幕間最終話となります。
私が目を覚ますと、私は見慣れた職場のベッドの上で横になっていた。
もちろん、客を相手にする方のベッドだ。
「あ、大丈夫ですか?」
サトウさんの声に、私は慌てて身を起こした。
ベッドの脇に椅子を置いて、サトウさんはバスローブを着て座っていた。
「すみません、私のせいで…」
サトウさんは酷く恐縮しながら、「イかせて貰ったから、一度イかせてあげたい。イかせてみたいと思った。」と語った。
………これだから童貞は!
私は思わず、お客さんの前だというのに深く溜め息を吐いてしまった。
サトウさんはオドオドとしながら、しかしどこか期待を込めた視線を私に向けている。
きっと、ちゃんと私がイッたかどうか聞きたいのだろう。
見ればわかるでしょうと思うが、デリカシーが無いのは童貞共通のことだ。
いや、直接口に出して聞かないだけ、サトウさんは違うかな。
表面は呆れたような態度を取りながらも、私はサトウさんに悪感情は欠片も抱いていなかった。
むしろそのマヌケな姿も可愛くてしょうがなかった。
これが惚れた弱みというやつだろうか。
他の童貞客相手には「もう何度もイッちゃいましたぁ〜、凄く気持ちよかったですよぉ。」と媚を売るところだけど、サトウさんにはちょっと意地悪をしたくなる。
口に出して聞いてこないなら、私も答えない。
いつもはまったくの嘘だけど、今回は正真正銘本当のことだから、言うのが恥ずかしいというのも大きかった。
そこでやっと、仕事のことを思い出した。
慌てて時計を確認すると、あと10分しかない。
サトウさんがあんまりにも落ち着いているから、まさかそんなに時間が経っているとは思わなかった。
「時間…」
「あっ…」
私の声に、サトウさんは困ったような笑顔を見せると、すぐ椅子から立ち上がった。
犯される、犯してもらえると身構えた私を無視して、サトウさんは私に背を向けて脱衣場に向かって歩き出した。
もしかして、帰るつもり?
まさかと思ったが、私はすぐに間違いないと確信してベッドから跳ね上がった。
童貞捨てに来て、挿入れずにさっさと帰り支度を始める人がいるなんて。
サトウさんの腕に飛び付こうとして、一瞬何か不可解なブレーキがかかって、それでも全部は止まらずサトウさんのバスローブの裾を掴むに留まる。
でも、勢いはまったく抑えられなかった。
「えっ、延長! しましょ!?」
しまった、焦りすぎた。
思わずあげてしまった自分の大声に、少し冷静になる。
サトウさんは私を振り返り、驚いた顔をしている。
これは帰るつもりの顔だ。
名残惜しそうではあるが、今この場にはまったく未練がない顔をしている。
今まで身に付けた稼ぐためのテクニックとして、ねだって延長しそうかどうか見極める目が私にはあった。
「しかし、上司の人が一緒にきていますので。」
「あの、あのあのっ、風俗初体験で延長する人とか! 結構いなくもないんですよ!?」
落ち着け。落ち着け私。
ああもう、どうしよう。
「いや、待たせるわけにもいかないので…」
「えっと、相手の人に連絡してですね。先に帰って貰うんですよ。これが意外と、失礼なようで結構許してもらえちゃうみたいで…」
これは嘘ではない。
そういう客を見たことは確かにある。
嘘ではないけど、うぅ…
「まず電話して見て、反応を見てみるのもどうかなぁ〜って…」
サトウさんの顔を見るに、あんまり効果がなさそうで声が尻すぼみになってしまった。
悩んではいるけど、まだほとんど帰るつもりっぽい。
考えろ! 私!
私の方がお金払ったら残ってくれないかな!?
「それに…それに……せっかく来たのに初体験しないままなんて……」
サトウさんの雰囲気がちょっと変わる。
ここだ!
「このまま帰ったら、きっと後悔しますよ? 風俗に苦手意識持ってもう行けなくなって、一生童貞でもいいんですか?」
お腹の奥底の黒い私が、心にもないことを言わせる。
好きな人に向かって何を口走ってるんだよ私!
なんか泣きそうになってきた。
「私……サトウさんをちゃんと気持ち良くしてあげたいです……」
何を馬鹿なことをしているんだろう、私は。
私は顔を俯かせたまま、バスローブの裾を掴んでいた手を離した。
涙が出そうになるのを、なんとか堪えることしか出来なかった。
「……わかりました。向こうも終わった時間でしょうし、電話するだけしてみます。」
…………えっ?
