「しかし、このままじゃまずいな」
思い出を作るとはいったものの、私はあの夕日の綺麗な日から1周間は漫然と過ごしてしまった。いつものように授業を受けて、藍と勉強して、昼休みは蒼と弁当を食べながら馬鹿話をして、放課後は藍とテスト勉強をしながら隙を見てキスをする。喉元すぎれば熱さ忘れるというが、告白された時は湧いていた危機感も、家に帰って考えてみると1ヶ月もあることに気づき、気が抜けてしまったのだ。
とは言え期限が迫っていることには違いはなく、テストも近かったので、何か準備せねばと屋上へと続く人気のない階段に座って思案していると、階下から誰か上ってくる音が聞こえた。
「なにやってんの?」
「・・・なんだ、蒼か」
階段の踊場には蒼が立っていた。蒼は藍にそっくりな中性的な美少女で、スカートを履いていて、そのくせ胸はぺったんこで普段は男子とサッカーしている。藍とは対照的で、中身を入れ間違えたような少女だった。予想もしない蒼の登場に私は焦りながらも答えた。
「で、こんなところで何やってたの?」
「いや、ちょっと考え事」
「へぇ、そうなんだ・・・」
蒼の詮索するような発言に私は少し心臓が跳ねる。階下に図書室しかないこの階段で、私はしばしば藍とキスをしていたからだ。しかし蒼の興味はすぐに別のことに移っていった。
「そんなことは置いといて、えっと・・・藍はどうしたの?」
「図書室で勉強してる」
「なんで一緒にいないの?」
「別にいいだろ。ちょっと考え事したくて」
「藍が虐められたり、告白されたらどうするのさ?」
「は?」
蒼の発言に私は呆れる。この蒼という少女は、普段は明朗快活な性格でクラスの人気者であるが、独占欲が強いところがあり、こと藍に関しては腐れ縁の私以外の接触を妨害している節すらあった。私が藍を連れて他の男友達と校庭で遊ぼうとしていると、割り込んで藍を遊ばせようとしなかったり、放おって置かれた藍が女子に捕まったと思ったら後事を私に押し付けて止めに行ったり・・・兎に角藍のことに関しては異常なまでの溺愛ぶりを見せていた。
「はぁ・・・そんなことか。お前な、確かに藍が可愛いのは認めるし、小学校の頃はよくからかわれてたが、もう中2だぞ。藍にも席を外すと了承は取ってある。何で蒼が一々口を挟む?」
「そんなの、ボクの勝手だろう?」
「じゃあ藍の勝手も認めるべきだろう?双子ならなおさら平等に」
「・・・」
この頃の蒼の態度は溺愛というよりは、焦りが現れていたことを私は見抜いていた。私の助けもあって、藍は勉強でも、そして蒼の得意だったスポーツでも蒼を上回ろうとしていた。要するに、蒼は力関係の逆転を恐れていたのだ。
「うっさい!藍がボク以外の誰かと一緒なんて許せないの!君だって、ボクと藍のクラスが違うから特別に藍に近づくのを許してるだけなの!」
蒼は苦し紛れに反駁した。結局のところ蒼は一見外面は良いいが、本性は傲慢で独占欲が強く虚勢を張る癖がある、『知れば知るほど厭になる奴』だった。だが、蒼のそう言った所を私は気に入っていたのも事実だ。蒼は煽ればすぐ怒るが、忘れるのも早いのであとくされなく付き合える。御し方がわかればかわいいものだ。藍のことで利害が一致していた私たちはこうして3人グループの狭い交友を続けてきたのだ。
普段ならむくれている蒼を楽しんでから適当に宥めるか藍に会わせて機嫌を直させただろう。しかし、あと少しで引っ越すことを知っている手前、自分の手を離れても蒼が藍に執着し続けるのは良くないと思い、忠告しようとした。しかし、私が思案している間に蒼は俯きがちに目をそらしてこう言った。
「でも・・・今日はいいや」
驚天動地、この時の私の心情はまさにこの一言に尽きる。藍の事が第一だった蒼がそんなことを言い出して、私の思考は数秒間停止した。
「え、えっと・・・蒼、なんか悪いものでも食べた?」
「ううん・・・でも・・・ねぇ、この階段で本当に何やってたの?」
私は再び大きく動揺した。まさか本当に蒼に藍と私の関係がバレたんじゃないか?藍は蒼には絶対服従ではあるが、私に関する秘密は守ってくれていた。誰かに見られて噂が流れたか?いや、機密保持には万全を尽くしていた・・・などと思考が周り、表情に出ないように必死にこらえる。俯いた蒼は薄暗い影で表情を隠したまま、もぞもぞと小柄な体を揺らしてなにか言おうとしていた。私は、その唇の動きに神経をとがらせた。
「その・・・さ、もしかして・・・一人でエッチなこととかしてたりとか?」
「は?」
あまりに馬鹿らしい推察に私は拍子抜けした。
「だって、思春期の田舎少年が一人でコソコソやることなんて、他にないじゃん!そ、その・・・藍や私の体で・・・って、なんてこと言わせるんだよ!バカ!」
「バカはお前だ!・・・第一、藍は男だし、お前は女っぽくないし」
「じゃ、じゃあ・・・誰と?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ!第一中2の男子が考えることといったら・・・」
痛い妄想だろうと言いかけた私の目に、蒼の上目遣いの瞳が見えた。藍と同じ青いビー玉のような綺麗な瞳が私を見つめている。彼女の姿が藍のそれと重なり、私に名案を思い起こさせた。
「・・・そうだよ。実はな、好きな人がいるんだ」
「っ!?・・・冗談だよね・・・いつもボクと一緒にいるのにいつ付き合ってるんだよ」
「最近はお前のいない時間の方が多いだろう。それでさ、期末テストが終わったら告白しようと思ってるんだけど・・・ここ逃したら忙しいだろう、受験とかで。そいつ、俺よりいい学校行くみたいで・・・」
私は相手が藍であることを誤魔化しつつ、蒼に状況を説明した。断片的に藍と共通する人物像を刷り込んでいく。蒼の事だから、提案をするなら藍を想定するに違いない。それを参考になどと、今思えば迂遠で碌でもない事を私は目論んでいた。
「でもさ、俺、藍と付き合ってばっかりで、あんまり女の子のことわからないんだよ。どうやったら喜ぶかとか・・・だからさ、ちょっと相談したいんだけど」
「・・・そんな・・・そうなんだ・・・はは」
蒼はうつむいたままそれだけ言った。いつもの元気のない乾いた声だった。
「蒼?」
どうしたんだ?と、私が言おうとした時、階下から声がした。藍が私を呼んでいた。次の授業が理科の実験だったことを思い出し、私は階段を下りた。去り際に、蒼にひと押しをかけておく。
「別に無理に考えなくていいからな、ちょっと相談しただけだし。女子だから相談したけど、藍の方が得意そうだし」
競争心の強い蒼は、これぐらい煽れば受けてくれるだろう。私は軽い考えで彼女にそう言い残すと、藍と一緒に階段を下りて授業に向かった。一人残った蒼の顔色などわかるはずもなく、またこのことが後の大きな災難につながろうなど、知る由もなかった。
「お姉ちゃんと、何の話してたの?」
「いつも通り藍がかわいいってこと。一人にして悪かったな」
「大丈夫、宿題も消化できたから。黒子さんが手伝ってくれたの、後で見せてあげる」
「助かる。期末も近いし、毎度蒼に教えるのは手間だからな」
「勉強会・・・しようね」
「あぁ。次の日曜日な」