「あれね…」
ザフィーロの街を外れて少ししたところ、山のふもとに大きな横穴が空いている箇所がある。
この洞窟内で、畏鬼教の信徒達が集会を行っているのだ。この集会所を壊滅させることができれば、この近辺での人攫いの被害もなくなるだろう。
畏鬼教は知性を持つ獄鬼とそれを信望する人間の信者で構成されている。
そういえばモンビという魔女もギンタという少年を探す為にここの畏鬼教と手を組んでいるという話だ。土人形を操る能力、なのだろう。人間、魔女、獄鬼、3種類の敵と戦う必要がある。
「ギンタン…」
モンビ絡みでギンタのことを思い出し、ドロシーの心はズキンと痛む。
そうだ、魔女がいようと獄鬼がいようと関係ない。暴れてやる。私一人で、壊滅させてやろうじゃないか。
失恋を頭から追い出すかのごとく、闘いに身を置こうと畏鬼教の集会所にやってきたドロシーだが、堂々と乗り込んで宣戦布告するほど考えなしになってはいない。
洞窟の入口では、人間の男と女が2人で見張っている。畏鬼教のユニフォームなのか、黒装束に身を包んでいる。
ドロシーは音もなく彼らの死角に近づき、三日月の意匠が施されたARMを発動させる。
直後、見張りは2人同時に崩れ落ちる。そのままガーガーと寝息を立てる見張り達。
彼女の使用したARMはスリーピーリングという、敵を眠らせるARMだ。
精神力が弱く、かつこちらの存在を認知していない程油断した相手でないと効果がない、いわば雑魚の騙し打ち専用のARMだが、こういった潜入行動には重宝する。
女の見張りから黒装束を剥ぎ取り、それに身を包む。
洞窟の内部に入ると、等間隔で火の灯った蝋燭が置かれている。
それを頼りに進んでいくが、道が4つに分岐している。4方向とも蝋燭の道が続いているので、適当に道を選んで進んでみるとその先の道も分岐している。
「ううん…随分複雑な洞窟ね…」
複雑に入り組んだ洞窟が、討伐隊の兵力をあちこちに分散させることで彼らに苦戦を強いていた点もあったのかもしれない。成る程、こういった場所の攻略には武器で武装した一般兵が沢山いるよりも一騎当千の魔法使いが少数いるほうが適任だろう。
それにしたって信徒の集会所に辿り着けなければ意味がない。
どうしたものかと思いながら歩いているドロシーの足が止まる。
いや、固定されていた。彼女の両足に蔦が絡みついている。
「な…」
声をあげる前にドロシーの口に蔦が伸びてきて、突っ込まれる。
「ん…んむっ…」
やがて両手も胴体に縛りつけられ、首にも絡みついた蔦がドロシーをギリギリと締め上げる。
そんなドロシーの目の前に現れたのは白髪を三つ編みに編んだ背の低い老婆。
(…モンビ…!)
首をきつく締められ意識が飛びそうな中、どうにかドロシーが指に念を込めるとゼピュロスブルームが顕現する。
その力で風の刃を作り出すと蔦を切り裂き、モンビに向けても放つ。
モンビはドロシーの反撃に随分びっくりした様子で、蔦の拘束を完全に緩めてしまう。
「何か喋ったらどうなの…貴女。 あっ!待て!」
拘束が解かれ臨戦体制に入ったドロシーに背を向けて、モンビは洞窟の奥に逃げ出していく。追いかけようと走りだしたものの、片足に絡みついた蔦は健在だったようで、派手に転んでしまう。
「くっそ…あいつ逃げてばっかり…!」
蔦を解いて追いかけるが、またしても道が分かれていて行方がわからなくなってしまった。
ドロシー自身ももう来た道を覚えていない。完全に道に迷ってしまった。
「何か聞こえてくる…」
分岐した道の1方から押し殺したような声が聞こえる。
そっと覗いてみると、そこは少し広くなった小部屋のような場所に通じており、2つの影が蠢いていた。
「ああ…うう…っ」
呻いている半裸の女性の上に、イボまみれの暗褐色のぬめぬめした物体がのしかかっていた。