私は今、ウキウキ気分でシャワーを浴びている。
結果として、サトウさんの上司の方は延長を快く承諾してくれたらしい。
「ハマりすぎるなよ、なんて注意されちゃいました。」なんて照れ顔で言うサトウさんがメチャクチャ可愛かった。好き。もう大好き。
今は仕切り直しということで、私が先にシャワーを浴びることになったところ。
サトウさんには、一人で絶対におちんちんを触らないようにと厳しく言い聞かせてある。
浮かれ気分の勢いで出た言葉だけど、我ながら良い指示だったと思う。
童貞の中には早く出てしまうとカッコ悪いからと、先に自分で一回出しちゃう人もいるらしいし。
そんな勿体無いことはさせられない。
身嗜みを整えると、私はバスローブをきてベッドに戻った。
私に気付いたサトウさんが腰掛けていたベッドから立ち上がり、入れ替わりにシャワーを浴びに行こうとするのを正面から抱き付いて押し留める。
「ダメですよ〜、シャワーなんて時間の無駄です。」
そう、時間の無駄だ。
今は一分一秒たりとも無駄にはできない。
この限られた時間で、サトウさんを堪能し尽くさなくてはならないのだから。
サトウさんのお腹はお肉がついていてふにふにと気持ちが良いが、その奥にしっかりとした筋肉の存在を感じられる硬さがある。
そのせいか抱き着くと凄く安心するし、興奮する。
私はそのままサトウさんをベッドまでグイグイと押し切り、押し倒した。
サトウさんはちょっと困った顔はしてたけど、特に抵抗せず、なすがままになってくれている。
おちんちんだけは精一杯自己主張してるけど。
私はサトウさんの体に全身を余すところなく密着させて、その体温を味わった。
シャワーを浴びてきたばかりの私でも、温かく感じられるくらいに体温が高い。
サトウさんの心臓の鼓動がとても大きく、早い。
肌はじっとりと汗ばみ、サトウさんは全身を使って私に興奮していることを教えてくれた。
「知ってますか? ここではサトウさんと私は恋人同士なんですよ?」
サトウさんの体が強張ったのがわかった。
職業がばれたかと思って、緊張したみたい。
サトウさんのお仕事を考えれば、タテマエは知っていて当然だ。
サトウさんを安心させるつもりで、サトウさんの胸元に軽くキスをする。
私は、別にサトウさんをいじめたいわけじゃなかった。
ただ、その建前にすがりたかっただけ。
「たまたま出会った二人が、恋に落ちて、エッチする。そういう場所なんです」
サトウさんは、少し困ったような顔をしてる。
拒絶の言葉を想像して、ぞっと私の体温が下がった。
ダメ。いま拒絶されたら、もう動けない。
私はサトウさんに上になって欲しくて、サトウさんの腕を引っ張りながら真横にころんと転がった。
でも童貞のサトウさんは意図にまったく気付いていない。
少し強めに腕を引っ張ってみたけど、サトウさんは体を横に向けてくれただけだったので、私は諦めてそのままサトウさんに擦り寄った。
サトウさんに腕枕してもらう形になって、じっとサトウさんの顔を見上げる。
でも、目を見る勇気がなくて、サトウさんの顎のあたりを見ることしかできなかった。
私の体に、ぎゅっと力が入る。
急に後悔する。
こんなこと言おうと思わなければよかった。
あのまま勢いで押し倒して満足してればよかった。
でも、言いたい。
もうこの先の人生をどんな風に歩むことになっても構わないから、せめて今だけは夢を見たかった。
「………好きです。私をサトウさんの恋人にしてください………」
精一杯身体をすり寄せ、腕も足も絡めて媚びを売った。
でも、声が震えてしまった。
サトウさんの目を見ることができなかった。
俯いたまま、サトウさんの胸に頬を寄せる。
もしかしたら、聞こえなかったのかもしれない。
風俗嬢に惚れるのがどれだけ滑稽でアブナイことか、同僚や先輩たちの雑談でよく聞いている。
ましてや、風俗嬢に惚れられるなど、笑い話もいいところだろう。
常識も良識もない、歪んだ世界で育てられた女など、きっとサトウさんは願い下げだろう。
たとえそれが『タテマエ』だとしても。
そうだ、これはタテマエだ。
いまならまだ笑って誤魔化して、ジョーダンにできる。
そもそも、そういう建前で言ったんじゃないか。
何を一人で気にしているのか。
商売女としての意地を見せて、サトウさんに気持ちいい思いをして帰ってもらわないといけない。
身体も、心も。
それであわよくば、もう一回来てもらえばいいんじゃないか。
