「もしも苦労人がカルデアのマスターだったら」 作:HK416
はー、今回のイベントの当たりは術ネロ、エレナママ、頼光ママらしいですなー。
でもな、黒王も欲しいんだよなぁ。イラストアド高いし。スキルも面白いからなぁ。ただ、ウチにはコアトル姐さんが居るから食い合ってしまう。まあ、強いから引くんじゃねぇ、欲しいから引くんだよの精神で行こう!(お目々ぐるぐる
そして、いよいよサブタイトルのネタが尽きてきた感よ。全く思いつかねぇ! 困ったもんやで。
では、SE.RA.PH編スタートじゃい!
「準備は出来てるな……?」
教会に戻ってから六時間。
メルトが自分の脚で歩けるようになってから三時間。
各自が
普段通りの――否、普段以上の無表情で総員の状態を確認する。
「私は此処でサポートをするから。尤も、大して役に立たないでしょうけど……」
「了解だ。やれることを可能なだけ頼む」
最後の戦いに力添えの出来ない歯痒さを噛み締めながらも、メルトの表情に諦めはなかった。
その顔を一瞥しただけで、任せられると判断したのか、虎太郎はそれ以上の言葉を掛けることなく歩き出す。
皆が虎太郎の後を続く中、エルキドゥだけが彼の背中を見て、訝しげな表情をしていたものの、何か言葉を発することもなく列に加わる。
「リップ、虎太郎を守ってあげて。あの人、無茶ばかりだから」
「うん。メルトの分まで、だよね。私に何処まで出来るか分からないけど、頑張るから……!」
最早、後に退くつもりなぞ微塵もない虎太郎は置いていくメルトを振り返りすらしない。今生の別れになるかもしれないにせよ、其処に変化はない。
やれることを可能なだけ、と指示を出した。メルトならば、言葉通りに行動すると理解しているからだ。
例え、微力であれども支援は支援。今それぞれが出来る全力で事に臨むのであれば、どのような過程であれ、どのような結果であれ、文句を言わない男である。
メルトは最後まで残ったリップの顔を両手で掴み、額を合わせる。
戦いに赴くことが出来ず、姉妹に思いを託す不様なぞ、かつての彼女であれば、受け入れられなかったに違いはない。
そして、リップもまた同様だ。自身の想い人以外から託される思いなぞ、彼女にとっては僅かな重みもなかったはず。
そのような余分は、目的のために設計された彼女達に必要な機能ではなく。
また、ただ一人の人間が、彼女達のような怪物から逃げ出さずに立ち向かい、目を逸らさずに向かい合った結果。
“あの人”の奮闘を讃え、感謝している故に自らの怪物性を理解しながら向かい合い、新たな出会いに光を見出した。
見送る顔は暖かに。
踏み出す脚は軽やかに。
メルトは遠ざかっていく背中を見送った。最後の一人の背中が見えなくなるまで。
涙が溢れてしまいそうなほどの不甲斐なさ。
命を絶ちたくなりそうなほどの疎外感。
それらを振り払い、彼女は教会の中へと戻っていく。
サーヴァントとしては既に戦うことは出来ないが、AIとしての演算能力は健在だ。
虎太郎の置かれた状況を常に
長椅子に座って大きく一度深呼吸し、気持ちを切り替える。
その時――
「――――――誰っ!?」
――静まり返った礼拝堂に、彼女以外の足音が響き渡った。
マズいと感じたが、ここまで接近されては既にどうしようもない。
もし仮に、このタイミングで誰かが襲撃を掛けてくるとするのなら、
あの女の性格上、役立たずになった自分に興味を持つなど予想外も予想外だ。
だが、甘かったと認めざるを得ない。BBの愉快犯ぶりすら、あの女に比べればまだマシな方なのだから。
他人を踏み台にし、苦しむ様を見ることに快楽を見出すことくらいあるだろう。
その為ならば、どんなに回りくどい手段も、これまで推し進めてきた計画も、全てを投げ打つことも有り得る。
(――――逃げの一手ね。どれだけ能力が優れていても、あの女のこと。逃げる隙くらいはある……!)
