山城嫁提督がだらだら書く、艦これの妄想置場 作:もののけティラミス
「ねぇねぇ、提督もできるんだって?」
ノックもなく開けられたドアの先。
栗色の髪で作られたポニーテールを揺らしながら彼女は、さしていつもと変わらない。
わざわざさして、と表現したのはその手に木刀が握られているからだ。
「…伊勢。今、提督は執務中なんだが?」
俺の代わりに今日の秘書艦である日向が答える。その声色に若干の怒気が混ざっているのはおそらく気のせいではないだろう。
そんな妹は屁でもないように彼女の姉、伊勢型戦艦一番艦、伊勢は続ける。
「風の噂で聞いたんだけど提督って毎朝これを振って鍛錬してるんでしょ?私もなぜかよく知らないけどもこれを振るうこと、特に試合を行うことに異常な執着があってさぁ〜」
これから一試合どう?とからから笑う彼女。
「だから、今彼は執務中なんだが?」
日向の怒気が強まる。
俺の机上には少将の作戦案に則った派遣部隊を誰にするかや、一ヶ月分の資材報告など諸々の雑務が机の上を席巻している。
これは毎日コツコツとやっていればここまでにならなかったであろうものだ。そのため、本日秘書官となった、姉と同じ栗色の髪を短く揃えた彼女、日向は怠惰な俺に仕事をやらせようするのは当然のことだろう。
もちろん、それがわからない伊勢ではない。
まったく、良いタイミングでこちらを誘い出して来るものだと私は感心する。
俺は手に持っていた万年筆を机上に置き、そのまま席を立つ。
俺のこの行動が隣の秘書艦には予想だにしていなかったもののようだ。表情によく出ている。
「ひと勝負、やるか」
伊勢と目があう。
「そうこなくっちゃ」
伊勢の目には興奮と多少の殺気がうかがえる。
俺自身も、この身の内側から溢れ出る高揚感が漏れ出すことを我慢することはできなかった。
後ろから、秘書艦の抗議の声が聞こえる。
すまん日向。俺は仕事よりもこっちの方がしたいんだ。
俺は心の中で日向に謝りながら伊勢の背を追った。
私と提督と伊勢が向かった先は鎮守府内にある道場だ。
前任者の時代からあるようでそれなりの年季がある。ここへ来た時は、天井に床に壁に穴穴穴と、荒れ放題であったが、彼や一部の艦娘、妖精さんの協力により補修された。
現在では非番の艦娘が組手から書道まで幅広くの用途で使用している。私もよくここで素振りをしている。
今日も、私たち三人が道場に着いた時には矢矧と天龍が竹刀を振っていた。その様子を朧、曙、陽炎、不知火、浦風、磯風らの駆逐艦や二人の姉妹の能代、龍田、そしてなぜか彼女たちを肴にしながら那智と足柄が酒を飲んでいた二人で眺めていた。
「じゃ、ちょっと頼んでくるね」
伊勢はそう行ってテッテッテと小走りで、中央で竹刀を振るっている矢矧と天龍に話しかけに行く。
道場に入る際に一礼を忘れないところがなんとも憎たらしい。
「本当にやるのか、キミ」
彼の背に私は問いかける。
「当たり前じゃないか。そのために俺はここへ来たのだから」
彼も一礼をして道場の中へ入って行く。
その手には、伊勢と同じ長さの木刀が握られている。
竹刀ではなく木刀を使う理由は、ただ単に重いから、という乱雑な理由だった。
全く、伊勢のやつ何を考えているんだ。
私も道場に向かって一礼をして板張りの床に足を踏み入れる。
木が軽く歪む感覚を足裏で感じていると那智と足柄が手招きしているのが見えた。
「どう、一杯?」
近づいての開口一番に足柄は、自らが持っている酒器を勧めてくる。
私がそれを手を振って返答する。
「いきなり来てどうしたんだ?日向と伊勢の二人ならわかるが提督と伊勢が木刀を持っているじゃないか。まさかとは思うが一戦交えるんじゃないだろうな?」
「そのまさかだよ」
私は軽くため息をつく。
「アッハッハ。やっぱり彼って変ね!」
お酒が入っているのも手伝っているのか、足柄が上機嫌そうに言う。
「全く持ってその通りだ。まさか艦娘、それも戦艦とやりあおうとするだから変と言われてもおかしくはないだろう」
那智も上機嫌にそう返す。
私はそれらの意見へのうまい答えを見出すことができなかった。
