あと多分「一番重要なところ」が無いです。
私にも我慢の限界というものがある。
今日という日は、まさにその「我慢の限界」その日だった。
いつものように定時を過ぎても仕事と向き合っていた金曜日。
世間はプレミアムだのフライデーだのって騒いでるみたいだけど、忙しさ真っ盛りのウチにはそんなもの関係ないのよね。日中は打ち合わせに外回り、そして事務所に帰れば山のような事務仕事が待っている。いや、そんなお出迎えは嬉しくないんだけどなぁ。
とは言え、忙しいってことはそれだけアイドルのみんなに仕事がきてるってことだし、嬉しい悲鳴ってやつだと思う。アイドルたちの休みを入れる調整が大変だ、なんて。私も贅沢な悩みを持つようになったものだ。
「……ところで、まゆ」
そんな大忙しのウチの中でも『売れっ子』と呼んでも差し支えないだろうアイドルの一人である佐久間まゆは、デスクの下に潜り込んでいた。
最近のまゆは別のプロジェクトチームのアイドルと友達になってからというもの、たまに机の下に潜り込んでいる。
噂で聞いたところによると、そのアイドル友達のプロデューサーの机の下ではキノコが栽培されてるとか、決して目を合わせてはくれないアイドルが住んでいるらしいとか、よくわからない噂が流れている。
で、私の机の下はと言えば、可愛く頬を膨らませた天使が住んでいた。
「プロデューサーさんが構ってくれないのがいけないんですよぉ」
「だからまだ仕事なんだってば……っていうかなんでそんなとこ居るの?」
「匂いがするからです」
「え、うそ私そんな臭い?」
立場上そういうのは気をつけてたはずだけど……今日外回り行ったから汗かな。正直かなりショックだ。
「いえ、多分まゆにしかわからないプロデューサーさんの匂いです。まゆは大好きです」
「あ、においってそういうやつ?」
えっと……それならいい……のかな? 自分で言ってても意味わからないけど。
「それに、ここにいるとプロデューサーさんを感じて、んっ……は、ぁ」
「ちょっとちょっと何始めたの」
膝に当たっていたまゆの身体がぶるっと震えた。甘ったるい呼吸の音と熱が足元から伝わってくる。
「こら、もうちょっとだから大人しく待っててよ」
「プロデューサーさんには、迷惑っ……かけません、からぁ」
机の下を覗き込めば、まゆは私の脚の間から挑発的な目でこっちを見ていて、その手は自らの下腹部へと伸びているように見えた。
最近のまゆはこの手の直接的過ぎる挑発が増えた。私がどれだけ我慢してるかも知らないで。いよいよ総動員してるはずの理性では抑えきれず、私の身体の芯の部分はどんどん熱くなっていく。抑えきれない熱はつま先から髪の一本一本まで駆け巡り、その頭の中は、ただまゆを求めていた。
当たり前の事を言っておくけれど、私は今までまゆに身体を求めたことは一度もない。逆に求められたことは……間接的には今現在も含めて何度かあるけれど、私自身はそういう意図でまゆの肌に触れたことはない。
私の恋人とはいえアイドルだし、っていうか女同士ってどうしていいかわかんないし、何よりもまず彼女は未成年だし。
私にもそういう……なんというか、性欲?は勿論あるし、魅力的なまゆを前にここまで我慢できているのは我ながら褒めてあげたいぐらいだ。
そもそもこれは性欲なんだろうか? 『そういう事をしたい』ってよりは、 どちらかと言えば『まゆだから触りたい』『まゆだからめちゃくちゃにしたい』って欲求な気がする。ただセックスしたいだけなら誰だって良いわけだし。
まぁいいや、話を戻して、まゆがアイドルであることを差し引いたって、未成年に手を出すなんてとんでもない事なんだから、そりゃあ大人の私がしっかりと自制して引き締めることは当然だろう。
しかしながら私のほぼ全てを把握して理解しているまゆでも、そこのところだけは理解してくれない……それどころか事あるごとに、あの手この手で誘惑してくるのだ。ついこの前もお風呂に乱入しようとしてきたり、やけに情熱的に絡みついてきたり、わざとらしく検索履歴に『女性同士 セックス やり方』とか残ってたり。そんな言葉使うんじゃありません。
そういうわけで、限界だった。
さよなら理性!
