「……」
トイレに腰掛けて、松野家次男は一人物思いにふけっていた。
ここ数日、何回も何回も頭の中で鮮明に繰り返される映像のせいで、何も手につかない。
わけが分からないまま四男に縛り上げられて、弟たちが代わる代わる妹にのしかかるのをただ見ていたこと。あのときの松莉の色っぽい声と、なまめかしい裸体…。
それから、つい昨日のことだ。
昼寝していたら何か声が聞こえて。目を開けると松莉のなぜか苦しそうな顔が視界いっぱいにあった。
ようやく覚醒して起き上がって見ると、松莉は四つん這いになって、四男と繋がっていた…。
(松莉が…あんな…)
そっと手を添える。とっくに勃起しているものを握り、軽くしごいた。
今まで脳内で何度再生したか分からない妹の痴態と声が、断片となって次々浮かんでは、カラ松の官能を高めてゆく。
「は…っ…」
みんなを受け入れていた松莉。服を脱がされ、胸の膨らみを弄ばれながら突かれていた。気持ちよさそうに悶えて喘いで、ビクビクと身体を震わせていたあれは、イッていたのだろうか。
昨日は動物みたいな格好で弟に挿れられていた。その場から逃げるほかなかったが、あの後もきっと気持ち良さに乱れまくっていたのだろう…。
(…アァ…ッ、松莉…松莉…)
白い肌、華奢な腕や脚…。
(松莉、松莉、松莉…!)
半開きの唇、AVみたいなセクシーな声…。
(イクよ…あ、松莉…!)
一応スッキリしてトイレを出ると、ドアのすぐそばに人が立っていた。
家族が多いので、トイレの順番待ちは日常茶飯事なのだが、黙ってそこにいた四男にビクリとしてしまう。
「あ、ああ、待たせたな」
平静を装って譲ると、一松はトイレに入りかけたが、首をめぐらし次兄を振り仰いだ。
「イカ臭い」
無表情で一言だけ投げつけると、バタン、ドアを閉じてしまう。
なんとも嫌な気持ちになって、しかし何も言わずカラ松は立ち去った。
夕涼みのつもりで外に出た。昼間は気温が上がるが、陽が落ちかけると風も涼しく感じてくる。
角を曲がったところで、学校帰りの妹とバッタリ会った。
「オーマイリトルシスター、今帰りかーい?」
意識して「いつもの感じ」を演出すると、どこかホッとしたように、松莉は笑った。
散歩に誘うと、松莉はそのままついて来た。一度家に帰ると他の兄たちに捕まってしまうからだ。
当たり障りのないお喋りで笑いながら歩くのは、お互いに探り合っているから。ようやく本題に入れたのは、公園のベンチに座ってからだった。今や東の空から暗がりが広がり来ようとしている。
「シスター、俺に言いたいことがあったかな?」
何も眩しくないのにサングラスを装着し、 ベンチの背もたれに肘をかけ足を組んで、気取った声で聞いてみた。言いたくない場合の逃げ道を作ったつもりだった。
ところが、松莉は下を向いてしまった。ミニスカートに置いた両手と丸い膝をサングラス越しにぼんやり見やる。
「ああオーケー、何も言わなくていいんだぜ、ソーリーシスター」
気持ちを軽くしてやりたかった。
何か話して楽になるなら何でも聞くし、黙っていたいならいつまでも付き合う。
一緒にいたくないなら…離れもしよう。
「カラ松兄さん…」
下を向いたままの松莉から、ようやく小さな声が発せられた。少し震えている。
「…おかしいよね…兄妹で…」
「……」
サングラスを軽く指で押し上げて、上を見上げる。ただでさえ暗くなってきた空はほとんど見えず、公園をぼんやり照らす街灯だけが滲んでいた。
「おかしい?おかしくない?…ハッ、そんなのは問題じゃないぜ…」
おかしいと言うなら、大の大人が6人もニートという時点で、我が家はとっくにおかしい。
「なぜなら大事なのは、松莉…お前が楽しいかどうか、お前が幸せかどうか。これに尽きるからだよ、ベイビー」
兄弟たちに抱かれているのを見たときも、その後も、心の底から思っていたことだった。
狂っていても、普通じゃなくてもいい。ただ松莉が幸せなら、それで。
そしてまた、カラ松は、それが兄弟全員の共通認識であることを確信していた。
