「それは半分正解で半分外れだな。例えばポッター、君はこのゴブレットを浮かすことはできるか?」
「浮遊呪文が出来ればね…多分」
「ふむ」
セシリアは少し考えるそぶりを見せて、生徒に問いかけるように言った。
「それはなぜだ?」
「なぜって…そりゃあ、魔法で」
「杖を媒介にして、詠唱というきっかけで魔法が作用する、それじゃあダメなの?」
静観していたハーマイオニーが思わず口を挟んで、考え込んでいたハリーは少し顔をしかめた。
「よろしい。ならばマグルのプロペラで真下から風を送って羽を浮かせよう。それをテーブルクロスか何かでうまく隠す。そしてぼくは杖で羽を指して、何か唱える。ほら、魔法のいっちょ出来上がりだ」
「で、でも…そんなの詐欺だ!魔法はもっと不思議な力で…」
なんだかうまく言いくるめられているように感じて、ハリーは思わず大声を出した。
「そう。そこが落とし穴だ。ホグワーツに入学して以来、君たちは身近に魔法を見て、教師や上級生が唱えるそれのやり方と結果だけを見てる、そして魔法が神秘の塊だと植え付けらるんだ」
言葉に詰まるハリーを満足そうに見やり、セシリアは続ける。
「君たちは呪文を唱えればどういう結果になるかは知ってる、でもどうしてそうなるかは分からない。目に見えない不思議な力が作用していればそれで満足だ。だがそれは学問レベルとしては低い、浅い、幼稚で、全くもってお話にならない。プライマリースクールでマロウ茶にレモン汁を垂らしたことは?あの色の鮮やかな変化を見て、君たちは魔法に違い無いと思ったのでは無いか?蓋を開けてみればなんてことは無い、ただの中和それから酸化の反応にすぎん」
腕の間いつの間にか体を割り込ませ、すっかりセシリアの膝の上でヘリオスが寛いでいる。そのビロードのような毛を撫でながら、セシリアはいつになく饒舌だった。
「君たちは魔法の万能さを盲信するばかりでその正体を明かそうとはこれっぽっちも思わない。羽に空気抵抗を与えているのか、羽根にかかる重力を操作しているのか、そんなことはどうでもいい訳だ、え?」
片眉を吊り上げて、セシリアは皮肉げな表情を作った。その視線はまっすぐハリーに向けられている。
「ポッター!英雄殿は勉強が足りんようですな?魔法というブラックボックスに入ったものをまともに知らんくせに、神秘だの魔力だと信奉して、自分が少しでも他人より優れた魔力を持っていれば自分が選ばれし者のように振る舞う。飛んだ傲慢さじゃないか。科学を盲信してドツボにはまるマグルと何が違う?」
「あう…」
これにはハリーのみならず、ハーマイオニーまで虚を突かれたように目を瞠った。教科書を暗記した程度で思い上がるなど、まさにセシリアの言った通り傲慢で、何より大好きな学問に対して真摯な態度とは言えないだろう。
「じゃあ、君は科学的な手段で魔法を解明しようとしてるのかい?」
悔しそうなハリーを見て溜飲が下がったのか、セシリアはふっと表情を和らげた。
「別に手段にこだわりはない。ぼくは知りたいだけだ。特に魔法薬学なんて、人体の摂取する薬を調合するのに。統計的にうまくいった手順が残されているだけだ。そんなんじゃとてもじゃないが満足できない。論文を読んでも、原子を発見したマグル族に比べて中世レベルだ」
「君って、すごいんだねぇ…」
少しゲンナリとした様子でハリーが引き下がると、セシリアはようやく自分の言動に気づいたのか、そわそわとヘリオスの肉球に触れて頬を染めた。
「い、いや。ぼくもつい出すぎたことを言った。ぼくだって道半ばだ」
「いいえ、セシリア、あなたは凄いわ!私教科書も取り寄せようと思うの。2人で勉強しましょう?」
なぜだかやる気が倍増したハーマイオニーに両手を握り締められ、セシリアは自らが招いた結果とは言え、引きつった笑みを浮かべた。
あれ以来、ハーマイオニーは益々セシリアと行動を共にするようになった。マグルと知識も積極的に取り入れ、以前よりも更に高い向上心で勉強に向き合っている。一方セシリアも、研究活動に過度に干渉せず、隣で共に学ぶ彼女のことが好ましかった。ポッターもあれ以来、最低限予習をする事にしたらしく、ロン・ウィーズリーは本の虫が増えたと嘆いた。
