松野家の屋根からは、今日もギターの音色と歌声が聞こえてくる。
サングラスをかけて弾き語りをしているのは、もちろん、松野家次男のカラ松。その傍では、末っ子の松莉が少し赤い顔をして聴き入っている。
最初、次兄は空気も停滞した昼下がりに妹を誘ったのだが、松莉は丁重に断った。そんな一日のうちで一番気温が上がる時間帯に屋根なんかにいたら、こんがり焼き上がってしまう。
カラ松は妹に断られても構わず屋根に居座っていたらしい。少し凌ぎやすくなってから松莉が行ってみると、汗だくでアコースティックギターをかき鳴らしていた。
さすがに革のジャケットは脱いでおり、そばで干物と化していた。松莉に気付くと、通称「クソタンクトップ」一枚の姿で、気障なポーズを取ってみせる。
「マイシスターに捧げる歌を作ったのさ、このサマースカイに感謝だ…尽きぬ泉のようなインスピレーションを俺に注いでくれたのだから」
やっぱり暑さで少々イカれたらしい、いつもより痛さが増している気がする。
倒れる前に中に入ろう、と促そうとしたが、早くも演奏が始まってしまったので、松莉は隣に腰掛けて、その自分に捧げてくれるという歌を聴くことにした。
何だかんだ言ってもカラ松兄さんはギターが上手く、声も良い。松莉はここで兄の弾き語りを聴くのが好きだった。時には一緒に歌うこともあり、本当に楽しい時間を共有していたのだった。
ジャーン、と最後のフレーズが終わり、カラ松は目を閉じて余韻に浸った。こちらの反応よりもまず自分に酔ってしまうところが、この兄らしいところである。
松莉はといえば、拍手も忘れてぽうっとしている。顔が赤いのは、暑さのせいではなかった。
「カラ松兄さん…、今の…」
兄はようやくこちらを向いた。その口元は微笑んでいる。
妹は熱を持ったほっぺを自分の両手で包み込んだ。
「あの…思いっきりラブソングだったけど…」
甘いメロディといい歌詞といい、兄が妹に対してああまで臆面もなく歌えるような内容ではなかった。
そしてまた、それを聴かされてこんなに熱を上げてしまうなんて、普通の兄妹ならありえない。そう、普通なら…。
「フッ、松莉のために作ったらこういう曲が出来たというだけさ。…まあしいていうなら、歌は言葉より饒舌というから…」
口の端を上げたまま、さっきの旋律を小さく爪弾き始める。
告白まがいのすごいことを言われた気がするが、やっぱり熱にやられてしまっているのではなかろうか。だってカラ松兄さんには、ちっとも照れているそぶりがない。
「…カラ松兄さん」
それなら私も。そう、松莉は思った。
今なら…熱に浮かされて、何を言ってしまっても、大丈夫。
「夜、松莉の部屋に来て…」
音が止まった。夏は静寂すら身体に絡みつくようだ。
「カラ松兄さん…、前に私が幸せかどうかが大事って言ったよね」
カラ松兄さんとしたい。
みんなとしてるからだとか、カラ松兄さんだけ童貞なのが可哀想だからとかじゃなくて。
カラ松兄さんに、今夜抱いて欲しい…。
口から走り出そうな言葉たちを止めたのは、兄の、サングラスを外しながらのこの一言だった。
「オーケーシスター、このカラ松、気持ち受け取ったぜ」
「…カラ松兄さん!」
ぎゅっと抱きつく。
「フッ、サンシャインの雫を俺は今纏っている…触れない方がいいぞ」
汗のことだろう。望むところだ、ますます強く抱きついた。
「約束…ね?」
そっと顔を上げて、約束のしるしをねだる。
カラ松も心得て、顔を近づけてきた。
目を閉じる。吐息を唇に感じる。温かい。
(カラ松兄さんと…キス…)
あと5ミリ…。
「あいあーい! 松莉ちゃんいるー⁉︎」
「どぅわー!!」
突如現れた元気いっぱい五男の声に驚いて、カラ松は屋根からズルリと滑り落ちて行ってしまった。
「いやーっ、カラ松兄さーーん!」
松莉の悲鳴に、次男が地面に激突する鈍い音が重なる。
「松莉ちゃん、やっぱりいたー! 野球しよう野球!」
5番目の兄がぴょんぴょん跳ねるように屋根を伝ってきた。
「野球じゃなくて十四松兄さん、カラ松兄さんが落ちちゃったよー!」
「野球しよー!」
とうとう、この時が来た。
自室のベッドに腰掛けて、松莉は気を落ち着かせるためだけに手にした缶チューハイをあおる。