「……もういい。わかった、帰るよ」
それだけ言って作りかけの書類のファイルを保存し、パソコンをシャットダウンして、手早く帰り支度を始める。事務仕事なんて知ったことか。明日の私に丸投げしよう。
「え、あの、プロデューサーさん、お仕事は……?」
私を本当に怒らせてしまったとオロオロしているらしいまゆの手を掴んで、机の下からゆっくり引っ張り出す。可愛らしいフリルをまとったピンクのワンピースが少しだけ着崩れている。肌蹴た肩に掛かる真紅の紐が目を引いた。
握った手の指先についたやたらとぬめる液体を気にしないようにしつつ、さっさと事務所を施錠して駐車場へ向かう。
「その、違うんです、困らせてしまったなら謝ります……でも、少しだけ休んでほしくて……」
「構ってほしかったのもあるでしょ?」
「……はい」
素直で可愛い。……じゃなくて、私に休憩の機会を用意したかった、って部分があることもわかってる。ぶっ通しで仕事してた私の手を、どうにかして止めたかったんだろう。でも、やり方に問題がある。まゆは私の理性の糸をぶった切ったのだ。許してはならない。
今にも泣き出しそうなまゆの表情に気付かないふりをしつつ、無言で車に乗り込んだ。
「ごめんなさい、怒らせてしまいましたか……?」
「怒ってはないけど……もう限界」
それを聞いて、息を呑んで青ざめていることが助手席からの気配でもわかった。(理性の)限界を迎えた私に対して間違いなく悪い方に勘違いしているけど、少しお灸をすえる意味でもこのままにしておこう。
っていうか私も神経をフル動員してないと今すぐにでも襲っちゃいそうだ。全神経を安全運転と理性へ、半分ずつ注ぎ込む。
「ほら、降りるよ」
すっかり消沈したまゆを車から降ろすために手を取ると、さっきのぬるっとした液体はもう乾いたみたいだった。手を離すと一瞬顔を上げて何か言おうとしたけど、すぐに俯く。うわぁ、罪悪感がすごい……。
そんな状態のまゆでも玄関を入れば、脱いだピンクのハイヒールをしゃがみ込んで丁寧に並べる。所作の一つ一つに洗練された上品さが垣間見えた。このいつもより背の高いハイヒールは、この前『少しでもプロデューサーさんに近づきたくって』と言いながら買ってきたものだ。うちのまゆはどこを切って取っても可愛い。可愛いの金太郎飴だ。
変なテンションになってきている私と、今にも消え入りそうなまゆ。反比例した私は振っ切れて少し舞い上がってるみたいだった。
「まゆ」
「っ……はい」
びくっと一つ震える。さっきの机の下で見た躍動ではなく、数センチ地面にめり込むような震えだった。
「お風呂、入るよ」
「はい……へぁっ?……おふろ?」
私の知る限りでは、まゆ史上で一番、間の抜けた声だった。
さて、気分的には今すぐこのまま襲っちゃいたいぐらいなんだけど、今日の私は外回りの仕事もあったのでシャワーを浴びておきたい。本当に汗臭いと思われても嫌だし。さらに言えばお風呂場でイタズラするのも楽しそうだし。今まで振り回されていた分、たまにはこっちが振り回すのもアリだろう。
「ほら早く、脱いだ脱いだ」
言いながら自分でジャケットを脱ぐ。窓際のハンガーに掛けた足でそのまま、風呂場へ湯を張りに行った。
「えっ、あの、お風呂って」
「あれ脱がないの?手伝ってあげようか?」
「だ、大丈夫です!」
両手をわきわきと動かしてまゆににじり寄る。既に下着だけの姿になっている私は完全に変質者だった。
「そ? じゃあ待ってるからね」
では私はおどおどするまゆを楽しみながら、先に浴室で身体を流すことにしよう。多分まゆは今頃『プロデューサーさんがお仕事のし過ぎでおかしくなった』とか思ってる頃かなぁ。本当はまゆにおかしくされちゃったんだけど。クレイジー・フォー・ユー、なんて。
ひんやりとした浴室のタイルに心地よさを感じながら、シャワーの湯が温まるのを待つ。そんなボロいアパートでもないんだけど、どうも湯沸かしだけは苦手みたいだ。
生温い水が指の間を流れ落ちる音に邪魔されながら、まゆの足音に聞き耳を立てた。流石に衣擦れの音は聞こえないけど、どうやら脱衣所には来ているようだった。
さてそろそろ温まったかなという頃、背後の扉からおずおずとまゆが入ってくる。
「お待たせ、しましたぁ」
多分これは精一杯に平静を装っているんだろう。可愛い。でも吹っ切れた今日の私は強気なので、更に遠慮なくまゆの全身を舐めるように上から下までじっとり眺める。
全体的に見て、どちらかと言えば小さくて可愛らしい、という印象を抱かれるまゆだけど、そのベールを脱げば胸も腰も女性らしいラインをなだらかに描いている。流石の私も全裸をまじまじと見るのは初めてだけれど、まさに『女のコの身体』という印象だった。
正直、平野とまで揶揄された事がある身体の私には羨ましいものがある。
「プロデューサーさん……?」
「ん、ごめんね。見とれてた」
「みっ!」
精一杯平静を装っていただろうまゆが、あっさりと崩れる。驚いたのと照れるのが半分ずつ足した結果、よくわからない表情になっていた。名状し難い、ってこういのをいうんだろうか。
「まぁまぁ、そんな隅っこで固まってないで、こっちおいでよ」
棒立ちのままの腕を掴んで引き寄せ、その手にシャワーのお湯を浴びせた。
「熱くない?