一松にしても、松莉が本気で嫌がることを無理にしたりはしない。そこは固く信じているのだった。
「私が、幸せかどうか…」
口の中でつぶやく松莉を見下ろす。暗くてよく見えないのでサングラスをずらした。相変わらず下を向いているので表情は分からないが、声の震えも取れ、体の固さも和らいでいるのを見て取りほっとする。
「まあ、出来ればこっそり…して欲しいかな。刺激が強すぎて」
童貞には。と含ませて、自分で笑い飛ばす。
「…あのカラ松兄さん、変なこと聞くけど」
「何だい遠慮はいらないぜ子猫ちゃん」
もじもじしていたと思うと、松莉はゆっくり顔を上げた。上目遣いが何か色っぽい。
「カラ松兄さんも…松莉と、したい…?」
ドクッ! 大きく心臓が飛び跳ねた。慌ててサングラスをかけ直す。
「あーシスター、そりゃあしたい…じゃなくて、まあ、こういうのはお互いの合意がな…。あぁもしかして、俺だけ童貞なのを気にしてくれてるのかなー? ノンノーン、この俺に、哀れみは不必要、だぜ」
前半テンパって何を言っているのか自分でもメチャクチャだったが、どうにか持ち直し、ポーズを決めることができた。サングラスをかけていて良かった、動揺しまくりの目の色だけでも隠すことが出来て。
松莉はじいっと見上げていたが、ふふっ、と小さく笑って、そっと上半身をこちら側に倒してきた。カラ松は体を開くようにして背もたれに腕をかけていたので、脇にぴたっと寄り添ってくる形になる。肩口に額をつけるようにして、まるで恋人同士のようだ。
「…甘えん坊だなリトルシスターは。んー?」
頭をぽんぽんしてやると、軽く目を閉じる。
そのままで松莉は、囁いた。
「カラ松兄さん…松莉、まだ帰りたくない。明日休みだし、遅くなってもいいもん…」
「そんにしても、二人で来るなんて珍しいなー。松莉、おいらの魂込めたおでん、いっぱい食ってけよ!」
「ありがとーチビ太兄ちゃん!」
「おいおーい、扱いが違いすぎやしないか?」
チビ太が差し出してくれたお皿を見比べると、松莉のはおでんが山盛り、一方カラ松のには3つくらいしか盛られていない。
そう言いながらも楽しそうに、兄はコップを傾けた。中身は焼酎の水割り。松莉も同じものを飲んでいる。
甘えてみたら、飲みに連れてきてくれた。二人分くらいなら払えるから、と言って。
意味深に誘ってはみたけれど、次兄に手を出されることを期待していたわけではなかった。…いや全くといえば嘘になるが、あの場面でホテルに行こうとはならないことくらい、松莉にはよく分かっている。
幼なじみのチビ太がやっているおでんの屋台に連れてきてもらえたのは本当に嬉しい。嬉しいと言えばさっきのカラ松の言葉も嬉しかった。
松莉が幸せなのが一番だと。兄は言ってくれた。
それから、したい?と尋ねたら、したいと答えてくれたこと。ちゃんと松莉は聞いていた。
嬉しくて嬉しくて、酔いの回りも早いみたい…。
「ふはー、おかわりちょうだい!」
「おいおい、ペース早いんじゃねェか?」
と言いつつも水割りを作ってくれる。
チビ太が背中を向けた隙に、松莉は兄にぐっと接近してみた。
「…ね、カラ松兄さん…、後で、松莉の部屋で…しよ?」
「こっこらっ…」
慌てて引き剥がそうとする。焦った顔。カッコつける暇もなかったようだ。
松莉は満足して身を離した。ちょっとしたイタズラ心と、お酒で大胆になった本音とが混じった仕掛けに、いい反応をしてくれた。
ところがこのやり取りを、チビ太が聞かないふりをして、聞いていた。
「そろそろ帰った方がいいんじゃねぇのかー? ほらよこれ飲んで帰りな」
コップ一杯の水を二人に出してくれる。カラ松と松莉は同時に飲み干し、同時にバタリと寝込んでしまった。
「おーいどうした、お二人さんよー」
声をかけてもぴくりともしない。
チビ太はニヤリと笑うと、カラ松を椅子から蹴飛ばして地面に転がし、松莉はそのままにして店じまいを始めた。
「んん…」
お腹や胸に、体温と体重を感じる。
「カラ松兄さん…」
