日々はあっという間に過ぎ、入学式の日がやってきた。セシリアは予定時間より早くプラットフォームにつき、ホグワーツ特急の真紅の車体がホームへと滑り込むのを見た。無言で浮遊呪文をかけたトランクを貨物室に収め、手提げ一つと共にガラ空きのコンパートメントを独占する。これから夕方まで列車で過ごさなくてはならないことを考えると、セシリアは少し憂鬱な気分となった。今更子供達の浮かれた雰囲気に馴染めそうもなかったのだ。
「ここ、良いかしら?」
まず視界に入ったのはボサボサの豊かな栗毛、ついで利発そうな目と少し大きな前歯だった。なぜか少し小煩そうな印象があったが、断る理由もないので、セシリアは彼女に向かいの席を指し示した。
「ハーマイオニー・グレンジャーよ。貴方も一年生?」
「セシリア・プリンス。ぼくも一年生だ」
窓の景色へと戻しかけた視線を少女へ移し、セシリアは淡々と答えた。元よりあまり人付き合いが得意ではないので、その手はしきりに腕の中の白虎ーー今はただの猫に見えるがーーを撫でている。
「ああ、良かったわぁ。私ね、マグル出身なの。だから同級生がどんな人か不安で、でも思ったより普通そうで一安心。ホグワーツってどんなところかしら?授業を受けるのが楽しみでならないわ。あ、もちろんホグワーツのことは本で熟読したし、教科書も全部暗記済みよ。予習は勉強の基本だから当然よね?簡単な呪文も少しは試してみたかったけど、未成年は使っちゃいけないらしくて。貴方はどうかしら?何か受けてみたい科目とかある?」
「ミス・グレンジャー。落ち着いて。息が切れている」
やれやれと眉を寄せ、セシリアは無言呪文で紅茶を出し、ハーマイオニーに差し出した。
「あらごめんなさい…って、無言呪文は上級生が習う内容のはずでしょう?セシリア、あなた一体どうやって!?」
「練習させられたまでだ。厳しい知人がいてな。そう騒がないでくれ、ミス・グレンジャー」
「そうだったの。私、ついて行けるかしら?簡単な物しかまだ成功させてないもの。ハーミーって呼んでも良いわよ?」
「ミス…ハーミー、殆どの人は予習してきてないはずだ。君の言うことは正しいが、正論は鼻につく。あまり大声で振りかざさない方が良い」
姓で呼ぼうとして、ハーマイオニーの有無を言わさない瞳にたじろぎ、結局慣れない名前呼びとなった。悪い子ではないだろうが、頭でっかちで角が立つ、と言うのが彼女に対する第一印象だ。
「肝に銘じておくわ。ミス・プリンス」
「おや?セシリアでなくて良いのかね?」
少し膨れた様子のハーマイオニーに、セシリアは器用に片眉を上げて皮肉を返した。そして、互いに顔を見合わせ、2人は大笑いした。
「あなたとは違う寮に行っても仲良くなれそうだわ。改めてよろしくね、セシリア」
「ああ、よろしく」
一頻り笑ってから差し出された彼女の手を握り返す。こんなに心から笑ったのは何年ぶりだろうと、密かにハーマイオニーに感謝した。
「あ、あの、ここのコンパートメント空いてたりしない?」
「良いかしら、セシリア?」
「ぼくは構わない」
「どうぞ?」
おどおどした様子の少年は、発車間際に2人のいるコンパートメントには入り、しばらく逡巡して、ハーマイオニーの隣に腰を下ろした。
「あなたも新入生かしら?私はハーマイオニー・グレンジャー、此方はセシリア・プリンス。よろしくね」
「ど、どうも。よろしく、ハーマイオニー。それから、セシリア」
「よろしく」
小太りして、優しげな眼差しを持つ少年は、ハーマイオニーから2人とも新入生だと聞いて安心したらしく、おずおずと挨拶した。
「き、君のペットは猫なんだね。すごい綺麗だ。な、名前はなんていうの?」
「名前…」
ここに至って、人前で呼ぶための仮名が必要だとセシリアは気づいた。よもやおいそれと真名を呼ぶわけにもいくまい。ちらりと獣を眺めると、心なしか期待に満ちた視線を向けられていた。
「……ヘリオス。こいつはヘリオスと言う」
「ギリシャ神話の太陽神ね。セシリアって、見た目と違って案外ロマンチストよね?」
「でも確かにこの子太陽のような瞳をしているから似合ってるね。と、ところで君たち行きたい寮は決めた?」
「私は断然レイブンクローかグリフィンドールが良いわ。どちらも知識欲を満たし満たしてくれそうだし、けど、スリザリンは、闇の魔法使いを輩出してるから絶対嫌だわ」
「僕もグリフィンドールが良いな。お父さんもお母さんもそうだったから。けど僕は二人と違ってちっとも勇気なんてないから、きっとハッフルパフだよ」
「それはハッフルパフに失礼だろう」
「せ、セシリア?」
2人の意見を聞いたセシリアが片眉を器用に上げた。異議があるときの癖である。
