Virtual Reality――略して、VR。これは仮想現実、と訳される。
かつては重厚な装備品だったゴーグルも今では随分薄型となり、端から見た違和感は格段に軽減された。が、ここに大した意義は感じていない。世界の外側からどう思われるか――など考えていたら、仮想現実を楽しんでなどいられないのだから。
この機器が世に現れた当初はあくまで映像と音声のみだったが、それに体感装置が連動するようになるのにそう時間はかからなかった。オナホールのような局所的なものから始まり、次第にそれは全身へと拡張されてゆくと、ついにはこのようなボディスーツのような形状となった。抱かれる側はこれだけで済むが、抱く側はこれに加えて御大層なダッチワイフを用意しているという。丸めた掛け布団で充分なこちらと比べるとご苦労なことだ。
現実のこの部屋は四畳半の和室だが、眼前には豪奢なベッドルームが広がっている。とはいえ……仮想はあくまで仮想。実際の散らかり具合を考えると、寝台からはあまり動くべきではないだろう。この前も、うっかり見えないディスクを踏み割ってしまったし。
ということで、大人しく素っ裸のまま布団の上で誰かがログインしてくるのを待っている。今日のアバターはピンクのツインテールだ。体型の設定はない。結局、相手が所有している人形型デバイスに追随するしかないのだから。
少しして……早速入室希望を告げるベルが鳴った。来訪者の名は『ヤマト』、好きなプレイは……攻め、か。アレコレ考える必要がないのは楽でいい。
だが、アバターは……うーん、もう少し年上の方が好みだ。ということで、先方の表示アバターはこちらの設定で上書きさせてもらおう。ボイスの方もそれに合わせて切り替わっているはずだ。いくらバーチャルとはいえ――いや、バーチャルだからこそ、相手の容姿は自分の趣味に合わせたい。
あとは、相手方のダッチワイフとリンクするだけ。こうして、仰向けに寝転んで両手両足をピタリと伸ばせばいい。これが、デフォルトの姿勢なのである。回線の向こう側でも同じように横たわらせているはずだ。
このままじっとしていれば……リンク完了。プロポーションも相手の人形に合わせて隆起してくれた。実際に自分の身体が変化したワケではないので膨らみに手をかざしてもすり抜けてしまうが、相手にとっては、紛れもなくリアルなのだ。
これでようやく客を迎え入れることができる。入室許可のサインを出すと、すぐさま扉を開く音が聞こえてきた。もう身体を動かしても大丈夫だろう。こちらの一挙一動は、相手のダッチワイフと連動している。見えないところで勝手に動いては、驚かせてしまうかもしれないから。
上体を軽く起こすと、全裸の男がズカズカと部屋を横断してこちらに向かってきているのが見える。このモーションは、誰でも一緒。単なる演出だ。
そして、布団の上で堂々と胡座をかくと、男は口をパクパクと開かせる。
「今日はよろしくね、かなえちゃん」
顔のパーツは整っているのだが、表情に締りがない。視線も胸の先をガン見である。アバターは理想的な造形を作り出せるし、合成音声も不自然なまでに凛々しい。しかし、顔面のデバイスによって読み取られた厭らしさだけは如実に伝わってきてしまう。
とはいえ、それはこちらも同じこと。油断なく、できる限りにこやかな作り笑顔で接しなくてはならない。
「うん、一緒に楽しく気持ち良くなろうね♪」
軽く唇を合わせると、ヤマトとやらはこちらの肩に手を置いて、元の仰向けに押し戻そうとしてくる。が、無理に人形だけを倒したところで、リンクが切れてしまうだけだ。彼の意向に沿うように合わせてゆっくりと横になると、彼は落ち着きなく視線を彷徨わせながら、こちらの上に覆い被さってきた。ゴーグルに映される彼の姿と、肌に感じる掛け布団は全く以って一致しない。が、そんなのは些末事だ。こちらからサービスする分には、枕元に控えているペニス型デバイスさえあれば良いのだし。
このように押し倒されていようが、コイツを咥えれば舌の感触が相手に伝わることだろう。完全に独立しているのだから、このように見つめ合いながらでも下半身に不意打ちを仕掛けることはできる。が、これはあまりウケは良くないので、頼まれない限りは避けておいた方がいい。
それに、そのようなことはせずとも、先方はすっかり
これまでセクサロイドの開発は、光の当たらぬ裏舞台で精力的に行われてきた。一時は極めて人間に近づいたものだが――結局のところ、人の動きは人が
これが普及する以前は、生身の女が、直に男と接していたという。今から考えれば、衛生的に信じられないことだ。まさか、やってくる客にイチイチ性病検査を課していたとも思えない。おそらく、常に危険と隣り合わせだったのだろう。
