その晩、たっぷり運動したおかげか早々に就寝をした3名を他所に、セシリアは一人マグゴナガルの私室を訪れていた。前回のサイクロプス騒動を機に、こうして折に触れて茶会を開いている。ノックをすると、予測していたかのように、机にはすでに焼きたてのスコーンが用意してあった。
「その香りはカモミールですか?セシリア」
「ええ、旬でしたので、早摘みですが丁度爽やかで安眠効果もある」
「期待しているわ。さあ、お掛けなさいな。ポモーナもすぐ来ますよ」
「それは良かった。ぼくも丁度報告することがあります」
ポモーナ・スプラウトはハッフルパフの寮監も務めるホグワーツの薬草学の教授で、日頃から魔法薬研究の件で懇意にさせてもらっている。大抵は温室に篭りきりの彼女だが、タイミングが合えば、こうしてマグゴナガルとセシリアのお茶会に顔を出す事もあるのだ。程なくして、再びマグゴナガルの私室に控えめなノックの音が響いた。
「いらっしゃいポモーナ」
「マンドレイクのお世話ですっかり遅くなってしまったわ。カモミールティーね。良かった。今日持ってきたハチミツもこの時期だからカモミールの花の蜜よ」
「スコーにして良かったわね。さあさ」
マグゴナガルの声掛けに、いそいそとずんぐりむっくりした魔女が向かい合うマグゴナガルとセシリアの間にある1人掛けのソファーに治った。懐から飛び出された硝子の壺には、美しい琥珀色の液体がなみなみと注がれている。
「森で何か起きているのかしら、蜂たちが近頃煩くって仕方ないわ」
「ヘリオスも良からぬ気配を感じ取ったようです。私に気を遣っていますが、時折夜抜け出してホグワーツの中を見て回っているようでして…」
「あら、陛下が。となればいよいよ敵襲も近いのね。全く、幾らホグワーツの守りが強固とはいえ、アルバスも石を生徒の学び舎に隠さなくても良いというのに。万が一学生に被害が出たら、私親御さんに顔向けができませんわ!」
少し憤慨したようにマグゴナガルが声を荒げる。やや乱暴にスコーンを切り分けて口に運ぶ所作に、セシリアは苦笑した。普段こそ厳格で取り付く島もない態度を貫いているが、その実マグゴナガルの生徒想いは筋金入りだ。年の功故かある程度割り切ってあるダンブルドアへの不満を噴出させるのもこれが初めてではない。
「そのための護りじゃないの、ミネルバ。短気は損気よ。セシリアの助言通り生徒が近づかないように魔法をかけ直して、内部からの突破も難しいように加工しましたもの。大丈夫よ」
「ありがとう、ポモーナ。私としたところが、取り乱すべきでは無かったわね。セシリア、ミスター・ポッター達の様子は?」
「4階への侵入、サイクロプスの騒動、箒の暴走。結果的に何れもあの子供達を狙ったようにも見える。現にハーマイオニーはすでに4階の意味に勘付いている。何を守っているか知るのはまだ先でしょうが、サイクロプスの騒動が4階の何かを狙った陽動だともうすぐ気付くでしょうし、好奇心を逸らし続けるのは難しいでしょうな。ぼくはこれこそダンブルドアの狙いである気もしますがね?」
「まさかわざと試練を与えるために?幾らなんでも危険すぎます。あの子には護りの力がありますが、残りの子達はどうするのです?アルバスは一体何を考えているのかしら」
「だからこそぼくをグリフィンドールに入れたんでしょう。一番近くで守れるように」
「苦労をかけるわねぇ」
「辛気臭い話題はもう沢山よ、ミネルバ。そう言えば、この間渡した種はどうだったかしら?」
「素晴らしい出来でした。幾らヘリオスの属性が火炎に傾いているとはいえ、あれ程の牽制効果があるとは。ポモーナ、ありがとうございます。惜しくらむは、殆どがヘリオスに焼かれてしまいましたが」
