ACT.1不時着 ACT.2 オズの国
ドロシーはオスカーを追って逆門番ピエロを通った。
7色の光の奔流の中にいる。ここが異世界間を繋ぐトンネルなのだろうか。少し目眩を感じながらも、自分をがっちり掴むオスカー振り解こうと抵抗する。
「このッ!離せ!」
オスカーも負けじと私を掴む手を掴み、仲間の黒服達も加勢して揉み合いになる。
そこに雷鳴でも響いたかのような轟音と共に大きな衝撃がドロシー達を襲う。
「うおおおっ!?」
オスカーは思わず手を離してしまう。
突如オズと私の間の空間が裂け、真っ暗な夜の風景が現れる。転移先の世界だろうか。落ち着いた田舎町に、1つだけ高い建物がある。そこにどんどん近づいていって…
「トンネル開通デース!」
「え ちょ…」
ドオオオオオン!
爆音と共に「城の壁の中で」転移空間が弾けた。私はその衝撃で隣の棟の屋根に叩きつけられて、数回屋根の上をバウンドして、水面にぼとりと落ちた。水路だろうか。どんどん流されていく。
身体が動かない…この爆発での傷もあるし、オスカーとやり合った時の傷も痛む。ホーリーARM(治癒のARM)を取り出す余裕もない。息を吸うだけで背中がズキズキ痛む。魔力も体力も限界だ。
無茶は解っていた。魔力をあんなに消費した状態でオスカーに立ち向かうなんて自殺行為だった。何よりこっちの世界に来るにあたって私は何の準備もしていない。
城内が騒々しい。
「敵襲か!?」「天井に穴が…ネッサローズ様がなんておっしゃるか…」「桃色の髪の女だ!探せー!」
等の声が聞こえる。
どんどん水路を流されていき、開けた場所に出る。川だろうか。さらにさらに流される。
残った力でなんとか顔を水上に出しているが、もはや犬かきにもなっていない、ぎこちない泳ぎだった。
(もう…泳げない…意識も……)
……
「あれま、大変!」
朧げな意識の中、声が聞こえる…
「まだ若いのに、獄鬼にでも襲われたのかね」
女性の声…
「あら、まだ息があるわ。お嬢ちゃん!お嬢ちゃん!しっかり!」
答えることができない。目を開けることもできない。
ああ…また意識が…
気が付くと、ドロシーはベットの上に寝ていた。
「うわぁッ!」
私が目を覚ますなり髪を後ろで束ねた中年女性が驚いて後ろに下がる。エプロンが似合う、温和そうなおばさんだ。
「ああ、びっくりした。目が覚めたんだね。よかったよぉ。」
「貴女は…」
寝起きで混乱していた頭がだんだんクリアになってくる。そうだ、私はオスカー達と共に逆門番ピエロを通って…
(そうか、ここは…メルヘヴンじゃない。ギンタンの世界とも、きっと違う場所。)
「私の名前はボク。この辺で細々と暮らしてる農婦さ。ほら、ここで取れたモロコシのスープだよ。お食べ。」
気さくに話してくる婦人。悪い人ではないようだ。
濡れた服は脱がされ、太ももと肩の痛みが大分楽になったと思ったら、親切に包帯が巻いてあり手当てしてくれたみたいだ。
「ありがとうございます。貴女が助けてくれたんですか?」
有りがたくスープをいただきながら、ドロシーは尋ねる。
「そうよぉ、河原で倒れてるあんたを見たときは肝を冷やしたよ。
あたしが通りかかって本当にラッキーだったんだからね?こんな田舎の夜中にあんたみたいな別嬪さんが野ざらしで倒れてるんだもの。獄鬼に見つかったらどうなってたか…」
「獄鬼?ってなんですか?」
「…あんた都会の子かい?人里離れたところには大体うろついてるじゃないか。
端的に言えば化け物さね。男ならあたしの旦那みたいに殺されたり食われたりで済む。でも女が襲われたら悲惨だよぉ…犯され、孕まされちまう」
「酷いことするのね…」
「メスがいない生き物だからね、他の生き物の子宮を借りるしかないのさ。大抵家畜が狙われるんだが、人間のメスは奴ら的には“当たり”らしいよ。」
下衆な生物もいるものだ。メルヘヴンにも魔物はいたが、ヒトの女性を孕ませるような生態は持っていない。
「そんなのがうじゃうじゃして、みんなどうやって対抗してるんですか?」
「対抗なんて、魔導師じゃあるまいしできっこないよぉ!