絶望的な戦力差。
絶望的な状況下。
その中にあって、メルトに諦めはない。
やれることを可能なだけ。今し方、虎太郎に頼まれた事柄を実行するまでのこと。
足音が近づいてくる。
発生源は二階から。一歩、また一歩と階段を下って近づいてくる。
すぐに逃げる愚は犯さない。
今の
ならば、会話の隙を突くしかない。あの女なら優越感に浸ってべらべらと話し出すに違いない。隙が必ず生じる。後は己の運次第。
其処まで考え、腹を括った。そして――
「――――――――」
――彼女の思考は、掛け値のない白痴に犯された。
―――――
――――
―――
――
―
天体室。
本来であれば、アニムスフィアによる何らかの実験が繰り返されていた魔術工房。
であったのだが、いま現在、部屋の主はBB。
テレビ局さながらのカメラ機器。
彼女の言葉を漏らすまいとする高性能マイク。
カメラ映りを良くするため設置された無数の照明。
NEWS BBと大文字で表記されたモニター。
BBチャンネルを配信するために張り替えられたテクスチャは、スタジオと呼ぶに相応しい様相を呈していた。
「はーい、おかえりなさーい☆ ロビンさん、いつも買い出しご苦労さ――――え? はい? センパイ? なんで? なぜにわたしのスタジオに?」
「………………」
その中央で椅子に座って寛いでいたBBは、入室してきたのがロビンと勘違いしたらしい。
生憎であるが、入ってきたのは突入した虎太郎達一行である。
予想外であったのか、それとも演技であったのか。
ハテナ顔のまま椅子から立ち上がったBBに、虎太郎は会話もせずにツカツカと歩み寄っていく。
「――――――う゛っ?!」
そして、無防備な柔らかい腹に、無言の腹パンを叩き込んだ。
これまた予想外であったBBは躱せるはずもなく、お腹を押さえてその場に蹲ってしまう。
「あの、虎太郎。確かに、畳み掛けるべき場面ではありますが、その……」
「トリスタン卿。諦めて下さい。我らがカルデアではこの程度日常茶飯事。顔を見た瞬間に令呪込みの宝具をぶっぱさせなかっただけマシです」
「何一つ否定できないね。大抵、そのパターンだからね!」
「会話して貰えただけ、あたしマシだったんだ……」
「これにはキャットも苦笑い。BBチャンには悪いが、同情は欠片もしないがナ!」
確かに、今まで散々妨害は受けていたのではあるが、それでもBBには何処か憎めなさがあった。
サーヴァント達は怒りこそ抱いてはいても、心底から彼女を憎んでいる者は一人もいない。
だが、虎太郎はそんな彼女にすらこの仕打ちである。そりゃ誰だってドン引く。
「……はぁ、かはッ…………ノ、ノックもなしに、女の子の部屋に、入るとか、デリカシーとか、微塵もないんですねセンパイっ!」
「生憎だが、デリカシーをくれてやる相手は選ぶタイプでな。お前にそんなものが必要あるとは思えんわ。死ね、BB。ただただ死ね」
綺麗に鳩尾に入ったのか、BBは呼吸すら儘ならなかったようだが、持ち前のハングリー精神で立ち上がってみせた。
相も変わらない減らず口の応酬と憎まれ口の叩き合い。
目元が影で覆われ、悪意で象ったかのような、歪んだ口元だけが見える黒い笑みを互いに浮かべる。
「ふふふ。ふふふふふふふふ! でも、いいんですかぁ? 私、手加減しませんよ? スタジオに強襲されては私も退路はありませんので。
「いや、勘違いも甚だしい。オレは
邪悪な笑みを浮かべたBBであったが、同じく邪悪な笑みを以て応える虎太郎。この二人、相性が良いのか悪いのか。
虎太郎は親指を立て、自らの後方を指し示す。
BBが釣られて視線を向ければ、其処には虎太郎と契約或いは協力関係にあるサーヴァント達が居た。
エルキドゥ、ガウェイン、トリスタン、タマモキャット、パッションリップ、鈴鹿御前。
其処まではいい。元々、カルデアに召喚されたサーヴァント、SE.RA.PHにおいて協力を取り付けたサーヴァントである。
最後の戦いへ共に赴くのは当然のこと。この程度は想定の範囲内――――
――――が、その中央に、見慣れない顔が居た。
女子プロレスラーを彷彿とさせるド派手な水着。
女性らしさを残しながらも骨太。しかして美しい印象をも受ける、生物として完璧な肉体。
両腕には主と聖人達の加護による
全身に纏った闘気をそのままに、ポキポキと拳を鳴らすその姿。
彼女のハートに燃える火は、悪魔どもには地獄の業火。燃やし尽くすわ、隣人の為にっ!