「気にしないで。やっぱりさっきの大立ち回りで早速使ってくれたのね。嬉しいわ」
「見られておりましたか、お恥ずかしい」
頬を染めるセシリアに、マグゴナガルとスプラウトがクスクスと笑いあう。
「だってねぇ、ミネルバのこの部屋からだと、競技場がよく見えるもの」
「クィディッチ好きか高じてこの部屋を譲ってもらった甲斐があったわ。今日はポモーナと一緒にここでお昼を取ったものだから、すっかり観戦させてもらったわ」
「3人とも成長が凄まじいですよ。三者三様の長所をしっかり磨いている。このまま続ければクリスマスまでにはある程度仕上がるでしょう」
「まぁ、羨ましいわ。私ももう少し若ければねえ……」
「やめてください、ミネルバ。あなたのゴーレムの兵隊をぼくは2度と相手にしたくありませんよ」
「私の大切なゴーレムを悉く粉砕して下さったのは何処のどなたですか?それを言うならポモーナの悪魔の罠も私は2度と飛び込みたくないわ」
「あの子は少し特殊な鍛え方をしたのよ。でも、全部燃やさなくたって……」
「燃やさなくては私が縊り殺されていたわよ。はい、セシリア」
差し出された紺色の封筒と、四寮のシンボルをかたどった金色の印蝋に、セシリアは小さく溜息をつく。
「ぼくは今教職を離れているのですが」
「イギリス魔法省直属王立総合魔法技術振興研究所魔法薬学課専属調査研究員、兼、ホグワーツ魔法学校魔法薬学特別臨時講師よ。肩書き上は貴女まだホグワーツの職員でもあるのよ」
「やはり逃げられませんでしたか…」
「クリスマスパーティーが楽しみね」
次から次へと降りかかる厄介ごとに、セシリアはため息を深めた。
暫く平穏な日々が続き、子供達は実戦的な特訓に夢中で取り組んだ。錬金術や未開拓の魔工分野にまで手を出し始めたのには驚いたが、子供らしい柔軟性で自由に研究と鍛錬を続ける姿勢は好ましかった。もっとも、めでたく余計なことに首を突っ込まずにいてくれたかというと、それは確実にNoと答えざるをえない。
「何だ、お前さんたちフラッフィーに遭ったのか。アイツぁ少しやんちゃだからな、可愛いやっちゃったろ?」
歯が折れそうなほど硬いロックケーキをお茶請けに、ハグリッドがやや乱暴な手つきで面々に紅茶を注ぐ。教師時代はあまり関わりのなかった彼だったが、こうして友人として付き合ってみると、中々温かみのある好人物だった。もっとも、やや口が軽く乗せられやすいという点を除いては、だったが。
「そうなんだ。僕ら本当に酷い目にあって、可愛いというか凶暴だったよ、フラッフィーは。ダンブルドア先生に貸してるんでしょう?」
「そうだ。フラッフィーも先生のお役に立てて嬉しいだろうな。何たってニコラス・フラメルの大事な…」
そこまで言いかけて、ようやく気付いたように巨人は口を噤んだ。見事な誘導尋問だった。逸るロンを制し、あっさりと引き下がったハリーは終始内心を悟らせないニコニコ顔だった。その引き際の良さと手腕に末恐ろしいものを感じたセシリアは、思わずぶるりと背筋を凍らせた。
「それじゃあ大変だね、フラッフィーは。でも、僕らだったら突破方法を少しも思いつかないからなぁ、きっと彼がいれば大丈夫だよ。そうだ、今日見せてくれるものがあるんじゃなかったっけ?」
「音楽を聴かせん限りはフラッフィーは大人しくならんからな。おーそうだそうだ!こいつを見てくれい、本題はこっちだった!」
再び乗せられるがまま重大情報を吐き出したハグリッドにやや苛立ちながら、セシリアはこっそり溜息をつく。何だかこの3人と付き合ってからトラブル続きだ。近々フェリックス・フェリシスでも調達しようかと真剣に悩んでいた所に、ハグリッドが大きな鱗のような模様のついた卵を持ってきた。それを見て、セシリアは眉間の皺を深める。まさか……。