ドロシーは森を歩いていた。ボクの家を出て行った直後、空を見上げると結構な頻度で先ほどの翼猿達が飛び回っているのが見えた。開けた場所にいたら速攻で見つかってしまうだろう。
幸い彼らは低空飛行が得意でないようで、鬱蒼とした森なら目を誤魔化せるだろう。現にこの3時間程誰にも見つかっていない。このまま東の魔女の支配地から逃れることができれば…
「獄鬼とかいうモンスターもいるんだっけ…武器も出しておくかな…えーっとゼピュロスブルーム…」
…
「ない!?」
彼女の右中指にいつもはめている指輪がなくなっている。
ゼピュロスブルーム。普段はリング状だが魔力を込めると風を起こす箒に姿を変える。ウォーゲームでもそれを使用しない試合はなかった。そのARMが、ない。
そういえば門番ピエロに飛び込む直前にオズと戦闘していたため、箒の形にして出していた。いつなくなった?門番ピエロの異次元トンネル?城に激突した時?川で流された時?ボクさんの家?
最悪、翼猿に捕まっても箒に乗って全力で逃げれば良いと思っていたドロシーにとって、それはかなりまずい事態だった。
「どうしよう…ボクさんの家ではないハズ。長年使っていたARMだから、近くに放置してあれば残留魔力でわかるもの…」
そう思っていた矢先、巨大な豪腕がドロシーに襲いかかった。気配は察知していたらしく、ドロシーもさっと避ける。
「ミつケた…ピんク髪ノ魔女ォ…」
そこには熊の身体と虎の頭を持つ獣がいた。全長はドロシーの倍以上はある。
「あんた、東の魔女とやらの手下?てっきり野生動物かと思って見過しちゃった…」
注意しようと思っていたら早速現れた。恐らく東の魔女が手懐けた魔物だろう。主要武器をなくしたとわかった矢先に…
「おデ…カりダ…オまエ連れテッテ、ネッさローず様に褒めテもラうゥゥゥ!」
「ふん、ただのでかい熊のくせに、このドロシーちゃんに挑もうだなんて…」
「百年早いのよっ!エアハンマー!」
ポン…
ドロシーの拳から、見えないゴムボールが射出されたかのような衝撃が発生する。
「…あれ?ってきゃああああ!!」
カリダの爪がドロシーに襲いかかる。ドロシーはなんとかかわしたが、胸の布地が少し破れてしまった。
エアハンマー。空気の塊で相手を吹き飛ばすARMだ。カリダ程度の大きさの獣ならひとたまりもない…はずだった。
普段使わないARMだが、ドロシーならあの巨体でも軽く吹っ飛ばすことができる。しかし出てきたのは子犬を転倒させられる程度の空気弾…
「嘘でしょ…魔力が上手く練れない…」
この世界の魔力がメルヘヴンの魔力と少し性質が違うのか、別の法則が働いているのか。とにかくドロシーの魔力出力は数段落ちていた。ギンタがメルヘヴンに来てから身体能力が向上したのと逆の現象が、ドロシーの魔力に起きているのかも知れない。
「全く災難ね…でも…!」
ドロシーの周囲に大きな風が巻き起こる。
熊を吹き飛ばすつもりでそよ風が出るなら、
城壁一枚を吹き飛ばすつもりの風を生み出せばいいだけのこと。
全力で魔力を練った一撃を繰り出す。
「やあああっ!!」
風の弾がきりきり舞いしながらカリダの腹に命中する。
「オ゙お゙オ゙お゙オ゙オオッ!!」
木々を突き抜け、巨体が崖壁に叩きつけられる。一撃でノックアウトしたようだ。
「はあ…はあ…」
一発撃っただけで、相当の魔力を使用した。この世界での自分は相当燃費の悪い存在であることを再認識する。
「まあ、ひとまず一件ちゃ…きゃああああっ!?」
背中を巨大な爪で引っ掻かれた。彼女の身体に激痛が走る。
「ネッさローズさマニ褒メてモラうノ、オれエェェェ…」
「ああ…2匹目ね…」
今は逃げるのが最善手だ。大怪我もしてしまっている。魔力も温存したいので、2匹目のカリダには顔面に軽いエアハンマーをぶちこみ、怯んでいる間にダッシュで逃げ出す。
幸い俊敏さに欠ける獄鬼だったようでなんとか撒けたものの、騒ぎが上空の翼猿達に聞こえてしまったようで、現在は彼らと追いかけっこ中だ。
走っていると異変に気づく。翼猿が追ってこない。目を凝らすと、猿達が不思議そうにあたりを探しまわっている。真正面にドロシー本人がいるというのにだ。
それに、あちこち駆けまわる猿達だが、ドロシーと猿の間に壁でもあるかのように、こちらにはやってこない。
(これがボクさんの言っていた、魔物避けの魔法…ってやつなのかな?)