「き、緊張してるのかい?」
隣の男が、それこそ緊張した声で言うと缶ビールをガバガバ流し込んだ。
「…リトルシスター…いや、ハニーって呼んでいいかな…」
「それは恥ずかしい、カラ松兄さん」
「あ、そ、そう…」
あっさり却下されて、身の置き場がなくカラ松はビールの空き缶をテーブルに置いた。
松莉も缶チューハイを空けてしまい、同じように缶を置く。隣を見上げて、微笑みかけた。
「カラ松兄さん…、松莉、嬉しい…」
ようやく、2番目の兄と結ばれる夜がやって来たのである。
「マイリトルシスター…松莉…」
そうっと両腕を差し伸ばし、優しく抱き寄せられれば、それだけで天にも上りそう。
「今夜は、お互いにとって忘れられない夜にしようぜ…」
カッコつけてキラキラさせた目が近付いてくるのが耐えられなくて、松莉はキス直前で吹き出してしまった。
屋根の上での出来事は、まるでデイドリームのようで…。
夜になったら、どうしたことか、夢から覚めたように、兄の痛さがしみてきた。
「あのね、あのねカラ松兄さん…」
笑いすぎて思わず出てきた涙を拭い、カラ松の背を抱く。
次兄は少し落ち込んでいるように見えた。
「カラ松兄さんはそのままでカッコいいと思うの! だから、こんなときくらいは普通にしていいんだよ…」
「普通…とは? 俺は至って普通なんだが…」
戸惑った表情を見て、ああそうか、と悟る。
四六時中気を抜くことなくカッコつけてる兄の、もはやこれがデフォルトなのだと。
痛い言動に耐えてこその成就だろうか。いや、むしろ次兄の全てを受け入れるというのか、慣れてしまうというのか…。
「ハニーって呼んで、ダーリン」
もういっそ、染まってしまえばいいのではないだろうか。
首に腕を回して、頬に頬をつけた。
「素敵な夜にしようね…」
頬にキスをする。
「フッ、ハニー、口付けの場所が違うぜ…」
いわゆる顎クイされても、今回は笑いがこみ上げては来なかった。
今は邪魔も入らない。
目を閉じて、今度こそは柔らかい唇が触れ、優しく重ねられるのを感じていた。
カラ松兄さんとの初めてのキスは、熱くてビールの味がして、今まで経験したどんなキスよりも、胸が震えた。
ちゅ、と小さく音を立て、また角度を変えて触れては、少しずつ深くなってゆく。
「ん、ふぅ…」
舌で舌をつつき合って、もっと絡めて吸って。
息が苦しくなるほど夢中で求め合った。
優しくベッドに横たえられたときには、もう恥ずかしいほど溢れている自覚があった。…まだ、キスしかしていないのに。
「可愛いよマイハニー」
パジャマの上から体を撫でられる。そしてまた、たくさんキスを受けた。
一つ一つゆっくり前のボタンが外されてゆく。パジャマの下に何も身につけていないことに気付いたか、兄は手を止めた。身を起こすと、まずは自分で上だけ脱いで、松莉のパジャマを開いた。薄暗がりの中でほの白く浮かび上がるような肌を見つめ、ため息をつく。
「あまり見ないでよ、恥ずかしい…」
胸元をかばおうとした手も、ゆるりと掴み上げられた。
「恥ずかしがることはない…綺麗だ…」
まるで壊れ物を扱うように、こわごわ触れてくる。
「松莉は俺の女神…さしずめミューズといったところかな…」
じんましんが出そうなセリフだがそんなことより、松莉にはハッとするところがあった。
ー松莉は僕にとって女神様ー
そんなふうに言っていた他の兄がいた。
一卵性ならではの偶然か、それとも兄弟でそんな話をしたりするのか。
「ひぁ…」
それ以上思考は続かない。耳にキスされてびくりと体を震わす。
「耳…弱いの?」
吹き込まれる低い囁きは、それだけで体中をゾクゾクさせる。波のように指先まで伝わり、息を荒くさせ下腹に熱を運ぶ。
「可愛い、ハニー」
ちゅ、と音を立ててもう一度くちづけ、耳朶を軽く噛む。その度に声を上げ身をよじらすさまは、次兄をこの上なく喜ばせた。
「反対も…してあげる」
逆の耳も同じように愛撫され、自分でも驚くような声を出し、しがみ付いて体をくねらす。
耳がこんなに感じるなんて、今まで知らなかった。
「はぁ…あっ…」
ずいぶん長くゆっくりと耳を可愛がってもらい、気付けば兄の肩に爪を立てていた。夢中だったのだ。
