黄色いレンガの道を歩くこと数時間、3人は次の街 ヴァレリアへ到着する。
オズの国の数多くの街と同様に、この街も高い壁に囲まれていた。獄鬼たちが跋扈する世界で、人間たちは自らの手で安全圏を築き上げていた。
「開獄日」を除けば、街にいる限りは獄鬼の襲撃を気にせず、安心して食事や睡眠を楽しむことができた。
「やっと着いたわね、ドロシーさん!」シズキの顔がほころんだ。
「シズキの言っていた通り、大きな教会が…」ランゼスには及ばないものの、この中規模な街は、神魔教の大きな教会を中心に発展していた。
神魔教とは、400年もの間生き続けるエスメラルダの現人神・オズ大王を崇拝する宗教である。獄鬼を祀るカルト宗教・崇鬼教も存在するものの、オズの国においては神魔教が一般的な信仰となっていた。
「それっ!!」
教会を見上げるドロシーの下半身を、不意にひやりとした風が撫でる。
「きゃっ!?」
「わあ、この姉ちゃんパンツ履いてないぜ!」
見ればギンタより少し年下の少年をリーダー格に、5人の男の子達が集まっていた。
リーダーの少年がドロシーの背後からスリットスカートを捲り上げたのだ。
下着を履いていないドロシーは、すらりとした脚と小ぶりなお尻を周囲に晒してしまう。
「このエロガキ!!」
ドロシーが怒鳴りつけると、子どもたちは笑いながら逃げていく。
「全くもう…」
しかし、悪ガキが屈託なく悪戯をできる程度には、人々は獄鬼に脅かされていない。安全の証拠とも言える。
「まったく困った悪ガキたちだな…」
気さくそうな中年男性が笑顔で言った。
「あのリーダー格の子は、この街の魔女の息子なんだ。お母さんが獄鬼から街の人々を守ってくれているから、周りの大人たちもなかなか厳しく言えなくてね。」
困った様子で子どもたちを見つめた後、ドロシーたちに目を向けた。
「旅人だろう?うちの宿屋で泊まらないか?」
ドロシーたちはすぐにその晩の宿を手配し、旅の必要品を買い求めるために出かけた。
「じゃあ、私は雑貨を買いに行くよ。ギンタンとシズキは食料品をお願いね。」
「うん!気をつけてね、お姉ちゃん!」
久しぶりの一人きりだ。旅の途中では、いつ獄鬼が襲ってくるか分からないため、基本的に3人は離れることがない。だが、街の中であれば、思いのままに出歩けた。
本来ならば、前の街ランゼスでもこんな風に過ごせるはずだった。
だが、開獄日のシェルターとして機能しているランゼスは外部からの人間を制限しており、地下通路からの侵入により、ドロシーはマイラとの戦いでギンタンたちとはぐれてしまった。再会するまでに、彼女は多くの人間と性的な関係を持つことになり、合流したのもつかの間、開獄日が始まってしまった…
この街はランゼスほど大きくなく、そのおかげで穏やかな雰囲気が漂っていた。
ドロシーたちの目指す聖都エスメラルダを中心に、オズの国で広く信仰される「神魔教」の聖地らしく、広場には大きな天使の像が立っていた。街全体が包まれる敬虔な雰囲気は、そのせいだろう。
「あれは何かしら、あの人だかり…」
天使像の足元で、黒衣を身にまとった男が何かを叫んでいた。
「…ゆ、故に!ま魔法使いや魔女という輩は獄鬼と…か変わらぬ、異能の獣に過ぎない…!」
黒衣に身を包んだ30代の男性は、たどたどしく声を張り上げる。
「神導器!こ…これのみが神の力そ、そのものなのだ!」
脂ぎった黒髪に辛気臭い表情、猫背で吃音混じりに演説する様はお世辞にも演説者としては不向きであり、実際喋りも上手くない。
しかしあまりに狂気的に日中の広場で声を張り上げるものだから、人々が面白半分に集まっていた。
「兄ちゃん、そりゃ極論ってもんだ。そんな貴重な神導器だけじゃあ、オズの国の人々を獄鬼から護れるわけないだろうが。」
彼の演説を聞いていた老人が諭すように言う。
「この街だって”泥の魔女”マティー様が護ってくださっているんだぜ?」
