期末テストが終わり最後の日曜日がやってきた。
「おーい!おそいぞー!」
「お前の荷物を持っていなければな」
「お姉ちゃん。ちょっと待って!」
私達は蒼のチケットで遊園地に行くことになった。スケジュール組みは私がやった。メンバーは、私と藍、蒼、そして・・・
「みんなー!おまたせ!」
「どうも・・・」
「橙花さん、黒子さん。こんにちは」
「ちわーっす!橙花!来てくれてありがとう!」
橙花と黒子だ。直前になって蒼がねじ込んできた。おかげで予定を変更しなければならなくなったが、デートプランに支障はない。
「じゃあ、全員揃ったし、電車にのるぞ」
「イェーイ!」
目的地は私の住む街から電車に乗って30分ほどの場所にある。そこは小学校の遠足で行ったことのある場所だった。
「ねぇ、遊園地に行ったことあるって聞いてるけど、3人は結構むかしからの付き合いなの
?」
移動中、橙花は私達にいくつか質問してきたがこんなことも聞いてきた。
「そういえば、橙花は小学校違ったから知らないよね。結構有名な話だけど」
自覚はなかったが母校では黒子でも知っている有名な話らしかった。橙花は当然食いついてぐいぐい私に迫る。
「へぇ、聞きたいな?ねぇ君、聞かせてよ」
『蒼に聞けよ』と言いかけたのを飲み込み、私は説明し始めた。
「えっと、あれは確か・・・」
それは小学校4年の春に遡る。学校に藍蒼姉弟が引っ越してきて、私のクラスに藍がやってきた。当時ですら中性的な彼にクラスは好奇の視線を向け、振る舞いが女子であった彼は男子よりも女子にチヤホヤされていた。しかし、その頃から蒼が過保護ぶりを見せて、早々に学校に慣れた彼女が休み時間になると藍を連れ去ってしまい、同じクラスでもほとんど一緒にいることがなかった。
さらに、藍がちやほやされるのを気に食わない男子達のいたずらが始まり、体育で脱いだ制服のズボンがスカートにすり替えられたり、女子の水着を盗んで藍に着せようとする事件まで起きた(この一連のいじめは蒼のマッチポンプではないかと今でも私は疑っている)。
かくして、夏休みが迫る頃には引越し時の好奇心も冷め、結果的に藍はクラスから孤立して、腫れ物に触るような扱いを受けることになった。
「あの頃は友だちができなくって、お姉ちゃんに迷惑ばっかかけてたな」
「前の学校でもボクがいないと藍はどこに行ってもいじめられてた。ボク達は2人で一つなのに、同じクラスじゃないなんて、ほんとどうかしてるよ!」
「でも、そんな時、君と出会えたんだよね」
藍が引っ越してきた当初、私は藍に特に関心が沸かなかった。転校生?男の娘?だから何だ?ただの気弱なやつを寄って集ってちやほやしたり、いじめたりするなんてバカバカしいし、だからと言ってされるがままに振る舞っている奴を助けたいとも思わなかった。とりあえず皆の関心が冷めるまでは、変に関わって誰かしらの恨みを買うようなことはやめて、ちゃっかり傍観を決め込んでいたのだ。別にぼっちだったわけではない。
「それで、その夏休みに飼育小屋のウサギが全滅した」
「唐突に変な話が出た!?」
「まぁ落ち着け。ウサギ小屋全焼事件の真相はさておき、飼育委員だった俺は職を追われた」
「そっちの真相のほうが気になってきたけど、続けて」
後期になって、クラス委員の役割の再配分が行われた。当時クラス委員・係にはクラス全員が割り振られるようになっており、ほとんどが前期の役割を継続した。しかし、飼育委員がなくなったため余った私と、転入生のためそもそも役割を割り振られていなかった藍の所属が問題となった。私は飼育以外の面倒が嫌いなので放っておいてもらいたかったのだが、別のクラスの誰かが、「秋の遠足について先生に任せるだけじゃなく自分たちでも決めたい」などと提案したせいで遠足係が新設されて、『元飼育委員とその他の余った生徒は遠足係』として強制的に組み入れられたのであった。