人の背丈ほどもある、サンショウウオのような獄鬼だ。人語を喋らないタイプの低知能型で、グェックェッと呻いている。
暗くてよく見えないが、サンショウウオ型の獄鬼の股間と女性の股間の間は紫色の肉棒で繋がっている。交接しているのは明らかだった。
「っこの!離れなさい!」
ドロシーは渾身の力で獄鬼を女性から引き剥がす。
「貴女、大丈夫?」
ドロシーの心配には答えず、慌てて獄鬼の元にかけよる女性。
「ああっ、娃娃魚様!お怪我はありませんか?」
直後、キッとドロシーを睨みつける。
「貴女!何するのよ!娃娃魚様になんてことを!」
「えっ…あ…その…ごめんなさい。」
てっきり獄鬼に無理やり犯されているのかと思い助けたつもりだが、どうやら、合意で交わっていたようだ。随分露出度の高い服を着ているが、この女も畏鬼教徒のようだ。
獄鬼は気分を害したのか、ノソノソと部屋を出て行ってしまう。
「あーあ、折角2人きりで愛し合えるようにこんな場所でしてたのに…娃娃魚様のおちんぽ、いくら人気だからってやってる最中に邪魔するのは反則よ?」
不本意だが、『ドロシーが獄鬼に抱かれたいが為に彼らの情事を邪魔した』と解釈されたようで、信徒でないことは見破られずに済んだようだ。
畏鬼教の信徒は自分から進んで獄鬼と寝るのか…思わずドロシーの顔は引きつってしまう。
「ちゃんと本殿に行って、順番待ちで相手していただきなさいよ。ほら、一緒に行きましょう?」
本殿とやらに行こうと誘われた。きっとそこに、ザフィーロにおける畏鬼教の活動を支えている幹部がいるのだと考えたドロシーは、女信徒の提案に快く応じる。
畏鬼教の情報を彼女から得る方便として、ドロシーは自分が畏鬼教に入信したばかりの新入りであると説明した。
今日は丁度畏鬼教(信徒は“ウィッカ”と呼ぶらしい)の儀式の日のようだ。
儀式といっても司祭未満の一般信徒達にとっては祭りや宴のような認識で、女信徒も心が踊っている様子だ。
「さあ、外出用の服なんて脱いだ脱いだ!折角のエスバットなんだから、楽しみましょう?」
「え、そのお祭り…エスバットではこの服でいちゃいけないの?」
「決まってるわけじゃないけど、みんな私みたいな格好よ?そうじゃないと汚れちゃうし。」
ただでさえ敵地に潜入しているのに周囲から浮いた格好をするのはまずい。ドロシーは女信徒の服のスペアを借りることにした。
「似合ってるわよ。」
ドロシーは目の前の女信徒と同じ衣装に身を包む。
しかしこれが衣装と呼べるかは疑問だった。黒みがかった薄布を腰に巻きつけ、頭からも薄布を羽織るだけの格好。
洞窟内が薄暗いから大事なところが透けて見えることはなさそうだが、どれでも扇情的な格好には違いない。ドロシーは恥ずかしそうに胸を頭に羽織った布の先で隠し、女信徒に導かれ洞窟内を進む。
いくつもの分かれ道を通って蝋燭の道を進むと、奥に薄明かりが見える。何やら騒がしい。畏鬼教徒の集会を行っているということか。
「さ、着いたわよ。」
ドロシーの目の前に巨大な地底湖が広がっていた。
目の前に広がる地底湖は中央の天井がぽっかりと空いており、月明かりが差し込んでいる。
そこから雨水や植物の種が入ってくるのか、地面はゴツゴツした岩ではなく、柔らかな苔や草に覆われた土壌が形成されていた。
「!!…これは…」
ドロシーは息を呑む。地底湖に圧倒されたのではない。そこにいた先客達の繰り広げる光景への嫌悪の念からであった。
入り口付近、ドロシーと女性信徒がいるところの近くでは人間の男女同士が乱交している。
人間の信者用の食べ物が入っている大鍋を囲んで、好きに食べ、好きに交わっている。堕落した性の宴が繰り広げられていた。
湖の浅瀬部分にはサンショウウオのような獄鬼、蛙のような獄鬼、トカゲのような獄鬼などがうじゃうじゃおり、皆例外なく人間の女と交わっている。
(これが畏鬼教の“集会”ってわけ…?)
