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「大丈夫か。しっかりしろ。キスは遠いぞ。いや、キズは浅いぞ」
「姉さん、とぼけてる場合ですか。電ちゃん、大丈夫?」
「響、どうして、行ったらダメなのです?」
電の意識はまだ過去に囚われていた。電の手が羽黒の頭に伸びる。
「あっ、こら」
「うふっ、いいですよ、姉さん」
羽黒の手が優しく電の手に重なって、幼い手がより幼い手を包み込み。
柔らかい手触りに電の目が焦点を取り戻す。
「ふわっ」
ごちっと鈍い音がして、起き上がったばかりの電の脳裏に火花が散った。
「あいたたた…」
羽黒は痛がりながらも長姉を思わせる可憐さがあった。
「はううう」
対照的に稚さ全開で幼児的外観の艦娘が呻く。漫画的に両手で頭を押さえてる。
「あ、おい、大丈夫か」
足柄の声に反応して、
「は、はわわ、すいませんなのです!」
再び頭を妹とこっつんこする前に飢えた狼の手が防ぐ。さすがは重巡の要であった。これでカツカレーしか推せない婚活の飢えた負け犬でなければ。羽黒は内心思った。
(でもこの鎮守府で婚活って。そう言えば姉さんが着飾るところは見たことあるけど、いつもどこに行ってるのかしら)
そんな考えが羽黒の頭に浮かんだが、目の前の現実に戻ることにした。
「ごめんなさい、電ちゃん。ちょっと提督に緊急入電を届けないといけないから失礼するわね」
「悪かったな、電。あまり他の艦娘にぶつかるなよ」
立ち上がった重巡姉妹は電の目から見ても凛々しかった。
「は、はい、気をつけます、なのです!」
早足で立ち去る二人を半ば憧れの目で見る電だった。
ーーふわぁ、足柄さん、かっこいいのです。それに羽黒さんも優しいし。私もあんな風になれたらいいのです。
ふと「私は立派なレディーなのよ」と自慢げにコーヒー(中身は響が事前にコーヒー牛乳にすり替えてある)を飲み干す自称姉の顔が頭に浮かんだ。
「ふふっ、なのです」
立ち上がろうとして拳を握ったとき、電の手にチクッと痛みが広がった。
手の中には羽黒の髪飾りがあった。カタパルトを模した妙高四姉妹の証とも言える品だった。
「は、はわわわっ、はわわわわわっ」
慌てふためき両手をバタバタさせて電が踊る。
冷静さを取り戻したのは数分後だった。
ーーい、今すぐ返しに行かないとっ!
だが、電の耳に響の声がささやいた。
『提督の執務室には何があっても近づいちゃダメだよ』
その言葉の意味するところが何なのかは理解できなかったが、電は手の中の髪飾りを見た。
ーーこ、こんな時、羽黒さんや足柄さんだったら・・・・・・。ぐ、軍隊は命令が絶対だけど、ひ、響は妹だから命令じゃないもん。それに、すぐに走って渡せば約束は破ってないもん。
数瞬の逡巡の末に髪飾りを握りしめて電は走り出した。
濡れ場は何処行った?