

 紫は隙間に潜り色々と見渡している様だ。

 開いた隙間から右手だけを出して俺の左手を握っている。

 時折指を絡めたり優しく握り締めたりと動きは可愛らしいが、端から見ると腕だけが宙に浮いているので若干のホラー臭がする。

 数少ない妖怪要素なのかもしれん。

 

 

「……と、来たよ」

「ん?」

 

 

 囁く様な紫の声に意識を戻せば、たんたんと歩く小さな音が開いた隙間から聴こえてくる。

 一人分、それも軽い。

 恐らくはパルスィのものだろう。

 となれば俺の頭上か少し後方に、件の愚息が居る筈。

 いつの間に到着したかは定かではないが、これから話し合いが行われる。

 出来る事なら盗み聞いて状況を把握したい所だ。

 

 

「紫、話し声は拾えるか?」

「…………」

「紫?」

 

 

 返事が無い事に首を傾げながら再度問い掛けると、繋いでいた手が離れる。

 そのまま持ち上がった手は人差し指だけを立たせて、俺の口を押さえに来た。

 口止めの合図。

 これ以上声を出すなと言う事だ。

 余程近い場所に隙間が有るのか或いは返事をする余裕も無いのか。

 そう考えた所で、頭上から声が届いた。

 

 

「……お待……せしま……た」

「全くだな。まぁいい、どうせ今宵限りだ」

 

 

 幽かに届くのはパルスィの声。

 声量が無い所為か途切れ途切れに聴こえてくる。

 対してはっきりと届くのはやや高めの太い声。

 此方が恐らく件の愚息とやらのものだろう。

 声色まで品の無い奴だ。

 

 

「さて……用件は解っているな?」

「…………」

「はっ、元よりお前に同意等求めておらん」

「それは……! ……を諦……れに押し込……」

「馬鹿を申すな。これはお前への僅かばかりの情けだ」

「……がいで…………しください!」

「あんなみすぼらしい屋敷に残しておく程の価値等有るものか。俺が態々手を回して処分してやろうと言うのだ、有り難く受け入れれば良い」

「どうか、ど…………を!」

「くどい! これ以上俺を煩わせるのであれば」

 

 

 響くは男の声ばかり、それも随分と傲慢な言葉だ。

 成程、これは確かに前以て言い含めておく必要が有るな。

 何も言われずこの場に立っていたなら、問答無用で男を殴り付けていた所だ。

 

 

 ──しかし、解せんな。

 

 

 思えば初動からして男の対応は雑なものだ。

 歌人を好いているなら文の一つ、歌の一つでも贈ってやれば良い。

 稚拙なものだったとしても良香の性格で有れば貶めたりはせず褒める所を探して返事を出した筈だ。

 だが聞いた限りでは会う度に軽薄な口説き文句を並べるばかり。

 それでは歌人足る良香には届かないだろう。

 此度の婚儀にも疑問は残る。

 入れ込んでいる相手が居るのなら、オッサン──多治比嶋に一言なりとも事情を伝えてもおかしくは無い。

 自分の気持ちを明確にしておけば口利きなり根回しなり多少の援助は得られただろう。

 だが当人は婚儀に異論を挟むでも無く受け入れたと言う。

 何故、口説く上で障害と成り得る事を放置しているのか。

 

 

 ──いや、逆だ。

 

 

 何故婚儀を受け入れたのかでは無く、婚儀を受けると言う手段に踏み切る事の出来る状況とは何か。

 考えるまでもなく、奴にとって最も邪魔になるのは嫁と言う足枷。

 嫁が居る状況で良香にちょっかいを掛けるのは不貞と取られ兼ねない上、良香も穏やかでは居られない。

 互いに独身なら雑多な色恋沙汰の一幕となるが、片方が既婚者であるなら要らぬ厄介が降り掛かるかもしれない。

 流石にこの時代の貴族社会に於いて不貞の意味が解らん程馬鹿では無い筈だ。

 再び独身に戻らない限り、男の望む結果は得られない。

 かと言って離縁するにもそれなりの理由が必要だ。

 法の定めと言うよりは、周囲を納得させられるだけの理由が。

 

 

 ──有るとしたら何だろうな。

 

 

 嫁の不貞、これは理由として用意出来ないだろう。

 パルスィの回りに浮いた話は無いし、何より不貞になるとしたら男の側だ。

 子供を産めない体、これも無理だ。

 そもそも祝言を挙げる前にそれが解っている事自体がおかしい。

 他に考えられるとしたら、死別。

 不慮の事故や流行り病等で伴侶を亡くした場合は、当然ながら独身に戻る。

 この時代、家の繋がりを保つ為に姉妹や親戚から新しい嫁を宛がわれる事も然程珍しくは無いが、パルスィにはもう身寄りも無いから水橋家そのものが消える……ん? 

 

 

「────!?」

 

 

 気付いた瞬間、思わず口が開いた。

 だが喉は開き切ったまま、何の音も鳴らさずにただ吐息だけが抜けていく。

 恐らく紫の仕業だろうがそんな事は如何でも良い。

 

 

 ──最初からパルスィを殺す心積か! 事が済んだら遺産を売り捌き簪代に充当する、その為に婚儀も受けたと! 

