「もしも苦労人がカルデアのマスターだったら」 作:HK416
参ったね! 黒王様の水着スケベ、スケベすぎない?
頼光ママも、エレナママも水着ヤバい。ヤバすぎる。
一部は唯一弊カルデアにフランちゃんが来てくれたが、パパであるアラフィフと同じ気持ちで愛でる所存よ。ぶりびりのどっかんかん可愛すぎるのぉ!
というわけで、SE.RA.PH編再スタート。当分、エロはない。
『人権を認めた相手になら我儘に付き合ってやる程度の度量はある苦労人』
「目を、覚ましませんね」
床に横たえられたメルトリリスに視線を向け、ガウェインは紛れもない焦燥と憂慮に眉根を寄せて呟いた。
虎太郎以外の者は同様の顔をしていたが、特にリップの動揺は凄まじい。あわあわと涙目で落ち着きなく歩き回っている。
襲撃を退けた一行であったが、魔神柱に一度飲み込まれながら救出されたメルトはガウェインの言葉通りに目を覚まさない。
魔神柱の有する能力による影響なのか、皆には判断がつかなかった。
しかし、一行よりも黒幕についてよく知っているであろうリップの様子を見るに、それとはまた別の要因である可能性が高い。
(…………メルトの
如何なる手法に依るものか。
メルトは見る影もない弱体化――出会った当初の姿と大差のないレベルにまで――を果たしていた。
恐ろしい話ではあるが、魔神柱に取り込まれた一瞬で百騎分のリソースを奪われてしまった。
元よりそれだけの力があったのか、メルト故の事例であったのかは判然としなかったが、黒幕の狙いの一つであったのだろう。
(しかし、目を覚まさないのは解せない――――原因は、魔神柱じゃなくメルト自身にあるのかもな……)
昏々と眠り続ける姿は、チャイコフスキーの眠れる森の美女のよう。
彼女の表情は穏やかで、外傷も見られず、リソースを奪われた影響という訳ではないようだ。
ならば、メルト自身が目覚めることを拒否しているとしか思えない。
(メルトもリップも黒幕の能力を喋れないだけで把握はしている。そして、メルトも廃棄はされても
思いもよらぬアクシデントはあったが、初めからそのつもりだったのだろう。
わざわざ言葉にしなかったのは、この程度であれば、虎太郎ならば自身の考えに思い至ると信じたからに他ならない。
事実として、虎太郎はメルトの精神へと入り込むための『鍵』をBBから購入している。
何処かのタイミングで乙女の深層へと侵入する必要性があることは理解していた。しかし、このタイミングであるのならば――
(来い、ってことか…………戦う気、満々っスねぇ)
――メルトリリスは己の奥底で待ち構えているだろう。
しかも、これは精神の戦い。
リソースを奪われた脆弱な姿ではない、彼女の全盛期の姿――毒と蜜の女王の名に恥じぬ『快楽』のアルターエゴとして。
虎太郎の予定では、話し合いでケリをつける筈であった。
精神の戦いであるのなら、本来は力など必要はない。より相手を深く理解し、より相手に刺さる言葉だけで充分。相手の精神よりも強固な意思と言葉で立ち向かうことが正しい姿だろう。
無論、意固地なメルトを相手に話し合いだけで決着が付く可能性は高くはない。
それでもなお、怪物としての仮面の下に隠れた乙女としての弱味を突けば、野蛮を必要とせずに戦いを治められる自覚はあった。
だが、魔神柱の行動で全てがおじゃんだ。
この一件のお陰で、意固地な彼女が更に意固地になったと見て間違いない。
全く碌なことをしない黒幕、マスターに迷惑をかけている自覚がある癖に方針を曲げないサーヴァントに凄まじい頭痛を覚えながら、虎太郎は首を振った。
ともあれ、文句や溜め息を漏らさなかったのは、己も大差のない自覚があったからか。
ふと、彼が視線を上げれば、エルキドゥ、キャット、鈴鹿が、早くしろと言わんばかりのきつい視線を向けていた。
「彼女が何を考えているのか、ボクでも少しは分かるよ」
「ま、責任取ってくるしかないっしょ!」
「ほれ。ちょっちゃと逝くがいい、虎太郎よ。巧くいった暁には、お主への仕置きは先延ばしにしてやってもよい」
「簡単に言ってくれる。しかも、お仕置きを止めるんじゃなくて、先延ばしかよ」
