悪意は何の前触れもなく、降り注ぐ。
きっとそれは、神の暇潰しだろう。
清き存在なんて、幻想だ――
翌日――
「ま、まだ移動するんですかぁ……」
私の背後で、少女の情けない声が響く。
たかが半日間、60㎞程度の獣道で根を上げるとは。
温人ならば解らなくはないが……雪人で、となれば、運動不足に他ならない。
(元々の身体を見れば、当然かな)
雪人の特徴を差し引いて考えても、少女の身体は綺麗過ぎた。
ろくに外の世界を知らずに生きてきた、或いは、両親に大切にされ過ぎた証拠。
ひいては、それなり以上に
(……反吐が出る)
そんな奴が、私についてくる理由――と、考えられるもの――に。
幻想と現実の区別をつけられないが故の妄言。
夢想家の妄言は、現実主義者にとって、両生類の糞にも劣る価値しかない。
無意味なモノに存在する権利は無く、淘汰される。
沸々と、怒りが募る中、歩みを進める。
目的地はまだまだ先だ。
少女の泣言を無視し、ただ進む。
今日は運が良いから。
普通なら野性動物なり、盗賊なりに出会す筈なのに、それらの気配が一切無い。
こんな幸運を見逃せる筈が無い。見逃すのは、現場を知らない無知だけ。
思考のループ。
単純な行動の弊害か。
嫌な弊害。
こういう思考は、得てして、ロクな事にならない。
現にバテ気味になっている少女を一瞥した私は、
(次の街で売り捌いてやろうか?)
なんて、思う。
均整の取れたこの少女は、充分に男性受けする。
今後の目的上、金は幾らあっても良いのだ。
私は資金得て、少女は(生物として最低限の)安定した生活が保証される。
少女の方は、性的玩具となるだろうが、知った事では――いや、待て。
(都合良く行く筈がない)
売人は私も、売り捌こうとする筈だ。
必然的に、血が流れ、得るモノは端金に成り下がるだろう。
無利益だという事実は、想像し難くない。
……思考中断。
気分が沈むだけだ。
何か、気を紛らわせる方法は……。
周辺確認。代わり映えのしない、白き樹海。
空を仰ぎ見る。やや沈みかけの太陽。
(もうすぐ夜か……)
昨日、《снеговик》を出てから、歩き続けている。
栄養補給は歩きながらの携行糧食。
私としては、夕食も同様で良いけれど――
もう一度、背後を一瞥。
俯き加減、足取りは重く、一歩も小さい。
少女の方は、限界が近そうだ。
売るにしろ、連れていくにしろ、この体たらくでは厳しい。
(仕方無い。今日はこの辺りで野宿しよう)
手頃な場所を探し、数十m程進み、やや開けた場所で立ち止まる。
「今日はここで休むよ」
「はぁ……はぁ……分かり、ました……」
荒い息を吐き、少女は近くの樹に背中を預け、座り込む。
(暫くは大丈夫かな。……まぁ、早く終わらせよう)
腰の鞘からマチェーテを抜き――跳躍。
木々の枝を伐採。
次いで、枝を一ヵ所に纏めて着火。木に背中を預けつつ、背嚢を降ろす。
直後、
「何処に行くつもりなんですか……」
落ち着いたらしい少女が話しかけてきた。
「《
「……普通に街道があるじゃないですか」
「彼処は追い剥ぎの狩場」
アイズロスト大陸の街道は、何処も治安が悪く、要心棒無しの通行は自殺行為。
とはいえ、現在私達が利用しているルートも、盗賊や野性動物に出会す可能性はあるのだが。
「そうですか。…………なら、アレは必然だったと……」
少女が頭を垂れ、呟く。
(街道を移動中に襲撃された、という感じかな。……珍しくもない)
が、当事者にとってはそうでも無いのだろう。……ましてや、箱入りの方々にとっては。
(……現実を理解しろ)
内心で言い、背嚢から二本の携行糧食を取り出し、少女に一本を投げ渡す。
「明日は早い。……それを収めたら、寝た方が良い」
「……はい」
活力の無い声を聴きながら、私は携行糧食を完食し、眠りにつく。
そして、またあの夢を見る事になる。
前回の……忌まわしく悪夢の続きを――
――数ヶ月前――アイズロスト大陸極北 シュネーベル
閃光を知覚すると共に、私は横に跳んでいた。
跳びつつ、両手に握る駆動棍の引鉄を弾く。
圧縮空気が、石の楔を打ち出し――男へと向かう。
「良い反応だ。流石は
軽い調子で避けられ、反撃と言わんばかりに、返される鉛の礫。
(射出ペースが速い。あの駆動棍が……火薬式だから?)
第一、相手も私と同じように、見切れるだろう。
(接近戦を仕掛ける?)