ドロシーがいる場所は、猿達がいる場所と変わらない森。黄色い煉瓦などないし、道というよりはドーム状に魔物避けのまじないがかかっているようだ。
外部から認識のできない空間にどうやって入れたのか、謎は残るが追われているドロシーにとってこんなに良い場所はない。水も食料もない森にずっといることもできないだろうが、体制を整えることはできる。
身体の怪我を癒やすホーリーARM、癒しの天使で背中の傷を治しながら考えをまとめる。
愛用ARMであるゼピュロスブルーム:紛失 飛行して移動することが不可能
魔力:この世界と適合せず。出力も燃費もメルヘヴンの時以下。
「どうしよう…」
考えれば考えるほど落ち込むことばかりだ。
準備もせず飛び込んだ異世界。味方はいない。魔法が上手く使えない。空をとぶこともできない。
心細さが胸を締め付ける。
そういえば私と会ったときのギンタンも同じような状況だったろう。
尤も、ギンタは逆にメルヘヴンに来て身体能力がアップしたし、いきなり敵襲を受けたりはしなかったが…
「ギンタン…」
思わず口に出してしまう。
今どうしているんだろう。ガッコウというところに、コユキちゃんと行っているのだろうか…
「うー……悩んでても仕方ない!」
座り込んでいたらそのまま心が萎びてしまいそうだ。
無理矢理自分を鼓舞して立ち上がり、あたりを捜索し始める。
ドロシーがいるドーム状の結界の中央には小高い丘があり、そこをぐるりと廻ってみると、
あった。
丘に埋もれるようにして、煉瓦でできた洞穴がある。
この結界は、魔物からこの場所を隠すためのものなのだろう。メルヘヴンでARM回収をしていた頃のカンがそう告げる。こういう場所には大抵、レアなARMがあるのだ。
ここはメルヘヴンとは違う世界なのでARMはないだろうが、何か現状を打破できるレアアイテムでもあれば良いな。そう思ってドロシーは中に入っていく。
煉瓦の洞穴を数十歩降り進むと、すぐに広い空間に出た。
半径15メートルほどのドーム状の小部屋だ。内周をリング状の水路が走っている。その中央には…
「女の子…?」
11か12歳程だろうか、綺麗な茶色がかった長い金髪。シャツと膝丈のスカートに身を包んだ少女の身体は、水でできた球の中に揺れていた。
「溺死体…じゃないわよね。これは恐らく封印結界…」
不思議そうに見つめるドロシーの背後から何かが伸びてくる。
「きゃっ?」
足首を掴まれ、転倒してしまう。
水だった。内周を走る水路にたゆたう水が、触手状になって意思を持っているかのようにドロシーに襲いかかる。
「くっ…ゼピュロス…」
箒を構える仕草をするドロシー。今、彼女の愛用ARMは行方をくらましていることに気付いたのは一瞬遅れた後だった。
「うわあああっ!!!!」
水の触手が、ムチのようにしなってドロシーを打つ。
「く…水でできてるくせに、なかなか痛いじゃない…ウィンダールヴ!」
風の刃がドロシーの手から発射されるが、水でできている触手は刃が貫通しても全く動きを止めない。
触手の1本がドロシーの両手を頭の上で縛り上げ、天井近くまで釣り上げる。
「く…この!離せぇ!」
他の触手もドロシーに群がり、ドロシーの柔肌を叩いていく。何度も責めを受けるに従って、彼女の服は破れていき、右乳房はほとんど露出してしまっている。お尻の上半分も破れ、尻の筋が見えている。
何本かの触手がドロシーの身体を這いまわり、更に拘束しようとする。
ある触手は乳房を囲むようにドロシーを縛る。触手によって圧迫・絞り出された乳房はその大きさを強調するように変形する。
「うぐぁ…痛い…」
