本編関係者の過去の話です。
警告:初っ端から胸糞内容有りですので、苦手な方は読まなくても本編を読むのに一切影響はございません。本編での登場人物のイメージを損ないたくない方はスルー願います。
私は本番アリのソープで働いてる。
風俗嬢ってヤツだ。
まともに通いもせずに中学を卒業して、母親の知り合いのスナックで歳を誤魔化して働き始めた。
しばらくして私が働いてるのが違法だとかでその店が警察に潰されて、今働いてるソープに流れ着いた。
小学生の頃から父親に犯され、中学じゃ近所の不良グループに輪姦されてた私にとっては、男に媚びを売るのなんて簡単な話だった。
だから自分の身体を売ってお金を稼ぐことにも、あんまり嫌悪感はなかった。
男なんてのは誰も彼も、適当に焦らして弄ってやれば、最後は自分で必死に腰を振って終わってくれる単純な存在だ。
義務教育時代の私は、自分の身体で男の庇護を受けるだけの存在だったが、今はそれで結構なお金まで稼げるのだから、仕事にはそんなに不満はなかった。
稼いだ金が定期的に両親のどちらかに毟り取られるのが不満といえば不満だが、それは仕事とは関係ない。
財布に2〜3万も入ってればあの糞どもも納得するし、適当に泣き真似でもしてれば髪を引っ張られて引き摺られるくらいで済む。
たまに父親には犯されるけど、早漏だから軽くしゃぶってから入れさせてやればすぐ満足する。
頭が悪いなりにこのままじゃいけないとは思っているけど、頭が悪いから別の生き方もわからない。
若さという特権が売り切れて相手にされなくなる前に、できるだけ稼ごうってくらいしか対策はない。
生理の時以外は毎日店に入って、隠し口座にはそれなりにお金が貯まってるけど、仕事が無くなっても生きていけるなんてことは、口が裂けても言えない額だ。
将来が不安、なんて言葉は頭によぎるけど、実際のところはあんまり焦燥感もない。
なんとかなると思ってるっていうよりは、これも私の頭が悪いから、将来の不安ってヤツがちゃんとイメージ出来てないだけなんだろう。
そんな私が人を好きになるなんて、想像もしてなかった。
原因はよくわからないけど、父親が派手に母親を殴った。
かなりの大騒ぎだったらしく、近所の住民が110番をして、私は家に寝に帰ったタイミングで、ちょうど警察と鉢合わせしてしまった。
赤の他人になんでそこまで言わなきゃいけないんだってくらい根掘り葉掘り質問してくる制服の男性警察官に、私は冗談混じりに今までの人生を洗いざらい語ってやった。
「…お父さんを告訴する気はありませんか?」
帽子の下から厳しい視線で、お巡りさんが私に訊いてくる。
家の中でくらい、脱げばいいのに。
「いいえ? 合意の上ですから?」
言葉を濁してるが、父親に犯されてる件についてだろうと見当のついた私は、とびきりの営業スマイルで答えた。
お巡りさんのしかめっ面がさらにきつくなる。
そりゃこんな汚い人間の話なんて、聞きたくないよね。
「そうですか…」
お巡りさんが顎に手を当てて、私の人生が要約されたメモを見る。
俯いて帽子のツバに隠れてるから目は見えないけど、唇はキュッと結ばれている。
お巡りさんは少し太めの体型で、清潔感はあるけど芋っぽい雰囲気。
客としては良い方だろう。
手間がかからなそうだ。
顔は全然好みじゃない。
「それで、次は何を聞きたいですか? やっぱり私のスリーサイズ聞きます?」
汚い部屋のソファーの上で、私はわざと太ももが見えるように足を組み替える。
私の胸元や太ももが見えると、お巡りさんの目がピクリと反応するのが面白くて、さっきから何度もからかっている。
今は帽子の陰に隠れてて、誘惑が成功したかどうかはわからなかった。
「いえ、それは結構です。」
お巡りさんが俯いたまま即答してくる。
話せば言葉が返ってくるということが、こんなに楽しいとは思わなかった。
思えば、自分のことを他人に話したことなんて、人生で初めてかもしれない。
今なら、職場でエッチの前や後にベラベラ自分語りをする面倒くさい客の気持ちもよくわかる。
「あとはぁ〜…そうだ! 私の将来の夢とか聞いてくださいよ!」
私はことさらに明るい声を出す。
将来の夢なんてない。
この真面目が服を着て歩いているような雰囲気の男から、嫌そうな顔が引き出したくて言ってみただけだ。
「そうですね。あなたは今後、どうしたいですか?」
お巡りさんが顔をあげて、私の目を見た。
冗談ではない、本気の顔だった。
想定外の反応に、ちょっと焦る。
自分から言い出した手前、なんとなく引くに引けない気持ちになる。
