「なあ、そろそろ僕にも分かるように解説してくれよ。なんでセシリアはあんないっぱい花を咲かせたんだ?どうせヘリオスの爆炎でひとっ飛びだろう?」
食い入るように一人と一匹の戦いに見入るハリーにロンが声をかけるが、本人はよほど集中しているのか。望遠鏡を構えたまま何かをブツブツと唱えている。代わりに、ハーマイオニーが興奮したように早口でまくし立てた。
「見ててわからないの?ロン。あれ『薬草ときのこ1000種』にも載ってる有名な植物で、常時電流をまといながら開花して、その上水面近くの獲物に深い眠りに至る香りを漂わせると言う相当えげつない代物よ!セシリアいつの間にあんなものを仕込んだのかしら、すごいわ!」
「で、でもそんな危険なブツなら本人は?」
「セシリアは魔法薬学が得意なのよ?研究用に常時何種類か解毒薬を持ち歩いてたって驚かないわ」
「それだけじゃ無い」
静観していたハリーが望遠鏡を渡す。
「セシリアの足元をよく見てごらん。睡蓮と着地するときだけ足裏とその周囲にロックフラワーが咲いている。この戦略を実現するため、あらかじめ絶縁対策をしてるってわけだ」
「くぅー、凄いな!僕には到底思いつかないや!」
ロンが思わず舌を捲くと、ハリーの言葉を継いで、ハーマイオニーが言った。
「この動きを見るに、セシリアが睡蓮の上を、わざわざロックフラワーに魔力を割いてでも走り回っているのは明らかに挑発ね。この湖の罠に誘い込もうとしてるんだわ」
「ヘリオスを溺れさせて更に電流を流そうとしてるのか?おっかないや!」
「付け加えるなら、この罠は3層構造になっている、水面、水中、水底だ。ヘリオスがいくら爆炎をまとってても、花を踏んだ途端深い眠りに落ち、加えてあの体重で一度水中に落ち、強い電流が流される。そこで意識を回復して目覚めても、水底はいまたっぷり水分を含んだ底なし沼だ。もがけばもがくほど沈むだけだろうね。逃げることしか頭になかった僕らとは確かに大違いさ」
「てことはセシリアが勝つのかなー、ちぇっ」
「それはどうでしょう。ここまでセシリアが本気で挑んでいるってことは、それだけ警戒するに値する何かがヘリオスにはあるってことじゃない?『幻の動物とその生息地』にも載ってない珍しい生物種だもの。奥の手があっても驚かないわ」
「残り1分を切った。セシリアも疲労してるが、ヘリオスも痺れを切らしている。そろそろだね」
その時、苛立ったような大きな咆哮が轟いた。耳元で雷が鳴らされたような錯覚に、3人が思わず耳を塞ぎ、湖の中央に立つセシリアを中止する。ゴールの柱は殆どが砕け、崩壊し、睡蓮がその上を這って不気味な美しさで咲き誇っている。そして一面の薄紅色の中、セシリアの黒い制服と、ヘリオスの優美な白黒の紋様だけが浮いて見えた。
不意にヘリオスの背中から、純白な大翼が綻ぶように生えた。もっとも、翼を象っているものの、それは炎そのものであったが。半透明なそれは次第に熱量をあげ、青くそして白く輝き、最終的に周囲の一切を焼き払いながら空中にはためかされた。陽炎が揺らめき、睡蓮が湖と大地もろ共炎に飲まれてゆく。悠々と底なし沼の水底に着地した獣のまとう炎は、泥中の水分すら奪い尽くし、大地を乾いた砂地に変えたほどだった。途端に、遮蔽物を失ったセシリアが観客席へと駆ける。それを悠々と捉え、戦利品が如くヘリオスがハリーたちの前へと運ぶ。
「…時間は?」
「14分57秒。惜しかったわ」
「ふん。次は負けん」
そう言って、セシリアがハリーたちに背を向ける。大きく杖をふるうと、忽ち壊れた競技場が原状を回復した。既に翼を何処へか畳んだヘリオスが得意げな顔でセシリアに擦り寄る。その喉をワシャワシャとかいてやりながら、3人を振り向いてぼやく。
「いい実験だった。さて、次は君たちの番だ。ヘリオス、もう一周付き合ってこい」
「ええ〜、まだやるのかい!」
「言ったろう?3セットだ、ウィーズリー。不満ならぼくも付き合うが?」
「いーや、正直セシリアの出す訳わからない罠のが怖いよ。おとなしく行ってくるさ」
あの後散々ヘリオスに遊び倒された3人は、競技場の土の上に大の字で転がっていた。胸を大きく上下させ、だらしなく酸欠にあえいでいる。
「時間は……ふむ。ハリーが残り2回とも10分超えで最長。ついでハーマイオニーの平均9分台と、ロンは7分前後。おい、半分切ってるではないか!」
「無茶言うなよ!3人分断させられててあれはキツかったぞ!」
