昔はバラガンの女だったという過去が。
突然、現れたホロウの存在。
多少のアクション有り。
それは晴天の霹靂、予想もしない出来事だった。
名前を呼ばれた振り返った狛村は自分に近づいてくる相手の姿を見て驚いた。
「は、ハル、お主、どうして」
人間の彼女がどうして、ここにいるのか。
いや、自分の、狛村の自宅にいるのではなかったのか、ここは瀞霊廷だ、しかも彼女は死神の衣装、白い着物を着ているのだ。
ふふふと含み笑いをしながら、女は狛村に笑いかけた。
すると彼女の後ろから黒髪黒い肌の女が近づいてきた。
(なるほど、夜一と殿につれて来て貰ったのか)
ほっとした狛村に夜一は声をかけた。
「顔を出さねばならんところがあってな、連れて行ってもよいか」
「それは構わぬが、どこに」
「空鶴のところじゃ」
開きかけた狛村の口から言葉は、すぐにでてこない、没落したとはいえ、元貴族の志波家に人間の彼女の連れて行くのはまずいのではないだろうか。
いや、ここにいても自分がずっと側にいられるわけではないので、十分まずいのだが。
「あー、気にするな、もしかしたら泊まりになるかもしれんが、安心しろ」
いや、安心できない、不安だ。
「行ってくるわ、狛村さん」
だが、そんな自分の心情にハル本人は気づく様子も、気にする素振りもない。
ほんのわずかな裂け目なので、それに気づく者などいなかった。
片手を、そっと伸ばして空間を広げる、それはホロウの手だった。
鋭い金属のような音がして、裂けた空間が自分と繋がる、指先を伸ばして向こうに、そして今度は片腕を大胆に突き入れた。
向こうは死神の住む瀞霊廷だというのに、気配は伝わってこない、ホロウは確信した、自分は力を手に入れた、だから、こんなにたやすく、行けるのだ。
漂う微弱な霊圧、それが自分に触れた瞬間、同化するように馴染んでいくのがわかる。
時がきた、ずっと待っていた、躊躇う事もなく、ホロウは空間を押し広げた。
「なっ、なんじゃ、この音は」
「これ、地震なの、夜さん」
周りを見ながら、夜一と狛村は原因を確かめようとした。
妙だ、地面が揺れていると感じだが、そうではない。
まるで瀞霊廷自体が揺れている、奇妙な感覚なのだ。
「こっちだ、夜一殿も」
狛村は彼女の手を掴み、夜一に声をかけた。
そのとき、庭に駆け込んで来た一つの影が叫んだ。
「夜一っ」
その声は志波家の長女、空鶴だった。
「どうした」
友人の声、その様子に何かを感じたように夜一の顔が険しくなった。
「逃げろ、すぐに、連れて逃げるんだ」
だが、その言葉が終わらないうちに、ぐらりと地面が揺れた。
そして瀞霊廷の庭に一匹のホロウが姿を現した。
自分を見て驚く、死神の顔はあまりにも滑稽だ、すぐに攻撃を仕掛けてこない。
ああ、奴らも馬鹿ではない、ホロウは思った、連中はわからないのだ、自分という存在が、恐れている、自分の身にまとう空気を感じているのだ。
先に仕掛けたのは更木だった。
突然、現れた得体の知れないホロウに恐怖よりも楽しみを感じたのだ。
長い刀が自分に向けられ、振り下ろされる、以前なら死神を見て、その刀を見て、恐怖に震えたものだろう。
だが、今は違う、恐怖を感じる必要はないといわんばかりに、抵抗もせず体に受けた。
「バシュッッッ」
音がしたが、それだけだった。
その手応えに更木は妙な顔をした、だが、次の瞬間、その体は地面に叩きつけられた。
「ケンちゃん」
やちるの声が響く。
「く、くっそ、どうなってやがる」
「夜一、こいつはまずいぜ」
空鶴の言葉に夜一は狛村の方を見た。
だが、視線は彼ではなく手を握られている女へと向けられていた。
「ここは任せろ」
空鶴は片手を軽く振ると地面に向かって何かを呟いた。
黒く、ぽっかりと地面に穴、そこから現れたのは砲台だった。
「花鶴射法か、使えるのか」
夜一の声に当たり前じゃねえかと空鶴は笑った。
「ただし、簡易的なやつだ、威力も半分以下だ」
自分に向けられたものにホロウは顔を少し歪めた、嫌だ、あれは、嫌だ。
刀のほうが、まだ、いい。
あれは、少々てこずる、そう、砲台は。
(どうして、そんなことを思う)
敵は死神、刀を持つ者だけだ。
あんなもの見た事があったか。
いや、ない、否定する、強く否定する。
それなのに自分は嫌いだと、嫌悪している、どうしてだ。
音がして、自分の腕に衝撃が走った。
痛みを感じたか、それは長くは続かない。
すぐに腕は再生し始める。
死神達の霊圧が周りには沢山ある、それは自分の糧だ。
面倒だ、だが、主かいなければ、撃ち手がいなければ。
