あさきゆめみる、まくらもと 作: 池田
「はっ、あっ!あ、ああっ!」
照明の落ちた暗い部屋。
そこに響くのは肌がぶつかり合う音と、私の喘ぎ声。
あとは、外から微かに聞こえてくるクラクションの音。
二人で過ごすには、あまりにも広すぎる部屋で、男女が絡みあう。
私が上で、彼が下。
「ん、んぅっ」
「はっ、は、はぁっ」
相手の顔なんか見たくなかった私は、壁にかけられた一枚の絵画に視線を向けていた。
なにやら、少女がこちらを向いて微笑んでいる。作者の娘だろうか、それとも。
対して、私の表情は恐らくだらしなく弛緩したものであろう事は容易に想像ができた。
早く終わらないだろうか。
「うおっ……これは……」
そんな私の事などお構いなしに、私の下にいる男は私の体を堪能しているようだった。
恐らく、五十代。もしかしたら六十代だろうか。
老いの兆候が感じられる体の一体どこに、それほどのリビドーが蓄えられていたのか甚だ疑問である。
「どうだ、良い、だろうっ?」
はちきれそうなくらい膨らんだ体を震わせて、彼がそんな事を私に聞いた。
「はぁっ、良いっ、良いで、すっ!あぁっ、あっ!」
馬鹿正直に「さっさと終わらせろ」などと答えるわけにもいかないので、私は適当にそう返事をした。
そんな風にしていると、だんだん本当に良く感じてくるのだから不思議なものである。
「さぁ、そろそろ終わりにするかっ」
興奮が最高潮に達した彼が起き上がって、その代わりに私はベッドに倒れ込んだ。
今度は彼が上で、私が下だ。
「あぁっ、素晴らしい、ソーニャっ!」
「はぁ、あんっ!あっ、あっ!」
彼のものが、遠慮無しに私の中を前後する。
この男、はっきり言って下手だ。
精一杯演技する私の身にもなってほしい。
「おおっ、出すぞ!」
「あ、あぁああっ!」
彼のモノが限界を迎える。
私の中に精液を思う存分撒き散らしたあと、そのまま萎えた。
熱い。
果てた彼は、その大きな体をベッドに放り投げた。
ギシ、とベッドが鈍く悲鳴をあげる。
彼が荒い呼吸を整えようとしている間、窓の外に視線を向ける。
窓には、無数の水滴が張り付いていた。いつの間にか、雨が降りはじめたようだった。
「ふぅ……」
ベッドに転がる彼が、勢い良く煙草の煙を吐き出した。
何故か私の方に漂ってくるそれを軽く手でいなしながら、私はベッドに潜り込む。
シーツに顔を押し付けると、少しカビたような臭いがした。
横をちらりと見ると、彼のだらしのない肉体が目に飛び込んでくる。
こんなやつ、組織との繋がりがなければ絶対に寝ることなど無かっただろう。
タバコを吸いながら、彼はたるみきった腹をさすっている。
一体何を詰め込んだら、そんな風になるのだろう。
金と権力をありったけ。あとは好き放題すれば立派な豚の出来上がり、なんて。
そしてそんな豚に好き放題された私は、一体何なのか。
そこまで考えて、私ははじめて自分が苛ついていることに気がついた。
組織と関わりのある人間と寝ることなんて、今まで幾度と無くやって来たはずなのだが。
最近の私は、こうした奴らとの関係に抵抗を感じ始めている。
男に抱かれること自体に、嫌悪感を抱き始めているような気さえする。
どうして、だろうか。
いや、本当は……。
本当は、わかっているのだ。
どうして、私がこんな気分になるのか。
自分でもはっきりと、わかっているんだ。
ただそれを認めることだけが、出来ていないだけ。
どうしようもない事実を目の前に。
私は、それを受け入れる事が……。
「ソーニャ」
ぐるぐると渦巻く思考を吹き飛ばしたのは、男のしわがれた声だった。
「……は、はい」
「また、頼むよ」
「……えぇ」
なんだか疲れた。
もうこのまま、寝てしまおうか。
そうすれば、少なくともその間だけは。
嫌なことも何もかも、感じないでいられるのだから。
「ふぁ、ぅ……」
ベッドから起き上がって、伸びをしながら欠伸をする。
そして、今私がどこにいるのかを確認する。
豪勢な部屋に、大きなダブルベッドはもう存在せず。
代わりに私の目に映るのは、一人暮らしの少し埃っぽい部屋と安っぽいベッドが一つ。
どうやってあのホテルから帰ってきたのか、記憶が曖昧だ。
まるであの部屋での事が、すべて夢のように感じられる。
「……夢、だったらいいのに」
私は再びベッドに潜り込んで、そう呟いた。
体が重い。