百鬼夜行を
「…………………………ヒュー」
マルタの姿を見つけたBBの心境はどのようなものであったのか。
目をまんまるに見開き、か細く短い呼吸で喉を鳴らす。
彼女の脳内に流れているのは、ジョーズのテーマか、ターミネーターのテーマか、デカマスターのテーマか、それとも愛で空が落ちてきそうな曲なのか。
「これが! これがっ!! アルフレッドの最適解だ――――!」
そう。天体室に突入する直前にカルデアから送り込まれた、最後の救援である。
アルフレッドがBBの霊基を解析し、最も相性が良いと判断したのが、マルタであった。
ただ、水着という、いくら海に関係しているSE.RA.PHだからといって大火傷の姿は、アルフレッドが霊基をルーラーとして調整した姿でもある。
カルデアに召喚された際、彼女のクラスはライダーとして固定されていたが、ルーラーとしての適正をも備えている。
だが、以前の休暇でスカサハの原初のルーンで霊基を書き換えられた影響なのか、アルフレッドの能力をもってしても、ルーラーへクラス変更を行うと水着姿になってしまった。
お陰様で聖衣と聖杖も失い、最早、彼女は素手で争いを治めるしかないのである。
そして、BBの持つ能力はその大半が強化と対象の妨害に向いたもの。
この辺りはAIらしく、直接戦うのではなく他者を戦わせる者としての側面が強く影響しているものと思われる。
マルタはBBにとって、正に天敵である。
主と聖人達の加護を受けた彼女は、BBからの妨害を弾くことが可能なのだから。
「せ、センパイ? その人は? 水着姿で拳を構えている人は……?」
「――――我がカルデア
「――――誰が
「ぎゃふん!?」
カタカタと震えるBBにドヤ顔でマルタを紹介する虎太郎であったが、当の本人からクッソ重いボディブローの洗礼が打ち込まれる。
BBに叩き込まれた腹パンなど比較にならない威力。鳩尾に入った拳はそのまま彼の身体を打ち上げ、照明器具を破壊しながら天井に背中から叩きつけた。
重い。余りにも重い音に混じって、明らかに骨の折れる音が響いた。
見よ、虎太郎の不様な姿を!
腹を押さえて呻きながらのた打ち回る姿を!
誰がどう見たって肋骨が二、三本は折れている! 内臓に傷でも付いたのか、血反吐まで吐いている!
でもマルタは気にしない。何時もの事何時もの事。これにはロン毛のおっさんも思わず頭を抱えて溜め息を吐くこと間違い無し!