「い、いや…これだ…こ、これがあれば皆もう魔法使いに頼らずとも…」
「お前結局自分が魔法使いに生まれなかったのが悔しいだけだろうが!」
マルキスは銀細工を取り出して何か言いかけたが、聴衆の青年が大声で罵倒し、周囲は嘲笑に包まれる。
聞く価値もない戯言とわかった聴衆は、広場の喧騒の中に散っていく。
「…はあ」
青空を見上げて溜息をつく。
また上手くいかなかった。彼の話術は、溢れ出る信心を表現するにはあまりに力不足だった。
この男、マルキスは聖徒エスメラルダで”神魔教”の神職を務めていた。
半ば狂気的とも言える信仰心が認められ、神導器“操鉄杖ドリン”の管理を任されるまでになった。
しかし鬱屈した信心はある日爆発し、ドリンを持ち出して『真なる神の御心』を啓蒙せんと数名の部下を引き連れて啓蒙の旅に出た。
つまりは主流の教派にどうしても迎合できず、亜流のカルト教派を作ってその考えを広めている、というわけだ。
彼の考えは魔法使いの否定である。
400年前に天使ケジウルが地上にもたらしたとされる『獄鬼に対抗する力』は2つ。
魔法使いと神導器。
魔法使いは、100人に1人の確率で”神に選ばれて”生まれてくる存在。強力な魔法の力を身体に宿した人間。
神導器は魔法の込められた金属器。それを持つものなら誰でも、神導器に込められた魔法が行使できる。
方や100人に1人とはいえ継続的に出生してくる存在。
方や全部で12種しかなく、量産することもできないロストテクノロジー。
殆どが聖都エスメラルダによって管理されており、残りのうち数個は獄鬼側に奪われている始末。
実際にオズの国の人々を救っているのは魔法使い達であり、それを否定するのは無理のある話だ。
『お前結局自分が魔法使いに生まれなかったのが悔しいだけだろうが!』
先程の聴衆の声が胸に刺さる。
(否…個人的な嫉妬では決してない…神の力は…全ての人々に平等に与えられるべきものだ…)
マルキスは先端に宝珠のついた錫杖を握りしめる。
エスメラルダから盗み出した神導器“操鉄杖ドリン”だ。
(まして信心深く敬虔な者が魔法を持たず、心の汚れた者が魔法使いに生まれてくるなど、あってはならない…)
実際、この街の”泥の魔女”だって街で唯一の魔女だからといって人々から”守護税”を吸い上げ、偉そうに豊かな生活を送っている。
(魔法使いの力が本当に神の力なら、あんな愚者に授けられない筈…)
耳に装着された銀細工が熱を持つ。定時連絡の合図だ。
「…マルキスだ」
『カペル・マイスターです。いかがでしょうか、”布教”の調子は』
「…相変わらずだ」
『それは残念』
“でしょうね”という気持ちが丸見えの、表面だけの慰めの言葉。
そこからは事務的な連絡が続く。
今話している相手はカペル・マイスター。
オスカーという男がリーダーになっている流れ者集団のナンバー2だ。
彼らはOZ-ARMという銀細工を持っていた。
手にした者がノーリスクで何度でも扱える神導器と異なり、
こちらはそれなりの鍛錬が必要な上、術者の精神力(魔力と彼らは言っていた)を消費するので一度に無制限には使えない。
しかし画期的なのは、量産できること。
マルキスの理想通り、『神の力が全ての人びとの手に行き渡る』ことになる。
異世界から来たという彼らを、一度は『神の国から、今一度人びとに神導器の力を与えんと遣わされた天使』と思い狂喜した日もあった。
しかし、彼らの人となりはお世辞にも天使とは言えなかった。
カペルは常に人を小馬鹿にした態度の幽鬼のような男。
その下にいる2名のうち、ギロムは青白い肌と三つ目の入れ墨をした狂犬のような雰囲気の小僧。
ピノキオンは嘘をつくのが好きでそのたびに鼻が伸びる不気味な人形。
リーダーのオスカーはOZ-ARMを権力者ばかりに売ろうとし、その活動の合間に町娘を誘っては毎夜色ごとにふける性豪。