話がまとまったのか矢矧と天龍は、困惑した表情のまま道場の中央を離れていく。彼女たちはその後、妹たちからタオルをもらって汗を拭く。
私の姉はというと彼とともに軽い柔軟を行なっている。艦娘は柔軟などする必要はない。ないが、提督に合わせて柔軟をしているようだ。
二人の入念な柔軟をぼんやりと見ていると天龍が近づいて来た。
「日向さん、提督、伊勢さんと、本当に手合わせなんかして大丈夫なんですか」
隻眼の軽巡の疑問はもっともだ。
「私もそう思う。そう思うがー」
「提督がノリノリ過ぎて止めるタイミングを見失った。そんなところでしょ」
足柄が酒をあおりながら私の言葉に重ねる。
「恥ずかしい話だがその通りだ」
「日向は他人に甘すぎるからな。まぁ、受けたからには提督本人もそれなりに自信があるんだろう」
那智が空のコップに酒を注ぐ。
「確かに提督は刀を振っている姿は何度か見かけたけど、艦娘と人間では無謀しょ」
天竜の言葉に私も全く同意見だ。
彼が自らの剣の腕に覚えがあるのはわかる。わかるが、だからと言って元々の資質の違いを埋められるほどのものなのだろうか?いや、そうではあるまい。
それほどまでに、人間と艦娘はかけ離れた存在だ。
「ひゅうが〜、 合図よろしく〜」
柔軟を終えた伊勢が手を大きく振りながら私に頼む。その声はいつもと変わらず、どことなく軽い。
彼女はそのまま刀を中段で構える。
対する提督も、すでに中段で構えている。
二人の纏う空気が一変する。
道場から音が消えた。
さっきまで騒いでいた艦娘達も、二人に当てられたのか、壁際に出来うる限り近づくことで彼らから離れようとしている。
「始めっ!」
私のアイスと共に、動いたのは提督だ。
と言っても、突進などではない。
提督は伊勢に対してゆっくりとすり足で距離を詰め、剣先を伊勢の剣先にぶつける。
─バチ、バチバチ
と木同士が触れる音が聞こえる。
無限とも思える牽制の応酬。
─バチバチ。
互いに攻めあぐねているのか、中々打ち合わない。
─バチバチバチバチ。
伊勢が右に動くと提督は左に動く。
─バチ。
提督が半歩踏み込むと伊勢は半歩下がる。
─バチバチバチ。
何度もなんども、移動しては移動され、木刀の先同士をぶつけ合う二人。
いつまでそうした応酬が繰り返されただろうか。
諦めたようにして、提督が伊勢から距離を取る。
そして、木刀を自らの体に平行に持ち上げ体に近づける。剣先が真上を向くこの構えは八相だ。
結局攻めきれなかったか。
提督としては速攻でカタをつけたかったようだ。表情が先ほどより険しい。
しかし、あの構えを取ると言うことは長期戦にもつれ込むと踏んだのだろう。
その判断は誤りだと、伊勢を知る私は思う。
「へぇ〜」
伊勢が呟く。
そして、彼女も構えを変える。
竹刀全体を上にあげ、柄を顔の横、目線の高さで流す。そのまま体全体の重心も、足を前に出し、膝を曲げ落とす。
伊勢が最も得意とする霞の構えだ。
「ハッ!」
バキィ!という大きな床板が軋む音とともに伊勢は一気に提督へ向かって突進する。
その初速は速い。それこそ人間業ではない。
だが、提督はこれにしっかりと反応した。
伊勢の突進に対して自らも距離を詰める。
そして、自らの刀を向かってくる伊勢の刀に当てがい、伊勢の突進力を殺さず、すれ違うような形でいなす。
伊勢はいなされても前へ進み、ある程度の距離をとったところで立ち止まり、振り返る。
「なんだ、普通にいなされちゃった。残念」
言葉とは裏腹に提督の動きに満足しているのか笑顔を見せている。
そんな伊勢の両目は提督から一瞬たりともずれない。
「あそこまで露骨だとなぁ。流石に艦娘の突進にまともに付き合う気にはならないさ」
八相の構えを保ちつつ、提督の左手は柄ではなく、右手に添えられている。
よく見ると提督の木刀がわずかながらに震えている。それは伊勢の一振りの重さを物語っている。
「まぁ、まだまだ始まったばかりだからね。しばらくは付き合ってもらうよ」
再び霞の構えを取る伊勢。
提督は右手に添えられた手を柄へ戻す。
―ダンッ!
