攻守逆転がありますんで、一粒で二度美味しい事にしていただけると。
事務所の片隅、休憩スペースに据えられたテーブルの上には、首輪と耳が一つずつ置かれていた。
正確に付け加えれば、人が着けるのにも十分な大きさの首輪と、カチューシャの犬耳だ。
「これ、なんでしょう?」
「誰かの衣装とか?」
卯月と二人で首を傾げていると、ひょっこりと緑色のジャケットが顔を出す。
「それ衣装の候補に用意したんだけどね、ちょっと使えないってことでボツになったの」
「うわっびっくりした……脅かさないでよ、ちひろさん」
「ふふふ、ごめんなさいね?驚かせたお詫びに、それあげるから」
ちょっとだけ揺らぐけれど、これを喜んで貰ってしまうようではちひろさんに何を思われるかわかったものじゃない。人間用らしいし、用途はもうほとんど限られてくる。
「いらないよ、別に怒ってないし」
「うーん……それなら、これ処分しておいてもらってもいいかしら?」
上手に表情を隠しているけど、口元がニヤけてるのは隠せてないし、何よりこのタイミングで私たちに頼むのはおかしいでしょ。こんなのに丸め込まれる人なんて……
「わかりました!任せてくださいっ」
……いや、きっと卯月のことだから他意は無いんだろうけど。
ちひろさんはくすくす笑って、「じゃあ、ありがとうございます♪」とだけ言ってデスクに戻っていった。
捨てる前にちょっとだけ着けてみよう。やっぱりというべきか、そういうことになった。自然とそういう流れになっただけであって、決して私がゴリ押したわけではない。私の中ではそういうことになっている。
事務所の仮眠室の一つ。両隣の部屋に人がいないことを確認して、鍵をかける。更に廊下の人の気配を入念にチェックして、卯月に耳と首輪を渡した。
「ん……これ、難しいです……」
犬耳を付けたまま首輪と格闘する卯月を見て、得体の知れない興奮に襲われる。……いやいや大丈夫、私にそんな性癖はないはず。
「つけてあげる。ほら」
卯月の細くて真っ白な首に、真っ赤な革を巻きつける。私自身ハナコを飼っているのもあってか、首輪というものの扱いには困らなかった。問題は、それを着ける相手が卯月であることだ。
「ふふ、なんだかご主人様みたいです」
……なんて事を言うんだろう。ただでさえ手が震えそうなのを必死に抑えているのに、もう緊張とか興奮どころの騒ぎじゃない。
「はい、できた…………っ!?」
首輪から視線を上げると、そこには天使がいた。
犬は、忠誠心のシンボルとして用いられる事が多い動物だ。それはきっと人間側からすれば「素直に付き従う可愛いヤツ」という風にも捉えられるものであって、そこだけを切り取って可愛い、というのは本当の意味での『可愛い』とはまた違うんじゃないか?と思う。……えっと、なんの話だっけ?よくわからなくなってきたけど、とにかくされるがままに首輪を着けられて、褒めてもらえることを期待しつつも不安な表情で私の反応を待つ卯月はどうあっても可愛い。それだけは間違いない。
「かわいい……」
脳を一切介すること無く、目で見た感想がそのまま直接口に出た。
「えへへっ、本当ですか? これでステージ上がっちゃおうかな?」
その場でくるん、と一回転する卯月のスカートが舞い上がる。
首元にチラつく首輪の赤と、露わになるふとももの白、どっちを目で追えばいいんだろう。
「本当に可愛い。誰にも見せたくないぐらい」
「さすがに恥ずかしいから、私も凛ちゃんにしか見せたくないです。ステージは冗談ですからね?」
「……わかってるよ」
内心でほっと息をつく。どうやら私は自分で思っていた以上に独占欲が強いらしい。
湧き出てくる欲望を一切隠すこと無く、衝動のままに頬へ手を伸ばす。卯月は私の手に自ら擦り寄るようにして顔を傾けて、目を閉じた。
全てを私に委ねてくれている表情を両手で抱き寄せて、口付ける。
「無理。我慢できない。卯月、いい?」
「……はい」
自分でシャツを脱ごうとする卯月の手を握って止める。代わりに私の右手が一つずつボタンを外していく。恥ずかしそうに紅潮してそむけられた顔を、空いた手でこっちへ向ける。
ひたすら意地悪に、大切に、焦らすように。感触を感じないぐらいきめ細かい肌に指を滑らせる。
目を潤ませて、されるがままの卯月に支配欲を刺激される。卯月は、私の卯月は、このどす黒い感情をどこまで受け止めてくれるんだろう。……いや、今はとにかく暗い不安から目を背けて、目の前の卯月に全ての神経を注ぐ。
「ふふ、いい子だね」
言いながら撫でると、物欲しそうに擦り寄ってくる。蠱惑的な格好で絡みついてきて、身体の奥のほうが熱くなる感覚。