 

 

 バレさえしなければ、最も後腐れ無く事は運ぶ。

 水橋家の遺産は手に入り、余計な伴侶も居なくなり、婚儀を受けたのだから体裁も保てる。

 引き継ぐべき仕事も治水と言う性質上、知識と権力を持ったオッサン回りで処理する為に男が出張る事は無い。

 パルスィの叔父は入り婿となっているから水橋家として何らかの行動を起こす事は出来ない。

 残るのは結婚した矢先に妻を失った不運な男と言う風評だけだ。

 そして恐らく、その立場を気を引く為の小道具として利用し良香へ近付く心積なのだろう。

 

 

「────っ、あ」

 

 

 ぎり、と奥歯を噛み締めた音と同時に鳴った風切り音。

 自分に向けられたものでは無いそれが、頭上で結ばれる。

 続けて聞こえて来たのはか細く零れた吐息に似た声。

 何がと思う間も無く、男の声が響いた。

 

 

「薄汚い異人め、緑に光る眼なんぞ持ちおって」

 

 

 一拍遅れて、視界の端に動きが生まれた。

 右前方に影が墜ちる。

 丁度それは小柄な女性程の大きさで。

 雲の隙間から幽かに届いた月光が、金の髪を一瞬照らし。

 ざぱり、と水飛沫を上げて、影は川へ消えた。

 

 

 ────墜ちた? 

 

 

 誰が。

 パルスィだ。

 咄嗟に駆け出そうとした身体が小さな指で止められる。

 

 

「待って。あいつを誘導するから」

 

 

 紫が小さな、少し震えた声で告げた。

 時を同じくして、遠くから乱暴に鐘を叩く音とやや上擦った怒鳴り声が届く。

 

 

「火事だ、火事だ! 二の通りで火事が起きたぞ!」

「二の通りだと……ちっ、厄介な! 水橋家を打ち壊されては堪らん!」

 

 

 荒い足音が都の中心へと消えていく。

 まだか、まだか。

 焦りを懸命に抑えつつその時を待つ。

 

 

「……うん、動いて大丈夫」

「パルスィ!」

 

 

 紫の声が聞こえた瞬間、川の下流へと走り出す。

 砂利に足を取られない様に気を付けながら、兎に角走る。

 幸いにもパルスィは直ぐに見付かった。

 次の橋の手前で岸辺に流れ着いていたのだ。

 その胸に、一本の矢を突き刺した状態で。

 

 

「パルスィ、しっかりしろ! パルスィ!」

「おにいさん、矢を抜いて! 能力で血を止めておくから! 鏃が身体を傷付けない様に真っ直ぐ引き抜いて!」

「解った!」

 

 

 抱き起こした体勢のまま、胸元の矢を掴む。

 出来る限り真っ直ぐ、素早く。

 ぐっと握り締めた右手を動かすと、然程抵抗も無くするりと矢は抜けた。

 足元に投げ捨て傷口を確かめると親指大の穴が左胸に空いており、僅かに血が零れる。

 

 

「傷の手当ては! 如何したら良い!?」

「荒療治だけど……! 指でも腕でも良いから切って、おにいさんの血を流し込んで!」

「はぁ!?」

「忘れたの? おにいさんの血液は生命力が凝縮された劇薬なんだよ!」

「本気かよ!」

 

 

 この土壇場に来て納得し難い理論をぶちまけられたが、悩んでいる時間は無い。

 

 

「ええぃ、儘よ!」

 

 

 右手首に歯を立て、一思いに噛み千切る。

 ぶぢりと脳髄に響く幻聴と神経を苛む激痛に眉を顰めながら、右手をパルスィの傷口に翳した。

 直ぐに傷が治るとは言っても流石に血管ごと食い破っては再生も鈍るらしい。

 鉄っぽい臭いを漂わせながらぼたりぼたりと血が落ちる。

 背後では紫が狼狽える気配がする。

 血を出せって言ったろ、何でそんなに慌ててるんだよ。

 

 

「ちょっ、おにいさん!?」

「はんはよ?」

「こっちの台詞だよ! 思い切り良すぎでしょ!?」

「ふぐひぐがふははうんははらひははふぁいふぁろ」

「そうだけど!」

 

 

 問答している間に、零れた血がパルスィの傷口を塞いで行く。

 すげぇ、何かしゅわしゅわ言ってる。

 解っては居たが自分が普通じゃないと認識させられている様で若干落ち込む。

 数秒もしない内に傷口は完全に塞がり、元の珠の様な肌に戻った。

 ほぼ同時に、俺の手首も再生を終える。

 表面に乾いた血が付着している以外、怪我の痕跡は見られない。

 一先ずはこれで大丈夫か? 