再び大きい音とともに言葉もなく突進する伊勢。
先ほどよりも踏み込みが深く、速い。
伊勢め。まだまだ付き合ってもらうなどと言いながら勝負を決めに行ったな。
あれはとてもじゃないが人間が捉えられる速度ではない。
もちろん、反応もできまい。
よしんば反応できたとしても、その後の動きには対処できないであろう。
私はそう読んでいた。
だが、彼は私の予想を超えた。
伊勢が一気に近づく中、彼は血相を変えて真横へ飛び回る形で、聴衆たちからしたら異常なほどに、距離を取って逃げた。そしてそのまま姿勢を低くしたままで保ち、いつでもどこの方向へも動けるような準備をする。
当然、伊勢の突きに対しての提督の返しの技はできない。
できないが、彼女の突進にとってはそれが最善策である。
なぜならば、猛烈な突進こそが囮の攻撃であったからだ。
伊勢の、人間と比べて、女性としては巨大な体はそれだけの質量があり、慣性の法則に従うと、勢いがついた状態ですぐ止まることは人間であれば不可能だろう。
しかし、艦娘に、それも常日頃から感覚を研ぎ澄ましている彼女に対して、この世の物理法則など、なんらの枷もしていないに等しい。
伊勢はほぼ全力で提督に肉薄しようとした。
もし、さっきのまま提督が刀で受けようとするならば、提督はすでに後ろから切られていただろう。
それゆえ、提督の全力の避け方は正しい。
「なぁ〜んだ、これも避けるんだ」
伊勢が木刀を肩に置いて問いかける。
口調こそいつも通りだが、彼女の妹である私にはすぐわかった。
ヤバイ。
伊勢の奴、完全にキているじゃないか。
「ただ、切り捨てられたんじゃつまらないからな」
提督は四つん這いの状態から姿勢を起こす。刀は片手に楽に持っている。
その目は圧倒的な差を見せつけられてもなお消えない闘争心と、強敵と戦える喜びとが混ざっており、彼が純粋な武人としてここに存在していることが感じさせられる。
そして、それは伊勢という燻った火種の着火剤になる。
「おー、言うねぇ…提督ッ!」
伊勢の姿が消える。
もはや艦娘にも捉えられない速さだ。
彼は、傍目から見て、空に対して木刀を振るう。
道場内に大きな音が幾度か響く。
そして、伊勢が姿をあらわす。
その目には明らかに驚愕の色が浮かんでいた。
それは伊勢だけではない。
この道場内にいる全ての艦娘が、未だこの場で立てている人間の存在に驚いいている。
「…は?えっ?」
天龍が漏らす。
「伊勢さんが消えたと思ったら、提督が虚空を切って、なのになぜか音がして、そうしたら伊勢さんが出てきた。どういうことだよ、おい……」
天龍の言は、ほとんどの艦娘の気持ちを代弁したものであろう。
「伊勢は消えたんじゃない。一気に提督に対して突進したんだ」
天龍が黙って私の言を聞く。