嫌悪感に思わず顔を歪ませつつ、あちこちで性行為が行われている様を見てドロシーの頬は少し紅くなっていた。
「クィベリオン様に挨拶しましょ。」
そういって女信徒は湖のほうへ進む。低級獄鬼達の乱交場所を通り過ぎ、湖の中心へ向かう。
途中、浅瀬が盛り上がって小島のようになっているところがあり、大量にある白い球体と共に10数人程の女性が仰向けで寝かされていた。全員、腹が妊婦のように膨れている。
「この人達…」
「獄鬼様の子を身ごもられた人たちよ。私も早く宿したいわぁ。」
完全にイカれている。ドロシーの嫌悪感はもう限界に近づいていた。
丁度、1人が産気づいたようで、性器から白い艶やかな球体が数個、ズルンと出てくる。
彼女らの周囲に無造作に置かれている物と同じ物だ。
そこでやっとドロシーは白い球体の正体に気づく。獄鬼の卵だ。
生み出されてから時間が経ったものの殻が割れ、中からトカゲのような生物が現れる。トカゲ型獄鬼の幼生だ。
(獄鬼と人間が交わっても合いの子ができる訳じゃなくて、獄鬼の子ができるのね…)
産卵を終えた女信徒は、ぐったりしながらもその表情は恍惚に満ちていた。
更に進むと、檻があった。裸の人間達が閉じ込められている。
「この人達は…」
「ザフィーロとかから拉致ってくる人間たち。馬鹿な奴らよね、獄鬼様に従う道を選ばなかったばっかりに、見なさいよ。私達とは扱いが全く別。」
「その、この人達は、どうなるの…?」
「お食事よ。獄鬼様達の。」
事も無げに答える女信徒。
「男は全員そうね。子供は素質があったら育てて信徒に教育する。女も獄鬼様は召し上がるそうだけど、そうされるにしても“楽しんで”からね。」
確かに檻は3種類あった。
裸の男たちが縛られている檻。子どもたちが閉じ込められている檻。女性の檻は半分開放されており、身動きの取れない女性達の上で、獄鬼達が腰を振っている。
辺りを見回してみると、乱交場所とは別に低級獄鬼達が集まっているところがある。
そこへ男の信徒が何か、肉の塊を運んで、与えている。檻の中の人々の成れの果てだろう。
(最低…なんてところなの、この場所は…)
あまりに凄惨な光景に、ドロシーの顔はどんどん険しくなる。
(成る程、…カメレオン型の獄鬼の言ってた通り、知性のある獄鬼が人間を協力させることで、彼らの眷属の食事と繁殖を効率化させているわけね…)
「折角のお祭りなんだから雑用なんて土人形にやらせればいいのに。」
獄鬼達に肉塊を与えていた男に、女信徒が話しかける。
「今日は土人形の動きが悪いんだよ。だから代わりに俺らが仕事しなきゃならん。 モンビに文句を言おうにも昨晩からずっと姿を見せないし…」
男教徒は苛立ちを紛らわすかのようにボリボリと頭を掻く。
「あのババア腹立つわあ。ここ最近はギンタギンタってわけわからんことばっかり言ってるしさ。土人形の労働力提供してるからって偉そうにすんなってのよ。」
「土人形の働きにしたってよぉ、外で使うときはギンタギンタ五月蝿えし、ここで洞窟内の整備をしてる時は何か探してるみたいだし、自分の目的を果たすついでにやってる感じが気に食わねえ。」
モンビはあまり畏鬼教徒には歓迎されていないようだ。
さっき彼女を見たと言いそうになったドロシーだが、戦ったことを言うわけにはいかない。ボロを出さないためにも言わないでおいた。
(ちゃんと畏鬼教の服を着てたのに、なんでモンビは私を襲ったんだろう?)
攻撃方法にも疑問はあった。土人形を操る魔法を持っているかと思いきや植物も操る。
畏鬼教の活動の内容がわかっていく一方で、モンビに関する謎は深まるばかりだった。
「さ、貢物持ってさっさと行くわよ。」
女信徒は子供の檻に無造作に手を突っ込むと、縛られ、猿轡を噛まされた5歳くらいの男の子をひょいとつかみあげる。
そのまま、締めたニワトリでも運ぶかのようにぶら下げ、ドロシーについてくるよう促す。
湖の中心部にいるという“クィベリオン”という上級の獄鬼に挨拶へ行くのだ。
「ウチのシナゴーグ(集会所)専属の上位獄鬼様は、大きなお姿のクィベリオン様だけだから、エッチできないのよねえ…別の場所のシナゴーグには人間サイズの上獄鬼様が複数いらっしゃることが殆どなのに、そこは不満よね。」
人語を操る化け物にそんなに抱かれたいのか、と軽蔑の念を押し殺しながら、ドロシーは女信徒に話を合わせる。
湖の中心部まで歩くと、浅瀬の部分も終わりになり、急に深くなる。水の色も深い青になっている。人間が歩いて移動できるのはここまでが限界のようだ。湖の奥へ向かって、浅瀬からせり出すように石造りの祭壇が作られている。
「司祭様!」
そこにいた黒衣の男に女信徒が話しかける。
「今宵のエスバットも盛況ですね。」
「おや、ダリア。隣の女性は…」
「ドロシーです。」
司祭の目線がこちらに移ったので、少し恥ずかしそうに胸を押さえる。
「彼女は最近入信したみたいなので、2人でクィベリオン様にご挨拶に伺いました」
「ほう、どうりで見ない顔だと思った。この地上の真の支配者たる獄鬼様の繁栄の為、しっかり励むことです。サバトの日ももうすぐですし、それまでに獄鬼様を悦ばせる技を磨くことですね」
ドロシーの胸や腰を好色そうに見つめながら言う。基本的に男信徒の仕事は獄鬼の為の肉体労働、女信徒の仕事は獄鬼への性的な接待のようだ。
(ねえ、サバトって何?)