 口元に掌を翳してみると弱々しいが皮膚を撫でる風が有る。

 呼吸も大丈夫の様だ。

 他には外傷らしい外傷も無い。

 首を返すと隙間から出て来た紫もほっとした様子で一息吐いていた。

 

 

「……うん、大丈夫そう。郷に戻ったら永琳さんに見てもらわないとね」

「ほうは」

 

 

 如何やら山場は去ったらしい。

 いい加減邪魔臭くなっていた肉片をぺっと吐き出す。

 

 

「おい」

「それを捨てるなんてとんでもない!」

 

 

 吐き捨てた肉片は地面に着く前に隙間で回収された。

 何とも言えない表情で紫を見ると、実に良い笑顔で親指を立てている。

 そんなもん回収して何に使う気だ。

 とは言え此処で問答していても仕方が無い。

 背中にパルスィを背負う。

 随分と軽い、しかし濡れた衣服を通して伝わる柔らかさと大きさは中々のものだ。

 

 

「出来る事なら直接揉みたい」

「私のなら何時でも揉み放題だよ」

「それもまた心惹かれるお誘いだ」

「あ、服の水分と汚れ飛ばしておくね」

「助かる。風邪を引いても困るしな」

「一家に一人、紫ちゃんの時代が来ちゃうね」

 

 

 軽口を叩きながら隙間を通る。

 相変わらず奇妙と言うか人を選びそうな内装だ。

 数歩と掛からず通り抜けると、見慣れた屋敷が目に映る。

 行灯の薄明かりの先、不比等がゆるゆると手を振っている。

 野郎、最初から謀ってやがったな。

 沸き上がってくる文句を胃の底へ押し留めつつ、靴を脱いで奥座敷へ向かう。

 使用人が敷いていてくれた布団へ背中のお姫様を寝かせ、再度身体に異常が無いかを確かめる。

 呼吸、脈拍、共に問題無し。

 既(すんで)の所で助かったとは言え殺され掛けた訳だからな、精神的なケアも必要だとは思うが……それは目が覚めてからだな。

 左手を伸ばし乱れた金髪を撫でる。

 逢った時は気付かなかったが、意外な程に小柄だ。

 立ち上がれば頭が俺の胸元に届くか否か、と言った所だろう。

 何だろうか、一気に庇護欲が湧いてきた。

 撫で下ろして行くと耳に触れる。

 髪を掻き上げると、やや尖った形の耳が現れる。

 長さは足りないがエルフ耳と形容しても問題は無さそうな形だ。

 俺は知っている。

 エルフ耳は敏感なんだ。

 六割の好奇心と四割の悪戯心を胸に指先を走らせると、眠っている筈のパルスィがぴくりと反応する。

 優しく耳朶を揉めば擽ったそうな吐息が漏れ出た。

 

 

「うむ」

「うむ、じゃなくて。遊んでないでご飯食べるよー」

 

 

 満足げに頷いた所で紫が呆れた様子で声を掛けてきた。

 言われてみれば腹の虫がキャンプファイアーの準備をしている。

 腹が減っては何とやら、料理に舌鼓でも打ちつつ二人へ何処から何処までが謀だったのかを問い質すとしよう。

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳で紫ちゃんには色々と駆け回ってもらったんだよ」

「そゆことー」

「……まぁ、確かに全容を知れば俺は反発するか」

「男ならいざ知らず自分の懸想した女の子を撒き餌にするなんて発想は望月君には出来ないからねぇ。お陰で良い『かーど』が手に入ったよ」

「水橋家の火災では焼失を見越して幾つかの荷は既に運び終えているのを伏せ、商人を誘い込んでの出火で当人を謀殺。火の原因は忍び込んだ商人の灯火が燃え移っての失火とし、商人の財貨を接収する。あの男は行きずりの犯行に見せ掛けて水橋家家長の殺害を目論み、その財産を自身のものをしようと画策。下手人や先の商人との繋がりを示す証拠も有り、沙汰を下すには十分、か」

「今回手を貸してくれたのは最近話題の幻想郷、その管理者たる八雲紫。付き合い方さえ間違わなければ風雨と同じ、人へ利を齎してくれる」

「そしてその幻想郷との繋がりを持つのは藤原家。権威は増し地位は磐石になり、おにいさん、つまり望月の神を始めとした幻想郷の民に対する余計な干渉を不比等さんの所で防ぐ事も出来る。逆に此方から何かしらの要求を通す時の窓口にもなり、今後はより動き易くなる」

 

 

 食後の一服を楽しみながら擦り合わせた答え。

 予想したよりも遥かに高い場所から不比等は眺めていた様だ。

 つくづく、俺に策謀の類いは向かない事が解る。

 其処らは現代社会の一学生の限界だな。

 重ねた年は人の一生分を大きく越えたが、知識と経験は夜の運動会以外さっぱりだ。

 永琳曰く肉体は二十歳前後で止まっているらしいが、まだ暫くは青二才と言う評価は取れないだろうな。

 

 

「全く、何を食えばそんな知恵が回る様になるんだか」

「人じゃないかな」

「相手には泡を食わせよー」

「上手い事言いやがって!」

 

 