「伊勢はそのまま袈裟斬りでキリをつけるつもりだったんだろう。が、提督は伊勢の袈裟斬りの軌道に対して返し技、伊勢の手首めがけての逆袈裟を行なった」
彼の刀の軌道は正確に伊勢の手首を捉えていた。艦娘とはいえ、手首が急所であることには変わりはない。
「伊勢はそれに気づき、勢いをそのままに床を蹴って提督を飛び超え、背中に周って切ろうとした。だが、彼は伊勢が飛ぶ前に、左足を軸にして後方へむきなおり、伊勢の着地を狩ろうとした」
提督のこの行動は私も度肝を抜かれた。
「流石にこれは読めなかったのか、伊勢はとっさに自らに向かってくる下からの刀を自らの刀で上から防いだが飛ばされた。しかし、飛ばされた位置から伊勢は着地とともにまた、提督に肉薄し唐竹を割ろうとした。が、彼は身を翻して、一回転して避けた」
彼の動きは、まるであらかじめ二人で打ち合わせしたかのような、自然な動きであった。
「提督は回転の勢いのまま、逆に伊勢へ袈裟斬りを行なった。伊勢は既に振り切っていたから、逆袈裟の形で迎撃しようとした。しかし、彼は既に袈裟斬りではなく、腕を引いての突きの形を取っていた」
これでは、刀同士がぶつかることはない。
「結果的に伊勢の逆袈裟は空を切り、間髪入れず彼の突きが伊勢の額目掛けて放たれた。伊勢はそれを避ける為、大きく飛びのいた。ここでやっと姿が見えたという事だな」
私は確かにそれを見ていた。
彼の動きを確かに見ていた。
見ていたが、それが信じられるかというのは別問題だ。
人間が艦娘と互角の勝負をすることを誰が予想したであろうか。
「……アッハッハッハ!」
伊勢の笑いが静かな道場を包む。
彼女の笑い声で、多くのものは背筋が凍ったようだ。重巡の二人においては酒を置き、臨戦態勢を取る始末。
それほどまでに、異質な笑い声を伊勢が上げている。
その中でも、提督は真っ直ぐに、表情も変えず、ただただ伊勢を見ている。
「アッハッハッハッ……はぁ〜。クソッ!」
バシンッ!
伊勢は苛立ちを隠せていない。
「最ッ高!」
伊勢の目が大きく見開かれる。
彼女のその瞳は、獲物を見つけた獣そのものであった。
「おい、伊勢!もうその辺りにしたらどうだ」
私は言いようもない不安にかられて伊勢に声をかける。
「は?」
場の空気がさらに凍りつく。
「何いってるの?」
伊勢が振り向き、私と目線が合う。
隣の隻眼の軽巡は、ヒッっと小さな悲鳴をあげる。
伊勢の失望と怒りに彩られている目に私はひるむ。
だが、ここで私が言わなければならない。
「もう充分だろう!これ以上続ければお前は…」
「続けてどうだっていうの?今最高に楽しいんだから水さすの、やめてよ」
低い声色で淡々と告げる伊勢。
それが、普段の快活な彼女の姿と違いすぎて、私の不安は増すばかりだ。
「私はー」
「ひゅうが」
彼女の言葉に続きはない。
言葉では。
クソッ!
