ルシフェル氏の小説の続き、というコンセプトの為プロローグの文章が似通っておりますことご了承ください。
第0章プロローグ―1年後のメルヘヴン―
メルヘヴン。それがこの世界の名前。
人や動物だけでなく草木や石までもが喋り、笑う。空には幻鳥や妖精が舞う。
のどかで平和な世界である。
そんなメルヘヴンの港町、アカルパポート。活気に満ちたこの街は夜でも繁華街の喧騒が絶えることはない。
繁華街から少し外れた小道を1人歩く少女がいた。
歳は17、18程。桃色の髪を三つ編みに結ってウィッチハットを被っている。
首から足元まで漆黒に覆うロングスカートのドレス。その片側には臍まで届く程の深いスリットが入っており、そこから覗くすらりとした白い脚が彼女の妖艶さを引き立てる。
細身の身体に不釣合いな程豊かな胸はドレスの胸元を内側から押し広げ、彼女が歩く度に微かに揺れる。
彼女の名はドロシー。
魔女である。
メルヘヴンの南部にある魔術国家、カルデア。外界との交流をほぼ断っているその国出身の女性を、メルヘヴンの人々は畏怖を込めて“魔女”と呼んでいる。
魔女といっても普通の人間との違いはほぼない。カルデアを魔術国家たらしめているのは、ARMというマジックアイテムの存在である。
ARMの見た目は銀細工のアクセサリー。それに持ち主の魔力を同調させると魔法を発現させることができる。
業火や雷を生み出したり、呪いをかけたり、守護者となるクリーチャーを召喚したり、といった具合だ。
ドロシーはこの数年間2つの使命を科せられて、カルデアから出国しメルヘヴン中を旅していた。
1つは「ARMの回収」。現在、ARMはメルヘヴン中に普及している。カルデア原産のARMの模造品が量産され、簡単なARMであれば訓練を積んでいない人でも扱うことができる程に浸透している。
では量産元となったオリジナルのARMはどうやってカルデアから持ちだされたのか。
ある1人のカルデアの女性が本国より盗み出し、798個のARMを世界中へばら撒いたのだ。
その女性の名はディアナ。ドロシーの姉である。
ドロシーはカルデア本国の掟に従い、大罪人となった身内の尻拭いの為、姉が持ちだしたARMの全てを回収することを課されたのである。
2つ目は「ディアナの殺害」。カルデアにおいて掟は絶対のもの。身内の不始末は身内で償う。それは罪を犯した身内の殺害も含めていた。
少女と呼べる年齢で重い使命を科せられたドロシー本人の苦悩は計り知れない。
しかし彼女は既に2つ目の使命を1年前に完了させていた。
そして先日、彼女は遂に1つ目の使命である「798個のARMの回収」をも完遂させた。
「ようやく終わった…」
星空を見上げながら、彼女は1人呟く。
思えば長い旅路だった。
これだけ自分が頑張れたのも、あの少年のお陰だ。そうドロシーは思う。
ギンタ。
本名を虎水ギンタという。
1年前にメルヘヴン全土を脅かしていたテロ集団、チェスの兵隊。その脅威に対抗すべく、抵抗軍は異世界から救世主を呼び寄せることを思いついた。
その時呼びだされたのがギンタだ。当時14歳の彼の姿を見たとき、召喚した本人は落胆したそうだ。しかしギンタは周囲の予想を遥かに超えて強くなり、メルヘヴンの平和をかけたデスゲーム“ウォーゲーム”にてチェスの兵隊を打ち破った。
その際の仲間として、ドロシーも参加していた。チェスの兵隊を裏で操っていたのは他ならぬディアナであり、ウォーゲーム後に表に出てきた彼女と対峙し、見事勝利し、殺した。
辛い使命を果たすべく硬化していた彼女の心を温かく照らしたのが、ギンタであった。
明るく、好奇心旺盛で、人のために本気で怒れる彼にドロシーはいつしか惹かれていった。
しかし全ての戦いが終わった後、ギンタは元の世界に帰ってしまった。
(ギンタン、今頃何してるのかな…)
宇宙の果てまで飛んでいっても辿りつけない異世界にいる想い人を想いながら星空を見上げるドロシーの背後に、長身の男が現れる。
「あれ?ドロシーちゃんやないか? お~い!」
聞き覚えのある声、長い金髪の男がドロシーに呼びかけてきた。
「ナナシ…」
彼はナナシ。盗賊ギルドの頭領でありウォーゲームでギンタやドロシーと共に闘った仲間である。
「やっぱりドロシーちゃん!久しぶりやな。せっかく再会したんや、一杯どうや?おごるで。」
久しぶりに会った仲間、誘われるまま私はナナシと酒屋に入り、あの時の話をする。
「しっかし、ドロシーちゃん、ギンタとお別れする時おらんかったやろ。ギンタ寂しそうな顔してたで。」
「うん、でもお別れの前に二人っきりで話しをした時、私の思いは告げられた。
それに私もディアナを倒した後は色々と忙しかったんだよね。」
「やっぱり、今でもギンタの事…」