 いえーい、とハイタッチする不比等と紫。

 これが都と郷の知力トップなのだから始末に負えない。

 溜め息を吐き出した所で廊下に足音が二人分鳴り、障子の前で止まる。

 

 

「水橋様が目を覚まされました」

「お、それは良かった。案内ご苦労様」

 

 

 不比等が労うと使用人の女性は障子を開き一礼すると去っていった。

 パルスィは障子の裾で頭を下げている。

 

 

「藤原様、此度はご迷惑をお掛けしました」

「あぁ、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。色々話したい事も有るし部屋へ入って暖まると良い」

 

 

 はい、と答えて顔を上げたパルスィが俺を見て固まる。

 初めは驚愕、次に歓喜、そして困惑。

 まるで百面相の様に表情を変えるが何も言わずに障子を閉めて部屋へと入る。

 座る位置は火鉢を挟んで不比等の向かい、俺の左隣だ。

 ちなみに俺の向かいには紫が座っている。

 改めてお礼を口にしようとしたパルスィを制して不比等が口を開く。

 

 

「さて、先ずは現状を説明しようか。東河の大橋で、多治比久守が雇った破落戸の矢に射られた事は覚えているかい?」

「…………はい。ですが……」

「うん?」

「傷痕が……無いのです。確かに私の胸へと突き立てられた筈の矢傷が、何処にも」

 

 

 深刻そうに俯くパルスィとは対照的に不比等と俺は苦笑いを浮かべる他無かった。

 すっかり忘れていたが普通は俺の体質なんか知らんからな。

 どう説明したものか、と考えていると紫が隙間から小さく銀色に光るものを取り出した。

 

 

「メス?」

「永琳さんから借りてきたの。見せたら早いんじゃない?」

「成程」

「あの、何を……?」

 

 

 困惑するパルスィには悪いが、恐らくその困惑は深くなる。

 先ずは紫が手の甲に切り傷を付ける。

 メスを受け取り今度は俺が左手の人差し指の腹をやや深めに切る。

 戸惑う様に小さく悲鳴を上げるパルスィ。

 その間に指の傷は塞がっているが、ぷくりと膨れた血玉に隠れて見えていない。

 今度は血を紫の傷口へと当てる。

 

 

「っ、これは……!?」

 

 

 パルスィが見ている目の前で、傷口が塞がっていく。

 ものの数秒も掛からずに紫の手の甲は元通り、傷痕の欠片すら見当たらない。

 最後に血を拭っておしまいだ。

 

 

「見ての通り、俺の血には一風変わった力が有ってな。パルスィの傷も同じ様に治した。血液を媒介する病気なんかは無いから安心してくれ」

「えぇ……?」

「中々に新鮮な反応だね。まぁ望月君は色々と普通じゃないからそこは安心……安心? して良いよ?」

「お前は疑問形で話すなよ!」

「いやぁ、だって望月君変人ならぬ変神だし」

 

 

 けらけらと笑う不比等にチョップを繰り出す振りをしつつ、メスを紫に返す。

 今度は意識を割けたのか隙間を見て目を丸くしているパルスィ。

 驚きの連続で精神が摩耗してそうだな。

 

 

「まぁ、そんな感じで傷は治り痕も残らなかった。一先ずはそう認識してくれれば良い」

「……はい、大丈夫、大丈夫です。飲み込みました」

「そりゃ何より。不比等、続きを」

「さて、破落戸に射られて生と死の境を彷徨っていたのと時を同じくして、水橋家に物取りが入っていた。最近良くない噂が聞こえ始めた商人。それが多治比久守を唆して今回水橋家の財産を狙っていた、と言うのが騒動の大元だ。……まぁ、彼自身は家捜しの最中の失火で火に巻かれてしまった様だけどね」

「それでは……屋敷は!」

「うん、今も消火作業中だね。衣服や小さな家財は彼女が持ち出してくれているから、後程確認して欲しい」

 

 

 と、不比等が示すのは我等が郷の代表紫ちゃんだ。

 先程から気にはなっていたらしく、パルスィもちらちらと窺っていたな。

 

 

「改めて初めまして。おにいさんの住む郷、幻想郷で政を担っている八雲紫です」

「水橋パルスィと申します」

「うん、宜しくね。あ、ちなみに私はおにいさんのお嫁さんです」

「!?」

 

 

 聞いた瞬間首を痛めそうな勢いで此方へ振り向くパルスィ。

 目を見開いて真意を探ろうと覗き込んでくる。

 何だろうか、虐めたくなる可愛さだ。

 右腕から邪念を送り込んで来る鬼畜眼鏡を封じつつ、紫を見やる。

 目を弓にして口の両端を吊り上げていた。

 あいつ、俺と同じ事を考えてやがる。

 

 

「郷にはおにいさんのお嫁さんがいっぱい居ます」

「!?」

「不比等さんの娘の妹紅ちゃんもお嫁さんの一人です」

「!?!?」

「結婚当時妹紅ちゃんはまだ八歳です。でも子作りやり放題」

「!?!?!?」

「そして郷には第一夫人とおにいさんとの娘も二人」

「!?!?!?!?」

 