「ああ、お互いがお互いの罠にかかって見事足を引っ張り合ったな。さあ、そろそろ昼食だ。大広間へ行くぞ」
げっそりとした3人を大広間へ促す。ヘリオスはと言うと、たっぷり運動して満足したのか、子猫の姿ですうすうと寝息を立てている。
食後は反省会である。軽くシャワーを浴びて着替えた面々がグリフィンドールの談話室に集った面々は口々に特訓の所感を話し合った。実戦的な内容は元々子供の好奇心を刺激する上、もとより向上心の強い3人である。白熱するのも道理だった。
「それにしてもなんであんな大掛かりな仕掛けにしたの?展開が間に合わなかったら結構リスキーじゃない?」
「そうだね、それはその通りだ。まあ半分は実験のつもりだったから、成功しても失敗しても良かったが……ロックフラワーの魔法は案外簡単でで、睡蓮もぼくの体重であれば支え切れたから浮遊魔法すら必要なかった。展開時さえ集中できれば、後はロックフラワーをスパイク代わりにウロチョロしていればいずれ敵が自滅する。密封空間ならもう一種類毒薬を散布しているが……開け放たれた場所ではどの道全力は出せんな」
「なるほど。すぐに敵の手にかかりそうな振りをしておいて、逆に敵を絡め取る罠が二重にも三重にも張り巡らされていると。となると私も真剣に細菌兵器なんか開発したほうがいいかしら」
冗談で言ったつもりが、帰ってきた回答は存外真剣なものだった。
「生物は良いぞ。完璧に御せれば捕食という形で証拠まで消し去ってくれる。種子が小さく、持ち運びも便利なことから、ついつい薬草を活用しがちだが、現実的にコントロールできるなら、是非とも微生物や細菌に手を出してみたい」
背筋に薄ら寒いものを感じながら、残りの2名は「女子って怖い」と心を1つにした。
「だがロンも良い線ではあったな。競技場をチェス盤に見立てて、ポールや遮蔽物等々を駒として配置して布陣していただろう?あれはぼくにはない発想だ。対人戦ではとても有利な戦い方だ。」
「ま、まあね」
珍しくセシリアから褒められ、ロンが所在なさげに頭を掻く。
「あら、それを言うならハリーの小石の足止めだって、地味だったけど有効だったわ。魔力の制御が抜群に上手なハリーじゃなきゃ出来ないわ」
「それには同意せざるを得ないな。最初小石を使った時は血迷ったかと思ったが、ヘリオスの巨体では察知し辛い死角からの攻撃で、適切に急所を狙ったのは良かった。しかも連射とくれば、ヘリオスでも対処は難しい」
「買い被りだよ。本当はもう少し退路を絞って、その先に仕掛けたブービートラップに追いやりたかったんだけど…」
「あれはぼくが動かしたポールが見事に踏み抜いちゃったからね。済まないや。ハーマイオニーが旗とワイヤーをうまく使ってでっかいクモの巣を作ったのにはたまげたなぁ。僕ら地上で逃げるのが精一杯で、全然気がつかなかったよ」
「強度がねぇ…」
「小石を撃つ時何本か切っちゃったね。ごめん」
「良いわ。私がワイヤーを張りすぎたせいでロンの駒を邪魔しちゃったし、おあいこ様よ」
「ふむ。各々長所と短所に気づいたか。なら次はもっと上手くいくだろう。ぼくから1つ付け加えると。出し惜しみも必要だ。現実の戦闘では制限時間などない、殲滅に全力を尽くしすぎると、残党にトドメを刺されるぞ」
「「「はーい」」」
ハーマイオニーは早速立案した幾つかのアイディアと各々の戦略を書き留めており、ハリーも真剣に特訓内容を思い出している。驚くことに、ロンでさえ真面目にチェス盤を引っ張り出してああでもない、こうでもないと試行錯誤をしている。セシリアは優秀な生徒たちを眺めてふと目を細めて、微かに笑った。
「そう根を詰めるな。どうせなら次週は制限時間を伸ばして3人でフラッグ戦でもするか?そのほうが複数の違う目的の人間を警戒する必要があるから実践に近いだろう?加えて君らの実力も均衡しているんだ。丁度いい。ただし、殺傷目的の魔法は言うまでもないがダメだ」
「そりゃあいい。そろそろハーマイオニーに一泡吹かせたかったんだ!」
「言ったわね。魔法なら負けないわ。警戒すべきはハリーのコントロール力ね」
「どうかな。コントロールだけじゃないところも見せてあげるよ」
盛り上がる子供達をよそにセシリアは思索の海に耽る。特訓という名目で注意力をそらしたが、そうでもしなければ彼らは好奇心の赴くまま見えざる敵を探し、我が身を危険に晒すだろう。今のうちに下手人をあぶり出さなくては。