「やるってんならとことんやるわよ、ナメんなっての!」
「あわわ、あば、あばば。せ、センパイなんて人を! しかも自分も殴られてるじゃないですかーーーー?!」
「ふ、ふふ、ごはっ……?! オレは、人を傷つけるためならば、自分が苦しむことも厭わない。そして、最後に一言だけ言わせてくれBB――――――死にゆく君は美しい」
「いやぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁ――――!?!?」
―――――
――――
―――
――
―
「悔い! 改めろっての!」
「はぐぅぅぅっ! 痛い痛い痛い痛いっ! な、なんですか、何なんですかこれぇ! ぜ、全身に、言葉に出来ない、痛みと悪寒、がっ、はぁっ……!」
「そ、それは、コブラ、ツイストと呼ばれる、技だ……おのれコアトル、余計なプロレス技を、仕込みやがって……!」
BBの身体からギリギリと筋肉と骨が軋む音が響く。
コブラツイスト。
プロレスにおける超有名な
様々な派生技が存在し、背中、脇腹、腰、肩、首筋を同時に極め、完璧な形で極まれば呼吸さえ儘ならない。
これを仕込んだのは言うまでもなくルチャの女神……違った、ルチャが大好きなだけの太陽の女神、ケツァル・コアトルだ。
マルタの天性の肉体にルチャ・ドーラとしての資質を見出したコアトルは、彼女を熱心に勧誘。
無論、そのような野蛮な見世物など聖女たるマルタに受け入れがたいもの、初めの内は拒否していた。
が、其処は智慧の善神。
異国、異教の神と言えども悪魔として扱わず、神として認めていないものの人を愛する超常の存在として一定の敬意を払うマルタを、言葉巧みに勧誘を続けた。
その陽気さで絆し、プロレスと言うスポーツの魅力を語り、遂にマルタの口から、まあ、其処まで言うなら、と零させたのである。
基本、ヤコブの手足は打撃中心の格闘法。
その為か、プロレスのド派手な飛び技、投げ技はマルタには新鮮なものに映ったようだ。特に、関節技には並々ならぬ関心を寄せた。
動きを完全に封じつつも、相手を傷付けずに無力化する多彩な技の数々にマルタもニッコリ。尤も、彼女の肉体から繰り出される関節技は充分に殺人級なわけではあるが。
カルデアにて、相手を殺すことなく戦いを治める聖女様と女神様の最強タッグが密かに結成されつつあった。
主な被害者、もとい練習台、ないし制裁相手はアマデウスと黒髭である。残念ながら当然の人選だね! しょうがないね!
BBもよく頑張った方である。
相性が悪いと判断するや、次々にシャドウサーヴァントを召喚。
フェルグス、キャスターのクー・フーリン、メイヴなどのケルト勢。ヘラクレス、ナイチンゲール、スパルタクスなどバーサーカーの代名詞達。
シャドウサーヴァントとは言え、元は力量も知名度も決して悪くはない英霊達。悪くない選択肢であるが、相手が悪かった。
フェルグスにはヘッドバッド。クー・フーリンにはドロップキック。メイヴにはラリアット。ヘラクレスにはブレーンバスター。ナイチンゲールにはフロントネックロック。スパルタクスにはパロスペシャル。
と、やりたい放題。
決して無双状態などではない。一人一人丁寧に、相手の目を見て真摯にぶちのめした。
これでは月の数学者も、雑ですねぇ! 実に雑! などとホザケない。ただ震えて自分の番が回ってこないことを祈るしかあるまい。
彼女の活躍を前にして、味方はただ見守るだけ。
エルキドゥはプークスクスしながら、グッと親指を立て。
円卓の騎士は、ただただ呆然と推移を見守り。
女性陣はガタガタと震えながら互いを抱き合う始末。
そして、虎太郎であるが、相変わらず不様に地面に這いつくばっていた。
ボディブローが効いている訳ではない。そんなダメージからはとうの昔に復帰している。
余りにも一方的な展開にゲス顔で爆笑し、野次を飛ばし、挙句の果てに調子に乗ってマルタを覆面レスラーに仕立て上げようとしたところで、アルゼンチンバックブリーカーを極められただけだ。