どうやら、この三名はメルトの考えや気持ちが分かっているらしく、虎太郎を急かした。
眠り姫となったメルトを目覚めさせるのは、虎太郎の仕事であり責任である、と。
教会で一人朽ち果てるだけだった怪物を起動させ、挙句に怪物と認めながらもただ一人の少女として扱った男。
成程、確かに彼にしか出来ない仕事であり、彼だけの責任だ。彼自身も認むるところである故に、否定だけはしない。
自分には過ぎたものであると認識しながらも、手も足も止めるつもりはないらしく、『鍵』を取り出し、呼吸で上下する胸元に手を触れる。
「こ、こここ、虎太郎さぁん、メルトを、メルトをお願いしますぅ……!」
「はいはい、やれるだけのことはやりますよぉ、と」
これで三度目となる心の戦いへと挑む。
初回はBBの補助がなければ起動すら出来なかった『鍵』も、己の意思一つで簡単に使用することが可能になった。
他人の心へ踏み入れる行為など、面白い筈もない。
心とは理解はすれども触れるものではなく、共感せずとも踏み散らすものでもない。
どれだけその性根が腐り果てていようとも、それが味方であるのなら一線を越えたくなどない。
(まあ、それがお前の望みであるのなら、オレは叶えてやるまでだが……)
認識が引き伸ばされる。
時間感覚を喪失する。
周囲の
SE.RA.PHが崩壊した訳ではなく、虎太郎の意識がそう認識しているに過ぎない。
深層への落下は始まった。
向かうは意識の底の底。
待ち構えているであろうメルトの我儘を叶えるために、弐曲輪 虎太郎は漏れそうになる溜め息を必死で抑え、其処の見えぬ闇の中を降り立っていくのであった。
―――――
――――
―――
――
―
一体、どれだけ闇の中を落ちていったか。
胃の浮き上がる落下の感覚を味わいながら、虎太郎は無表情で落下を続けていた。
酷く不快な感覚を覚えている。
そもそも、虎太郎は独りであったとしても、堪えない人間だ。
誰かと語らう喜びを知ってはいても、求めはしない。
誰かと苦難に立ち向かう心強さを知ってはいても、縋りはしない。
ある意味で完成された精神とも言える。
ある日突然、自身以外の全てが死に絶えたとしても、これはこれで清々する、と笑って生きていける
自分を含めた全てが疑いの対象。
そんな異常な精神性を有しているのなら、確かに孤独など恐れるものではなく、寧ろ望むべきものなのかもしれない。
故に、他者の深層に潜り込む感覚は酷く疎ましい。
まるで生きたままの臓物の中へと滑り落ちていくような、そんな不快感が絶えず襲いかかる。
常人ならば発狂しかねない感覚を、涼しい顔で耐え忍ぶ。
他者の深層へ入り込むのは、好気と欲求が絡む。常人であれば、別の感想を抱くだろうに。
「…………おや、今度はお前が
「私としても意外ですとも。しかし、精神の戦いですか。私如きでどれほどの力になれることか……」
その時、上層から一人の騎士が姿を落ちてきた。
“
本来、深層へのダイブは虎太郎と正式に契約したサーヴァント――現状ではガウェインか、エルキドゥしかいない――しか供を出来なかったはず。
先の通信で教会を離れる決断を下したトリスタンは、自らを叱責し、最後には縋り付いてきたアーノルドを一蹴して一行を追った。
その道中、どのような手段を用いて裏側へと至るべきかを思い悩んでいるところにBBが現れ、裏側へと誘われると同時に、この空間を落下していたらしい。
「成程、粋な計らいだな」
「御冗談を。どう考えても嫌がらせでしょうに」
「あぁ? お前、本気で言っているのか? それとも正気でも失ったか?」
「………………」
虎太郎が皮肉混じりの笑みを漏らすと、トリスタンは何とも言えない表情で押し黙った。
そう、虎太郎の陣営において、メルトに最も気を遣っていたのは他ならぬトリスタンだ。
言動はアルターエゴに対する敵愾心を剥き出したものであったが、その真意は彼女を気遣ってのもの。
そして恐らくは、教会を後にした理由もまた――――
何の事はない。
ガウェインがリップを一人の少女として認識しているように。
彼もまた、メルトを一人の少女として認識しているのだ。
トリスタンが何を以て、怪物を少女と認めたのかは、定かではない。