あの女、殺そう。
手と足を、視線を女に伸ばし、捕まえた。
(簡単だ、簡単だ)
大きな音がして、庭の池に落とされた空鶴に死神達が慌てて駆け寄る。
勿論、彼女自身も池から出ようとした、だが、できなかった。
「そこで溺れ死ね」
ホロウの口からあざけるような声が漏れた。
「空鶴っ」
「来るな、夜一」
池の水が増えはじめた。
「その結界は解けん、何者にも」
ホロウは笑った大きな声で。
こんなに楽しいことはないと腹の底から笑った。
勝った、自分は勝ったぞ。
(今度こそ)
たが、このとき、何かを感じたようにホロウは視線を動かした。
感じたのは違和感。
砲台の隣に女が立っていた。
自分を撃つつもりなのだろう。
目が、全身から漂う空気から感じられる。
死神のくせにと笑おうとした。
だが霊圧が感じられない、わずかに漂っているが、偽物だ。
死神ではないのか、死人、いや、滅却師か。
いや、どれもが当てはまるように思えて全てが違うように思えた。
女が、ゆっくりと口を開いた。
「破道の六十三」
空気が震えた。
夜一が、いや、池の中の空鶴の表情が驚きに変わった。
だが、それは周りにいた十三隊の隊長副隊長の死神達。
狛村もだ。
「やめろおおっ、人間には撃てねえ」
池の中の空鶴が叫んだ。
「散在する獣の骨・尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪・動けば風・止まれば空・槍打つ、音色は、貫き、撃つ」
「復唱が違う、あれは」
空鶴の言葉に夜一が砲台に駆け寄った。
人間、まさか、撃てるわけがない。
「オマエを、撃つ」
静かな声だった。
だが、何も起こらない。
はったりか、見せかけか、ホロウは笑おうとした、そのとき。
不快な音がした。
だが、同時に感じたのは喪失感だ。
感じたのは激しいまでの違和感、そう、いつのまにか、自分の右腕が、肩の部分からすっぽりとなくなっていた。
ぎああーっ、うううっ、アッ、アアア。
叫んだことが痛みの為なのかわからなかった。
自分の腕がない、どこだ。
「ここだよ、まずいな」
それは獣の声だ、いや,化けものの声だ。
自分と同じホロウが自分の腕を食べている。
腕を咀嚼する音にホロウの顔が怒りに染まった。
だが、今は溢れる体液を止める事が時だ。
「ハル、しっかりしろ」
倒れそうになる女の体を抱きとめた夜一に空鶴も駆け寄った。
「馬鹿野郎、無茶しやがる」
だが、返事はない。
「その女、死んでるぜ」
冷めた声がした。
「俺を打ち出したんだ、生きてるわけねえだろ」
死んだ、だと。
その言葉に狛村はゆっくりと三人の女の側に近寄った。
「こええなあ、砲台で俺を打ち出すなんて、バケモノだ」
「黙れ、貴様こそバケモノだ」
「ふん、まあいいがね、でもいいんじゃねえか、これで四楓院家は四大貴族に返り咲く事になる、いや、勿論、志波家もだ」
「なんだと」
「どういうことだ」
「そういう契約なんだよ、反対する奴はいねえ、いや、いたとしても俺が排除することになっている、人間のくせに俺を脅しやがる、さて、あんただが」
ホロウは狛村を見た。
「あんたも、なんだなあ、まあ、もっといい女がいるさ」
「なんだと」
意味が分からず詰め寄ろうとする狛村に。
「知らないのか、それは、虚圏の王の女だ」
ホロウは女を指さした。
そのとき地面が再び揺れはじめた。
現れたのはバラガン・ルイゼンバーン。
虚圏の王だった。
少し肌寒くなってきたと思いながら毛布にすっぽりとくるまって、欠伸をしな
がらハルはパソコンの画面を眺めていた。
かりかりと音がして、窓が開き入って来たのは一匹の黒猫だった。
「夜さん、どうしたの」
「腹が減ってな」
「サンマのつみれ鍋はどう」
「おう、それはいいの」
舌なめずりをしながら猫は人の姿になると、支度を待った。
数分後、目の前に出された料理を見て、夜一は嬉しそうに顔をほころばせた。
「そのままで、それともポン酢で食べる、レモンとグレープフルーツを醤油で割ってもいいけど」
湯気のたつ小鍋を前にして、夜一は箸を伸ばした。
「ところで、最近、あやつは来たか」
「奴って、誰」
「なんしゃ、そのひねた言い方は」
「別に」
「珍しく、喧嘩か、それとも別れたのか、きっぱりと」
「きっぱりと、ねえ」
釈然としない、どうでもいいわと気のない返事に仕方のない奴じゃのうと呆れ顔になった、一ヶ月あまり、もう二人は会っていない。
喧嘩をしたわけではない。
互いの生活が忙しくて会う暇がないというわけでもない。