事件は初の飛行術授業で起きた。グリフィンドールとスリザリンと言う最も仲の悪い寮同士をよりによって体が衝突しやすい授業で同席させるのはどう考えても賢明ではない。小さくため息をついて、セシリアは渋々箒の側に立った。
「何をぼさっとしているのです?早く箒の隣に並びなさい!」
マダム・フーチは鷹のような目をした、非常にきびきびした喋り方をする女性だった。がやがやと話していた生徒たちは、マダムの一喝で慌てて箒の側に立った。
「さあ、右手をかざして、「上がれ!」と命ずるのです!」
一斉に生徒たちが叫ぶが、すんなりと箒が手に収まったのは、ポッター、マルフォイ、それからセシリアだけだった。優等生のハーマイオニーさえも、コロコロと地面を転がる箒を見て、苛立たしげに眉間にしわを寄せた。
なんとか全員の箒が無事手に収まると、マダムは一人一人の握り方を直し、そして正しい跨り方を指導した。この時点ですでにネビルは気絶しそうな勢いで顔を真っ青にしていたのだが、セシリアはこの時ほど安らぎの水薬が手元にあればと願ったことはない。
「それでは3つ数えたら大地を蹴りなさい。良いですね?1ーー2ーー…ロングボトム!戻っていらっしゃい!」
「え…うわっ!」
案の定緊張したネビルはマダムが数え切る前に空中高くまで上昇してしまった。マダムが自力で下降するよう促すが、なぜ浮いてしまったかもわかっていない新一年生には酷なことだ。セシリアは、とっさに左手の薬指に触れた。
「スポンジファイ!」
ひとりでに掌に収まった純白の杖を振るい、セシリアはネビルがちょうど落ちようとしている地面をトランポリンのように弾力の富んだものに変えた。クッション呪文でも良かったが、それだと間に合わない可能性もあったため、より簡便な物を用いた。その結果、情けない叫び声をあげながら落下したネビルはなんとか手首を捻るに止まった。
「私はこの子を保健室に連れて行きます。私が戻らないうちに箒に触ってごらんなさい。『クィディッチ』の『ク』の字を言うまでもなく、ホグワーツから出て行ってもらいますからね!ああ、それからミス・プリンス、素晴らしい機転でした。グリフィンドールに10点。」
半ば脅しのような台詞で釘を刺した後、マダム・フーチは未だ腰の抜けているネビルを引きずるようにして、保健室に向かった。何とか軽症に止めることができて、セシリアはホッと一息をついた。
「ご覧よ!あの大間抜けが落としたものだ。あの程度で腰を抜かすとは、グリフィンドールの名折れだな!」
マダムの背中が遠ざかるのを見た途端、マルフォイは待っていたとばかりに囃し立てた。ハリーをはじめとするグリフィンドール生が脊髄反射レベルでそれに食ってかかる。期待通りの惨状に、セシリアは思わずこめかみを押さえた。
「そいつを返せ!それはネビルのものだ!」
「いーや、僕から返しとくさ。第一お前のものじゃないのに、返すも何もないだろう?ポッター」
横でハーマイオニーがロープの裾を握りしめる。腹に据えかねるも、優等生の彼女は咄嗟に何を言ったら良いかわからないようだ。その手に手を重ね、セシリアがため息をついた。
「そしてお前の持ち物でもない。かのマルフォイ家の御坊ちゃまがコソ泥の真似とは嘆かわしい。お父上が何というか…」
「…貴様!」
思わず憤慨して言葉に詰まるマルフォイに、すかさずパンジー・パーキンソンが加勢する。
「あーらあら、あのおデブちゃんを助けたしゃしゃり屋が減らず口を叩いてるようね。あなた、ひょっとしてあの子に惚れてるの?」
「ハッ!口を開けば恋愛につなげるとは、貴様の脳みそはお花畑か何かかね?次からは花の肥やしよりもう少し有益なものを詰め込む事だな」
しかし嫌味にかけてはセシリアが何枚も上手だった。伊達に十数年も教師として子供たちを相手にしてきたわけではない。さり気なくマルフォイへの恋心まで暴露されたパーキンソンは悔しそうに唇を噛んだ。だが、暴走するグリフィンドール生が静まったのを確認するのもつかの間、セシリアの挑発は最悪の方向へ作用した。