「俺は『例の転入生』と同じ係で仕事をすることになった。ほとぼりも冷めてちょうどいい機会とは思ってたけど、藍はクラスでは完全に心を閉ざしてたから話しかけるのも苦労した」
「うん」「はい」「君がそう思うなら」これが最初期の藍の発言のすべてだ。自分の意思を全く言わず、ただただ流されるままに逆らうこともしない。唯一の否定が「お姉ちゃんがだめって言ってたから」だったから、ほとほと呆れた。同時に、意地でも藍の本音を聞きたいとも思った。
さて、遠足係を新設させた誰かさんとも出会うことになった。程なくして他のクラスの遠足係との初めての会議が行われ、藍とともに参加した。遠足係とはいっても、元飼育委員を寄せ集めたものであったため、ほとんどが見知った面子であり、緊張もなくクラス順に並べられた席についていると、そいつが現れた。
「コイツ、藍が怖がってるから席を代わってって言ったのに、頑なに座り続けたんだよ!藍の隣はボクの特等席なのに!」
「いや、その理屈はおかしい」
こうして、私は後の私の親友になる蒼との出会いを果たした。彼女が藍のことでかなり傍若無人に振る舞っていることは知っていたが割り振られた椅子を他人に譲る筋合いはないし、藍をクラスとは違う環境に置いたらどんな反応をするか気になったので意地でも動かなかった。結局教師が止めに入ってその時は終わったが、以後私と蒼は藍を取り合うライバルになった。休み時間に蒼が藍を連れ出そうとすれば蒼が来る前に連れションに誘い、昼休みに蒼が藍と2人きりで食事しているところに突撃し、放課後は係の仕事で藍に集中的に話を振って藍の本音を聞こうとした。
「あの時はどこにいても君がいて、お姉ちゃんと喧嘩してたよね」
「ほんとに、ストーカーみたいで警察呼ぼうかと思った」
「俺は楽しかったぞ。仕事は蒼が引き受けてくれたし」
蒼は藍と遠足も一緒にいられるようにこの係を提案したらしい。もともとリーダー気質でなおかつ煽り耐性がないことに気付いた私が焚き付けることで、面倒な仕事はほとんど彼女が引き受けてくれた。一方で主導権は握られたくなかったので、ある程度は私も引き受けてナンバーツーとして働いた。
「そして遠足当日、どっちが藍を連れていくかで揉めた俺たちは、遊園地で迷って2人してなく羽目になった」
「あれは君が道を間違えたせいだろう!」
「いや、お前が勝手に観覧車に乗ろうなんて言うからだ!」
「男子なのにめそめそ泣いてたくせに!」
「うるせぇ!自分のクラスから勝手に抜けたのはお前だろ!」
「2人とも喧嘩はやめて!」
「・・・・・・」
そう、あの時。迷子になって喧嘩した挙句、泣きべそをかきながら喧嘩していた私達に、藍がそう言った。それが初めて藍が自分の意思で発した言葉であり、今の私たちがあるのはその言葉のおかげなのだ。
「つまり、全部藍ちゃんのおかげなんだね!」
橙花がそうまとめる。確かにそうだ。藍がいたから、蒼に出会うこともできたし、蒼と出会ったことで藍の心の声を聴くことができた。蒼もその事件以来私に藍と一緒にいることを許すようになり、3人でつるんでいろいろな経験をした。だからこそ、思い出をくれた藍に私は『特別な関係』になりたいと思ったのだ。
そうこうしているうちに電車は遊園地前に到着した。ブレーキのきしむ音が鳴り、慣性でつり革が揺れて停車する。
「着いたね。みんな、降りよう」
「やったー!遊ぶぞ!」
「まったく、転んでも知らないぞ」
はしゃぐ蒼にため息をつきながら、電車を降りた。