今も背骨がギシギシと嫌な音を立てているが、完全な自業自得であった。
「ふん…………ザケんじゃないわよ」
「か―――――ぐふぅっ」
ようやくコブラツイストから解放されたBBは、そのまま地面に倒れ込む。
やっぱり虎太郎とBBはよく似ている。どちらも共に調子に乗って痛い目を見ているあたり、決して相性は悪くないのではないか。
いや、だからこそ相性が悪いのか。この二人が手を組もうものなら、調子に乗って暴走機関車になった挙句、自分達だけ盛大に爆死すること請け合いだ。
「こ、これで、勝った、なんて……思うな、よぉ、です……」
「……あぁん?」
「ひぃっ――――きゅぅう……」
最後に短い悲鳴を上げながらも、這い蹲ったまま親指を立てて消えていくBB。
この現実に大半は呆気に取られた。
いや、マルタのぼうりょ――活躍に、ではなく、BBが簡単に退場したことに対してだ。
特に、黒幕の存在について何の示唆もされていないキャット、鈴鹿、トリスタンは、信じられないと言った表情である。
エルキドゥ、ガウェイン、マルタは黒幕の存在について聞いてはいる。備えてもいたが――真の意味で心構えは出来ていなかった。
この中で心構えまで済ませていたのは、SE.RA.PHの真実に最も肉薄している虎太郎ともう一人。
「――――……!」
「ダークネス! ネコのインフラビジョンを以てしてもダークネス!!」
「……これは……音も遮断されているようです……聞こえるのは私達の音だけで……」
「あちち、あち!? 火を焚いても見えないってどういうコトよ!?」
「それだけじゃない。部屋自体の気配も変わった。BBの張ったテクスチャが剥がれたようだね、これは」
彼等の間隙を突くように、スタジオの照明が落ちた。
視界の全てが暗黒に覆われる。一寸先も見通せない闇に放り出され、僅かばかりの動揺に包まれたものの、混乱には至らない。
(良い手だが、黒幕の行き当たりばったりで快楽至上主義なやり方じゃない。この合理的かつ効率的なやり方は――――エミヤか)
(なら、マズいな。狙いは
地面に倒れ伏した状態のまま、暗黒の揺り籠で思考を巡らせる。
教会に僅かに残された手掛かりから既にエミヤは退場したか、最悪、黒幕に取り込まれたものと結論づけていた。
どうやら、その結論は正しかったらしい。
だが、彼の自意識――有り体に言えば、彼の得意とした戦略や培ってきた経験を活かせる状態だ――が残されているとは思わなかった。そのような生易しい男ではない、と断じていたからだ。
不用意には動けず、かと言って何らかの手段を講じなければ待っているのは確実な死。
相手に不安と焦燥を覚えさせて選択ミスを誘いながらも、時間が過ぎれば過ぎるほど己が有利になっていく、舌打ちをしたくなるほど鮮やかな殺戮の手並み。これが、エミヤのものでなく誰のものだというのか。
「――――其処か」
虎太郎が打開策を思い付くよりも早く、暗闇に身を隠したエミヤが動いた。
暗闇の何処からか刺すような殺意を感じ取り、言葉を聞き取った瞬間に――――いや、もっと正確に言うのならば後手に回った瞬間から、手詰まりであったのだ。
エルキドゥも、ガウェインも、マルタも動揺こそしていなかった故に、奇襲への心構えは出来ていなかった。故に一手遅れる。
どう考えても間に合わない。数瞬先の死を避けられない。それら全てを悟り、虎太郎は状況の打開を諦めた。
「あっちゃぁ、手詰まり。任せるわ」
「はい――――っ!」
暗闇の中を乾いた発砲音が連続し、閃光が発せられる。
次の瞬間、消えていたはずの照明が灯る。
地面に倒れ伏したままだった虎太郎は無傷のまま。
数発の弾丸を放ったエミヤは銃を構えたまま。
そして、二人の間に割って入り、凶弾から虎太郎を守りきったリップの姿があった。
そう。彼女は読んでいた。