忘れていたのよ、昔のことなんてと呟く。
自分が尸魂界にいたことがあるなど、それもずっと、ずっと昔の事など。
何故か、彼女は思い出してしまった、あの男に会って、記憶が少しずつ鮮明になってきている。
それが、あの男には辛いのかもしれない。
「狛村は何も言うてこぬか」
言葉を続けようとして、夜一は言葉を飲み込んだ。
普段ならお主らしくないぞと笑い飛ばすところだ。
だが、そうできなかったのはあまりにも女の顔がらしくなかったからだ。
「夜一殿、いったい」
「話があるに決まっておろう、茶ならいらん、先程、飯を食ってきた」
どかんと狛村の前にあぐらをかいた夜一に狛村は具合の悪そうな顔をした。
何故、来たのか分かっているからだ。
「お主ら、喧嘩でもしたか」
「いや、そういうわけでは」
「昔の男が現れて驚いたか」
その言葉に狛村の肩がわずかに落ちた、喧嘩なら簡単だ、謝ればいいのだ。
理由がなんであれ、自分が頭を下げて住むことなら、以前のような関係に戻れるなら自分はそうしただろう。
だが、突然、彼女の前に現れた男。
それは人間の男ではない、死神でもない、虚圏の王だった。
しかも、昔の男だという。
「バラガンは欲しいもの、望みは何でも叶えてやると言って、あやつを現世に
帰そうとはせんかった」
老いらくの恋などというものではない、人間相手に暇つぶしとも違う、とにかく説明のしようがないという、との言葉が狛村の胸に重くのし掛かるように響く。
「殺せば自分の者になる、魂ごととどめておけると思ったらしい、だが、それでは人形も同然だと考えて現世に戻したようじゃ、その後、何があったか、詳しい事はわからん。いや、知っておったとしてもお主には話せん、すまんがな」
狛村は首を振った。
たとえ、夜一が何かを知っていたとして、それを聞いたところで後悔だけが残りそうな気がする。
ならば、何も知らないほうがいい。
「今、会う気にはならんのか」
無言の狛村に夜一は仕方がないとあきらめの表情を見せた。
「もし、今、二人がヨリを戻したとしても、お主は責めぬだろうな」
その言葉に思わず顔をあげると夜一は、同意を求めるように言葉を続けた。
「おまえの代わりに、あの男が会いに行っておるかもしれん。」
金色の眼に、このとき初めて感情が浮かんだように見えた。
そんな気がして、夜一は唇の端に笑みを浮かべた、
先の事を、今の事を、物事全てに対して考えすぎてしまうところがいかんとい
うか、堅物というか、真面目すぎるというか。
仕方がないのうと思いながら、一人になった部屋の中で夜一は開いた障子の向こうから覗く月に向かって笑いかけた。
台所の片付けをすませた後、布団の上で寝転がったまま天井を見上げていたと
きだった。
「入るぞ」
返事をするまもなく、部屋の中に入って来たのは狛村だった。
「ど、どうしたの、狛村さん」
慌てて起き上がり驚いた顔で見上げる顔に、ほっとしながら狛村は両手を伸ばすと彼女を抱きしめた。
「すまなかった」
「何を謝っているの」
会いに来なかったこと、連絡をしなかったこと、何をどう言えばいいのか、狛村は惑いながら自分を落ち着けようと深く息を吸い込んだ。
「我ながら情けないと思うが、お主の昔の男が人間ではなく、虚圏の王だったということに、儂は」
「驚いたの」
無理もないと言いたげな声と表情を否定するように狛村は首を振った。
「嫉妬だ」
この一言に驚かされたのは無理もなかった。
「嫉妬って、こ、狛村さんがっ」
「そうだ、おかしいか、昔のことだというのに自分の知らぬお主の事を知って
おる男がいる、そう考えるとたまらなくなった」
いつも冷静で落ち着いていた、物静な性格だと思っていた狛村の言葉とは思えなかった。
「お主の事を山本殿に話す」
話すとは、それはどんな説明をするのか、いぶかしむ彼女の耳元に狛村は低い声で囁いた。
「それは無理よ」
「離したくはない、ずっと離れたくはないと思うておる、居てくれるか」
答えのない沈黙、それにたまりかね覗き込むようにし狛村は視線を落とした。
「お主の口から聞きたい、自惚れるほどの度量は今の儂にはない。もし、今も、あの男が忘れられぬと言うなら」
「そう言ったら諦めてくれる」
いいやと答える相手に女も首を振った。
「あの人に未練がないといったら嘘になる、けど、狛村さん」
背中に回された細い腕と小さな呟き、それだけで満足してしまう自分がいた。
惚れているのだから仕方がない。
離さないというように自分に預けてくる体を狛村は、しっかりと抱きしめた。