「犬が服従する時のポーズ、わかる?」
こくりと頷く。ゆっくりと仰向けに寝転がって、前の開いたシャツの隙間から真っ白なお腹が覗いた。ずっと見ていたいぐらいに綺麗だけれど、卯月の目はもっと先を欲しがっているようだった。
ふとももの辺りに馬乗りになって、ただ腰に沿って指を這わせながら、逃げるように跳ねる身体を追いかける。びく、と跳ねるたびに息を呑んで目を閉じる仕草に、どんどん理性が溶かされていくように夢中になる。なぞった指はスカートに行き着いて、許可を得ずにジッパーを下ろした。
「凛ちゃん……っ」
余計なことは一切考えないで、ただ私がやりたいように卯月を弄ぶ。左手は胸元をさぐり、右手はついに下着の中に入っていった。
「やっ、だめっ……」
薄く生え揃った陰毛の隙間に、ねっとりとした感触があった。
「卯月」
声を掛けながらそこにぐいぐいと指を押し付けると、溢れるように液体が指へをまとわりつく。その動きに合わせるように卯月が小さく悲鳴をあげていた。
「ひっ、やっ、凛ちゃっ……」
「濡れてる」
そんなことは本人もよくわかっていると思うけど、あえて卯月と目を合わせて言う。
「ごめんなさいっ……」
なんで謝るの。そう口から出かかったけど、私の嗜虐心がその言葉を押し留めた。
「犬になって、エッチなこと考えちゃったの?」
「だって、凛ちゃんが私のご主人様なんだって思ったら……」
真っ赤な顔のまま、私のブラウスの袖をぎゅっと握りしめて言い訳をする。元々溶かされて消えかけてた理性が、完全に無くなった。
「卯月、お仕置きだからね」
あるいは、ご褒美かもしれないけど。
これだけ濡れていれば、痛くないだろう。下着越しに、一番敏感な部分を引っ掻く。
「あっ凛ちゃんそれだめっ」
弱いところは、全部知っている。仰向けで脚を開かされたたまま、いいように弄ばれる卯月。もはや犬という体裁をすっかり忘れたまま喘ぎ声をあげていた。
「あ、あぁぅっ……」
一度イかせてあげようかな。
寄り添うように体制を変えて、再び秘部に直接触れる。愛液をたっぷり中指に絡ませて、卯月が待ちわびていただろう刺激を与えた。
一番感じるであろう部分を中指の腹で撫でるように、素早く擦り上げる。どうやら卯月はこれが一番好きらしく、上り詰めるように身体を緊張させていく。
「りんぁ、あっ……だめだめだめ」
「だめじゃないよ、大丈夫」
言いながら右手は一切休めず、空いた左腕で卯月を抱きしめる。腹筋の辺りが痙攣しているのがわかる。限界が来たときのサインだ。
「いっちゃ、ぁっ……んっ!」
ガクガクと腰を跳ねさせて息を呑む。
普段の姿からは想像もできない官能的な姿に、独占欲と支配欲が同時に満たされる。
「っ……はぁ、はぁ」
「……大丈夫?」
「えへへ、だめかもです……」
くてっと脱力する卯月の顔には、いつもの笑顔と淫猥な表情が入り混じっていた。
「凛ちゃんばっかりずるいです」
一度起き上がって座ったまましばらく呼吸を整えたあと、ようやく落ち着いたらしい卯月が抗議の声を上げる。
「何が?」
言いたいことはわかってるけど、ちょっとだけ悪あがきしてみる。
「私も凛ちゃんの犬の格好、見たいです!」
「……うんまぁ、言うと思った」
っていうか『犬の格好』って。もうちょっと言い方はなかったものか。
「じゃあ、どうぞっ」
いつの間に外したのか、さっきまで卯月が着けていた首輪と犬耳を渡される。まぁ、ちょっと着けるだけならいいかな。首輪を回した瞬間少しだけ暖かさが残っていて、それが卯月の熱だと思うと甘い感情が滲んでくる。
……あれ?いざ自分で着けるとなると難しいものだ。苦戦する私を見て目を輝かせる卯月。
「……お願いしていい?」
ふふ。その顔、やりたかったんでしょ。
「はいっ」
待ってましたとばかりに喜んで受け取って、満面の笑顔が近づいてくる。いや、ちょっと近くない?目の前数センチのところに卯月の頭があって、いい匂いが……くらくらしてくる。
ふと視線を上げた卯月と目があった瞬間、軽く触れるようにキスされた。照れで居た堪れなくなってしまって、それから着け終わるまでは目を閉じて耐え忍んだ。
「はい、できました。……わぁかわいい!」
「これはなんていうか、結構恥ずかしいね」
見られてるのは私なのに、目のやり場に困ってしまう。恥ずかしくて目が合わせられない。
「えっと、その……撫でてもいいですか?」
「撫でるの!?いや別にかまわないけど」
一瞬残念そうにした卯月を見て咄嗟に手のひらを返す。我ながらチョロいというかなんというか……え?両手を広げて待ってるけど、もしかして私が行くの?
