「…ア、ア…」
扱い慣れた己のモノを、しごき上げる。
あの夜精一杯愛して、可愛い表情や声で応えてくれたこと、何度思い起こしたことだろう。
そして何度、自分で自分を慰めたことか。
こうやって、幸せな気分で…。
「…松莉…」
愛しい名前を声にすると、止められない。
手の動きが速くなる。
「アァ…松莉…イクよ…!」
気持ち良く放出した白い体液を拭き取って、服装を整え窓を開ける。
ソファに背を預けると、深く息を吐いた。
そのとき、玄関の戸が開く音と、『ただいま』という可愛い声が聞こえて、松野家次男の心臓は跳ね上がった。
階段を下りていくと、上がりかまちで松莉は笑顔を見せた。
「カラ松兄さん、ただいま」
「おかえりリトルシスター、早かったじゃないか」
「急に休講になっちゃって」
「天の与えし休息というわけだな」
妹に笑みを返し、台所に行くと石鹸で手を洗う。少し後ろめたかった。
松莉もついてきて、冷蔵庫を覗き込んでいる。
「カラ松兄さんだけ?」
「ああ。皆出掛けてる」
なので思い切りシコ松してたわけだが。最中に帰ってこなくてよかった。ベストタイミングだマイハニー。
「俺にもくれないか」
麦茶を出した松莉に頼むと、快く二つグラスを出してくれた。
「孤独に渇いた体が潤いを求めているのでな…」
注いでもらってシンクを背に立ったままグビグビ飲み干す。一人エッチの後で本当に喉が渇いていた。それと少しの緊張で。
「…二人きりだね、カラ松兄さん」
「お、おお。なかなかないことだ…」
松莉も飲み終わって、シンクに近づいてくる。見上げてくる目に期待が滲んでいるのを見て取った。
見て見ぬ振りなんて、男として出来ない。いやそれよりも、気持ちは同じだった。
「ハニー、お前の瞳には、今俺だけが写ってるよ…」
優しく抱き寄せて、そっと唇に唇で触れた。
「ん、カラ松兄さん…」
軽いキスで離すと、松莉はもっととねだってくる。
嬉しいがカラ松は妹の髪を撫でるだけに留めた。
「すまんな。これ以上すると、ミューズの誘惑にさすがの俺も抑え切れなくなってしまう」
「…二階に行こうよ」
きゅっとTシャツの端を掴んでくるのが可愛い。もう抑え切れる自信なんてなかったが、いいことを思いついて松莉の体をすっぽり抱きしめ、囁いた。
「いつブラザーたちが帰ってくるか分からないから、残念だけど今はやめよう。もっとムードも大事にしたいし、ハニーを抱くならゆっくり時間を取れるときにしたい」
腕の中で明らかにがっかりしているのを感じ取れる。失望すらしているのかも知れない。
そこで、少し体を離して、顎を優しく持ち上げた。
「それより出掛けてしまわないか? 誰も帰ってこないうちに、二人で」
松莉の瞳に輝きが宿るのを見守り、微笑む。
「デートと洒落込もうじゃないか、マイハニー」
駅前の広場でそわそわと、サングラス越しに時計を見上げる。
デートなら待ち合わせからしたいという、ハニーの可愛い要望で、一つ屋根の下で暮らす兄妹でありながらわざわざ別々に出て待ち合わせをすることになったのだ。
ちなみにカラ松の服装は松莉にコーディネートされてしまった。せっかくスパンコールキラキラのショートパンツでパーフェクトファッションを決めようとしたのに、「松莉の言うこと聞いて!」となぜか強めに言われて、普通のデニムと無地のタンクトップを着せられてしまったのである。
デートには地味すぎるのではないかと心配だが、当の松莉が「カラ松兄さん、凄くカッコいいよ!」と喜んでいたようなので、よしとしよう。
さてそろそろ時間だが、デートの相手はまだ現れない。
女の子は支度に時間がかかるから仕方ないな、と思いながらも辺りを見回すと、男二人に明らかに絡まれている女の子の姿が見えた。