最近はあろうことか、カンラという魔女を仲間に引き入れた。
マルキスが認めない、魔女という存在を。
カンラ自身も下品な女で、短い丈の服を纏ってはオスカーにくっついては誘惑し、寵愛を貰っている。
彼らと付き合うなかで、『天の使い』という幻想は崩れていった。
所詮彼らはOZ-ARMという自分たちが開発した技術を権力者に売って金を得ようとする生臭集団で、その足掛けとする為に自分たちを利用しているだけ。
しかしてOZ-ARMという存在自体は、『獄鬼対策を魔法使いに依存している』この現状を否定するのに都合がいいので、付き合いを続けている。
崇高な使命のため、下品な荒くれ集団と付き合う自分に嫌気が指すが、どうにもならない。
『連絡は以上となります。それでは貴方も頑張って』
「おい!いつになったら…」
ブツンと音がし、通信が途切れた。
マルキスに与えられたのは片方向の通信機能のみ。彼からカペルやオスカー側に連絡をかけることはできない。
「…くそっ…」
こんな天使がいてたまるものか。
天使がいるとすればもっと穢れない、清廉な存在だ。
そう、あの時の少女のような…
数週間前、廃村になった温泉街跡でナメクジの獄鬼を討伐したときのことを思い浮かべる。
桃色の髪と白い肌をしたその少女は、金に汚いことで有名な魔法使い・アーテンボローと一緒に一糸まとわぬ姿でボロ小屋にいた。
きっとアーテンボローからの庇護と引き換えに身体を要求されていたのだろう。
あんな下賤が魔法使いとして生まれてくる以上、魔法使いが”神に選ばれた存在”だなんて決して認めない。
事実、オズの国の東西は既に邪悪な魔女姉妹に支配されているではないか。
その場の安寧に甘んじて魔法使いに媚びへつらう等、愚民の成すこと…
「ねえ」
マルキスの背後から、少女が声をかける。
「ひいっ!?」
「…そんなに驚かなくても…貴方、さっき銀細工を取り出してたでしょう?」
上等なベロア生地の黒衣に、すぐに魔女かと思い顔をしかめる。
しかしその声と、桃色の髪、赤い目には覚えがあった。
「あ、あの廃村の温泉街の…」
「えっ…ああ!助けてくれた人!?ありがとう…あのときは…」
ドロシーも思い出す。温泉街でアーテンボローと一緒にナメクジの獄鬼から隠れていた際、救ってくれた男だ。
OZ-ARMを使ってナメクジを倒してくれた。あのときは全裸だったので、少し恥ずかしい。
「魔女…だったのですね…」
訝しむようにマルキスは言う。
「私は”魔女”じゃないよ。生身で魔法は使えない」
ドロシーは頭を振る。
「―代わりに貴方の持ってる銀細工と同じものを使って戦うんだ。それ、ARM…いや、OZ-ARMでしょう?」
「えっ…」
マルキスが驚いてドロシーを見る。
「オスカーは…私と同郷でね。国を裏切ってARMの技術を盗んで、ここに来たんだ。私はオスカーを倒すため、追ってきたんだ」
ドロシーはその故郷が”異世界”にあることはぼかして説明する。
「そ、そうか…そうだったのですか…魔女じゃない…」
警戒されるかと思いきや、むしろ態度が柔らかくなったマルキスに、ドロシーは拍子抜けする。
オスカーやARMの関係者、しかもその敵と白状したようなもので、本当は通信用ARMで今すぐ連絡されてもおかしくなかった。
「…やはりあの男は”天使”なんかではないのですね…このOZ-ARMも、神導器に継ぐ”神の国の聖具”なんかでなく…貴方達の国で作られた、ただの技術…」
(あいつ…天使なんて名乗ってるの?引くわ…)
実際はマルキスの一方的な思い込みだが、知らぬドロシーは顔をしかめる。
どうやら、この男はオスカーと協力関係ではあるものの、彼に納得してはいないようだ。
上手くすれば、逆に味方につけられるかもしれない。オスカーの拠点の場所、これからの計画などを知れれば大きなアドバンテージになる。