骨と皮と相応の肉がついた自らの華奢な腕でさえ、何百トンもあるかのような感覚に陥った。
今日は、何もしたくない。
何も、考えたくない。
昨日の余出来事が、まだ私に影響を及ぼしていた。
言い表しようのない不快感が、まだどこかに残っている。
そうやってベッドの中でぐずぐずしていると、とうとう時刻は始業時間を過ぎてしまった。
今頃、皆ホームルームでもしているのだろう。
空席となった私の椅子を、やすなはどんな顔して眺めているのか。
「……もう少し寝よう」
私は再び目を瞑り、体の力を抜いた。
半分覚醒していた頭に、再びモヤがかかったような感覚がやって来る。
そうやって、うとうとし始めた頃。
枕元にあった携帯電話の着信音が、私を強引に現実へと引き戻した。
画面を確認すると、やすなからである。
「……もしもし」
「あ、ソーニャちゃん?もしもし?」
「何の用だ」
「何って……こっちは心配してたんだからね!」
「……すまない」
「まぁ、別に良いけど……とりあえず学校終わったらプリント渡しに行くから!じゃ、あとで!」
あいつなりに忙しいのか、電話はすぐに切れた。
「……シャワーでも浴びるか」
布団でゴロゴロしていたら、いつの間にかうっすら汗をかいていた。
じっとりとした皮膚の感触が気持ち悪い。
ベッドから起き上がり、浴室へ向かう。
足の裏が汗のために、ぬるぬるしていた。
ひた、ひたと湿った足音が部屋に響く。
脱衣所に着いた私は、まず足の裏をマットに押し付けて不愉快な湿り気を退治した。
そのまま、寝巻き代わりのパーカーやスウェットパンツを脱衣カゴに放り込んで、浴室に入る。
扉を閉めて蛇口をひねると、シャワーからお湯が吐き出され浴室内の乾いた空気を一気に潤していった。
頭の上から爪先まで、全身を隅々まで洗い流す。
汗、皮脂、その他諸々がまとまって排水口へと流れていった。
「……はぁ」
思い出されるのは、全てのはじまり。
別の幹部連中と寝た、翌日の事だ。
おぼつかない足取りで学校へ向かう私に、いつもの様に鬱陶しく絡んでくる彼女。
バカっぽく、明るい表情が、なぜかどうしようもなく腹立たしくて。
そこで唐突に、私はやすなをぶち壊してやろうと考えたのだった。
「……どうして」
どうして、あんなことをしたのか。
無理矢理、家まで連れ込んで。
気がついたら、ベッドにやすなを押し倒していて。
彼女が少し怯えたような目で、私を見ていたのを覚えている。
なんで私は、唐突に。
彼女を壊してやろうなんて考えたのだろうか。
「……やすな」
曇った鏡を手で拭い、そこに写った私を見た。
胸、腹、あそこ。
全身隈なく綺麗にしたつもりだが、まだどこか汚れているような。
そんな気がした。
テレビを見ながら適当に暇を潰していると、インターホンが鳴った。
時計を見ると、午後四時。
そうか、もうそんな時間か。
「……どちらさま」
「ソーニャちゃーん。私だよ、開けてー」
「カギなら開いてる、入って来い」
「はーい」
直後、騒がしい足音が廊下を進んでくる。
そしてリビングのドアが開かれ、いつもの見慣れた顔が現れた。
「ソーニャちゃん!」
「……相変わらずうるさいな、お前は」
「いつでも元気って言ってほしいね!あ、これ今日のプリント」
「ん……」
しばらく、適当な世間話をする。
今日は何をしたとか、授業が難しかったとか、昼に何を食べたとか。
「……そう言えば、今日どうして休んだの?」
とりとめのない話のあと。
少し間をおいて、彼女が私にそう聞いた。
やすなは、私が休んだ理由を知っている。
昨日私が何をしていたか、きっとわかっている。
だから「プリントを渡しに行く」なんて言葉が。
今、彼女から投げかけられた問いが。
どれほど空虚なものなのか、私はわかっていた。
予定調和の一環。
儀式めいた、無意味な言葉。
二人揃って、とぼけたふりをしながら。
私達が、日常を過ごすための……。
いや、過ごしていると錯覚するための。
「……仕事だったんだ、昨日」
「また?」
「幹部の連中とな……会食しただけだ」
「……そっか」
そう言って、やすなはベッドに腰掛ける。
このやり取りも、一体何度目だろう。
とんだ茶番だ。
待っている結果は、何も変わらないのに。
彼女に続いて、私もベッドに腰掛けた。
沈黙が、部屋を支配する。
こんなに近くにいるのに、彼女がどこか遠くに感じられた。