「どちらのイゾルデに姿を重ねたかは、お前の名誉のために聞かずに置こうか」
「あぁ……私は恨めしい。心底から、貴方を恨めしく思います」
虎太郎の全てを見透かしたかのような言動に、トリスタンは大きく溜め息を吐いた。
どうやら、そういった理由であるらしい。
容姿か、性格か、在り方か。
ガウェインがメルトやリップ、BBの容姿に言及をしなかったことを考えれば――
「それは一旦置いておけ。無垢な少女を救うのは騎士の本懐なんだろう……?」
「――――私如き、かつての仲間すら手にかける悪逆の徒には、分不相応にもほどがありますが、ね……」
「あぁ? お前、まさか……」
「BBもかなり無茶をしたようですね。一瞬ではありますが、貴方の記憶と繋がってしまったようです。それに関してはご容赦を。流石に如何ともし難い…………この私とは別の私とは理解してはいますが、嘆かわしくも恥じ入るばかりです。同時に、気持ちは痛いほど分かりますが……」
どうやら、この深層落下に送り込まれるサーヴァントは、マスターを介して侵入するのかもしれない。
正規の契約を交わしていないトリスタンは、本来では通り得ない経路を渡り、落下を開始したらしい。
その過程で、虎太郎の記憶を垣間見たのだろう。
今此処に在る自らとは別の自身。鏡写しの己の選択。
「であれば、露払いはお任せを。メルトリリスは貴方に任せます。どうか、彼女を救って頂きたい」
「馬鹿を言うな。オレは憂さ晴らしに付き合うだけだ。だから、お前が救え。化け物の手から、あの意地っ張りな小娘をな。騎士の本懐、遂げてみせろよ」
「ふっ、言われるまでもなく。では、お先に」
共に落ちていたはずのトリスタンは、虎太郎の発破に笑みを浮かべ、離れていくと闇の中へ消えていった。
トリスタンは気付いていた。無論、虎太郎も。
メルトリリスの内部に巣食ったモノ。魔神柱の置き土産。獣の残滓。
呼び方はいくらでもあったが、それが何であるのか二人にも詳しく分からない。
ただ、トリスタンは異様な気配から、虎太郎は獣の悪臭からその存在に気付いた。
あの短時間で仕込みまで済ませていくのは驚きであるが、SE.RA.PHは時間の長短などさして関係はない。
演算能力が高ければ高いほど、時間感覚を引き伸ばすのは難しいことではない。
兎も角、黒幕はメルトの中に爆弾を残していった。
意図は察しきれない。使いようなどいくらでもあるからだ。
メルトを操り人形にし、土壇場で後ろから串刺しにするも良し。メルトを目の前で溶かし、動揺を誘うも良し。
ともあれ、虎太郎としても、トリスタンとしても看過できるものではないだろう。
恐らく、BBはこれを予想していた。だからこそトリスタンを送り込んできた。
メルトを気にかける彼であれば、霊基が擦り切れるまで戦い、必ずや魔神柱の形をしたウイルスを討ち果たす、と。
「っとぉ、着いたか」
そんなことに思いを馳せていれば、何時の間にやら底に辿り着いていた。
コードキャストで設定されている戦いの舞台は、円形のステージ。
これはリップであれ、鈴鹿であれ、変わりはない。変化があるのは、舞台に立つ役者だけだ。
「――――来たわね」
降り立った虎太郎の存在に気付いたメルトはゆっくりと振り返り、瞳を潤ませながらも微笑んだ。
まるで己の不甲斐無さに泣き出してしまいそうな、それでいて焦がれていた待ち人に出会えたかのような、そんな笑み。
虎太郎は余りにも予想通りの表情に、予想通りで在るが故に何を言うべきか迷いながら、頭を掻き掻き近寄っていく。
「リップや鈴鹿と違って会話が成立するなら話は早い。さっさとSE.RA.PHに戻るぞ」
「――――――嫌よ」
「あぁ、そうかい。ったくよぉ…………一応、理由を聞いておいた方がいいか?」
取り付く島もないメルトの様子に、虎太郎はカクンと肩を落とした。
これ以上ないほどに予想通り。ましてや、この反応。戦いは避けられないだろう。
「だって…………だって、貴方には私の本当の力を見て欲しいじゃない」
SE.RA.PHにおける自分は、もうまともに戦えない。
サーヴァントをリソースとして取り込むことで初期化の影響を取り繕ってきたが、それも魔神柱に飲み込まれたことで奪われてしまった。