「…そうだよ。私達の国の門外不出の技術を売って儲けたいだけだ…どんな副作用があるかわかったもんじゃないよ」
ドロシーはOZ-ARMを貸してもらう。
彼女はこれまで数度、OZ-ARMの使い手たちと対決してきたが、じっくりと観察する機会は初めてだった。
魔力を通じて試みたシンクロはうまくいかず、やはりメルヘヴンの人間の魔力とオズの国の魔力は異質だと感じる。OZ-ARMはオズの国の人間用に調整されているようだ。
「それ、何ですか?」と彼女は尋ねる。
「神導器、"操鉄杖"ドリンというものです。鉄を操ることができます」と、相手は答える。
驚くべきことに、オズの国にはたった12種類しか存在しない秘宝を、この男は持っていた。そして、彼は素直にそれをドロシーに託す。
「すごい…」と感嘆するドロシー。
杖を持ち、念を込めるだけで、路上の砂鉄が意のままに動く。驚くべきことに、魔力の消費もなく、シンクロの技術も必要としない。まさにARMの上位互換である。
(…本当にARMにそっくり…見た目の違いは、マジックストーンに象形文字が浮かんでいるくらいだけだ…)
ドロシーは興味津々で神導器を眺める。
(これは一体、どこから来たのだろう…)
シズキから聞いたオズ神話によれば、400年前に獄鬼が発生した際、ケジウルとカイムという天使が天界からやってきて、人々に『12個の神導器』と『魔法の力』を授けたという。
しかし、オズの国の人々も知らない13番目の神導器"アデュラーン"は、カルデアに封印されていた。そして、カルデア宮殿の禁書棚からオスカーが持ち出した。
そして、オスカー一族は「オズの国の人間」であると彼は主張する。実際、彼らはカルデア人とは異なる魔力の質や肌の色を持っている。カルデアではARMを使えなかったオスカーは、オズの国で無双の魔力を持つ。
ここから導き出される答えは―
(…昔のことなんて考えても仕方がない、今はオスカーを倒すために…!)
「わかっただろう?オスカーはただの人間で、OZ-ARMはただの技術だよ。…私はオスカーを倒したい。あいつらの情報を教えてほしい」
「OZ-ARMが私の求めるものではないことはわかりました。…しかし、これがあれば魔法を持って生まれなかった99%の人々も獄鬼と戦える… この技術は神に選ばれなかったものの希望なのです」
マルキスはOZ-ARMを握りしめる。
「それでも…!オスカーの部下たちはみんな極悪人だ。メルヘ…私達の国を蹂躙し、罪のない人だっていっぱい殺している…そんな奴らが売っている武器だ。絶対にろくなことにはならない…!」
2人の間に沈黙が訪れる。
「…わかりました。協力しましょう。オスカー達の居場所、計画…わかる範囲でお伝えします」
「!!ありがとう…」
気づけばもう日が沈みかけている。ギンタ達と宿で待ち合わせをする時間だ。
遅くなればギンタ達に心配をかけるし、マルキスを宿に連れ込むわけにもいかない。
「―でも私はそろそろ行かないとなんだ。まだこの街にいるんだろう?明日の朝、ここで待ち合わせましょう」
「わかりました。私がオスカー達に密告することもないのでご安心ください。この通信用OZ-ARMは受信専用なので」
マルキスの耳のARMを見ると、確かにドロシーも知っている片道用の通信ARMだ。
オスカー達との関係の悪さが、逆にドロシーの彼への信頼を補強する。
「あ、そうだ」
別れ際のドロシーが立ち止まり、振り返る。
「“聖女”って知ってる?」
「聖女…天使ではなく…?いえ…残念ながら…」
「そうか…ありがとう!また明日、ここでね!」
ドロシーは少し残念そうに笑い返す。オズ神話をベースにした神魔教の神職だったなら知っているかと思ったが…
ならば一昨日の獄鬼達がドロシーを『聖女』と呼んだのはただの与太だろうか…
ドロシーは夕暮れの街を、ギンタとシズキが待つ宿屋へと歩いていく。