「ハッフルパフに入っているのは努力と忍耐の天才だぞ。実際闇の勢力が最も力を持った時代も、彼らに与した生徒はハッフルパフが最も少なかった。それからハーミー、君はスリザリンが闇の魔法使いを輩出しているという一点で見くだしてるが、それは視野が狭いというものだ。スリザリンに入るのは純血の魔法使いが多い。そしてその分高等教育を受けた貴族が多く、団結力がある。上下関係も強く、卒業後の進路が最も安定して、困った時様々な先輩から手助けを受けられるのはこの寮だ」
「あうぅ、確かにそしたら僕はどの寮にも入れないかも…」
「私も言いすぎたわ。けど、やっぱりスリザリンは馴染めない気がする。好みとしては。そういう貴方はどうなの?セシリア?」
「どこの寮でも構わない。勉強と研究をするのに、どこでも変わらないだろう?まあ、出来れば図書室に近い寮だと嬉しいが」
「ふぅん、セシリアらしいわね」
「そう言えば、僕もペット連れてきてたんだ、カエルのトレバーって言うんだけど…トレバー?」
がさごそとネビルがポケットをひっくり返したり、手提げのカバンをみたりするが、カエルなどどこにもいなかった。
「トレバーは良く脱走するんだ。探してこなくちゃ」
「待って、手伝うわ。セシリア、あなたも来るでしょう?」
「…分かった。ヘリオス」
ネビルとハーマイオニーが後方車両に向かうのを見届けて、セシリアはヘリオスの先導で前方へ向かった。トレバーというカエルがどのような形をしているかは、こっそり開心術でネビルからビジョンを頂戴した。
「ぐるる……」
最先頭のコンパートメントにたどり着いたところで、ヘリオスは猫らしからぬ低いうなり声を上げた。そして軽やかに連結部分に設けられた荷物置きを駆け上がると。次の瞬間、ずんぐりしたカエルを咥えて持ってきた。ネビルの記憶にあったトレバーだ。それを受け取り、喉の下を掻いてやる。
「ありがとう。おいで」
抵抗の意思がないカエルをポケットに入れ、セシリアはヘリオスを肩に乗せて踵を返した。
戻ったコンパートメントには誰も居なかった。仕方なしに、後方車両の方へ行く。再びヘリオスが先導してくれ、ほどなくしてハーマイオニーの居る場所にたどり着いた。
「邪魔する…ぞ、っ……」
その瞬間、セシリアは呼吸すらできなかった。コンパートメントにいた少年の片方は、ジェームズ・ポッター ーー彼女が2度と目の当たりにしたくなかった人物ーーと瓜二つであった。その癖、瞳だけはリリーのような澄んだエメラルドグリーンをしている。激しい憎悪と後悔が巻き上がり、セシリアは唇を噛んだ。いつの間にか肩に乗ったヘリオスに頬を舐められ、我に帰る。ここで感情をむき出しにしても何もならない。
「『お陽さま、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ』」
どこか見覚えのある赤毛の少年がペットのネズミを指して呪文を唱える。横でハーマイオニーがウキウキとして、ネビルがおどおどと戸惑う様子を見て、セシリアは思わず眉間にしわを寄せた。
「へ〜ぇ、私教科書は全部予習したけどそんな呪文は初めてだわ。最も、簡単なお呪いならいくつか成功させているけど。例えば…レパロ」
得意げに黒髪の少年に杖を突きつけると、忽ち彼の割れた眼鏡が直った。少年はあんぐりと口を開けて外した眼鏡をまじまじと見てる。赤毛の方は、あからさまに嫌そうな顔をした。ハーマイオニーはなおもまくし立てる。
「あら?その傷跡……あなたひょっとして、ハリー・ポッター?すごいわ、私あなたの事は本で「ハーミー、ハーマイオニー!」」
「あら、セシリア」
黒髪の少年が少し暗い顔をしたのを見逃さず、セシリアは続けた。
「その辺にしてやれ。あの件でポッターは両親を亡くしてる。誰だって近しい人の死について嬉しそうに話されたくはないだろう。君はもっと周りを見たほうがいい」
「あっ…ごめんなさい、私無神経だったわ」
さっと青くなって、ハーマイオニーは俯いた。本で書かれた人物に会って興奮したためか、そのことがすっぽり頭から抜けていたようだ。きにするなとその背中を叩いてやる。
「あー、その、ありがとう、君、セシ…」
「セシリア・プリンスだ」
「ありがとう、セシリア。ハーマイオニーも気にしないで。僕はマグルに育てられたから、本当はこっちのこと良くわからないんだ。有名みたいだって事を知ったのも、こっちに来た後だし。その…眼鏡ありがとう」
「ロン・ウィーズリー。ハリーをフォローしてくれてありがと」
「どうも。それじゃ、トレバーはぼくが見つけてきたから、帰ろう。ハーミー、ネビル」
「う、うんそうだね」
「ありがとう、お邪魔したわ。もうすぐ着くから、そろそろ着替えたほうがいいわよ」