 

 紫、不比等、俺と視線を次々に動かす。

 パニックに陥ると小動物的な可愛さが出るタイプだな。

 とは言え余り遊んでばかりでは話も進まない。

 

 

「紫、その辺は後でな」

「はぁーい♪」

「パルスィ、大丈夫か?」

「……ふー……っ、はい、大丈夫、です」

 

 

 両手で蟀谷の辺りを押さえつつ深呼吸をし、顔を上げるパルスィ。

 落ち着いた様子だが、その緑眼がねっとりと俺を捉える。

 そんなに見詰めちゃ照れるぜ。

 

 

「それで話を戻しても良いかい?」

「……あ、はいっ、申し訳ありません」

「悪いのはそこの悪戯夫妻だから気にしなくて良いよ。それで、だ。恐らく水橋邸は焼失、水橋家も断絶だろうね」

「断絶、ですか? 私はまだこうして」

「生きている。しかし……果たして君が本物の水橋家令嬢だと信じるかな」

「それは、如何言う事です?」

「順を追って説明しよう。今回の失火の犯人は忍び込んだ商人、それを手引きしたのは多治比久守。その繋がりを示す水橋家の売買に関する証文を此方で押さえてある。更に水橋家令嬢の死体と東河の襲撃の目撃者も手配済みだ。これらを以て此度の一件、多治比久守による計画的な企みとして処理する。……此処までは良いかな?」

 

 

 パルスィは多少顔色を悪くしながらも真剣な眼差しで不比等の話を聞き頷いている。

 しかし死体と目撃者を『手配済み』か。

 いつの間に手を回したのやらと呆れるべき感心すべきか。

 顎に手を当てていると、耳元に小さく隙間が開く。

 

 

「死体については精巧な人形だから安心して良いよ。永琳さん監修だから本物そっくり」

 

 

 成程、と鼻頭を一撫でする。

 永琳が手を入れているなら恐らく誰が見ても作り物とは気が付かないだろう。

 誰も偽と気付かなければ、それは真となる。

 

 

「次に政治的な話をしよう。水橋家は治水で名を上げた家だ。言うまでも無く治水とは国家の大事を担う重要な仕事だ。今回多治比久守が婿入りするのもそれまで実務を担当していた水橋家当主が死亡した以上、その仕事を滞り無く執り行う為に多治比家主導で進められる様にと手を回した結果だ。……敢えて酷い言い方をするなら、権力闘争の的にされた訳だよ」

「……確かに、利権目的で私に声を掛ける人も増えたのは事実です」

「だが一番君に近い場所に居た久守が、有ろう事か君を謀殺しようと企んだ。結果として望月君に助けられたけれど、果たして存命であると喧伝して良いものかな?」

「それは」

「間違い無く、次は他の家々──特に何かしらの手柄が欲しい中流貴族達が君を狙い始めるだろうね。手元に置くか、それが叶わぬならいっそ殺してしまうか」

 

 

 そこで区切り、不比等が俺に目配せをする。

 俺としてはやらせる心算は毛頭無いが、此処は話を合わせるとしよう。

 そんな意味を込めて小さく頷き返してやる。

 

 

「今回は本当に運良く望月君が居てくれたけれど、次、そのまた次となった時に望月君が傍に居てくれるとは限らないよ。凶刃に晒されるのを、君の義父上は望まないだろう」

「……はい」

「そこで、一つ提案が有るんだ」

 

 

 不比等がぱん、と拍手を一つ打ち何処と無く鬱屈としていた空気を吹き飛ばす。

 

 

「望月君の所に嫁に行かない?」

「…………えっ」

「いや、ね。こっちに残っててもさっき言ったみたいに色々と面倒な事が起きるからね。それなら望月君に攫って行ってもらえば誰も行方を追えなくなるし僕としても望月君にドヤ顔で一個貸し、って言えるし良い事ずくめなんだよねぇ」

「えっ、えっ」

「決めるのは当人同士の気持ち次第、って所なんだけど如何かな?」

 

 

 唐突な提案で再び混乱の渦に叩き込まれるパルスィ。

 伝わらないだろうに不比等はサムズアップまで決めている。

 紫は笑いを堪えている様な顔で口許を扇子で隠して様子を窺っている。

 状況は兎も角として不比等の提案自体は俺としても願ったり叶ったりだ。

 実際パルスィを如何にか合法的に攫って嫁に出来ないかを夢想した事が無いと言ったら嘘になる。

 寧ろその方向性で動いていたのだから、俺は何ら驚く事は無い。

 そんな俺の様子を如何勘違いしたのかパルスィは耳の先まで真っ赤にして俯いてしまった。

 何とも愛らしい反応に再び右腕の鬼畜眼鏡が浮上しようとするのを抑え付ける。

 口説くのは後、先ずは気持ちを流し易くする為の路作りからだ。

 

 

「パルスィ」

「はっ、はいっ」

「いやいや、そんな力まなくて良いんだ。まぁ突然不比等から色々言われて混乱してると思うが、ちょいと冷静になって考えてみて欲しいんだ」

 