ギンタとシズキは、食料品を買い込み、宿屋へと戻る途中であった。
「ギンタさん、私が全部持ちますよ」とシズキが言う。
「ううん、シズキさんだけに持たせるわけにはいかないよ」とギンタが笑顔で返した。
いい子だ。幼い年齢にもかかわらず彼はドロシーさんの恋人であり、私も彼と関係を持っているわけだが、彼は年齢相応に素直で、かわいらしい男の子なのだ。
(頑張らないとね、私とドロシーさんとで…もう獄鬼に負けないように…この子に背負わなくていい負担を背負わせないように…)
「きゃっ!!」
突然、フリルのついたかわいらしい黒衣に身を包んだ、クリーム色の髪をした少女がギンタの目の前で転んでしまう。
「だ、大丈夫?おねえさん…」
ギンタはすぐさま手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます…」
年齢はシズキとドロシーの中間くらいだろうか。少女はギンタの手を取り、起き上がる。
「…どこかで、お会いしました?」
少女が尋ねる。
「えっ?おねえさんは…初めて会うと思うけど…」
ギンタは全く心当たりがない様子で、困った顔をする。
「…そうね、勘違いですわ…ありがとう、優しいボウヤ…」
「僕たちはそろそろ宿屋に行かなきゃ…じゃあね!」
ギンタとシズキは、少女と別れてドロシーとの待ち合わせ場所である宿屋へと向かう。
「あっ!!」
少女は立ち止まり、振り返ってギンタ達を探す。
「まさか、そうですわ、『聖女』と一緒にいたという…」
ギンタ達の姿はもう見えない。
「すぐには気づけなかった…ネッサローズ様の『記憶』の姿とは髪型も服装も違っていたし、一緒にいた少女は『聖女』とは別人だったから…」
少女は額に指を当て、念を込めるような動作をする。
(…だめですわ…もう日が暮れる…朝にならないとネッサローズ様に『念話』ができない…)
「ふふ…逃さないですわ…絶対に『聖女』を捕まえてみせる…」
少女は悩ましげに身をくねらせる。衣擦れの合間に見えた鼠径部には、真っ赤な刺青が顔をのぞかせていた。
「もっともっと…ネッサローズ様に『必要』としてもらうのだから…」
『堕獄紋』。獄鬼と戦うべき魔女が獄鬼と交わり、心まで獄鬼に捧げてしまった証である―
宿屋で合流し、借りた部屋で食事を摂った3人は、安全な部屋で一息つく。
「そうだギンタン、昨日の晩…牛の獄鬼を倒したとき…」
忌まわしい敗辱の記憶に3人の顔が曇る。
「私のARM使えたでしょ、今まで全然使えなかったのに」
「そ、そういえば…」
ドロシーはARM、エアハンマーを取り出す。
ギンタはその銀鎖を拳に巻きつけ、念を込める。
「エアハンマー!」
ギンタが突き出した拳の先、1mほど離れた木棚がひしゃげる。
ギンタと棚の間の間を触ってみると、空間が凝固していることが確認できる。
出力は昨晩程ではないが、そこは当時死にものぐるいだったからだろう。
「できた!」
「すごいですギンタさん!」
「…どうしてエアハンマーだけ…」
ギンタがARMを使えないのは、彼との旅が始まってすぐに試していたことだった。
一番低級なウェポンARM”ダガー”やその他数種のARMを試して、全く反応がなかった。
確かに当時エアハンマーは試さなかった。中級以上のARMなので、まさかダガーすら変形させられないギンタが発動できるとは思っていなかったのだ。
「ギンタン、もう一度試そう」
ドロシーは指輪状のダガーARMをギンタに渡す。
ここまでの旅でギンタの魔力が開花したのかもしれない。
であればエアハンマーを使えたギンタであればダガーの発動は余裕だろう。
だが…
「…ふんっ…!ううっ!」
指輪は短剣に変化しない。ギンタがいくら念を込めても、変化しない。
ドロシーはギンタに次のARMを渡す。