私以外指名しちゃいけないと厳命して。
予約を取ってからきてねと名刺を渡せばいいんじゃないか。
名案が浮かんだと思ったのに、私の体は動かなかった。
せめてこのホンキだけは、たとえサトウさんにとってのタテマエでも、覆したくなかった。
頭の中をぐるぐると思考が空回りするなか、ずいぶん長い時間が過ぎた気がしたけど、実際はほんの数瞬のことだった。
サトウさんが私をぐっと抱きしめてくれた。
サトウさんの体が熱い。
私のお腹にあたるおちんちんは、もっと熱い。
「僕も、好きです」
私の耳元に寄せられたサトウさんの唇から、熱い吐息とともにそんな言葉が漏れた。
頭が、馬鹿になる。
全身がふわふわして浮き上がってしまいそうで、サトウさんにしがみつくように力を込めると、今度はサトウさんはちゃんと私の上に覆い被さってくれた。
サトウさんの熱が、重さが、私を世界中の全てから守ってくれているように感じる。
サトウさんの背中に両手を回すと、サトウさんの固く引き結ばれた唇が私の唇に押し当てられた。
そのぎこちなくて情熱的なキスが、サトウさんが初めてであることを明確に私に教えてくれて、すごく嬉しくなる。
サトウさんの緊張をほぐすように、サトウさんの唇を私の唇で優しくはみ、驚かせないように舌先を這わせた。
少し苦しいくらいだったサトウさんの抱擁が、少しだけ緩む。
私は逆にさらに強く抱き着き、せがむようにサトウさんの唇に吸い付いた。
鼻先同士が触れ合うのがくすぐったい。
荒くなったサトウさんの熱い吐息が私の顔を撫で、サトウさんの体で潰され歪んだ私の胸から、サトウさんの激しい鼓動を感じる。
いや、この吐息も、この鼓動も、全部私のものかもしれない。
自分の心がどんどん満たされていくのを感じる。
どれだけ自分が飢えており、貧しい人生を送っていたか痛感する。
サトウさんとのキスが、熱い抱擁が、私の記憶をすべて塗り替えていく。
これが、これこそが「幸せ」に違いない。
遠くから眺めるだけなんて、人形遊びなんて目じゃない充足感。
いまこの瞬間こそが私の人生の絶頂だと思えた。
はしたないくらい体を摺り寄せ、手や足でサトウさんの体をまさぐっていたら、サトウさんの唇が柔らかく緩んだ。
絶頂だと思った充足感の、その先が見えた気がした。
私はサトウさんの頭を両手で抱え込むように腕を回し、深く唇を押し付けた。
舌先をサトウさんの口の中に差し入れ、吸うのではなく、舌先でサトウさんの唾液を掻き出すように舌を動かす。
驚いたサトウさんが、少し体を引いた。
自分でもびっくりするくらい、私の体がびくりと跳ね、硬直する。
サトウさんの反応を拒絶と受け取った心が、一気に絶望の淵に落とされる。
心臓がぎゅっと絞まり、一瞬で泣きそうな気持ちになった直後、今度はサトウさんの方から私の口の中に舌を差し入れてきた。
乱暴に暴れるソレを受け入れ、優しく舌を絡ませる。
好きな人を貪る快楽を上回る、好きな人に貪られる快楽。
この上ない至福と信じたその先に、さらに気持ち良い続きがあることを思い出した。
私は全身を使ってサトウさんの体を貪っていたのを止め、お腹の部分に意識を集中してサトウさんのおちんちんを味わうことに専念した。
お互いの汗と、サトウさんの先走りでぬるぬるになったお腹で、サトウさんの熱さと硬さを堪能する。
私の動きに規則性ができたためか、サトウさんが追い詰められてきているのを感じた。
脳ミソに一番近い粘膜を擦り合わせ絡め合わせているせいか、サトウさんの様子がよくわかった。
サトウさんが私の頭を優しく撫でて、ゆっくりと体を離した。
そのおかげで、これが拒絶ではなく次への準備だとわかった私は、大人しく次を待つ。
サトウさんに私がして欲しくないこと、して欲しいことがはっきり伝わっている気がして嬉しかった。
サトウさんはおちんちんの根元を自分で押さえながら、目だけをキョロキョロと動かしている。
コンドームを探しているんだと気付いた瞬間、そんなことは絶対に嫌だと私の心が叫んだ。
「あのっ、はっ、初めてくらい、生で、いれ、入れてみませんかっ?」
私はサトウさんによく見えるように両足を腕で抱きかかえると、両手でぐっとアソコを押し開いた。
お腹の奥に溜まっていた液体が糸を引きながらとろりとこぼれ、ベッドに落ちた感触があった。
「ねっ? せっかくなんだし、思い出に残る初体験っ、しましょっ?」