ドロシーは苦痛から胸を張り出し、それが乳房を更に強調する形になってしまう。
股間にも触手が潜り込み、触手が収縮するたびに股間が締めあげられる。
尻もハムのように縛り上げられ、露出した尻が横に走る触手によっていやらしく絞られていく。
「あ…はん…ううううっ…」
敏感な部分が強く触手に圧迫され、不本意にも喘ぎ声をあげてしまう。嬌声をあげてしまったことが恥ずかしくなり、ドロシーの頬は染まる。
水の触手はドロシーの身体を強く縛り上げたかと思えば弛緩させ、ドロシーが一息ついたところでまた締め上げるのを繰り返す。
その度にドロシーは悩ましげな声をあげてしまう。
「く…っつあ… トトぉ!」
空間がひび割れ、中から巨大な狼が召喚される。
ガーディアンARM、レインドッグ・トト。強大な力を持つ狼型の魔獣を召喚するARMだ。
「呼んだか?ご主人。」
ものすごい勢いで魔力が減っていくのがわかる。きっとあと十数秒も召喚していられまい。
「トト!この水全部飲んじゃいな!早く!」
「わ、わかったよ。」
いつになく余裕のない主の命令を、急いで実行に移す魔狼。大口を空け、ドロシーに群がる水触手に口をつけて…一気に吸い込んだ。
ずるずると、麺類でも啜るかのように水の触手を腹に収めていく。触手の先端にいるドロシーがトトの口元まで引き寄せられたところで、水触手と一緒に飲み込まれないように彼女は魔狼の鼻先にしがみつく。
「うぇっぷ…鼻水みたいだ…次はもうちょっと肉っぽいのが食べたいな…」
言い終わらぬうちにレインドッグの姿が消える。魔力を使い果たしてしまった。
「はあ…はあ…トトみたいな上級ガーディアンは…数秒しか出せないようね… まいったなあ、大幅な戦力ダウンだよ。この世界の私、ルーク級だったりして」
メルヘヴンのテロ集団、チェスの兵隊内の強さの序列だ。
ポーン・ルーク・ビショップ・ナイト・クイーン・キングの順に強くなる。
メルヘヴンでのドロシーはナイト級の強さと評価されていた。
自嘲気味に乾いた笑いを放ち、再度水球の中に閉じ込められている少女を見やる。
「さて、どうしたもんかね、この娘。」
先ほどの乱闘など聞こえていないかのように、目をつぶったまま。
じっと見つめていると、どうにも懐かしい気持ちになってくる。
「?何か聞こえる…」
『暗い…』『寂しい…』『ママ…』『お姉ちゃん…どこ…?』『ここから出してよ…』
彼女の思念だろうか… この娘がどうしてこんな場所に封じられているのかわからない。
しかし言えるのは、彼女がこの状態を望んでいるわけではないということだった。
「こんな声聞かされて、ほっとけないわよね…!ディメンションARM、アンロック!」
封印解除のARMをかざす。すると少女を閉じ込めていた球体状の水が重力に従って流れ落ち、少女の身体は大気にさらされる。
ドロシーは駆け寄り、少女の様子を気遣う。
「まだ眠ってるのかな? …本当に女の子よね?」
ちょっと失礼… と服の上から軽く股間を触ってみる。
(うん、ない。女の子だ…)
「う…げほっげほっ!」
突然咳き込み始める少女。ドロシーは少女の背中をさすってやる。
少女の目が開く。緑の瞳はくりくりとしており、少女の可憐さを引き立てている。
咳が落ち着くと、目の前の女性、ドロシーのほうを不思議そうに見つめる。
「お姉ちゃん…誰?」
「ああ、初めまして。私の名前はドロシーよ。」
露出した乳房を片手で隠しながら、ドロシーが自己紹介する。
「貴方は?どうしてこんなところにいたの?」
「う…わかんない…頭がふわふわして…」
(記憶がない…?)
