夜。グリフィンドールの談話室は閑散としたものだった。生徒は寝静まり、ハーマイオニーとセシリアのページを繰る音だけが響いている。イライラと何度も時計を見るハーマイオニーに目をやる。読書という名目だが、今夜決闘に向かうであろうポッターたちを止めようと躍起になっているのだ。読書という名目で付き合わされているセシリアは、その様子に眉間を押さえ、小さく溜息をついた。
「待ちなさいよ!」
そして案の定、生き残った少年とその親友殿は姿を現した。がらんとした談話室にハーマイオニーの声が木霊する。それには答えず、どこか決意したような視線をハリーはセシリアに向けた。
「ロンから魔法使いの決闘について聞いた。今度は2人でよく話し合った結果なんだ。僕は僕なりにマルフォイに筋を通す」
その言葉を引き継いで、ロンが少し震える声で続ける。
「もし。もしも何らかの理由でハリーの生命が危うい場合は、僕が代わりに死んでも庇うよ。巻き込んだからには、僕には責任を取る義務がある。ハリーだけでも必ず無事に返す」
「ロンそれは…」
「これだけは譲れない。僕にも通したい筋ってものがあるんだ!」
「そうか」
そう言ったきり、セシリアは2人を一瞥することもなく、読書を再開した。これに焦ったのはハーマイオニーだった。
「ちょっと!それだけ!?もっと色々言うことあるでしょう!だいたい、マルフォイの見え透いた嘘に乗るなんて正気の沙汰じゃないわ!」
「生憎と覚悟を決めた者を止める術はないのでね。あとは自己責任だ」
さらりと受け流すセシリアに、ハーマイオニーは憮然とした顔をする。どこか誇らしげな表情で、ハリーたちが門を潜る。しかし、ハーマイオニーはそれを黙って見過ごしたりはしなかった。寮の入り口から這い出た2人を追って、ハーマイオニーもまた外に出る。規則を破るなと言った側が夜半に外に出ては形無しだろうと心の中で呟き、セシリアはハーマイオニーを迎い入れるべく、扉へ向かった。
「何事だ?」
半身乗り出すと、ちょうど困り顔のネビル越しにハーマイオニーとポッターたちが言い争ってたところだった。どうやら医務室帰りで合言葉を忘れたネビルと合流した上で、太った夫人が別の肖像画へ行ってしまったか何かで不在ときた。これでは外から入れない。
「良かった〜セシリアが来てくれて。あの2人を止めておくれよ」
ネビルに引っ張られ、乗り出した上半身がぐらりと揺れる。何とか着地したものの、肖像画裏の扉は完全に閉ざされてしまった。
「「「「「あ」」」」」
深い溜息をつくセシリアに、ヘリオスが慰めるように体を擦りつけた。
結局一同はトロフィー室にいた。ヘリオスの先導で何とか見回りの教師などに遭遇せずにたどり着いた一同だったが、当然というか何というか、マルフォイは見当たらなかった。
「ハメられたんだ!もがっ」
再確認、ロンが小さな悲鳴をあげる。それに苛立ったハーマイオニーがロンの口を手で塞ぎ、小声で囁く。
「しーっ!だから言ったのよ!」
ぷりぷりと怒るハーマイオニーにロンが耳まで真っ赤になって反論しようとするが、生憎口がふさがれており、できなかった。早速啀み合った2人に、ハリーとセシリアは揃ってため息をつき、ネビルはオロオロするばかりであった。
「おやおや〜こんな真夜中に新入生がなにをしているのかなぁ〜?」
いやらしくもけたたましい笑い声が、一行に追い打ちをかける。悪戯好きで先生達も手を焼く、ポルターガイストのピーブスだ。
「先生方〜1年生くんが夜更かししてるよぉ〜!!」
「逃げろ!」