一見気付かなかったが、よく見るとそれが待ち合わせの相手と気付き、カラ松は駆け出していた。
「リトルシスター…いや、マイハニー、友達かい?」
「カラ…えと、ダーリン!」
右腕にぶら下がってくると、松莉は男たちを勝ち誇ったような顔で見やった。
「ほらね、私これからデートなの!」
「チェッ…」
男たちは、何かカラ松の悪口を言いながら去っていった。
「大丈夫か松莉、すまないすぐに気付かなくて…」
「うん。ナンパしつこくて。これからデートって言ってるのに信じないんだもん…」
「そうか…災難だったが、確かに男なら放っておかないだろうな…」
何事もなかったことに安心して、松莉の全身をまじまじと見つめる。
そうしてカラ松は、相好を崩した。
「ハニー今日はいつもよりもずっとキュートだ」
ふわふわの花柄スカート、髪もくるくる巻いてメイクもしている。
デートのために身支度してくれたのだと思うと、嬉しさに胸が高鳴るのだった。
「えへ…このスカート、一松兄さんに買ってもらったんだ…」
「ノン、ハニー」
そっと顔を近付けて、松莉の唇に人差し指を立てる。
「例えブラザーといえど、デート中は他の男の名前を出すんじゃないぜ…」
「…うん」
ぽわっとした目で見上げてくるのがたまらなく可愛い。
「今日は、恋人としてのデートをしようね、ダーリン」
「…ハニー」
抱きしめたくてたまらなかった。だが人の行き来の激しい駅前では憚られる。
「よし、今日はスィートラバーと永遠のメモリーを刻むぜ。さて、行こうかプリンセス」
そっと手を繋いでみると、きゅっと握り返してくれる。
もうそれだけで天にも昇りそうだった。
映画、遊園地、カラオケ、ショッピング、カフェ…。
どこへ行こうにも情けないことに金がない。
結局やって来たのは大きな公園だった。
「いい天気で気持ちいいね!」
それでも松莉は笑顔を弾けさせている。なんていい子なんだと思う。
「ダーリンあっちに行ってみようよ」
ずっと手は繋いだまま。これはどこからどう見ても恋人同士だろう。
(カラ松ガールズ、すまないな…)
架空のガールズたちに心の中で謎の詫びを入れ、松莉と並んで池を見下ろす。
そう、ここはよくカラ松がガールズ待ちをしていた橋の上なのである。
「ボート乗る?」
眼下にはいくつか、手漕ぎや足漕ぎのボートが浮かんでいる。のどかな光景だ。
「いいぞ、乗ろうか」
「あ、でもどうしよう、ここでボートに乗ったカップルは別れるっていう話があるんだった」
「そうなのか?」
見ると男女で楽しそうに乗っている人たちもいるが、男女だからといってカップルとも限らない。兄妹かも知れないし。
カラ松はふっと笑って恋人の方を見た。
「別れるならやめておくか」
「うふふ…そうだね」
松莉は幸せそうに笑う。
繋いだ手に少し力を加えて、カラ松も微笑んだ。
「あれ…松野さん?」
呼ばれて首を巡らすと、見たことのある男子が立っていた。
「やっぱり松野さんだ」
「あっ、竹村くん、こんにちは」
先日、飲み会のときに一緒になって、なぜかやけに松莉を気に入ってくれた男子だ。その後はスマホのメッセージアプリで当たり障りのないやり取りを時々していたが、実際に顔を合わせるのは二回目だった。
そのとき、カラ松がさり気なく手を離した。
竹村くんは多分手を繋いでいたことには気付かなかったと思うが、二人の距離を見てはさすがにただの知り合いとは思えないのだろう、遠慮がちに聞いてきた。
「あの…彼氏?」
「いや、俺は兄…」
「うん。彼氏」
カラ松の言葉を強引に遮って、離された手をまた握ると、松莉はにっこりして見せた。
「デート中なの」
「そ、そうなんだ…じゃあ、邪魔しちゃ悪いから…またね」
明らかに落胆の色を見せ、竹村くんは青い顔をして足早に去っていった。
「おい、いいのか松莉」
「何が?
