果たして、予測は当たった。一見岩石の様にしか見えないそれは、暖かく脈打つ竜の卵だった。はしゃぐ男児どもを他所にハーマイオニーは絶句して紅茶を零し、セシリアは思わず目を覆った。
「こいつはなぁ、酒場でちょっくら一杯ひっかけた時に貰ったもんでぇ。ドラゴンの卵じゃ、珍しいだろう?」
「す、すごい!僕こんなの初めて見たよ!」
「おったまげたぁ!どうやって孵すんだ!?」
次々と歓声を上げるハリーとロンに、ハグリッドは自慢げにかまどの方を示す。どうやらそこに焚べて孵化させる気らしい。セシリアの腕の中にいたヘリオスがもぞもぞと動き、可愛らしい鳴き声を上げた。抜け出したヘリオスは小さいながらも王者然とした足取りで悠々とかまどに近づくと、おもむろに美しい青のファイアーブレスを卵に吹きかけた。
「おお!なんと!!」
瞬時に、荒削りの岩肌のような殻にヒビが入り、純白の頭が目も開かないうちから這い出んとして外に伸ばされる。生まれた竜の子はヘリオスと同じ純白の体色を持ったアルビノである。だが、それだけではない。まだ華奢な肩についた頭は計9つもあった。
「サイクロプスの次はヒュドラか…先が思いやられる」
セシリアが小さく呟いた直後、ギャアギャアと喧しい産声を上げて、ヒュドラがよちよちと覚束ない足取りで助走を初め、フラフラと無力な翼で滑空し出した。先ほどヘリオスに擦り付けられた匂いと同じものを発するセシリアの胸元にほぼ突撃せんばかりの勢いで収まり、ローブの中に潜り込んで首元から顔を出した。チロチロと覗く二股の舌がセシリアの頬を撫ぜ、餌を強請っている。言うまでもなくギリシャ神話に出てくるような幻獣にどのような餌を与えるかという知識など彼女にはない。
「オー!オー!素晴らしい!ノーバートはお前さんに懐いたようだ!」
大喜びで鶏の血とブランデーを混ぜたハグリッドがゴブレットを差し出すが、ノーバート(仮名)はプイとそっぽを向いてしまった。
「あー、言いづらいんだが…ノーバートはお前さんを親だと思っているようだ。だから、ドラゴンの母親みてぇに、まあ一丁うまくやってくれんか?」
ドラゴンの母親が一体どうやっているのかなど知ったことか!!無言で悲鳴をあげて、引きつった顔をしながらもセシリアはゴブレットを受け取った。先ほどから空腹を訴えてか、ドラゴンの鳴き声が哀願するように段々と細くなっている。哺乳類の授乳の代わりに、半刻に1回餌を与えるのが必須条件だ。先ほどからチロチロと口元ばっかり舐められるので、予想はつくが。ヘリオスはと言うと、じっと観察をするようにこちらを見ている。手助けをするつもりはないらしい。後先考えない半巨人を呪いながら、セシリアは生臭い液体を口にそっと含んだ。
瞬時、なんとも言えない不快感に吐き気を催すが、なんとか一際大きく口を開けて近寄るドラゴンに口移しで与える。1つの頭だけでも大変な作業だが、9つの頭が競い合うように近寄ってくるのだ。餌を与えたもの、与えてないものを辛うじて見誤らないよう注意しながら、セシリアは餌やりを終えた。ハグリッドとロンはその様子を感激したように讃え、ハーマイオニーは大仕事を終えて涙目になるセシリアの背中をさすってやっている。一方のハリーは、母親然と必死で子供に餌をやるセシリアに奇妙な背徳感を覚え、素早く目をそらした。
「しっかしおめぇさん達のお陰で助かったぞい。まさかノーバートが餌を飲みたがらんとは。やっぱし子供にゃ母親つーもんが居らんとなぁ」
涙目になりながらもすっかり満腹になったドラゴンの背中を叩き、しっかり9つの頭すべてがげっぷを出したのを確認してから、セシリアは胸の音を聞きながらぐっすりと眠り始めたノーバートの背中を静かに撫でてやった。
「勘違いしているようで悪いが、ぼくの見立てでは、多分この子は雌だぞ?」
「そうなのか?卵にゃ雌特有のヒビ模様が無かったんだが…なんでぇ、母親の勘かい?」
「ぼくはこの子の母親じゃ……まあいい。さっき餌をやるついでに排泄口を確かめたんだ。トカゲの雄に見られる形状が無かった。故に雌だと推測した。詳しいことは初排泄で分かるだろう。どちみち最初は親が刺激してやるものだ」
「おお、じゃあこいつぁノーベルタだな。悪いが目が開くまで付き合ってくれんか。何、すぐに自力で餌を取れるようになる、ヤンチャそうだし、離乳まででいい」
そんな事もあり、その後2日日間ーー幸いにも土日だったため授業はないーーを、セシリアはハグリッドの森小屋で人生初の子育てに費やす羽目となった。