「なにか覚えてることとか、ないかな?」
「えっと…ずっと狭いところにいて、こわいおばあちゃんがいたよ。でも、最近はお姉ちゃんが来てくれて…そうだ、私…チペタリウスって呼ばれてた…」
最近というのは封印をされる直前ということだろう。彼女自身記憶が錯乱している。あまり正確な情報は聞き出せないだろう。
(ううん、思わず封印解いちゃったけど、この娘どうしよう?)
――――――――――
―オズの国南部、カドリング―
「!… 解けた…」
「グリンダ様?いかがなさいました?」
「いえ、なんでもないわ。」
白いドレスに身を包んだ、燃えるような赤い髪をたたえた美しい魔女は召使いに応える。
(あの子の封印が解けた…普通の魔女なら結界内を認識することもできないはずなのに…一体誰が…)
「…そういえばあそこ、マンチキンは今どうなってるのかしら?ネッサローズの動向も気になるし、近いうちに視察してみるのもいいかもね。」
こともなげに部下にそう言う。
軽い動揺を隠すように、魔女は紅茶に口をつけた。
―――――――――――
空飛ぶ猿の目をかいくぐりながら鬱蒼とした森を歩く2人。
さてどうしたものか。思わずこの少女の封印を解いてしまったが…
メルヘヴンにいた頃はカルデアのみんなに協力を仰いで、当面の住む場所を与えたり身元の捜索を手伝ったりできた。
しかし今の彼女にそんな社会的地位はない。彼女自身が身元不明な(異世界から来たといっても信じて貰えまい)、しかもこの地の領主を大変立腹させている指名手配犯なのだ。
自分の軽率な行動を少しだけ後悔する。しかし、小さな少女が「お姉ちゃん」などと言いながら泣いていたのでは、放っておくわけにはいかなかった。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
大きなくりくりした目をこちらに向けて、少女が訪ねてくる。
(お姉ちゃんか…不思議なもんだね、姉を殺した私が、お姉ちゃんなんて呼ばれるなんてさ…)
「お嬢ちゃん、なんでもないよ。それよりも私はこれからあいつらから逃げながら………逃げなきゃいけないんだ。」
上空でドロシーを捜索する猿を指さしながら、逃げるあてがないことに自分で気付かされてしまい、苦笑する。
「途中まで送ってくからさ、町についたら保護してもらいな。それまでは一緒にいましょ♪」
「うん、わかった!」
素直に返事をする。良い子だ。彼女を送るためとはいえ、町を目指すという目的ができたことで心が楽になったドロシーだった。町に着けばこの世界の情報収集もできるだろう。
「よし、なんだか私の都合に巻き込んじゃって申し訳ないけど、これからよろしくね。えーと…チペタリウス?」
少女はその名前を聞くや怯えた反応をする。チペタリウスと呼ばれていた頃の記憶ははっきりしないものの、あまり良い思い出ではないようだ。
「そっか。それならチペタリウスを縮めて、チップ。それでいいかな?」
「うん。私はチップ!よろしくね、ドロシーお姉ちゃん!」
こうして、魔女と「少女」の。長い旅が幕を開けた。
封印から解かれた少女、チップはこれまでのことをほとんど覚えていなかった。
ずっと狭いところにいて、陰鬱な顔をした老婆になにかされていたこと。その中で自分に声をかけてくれた、姉のような存在がいたこと…
少女は横を歩くドロシーの顔を見る。
初めて会った相手なのに簡単についていくことを決めたチップ。子供ゆえの不用心さとも言えるが、この女性はなんだか一緒にいたいと思える人だったのだ。ドロシーお姉ちゃんが記憶の中のお姉ちゃんに似ているからか、それとも…
ドロシーはかなりの美人だ。長い睫毛にすっと通った鼻筋、きめ細かいスベスベの肌と渇きを知らない潤った唇は堪らなく色っぽい。
(綺麗な…人だな…)
彼女は心のなかで呟いた。