怪物とも呼べない。人間にもなれない。後に残るのは、自ら壊れることすら出来ない役立たずの木偶人形。
その事実は自尊心の強いメルトに耐えられるものではなく、また彼女も自分を許せない。
とは言え、現実はもうどうにもならない。時間が巻き戻らない以上、それは絶対だ。
時間の無駄だということは分かっている。
知って貰ったところで何一つ変わらないことも分かっている。
ただ、最後の戦いに、虎太郎はメルトの参加を認めない。
思いや心を理解すれども共感はしない男だ。集団の脚を引っ張る存在に供をさせる筈もない。
なら、せめて、知ってほしい。
貴方の契約したサーヴァントが、決して役立たずなどではない、と。
そんな言い訳染みた我儘に付き合って欲しい。
子供の我儘にも劣る、怪物になりきれなかった少女の懇願。
メルトもこれ以上は何かを言わない。
もし、虎太郎が拒絶したのなら、全ての懇願を引っ込めるつもりだ。
我儘だという自覚はあった。素直に頷けば良いものを、横に振っては何の益も得もない。この局面においては、ただただ虎太郎の時間と精神力を無駄にする行いだ。
拒否されるのも無理はない。その選択に間違いなど一つもなく、不満などない。ただ、自らの願いを否定されるのなら、代わりに眠り続けるだけだ。虎太郎と出会う以前の廃棄された状態のまま朽ち果てる。
彼が新たに入力した存在意義すら果たせない壊れかけの人形には、相応しい末路だと自嘲するように。
「はぁああぁあぁあぁっ…………やっても意味がない上に、オレが単騎で、最高の姿であるお前を倒せだと? 言っていることが無茶苦茶だ。まるで人間みたいだぞ?」
「…………ふふ、そう。そうね。本格的に壊れて戻れなくなったみたい。どうかしら? 一緒に踊ってくださる?」
「だが――――――だがまあ、とことんまで付き合うと言ったのはオレの方だったか。いいだろう。此処では心が折れなけりゃ死ぬこともないしな」
特大の溜め息を吐いた後、顔を上げた虎太郎の表情は何時になく真剣であった。
その意志に呼応するかのように、彼の眼前には二振りの剣が、両足には銀の具足が具現する。
これは精神の戦い。自らの内にある記憶から、相応しい武具を呼び寄せるなぞ造作もない。
それは、奇妙な武器だった。
片や、身の丈ほどもある大剣。
肉厚の刀身がすらりと伸び、華美な装飾など一切ない。
刀身にこびり着いた赤黒い血が、機能だけを求めて打たれたものだと否応なしに理解させながらも、本来の美しい銀の刃は錆付いてなどいない。
片や、刀身が屈曲した短剣。
東南アジアで伝統的に使われ、現代の軍隊格闘技や護身術でも使用されるカランビットを連想させる形状。
だが、大きい。現在、使用されるカランビットの多くは刃渡り10cmまでが主流である。この短剣は30cm以上はあった。
どちらか単一で扱うならば何の変哲もない。
けれど、これが二刀一対の武器だとするのなら、珍しいを通り越してあり得ない組み合わせ。
大剣は片手で扱うには巨大に過ぎ、短剣はいざという時の備えであるべきだ。
虎太郎は大剣を右に、短剣を左に逆手で握る。
そして、大剣を握った右手を大きく前に突き出し、短剣を握った左手を右肩に当てた。
「――――――さあ、踊ろうか?」
「ふ、ふふ……ええ。燃え尽きるまで、付き合ってちょうだい! さあ、行くわよ――――行くわよ行くわよ行くわよ!」
二人は同時に地を蹴った。
メルトは、虎太郎を求めるよう一直線に。
虎太郎は、メルトという名の死そのものを掻い潜るべく、狼の如く地を這う姿勢で。
激突するクライムバレエと狼の剣技。
こうして、二人だけの死の舞踏は、始まったのである。
―――――
――――
―――
――
―
荒れ果てた教会に破砕音が響いた。
暴動によって元の姿が分からなくなるほどメチャクチャにされた礼拝堂は、更に見る影もなくなっていく。
「お、落ち着いてアーノルド! きっと何かがあったのよ、悪気はなかったんだってば!」
「はあ!? 悪気はなかった、だって!? 切ったんだぞ!? 私からの通信を、一方的に!」
トリスタンのいなくなった教会で何が起こっているのか。