「いやあ、ギンタンには小雪ちゃんが居るんだよ。それに私とギンタンは別世界の人間、いつか別れが来る事くらい…覚悟してたさ。」
小雪とはギンタの故郷の世界での幼なじみである。ギンタの彼女への想いを知りつつも、ドロシーはギンタへの恋心に身を焦がしていた。
「寂しかったら自分がドロシーちゃんの彼氏になってもええで」
冗談交じりにナナシが言う。
「…ありがとう。でも、アンタ浮気するでしょう」
いつもだったら「ちょっと、何言ってんのよ!」と怒鳴るドロシーだったが、何故かドロシーの表情は落ち着いていた。
ナナシも冗談で言ったつもりだったが、予想外の雰囲気になってしまい、慌てて話題を変える。
「ドロシーちゃん、ARM集めも落ち着いたんやろ。これからどうするん?」
「どうしようかなあ。今まで掟にしがみ付いて生きてきたから、自分でも全てが終わった後はどうしたら良いか考えてなかったんだ。」
「今まで戦いばかりだったんやろ、これからは普通の女の子として生きてもいいと思うで」
「普通の女の子かぁ…」
思い詰めた表情で酒を飲み干すドロシー。
「ドロシーちゃん?」
「そうだね、今はまだ何も思いつかないけど、色々考えてみるよ」
再び明るい表情が戻り笑顔でナナシに答える。
(やれやれ、やっと笑ってくれたわ…)
「ナナシ、今日はありがと。」
「おおきに。今度、ルベリアの砦に遊びにきてや。」
「うん♪」
ドロシーはナナシと別れ店の外へ出る。店から出てしばらく街を歩いた頃だ。
(つけられている…)
ドロシーは人気の無い路地裏に入り、呟く。
「こそこそしてないで出てきたらどうだい?」
闇の中から黒いローブを羽織った人影が姿を現す。素顔はフードで隠れて見えない。体格から見て間違いなく男だろう。
重苦しく感じる程の不気味な魔力と背中に背負った剣…
ドロシーは悟った。こいつは、私の命を狙っている。
男は剣を抜き、無言でドロシーに斬りかかってきた。
「このッ!」
ドロシーの手に箒が出現する。風の力を持つARM、ゼピュロスブルームだ。
ドロシーの愛用のARMで、風を巻き起こすだけでなく空を飛ぶこともできる。
剣とゼピュロスブルームがぶつかり合い、誰も居ない路地裏に激しい金属音が響く。
「いきなり、つっかけてくるなんて、いい度胸してるじゃない。私を誰か知らないのかしら?」
「知ってるからこそだ。魔女ドロシー、お前を排除する。」
ローブの男はゼピュロスブルームを弾き、がら空きになったドロシーの腹へ強烈な蹴りをお見舞いする。
「うぅッ!」
腹に重い衝撃が走り、とっさに蹴られた場所を片手で押さえ体勢が崩れる。そこへ容赦なく剣による一閃が降りかかる。
間一髪、剣をかわし体勢を立て直すドロシー。
(く、こいつ、ただ者じゃないわね…)
その時だった。ローブの男の指輪から雑音が流れた。恐らく通信用のARMであろう。
「準備は整った。そちらはどうだ?」
ARMから雑音まじりに聞こえる声。
「只今交戦中。流石、クイーンを倒す事だけはある。」
「私を差し置いて、何をこそこそ話ししてんのさ。」
「邪魔だ。オーガハンド!」
ローブの袖から巨大な腕が出現しドロシーの身体をがっしりと掴んだ。
「あぐッ…これは、ゴーストARM…しまった!」
「ドロシーを始末した後、カルデアへ向かう。」
「カルデア…ちょっとあんた達、何を…きゃああぁぁッ!」
ドロシーの言葉が途中から悲鳴に変わる。腕は今にもドロシーの身体を握りつぶさんばかりの力で激しく締め付ける。
骨や関節がギシギシと軋む音、吐息混じりの呻き声が夜の路地裏に響いた。
「ガハッ・・うんッ、くうぅぅ…!」
「さて、お別れだ。ドロシー。」
「ガーディアンARM…フライングレオッ!」
「何ッ!」
大きな翼を持つライオンを召喚するドロシー。ガーディアンARM、フライングレオの力だ。
自分を守護するモンスターを召喚するガーディアンARMも、ドロシーの得意とするARMの1つである。
フライングレオはローブの男を突き飛ばし、ドロシーはその反動で力が抜けた腕から逃れる。
「答えてもらうよ…カルデアで何をする気だ!」
その刹那、男の通信用ARMから再び音声が流れる。
「やはり、お前ではその女を殺るのは時間がかかるだろう。必要なものは手に入れた。そろそろ、カルデアへ戻って来い。」
「了解。」
ローブの男はディメンションARMを使いドロシーの前から姿を消す。
(必要なもの? まさか…)
「逃さないよ、ディメンションARMアンダータ。私をカルデアへ!」
ディメンションARMは空間に干渉するARM。その中でもアンダータは術者が一度でも訪れた場所なら一瞬で瞬間移動することを可能とする、優れもののARMだ。
アンダータが光ると、ドロシーの姿は一瞬で掻き消える。