あくる日、ようやくノーベルタが目を開いて自力で餌を食べられるようになった頃、特訓を終えた面々は、やはりハグリッドの小屋に集まっていた。意外なことにまだニコラス・フラメルの正体に辿り着いてないので、できるだけ口の軽いハグリッドから聞き出そうという魂胆だ。ノーベルタが、母親代わりのセシリアを恋しがっている、と言うのもあるが。今や膝ほどの大きさになったノーベルタを上手にあやすセシリアとハーマイオニーを横目で眺めつつ、ハリーが切り出す。
「ノーベルタを見てるとハグリッドが本当に羨ましいな。酒場で手に入れたんだっけ?本当に強運の持ち主だね」
「そうじゃ。だが真似はするなよ?ドラゴンはお前さんたちのような小童じゃ扱えん代物だ」
ハグリッドもセシリアの助けがなければ厳しかっただろうことは飲み込んで、なるべく何でもないことのように続ける。
「それは分かってるよ。ハグリッドは魔法生物のプロだからね。相手もハグリッドじゃなきゃ預けてくれなかったと思うし…ただ、そんな珍しいものを持った人ってどんな人だろうと思って」
「うーむ。暗かったからなぁ。一杯ひっかけて、ほいで…細身だったが声は男だったぞ。フードかぶってよく見えなかったが」
「怪しいなぁ。背はどれくらい?痩せてた?太ってた?」
「待て待て。そう矢継ぎ早に聞くな。そうだなぁ、儂よりは、こう……だいぶ低かったかな。年寄りの声じゃなかった…あとは、手がなまっちろくてな、ありゃあ育ちの良い手をしてた、違ぇねぇや。まぁ、酒場なんて怪しいもんでぇ、それ以上は分からんよ」
少し不審がりながらも、言われるがままハグリッドはハリーに情報を漏らす。
「ふぅん?じゃあさ、ハグリッドとドラゴンで盛り上がったって事はさ、魔法生物にも詳しいの?その人」
「そりゃあもう。トロールの話なんか、そんじょそこらの先生より凄かったぞぃ。ま、他は儂に負けるがな」
「どういう話で盛り上がったの?ファング…じゃあ普通だから、フラッフィーとかの話もしたの?」
「おー、そりゃあそうだ。アイツは儂が飼ってる中でも一等に珍しいんだ。音楽以外寝かしつけられないて言ったら、もう驚いてなぁ。ああ言う自分が詳しいと思ってる奴の鼻を明かしてやるのは楽しいんだ。なんせダンブルドア先生のお役に立ってるんだ」
「それは驚くのも分かるよ。じゃあ僕と学用品を買いに行った夜にすぐに会ったんだね?」
「お前さんよく分かったな。まるで見てきた見てぇだ。あんの日は無事ダンブルドア先生が遣わした任務をこなしてなぁ、ほんで、気持ちよく飲んだんだ」
これで確定だった。横で話を聞いていたハーマイオニーは素早くロンに目配せをし、ハリーは2人に小さく頷いた。
「ところでノーベルタはどうするの?まさかずっとここで飼う気?」
ハーマイオニーが唐突に話の流れを変えた。ハグリッドは続けられる内容を予想したのか、ノーベルタをガバッと抱きしめ、庇うようにこちらに視線を向ける。先ほどのハリーの探りなど既に頭にないのだろう。
「こ、こいつをどうする気でぇ!?魔法局の連中には渡さんぞ!何されるか分かったもんじゃねぇ!」
「とは言ってもずっと森で匿う事は出来ないでしょう?私調べたけどヒュドラは最大で体高50〜80mまで成長するのよ?」
「じゃ、じゃが……」
「くわえてこいつは雌だ。雌の方が雄よりも大型化し易いから、ホグワーツの森では確実に無理だな。ヒュドラという希少種から、見つかったらそれこそ研究者の良いおもちゃだろう。お前もそれは嫌だろう、ノーベルタ?」
ハグリッドの毛むくじゃらな腕から早々に逃げ出し、セシリアの胸に擦り寄っていたノーベルタが答えるようにひと鳴きした。
「そんだら、儂にノーベルタを手放せというのか!?」
机を大きな拳で叩きつけて、ハグリッドが涙を流す。かなり感情的になっているようだ。相変わらず人好きのする声でハリーが割り込んだ。
「でもね、ハグリッド。ノーベルタをこのままにしておくと、きっと研究者の手が伸びて、ノーベルタは酷い目に遭うと思うんだ。ここで逃がしてやった方が、いつかまた会えるじゃないか?」
子供に言い聞かせるようになだめると、暫く考え込んだ後でハグリッドはノーベルタに向き合った。涙目のまま、また会いに来てくれるか?と問うと、ノーベルタは可愛らしい鳴き声で了承の意を伝えた。結局、ノーベルタは2週間後に天文学で利用している塔の天辺から逃すこととなった。