何の事はない、ただの子供の癇癪と大差はなかった。
癇癪を起こしているのはアーノルドだ。
手近にあった物を手に取ると、壁や床に投げ付けて破壊する。
マーブルは必死になって彼を止めようとするものの、所詮は男と女、腕力の違いは明らかであり、止めるに止められない。
やがて、破壊できるものがなくなると、次の標的になったのはマーブルだった。
アーノルドは何一つ己を疑うことはなく、まるでこれが正しいことだと言わんばかりに、マーブルを蹂躙していく。
マーブルは悲鳴すら上げない。彼の癇癪は止まるものではなく、ただひたすらに、嵐が過ぎるのを待つように耐えるしかないものだと理解したからだ。
事此処に至って、彼は何一つ学んでいない。
トリスタンがアーノルドを見捨て、碌な言葉もないままに教会を去った理由。その一つに、彼が隠しているつもりだった高慢で醜悪な本性があったことすらも。
――――尤も、彼は彼で哀れではある。
彼は担ぎ出されただけの男だ。
どうにもならない状況下で、集団のリーダーになぞをやらされた。
当初は、皆で生還しようと奮起していたが、それも次第に萎えていった。
集団は暴走を始め、それを扇動する者も居た故に、彼一人の奮起では事態は何一つ解決しない。
その重責から逃れるように。身の丈に合わない役割から逃げ出すように。彼は、自らは有能であるという幻想に逃げ込んだ。
巧くいかない理由全てを自分以外の全てに押し付け、自らの精神を守った。
自分は何も悪くない。
皆が怒りと不満をぶち撒け、所長と副所長を殺したのも。
集団を制御する為に、掃除屋を使って粛清を行ったのも。
アルターエゴなんて醜悪な怪物に攻撃命令を下したのも。
何一つ、私は悪くない。
悪かったのは有能な私ですらどうにも出来ない状況であり。
私の制御から離れた皆の責任であり。
私を歯牙にもかけず、言葉を聞こうとしないカルデアのマスターだ。
私は無能などではない。私は間違っていなかった。
カルデアのマスターにどう扱われようが、トリスタンに見捨てられようが関係がない。私の価値を知っているのはただ一人でいい。彼女だけが――――
なんて醜い
そして、最早、彼の醜態は誰の目からも価値のないものになってしまっていることが、哀れでならない。
「っ?! だ、誰だ!? トリスタンか!?」
その時、礼拝堂に軋みを上げる扉の音色が響く。
一瞬、ありもしない外敵に怯えの表情を見せたアーノルドであったが、礼拝堂に脚を踏み入れる男の姿に安堵を漏らす。
酷い勘違いもあったものだ――――
「黒い、アーチャー! 確か、エミヤ君だったか! いいタイミングで戻ってきてくれた! 私を――――」
「――――――」
――彼は無心の執行者に過ぎない。決して、誰か個人の守り手ではない。
無慈悲な発砲音が二度響く。
放たれた二発の弾丸は寸分違わずアーノルドの心臓を貫き、破裂させた。
哀れ、アーノルド。
何一つ気づかないまま。何一つ役に立つことのないまま。一つの命が消え果てた。
唯一の救いは、彼が何一つ気づかずに死んだことくらいか。
「え……え? うえ――――ええええぇぇぇぇえ!?」
呆然と、アーノルドの胴体で咲いた赤い花を眺めていたマーブルは一呼吸置いて、ようやく悲鳴を上げた。
その身体にも、執行者の弾丸が叩き込まれ、悲鳴は止んでしまう。
これにてセラフィックス職員は全員殉職した。
欲望と狂乱に獣は死に絶え、唯一その中から逃れ得たのはトラパインだけ。
エミヤの表情に変化はない。
最早、見慣れた光景だ。抑止の守護者として何度となく熟した仕事。感傷など何一つない。
彼がBBから提示されたのは、SE.RA.PH内部でまだ生きている人間の始末。その見返りとして、この案件全ての元凶である天体室の場所と入室方法を教えるというものだった。
まだ生きている人間は一人だけいるが、其処は口先でBBから先に情報を絞り出した。
エミヤの目から見てもBBは追い詰められていた。その為か、彼女は渋々ながらも先にカードを切ったのだ。
虎太郎を殺すかは決めてはいない。
カルデアが、今後も人理保証の為に必要な組織であると理解していた故だ。