ネイチャーARMフィオーレ、ウェポンARMサウザンドニードル、ガーディアンARMリングアーマー…
いわゆる低級ARMをいくら渡しても、全く発動できなかった。
「じゃあこれは?」
半ばヤケになり、ドロシーが渡したのは”クリアグラス”。無機物を透明化させるディメンションARM。
オリジナルの”ギンタ”もメルヘヴンの露店でこのARMを紹介されたことがあるのだという。
『壁を透明化させて女性の入浴を覗ける。ただし相手にもバレる』という残念なARM.。
露店で売られていたことからもわかる通り、メルヘヴン中で量産されている低級なARMだ。
「う…くっ…」
ギンタが念を込める。
今回も外れだろう。ドロシーは次のARMをジッパーから取り出そうとする。
「きゃああっ!?」
シズキの黄色い叫び声が響き渡る。
ドロシーとシズキはいつの間にか裸になっていた。
彼女たちの服は溶けるように消え、全裸になってしまう。
ドロシーは思わず自分の身体に触れる。服は、着ている。
肌を覆う繊維の暖かさ、感触はたしかにある。
しかし、それが透明なのだ。
ギンタのクリアグラスが、ドロシー達の服を透明化させている。
「や、やだっ!!」
今度は宿屋の壁が消えていく、いや、透明になっていく。
宿屋の外の路を歩く人々は、虫食いのように消えていく宿屋の壁に驚き歩みを止める。
丸見えになった部屋には、裸の少女2人と、それに驚く少年1人。
2人の少女の豊かな胸が、薄紅色の乳首が、太腿が、お尻が、人々の視線を釘付けにする。
すらりとしたスタイルに大きな乳房、完璧なプロポーションを誇るドロシーの身体と、小さな背丈に見合わない巨乳のシズキの身体が、一糸まとわぬ状態で衆目にさらされる。
「見ないでえ!」
シズキは毛布で身体を隠そうとするが、それも透明になる。
机に身を隠そうとしても、それも透明…
「ギンタンっ!ARMとのシンクロ止めてっ!」
ドロシーも恥ずかしそうに胸を隠しながら、ギンタに叫ぶ。
「そ、そんなこと言われてもどうすれば…」
ぐずぐずしている間に色んな人に裸がみられてしまう。ドロシーは胸を隠す手をほどき、ギンタの手からクリアグラスを取り上げる。
ドロシーの豊かな胸がぷるんと揺れながら桜色の乳首を晒した瞬間、部屋の壁は元に戻り、ドロシー達の服ももとに戻った。
「はあ…はあ……どうしてこのARMに限って…」
宿屋の外は少しざわついたが、皆気の所為だろうと納得したのか、やがて街の喧騒が復活していった。
「もう…ギンタンのエッチ…」
ドロシーはギンタを睨む。
「そんなに私達の裸を見たかったんですか?」
あたかも煩悩のせいでARMを発動できたかのようなシズキの言い方に、ギンタは慌てて否定する。
「そっそんなこと…!」
しかしギンタの股間は誰が見てもわかるほど勃起していた。
ドロシーとシズキは熱い視線でそれを見る。
裸を見られてしまった恥ずかしさで身体中が熱い。
その熱さは、少年少女への情欲へと昇華されていく…
「おいアンタ達!何やってるんだ!」
ドロシーとギンタの唇が重なり、シズキが服越しにギンタの股間に口づけをしようとした瞬間、宿屋の主人が入り込んでくる。
あわてて取り繕う3人をよそに、宿屋の主人は続ける。
「アンタ達のせいで大騒ぎだよ!他のお客さんもいるのに迷惑だ!悪いけど他の宿を探して出てってくれんかね!?」
「…どうしよう…」
宿屋を追い出され、路に放り出された3人は途方に暮れる。
もう日が暮れている。この街に他に宿はあるのだろうか…
「ひゃあっ!?」
ドロシーの背後から小さな手がのび、大きな胸を揉みしだく。
「うわっ!やっぱりおっぱいでけー!」
声の主は、昼間にドロシーのスカートをめくったリーダー格の少年。
「このガキまた…」
「ねえお姉さんたち、うちに来いよ」
少年は悪びれもせずにそう言う。
「俺のママ、魔女なんだ。家だって広いぜ」
そういえば、そんなことを宿屋の主人が言っていた。