「何がって、誤解を…」
「誤解…?」
松莉は顔を上げた。さっきまでの幸せそうな笑顔とは打って変わり、怒って睨み上げてくる。
「私たち恋人同士じゃないの? どうして手を離すの? どうして誤解なんて言うの?」
「あ…ごめ…ごめん…」
元来涙腺の緩いカラ松だ、もう泣きそうだった。
あの竹村とかいう男が松莉を気に入っているのは一目瞭然だった。いくらニブくてもそれくらい分かる。
それでも、松莉は、今日は恋人同士としてデートをするという最初の約束を大切にしてくれているのだ。
それなのに自分は…とっさに取った行動とはいえ、なんてことを…。
「すまないマイハニー…もう二度と離さないから、許してくれないか…」
手を強く握る。松莉は池の方に顔を逸らした。
「どうしよっかな…」
「松莉…頼むから…」
オロオロしてしまう、カッコ悪いくらいに。
松莉はたまらないと言ったように、吹き出した。
「あ…」
「ごめん…カラま…じゃなくて、ダーリンがカッコつけるの忘れてるの、珍しいなぁと思って」
「フッ…スィーティーの前では、さすがの俺も形無しさ…」
額に指先を当てて、もうカッコつけが復活している。
何にせよ松莉が笑ってくれて安心した。
「ダーリン」
ぴたりと寄り添ってきて、見上げてくる。まつ毛が長くていつも以上に女の子っぽい。
「飲み物奢ってくれるなら、許す」
ニッと笑ういたずらっぽさに、もうノックダウンだ。
自販機でジュースを買って、ベンチに並んで座る。
木陰は爽やかで風の通りが気持ちいい。
本当に今日はデート日和で、最初は家でこっそりイチャイチャしたいと思っていた松莉だけれど、出かけてみて良かった。
ごく普通の服装のカラ松はカッコよく、お金を使わないデートでも十分楽しい。
さっきはちょっと怒ってみせたけれど、もう二度と離さないと言ってくれたから、すぐに機嫌は直っていた。
「ねぇダーリン」
「ンー何だいハニィー」
ペットボトルのジュースを飲みながらも、片方の手は握り合ったままだ。
「私がダーリンと結婚したいって言ったら、どうする?」
「どうするも何も、喜んでハッピーメリーだマイラバー」
もしかして困らせるかもと思った上での質問だったが、全くの杞憂で、即答してにへらにへらしている。
サングラスを外し、優しい瞳を松莉に向けてきた。
「もし松莉が俺を選んでくれるなら、それ以上幸せなことはないな」
夢見るようにうっとりとしている。兄妹だとか戸籍上の夫婦にはなれないとか、そういうこと全部すっ飛ばしているけどいいんだろうか。
長兄すらそこは冗談だとごまかしていた部分だが。
「じゃあ、私が他の人を選んだら…? 例えばさっきの竹村くんみたいな、全然別の人」
「そりゃ…ハートブレイクは哀しいけど…、俺はお前が幸せになるなら、それでいい…」
また少し泣きそうにするから、一度ペットボトルを置いてぽんぽんと頭を撫でてあげた。
「…そうしたら、ダーリンは、ちゃんとした人選ぶんだよ。前みたいなこと、困るからね」
結婚式まで挙げた花の精のことだ。外見は置いておくとしても性格最悪だった。それなのにこのダーリンときたら、自分がいないとダメだから、なんて言って尽くしてはやつれ果てていたっけ。優しさで身を滅ぼすというのを目の当たりにしながら、松莉には他の兄たち同様、結局止めることが出来なかった。最終的に醜悪な巨大花は国家権力の前に滅ぼされ、松莉もあれを義姉と呼ぶことにならずに心底ホッとしたものだったが。
もう二度と、この人の底のない優しさに付け込まれるさまを見たくはない。