私達の代わりに、つけっぱなしのテレビが楽しそうな笑い声をあげた。
「……ソーニャちゃん」
「ん……」
沈黙を破ったのは、やすなだった。
彼女の腕が私を抱きしめる。
制服越しに彼女の体温が伝わってきた。
「へへ、ソーニャちゃんの匂い」
顔を私に押し付けて、やすなは深く息を吸い込んだ。
私の匂い。
一体、どんな匂いだろう。
汗の匂いか、それとも柔軟剤の匂いか。
それとも、体を洗った石鹸の匂いか。
もしくはその全てか。
自分ではわからない。
それに、わかっても仕方がないし。
反応が薄い私に業を煮やしたのか、そのままの体勢でベッドに倒れ込んだ。
当然、私も巻き込まれるようにベッドに押し付けられる。
「……ここも、ソーニャちゃんの匂い」
やすながまた、気持ちよさそうに深呼吸する。
そんな風に匂いを嗅がれると、だんだん恥ずかしくなってきた。
「おい、やめろ」
「え、なんで」
「なんでも」
「へんなの」
ぶつくさ言いながら、やすなが私に覆いかぶさってきた。
一方私はというと、ぼうっと彼女の顔を見つめながら、だらりと体をベッドに投げ出している。
やはり私の態度に不満があるのか、やすなは少しふくれっ面だ。
そうだ、今日の私は。
何もしたくないし、何も考えたくないから。
だから、勝手にすれば良い。
お前がしたいように、すれば良い。
いつか私がしたように、滅茶苦茶にしてくれないか。
なぁ、やすな。
「ソーニャちゃん」
「なんだ」
「キスしていい?」
なんでもないといった感じに、彼女はさらりとそんな事を言う。
こうなると、まだ少しドキドキしている自分がバカみたいに思えてくる。
「……好きにしろ」
私は強がって、ぶっきらぼうに答えてみたけれど。
彼女はそれを見透かしたように微笑んでから、私の唇にキスをした。
「ん……」
唇が接触してすぐ、やすなの舌が私の中に入ってくる。
私も自分の舌を絡ませて、お互いに口内を犯しあう。
「んぅっ……ふぅん……」
「ふぁ……ん……う……」
体が熱くなってくる。
気持ちいい。
私の舌を彼女の舌がなぞる度に、ぞくぞくと何かが背中をなぞっていった。
体が強張り、心臓は鼓動を加速させる。
それに伴って、体の一部が充血していくのがわかった。
「ぅ、んんっ」
「はぁっ、やすな、んぅ……」
「ソーニャちゃん……ふぅっ……」
唇をひとしきり貪りあった後、やすなが私の服の裾を掴んで一気にめくり上げた。
下に何も着ていなかったため、すぐに私の胸があらわになる。
「キスだけでこんなに……」
やすなの手が、胸に触れた。
少しひんやりした肌が乳房を包み込む。
「気持ちいい?」
「んっ、あぁっ……」
「でもやっぱりちっちゃいね」
「うるさいっ……」
しばらく乳房全体を揉みしだいていた手は、今度は乳首をいじり出した。
柔らかな指先で乳首を摘まれ、弾かれる度に、胸を締め付けるような切なさがやってくる。
「あはは、ぴんぴんしてる」
「やぁっ……!あ、遊ぶなっ……あっ……!」
「はむ」
「うぁあっ!?」
やすなが、私の胸にしゃぶりついた。
指なんかとは比較にならない、さらに強い刺激が体を駆け巡る。
吸ったり。
舐めたり。
甘噛みしたり。
やすなが責め方を変える度に、私の体がびくんと跳ねる。
「ぷぁっ」
「あ……」
一旦、私の胸とやすなの口が離れる。
彼女の唾液で、乳首の周りがいやらしくてかっていた。
「ソーニャちゃん、顔真っ赤」
私の顔を指差して、やすなはおかしそうにくすくす笑う。
そう言うお前の顔だって真っ赤なくせに。
今のうちに呼吸を整えようと思ったが、間髪入れる間もなく彼女は私のスウェットパンツに手を突っ込んだ。
割れ目から溢れだした愛液で、パンツの中はすでに大変な事になっていた。
滑りこんだやすなの指が、中をかき回す。
「すっかりとろとろだね、ソーニャちゃん……」
「あああっ……!そこっ……ん、うぁっ!」
「そんなに感じてくれたんだ、嬉しいな」
甘く優しい言葉とは逆に、彼女の指は激しく強く私を責め立てる。
膣内に突き立てられた二本の指。
それだけで、私の頭と心はすっかり快楽に支配されてしまっていた。
そして私はというと、押し寄せてくる快楽の津波に完全に身を任せていた。
何も考えず、何もせず、ただ飲み込まれては浮かび上がるだけ。
そうしてしばらくは、彼女のなすがままだったのだが。
唐突に、快楽の波が動きを止めた。