それに、容姿とて生まれ持ったものでそのままぶつからねばならない。今だって、回線の向こう側ではどのような醜態が繰り広げられていることか。小太りの中年オヤジがシリコン人形を撫で回していると思うと吐き気すら催してくる。
だから、そういうことはできる限り考えないようにしている。折角、自分好みの外観を勝手に設定されてもらっているのに、余計な姿を思い描いては台無しだ。
とはいえ、実物を考えたくないのはお互い様か。こちらもまた、相手の期待に添える身体つきではないのだから。
「かなえちゃんのおっぱい、気持ちいいよ❤」
映像と肌のセンサーがどうにも一致しない。実際の胸では挟みこむことなど不可能なので、どうしてもこのような齟齬は生じてしまう。それに、こうも頬骨から顎にかけてグリグリと押し付けられては、無精髭を伸ばしていればチクチクと突き刺さっていたことだろう。
だが、一定以上の痛みは設定でシステム的に遮断してくれている。例え相手が乳首を噛み千切る勢いで歯を立てたところで、人形の一部が欠けるだけだ。こちらには甘噛程度しか届かない。肌と肌で触れ合っていた頃には、さぞ苦労させられたことだろう。
「濡れてきたね。……
どうも愛撫が長いと思ったら、性感オプションでも付けていたようだ。性感帯を弄ることで徐々に股間が潤ってくる機能である。勿論、相手が抱いている人形の、ではあるが。雰囲気を大事にする性格なのだろう。こちらとしては時間単位の報酬となるので、冗長に過ごしてもらえればそれだけ儲かる。今回は運良く上客を掴めたようだ。
そもそも、前戯などなくとも、こちらは既にピストンパーツを装着済みである。外側から濡らさずともデバイス自体から
「うん……そろそろおちんちんちょうだい❤」
腹の上には布団の塊。
しかし、それを抱けば架空の男が腕に収まる。
そして、股の間に突き立てられるのは硬い突起。
陰茎デバイスが潜り込んでくる……!
「ん……くぅん……❤」
この呻きは、演技半分、本気半分。大げさに表現した方が相手も喜んでくれるから。しかし……昔はこれを面と向かってやっていたのだから恐れ入る。恥ずかしくなかったのだろうか。最早、その職人魂に敬意すら覚える。
「いいのぉ……ヤマトさんのおちんちん……すっごいよぉ♪」
どんな粗チンだろうが関係ない。こちらは常時極太最硬で設定している。自分の身体が相手に伝わっていないというのに、褒められて嬉しいのだろうか。機嫌良さそうに腰を振っているので、満足してもらえているのだろう。
「んっ、ん……やぁん……激しいっ❤」
過剰な衝撃は和らげてくれるが、穏やかな動きを増幅させる機能はない。ゆえに、これはひとえに相手方の頑張りによるものだ。
掛け布団を抱き締めながら、下から押し寄せる荒波に耐えているが――
「くっ、ぅぅんっ、もぉ、もぉ……かなえのおまんこバカになっちゃうぅぅぅぅ❤」
こ……これは本気で凄いな……! ストロークも大きく、勢いも激しい。一撞き一撞きが快感となって全身に響き渡ってゆく。
締り具合は、向こうにも伝わっているのだろう。こちらが
「
ボク……か。そういうキャラ付けならあのままショタアバターを当てておいても良かったかもしれない。が、今となっては……もう……っ!
「うん……いいよぉ……かなえのおまんこに全部
ビュクルっ! ビュルッ! ビュルッ!
「あ……あぁ……ヤマトさんの赤ちゃんいっぱい
まあ、妊娠などするわけがないが、本来は子作り行為である。こう言っておいた方が気分も盛り上がるし、相手も嬉しかろう。
実際の射精と擬似精液が連動しているかは知らない。だが、一頻り
「ありがとう、気持ち良かったよ」
しかし……残念ながらヘッドデバイスを付けていない。だから、感じられるのは挨拶の後に触れた唇の柔らかさだけ。
しかし、それもすぐに途絶える。
『ヤマトさんがログアウトしました』
……ま、こんなものか。男ってのは一旦
接続時間を確認すると……うん、結構稼げた。嫌いじゃないタイプだし、あとでお礼のメッセージも送っておこう。常連になってくれると嬉しいのだけど――
「
チッ、外から大声出すんじゃねぇよ。
「仕事中に騒ぐなっていつもゆってんだろ!!」
……やれやれ、丁度終わった直後で助かった。プレイ中に茶々を入れられていたら一気に萎えていたことだろう。
しかしまあ……キリもいいし、飯でも食ってくるか。基本的には全身タイツとはいえ、表情読み取りは食事の邪魔だし、何より股間のパーツを
それにしても……最初は抵抗もあったが、慣れれば案外楽しい仕事だな、コレは。お陰で自宅に引き篭もりながら家に金を入れることもできている。風俗嬢も女だけの仕事ではなくなった、というのも面白い時代になったものだ。
それに、アバターと中身が一致しないことなど、オンラインゲーム創生期からあったことだし、先方とて承知しているだろう。
全てが割り切り――それは、水商売であれば至極当然。幸い性分にも合っているようだし、もうしばらく稼がせてもらうとするか。