伊勢がダメなら彼にかけるしかない。
「ていと―」
だが、私の目論見は外れた。
私の言葉を彼は手を挙げ静止する。
「すまんな日向」
彼は、いつもと変わらない笑顔を私に向ける。
「俺も最高に楽しい」
彼のその言葉は、伊勢の言葉で凍ったこの場の中からは考えられないほどの明るさを持って放たれた。
そんな、彼の表情を、声を、姿を感じて、如何にすれば私は彼を止めることができるのであろうか……。
「俺は、今、最高に生きている感じがする。邪魔しないでくれ」
私は彼らに対して二の句が告げない。
「次は何を見せてくれるのかな?」
彼があからさまに挑発をする。
「ふっふーん。その余裕をへし折ってあげる」
伊勢の表情は歪んだ笑顔を浮かべている。
彼が再び構えると、それに呼応したかのように伊勢も構える。
彼は徹底的に受けに徹しようと、伊勢の踏み込みを待っている。
伊勢は伊勢で、次はどう攻めようかを楽しそうに吟味している。
静寂。
「ハッ!」
伊勢が雄叫びとともに地を蹴る。
その瞬間だった。
鎮守府中のサイレンが鳴り響く。
伊勢は刀を振るうことなく提督の目の前で静止する。
鎮守府中に提督宛に至急執務室へ向かうようにとのアナウンスが響く。
「……残念ながら、ここまでのようだな」
「そっかぁ……。仕方ないねぇ」
けたたましい音のなか、一人と一隻は刀を下げ、互いに向かって一礼をする。
「伊勢、矢矧、陽炎、不知火は艤装の着用後出撃ゲートに待機、その他の者も順次艤装を着用するように。日向は俺とともに執務室へ。以上!」
こうして、提督と伊勢の対決は勝敗がつかないまま終了した。
「お疲れ様だ、伊勢」
伊勢は、窓際に座り夜の海を眺めている。
その髪はまとめられていない。時より、風に吹かれ揺れている。
「おっ、そっちもお疲れー。どうだった?」
視線は窓の外に向けたままそう尋ねてくる。
「いや、付近の海域や鎮守府中心へ哨戒部隊を送ったが全て空振りだった」
「そっかぁ。なら、一部隊の単なる猪突っていう線が妥当かなー」
スクランブルは輸送船団が深海棲艦に襲われているというものであった。先遣部隊の矢矧たちが到着した頃には、護衛についていた二人の尽力もあり、約八割が未だに海上に浮かんでいた。船団を襲っていた深海棲艦は、伊勢の到着の後に全て沈められた。
提督は、この部隊は囮で本隊がどこかへ潜んでいるのではないかと危惧し、哨戒部隊を即座に組み各地へ送ったが、結果は先の通りだった。
「一部隊の猪突か。確かに初期の奴らならわからないでもないが、今は完全に何らかの指揮下に置かれているはずだったんだがなぁ」
「そんなことまで知らないよー。私は命令されれば出撃する。考えることは日向や提督に任せるもーん」
「もーんって……」
ずっと窓の外を眺めている彼女の視界を、私は手に持っていたもので遮る。
「おっ、サンキュー日向〜」
彼女は嬉しそうにそれを手に取り、早速開ける。
プシュッと炭酸が抜ける音が心地いい。
私も窓際に座り、自分用のそれを開け、夜闇の海を肴に飲み始める。
「いや〜日向のそういう気が配れるところ、お姉ちゃん嬉しい〜な〜」
「うるさい」
伊勢が猫のように体をくねらせながら近づいてきたので、私は空いている方の手で手刀を作り、伊勢の頭に食らわせた。
「あてっ」
伊勢は、それを避けなかった。
「……まぁ、そうなるな」
私は、避けられなかった手をじっと見つめる。
「なにがー?」
伊勢はあの時が嘘のように上機嫌で隙だらけだ。
「いや、昼のアレを思い出しただけさ」
「昼の?……あー、提督とのね。いやー、楽しかったなぁ!」
楽しかったって、見ているこっちはヒヤヒヤものだったぞ。
「私は、お前が彼を怪我させるのではないかと心配でたまらなかったよ」
「仕方ないじゃん!提督ってば、あんな隠し芸を持っているなんでずるいと思わない?そりゃ、ちょっとはできると思ってたけどさぁ」
「ああ、あれには私も驚いた」
姉といい彼といい、私は驚かされっぱなしの1日であった。
「だよねー。きっと、剣の達人って彼のような人間を言うんだろうね」
うんうん、今日のことを思い返す伊勢。
「私は、伊勢の筋も悪くないと思うぞ」
「姉思いの一言をありがとう。でも、単純な実力は彼の方がきっと三枚くらい上手かな」
「…まぁ、そうなるな」
実際、伊勢の速さについていけた時点で純粋な実力は彼の方に軍配があがるのは避けられない。
「そうそう聞いて聞いて。三回目の打ち合い覚えてる?」
「お前が全力の速さを出したやつか?」
天龍が見えなかったやつだな。
「そうそう。アレ、艦娘にも見えないぐらいで動いたのに提督に防がれたじゃん。結構ショックだったんだよねー、私。だから報告ついでに提督に尋ねたらさぁ」
「尋ねた?なにを尋ねたんだ?」
「あの時私の姿見えてたって?」
「それで、なんて返ってきたんだ」
「私の姿、見えてなかったって」
「え?」
いやいや、それはおかしい。
「見えてないのに伊勢の動きにあれだけ合わせられないわけがないだろう」
少し、語気が強くなっているのが自分でも感じられる。
伊勢はそんな私をどうどう、とあやす。
「多分本当にそうなんだろうなぁーって私は思ってる。私は本当に人間の目には映らない速さで動いたつもりだから」
「じゃあ、あの攻防はどうして成り立ったんだ」
私の疑問に、伊勢は苦笑を持って返す。
「読んだんだって」
「読んだ?」
「私の動きを」
「…まて、理解が追いつかない」
あの、行動全てが当初から考えられていたと言うのか?いや、それ以上にあの速度を予想できていたのか?