しかし、自らの目的を邪魔するのならば殺すまで。天体室で待ち構えていればいいだけの話。
今後、人理が脅かされようが、自分か、或いは自分と同じ境遇の守護者が召喚され、滅びの要因を排除するだけなのだから。
「後は、天体室の破棄か」
「そうよね。貴方はそういう人だったわ。あの時も、そうやって結果の為に多くの人間を殺したものね?」
「――――!」
礼拝堂に響く蠱惑的な声に、エミヤは跳ねるように地を蹴った。
見れば、先程まで己が立っていた床は、何か悍ましい物体に侵食されているではないか。
其処から礼拝堂はテクスチャが張り替えられていく。
悍ましい物体――魔神柱の敷き詰められた光景は、彼が知り得ぬものではあるが、第一の獣が乗っ取った時間神殿ソロモンのそれに似ていた。
いや、その程度の事態ならば動揺はしない。
彼とて、この案件に魔神柱が関わっているのは得ていた情報から推測は容易い。
動揺したのは、声の主を知っていたから。
彼と赤い弓兵を分かつ最大の原因。剣の如き強靭な魂を失墜させた、聖母の如き慈愛を持つ魔性の女の声。
「馬鹿な。この気配は……この霊基パターンは……!」
―――――
――――
―――
――
―
「ああ――――満足した。久しぶりに、思う存分
「……満足してくれたようで何よりだよ。何遍オレを串刺しにすれば気が済むんだ。何遍オレをどろどろのスライムにすれば気が済むんだ」
どうやら、虎太郎は心の戦いを制したようだ。
満足げな表情で目を覚ましたメルトは笑っていたが、傍らで膝をついていた虎太郎は顔を顰めながら溜め息を吐く。
「あら、言ってなかったかしら? 私、加虐嗜好なの。特に、貴方みたいに口の減らない相手を徹底的に蹴り倒せるなんて――――」
「メ゛ル゛ドォォオォ―――!!」
「――――うぎゅぅ! ちょ、リップ、駄肉を押し付けないで! 貴方の胸はダストボックスに、って……鼻水垂れてるじゃないのぉ!!」
目を覚ましたメルトへ真っ先に声を掛けたのはリップだった。いや、声を掛けるというよりも突撃に近い。
リップは巨大な両手でメルトを傷つけぬようにしながらも勢いのある突撃は、その双丘の間に華奢な身体を挟み込んだ。
その光景に、ガウェインは雷に打たれたような有り様でありながらも、羨ましげである。どんだけ巨乳が好きなのか。
「これは――――遅れてしまったようですね」
「ええ、本当に。教会の守りを任せたのに、それすら放棄してこの始末なんて、笑えないわ」
「むぅ。その点に関しては面目次第もありませんが、貴女のその姿を見れば溜飲も下るというもの。大した減らず口です」
遅れて現れたトリスタンに、メルトは憎まれ口を叩いたものの、嫌味で返され、互いにニッコリと微笑みながらもバチバチと火花を散らす。
最終的に、負けたのはメルトの方だ。視線を外してそっぽを向いてしまう。弱りきった姿を恥じているのであれば、トリスタンの言葉には反論のしようもない。
虎太郎は口を開こうとしたが、結局は何も言わなかった。
トリスタンが口の前で人差し指を立てたのである。続き、指を折り曲げて握り拳を作ると胸の前に持ってきた。
何も言う必要はない。彼女に認められずとも、彼女が知らずとも、騎士道の誉れはこの胸に。
そういう意味なのだろう。
メルトが事実を知れば、何を言うか。何を思うのか。
それを慮った上で、この誉れは私と貴方だけのものにして欲しいという願いだった。
虎太郎は律儀さと思慮深さに苦笑を漏らす。
唯一、同じ円卓たるガウェインだけは何らかを察し、トリスタンの誰も知らないはずの健闘を称えるように、笑顔とともに肩を叩いた。
「それで、これからどうする? 何する?」
「SE.RA.PHの動力部である天体室を目指すべきですね。道中は邪魔をするエネミーがいるでしょうが、この顔ぶれであれば何の問題もないでしょう」
「むぅ、トリ殿。それは些か浅慮に過ぎる、そして反アルターエゴ筆頭とは言え非道だぞ? まずはメルトちゃんを教会に連れて行くべきでは?」
「いえ、私は置いていきなさい。KPを排除した時点で私の役目はほぼ終わったのだし。足手纏いはゴメンよ」
「いや、全員で教会に戻るぞ。何、足手纏いにならなきゃいいんだろ? それに多少の時間の猶予もあるしな」