(もっと大きなお祭りよ。エスバットよりもね。ここのシナゴーグができてから初めてのサバトだから、みんな張り切っているわ)
毎週のように行われるエスバットよりも大規模な祭日、それがサバトだという。
年に数回、地獄から更に強力な上級獄鬼が地上に現れることのできる日に合わせているらしい。
司祭との挨拶を済ませた二人は、祭壇の中央へ向かう。
「クィベリオン様!」
女信徒の声に応えるように湖の水面が湧き上がり、巨大な水蛇が顔を出す。
「今宵も我らを見守ってくださりありがとうございます。」
「うむ…うむ…」
面倒くさそうに女信徒の言葉を流す大水蛇。4階建ての建物くらいありそうな長い巨体が湖の水に濡れている。
「こちらが新しい信徒、ドロシーでございます。さあ、お近づきのしるしに…」
そう言って、縛られた男の子を差し出す。
クィベリオンはドロシーには目もくれずに恐怖の声をくぐもらせる男の子を見て舌なめずりする。
「さあ、私達はあっちで楽しみましょ… あぁ♥獄鬼様達のほうからいらっしゃったわぁ♥」
浅瀬から3匹の下級獄鬼がノソノソとやってくる。トカゲ型、蛙型、サンショウウオ型が1匹ずつだ。
「コいツ…シんイリ…?」
トカゲ型獄鬼がドロシーに背後から抱きつく。鋭い爪を持つ手が、ドロシーの胸を揉む。尻には何やら硬いものが押し当てられている。
「イい身体…丈夫ナ子、産ミそウ…」
蛙型獄鬼の舌がドロシーの内ももを這う。
「ドロシーったらモテモテじゃないの。獄鬼様ぁ♥私のお相手もぉ♥」
女信徒はやる気満々でサンショウウオ型獄鬼に抱きつく。
獄鬼の性的な視線に耐えられずクィベリオンのほうを見ると、大きな口を開いて今にも男の子を丸呑みにしようとしているところだった。
「んーーー!!んんーーーー!!」
猿轡から漏れる恐怖の声を意に介さず、水蛇の巨大な牙が男の子の身体にかかろうとした刹那…
「ゼピュロスブルーム!!」
風の刃が水蛇の牙を折る。
「な…」
ドロシーの手から放たれた魔法を呆けたように見る女信徒。
更に次の瞬間、風が唸る音と共にドロシーの身体をまさぐっていた獄鬼達の首が落とされる。
「小娘…貴様…」
巨大な水蛇の瞳には魔女の姿が映っていた。深い闇色をしたドレス、ウィッチハット、手に持つは銀色の箒。
「何してくれてんのよぉーー!!」
女信徒がドロシーに掴みかかる。色々不審な点は思い返してみれば多々あったが、エスバットの高揚感にあてられて流してしまった。あれだけ外部の者の侵入を許すなと言われていたのに…
しかし、魔法を使わない一般人などドロシーの敵ではなかった。ARMを使うまでもなく、箒の柄を女信徒のみぞおちにめり込ませてあっけなく気絶させる。
司祭が大声を張り上げ、増援を求める。
集会所にいる男信徒、獄鬼がドロシーに群がってくる。
ドロシーはゼピュロスブルームを振るうと彼女を中心に大きな竜巻が現れ、彼らを巻き上げる。
突然の魔女の出現に恐怖しながら、男信徒と獄鬼は地面に叩きつけられる。
「雑魚掃除は終わりかにゃー?」
周囲の確認のため一瞬竜巻を弱めたドロシーの背後から手が伸びる。
モンビの土人形だった。普通の人間より数倍タフな彼らは、竜巻に吹き飛ばされずにドロシーの近くに潜んでいたのだ。
土人形達の手がドロシーに掴みかかる。身を捻って避けようとするがドロシーの服を掴んだ土人形の手は離れず、服のほうが破れてしまう。
6体もいる土人形に囲まれてはその攻撃も捌ききれず、四肢を押さえつけられて仰向けに拘束される。
「やばっ…」
ドロシーを襲おうとする土人形の動きが、ぴたっと止まる。まるで彼らを動かすエネルギーが切れたかのようだ。
そのまま彼らの身体はみずみずしさを失い、土塊となってボロボロと崩れ落ちる。
「え…どういうこと…?」
モンビという魔女が操っている土人形達は、土に戻ってしまった。
だが、ドロシーにとっては好都合。残る相手は、目の前の大水蛇のみ。
「どいつもこいつも…使えん奴らだ…」
その光景を見ていたクィベリオンが動き出す。
大水蛇の尻尾がドロシーに叩きつけられる。巨体に似合わず素早い動きに反応しきれず防御行動が遅れたドロシーの身体は吹っ飛ばされ、水切りされた石のように湖面を跳ねる。
湖に投げ出されたドロシーの足にクィベリオンの尻尾が絡みつき、水中深くに引きずり込まれる。
(この…離せっ…)
水中ではゼピュロスブルームを振っても風が生み出せない。
フライングレオを出して戦わせようと思ったが、水中で更に俊敏さを増したクィベリオンを捉えるのは難しいだろう。
(動きを止める…それなら…!)