他に選択肢もないだろう。3人は少年の家に厄介になることにした。
「旅の方ですか、どうぞお寛ぎくださいね。客室、浴室は好きにお使いください。私は今晩用事がございますので、何かあれば使用人に」
“泥の魔女”を名乗る30代の女性は、物腰柔らかに、だが必要以上の言葉は紡がずに、去ろうとする。
「お、お母様!ごめんね、突然お客さんなんて…僕…」
「ええオジョ、気にしないで。お母様は今日も用事があるから、いい子にしているのよ」
“泥の魔女”は背を向けたまま、顔だけ向けて、去っていく。
「うん…」
悪ガキ、オジョはドロシー達に対するものとはまるで違う言葉遣いで、辿々しく母親と短い会話をする。
(あれが、お母さんとの会話…?そんな…)
ギンタは5歳までの記憶…朧気な母親との日々を思い出す。
記憶の中の温かさとは真逆な親子の会話に、ギンタは戸惑う。
ドロシーもシズキも、それは感じているようだ。
使用人が現れ、3人は客間へと通される。
「浴場は廊下の突き当りにございますので、ご自由に」
使用人が去り、3人は交代で風呂に入ることにする。
―3人で風呂に入ったら確実に最後までシてしまう。流石に人の屋敷でそれはできない。
「私は一番最後でいいよ、シズキ、行ってきな」
「ありがとうございます!久々のお風呂ですね!」
シズキが入り、ギンタが入り、ドロシーの番がやってきた。
大理石造りの立派な浴場に感心しながら、ドロシーは一糸まとわぬ姿で湯につかる。
強張った身体がほぐれ、思わず息が漏れる。
温かい湯に浸ったのは、ギンタと結ばれたその日、廃村の温泉街が最後だ。
それから今までの間、シズキの村やランゼスにも泊まったが、両方ともそれどころではない事態が続いていたからだ。
「ふう…本当に…久々…」
脂肪で構成された豊かな胸は湯の中で浮力を得て少し浮き、半球が顔を出す。
浴室の入り口に人の気配がする。
「あっ、お姉さん入ってたのかよ、気づかなかったぜ」
裸のオジョがわざとらしく入ってくる。母親の前の態度とは一変、また悪ガキの表情が戻っている。
だがギンタより年下の、精通もまだであろう少年だ。浴室に男女2人といっても、何をするという発想もなくドロシーを困らせたいだけだろう。
そして彼と母親との会話を見た今、彼の悪戯は寂しさの裏返しだと容易に想像できた。
オジョの予想に反しドロシーは悲鳴の1つもあげず、湯船からあがり彼に近寄り、抱きしめる。
「なっ!?おい…!」
豊かな胸が少年の顔を挟むように抱きしめる。その温もりに一瞬絆されたかのようにオジョの顔は泣きそうに歪み、次の瞬間には元気に悪態をつきながら浴場から出ていった。
「すみません、お坊ちゃまがご迷惑を…」
廊下で使用人が湯上がりのドロシーに詫びる。
「ねえ、オジョのお母さんって…」
「ええ、マティー様はお坊ちゃまに全く関心を払いません。…マティー様は、ご自身の子もまた魔法使いになることを望んでいるのです。ですがお坊ちゃまは…」
シズキが言っていた。魔法の力は遺伝しないのだと。
親が魔法使いであるかどうかに関係ない。1/100の確率で完全にランダムに魔法を使える子供が生まれる。
だから”沼の魔女”の子が魔法を持っていなくてもおかしくない。
だが、魔法で築いた社会的地位が、自分の子にも魔法使いであることを望んでしまう。
「…だから次の子を産もうって、オジョを置いて夜の街を遊び歩いてるのかい?最低だね…」
「はい…そのことに子供ながらに気づいているお坊ちゃまは、お母様の気を引くかのように街の子供らと一緒に悪戯ばかり…」
『OZ-ARMは神に選ばれなかった者の希望なのです』
マルキスの言葉が頭をよぎる。
100人に1人しか得られない魔法の力。残り99%の人間の無力感を拭い、獄鬼の脅威に立ち向かう力になるなら、それは悪と断じることができるのだろうか。