「ちょっと待ちなさい、虎太郎、それはどういう――」
メルトは虎太郎の言葉に困惑した。
足手纏いにならないように、という部分はまだ良いが、時間の猶予があるというのはどういうことか。
その言い分ではまるで、彼に残された時間を正確に把握しているかのようではないか。
疑問から虎太郎を問い質そうとしたが、華奢な身体を抱え上げられ、メルトは何も言えなくなった。
「ちょっ――――危ないじゃない! 私を抱えるなんて、脚が触れたら斬れてしまうじゃない!」
「知ってる知ってる。心の中で何回も胴と首が泣き別れしたから。とは言え、お前は動けんわけだろ? だったら誰かが運ばにゃならんだろ」
「べ、別に、貴方でなくたって――」
「あ、ボクはそのつもりはないからね」
「あたしもないし」
「あたしもないナー」
「え、えぇっと、……私も、ないですぅ」
「だとさ。それとも何か? ガウェインかトリスタンの方がいいか?」
「嫌よ!」
「なら、我慢しろ」
空気を読んだ女性陣の発言、にべもない虎太郎の科白にメルトも押し黙るしかない。
見る間に彼女の頬は赤く染まっていく、リップからの羨望の眼差し、他の皆からの初々しいモノを見る眼差しと笑みに羞恥心を煽られた結果だ。
湯気が立ちそうな程に茹だった頭で絞り出した言葉は――
「……なら、気をつけて。私の身体、部分部分、ちょっと硬いから。間違えて膝を持ったりしないよう注意……してください」
――そんな可愛らしい敬語混じりのものだった。
―――――
――――
―――
――
―
「はい、到着ぅ、っとぉ」
「うっわぁ、ナニコレ。お巫山戯にも程があるし」
教会前の広場に、一行はそれこそ瞬きの間に辿り着いた。
出発前、広場に刻んでおいたマーキングへ目掛け、瞬神を用いた空間転移を行ったのである。
鈴鹿の漏らした言葉も尤もであった。
基本的に、空間転移は大魔術に分類される。
仮に彼女がキャスターとして現界し、神通力を自在に扱えたとしても、易々と行使できるものではない。
神代の魔術師であるメディアであっても、大神殿を敷いた上で充分な魔力供給がなければ同じこと。
それを、ただその道具を手に入れたからという理由で、何のデメリットもなく片手間で行使できるなど、真っ当な魔術師ならば憤死しかねないレベルである。
「どうやら、遅かったようだね」
「そのようだ。だから手を切るタイミングを間違えるなと言ったのに」
エルキドゥは顔を顰めながらポツリと漏らし、虎太郎はメルトを抱えたまま涼しい表情で応える。
教会の中に入ってみれば、荒れ果てた様子は相変わらず。
ただ、サーヴァントやエネミーが暴れたにしては軽微な、人間が暴れたのならピッタリに、多少の模様替えが行われた。
その光景に各々は不思議そうな顔をする者も居れば、眉を顰める者も居る。
「アーノルド氏とマーブル嬢が居ませんね。それに、虎太郎の話ではエミヤ殿がお二人の排除に動いているであろうと」
「ああ、その通りだ。見ろよ」
虎太郎はメルトを長椅子に座らせると、顎で床と壁を指し示す。
床には二つの血溜まりが、壁には弾痕が残されていた。
これだけ見れば誰であっても、エミヤが二人を殺害したものと理解できるだろう。
(まだ血は温かい。それにこの臭気。二人が殺されたのは数分前か、そしてエミヤも……)
血溜まりを指で触り、二人の命そのものであった体温を感じ、教会で行われた惨劇が何時であったのかを察する。
死体が残っていなかったのは、
血溜まりは時間が無くて処理できなかったか。或いは、処理する必要性を感じなかったのか。
少なくとも、状況証拠としてはエミヤがやった以外には考えられず、この状況を第三者が望んでいた展開とも思えまい。
「さて。計算じゃ、SE.RA.PHが海底に接触するまで、SE.RA.PH時間であと七時間ほどの猶予がある」
「しかし、レディ・メルトのリソースが奪われました潜行時間が短縮される恐れが――」
「いや、それを加味した上での時間だよ。だから、天体室に向かう前に最後の休息を取るが、構わないな?」
これまで虎太郎に付き合ってきたサーヴァントは皆一様に首を傾げた。