「だ、大丈夫です!」
「ん。ならよし」
ガチガチになったまゆの柔らかい身体(自分で言っておいて、不思議な表現だ)を一通り流して、お湯を出したまま壁に掛けて、次はボディソープを手に取る。
……よし、上から順にいこう。シャカシャカ泡立てながら、まゆの首元をなぞった。
私の手のひらが、まゆの身体を滑り降りる。夢にまで見た、どころかそれ以上の光景と感触に心臓が跳ね上がる。まゆに夢中になると同時に、「こんなにドキドキしてて私このまま血管とか切れたりして死なないだろうか」と心配をしてしまった。今死んだら色々と洒落にないし、悔やんでも悔やみきれない。
「んっ……」
中身入ってないんじゃないかってぐらい華奢な腹部から腰元をなぞった瞬間、普段のそれより更に甘ったるさを加えた吐息が聴こえる。
掛けられたまま放置されているシャワーの熱か、あるいはそれ以外の何か、とにかく熱いものを全身に感じながらまゆの形をなぞった。
腰元から脇腹、更に上に差し掛かって、自分で手が震えているのがわかる。まさかこの歳になって、人の身体に触れるだけでこんなに緊張するとは。
「プロデューサーさん……」
私を映したまゆの瞳に瞼が落ちる。生唾を飲み込むのと同時に、何か熱を帯びた質量が胃の底に落ちた。
引き寄せられるに任せて唇の横をそっと啄んだ瞬間、腕の中でまゆが跳ねるのを感じた。少しの身動ぎも逃さないように、更にきつく抱きしめる。そのまま頬に、目元に、額に、愛しいまゆの全てにキスを落とす。
幸せそうに目を細めるまゆに、私はこれまで隠していた愛情を塗りたくるように口付けた。
……
…………
………………
……………………
さて、とんでもないことをしてしまった気がする。
ベッドに裸で寝そべる私の隣には、同じく一糸纏わぬ姿のまゆが居た。
完全に事後、というやつだ。事故でなく。
「まゆ、幸せすぎてどうにかなりそうです」
ほんの少しの自責の念に駆られる隙間から、甘い囁き声が聞こえる。
「いやどうにもなんないで。そのままのまゆでいてね」
「それはいつものまゆが一番好き、って言ってくれてるんですね?」
「ちがっ……わないけどさぁ」
間違ってはいないけど、なんかニュアンスが違う気がする。
なんて言っていいかわからず、少し伸びてきた髪をかき上げて、まゆを見つめた。
「その、……大丈夫?」
「ちょっと痛かったですけど、愛を感じて幸せですよぉ」
赤く噛み跡がついた乳房と腰元を愛おしげになぞりながら、まゆが答える。いやいやいやいや、そこも気になってたけど、そうじゃなくて!
「いや、ついにやっちゃったなーって……」
「……もう一回だけ言います」
むぅ、とむくれながら、布団の中でもぞもぞと手を繋いできて、指を絡められた。
「まゆは今、幸せすぎてどうにかなりそうなぐらいです。やっちゃった、なんて言い方しないでください……」
肩の辺りに、額をぐりぐり押し付けられているのを感じる。
「そういう悪い意味じゃなくってさ、ついに我慢できなかったか〜ってね」
「我慢していたんですかぁ……?」
「正直めちゃめちゃ我慢してた」
「じゃあ、まゆの誘惑は成功だったんですねぇ」
言いながら左腕にまゆの全身が絡みつく。肩から肘、手首、指先まですべすべでさらさらで、二の腕の辺りの柔らかい感触があって、手のひらがまゆの太ももに挟まれてててててあ、もうダメだわ。
身体を少しだけまゆに向けて、太ももに挟まれて汗ばんだ左手を、その付け根に向けて動かす。
「あ、んっ……」
きゅっ、と堪えるような目を細める仕草に煽られて、空いた右腕を背中に回す。撫で下ろすように背筋を伝って、逃げる腰を抱き寄せた。
「まゆのこと、もっと愛してくれますか……?」
愛す、が好意を指しての言葉か、行為を指しての言葉なのかはわからないけど、いずれにせよ。
「ずっとまゆを愛してる」
次はどこの噛み跡だったらバレないかな、と考えながら再びまゆに溺れていった。
それから後日、衣装合わせの時に噛み跡が見られてちひろさんにめちゃめちゃ怒られた話はここではしないことにしよう。