腕を回してぎゅうっと抱きしめた。
「ウヘヘ…」
…次兄の声ではない。
「目が覚めたか? 松莉」
軽く頬に触れられて、ハッと目が覚めた。
丸い顔、丸い目がこちらを覗き込んでいる。
「え、チビ太兄ちゃん? 私寝ちゃってた?」
すっかり横になっていた。しかしさっきまで飲んでいた屋台ではない。背中には柔らかい布団の感触があった。そして見慣れない天井。
…チビ太のアパートだろうか。酔っ払いを介抱してくれた? しかしチビ太が体に乗っかっていてどこうとしない。小柄なのでそんなに重くはないが、抱きついたり胸に頬ずりしてきたりするので、困ってしまう。
「チビ太兄ちゃん、セクハラ…。カラ松兄さんは?」
「あいつは置いてきたよ。ご招待は松莉だけ」
ようやく下りてくれたので、松莉も半身を起こす。少し頭が痛い。
「ご招待って…」
ゆっくり見回す。狭くて古くて乱雑な部屋だった。布団も万年床に違いなく、チビ太の部屋であることに疑いようはない。
「実はあいつらのツケが結構たまっててよ。前にカラ松の奴を誘拐したけど、誰も興味持ってくれなかったろ?」
「ああ…」
次男が大ケガを負ったあの時のことだ。松莉は学校とバイトで帰りが遅かったのだが、何も知らないうちに大変なことになっていた。
「松莉ならどうかと思って…」
歯を見せてニヒヒと笑う。昔からの知り合いだが、本気でカラ松を誘拐した経緯もあるため、冗談では済ませられないような気がした。
「身代金を…?」
「いやあ、それより手っ取り早く…」
ニヤニヤして接近してくる。
「体で払ってもらおうかと」
「……はい?」
青ざめて、身を引いた。
「お前カラ松の野郎とデキてんのかよ」
「やだ、まさか、私たち兄妹なんだから」
聞かれていたんだろうか。酔った上での冗談でごまかすべく、松莉は笑い飛ばした。実際にカラ松とは…カラ松とだけは、そんな関係ではないのだし。
「そうかぁ…あ、耳かきしてくんない?」
膝枕を所望だったので言われるままに正座して膝にチビ太の頭を載せていたところだが、耳かきを手渡され、耳たぶを引っ張って耳の中を覗く。
「たまってるよチビ太兄ちゃん」
「耳かきしてくれる相手がいねぇんだもんよ」
「普通、自分でやるんじゃない?」
笑いながら、ゴソゴソやってあげる。
膝枕に耳かき…。
体で払うとは、こういうことだったらしい。
曰く、
「そりゃ一回ヤらせてもらえれば全部チャラにしてもいいくらいだけど、松莉も嫌だろうし、バレたらおいら6つ子に殺されちまうからな」
睡眠薬を盛って誘拐した割に紳士的である。もっとも、おっぱいに頬ずりされたなんて言ったらやはりチビ太殺す!となるのは免れないだろうが…。
「あ、大きいの取れた! すごーい!」
「えっどれどれ、見せろよ」
意外にほのぼのとした光景となっていた。
「おいらさぁ、松莉のこと、ずっと好きだったんだよ…」
「えっ」
当然の告白に、頭を撫でていた手が止まった。耳かきの後は頭を撫でて欲しいとの要望で、滑らかな頭をつるつると撫でていたときのことだ。ちなみにチビ太は松莉の膝を時々撫でたりしてきたが、兄たちの借金のことを思うとこれくらいは仕方ないかと大目に見ることにした。
「チクショオ、こんなこと言うつもりなかったのによ」
耳まで真っ赤になっているのがタコみたいで可愛くて、ついついぐりぐりと撫でていた。
「…ガキのころから、いいなって思ってたんだ…」
「あ、ありがと…」
自分も赤くなっているかも知れない。幼なじみのお兄ちゃんに告白されるなんて、何だかこそばゆかった。
(でも私には、6人の悪魔が憑いている…)
心の中で呟いたそのフレーズは、我ながらちょっと気に入った。
付き合えば邪魔をし、万が一結婚したとしてもあの6人が義兄になるのである。
一体誰が耐えてくれるのだろう…。
松莉はそっと苦笑いをこぼしつつ、触り心地良い頭を撫で続けていた。
気が付けば座ったままウトウトしていた。膝の上でこれまた寝入ってしまっているチビ太を布団に寝かせ、松莉は冷蔵庫の中の物で朝食を作った。ラップをかけて置き、そっとアパートを出る。