格闘戦向けじゃない駆動棍。
相手側の膂力にもよるが、近接格闘戦に持ち込めば……多少はやり易くなるだろう。
ナイフ等を抜く前に殺れるかは、別問題として。
「どうした?避けてばっかりじゃねぇか。もっと撃ってこいよ!」
挑発。
「……」
乗るつもりは無い。
「敵には沈黙、か。いいぜ――」
男が嗤う。
私の行動を予期していたように。
新たな駆動棍が抜かれ、
「無理矢理、喋らせてやるよ!」
閃光。
反射的にサイドステップ。
「っ……!」
右腕に痛みが奔り、鮮血と袖の破片が舞う。
(複数の射出体を同時に打ち出すもの……)
鳥獣用にうってつけだろう、もの。……同時に、対人戦でも有用。
(やりづらい……)
腕の肉が少し削がれた程度で済んだだけ、御の字。
まだ、力も入る。
が、出血がある以上、長時間の戦闘はこちらが不利。
(早く、ケリをつけないと……)
駆動棍を握り直す。
脚に力を込め――解放。
「来いよ!」
爆発音。
サイドステップ。
着地。
急制動。
再加速。
牽制がわりに、駆動棍を双射。
全て避けられ、再び鉛の雨。
今度は姿勢を低く、スライディング。
同時に、双射。
当たらない。
でも、既に格闘戦の間合いだ。
左手で制動をかけつつ、残る右手の駆動棍を速射。
放たれる石の楔は、やはり当たらず、右手の駆動棍に込めていた射出体は打ち止め。
なら――本当に肉弾戦を仕掛けるだけ。
立ち上がる力を利用し、後ろ蹴り。
「あっぶね」
バックステップで避けられた。
見え透いていたか?
身体を捻りつつ、追撃として左手の駆動棍を速射。
全て、見切られている。
想定内。
体勢が正常化。
地を蹴り、男との距離を詰める。
懐に入り込む。
左の駆動棍を腹部めがけ、横薙ぎ。
スウェー。
続けて、袈裟斬りの如く叩き付けるが――外れ。
まだまだ。
即座に顎を狙って、振り上げ。
スウェー。
想定内。
男の体勢が正常化する前に、捻りを加えた、突きを叩き込む。
「ぐっ……!?」
直撃。
反射的に、引鉄に指がかかるが――既に右は打ち止め。
故に、左の駆動棍の引鉄を引こうとして、腹部に違和感。
「腰が入って無かったぜ?」
衝撃。
「ぐ……はっ!?」
血を吐き、宙を舞う。
数瞬の浮遊感。
振り上げられた、男の右脚。
「っあ!!」
腹部に踵落としが叩き込まれ、地面にめり込み……再吐血。
「詰み、だな?」
額に、駆動棍が押し付けられた。
「やれやれ。……ここも屑ばかりだったが、お前だけは見込み、ありそうだぜ?……ま、今は雛鳥って所だが……なっ!」
爆発音。
「く、ぁあっ!?」
右腕上腕を抉られた。
「良い声で鳴くなぁ。……今度、たっぷり聴きてぇとこだ」
「今、度……?」
痛みに耐え、聞き返す。
「そ、今度。気が変わってな。……お前は殺さねぇし、糞共の慰み物にもしねぇ。…………で、だ」
おどけた調子で言い、男はより強く駆動棍を押し付けると、
「ルーディ・E・マラディア。それが俺の名だ。お前は?」
自ら名乗り、姓名を問う。
「……」
答える理由は無い為、沈黙を保つと、
「答えろよ」
「くあっ!?」
左腕上腕に鉛の球を叩き込まれる。
「次は両足だ。……さ、お前の名前は?」
再び問う男――マラディア――の眼は、笑っていない。
言わなければ、殺すという無言の圧力。
まだ、死にたくはないが、今の私に反撃の手立ては無い。
答えるしか、選択肢はなさそうだ。
「…………イルマーティ」
故に、苗字だけを答えた。
「イルマーティ……か」
額の圧力が弱まり、マラディアは立ち上がる。
そして――
「俺が憎けりゃ、また会いに来な。…………楽しみにしてるぜ、
軽い調子で吐き捨て、去っていく。
「ぐ………ま、待てっ……」
絞り出すように、言葉を紡ぐが、マラディアには届かない。
既に、彼の姿は見えなくなっていたから。
「…………何故……」
何故、私の名前を知っていた!
苗字しか答えていない筈なのに!
湧き出た疑問。
しかし、答えてくれるものはいない。
この場にいるのは、私だけだから。
(…………疑問は、後で考えよう)
今は…………治療が先だから――
――というわけで判明する主人公の名前。
名前と苗字、それぞれ元ネタがありますが、名前の方は18禁ゲーのキャラ、苗字はとある軍人からです。こっちのヒントは…………(・x・)かな。ほぼ答えだけど。因みに、実在した人物ですからね?
今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました――