あれから日々はあっという間に過ぎ、季節はすっかり秋になっていた。ハーマイオニーとロンは相変わらず絶えず口喧嘩をしているが、セシリアも最早それをBGMに日課の研究を続けられる程度には慣れた。
その日の朝食、目を輝かせるお子様3人組に反して、セシリアは憮然とした顔で、ストレス発散のためか、先ほどからしっかりヘリオスを抱え込んで固まっていた。セシリアは別に甘味が嫌いではない。だが度を過ぎた糖分は好まないし、何よりハロウィンのためあたり一面を埋め尽くす南瓜パイから漂う濃厚なバターの香りに胸焼けを禁じえなかった。最も、理由はそれだけではなかったが。
「トリックオアトリート!」
そんなセシリアに果敢に切り込んだのは、爽やかな笑みで切り込んだのは、ハリーだった。三頭犬の一件から密かにセシリアに敬意を抱いたハリーは彼女の弟子を自認し、日々魔法の鍛錬を怠らなかったが、この時ばかりは、元気付けようとした行動が裏目に出た。かつて数日間何を食べても南瓜パイの味しかしないといういたずらをされたセシリアの地雷を、堂々と踏み抜いてしまったようだ。ゆらりと立ち上がったセシリアが常では見られない笑顔でクリスタルの小瓶を出す。
「ここに美味しい南瓜ジュースがある。中にアスフォルデルの粉末とニガヨモギの化合物が30%ほど含まれといるが、味には影響ない。さあ、一思いに飲みたまえ!僕の力作だ!」
いつになく本気な瞳をしているセシリアに気圧されたように、小瓶の蓋を開けようとして、慌ててロンがそれを止めた。羽交い締めにされたハリーの手から小瓶を奪い、ハーマイオニーまで額に汗を浮かべている。こうした時だけ見事な連携を見せる2人に、セシリアは思わず舌打ちをした。
「い、生ける屍の水薬は流石にやりすぎだと思うわ、セシリア」
「おったまげたー、君ハリーにそんなものを盛ろうとしてたのか!」
拗ねたようにそっぽを向いて、セシリアは本を片手に席を外した。朝食を食べる気はさらさら無い。腕の中に強く抱えられているヘリオスもこの時ばかりはだらりと足をぶら下げ、気落ちしたように髭を垂れさせている。
事件が起きたのは夕飯の少し前だった。魔法薬学の授業でロンとペアを組んでいたハーマイオニーがいつものごとくロンに厳しく注意し、調子の乗りやすいロンと激しい口喧嘩に発展したのだ。だがその時ロンが言った台詞が悪かった。
「だから君は友達がいないんだよ頭でっかち!セシリアだって迷惑してるさ!」
これには流石のセシリアも固まらざるを得なかった。制止を振り切るようにしてハーマイオニーが教室を出、ぼやくようにロンが続ける。
「誰だって我慢ならないさ、あんなやつ……っ!?」
即座にロンの喉元に杖を突きつけ、セシリアがいつになく厳しい目つきで牽制する。途端に蛇に睨まれたカエルがごとく、ロンは黙りこくった。
「ウィーズリー、ここに貴様の脳みそを溶解させる薬と、五感をすべて奪う薬の2種類がある。今日はハロウィンだ、好きな方を選ばせてやる」
「どっちも猛毒じゃないか!?」
「ごめん、ロンは僕がどうにかするから、悪いけどハーマイオニーを追いかけてくれないかい?」
「言われなくてもそうするつもりだ」
ローブを翻し、セシリアはハーマイオニーを追った。魔法薬学の教室近くと言うことは、地下牢付近の女子トイレのどれかだろう。一瞬ではあるが、ハーマイオニーが泣いているのが見て取れたため、容易にあたりがつけられる。
案の定、ハーマイオニーは地下一階奥の女子トイレに籠っていた。三頭犬と対峙した夜と同じすすり泣きが聞こえる。かつてリリーもこうして正論を言って孤立し、話を聞いたことを懐かしく思いながら、セシリアは唯一閉ざされた扉にもたれ掛け、声をかけた。
「気分は聞くまでもなく最悪か?」
「セシリア……ほっといてよ!どうせ貴方も私を笑うつもりでしょう!どーしようもない頭でっかちって!」
「ああそうだな、ぼくの知っているハーマイオニーはどうしようもない頭でっかちで、あれだけ止めたのに自分の意思を曲げることなく正論を吐き続け、その分しっかり陰で努力する秀才だ」
「セシリア…」
「ところで涙の成分を知っているか?98%が水分で、一般的に弱アルカリ性だが、微量ながらタンパク質やリン酸塩などが含まれている。特にタンパク質の中で重要なのはリゾチームで抗菌物質でもある。なお、感情が高ぶった時の涙には特にこういったタンパク質などの成分が濃く含まれているため、しょっぱいと言われている。今の君のようにね。友情だのなんだの青臭い話などぼくは知らない。ただ、今のうちに君の涙を採取し、濃縮させてから陰口を叩く連中の晩餐に混ぜたほうがよっぽど建設的だとぼくは提案するが、どうかね?」
「……ふっ、何それ?慰めのつもり?…………ありがとう」
「気が済んだら出てきたまえ、ハーミー。ここは衛生的にも良くない」
少し照れ臭そうにニックネームを呼ぶ友人に、ハーマイオニーは涙を拭いて立ち上がった。
同刻、大広間にて。ロンは鬱屈とした思いで、ハリーと対峙していた。近頃やることなすとこ裏目に出ている上、肝心の同じ男であるハリーは女子の肩ばかり持つものだから、不満が噴出しても仕方がない。すっかり臍を曲げてしまったロンに、特に何を語るわけでもなく、ハリーは南瓜料理を堪能していた。
「折角のハロウィンだ。なんか食べなよ、ロン」
「そんな気分じゃないよ。ハリー、何たって最近女の子の肩ばっかり持つのさ!」
呑気に料理を勧めるハリーに、溜まりに溜まった不満を吐き出すように、ロンが噛み付く。その目は、僕ら友達じゃなかったのかと訴えていた。南瓜パイに噛り付いていたハリーは食事の手を止めて、穏やかな目をロンに向けた。
「ロン、君の気持ちは良く分かる。確かにグレンジャーは一々突っかかってくるし、それはすごくムカつくことだ。特に寮の点数しか見てないような発言は好感が持てない」
「だろ?じゃあ…」
「でもね、彼女が寮の点数を頑張って稼いでるのは本当だし、足を引っ張るやつに口出したがるのも分かるよ。それに、別に間違ったことを言われているわけではないだろう?」
「そりゃあそうだけど…」
「納得はできない?それは君が相手の話の中身じゃなくて態度に気を取られているからだよ。マルフォイが君がウィーズリー家の子供ってだけで気に食わないのと似たようなものさ」
「うぐっ…でもだからって!」
「でももだってもないよ。僕らがいくら貶したって事実ハーマイオニーは頭良いし寮の得点に貢献してるんだ。君だってスッキリしてないんだろ?あんなこと言ったって」
言われて、ロンはハーマイオニーとのやり取りを反芻する。確かにムカついたし、痛いところを突かれたハーマイオニーを見て、いつも自分より上にいるような彼女に対して一矢報いたような気がしたが、なんともいえない居心地の悪さはあった。
「僕は……」
「うん」
「ハーマイオニーが羨ましかったんだ。いくら頑張っても追いつけないし、あいつといると自分がバカみたいな気がして」
「それは僕も一緒だよ。いくら頑張ってもセシリアと同じ土俵に立てやしない」
「ハリーも?」
「そりゃあそうだよ。ハーマイオニーは突っかかるけど、セシリアはペアの時僕のことを懇切丁寧に指導してるんだよ?なんか、1人だけ全然違うとこにいるようで悔しいよ、ものすごく」
段々と、ロンの心にあった蟠りが消えるような気がした。目の前の親友も同じ気持ちだったんだ。1人取り残されたと感じてたのは、自分のことで頭いっぱいだったんだ。ハリーは魔法もクィディッチも上手だし、自分の気持ちなんて分からないと思ってた。でも考えてみればハリーだって今までマグルの大人に酷い目にあってきた、兄弟の中で才能もなく忸怩たる思いをしてた自分と同じだった。
「僕、謝りに行くよ…その、一緒に来てくれるかい?」
「もちろんさ」