魔女様が、魔法が使えない私ら一般市民を護ってくださるからね。苦しい納税も、それで獄鬼の脅威から護られるんなら感謝しなきゃ。」
「魔導師…?魔女…?」
「呆れたー!何も知らないのね!?どこから来たのよ?このオズの国にいて獄鬼も、魔女様すら知らないなんてさ!」
「あ、はい。実は私、こことは違う世界から来て…」
「え…あんた…」
ボクの形相が変わる。思わず息を呑むドロシー。
「…溺れて頭でもやられちまったのかい?ついでに常識も丸々頭から消えちまった、ってわけだ!可哀想にねえ。ま、ここでゆっくりしていけば色々思い出してくるさ」
ドロシーの肩を掴んで憐れむように言うボク。
「あはは、そうなの、かも…」
ドロシーは苦笑いで返す。まあ信じてはもらえないだろう。ここは彼女の好意にあずかって、この世界のことを教えてもらうことにしよう。
「ここのこと、もっと教えていただけませんか?訊いてるうちに思い出すかもしれないので」
「いいよ。その前にほら、あんたの着替え、乾かしておいた」
着替え終わったドロシーに、ボクは説明を始める。
「ここはオズの国東部、マンチキンさ。
死の砂漠に囲まれているオズの国は5つに分かれていてね、東部マンチキン、西部ウィンキー、北部ギリキン、南部カドリング、そして中央都エスメラルダ。
それぞれの地域を魔女様、魔法使い様が治めていてね、彼らの偉大な力があるからこそ、我々は野生の獄鬼の襲撃から護られているわけさ」
「…まあ、ここはギリキンとの境でね。辺境だからご加護もそこそこだけど、それでも有り難いことだよ。
マンチキンを治めるネッサローズ様とウィンキーを治めるエルファバ様は姉妹でね、あまり詳しくないけどカドリングやギリキンを治めるのも魔女様で、エスメラルダは男性の魔法使いが治めているそうだよ。…あれ、ギリキンの魔女様は亡くなったんだっけな…」
「魔法が使えるのはその魔女だけなんですか?」
「いや、魔法の才能を持った人間は何百人に1人くらいの割合で出てくる。それを“魔女”“魔法使い”と呼ぶわけさ。10年位前に隣村の若夫婦の間にも生まれたよ。口を動かさずに言葉を伝えることができる娘だったさ」
「この国では新しい魔法使いが生まれるとネッサローズ様のところに連れて行かれるね。ネッサローズ様としても自分を脅かしうる才能の芽は詰むか自分の配下に置いておきたいだろうさ。魔法使いが生まれたことを上手く隠してる家庭もあるだろうがね。」
カラカラと笑うボク。
「魔法使い…魔女…」
奇しくも、ドロシーの呼ばれていた名だ。
しかし、メルヘヴンとこの世界とでは、魔女の意味するところは違うようだ。
訓練さえすれば誰でもARMを用いて魔法を使えるメルヘヴンとは違い、この世界では魔法は才能以外の何者でもないのだ。それ故、使える者と使えない者の間には圧倒的な格差が生まれ、強大な魔法を持つ者はそれだけで国を支配する権利を得るのだろう。
「でも羨ましい限りだよ。やろうと思えばその力で獄鬼を倒しながらどこだって行けるんだからさ。
一応各地を繋ぐ“黄色い煉瓦の道”っていう魔物避けのまじないがかかった道はあるんだけど、基本的に私ら小市民はず~っと生まれたところにいるしかないのさ…」
突如、乱暴なノックの音が響く。何者かが玄関を叩いているのだ。
「ん、噂をすればネッサローズ様のところの…」
ボクは覗き窓を確認し、来客に対応する為に出て行く。ドロシーはその様子を物陰からこっそり見る。