彼の側から休息の提案があったのは今回が初めてだったからだ。
付き合いが長いエルキドゥ、ガウェインの覚えた違和感はどれほどのものであったか。
しかし、二人は口を挟むつもりがないらしく、黙して語らない。
天体室の場所は既に割れている。
教会から天体室までは30分。六時間の休息中に眠ったとしても、ベストコンディションまで持っていくには充分な時間である。
「それから、メルトは教会で待機だ。問題はあるか?」
「…………ないわ。悔しいけれど、足手纏いにはならないと言ったのは私だもの」
「良し。それから、自分一人で歩けるのに、どれくらい時間がかかる?」
「多分、三時間程度で。それでも戦力には数えられないでしょうけど」
「成程。じゃあ、メルトを残してお前らは外に出ろ。メルトは歩けるようになったら外に出てくれ。オレも一眠りしたいからな。同じ建物の中に他人が居たら、眠るに眠れんのだ、オレは」
虎太郎はそれだけ言うと二階へと上がっていってしまう。
皆は顔を見合わせ、肩を竦めるか、視線を合わせ、無言のまま教会の外へと出ていった。
各々の消耗は少ない。リップとの戦闘が尾を引いているガウェインでも、後は座って気を楽にすれば、戦闘に支障のない領域に手をかけるだろう。
最後にリップだけが、メルトを心配そうに眺めていたが、犬でも追い払うように手を振るわれると後ろ髪を引かれる思いをしながら皆の後に続いていった。
礼拝堂に残されたメルトは全身を襲う倦怠感に目眩すら覚え、長椅子の背に全身を預ける。
「出来るだけのことはした。元々、あの女相手では私とリップは戦力に数えられない。精々、リップが盾になれるくらいのもの……」
「でも、まっとうな英霊なら、あの女にも呑まれない筈――――だから、お願いね。あの人に反撃の機会をあげて」
誰にも聞かれることのない独白は祈るかのよう。
全ての絶望を吐き出すように。
全ての希望を差し出すように。
聞き届ける神すらいない海の底。少女の祈りは静かに、ただ静かに響くのだった。
―――――
――――
―――
――
―
「う~ん、SE.RA.PH、ビースト、それにムーンキャンサー、か。実に興味深い」
『おや、ダ・ヴィンチ様。その様子では――』
「ああ、彼女の解析結果が出た」
『流石です』
「いやいや、大部分はロマニがやってくれてね。私は横から口を挟んだだけさ。いや、大したものだ。不安がるマシュを励ましながらだからね。親は強いよ」
『いえ、貴女に良い所を見せようとしたのでは……?』
「……ははぁん、そういう考えもあったね。男とはそういうものだった。いや、失念していたよ。私もこの身体になって長いからね。随分と意識を引っ張られているらしい」
レイシフトルーム。
カルデアの心臓部とも言える部屋にて、カルデアの頭脳そのものとなったアルフレッドと至高の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが言葉を交わしていた。
レイシフトに必要なコフィンは虎太郎、ロビン、ガウェイン、エルキドゥの分が既に起動しており、更にもう一つ――
「それで、そっちの方はどうだい?」
『委細問題なく。霊基の調整は終了しました。後は送り込むだけですね。それから、もう一つの方も』
「流石だ。その辺りの
『そうですね。此方の時間では数分後に、SE.RA.PHにおける最後の戦いが始まります。気を引き締めておかねば。では、レイシフト開始します』
――こうして最後の救援が送り込まれた。
ある意味で彼女はSE.RA.PHにおいて、最も相応しくない英霊であり、同時に最も相応しい英霊でもある。
祈り(物理)だけで荒ぶる竜を鎮めた女。
ヤコブ、モーセと受け継がれ、聖なる格闘技を修めた乙女。
マルタの
はい、というわけで、御館様&トリ公、漢を見せる&黒幕起動&マルタの拳解禁、の回でした。
今回、御館様の使おうとした武器にも元ネタはあります。これも分かりやすいかなー。
まあ、魔界製の武器だからね、似たようなのが居ても何の不思議でもないのがlilithワールドの魔界の便利な所よ!
さて、後何話で終わるかなー? お盆休み中に終わればよいのだが……。