誰かの叫びを号令に、大声で囃し立てるピーブスにパニックになった子供らは一斉に駆け出した。立場上、ハリーを見守らなくてはならないセシリアも、呆れながらそれに続く。
「どうしよう!行き止まりだ!」
息を切らした一同が辿り着いたのは、なんの変哲もない扉の前だった。真っ先にロンが苛立ったように叫ぶ。
「どいて!アロホモーラ!」
止める間もなくすかさずハーマイオニーが古めかしい錠前に杖を向けた。部屋に雪崩れ込むように押し入る子供達に揉みくちゃにされ、セシリアもまたその空間へ引きずり込まれる。そしてそこには想像通りの光景が広がっていた。
「あ、あぁ…」
最初にソレに気づいたのは、ネビルだった。震える指で指し、言葉にならない悲鳴を上げている。恐る恐る指の先に視線を投げかけると、そこには高さ5mもあろうかというピットブルが鎮座していた。そして普通の魔犬と違うことに、口の端から涎を垂らす大きな頭は、3つもあったのだ。ケルベロスーー言わずもがな魔法省で飼育制限するされる凶暴な魔法生物である。
「チッ…プロテゴ・マキシマ!」
咄嗟に左手の杖を振るい、全員を覆えるほどの透明な盾を構築する。力押しで突進して来た犬は見事弾き返されるが、クルリと床の上で一回転すると、頭を振って何事もなかったように立ち上がった。なぜよりにもよってここに来てしまったのか。運命を呪いつつ、セシリアは声を張り上げた。
「早く逃げろ!」
「でもっ……」
「いいから早くしろ!死にたいのか!!?」
いつにも無い切羽詰まった形相に、我に返った子供達は一斉に扉の外へと向かった。後手に鍵を閉め、赤い閃光で犬の注意を引く。ハーマイオニーの、一年生ごときの魔法で破られるということは、この空間は防御線としては未完成ということだ。さっと感知できた保護魔法は3つも無い。しかもそのいずれも対魔法を想定したもの、つまり、三頭犬が限界まで暴れて、扉へ突進を繰り返せば、最悪校内に放たれるということだ。セシリアはあえて部屋の真ん中へ移動し、犬の注意が扉から離れるようにした。
「厄介なものを用意して…何を考えている、ダンブルドア!」
再び跳躍した勢いで突進する三頭犬に突き飛ばされ、したたかに背中を打ったセシリアは口角の血を拭いながら立ち上がり、その死角に飛び込むようにして麻痺呪文を放った。激昂した犬が頭を振り回し、再度体当たりをしようとしたその時、地の底から響き渡るような唸り声と共に、ヘリオスが爆炎を纏った。その姿はいつもの子猫ではなく、本来の、白虎の姿をしている。
完全に鼻面に皺を寄せ、威嚇の構えを見せるヘリオスに、三頭犬がようやくその正体に気づいたのか、はたまた本能的な恐怖を感じたのか、即座に尻尾を挟んで床に伏せた。完全に降伏の体勢をとっている。あれだけ凶暴な獣が一瞬で鎮静化されたのには、さすがのセシリアも驚きを隠せない。なおも唸りながら近づくヘリオスに、犬は情けない鳴き声をあげながらあとずさる。毛を逆だたせたヘリオスを撫で、セシリアが囁く。
「ありがとう。ぼくは大丈夫だ。こいつはここの門番だから、まだいて貰わないと困る」
こちらの意図を察したのか、すごすごと隠し扉の上に戻り、お行儀よくお座りをした犬を見やる。反応は悪くなかった。ある意味守り手としては適格かも知れない。けたたましいノックの音が響く扉を、セシリアは開けた。
セシリアに後押しされ、扉の外に出た一同の反応は様々だった。ネビルはへたり込んで嗚咽を漏らし、気丈なハーマイオニーも手を震わせている。ハリーは扉にもたれたまま荒い息を吐き、ロンは顔面蒼白で固まっていた。