猿だ。青い体毛、むき出しの牙、服や帽子を着て、直立して人語を話している。人間の子供くらいの背丈だが、その発達した筋肉は、並みの人間なら一撃で伸してしまう強さを感じさせる。極めつけは背中に生えた大きい翼である。それで空を飛ぶのだろうか。
「女ヲ見なカったカ?桃色の三ツ編み、黒いドれスノ女だ」
「いいえ、そんな人は見ませんでしたが…」
「現在指名手配中ダ。ネッさローず様のオ城の天井ヲ吹き飛ばしタ。宣戦布告のつモりかしラんが、ネっサろーズ様は大変ゴ立腹ダ。見つケ次第知らせロ。」
翼猿はぶっきらぼうにそう告げると、大空に飛び立っていった。
「かばってくれてありがとう…」
「あんた、そんなことしたのかい?」
お礼をするドロシーにボクは呆れ顔で問いかける。
微かに転送された時の記憶がある。ドロシーはこの地を支配する魔女の城の「天井の中に」転送されたのだ。その空間が広げられて、結果的に壁も大破したのだろう。
「や、その…移動先がたまたま、そのネッサローズ?のお城だったみたい…あはは…」
「笑い事じゃないよ。ネッサローズ様は太陽がお嫌いでね。天井が崩れたらしばらくは安心して眠れないだろうさ」
文句を言いたいのはドロシーも同じである。門番ピエロも何故あんな所に転送したのか。そもそもオズと同じ場所には転送されないのか。怪我するわ魔女の怒りを買うわで散々である。
しかし悪いことをした…なんとか誤解を解いて謝ろうか…
「と、ところでですけど、さっきの使い、獄鬼ですよね?それに随分高圧的で…」
「そうさ…民衆を獄鬼の脅威から護ってくださるのが魔女様のはずなのに、その獄鬼を配下になさっていてね… 獄鬼はやりたい放題さ。野生の獄鬼に殺されることはなくなる代わりに、魔女様の手下の獄鬼の略奪は甘んじて受けなくてはならない…」
ボクの言葉が重くなる。
「でもね、魔法も使えない我々小市民は、それでも魔女様に媚びなきゃ生きていけないんだよ!」
手にしためん棒をドロシーの後頭部目掛けて振るう。突然のことにドロシーは避けられず、綺麗に喰らってしまう。
「ぐぅあ…!」
「ネッサローズ様には…絶対に従わなくちゃいけないんだ… 旦那が献上品をケチったりしなければ…私らの家族は獄鬼の襲撃から見殺しにされることもなかった…」
震えながら、弁解するように言葉を紡ぐボク。
(あんまり良い領主さんじゃなさそうね、東の魔女、ネッサローズってのは…)
「恨まないでおくれよ…あんたを匿っていることが知れたら城下町に住んでいる私の息子夫婦がどうなるか… 獄鬼避けの“黄色い煉瓦の道”だってきっと封鎖されているさ。逃げることなんて不可能だよ。」
頭がクラクラして立つのがやっとなドロシーを気絶させ、魔女に引き渡すべく、再度めん棒を振るう…
その一撃は、ボクの背後で彼女を羽交い締めにする銀色の鎧人形によって防がれた。
「な…!」
着替えておいて良かった。ガーディアンARM―リングアーマー―を発動させながらドロシーは思う。
ボクを責めることはできない。魔法を使えない者が使える者に隷属しないと生きることができない国、彼女も自分の家族を守るのに必死なのだ。
「な…あんたも…魔女…?」
「ボクさん、このままお世話になっていると、貴女の立場が悪くなっちゃいますよね。
看病と美味しい食事ありがとう。なんとか逃げ切ってみせるよ。お邪魔しましたっ!」
ぺこりと頭を下げ、リングアーマーを指輪に戻す。呆然とするボクを尻目に、異世界から来た魔女は家を出て行く。
「ごめんねお嬢ちゃん…達者でね…」
中年の農婦は、地べたに膝をついて少女の安全を祈った。