思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしいが、そのとき私は必死だった。
両手で広げながらもお腹に力を入れ、できる限りパクパクとアソコを動かし、サトウさんを誘った。
その動きに、サトウさんの視線が釘付けになっている。
サトウさんのおちんちんの先端に、ぷくりと白い粘液の玉が浮かんだ。
あと少しだ。
「それに今日、安全日なんで、生で出してもダイジョーブなんですよっ」
サトウさんにその言葉が響いたのか、サトウさんは膝立ちのまま私ににじり寄り、白い液をダラダラと垂れ流し始めてるおちんちんを私の穴に添えた。
迎え入れるために私が指先で目一杯広げたアソコに先端が触れた瞬間、ビュッと私の体の奥まで熱い液体が叩きつけられた。
液体が奥にあたるのをはっきりと感じた瞬間、サトウさんが倒れるように私に覆いかぶさり、同時に硬く熱い棒がおへその裏まで突き入れられた。
キスやハグなんて目じゃない幸福感が、私の全身を満たした。
安全日なんて、大嘘だった。
それどころか、今日は超危険日だった。
サトウさんが自身の射精をより気持ち良くするために、ぎこちなく腰を動かすのを感じながら、私は生まれてきたことの喜びを、生きていることの喜びを感じていた。
体の一番深いところに叩きつけられる感触が、疑いようのないある予感を感じさせた。
今日この日のことは、夢でいい。
今日この日のことは、嘘でいい。
もう二度とこの人に会えなくとも。
この先の人生がどんな地獄であったとしても。
好きな人を騙して受けた種だとしても。
この先の人生がどんな不幸なものであっても。
今日この日の思い出だけを糧に生きていくから。
この人の子供を授かりたい。
サトウさんの子供を産む。
そう言葉にして考えた瞬間、私は今まで一度も感じたことがないような深い絶頂を感じた。
頭の中が真っ白になり、そのまま自分がどこかに飛んで行ってしまいそうで、私は両手両足をサトウさんに絡め、爪を立ててしがみ付いた。
満足に動けなくなったサトウさんの代わりに、私のアソコがきつく、激しく動いてしごき上げる。
私のお腹の中は、私のとサトウさんのとでドロドロに溢れ、サトウさんが射精しているのかどうかもわからないほどだった。
快感の波が引き、私の体から力が抜ける。
あまりの快感の衝撃に、私は人形のようにぐったりとベッドに沈み込んだ。
そんな私の腰を、サトウさんはそういう性処理道具であるかのように抱え込み、レイプするかのように何度も腰を振っていた。
気持ち良すぎて力が入らなくなったまま、私は半分眠っているような頭の中で、好きな人におもちゃのように貪られる幸せを堪能した。
延長の残り時間は、私は定期的に絶頂しては体を痙攣させ、おしっこを垂れ流すだけという夢のような時間を過ごした。
今度私が目を覚ましたのは、自宅の布団の中だった。
あのあとサトウさんとどう別れたのか、まったく判然としない。
そもそもどうやって帰ってきたのか覚えていなかった。
全て夢だったのではないかとも思ったが、パンツには私のお腹の中に留まれなかったサトウさんの精液が溢れ出ていた。
冷たくなった粘液を指で弄びながら、私はなんとかサトウさんに名刺を渡したかどうかだけは思い出そうとしたが、渡せていなかったような気がしたので思い出すのを止めた。
それからもいままで通り店で働き続けたが、サトウさんが現れることはなかった。
それでも私は満足だった。
サトウさんとの思い出さえあれば、他に何もいらなかったからだ。
そしてなにより、私のお腹の中に息づく新しい命があった。
この子のためにも、稼がなくちゃいけない。
私は散々な人生を送ってきたが、素敵な人に巡り合うことができた。
片思いにすぎなかったが、あれこそが、この想いこそが恋というものだろう。
恋とは幸せなものだった。
どうかこの子にも、素敵な恋が訪れることを。
私はサトウさんから、知ることの喜びを教えてもらった。
新しいことを知る楽しみ、視野が広がることによる新たな喜び。
きっとこの子にも、いろんな喜びがあるように。
私はもう満足だった。
サトウさんと出会ってから、色々なことを知ることができた。
それで満足して、次はこの子のためにと思い、それ以上知ることを止めてしまった。
だから私は知らなかった。
何かを知らないということが、大切な人を傷つけることがあることを。