「あ、ごめん…」
そっと外す。傷つけていたらどうしよう。思いは顔に出ていたのだろう、カラ松兄さんは笑いかけてくれた。
「ん、我を忘れるくらい感じてくれるなら嬉しいぞ。ゴートゥーヘヴンだ」
その言葉通り、その後もカラ松は松莉の全身をくまなく愛してくれた。
反応を見ながら、松莉が悦ぶと、そこをじっくり指や舌や唇でせめてくれる。
おかげで松莉は今まで自分でも知らなかった性感帯をいくつも見出すことができた。
「凄いカラ松兄さん…どうして松莉の気持ちいいとこ分かるの?」
息を弾ませて蕩けるように笑む松莉の、軽く汗ばんだ髪に指を潜らせ、愛しげに撫でると、再び耳に唇を寄せて囁くのだった。
「そりゃあ、ハニーのことはよく分かるさ、松莉自身よりも俺の方がこの体のこと、よく知ってる…」
そしてまた、触れてゆく。松莉の甘い声が途切れることはなかった。
その末にようやく辿り着いた部分が、濡れ過ぎていたのが恥ずかしかったけど、2番目の兄は全部美味しそうに啜ってくれた。無論、他のどこよりも時間をかけて。
何度も絶頂を迎え、下腹がびく、びくと痙攣している。
もうとっくに迎え入れる準備は整っているのだった。
「カラ松兄さん…、カラ松兄さんのが、欲しいの…」
尚も愛撫を続けようとする兄にねだってみる。
それでもすぐには動こうとしないので、松莉はふと、してもらってばかりだったことに思い至った。
「あっごめんね、私ばっかり…。カラ松兄さんにも、してあげるね」
もしかしたら、待っているのかも。そう思って手を伸ばしてみたが、なぜかカラ松は身を引いた。
「いやいいんだ、ハニーはそんなことしなくても」
松莉の顔の横に腕をついて、何度目か分からないキスを落とす。
そうして顔を上げた兄は、寂しそうな照れているような、それを隠すために笑って見せているような、そんな笑顔を浮かべていたので、松莉は不思議に思う。
もしかして、挿入の前にいつの間にか達してしまったのだろうか、と思ったときに、カラ松はこう言った。少しだけ震えた声で。
「…済まないがシスター。今夜はここまでのようだ…」
松莉の傍に片膝を立てて座り、額に手を当てるポーズで目を閉じる。
「ミューズのパーフェクトボディーが神々しすぎて、俺ごときには簡単に手を出せないのさ…罪だぜ」
表現は謎だったが、松莉にはなぜか合点がいった。
男子はデリケートなものだから。いざというときにスタンバイOKとならないときがままあることを、松莉も知っていたのだ。
「せっかく松莉の方から誘ってくれたのに…本当に済まない」
「カラ松兄さん…」
半身起こして、そっと身を沿わせた。兄の胸板に頬をつける。
「とっても良かった…本当に。いっぱいしてくれたし、心も、満足なの」
「その言葉、宝物だよ…サンキューマイハニー」
とても嬉しそうに、抱きしめてキスをくれたから、また満たされるのを感じていた。
「カラ松兄さん…また、しよ。私、カラ松兄さんとなら、無理に最後までしなくてもいいって思えるから…」
「ああ…俺は…」
髪をそっと撫でながら、耳元に囁いてくる。それだけで背筋が甘くゾクゾクしてしまう。
「俺は、松莉と歌ったり、他愛もないことを話したり…それでいいんだ、もちろん、したいけど…それよりも」
ちゅ、と耳朶に口付ける。
「一緒にいることが、幸せなんだよハニー」
「カラ松兄さん」
しばし抱き合い、互いに体温を分け合って、それから最後にひとつ、触れるだけのキスをくれた。
2番目の兄が指で合図を送りながらカッコつけて退室した後、しばし裸のままベッドに腰掛けていた。身体中をふわふわ満たす愛情と、快楽の名残りとに浸っていたのだ。
この気持ちのまま、体を一度落ち着かせてから眠りに就けば最高だろうと思い、松莉はだるい体で立ち上がった。
ベッドの向かい側のクローゼットに向かう。
先日、6番目の兄から貰ったモノがある。あれを使おう。
なぜかクローゼットの扉は少し開いていた。閉め忘れただろうか。
観音開きの扉を開ける。
光る目と目が合った。
クローゼットの中には、大きな猫がいて、松莉が今取り出そうと思っていたモノを前足で差し出してきた。
つづく