いや、いつも客に答えてる内容でいいんだ。
「そうですね〜…やっぱ将来の夢はお嫁さんですかね? 素敵な旦那様と結婚して、可愛い子供を産んで、優しいお母さんになりたいです!」
とっておきの媚び声。
あからさまじゃない、ふざけてないように見えるギリギリの態度で私は言う。
それでも、真面目に仕事をしている最中の人間からしたら、聞くに耐えない妄言だろう。
しかも、店名は断固拒否したが、私が風俗嬢であることは伝えてあるのだ。
汚れた女の馬鹿げた発言は、さぞ癇に障ったことだろう。
「それは素敵な夢ですね。」
なのにお巡りさんは、一切表情を変えない真剣な顔のまま、私の目を見てうなづいた。
そしてまた、顎に手を当てて俯いて考え込んでいる。
私はさぞ、間抜けな顔をしていただろう。
口を開けたまま、マジマジと目の前のお巡りさんを見てしまった。
ふざけた様子も、社交辞令という感じもなかった。
人の顔色を伺う事には自信がある。
胸の奥で、よくわからない気持ちがグルグルと渦を巻いている。
「さっきから…何を考えているんですか?」
なんだか無性に、この人のことを知りたくなった。
とりあえず差し障りのなさそうなところから質問してみる。
「いえ、これはあくまで提案なんですが…」
お巡りさんは、色々な話を私にしてくれた。
様々な相談窓口の存在、市から受けられる支援や担当部署の存在、法的措置の取り方やその内容、果ては私の引っ越し先についてまで考えてくれた。
「あなたのお母さんは今回の件について、被害届を出すそうです。これは家族の問題ではありますが、お母さんはこれを機に家を出るそうなので、あなたご自身もどうでしょうか?」
母親と父親の間に愛情がないことは10年以上前からわかっていたことなので、あまり驚きはない。
単に行き場がなくて、ここを拠点にしていただけであって、お互いに顔を合わせることも月に数えるほどだった。
しかし、自分が家を出るという考えは、言われてみるまで私にはまったく無かったものだった。
何故今までそんなことも考え付かなかったのか、自分のことが一瞬わからなくなる。
私が馬鹿だからだろうか?
それとも、私のどこかがこの家に縋っていたのか?
混乱して頭に爪を立てる私を、お巡りさんは黙って見つめている。
返事を待っているのだと気付いたとき、私の口からはまったく脈絡のない言葉が飛び出た。
「なんでそこまで考えてくれるんですか?」
「それは私が警察官だからです。」
違う。そんなことが聞きたいんじゃない。
「お巡りさんが全員こんな対応をしてくれるとは、とても思えません。」
こんなに真剣に話を聴いてもらえ、こんなに真剣に私のことを考えて貰ったことなんて、初めての経験だった。
これは特別なことだ。
今思えば極めて馬鹿げた話だが、このとき私はお巡りさんが私に惚れていると思っていた。
随分自惚れた、本当に馬鹿な話だ。
お巡りさんが一瞬何かを言いかけて、やめる。
そんなことはないと、定型的な回答を飲み込んだんだろう。
「私は、今回の件を機に一歩進んで欲しいと思っているんです。」
お巡りさんの目が優しげに緩む。
「警察沙汰になるなんて、良い事ではありません。でも、だからこそ、次から少し良くなるように、力になりたいんです。」
自分の信念を語る、熱い言葉。
その優しい声音が私の芯に響き、身体が熱くなる。
私の望んだ答えではない。
自分に惚れているなんて、プロポーズの言葉でも出るかと身構えたことが恥ずかしくなる。
だがそれ以上に、仕事に対する情熱を感じて、お巡りさんの人柄が感じられて、私は顔が熱くなった。
両手で顔を覆うが、目はお巡りさんから離せなかった。
薄汚れた壁も、ゴミだらけの部屋も目に入らない。
向かいのソファーに座ったお巡りさんだけが、色鮮やかに目に映る。
それ以外の情報が一切頭に入ってこなかった。
これが恋だと、今なら断言できる。
しかしこのときの私は、色々な感情の混じったぐちゃぐちゃな頭の中で、ただひたすらこの人の情報を得ようと凝視するだけだった。
声も掛けられない。
なんて喋ればいいのか、何を言えばいいのか、まったくわからない。
そういえば、私はこの人の名前も知らない。
私は自分の人生を洗いざらい話したというのに。
「それでは、私達はこれで失礼します。」
別の部屋で何か作業をしていた警察官の一人が呼びに来て、お巡りさんは帰ってしまった。
呼び止めようとしたが、声が出なかった。
手を伸ばすこともできない。
私は固まったまま、部屋を出て行くお巡りさんを見送った。