もう東の空が白み始めていた。
「…松莉!」
「あっ、カラ松兄さん!」
駆け寄って思わず抱きつく。見上げると兄の目の下には濃いクマができていた。
「…良かった。気が付いたら道端で寝ちまってて…松莉先に帰ったのかと思ったけど部屋にいないし、探したぞ…」
ぎゅっと抱き返されて、ドキリとする。
「ごめんね…あのっ酔っ払ってしまって、チビ太兄ちゃんが介抱してくれてたの…」
本当のことはとても言えない。
「そうか…帰ろうマイリトルシスター。どれ、おぶってやろう」
背を向けて屈む。寝ていないカラ松兄さんに、おんぶなんて…と遠慮していると、肩越しに振り返り、次兄は寂しそうな笑顔を見せた。
「おぶらせてくれよ、俺としたことが松莉の面倒を見ずに寝てしまうなんて…自分を許せないのさ…カモンシスター」
チビ太のせいなので、そんなに自分を責めないで欲しいが、それも元を辿れば膨大なツケのせいだ、ここは兄に甘えてもバチは当たるまい。
松莉はカラ松の背中にくっついた。カラ松は松莉の荷物を手に持ち、軽々立ち上がると歩き出す。
「重くない?」
「ノープロブレムだ、よく一松とかおぶってやってるからな」
広い背中が頼もしい。松莉はぎゅーっと密着してみる。すぐそばに兄の耳や首があって、息を吸い込むと、ちょっと汗臭いけど嫌じゃない匂いがした。
「…松莉も、育ったな」
「やっぱり重いってことー?」
ほっぺを膨らます。カラ松は笑って否定したが、それ以上何も言わなかった。
「カラ松兄さん…」
歩くリズムが心地良くて、松莉は目を閉じた。汗臭くて男臭い、兄の匂いを深く吸い込む。
「…大好き…」
吐息ほどの震えだった。
間を置いてから、カラ松は
「フッ松莉もカラ松ガールかい?」
と言ってみたが、耳元には静かで規則正しい寝息。
昇ってきた太陽に目を眇めるように、次男は笑んだ。
「俺も大好きだよ、松莉」
それにしても、背中に当たっている二つの柔らかい感触に、寝不足なのに関わらず元気になってしまいそうだ。
家の前では5人の兄弟たちが腕組みをして待ち構えていた。
近付かなくても分かるほどの殺気をビンビン放ちながら。
「松莉ちゃーん!」
一番最初に十四松と一松が駆け寄ってきた。
「松莉、寝てるの? ぼくが部屋に運ぶよ!」
五男だけはいつもの口を開けた笑顔だ。妹を大事に抱き取ると、お姫様抱っこで連れて行く。
「朝帰りかよクソ松…」
四男は物凄い目で兄を睨みつけると、松莉のバッグを奪い取るように持って十四松の後を追って行った。
「さて…」
残りの三人が迫ってくる。
「説明してもらおうかカラ松、松莉と今まで何してたんだー?」
指の関節をポキポキ鳴らして、おそ松は何か楽しそうだ。
「カラ松兄さんだけズルい! 泊まりで童貞卒業なんて!」
「そうだよ! 僕だって松莉ちゃんとオシャレなホテルで一晩過ごしたい!」
「いや待て落ち着けブラザー、俺は…」
「「「言い訳無用!!!」」」
さっきは説明を求めたくせに。
べつに童貞卒業もしていないのに、ただ寄ってたかって殴りかかられる、相変わらず次男の立ち位置はそんなところなのである。
「あームカつく。俺もあのクソを100発は殴らねぇと」
外のドタバタを聞いて、一松はじっとしていられなくなったらしく、口の中で低く呟きながら出て行った。
ベッドに寝かせた松莉のそばに残されたのは十四松ひとりだけ。
眠り姫を守る王子様みたいだと悦に入る。
「そうだ、添い寝してあげるね松莉ちゃん」
ベッドの空いたところに潜り込んで、そっと、お姫様のほっぺにチュウをした。
そしてあっという間にいびきをかいて眠り始めるのだった。
END
単にエロ話を書きたくて始めたシリーズだったのに、いつの間にかカラ松との純愛ストーリーみたいになってきました。
感想でいただいていたチビ太も登場させてみました。彼は何だかんだ言って常識人なので、無理なことはしなかったですね。
いつカラ松は卒業できるんだろう…。