(っ…だからって…オスカーがカルデアをめちゃめちゃにした罪が拭えるわけじゃない…それにあいつは…)
初めて刻まれた性暴力の記憶を思い起こし、ドロシーは怒りと屈辱に震える。
(明日はマルキスに会う…オスカーの情報を引き出して…絶対に倒してやるんだ…)
―次の朝―
「あの金髪の少年は宿に戻ると言っていました…ですから街中の宿屋を探したというのにどこにもいないですわ…」
ウェーブのかかったクリーム色の短めの金髪に、レースのついた服を纏った美少女がブツブツ呟きながら、なにかを探すように街を彷徨う。
「昨晩のうちに発った…?いえわざわざ夜に旅立つなんてことは… ああっ!もう夜が明けたからネッサローズ様に『念話』でご報告できるのに!取り逃がした報告なんてしないほうがマシですわ…そんなことになったら私は『必要』とされなくなってしまう…」
少女は思いつめたように立ち止まる。
「…ただでさえ、堕獄の副作用で、魔法が昼間しか使えない身体になってしまったのに…」
神経質そうに爪を噛んでいると、路地裏で座り込んで独り言を言っている男に気づく。
「―ああ、まだARMは売れていない。」
彼が喋るたびに、耳につけた装飾が光る。
「―他に変わったこと?…………いや…特には…ない…」
会話は終わったようだ。
「これ、何ですの?」
マルキスが耳につけている通信用のARMを指して、いつの間にか背後にいた少女は問いかける。
「これを使って遠くの人と話しているようにお見受けしましたが?」
「ああ、こ、これはOZ-ARMというのです。これさえあ、あれば魔法使いの力など必要ない」
「必要…ない…」
「ええ、こ、この技術がみ、民衆に伝われば、魔法使いや魔女にた、頼ることなどなくなるのです」
「この道具があれば…私の力は…必要ない…」
少女の目から光が消え、端正な顔は嫌悪に歪む。
少女の手がマルキスの襟元に伸びる。
「ぐあああっ!!!」
「な、何?」
マルキスとの待ち合わせ場所に向かおうとしていたドロシーは、聞こえてきた苦しげな叫びの元へと駆けつける。
可愛らしい服を着た少女が、マルキスの男に掴みかかっている。
ものすごい力だ。片手で彼の身体を完全に持ち上げている。
「がふっ!!」
「きゃ!」
少女はマルキスを投げ飛ばし、その先にいたドロシーとぶつかり2人は石畳に身体を打ち付ける。
「だ、大丈夫?」
「貴女は!…す、すみません…この女が突然…」
少女は、驚いたようにドロシーを凝視する。
「…ピンクの髪…三つ編み…黒衣…」
少女はくすりと笑う。
「あは♥『聖女』、見つけちゃいましたわ…♥」
「ドロシー…ですね?貴女…」
少女がドロシーに問いかける。
「…なんで私の名前を…」
少女はドレスを少しずらし、臍下の肌をちらりと見せる。
「私のご主人様が随分お世話になったようで♥」
臍下に刻まれていたのは、紅い入れ墨。
魔女が獄鬼に服従した証、堕獄紋だ。
恐らく蟲型・植物型・爬虫類型…と服従した獄鬼の種類によって異なるその模様は、東の魔女ネッサローズがつけていたものと同じ模様。
堕獄した魔女は元々所持していた魔法の強化に加えて肉体の強化がされるという。
先程発揮した怪力は肉体強化の賜物というわけだ。
「あんた…東の魔女…ネッサローズの…手下…?」
ドロシーがオズの国に来た次の日に、ネッサローズの戯れでドロシーの処女は散った。
ギンタを腟内に受け入れながら見た彼女の堕獄紋はよく憶えている。
「申し遅れました。私はフレデリカ。”共鳴”の魔女ですわ」
少女はドロシーに一礼する。
「ネッサローズ様は必死に貴女を探されていますの。一緒に来てくださいませんこと?
怖いことはないですわ―― 一通り拷問された後、城中の獄鬼の孕み袋になるだけでしょう」
「…!そんなのご免だよっ!」
ドロシーはゼピュロスブルームを起動し、”東の魔女”の部下と対峙する。