「難しい顔してるねぇ〜」
「だって、伊勢」
「言ったでしょ。彼は私の三枚は上手。正直、人間がここまでできるとは思わなかった。けどその認識は彼にだけは改めるべきかなって」
私は驚いた。
あの伊勢にここまで言わせるのか。
自らの艦娘であると言うことに誇りを持つ伊勢が。
人間である彼を認めるだなんて。
「そんな驚いた顔しないでよぉ〜。私だって認めるものはちゃんと認めるから」
カラカラと笑う伊勢。
その姿は、どこかいつもの彼女のにはない色気を感じ、同時に危機感を覚える。
まさか、彼女も…。
「日向」
伊勢は、窓の外を見ていた視線を私に動かしていた。
「そんなに構えないでよ。別に妹の恋敵になろうとなんて考えてないよ」
「こ、こいッ!」
見透かされていたことに動揺して、声が裏返ってしまう。
その様子を見てアハハと笑う伊勢。
「ま、でも見直したってのは本当。あの人の下にならついててもいいかなって思えた」
「そうか」
「…ちょっとにやけてるの自覚してるぅ?」
大好きな姉に彼が認められた。そのことがなぜかうれしい私がいる。
「えっいやっ、そんなことは」
この姉は私のことはなんでも見透かしてくる。
「でも、うかうかしてたら他の娘にとられちゃうよ?翔鶴ちゃんとか瑞鶴ちゃんとか、あと矢矧ちゃんもきっとそうなんだろうな。彼女自身が気付いていないけども」
「……」
こういう時、私の口下手な性分が口惜しくなる。
もっと口が達者だったら伊勢に対しても彼に対しても上手く立ち回れるのに。
でも、口が達者な私は果たして私なのだろうか。
「ふっ」
「えっ、どうしたの?」
「なんでもないさ」
私は艦娘の日向。数ある模造品の一つ。
普通の人間の女ではないのだ。何を迷うか。
「そうだ、伊勢」
「なーにー?」
「また、彼と打ち合いをしたいと思うか?」
「やだやだ!もうこんな体験はこりごりよ」
即答する伊勢。
「ほぉ、どうしてだ?私が静止したとは二人で睨み返してきたくせに」
「えー、あれを根に持ってるの?悪かったよ、ひゅうが〜」
わざとらしく正面から抱きついてくる伊勢。
私はそれを受け止める。
「で、どうしてなんだ?」
「……私の一手一手をひたすらに読まれ続けるのがあんなにも辛いとは思わなかった」
あっでもっ、と伊勢が続ける。
「面と向かわなければいいかも。例えば弓とかさぁ」
「弓?」
「そうそう。私自身やったことも記憶もないことをしたいのよ。せっかく艦娘になったんだし新しいことにチャレンジしてみたいなって思って」
言われてみれば、弓を引き絞る動作に私も覚えはない。
「それに、的当てなら彼と面と向かうこともないからね。もう正面きっての勝負はしたくない〜」
伊勢はさらにもたれかけてくる。
「そうか。なら、わたしもやってみようかな」
「えー、意外。どうしてどうして?」
「それはもちろん」
決まっている。
「大好きなお姉ちゃんに少しでも追いつくためさ」
「提督、お疲れ様でした」
「ああ、矢矧。お疲れ様」
「報告書です、ご確認ください」
「流石、仕事が早いな」
「ありがとう。…失礼ですが提督、いくつか質問してもいいかしら?」
「ん?なにかあったか?」
「お昼の日向さんとのことで、後学のためにいくつか聞きたいことがあって」
「後学って、あれから何を学ぶんだ?」
「そんなことないわ!とても良いものを見せてもらったわ!」
「良い物ねぇ……。で、質問って?」