不審に思ったのと、物足りなさで私は身を起こす。
「やすな……?」
「ずるいよ、ソーニャちゃんばっかり」
「何を……」
「……私だって」
彼女は私の手をとって、自身の股の間にあてがった。
肌の表面で感じる、彼女から発せられる熱や湿り気、パンツのざらざらした感触。
そして、足の間を伝う愛液の滑らかさ。
「見てるだけで、こんなになっちゃった」
「……お前も変態だな」
「ソーニャちゃんにだけは言われたくないよーだ」
舌を出して彼女が挑発してくる。
私は、いつもの鉄拳制裁の代わりに無言で指を動かした。
「ひゃあっ……!」
ぎゅっと目をつぶり、体を縮こまさせるやすな
しかし、彼女も負けじと手を動かしてくる。
「んっ……!」
「はぁっ……ソーニャ、ちゃんっ……」
ふたりの間から流れ出す愛液の筋。
少し薄暗い部屋の中でも、それがやけにてらてらと光を放っているように見える。
「や、やすなっ、ぁ……」
「きゃっ」
私は彼女を引き寄せて、抱きしめる。
抱きしめながら、腰を動かした。
私のあそこが、彼女のふとももを滑っていく。
なめらかで、すべすべしていて、それでいてしっかりと押し返してくる。
あぁ、気持ちがいい。
私は無心で腰を降る。
「あぁっ……!」
快感に貫かれる。
腰から頭まで、一直線に突き抜けていく。
ずん、ずんと私の頭を殴るように。
暴力的な気持ちよさが、私を容赦なく飲み込んでいく。
「ソーニャちゃ、あんっ……!」
気が付くと、彼女も私と同じようにしていた。
私のふとももを、彼女の股が滑っていく。
抱きしめ合って、愛液を混ぜあって。
どこにも焦点があっていない目で、彼女を見つめている。
「やすな、もう……もうっ!」
「私、も……!」
熱い。
体が溶けてしまいそう。
血が全身を駆け巡る。
止められない。
止めたくない。
ずっとこのまま……。
「やすな、あっ、ああああっ!」
「んっ、ふぅ、んんんっ!」
ずっと、このまま。
このままで、いれたらいいのに。
そんな思いを、絶頂による快感が全て押し流していった。
波が、引いていく。
疲弊した私の意識も、それに引っ張られるように遠のいていく。
「ソーニャちゃん……?」
「ぅ……」
「……ん」
もはや返事もままならない私の額に、彼女が軽くキスをした。
ぼやけた視界の端に、彼女の笑顔が映り。
そして、消えていく。
待ってくれ。
まだ、全然足りないのに。
もっと、ああしていたいのに。
それなのに私の体は、もっと欲望に忠実で。
休ませろと喚く体から、意識を引き離そうとする。
「……おやすみ」
彼女のその言葉を合図にするように。
私の意識は完全に切り離されて。
まるで霞のように、あたりに散っていくのだ。
やすな。
出来れば私がもう一度目覚めた時、そばに居てくれないか。
お願いだ。
「あ……」
目が覚めると、まだ外は暗かった。
窓の外では控えめに、東の空がちょっとだけ赤く染まっている。
そして隣を見ると、やすなが小さく寝息を立てていた。
それを見た私は、なぜだか胸を締め付けられているような気がした。
どうしてこんなにも。
彼女を愛おしく思うようになったのか。
最初は、彼女を鬱陶しく思っていた。
憎んですらいたかもしれない。
私がとうの昔に捨てたものを全て持ちながら。
それでも、私なんかを気にかけたりして。
それも、打算や偽善じゃなく。
ただ純粋に、私の心配なんかして。
「……そうか」
壊れてたのは私の方だったのか。
彼女の真っ直ぐさが眩しくて。
それなら一緒に堕ちてしまえと、私は彼女をぶち壊そうとしたんだ。
お前も一緒に汚れてしまえと、彼女を犯そうとしたんだ。
でも、実際は……。
「……馬鹿は、私だ」
彼女は、何も知らない。
でも、それは私も同じだった。
彼女の持っている希望を、明るさを。
知ろうとしなかった。
それを受け入れてしまったら、今までを否定してしまうような気がしたから。
「まったく、幸せそうに寝てやがって」
どうだろう。今から私も、お前と同じものを見ることが出来るだろうか?
同じように考えて、生きていけるだろうか?
やすなの顔を見ていると、そう考えるのすらバカバカしく思えてきた。
とりあえず、今はこいつが隣りにいるだけで。
一緒に過ごせているだけで。
それだけで良い、なんて。
なぜだか知らないが、そう感じるんだ。
不思議だと思わないか?
なぁ、やすな。
おわり。