「なんたってあんなものを閉じ込めたんだ学校は!」
「あなた三頭犬の足元を見なかったの?小さな扉があったわ、きっと何かを守ってるのよ!」
再び足音が聞こえ、ハリーはロンを、ハーマイオニーはネビルを掴んで弾かれたように駆け出した。一目散に廊下を駆け抜け、太った婦人の近くまで走ると、ようやくほっと一息を付いてハリーが言った。
「いくら…ハァ……なんでも、これ、は、…ひど…すぎる」
「校長…先生、が、言ってた…でしょ?死にたく…なければ……セシ、リアがいなければ…今…頃……」
息を切らしたまま答えたハーマイオニーの声が途中で途切れる。
「待って、セシリアは?誰か、セシリアを見ていない?」
「まさか!」
「行かなきゃ、私、セシリアを探しに行く!」
「僕たちも行くよ、元とはいえ、発端は僕たちだし」
「僕は…」
「ネビルはここで待ってて、お願い。また太った婦人がどっかへ行ったら、開けてもらわないと」
「わ、分かったよ。セシリアは命の恩人だもの、僕、ちゃんとここで待ってる」
再びなんとか四階の廊下へたどり着いた3人は、扉を開こうとするが、今度はハーマイオニーの呪文でもうんともすんとも言わなかった。
「セシリア!セシリア!どうしよう、セシリアが!」
「落ち着け、ハーマイオニー!ロン、手分けして何か扉を壊せそうなものを持ってこよう」
「わかった!」
泣きじゃくるハーマイオニーを宥めていたハリーが駆け出そうとした瞬間、ちょうど扉の前のハーマイオニーを突き飛ばすようにして、セシリアの小さな体が転げ出た。
「ああ、セシリア!本当に良かった!あなたを置いていくなんて、私…私!」
「大丈夫だ、ハーミー。急いで寮に戻ろう。話はそれからだ」
ハーマイオニーに首に抱きつかれながら、げっそりと疲れた表情のセシリアが言う。ハリーとロンは神妙に頷き、寮への先導を始めた。
事前に決めた独特なノックをすると、合言葉を言う前にネビルが扉を開けてくれた。大怪我の無いセシリアの帰還を目の当たりにして、ネビルは大いに安心したようだ。おずおずと寝室へ戻るネビルを見送り、4人はどかりとソファーへ沈み込んだ。いつの間にか猫サイズに戻ったヘリオスがセシリアの懐で丸くなり、小さくあくびをする。
「なんたってこんな目に遭わなきゃ行けないんだ!マルフォイ、あいつ次あったら…」
「そもそも貴方が安い挑発に乗って皆を巻き込まなきゃこんな思いをしなくて済んだのよ!少しは反省しなさいよ!」
「うぐっ…お前は勝手についてきただけだろっ!」
「……ロン!」
「う…ハリー……」
早速口喧嘩を始める2人を止めたのはハリーだった。思いの外険しい表情をする彼に、ロンが何かを察して口籠る。
「ロン1人の責任にするつもりは無いけどさ、確かに結果的に3人とも僕らのせいで酷い目に遭ったんだ。特にセシリアが命を張って助けてくれなかったら、今頃皆んな死んでた。ロンを代表して謝るよ。2人ともごめん。正直、僕らの見込みが甘かった!」
セシリアとハーマイオニーを真っ直ぐ見据え、ハリーが勢いよく頭をさげる。それにハッと我に返ったロンも倣う。深々と詫びをする2人に、セシリアはフッと口角を緩め、そして顔を引き締めた。
「やってくれ、ヘリオス」
「「あいたっ!!」」
バネの利いた小柄な体躯を利用し、ヘリオスが2人の頭にに三回転サマーソルトキックをそれぞれお見舞いする。涙目で顔を上げると、セシリアはすでにハーマイオニーを伴って女子寝室へ向かっていた。
「今回はこれでチャラにしてやる。二度はない」
振り返らずそう言って、セシリア達の長い1日は終わった。