どうやらこっちが待っていてもなにも始まらないみたいなので、大人しく卯月の胸元に頭をうずめる形になる。
「よしよし……」
ぎゅっと抱きすくめられて、背中へ回された手に後頭部を撫でられる。
うわ、いいにおい、やわらかい、あったかい。
「なんだか変な気分になっちゃいそうです」
いたずらっぽく笑って、頭を撫でていた指先が首元を伝って背筋を滑り落ちる。
「ちょっ……」
くすぐったさに思わず身体が逃げようとするけど正面には卯月がいて、抱き締められている中で更に身体を押し付ける形になってしまった。
「も、もういいでしょ?外すよ?」
「凛ちゃん」
耳を外そうとカチューシャに手をかけたところで、いつもより少しだけ強い声が飛んできた。
反射的に身体がびくっとなって、静止する。
「まだだめですよ?仕返し、です」
その微笑みを見て胸が締め付けられるような衝撃。太陽をそのまま笑顔にしたようないつもの明るさは鳴りを潜め、意地の悪い笑顔の卯月がいた。
「今は私がご主人様ですからね?」
気圧されるように、こくこくと頷いてしまった。
「おりこうさんです」
そう言いながら今度はいつもの微笑みを向けられる私にひとつ、新しい感覚がきた。
もっと卯月に褒められたい。撫でてほしい。抱き締めてほしい。
もっと、甘やかしてほしい。
「卯月……」
気付けば卯月に擦り寄るようにしていた。四つん這いというのか、立膝のまま両手を床について、おでこで体重を預けるような体勢。むしろ頭をぐりぐりと押し付けるようなかたちだった。
「こら、今はワンちゃんなんですよ?」
撫でながら、優しく窘められる。卯月の言いたいこと、というか私に言わせたいことはなんとなくわかっていた。
「はい、凛ちゃん?」
なおも卯月は急かすように、犬耳ではない私の耳に手のひらで触れる
「わ、わん……」
「おりこうさんです」
また一撫で。クセになってしまいそうな感覚に背筋がゾクゾクする。
甘い声と頭から感じる優しい感触に、恥ずかしさすら霧散していった。
「……わん」
犬耳に首輪をつけて四つん這いで卯月に迫る私は、傍から見ればかなりアレだと思う。でもそんなことはもうどうでもよくって、今の私は卯月に撫でてほしい一心だった。
「凛ちゃん、かわいい……」
心臓のあたりがどんどん熱くなって、幸せな気分が血流に乗って全身に流れていくような感覚だった。なんだって出来るような感覚。
撫でていた手が少しずつ位置を変える。降りてきた右手の親指が、耳の外側をなぞった。
私が卯月の弱いところを知っているように、卯月もまた私の弱いところをよく知っている。初めて耳に触れられた時に反応してしまってからというもの、卯月は私の耳をよく攻めるようになった。
左耳を愛撫するのをやめないまま、今度は右耳の側に卯月の顔が近づいてくる。
「逃げちゃダメですからね?」
脳を直接溶かすようなささやき声、吐息の音、ひとつひとつに全身が沸騰する。
もう何も考えられなくなって、ただ闇雲に卯月に擦り寄る。
「卯月、卯月、もっと……」
「もう、また忘れてる」
あぁ、夢中になりすぎて自分が卯月の犬である、ということをまた忘れていた。
「ごめんなさ、わん……」
「ふふ、もういいですよ。それにせっかく飼い主さんになれたんだから、今はご主人様って呼んでほしいです」
「ご主人様……?」
「そう、言ってみて」
「……ご主人様」
「なぁに、凛ちゃん?」
蕩けきった頭はその言葉を発するだけで更にダメになっていく。
卯月が私のご主人様なんだ。そう思うだけでお腹の奥が熱を帯びる。さっきまでとは完全に立場が逆転していた。
「ご主人様、その……」
「あれ?もしかして凛ちゃん、発情しちゃったんですか?」
発情。あえて動物めいた言い方をされているけど、でも今の私は犬だから仕方ない。回らない頭でそう思った。
耳を弄ばれ続けて言葉を発する余裕すらなくなった私は、ひたすらこくこくと頷く。
「なら、きっとそういうのも飼い主の仕事ですよね」
耳元で囁かれたそこから先の言葉は、直接頭の中に響いてきたような気がした。
「凛ちゃん、おいで」
完全に『発情』しきった私はただ卯月に身体を擦りつけるように抱き着いた。
「あっ、こら、脱がせないです」