 

 そこで一呼吸置き、パルスィが聞く体勢を整えるのを待つ。

 こういう場合、勢いに任せて口説くのも悪くは無いが面白味……げふんげふん、それでは風情が足りない。

 此方の提案に一理有る、と思わせてから感情を揺さぶり堕とす事で、より深く沈ませる事が出来る。

 特にパルスィの様に理知的な娘には効果的だ。

 それに今回は十割堕とせる確証が有る。

 

 

 ──唾液や精液では無く、俺の血そのものを取り込んでいるからな。

 

 

 にやりと笑いたくなる口の端を、慈愛に満ちた微笑に映る様自然に持ち上げる。

 

 

「不比等が言った通り、此処に残れば様々な困難が降り掛かると思う。パルスィが何れ程水橋家と言うものに親愛を抱いているか、俺には想像も出来ない」

「……」

「だが……まだまだ新米だが、俺も一応父親ってものになったからな。親父さんが何を思ったかは、何となく解る」

「何を、思ったか……?」

「思い出してみてくれ。親父さんは水橋家そのものの繁栄よりも……パルスィ、君の幸せを願っていたんじゃないか?」

 

 

 ほんの僅か、緑眼に小さな揺れが生じる。

 恐らく今パルスィの脳裏では様々な思い出が呼び起こされている筈だ。

 ま、それっぽい事を断定ではなく匂わせる程度に話す事で後は相手が勝手に想像してくれるからな。

 俺自身娘が幸せなら望月の名字が消えようが増えようが如何でも良いので、まるっきりの嘘八百を並べ立てている訳でも無い。

 日本はいつだってお涙頂戴な展開には弱いからな、そう言う文化だから仕方ない。

 俺も未だに青狸と少年の別れを描いた映画は思い返すだけでも涙が……あ、これダメなやつだ。

 そんな風に思い出し泣きと言う自爆をかまして目が多少潤んできた俺を如何勘違いしたのか、パルスィが何処と無く嬉しそうに見てくる。

 多分共感してくれた俺に親しみを覚えてくれたのだろう。

 取り敢えず結果オーライと言う事にしておこう。

 あと紫、察したのは解ったから噴出しそうにするんじゃない。

 咳払いをして気持ちを切り替えつつ、続きを話す。

 

 

「それにだ、水橋家の再興も出来ない訳じゃ無い」

「え?」

「これは俺の願望も多少入ってるから話半分で聞いて欲しいんだが……パルスィが嫁に来てくれたとして、いつかは子供も生まれるだろう。その子供が男児なら、改めて都で水橋家を興す事も出来る」

「そ、そうですね……」

 

 

 気恥ずかしさからか視線を逸らすパルスィ。

 そんな反応も可愛いぞパルスィ。

 

 

「まぁ、そんな訳でだ。郷に来ると言うのもそんなに悪い選択じゃないんだ」

「……そうですね。此方での生活に固執しようにも、一番の拠り所である家は燃えているみたいですし。それに私が対外的には亡くなっていた方が、色々と都合が良いのも解りました」

 

 

 一息吐いて、納得した様な、何処か諦めた様な顔をする。

 如何やら現状の認識は済んだらしい。

 となれば、後は口説き落とすだけだな。

 

 

「其処までが建前だ。で、此処からが本題と言うか本心なんだが……」

 

 

 一度身体を向け、正面から緑眼を見据える。

 言葉を整えるのと同時、自らの本心とも向き合う。

 問うまでも無い。

 立ち上がり、雰囲気が変わった事を察して知らず身体を強張らせるパルスィの前まで行き、右膝を付く。

 そのまま右手を両手で包み込む様に取り、突然の事に呆けている眼前の少女へ言葉を紡いだ。

 

 

「パルスィ、俺の嫁になってくれないか」

「…………ふえっ」

 

 

 言葉の意味を理解してか、やや気の抜けた声が漏れる。

 徐々に赤みを増す頬と、徐々に熱さを増す右手。

 自分がはっきりと映る距離まで緑眼に近付きながら、言葉を重ねていく。

 

 

「初めて言葉を交わしてから、君の声が聞きたくて仕方なかった。自分の意思では無いとは言え、婚姻の話が有る事に激しく嫉妬もした。君の全てが欲しくて、如何にか婚姻を潰せないかと無い知恵を絞ったりもした。今回、俺に出来たのはパルスィの命を繋ぐ事だけ。肝心な時に助けられず、気の利いた言葉一つ掛けられない俺だけど、それでも愛しい君の傍に居たい」

 

 

 初めはあわあわと口を開いたり閉じたりしていたが一度俯いて何事か呟いた後、パルスィは顔を赤くしたまま俺を見返してきた。

 何処までも透き通った、しかしどろりと絡み付く様な緑眼が俺を映す。

 

 