「一つ目。最初に互いに近づいて木刀の先を触れさせあってたじゃない?あれはなんだったのかなって」
「あれは、剣道の試合の真似事さ。伊勢は構え方から剣道経験者だと思ったから礼儀としてね。俺としてはあそこで攻め切りたかったけどなぁ〜」
「攻めきるとは?」
「あそこで軸がぶれてたりリズムが崩れてたら、そこて決めるつもりだったんだ。でも、伊勢は一縷の隙もなかったよ」
「そうなのですか?」
「ああ。こちらがわざと隙を作っても食いつかないし、いやはや戦いにくい相手だった」
「なるほど。では、なぜそこから離れてあの構えに?」
「隙がなかったからこちらから攻めることは諦めて受けようとしたんだ。正直な話、最初っから全力で突進されてたら負けてたよ。あの瞬間に艦娘と人間の差を見たなぁ、ほんとに…」
「またまた、その後の攻防を見た後にその言葉を信じられると思えるのかしら?あれこそ人間離れした攻防だったわ。私はあの打ち合いに感動したのよ」
「感動って。また大げさな」
「本当よ!私でも伊勢さん動きを完全に見れなかったんだもの!でも、司令官は受け切った。艦娘に見えない動きが見えるなんて尊敬するわ!!」
「あー、あれか……。その尊敬を裏切って申し訳ないが、俺は全く伊勢の動きなんて見えてないぞ」
「えっ!?そんなはず……嘘でしょ?」
「本当だって。艦娘の目で見えないものがどうして徒人の俺に見えるんだ」
「じ、じゃどうやってあれを受け切ったのよ!」
「動きを読んだ」
「読んだですって!どうやってよ!」
「どうやって……どうやってか……。うーん、勘?」
「そんな、勘って……」
「本当だって。伊勢の攻め方からこうくるかなぁって思ってそれに先手先手を打ったらああなった…」
「嘘でしょう……?どんな練習をすればそんなことができるの」
「……お爺様が厳しい人だったからなぁ。真面目にやっていたらこうなっただけかな」
「私が言うのも変だけど、かなり人間離れしているわ」
「まさか。おにいちゃんの方が何万倍も強い」
「えぇ……。と、とりあえずそのお話は置いておいて」
「置いておかれて」
「日向さんに止められた時、提督は戦いをやめなかったじゃない?あれはどうして?」
「どうしてって……続けたかったからとしか」
「それは日向さんに勝てる算段があったから?」
「そんなまさか!艦娘に人間が勝てるわけないだろう!」
「なら、なぜあの時やめなかったの?あなたの性格上勝てない戦いは続けないと思うのだけど」
「それは楽しかったからかな」
「楽しかった?」
「そうそう。あれだけの強敵と戦えるんだ、ワクワクが止まらなかったよ」
「勝ち目がなかったのに?」
「勝てるから楽しいのではなく、強者と戦えるから楽しいと思えるんじゃないか?」
「言われて見るとそうね。では、再戦の機会があればまたやるのかしら?」
「いや、もう二度とやらない」
「やらないの!楽しかったとか言っていたのに!?」
「それはあの状況でだからこそだよ。今冷静に考えて、どうしてただの遊びで命をかける必要があるんだ…」
「提督、先ほどの言葉と矛盾していますよ」
「まぁ、人生そんな物さ」
「たまには命くらいかけないとね」
彼女たちの提督としてね。
いつもの提督とは違う提督のお話。
元々構想に有った物を伊勢改二記念に執筆。
見事間に合わず。
作者用時系列メモ
山城提督ケッコンカッコカリ済
山城返事済
北方任務後
陸戦前
事件前
弟死亡前