ドロシーの胸のブローチが光を放つと、クィベリオンの胴体とドロシーとの間に巨大な案山子が出現する。
「そいつに戦わせようというのか?水中での私の動きについてこれるとでも?」
ほくそ笑むクィベリオンの表情が硬くなる。
「う…動けぬ…小娘!何をしたぁ!」
磔のスケアクロウ。ドロシーの胸のブローチになっているガーディアンARMだ。その能力は、見つめた相手の動きを封じること。
スケアクロウが激しく回転し、帽子の部分がドリルのようにクィベリオンの口に突っ込まれる。声にならない悲鳴をあげるクィベリオン。
この状況では最善手のARMだが、ガーディアンARM発動中のドロシーは動けず、クィベリオンも金縛り状態のため拘束が緩むことはない。
水中で呼吸ができないドロシーがARMとシンクロする為の集中力が途切れるのが先か、クィベリオンが息絶えるのが先かの勝負だ。
(息が苦しい…もう駄目…)
スケアクロウの巨体が消滅し、クィベリオンの尻尾の力が緩む。ドロシーは残りの力を振り絞って水面に向かって泳いでいく。
勝負は、ドロシーの勝ちだった。頭部を完全に破壊された大水蛇は湖面にぷかりと浮かぶ。
「そんな…クィベリオン様が…」
「あの魔女…何者だよぉ!」
ドロシーは恐れおののく信徒達のほうをゆらりと向く。
彼女の視線に気付いて逃げ出そうとする信徒達だったが、彼女の箒から放たれた風の刃が次々と彼らの足の腱を裂き、動きを止めていく…
獄鬼はあらかた倒し、信徒たちは全員縛り上げた。攫われてきた人々も開放した。
陽が紅くなり始めている。あと少しすれば討伐隊が来るだろう。
今回の戦闘でも随分服が破けてしまった。この姿で出て行くのは忍びない。
ドロシーは集会所の端のほう、背の高い葦のような植物が沢山生えている浅瀬で、服の修復と体力の回復を図ることにした。
あの女信徒の話によれば他に比べてかなり小規模な上に出来たばかりの集会所のようだったし、クィベリオン以外の上級獄鬼がいなかったこと、そしてどういうわけかモンビの土人形が機能しなくなったこと、モンビ本人もいなかったこと、といった要因が重なったことが大きいのは否めない。
それでもドロシーは、魔力消費量が多いハンデの中、1人で畏鬼教の集まりを制圧したのだ。
久々に感じる充実感の中でドロシーは横たわり、疲れを癒すために仮眠に入った。
―――――――――――――――――――――――――――――
ドロシーが目覚めると太陽は地底湖の天井の穴からは見えなくなり、空は赤紫に染まっていた。日没が近い。
魔女服の修復も終わり、傷も癒えてきた。魔力量も回復している。
そろそろ討伐隊が突入してくることだろう。彼らに合流して、事情を説明しよう。
入念にしたであろう闘いの準備が無駄になったのは気の毒かもしれないが、無駄な血が流れずに済んだことは喜んでくれるはずだ。
後はザフィーロに戻って、チップの帰りを待とう。
ゆっくりと身体を起こしたドロシーの背後に、聞き覚えのある声が響く。
「よう、ドロシー。」
「! …オスカー…」
白銀の髪に浅黒い肌の長身の男性、ドロシーをこの世界に連れてきた張本人、オスカーだ。
突然の再会に驚いたが、すぐにゼピュロスブルームを構えて警戒態勢に入る。
「もしかして、領主さんが言ってた『畏鬼教の討伐隊に協力を申し出た魔導師』ってのは…」
「そう。俺だ。何かおかしいと思って先行してここまで来たんだが…まさか既に獄鬼は死んでる、信者も拘束済みときたもんだ。 …お前がやった、ってことでいいんだよな?」
余裕たっぷりの嫌味な微笑は相変わらずだが、少しばかりの苛々が見て取れた。
「そうだけど?邪魔しちゃったかしらぁ?」
わざと挑発するような声で答える。
「やってくれたなぁドロシー。今回はな、広い土地の領主という巨大なスポンサーができるかどうかの大事な商談だったんだ。街を脅かす獄鬼とそれを崇拝する畏鬼教徒。ARMのプロモーションに最適な舞台だろう?」
「それにこの地底湖だ」
オスカーは親指で湖を差す。
「今までは獄鬼どもが棲家にしていたみたいだが、それにしたって澄んだ湖じゃねえか。まるでクレイドンの水だ」