「……ケイさんは。ケイさんは、ちゃんと私を助けてくれていました。先の見えない不安と、これで良いのかと自問する焦燥を抱えて歩いていた時、ケイさんと出逢いました。束の間の邂逅でしたが、貴方の人柄に触れて心が少し軽くなったのを覚えています。それに私が今こうして話せているのもケイさんのお陰です。命を救って頂いたばかりか、傷痕すら残さず……。それに、私を思って婚姻を流そうとしてくれていた、だなんて……殿方に其処まで求められたのは初めてです……」

「君を求める心に、例え一滴たりとも嘘偽りが混じる事は無い。好きだ、パルスィ。君が、君の全てが欲しい」

「……くふっ、そんなに情熱的に求められては困ってしまいます。私が貴方に差し出せるものは、そう多くないのですから……」

 

 

 どろり、と音が聞こえた気がした。

 はて。

 幾ら血による媚薬ブーストが掛かっているからと言って、こんなに官能的な反応が返るものだったか。

 と言うかパルスィが吐息を漏らす度に、寒気にも似た謎の情動が走り抜けるんだがこれは一体。

 

 

「ケイさん……?」

「あぁ、何だ?」

「貴方には多くの妻と、愛する娘がいらっしゃると言うお話ですけど」

「……それは本当だ。だが」

「いいえ、皆まで仰らないでください。貴方程に魅力的な殿方に妻が居ないと言うのもおかしな話ですから。ですが……嫉妬してしまいます。私がこうしてケイさんと巡り逢う前に、他の方は貴方と身も心も繋がっていただなんて……ずるい」

 

 

 どろり、と今度は枝垂れかかって来た。

 火照ったと形容しても過言ではないくらい高い体温が服を通して伝わり、俺の情欲を揺さぶる。

 空いた左手で俺の胸板から頤までをつつぅと撫で上げる様は実に妖艶で愛らしい。

 

 

「もし叶うのであれば、私も貴方を──ケイさんを、独り占めしてみたい。誰に憚る事も無く、昼夜の別無く、獣の様に交じり合いながら、同じ時を」

「……驚いたな、其処まで情熱的に求められるとは」

「ケイさんがいけないんですよ? 私が只の小娘では無く、貴方を悦ばせる事の出来る女だと教えてくれたから。そんな貴方の為に、私は持てる全てを捧げたい……」

 

 

 どろり、と三度音が聞こえた気がした。

 胸の鼓動に変拍子が混じる。

 迫られる事は多々有れど、此処まで妙な律動が響く事は無かった。

 とは言え篭絡は出来た様子。

 ならば気圧される必要も無いかと両手を離し、小さな身体をそっと抱き寄せる。

 

 

「あっ……ケイさん……」

「パルスィ。俺の嫁になってくれ」

「はい、どうか、末永く可愛がってくださいね……?」

 

 

 唇を重ね合わせると、ぴくりと身体が跳ねる。

 深い色合いを湛えた緑眼が閉じられ、ねだる様に舌が伸びてくる。

 それを躱して唇を離すと切なげに潤んだ瞳が問い掛けてくる。

 

 

「続きはまた今度な」

「お預けですか……?」

「今はな。郷に戻ればさっきパルスィが望んだ様に昼夜を問わず交われるぞ」

「解りました……くふっ、私をこんなに昂らせておいてお預けだなんて、ケイさんは酷い人です」

「良く言われる」

「まぁ。一体何人の女性を啼かせてきたんでしょう? 私もケイさんに啼かされてしまいそう」

「啼ける内はまだ宵の口だな。声が枯れ果て流す涙も尽きてからが本番だ」

「くふっ、くふふ……本当に酷い人」

 

 

 楽しそうに笑みを零すパルスィを前に、未だ思う様に調子が掴めずに居る。

 吹っ切れたにしては余りに手応えが無く、かと言って本心を隠している訳でも無さそうな反応。

 先程から背筋を撫で上げる透明な冷気に似た感覚。

 そして、水底まで覗けそうな程に透明なのにねっとりと纏わり付いてくる緑眼の視線。

 何か失敗したかと自問してみたくなる、この浮き足立つ焦燥感は一体何なのか。

 不比等と紫の会話が、何処か遠くに聞こえる。

 

 

「はっはっは、問題無いみたいで何より。しかし望月君、とんでもない娘を引き入れてしまったのかもしれないねぇ」

「んー……まぁ、大丈夫じゃないかな。多分郷に着けば大人しくなると思うよ」

「ふむ……宵闇がこう、家庭内の序列を決めるとかそんな感じかい?」

「いやいや、ルーミアは特にそう言う事はしてないよー。寧ろ挑まれたら嬉々としておにいさんに色々えろえろ仕掛けに行くタイプだし。なんて言うか……うん、性的な意味でのお仕置き部屋に連行されると言うか」

「成程、つまり望月君の漢気が試されると」

「今の所ルーミアしか耐えられてないんだよねぇ……」

「やはり鬼畜眼鏡」

 

 

 束の間意識を割いていると、唇に熱が宿る。

 赤く小さな舌が、俺を舐っていた。

 

 