もう前後不覚なぐらいに興奮したまま、ブラウスのボタンを開けやすいように身体を少しだけ離す。一瞬か数十秒かわからないけど、するすると卯月の手が降りていくのをただ見ていた。
大人しく全部を委ねて脱がされて、一方的な愛撫が始まった。
「おとなしくっていい子ですね」
胸を、お腹を、腰を撫で回される。もどかしいような、でもこれ以上したらおかしくなってしまうような、そんな刺激が休むことなくやってきて頭の中が掻き回される。
いつの間にか身につけていたのはショーツ一枚と首輪と耳だけになっていて、逆らうこと無くあらゆる意味で身体を預ける。
「うーん……よし、こうしましょう」
聞こえるか聞こえないかで呟いた卯月は唐突に私に背を向けさせて、自分の脚の間に座らせた。
「ほら、やりやすいです」
言いながら抱きすくめられて、背中に柔らかいものが押し付けられる。両腕は私の身体に回されて、全身を撫で回しはじめた。
背中越しの卯月からは布の感触がして、私だけが裸である事実を突きつけられているような気分になる。それは肌を重ね合う、というよりは本当にただ『飼い犬の世話』をされているだけみたいで切ない苦しさがあるけど、それ以上に私を興奮させていた。
「凛ちゃん、こっち向いてください」
振り向いた瞬間口づけられて、舌が唇を割って入ってくる。
同時に乳首を抓られて、ショーツの中に手が入ってきて、何がどうなってるのかわけがわからない。どの「気持ちいい」に集中すればいいかわからなくなって、ただ流されるままに弄ばれ続けた。
「ぷは……凛ちゃん、気持ちいい?」
「こんなの、うぁ……っ」
気持ちよくないわけがない。大好きな卯月に優しく攻め抜かれてるんだから。そんなこと口にする余裕はまったくないけど、卯月には伝わったらしい。嬉しそうに小さく頷いて、手の動きが早くなった。
下腹部は掻き回されてぐちゅぐちゅとした音をたてる。浅いところを第一関節で掻き回すような動きと、時折ずっぷりと挿し込まれる感覚に頭が真っ白になる。
「ん、んうぅ……卯月、うづきぃっ」
行き場のない感情を、少し振り返って卯月の首元に顔を押し付けることでどうにかしようとする。
もうちょっと、気持ちよくって、あと少しで。
「凛ちゃん、もうちょっとだよね?」
「うん、うんっ……いきそうっ……」
「おねだり、してみましょうか?」
きゅうっ、と胸の奥が締め付けられる。今の私には早くイッてしまいたい気持ちと、卯月に全てを預けたい気持ちだけで、他には何も無かった。
「ご主人さま、いかせて、気持ちよくしてくださいっ……」
「よくできました」
耳に直接キスをされた。ゾクゾクと快感で真っ白になる。
その瞬間に、頭がバチバチと電流に貫かれた。
同時に身体の奥が収縮して、痙攣するような感じ。
本当にどうにかなってしまったんじゃないかってぐらい、自分でも身体の制御が効かなくなってガクガクと震える。
痙攣が落ち着いてからもしばらく余韻で身体が動かなくて、卯月に身体を預けていた。
「凛ちゃん、大丈夫?」
「ん……大丈夫」
一度波が治まって冷静になるとめちゃくちゃ恥ずかしいけど。
「……ノリノリでしたね?」
「……卯月に言われたくないよ」
多分卯月もかなり恥ずかしいのだろう。お互い目が見られなくて微妙に気まずいような気持ちになる。
「これ、どうしましょうか?ちひろさんは処分しておいて、って言ってましたけど……」
つけっぱなしになっていた犬耳に触れながら卯月が言う。
「……もうちょっと捨てないで置いておこうか」
多分卯月もそう思っていたんだろう、うんうん頷いていた。
「その、何かに使えるかもしれないし」
「そ、そうですね!何かに使えるかも!」
言いながら耳と首輪を外す。着ける時に比べてすんなりと外すことができた気がする。
次にこれを見るときにはどっちが犬になるんだろう。そんなことを考えながら、そっと鞄にしまった。
「あ、凛ちゃん、犬ごっこはどうでした?」
「ちっちひろさん!?……なんの話?」
「一瞬で表情を取り繕うところは流石だけど、顔が真っ赤なのは?」
「……暑いからじゃない?」
「今は真冬だし、暖房も強くはないと思うんだけど……」
「暑いの」
「ふふ、そうね。アツいわね」
「もう!」
「うふふふ、次は何を置いておこうかしらね?」
最後はなんて言ったのか聞こえなかったけれど、少しだけ嫌な予感がした。