ドロシーとオスカーの故郷、カルデアにはクレイドンの森という場所がある。
クレイは水、ドンはそこに生える樹を表す。その場所の水は飲んだところでその者の魔力が上がることはないが、魔力をよく通す性質を持っていた。
同じくカルデアにあるマティア鉱山からマティア鉱を採取してマジックストーンを作り、クレイドンの森の水を触媒にして魔法をダウンロードする。カルデアが魔術国家なのも、魔力をそだてるのに有利な自然に恵まれているからこそなのだ。
「ザフィーロの領主に気に入られてこの湖の水を使う権利を貰えれば、オズの国でのARM生産体制を固める一歩になってた筈なんだよ。」
「残念でしたぁ~ドロシーちゃんがあんたの計画ぶっ壊しちゃったみたいで」
余裕顔で挑発するドロシー。彼女の余裕には理由があった。
オスカーは弱い魔法使いなのだ。
オスカーの家系、ディグス家は代々ARM彫金師の家系だったが、ARMを扱うことに関してはからっきしだった。ARMを2,3回発動させただけでへばってしまう。
魔術国家で魔力が弱いことはそれだけで卑下の対象になる上に、彼らの家系はカルデアでは珍しい褐色の肌を持っていた。
閉鎖的な集団は得てして少数派に辛く当たるものだ。カルデアもその例に漏れなかった。
良いARMを彫金するという実績に関わらず、ディグス家は周囲から蔑みを受けていた。
ドロシーも彼らへの扱いには疑問を持っていた。しかしディアナのせいで自分の家が同じ目に遭いそうだった為、ディグス家のことを気にかける余裕は持ち合わせていなかった。
そんなディグス家に対して哀れみに近いものも感じていたドロシーだが、カルデアを裏切るという大罪を犯したオスカーに同情の余地はない。
「こないだから大きな口叩いてるけどねえ。あんた、戦いは苦手じゃなかった?ARMで釣って仲間を増やしても、簡単に下克上されちゃうんじゃない?」
「最弱のディグス家、よく言われたもんだねえ。どうだ、そんな最弱の俺と戦ってみねえか?」
余裕の笑みは崩さず、オスカーは手をクイクイ動かしてドロシーを挑発する。
「随分長話しちまったが、お前は俺の計画を止めたいんだろう?来いよ、カルデアのお姫様、ドロシー嬢。」
「偉そうなこと言うじゃない。カルデア宮殿では部下に戦わせてたクセにさ。」
ドロシーもゼピュロスブルームを構える。
「カハハハハ、厳しいねえ。今は俺1人だ。部下がいなくて怖いなあ~負けちゃうかもな~」
おどけた様子でオスカーが言う。
「おちょくれる余裕があるの?来ないならこっちから…」
「ハーフーン・ピアス!」
ドロシーが言い終わらぬうちに、巨大な銛がドロシー目掛けて飛んでくる。ドロシーもこの世界ではあまり何度も魔法を使えない。ARMを発動しての相殺ではなく、回避を心がける。
「いきなりでかい攻撃してくるじゃん。あと何発出せるのかにゃ~? 」
銛をひらりとかわしたドロシーは挑発する。
「クレインプレイン!」
無数の折り鶴が出現し、ドロシーを襲う。羽が鋭利な刃物になっており、当たったらひとたまりもないだろう。直線的な動きだが、何しろ数が多いので避けきれない。
「ゼピュロスブルーム!」
回避を諦めたドロシーは竜巻を起こし折り鶴を散らす。
「ビードロシュート!」
虹色の珠が散弾のように発射されてくる。
「っくぁ!」
こんなに早く連撃してくるとは思わず、少し攻撃を受けてしまう。
軽い攻撃で助かった…と考えていると…
「シャボンレオ!」
水でできた巨大な獅子が召喚される。
「!…っフライングレオ!」
ドロシーも有翼の獅子を召喚し、相殺する。
(今度はガーディアン!?おかしい…いつものオスカーの魔力量ならもう限界のはず…それにこの世界ではメルヘヴンの人間は魔力の燃費が悪くなるんだからとっくに魔法が使えなくなってるべきなんだ… なのに…)
とにかく早く勝負を決めなくては。焦ってオスカーの懐に飛び込むドロシーを…
「エア・ハンマー」
オスカーの手から放たれた空気の弾が跳ね返す。
「ぐああああっ!」
「く…オスカー、あんた… そんなにARMを連続で使って…どうして魔力が持つ?」