「ダメです。今、この時間を私にください。でないと本能を抑え切れませんよ……?」

「そりゃ拙いな。只でさえ魅力的なパルスィが益々美しくなってしまう」

「お上手なんですから。でも騙されてあげます」

「嘘やお世辞じゃないさ。ほら、な」

 

 

 押し込める様に肩を抱き寄せ、その耳に心音を聞かせる。

 

 

「あっ……」

 

 

 刻む律動は速い。

 それもその筈、これだけの美少女を抱き締めたまま、おまけにその美少女が惜しげも無く愛を囁いてくれているのだから胸も高鳴ろうと言うもの。

 これで反応しない奴は心のチンコがインポだ。

 

 

「納得したか?」

「くふ、くふふっ……はい♪」

「おっと、忘れる所だった。なぁ、パルスィ」

 

 

 右手で頤を持ち上げると、嬉しそうに目を細める。

 今ならどんなエロい事をお願いしても付き合ってくれそうだ。

 しかし悲しいかな、今は二人きりの空間と言う訳では無い。

 例え不比等と言えども、俺の嫁さんの艶姿を見せるのは許容出来ない。

 俺は『意外と』独占欲が強いからな。

 それはさておき、此処で一つ毒を仕込んでおくとしよう。

 

 

「例の久守だっけか、そいつに復讐はしたく無いか?」

「……はい?」

 

 

 流石にこの提案は思案の外だったのか、きょとんとした顔付きになる。

 こうした表情も実に可愛らしい。

 

 

「俺の大事な嫁さんを殺そうとした上、一つ間違えば傷が残っていた所だ。取るに足らない、小さな男の小さな野望の為に」

「…………」

「何も命を取ろうって訳じゃ無い。ほんの少し、怖い目に遭ってもらうと言うだけだ。水橋家に成した事は罪として裁かれる、それに異論は無い。だが……大切な伴侶を傷付けられて黙っていられる程、俺は大人しくは無いんでな」

「……確かに。ケイさんに捧げるべき私の身体に瑕疵を付けるだなんて、忌むべき悪党ですよね」

「だろう? パルスィは対外的には死んだ事になる。ならそれを利用して、怨霊の恐怖とやらを存分に味わってもらおうじゃないか」

「そうですね。ちょっとした意趣返しを……殺された側がやってはいけない、なんて定めは有りませんから」

 

 

 そう言って仄暗い笑みを浮かべるパルスィ。

 闇堕ちと言うか悪堕ちと言うか、この表情も実に唆る。

 やはり美人はどんな顔も良いものだ。

 一気に戦闘状態まで持って行けそうな息子を気力で押し留めつつ、にやりと口の端を持ち上げる。

 

 

「それが終われば後は郷へ帰るだけだ。心残りや蟠りは無い方が気楽だろ?」

「ええ、お気遣いに感謝を。……くふっ、やっぱり貴方に惹かれて正解でした、ケイさん」

「わーお、二人共悪い顔してるー」

「恐怖の余り死んでしまわない様に程々にするんだよ?」

「解ってるって、死んじまったら──」

「──勿体無い、ですからね」

「お、解ってるじゃないかパルスィ。流石は俺の嫁」

「くふふっ、悦んで頂ける様にもっともっと貴方好みの女になりますね……♪」

 

 

 えらい覚醒っぷりに多少気圧される事は有るものの、概ね望んだ通りの展開になった。

 久守には相応の罰を、パルスィは俺の腕の中に。

 後はのんびり郷へ帰るだけだな。

 そう考えた所で廊下からとてとて足音が響き、障子がからりと開いた。

 

 

「んみゅ……契、帰ってきたのかぃ……ふわぁぁあ」

 

 

 眠たそうに目を擦りながら蘇芳色の襦袢を着た阿礼が現れた。

 そう言えば俺が帰ってきた時にはもう寝てたな。

 健康的な幼女生活で何より。

 ちなみに今は子二つ、大体零時を回ったくらいだ。

 この時代は電灯も無いので日が暮れたら寝るのが一般的な生活な為、現状俺達は夜更かしも良い所だ。

 

 

「んぅ……契、ボクの目には何やら水橋家のお嬢さんが君に抱き付いているように見えるのだけれど」

 

 

 眠たげな目のまま、むぅとジト目を向けてくる阿礼。

 それを受けてか、パルスィが得意げに胸を押し付けてくる。

 うむ、やはり着痩せするタイプだな。

 

 

「お先に頂いてます」

「何をだい!?」

「勿論……ケイさんです」

「くっ、目を離した隙に恋敵が増えていく……!」

 

 

 一歩後退り右手を額に当てる阿礼だったが、直ぐ様気を取り直して俺に背後から抱き付いてきた。

 子供特有の高い体温がこれまた心地良い。

 

 

「大体今日は一緒に寝る約束だったじゃないか! ほら、閨に行くよ!」

「あら、聞き捨てなりませんね。私もケイさんと同衾したいです」

「あ、それなら私もー」

 

 

 この後、寝る場所を決める為に熾烈な女同士の戦いが有ったとか無かったとか。

 何だかんだで疲れていたからか、横になった途端に意識が飛んだので詳しい事は知らんが。

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