その優しさは究極のナルシシズムから発するものなのかも知れないが、もうここまで他人に対して優しければ、何が由来であろうと問題ではないと松莉は思うのだ。
「ああ…いや俺はもう、ハニー以外は…」
「…え?」
握った手に力がこもる。とても熱い。いつも、彼は体温が高いのだった。
「…俺は松莉以外は好きにならないよ…。だから、俺以外を選ぶとしても、できればブラザーズの中から選んでもらえれば嬉しい。そうすれば、結ばれなくてもそばに居られるから」
「……」
それ、嫉妬やケンカの原因にならないんですか。
あなたも兄弟も、どうしても家から離れない前提なんですか。
この世の中に男性はあまたいるというのに、生まれたときからそばに居た兄たちしか選択肢がないんですか。
常識とか世間体とか倫理観とか、どこに落として来ちゃったんですかー⁉︎
色々ツッコミどころがありすぎて、何も返せない。
これは長兄にも負けず劣らずの拘束だと思った。それを意識せずにしているこのダーリンの方がタチが悪いのかも知れない。
「…きっと松莉にとってもその方がいい。どこの馬の骨とも分からない男よりも」
狂っている…いや、バカなだけかも。
それでもこれほどの執着は、悪い気はしない。
何にせよ愛されているのは幸せなことだった。
そして、松莉にも若干、覚悟というか諦めができてきたらしかった。普通の男子との出会いや恋愛などもう望まず、6人の兄たちに愛されながらあの家で一生を過ごす…そうしたいわけではないが、そうする他ないような。
「松莉…」
呆然と見つめ返していたのをどう解したのだろう、ダーリンはゆっくり近付いてきて、そっと、キスをしてくれた。
コーラの味のキスだった。
バイトの時間だと言うと、彼氏は近くまで付いてきてくれた。
「ダーリン、ありがとう。今日のデート、とっても楽しかった」
優しくてドキドキして、幸せにさせてくれる、最高のデートだった。
「俺もだよハニー。今日の素晴らしい出来事を歌にしようと思うんだ。また、聴いてくれるだろ?」
「うん!」
また屋根に並んで座ろう。
「楽しみ…」
ふわ、と抱き寄せられ、油断していた心臓が跳ね上がる。思わず辺りを見回したが、細い路地で誰もいなかった。
「今日はもうおしまいだけど…また、恋人としてデートしてくれるかい…?」
「あ…もちろん…」
松莉はカラ松のタンクトップをきゅっと握った。大好きな、彼自身の匂いがする。
今日は奇跡のタイミングだったので、実際にはなかなか難しいのかも知れない。それでもまた、今日のように時間が取れたら、恋人としてのデートを…。それだけじゃなく、本当は、この腕に、逞しい身体に…。
身体の奥から溢れるような欲望を、深く息を吸い込むことで押し留めた。
焦らずとも、いずれはそういうことになるだろう。
今日は綺麗にデートを終わらせたかった。
一途で純情な彼が望むように。
「魔法が解ける時間だよ、ハニー」
優しい声に、微笑んで顔を上げる。
今日の最後のキスは、少しだけ、熱情が篭っていて、そして少しだけ、涙の味がした。
「じゃあ、私行くね、カラ松兄さん」
「帰りにまた迎えに来るよ、リトルシスター」
恋人から兄妹に戻って、いつもの笑顔で手を振り別れる。
心の中をぽかぽかと幸せな気持ちと、浮かんでくる旋律でいっぱいにしながら、カラ松は帰途についた。
END
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