直撃した腹を押さえながら、ドロシーが疑問を口にする。
オスカーは攻撃の手を止め、彼女の疑問に答える。
「なあドロシー、お前はメルヘヴンでは最強に近い魔女だったが、今は数回ARMを使う程度で息切れしちまうんだろう?」
「忌々しいことにね。それがどうした?」
「俺の場合はその反対ってことさ。俺の魔力はメルヘヴンではまともに使えないが、このオズの国ではよ~く馴染む。」
「オスカー、まさかあんた…」
「そう、俺は、俺たちディグス家はこの世界の人間の血を引いているんだよ」
「そんな…」
「何百年も昔にオズの国の人間が時空を越えてメルヘヴンに、カルデアにやってきたらしい。門番ピエロもないのにどうやってかは知らないがな。そこで俺ら一族は子をなし、今日まで生きつないできた。」
オスカーとその一族が魔法を上手く使えないのには理由があったのだ。
オズの国の人間の子孫だから、メルヘヴンでは今のドロシーのように魔力が上手く練れない。逆にこのオズの国では、存分に魔法を使えるというわけだ。
「それに加え、俺にはこいつがある。」
オスカーははだけた自分の胸をドロシーに見せる。不気味な刺青のようなものが蠢いていた。一瞬ファントムのゾンビタトゥかと思ったが模様が違う。
「肉体と融合させるタイプの神導器、魔導録アズュラーン。カルデア宮殿に保管してあったものだ。」
「あんたがあの時、宮殿から盗んでいた物ね…!」
「盗んだ?取り返したんだよ。俺の先祖がメルヘヴンに渡った時に持ち込んだものだ。今この世界では神導器は全部で14種と言われているそうだが…こいつは15番目ってわけだな。」
オスカーは自分の胸板の刺青を大事そうに撫でる。
「アズュラーンに込められている魔法は“自分の記憶の中にある魔法の再現”。一度でも俺が間近で見た魔法は俺のものってわけだ。ボールダーファング!」
地面が隆起し、尖った岩がドロシーを貫こうと伸びてくる。すんでのところでかわすドロシーだが…
オスカーに背後を取られてしまった。頭を鷲掴みにされ、地面に叩きつけられる。
「こんなこともできるんだぜ。」
ドロシーの頭を掴んでいる手が淡く光る。何をしている?
いずれにせよ奴の思い通りにしてはいけない。出現させたダガーナイフでオスカーを牽制し、拘束を逃れる。
「この時間で吸い出せたのは5個か…」
意味深なことを呟くオスカーに注意を払いつつ、ドロシーはナイフをしまい、入れ替わりにゼピュロスブルームを出現させる。
「ゼピュロスブルーム、ストルム・ロザリアッ!」
ゼピュロスブルームを横に一閃した後、素早く縦に振り下ろす。すると、今度は十字の真空波がオスカーに襲い掛かる。爆発音と共にオスカーの姿は土煙で見えなくなる。
煙が晴れ、現れたのは大きな盾。女神の意匠を施された盾がオスカーを護っていた。
「それは…イージス。ナナシのARM…」
「ふふふ、懐かしいか?セイント・アンガー!」
2対の巨大な拳。アランが持っているはずのガーディアンアームが現れ、ドロシーを殴りつける。
「ぐあっ!」
彼女の身体は壁に強く叩きつけられる。続けて攻撃を食らうまいと素早く箒を構えるが…
気づけばドロシーは透明な球体の中に囚われていた。球体は数メートル程上昇し、停止する。その背後には吹き出すような紫煙と巨大な目…
「…しまっ」
「バーストアップ。」
アルヴィスのARM、ア・バオア・クーによる爆発が彼女の身体を焼く。
「きゃああぁぁぁ!!!!」
球体内で逃げ場をなくした爆撃は何度もドロシーの身体を襲う。暫くして球体の拘束は解かれ、全身ボロボロのドロシーの身体は地面に叩きつけられる。
立ち上がろうとするも、力なく尻もちをついてしまう。そして地面が隆起し…
「地豆、アースビーンズ!」
蔦が現れ、ドロシーを拘束する。尻もちをついた状態のドロシーの上半身をボールダーファングで隆起した岩に縛り付ける。魔力の通った蔦は人間の力で引きちぎれるものではなく、ドロシーはびくとも動けない。
「これで動けないな。」
「く…メルのみんなのARM…あたしの頭の中からARMの能力を再現したってことね。」
「そういうこと。そして一度使用すればそれは“自分が使ったことのある能力”なわけだから、次からはわざわざお前の身体に触れる必要はない。」
「なるほど。お前の狙いは私の中のARMの記憶ね。」
ディアナがカルデアから盗み出した798個のARM。それらのほとんど全てを回収したドロシー。彼女は回収の過程でARMの能力を確認する為に毎回その能力を試しに発動させていた。
「そう。今生きている人間で、ARMの魔法の記憶を一番多く持っているのはお前なんだよ。ドロシー」
「そのあたしからARMの記憶を抜き出せば、あんたはほぼ全てのARMの能力を使えるようになるってわけか…」
「そうだと嬉しいんだがな、アデュラーンのARMの記録量にも上限があるんだ。100個しか記録できない。新しいARMの記憶を入れたら古いものは消えていくんだ。 だ・か・ら。」
ドロシーの顎に手をやるオスカー。
「俺と組まねえか?お前が味方になって、いつでもARMの記憶を吸わせてくれれば事実上俺はお前の記憶の中にある800近いARMの能力を使い放題だ。」
そんなオスカーにドロシーは唾を吐きかける。
「お断りだよ。この世界を支配して、メルヘヴンへの侵攻も考えてる奴の味方になんて、誰がなるか。」
「そう言うと思ってたよ、心がダメならまずは身体からモノにしていくことにするぜ。」
オスカーはドロシーに近づき、手をかざす。
「今回おイタしたお仕置きだ。 癒しの天使」
ドロシーの傷が癒えていく。ように見えた。
実際に治ったのは肌表面の裂傷や火傷のみで、身体の奥のダメージは治らないままだった。
彼女の身体から血や泥が消え去り、ボロボロの服の裂け目から白い肌が顔を出す。肌の白さと、魔女のドレスの黒さのコントラストで、大分肌が露出しているのがわかる。
「傷まみれで汚い女を抱く趣味はねえからな」
「抱くって…あんたまさか…っ!?」
続く言葉は遮られた。他でもない目の前の男の唇によって。
「む“っ!?…おすか…んぅ…っ」
ギンタとしたような唇と唇を合わせるだけのキスではない。完全にノーガードだった唇を割って、オスカーの舌が侵入してくる。
「ふっ…く ん…ん…」
にちゃにちゃと2人の舌が絡み合う。あまりに想定外な事態に気が飛んでしまい、ドロシーの舌はオスカーの舌の愛撫を力なく受け入れていた。
それも束の間、何が起きたかようやく理解したドロシーは顎に力を入れる。
口の中に血の味が広がり、オスカーの唇が離れる。唾液とオスカーの血が混ざり合ったものが2人の間で長い糸を引き、唇を許してしまったことをドロシーに強く自覚させる。
「いいね、それくらい気が強いほうが堕とし甲斐がある。」
舌を噛まれたことを意に介さずに、余裕たっぷりにドロシーの顔を見つめるオスカー。
「なな…何してくれるのよ!」
動揺を隠そうと気丈に振る舞うも、言葉は震えている。
オスカーは倒すべき敵だが、容姿は悪くないほうだった。健康的な褐色の肌、切れ長の目、細長めの顔はとても整っている。
少年とのフレンチ・キスしか知らなかったドロシーは突然唇を奪われたことに頬が熱くなる。
「ハハ、ウブな反応。かわいいねえ」
何をするのかと訊いたものの、大体想像がついていた。なんとか蔦を解こうとするが、魔法で創られた蔦はびくともしない。
「その前に…待機させてる討伐隊の奴らも痺れを切らしてここまで来そうだからな。」
オスカーは空に手をかざす。
「ディメンションARM、ブラインドスペース」
オスカーの掌から曇りガラスのようなタイルが何百枚も飛び出てくる。それらは空中でパズルのように組み合わさり、ドロシーとオスカーを中心に葦の生えている浅瀬一帯をすっぽり覆う、透明な半球となる。
「人払いのARMだ。この中の様子は外からは見えない。音も聞こえない。この空間に外から入ってみようという気もなくさせる。 誰も俺たちを邪魔しない」
日はとっくに沈み、2つの月が地底湖を明るく照らしている。
「さあ、楽しませてもらうぜ。ドロシー」
ズボンを押し上げてギチギチに熱り立っているオスカーの股間が、これからドロシーに刻まれる絶望がどんなものか如実に物語っていた。