虎太郎以外に、この奇襲を読んでいたのはリップだけだった。
戦えなくなった
「割とマジで危なかったな、今の」
「私には、そうは思えないですけど。でも、怪我がなくてよかったです」
「いやいや、お前の行動は100点だった。オレのは20点と言ったところだ」
虎太郎の盾となったまま後ろを振り返ったリップの顔には、安堵よりも呆れの色が強い。
それもその筈。手詰まりなどと嘯いた彼ではあったが、その全身は黒い光沢を帯びていたからだ。
金遁・金剛体法。身体の一部、或いは全身を金属へと変化させる金遁の中ではポピュラーな忍術である。
これではリップの呆れも尤もであったが、虎太郎に言わせれば即死を避けるためだけの苦肉の策に過ぎなかった。
そも、エミヤの放つ弾丸の威力は測定していない。
銃は50口径と言ったところではあるが、アレはエミヤの得意とする投影魔術によって改造された宝具。ただの拳銃がライフル並の威力を秘めていたとしても不思議ではない。
またSE.RA.PHでサーヴァントを倒す際に見た彼の宝具は、弾丸を基点として発動する。弾丸そのものにも投影による改造を施せる可能性は充分にあり、此方も未知数である。
虎太郎の行動は一か八か、破れかぶれに過ぎず、命を賭けるには勝ちの目が薄すぎるもの。
その点、リップの行動は素晴らしい。敵の行動を予測し、完全に読み切って確実な手段を取ったのだから。
「これは……壁に並んでいるものは棺、ですか? 中には……幼い子供の……」
「――――――」
「カルデアの管制室に、よく似ていますね……」
「なら、アレはコフィン、か。惨いね、これは」
「フザけるのも、大概にしなさいよ……!」
そして、エミヤの裏切りを前にしても、サーヴァント達は戦闘態勢を取れないでいた。
それもその筈。
虎太郎の得た情報から、ある程度は事実を察していた。
察してはいたが、実際に己の目で事実を見れば、その衝撃と怒りは如何程か。
彼等が目にしたものこそ、本来の天体室。
壁にずらりと並ぶコフィン。その中に入れられたのは128人のマスターと言う名の
これこそがマリスビリーの残した遺産――――否、アニムスフィア家の罪状。人理保証の名の下に行われた非道の成果である。
「――――――そう。そういうコトだったワケ、SE.RA.PHの動力って」
鈴鹿の声は震えていたが、同時に何処までも冷たい。
抑えきれないはずの怒りを抑え、口の端を噛み締めて、目の前のエミヤに飛びかかることを抑えている。
128騎のサーヴァントがいるのならば、128人のマスターがいるのは当然のこと。
けれど、彼女も、キャットも、トリスタンも、そしてエミヤも、マスターを知らなかった。誰に呼ばれたのかも、今どうしているかすらも知らなかった。その答えがこれとは、余りに残酷に過ぎる。
エミヤは茫洋とした表情でありながらも、滑らかな口調で訥々と語り始める。
天体室がセラフィックスの心臓部。天体シミュレーター室、システム・アニムスフィア。
魔神柱はセラフィックスに根付いた後、放棄された天体室の存在を知り、これの利用を目論んだ。
コフィンの中は不確定の世界。
もう何年も前に死んだ魔術師だろうと、マスター候補であろうと、コフィンに電源さえ入れれば
128騎のサーヴァントは天体室の亡骸が喚んだもの。それも幾度となく、何十回と。カルデアからの助けが来るまで飽きもせずに。
「――――こっ、のぉ!」
「落ち着け、鈴鹿。これを作ったのも利用したのも、エミヤじゃない」
これ以上は我慢がならないと足を踏み出した鈴鹿の肩を掴み、虎太郎は押し留めた。
何の事はない。事実としてエミヤは裏切ってこそいるものの、天体室を起動させたのは魔神柱――ひいては黒幕である。
鈴鹿はその正当性を認めながらも、怒りの余りに肩に掛けられた手を払いのける。
キャットも、トリスタンも、口を閉ざしてこそいたが、鈴鹿と同様の心境であった。
「――だが、それも終わりだ」
彼等の怒りなど気にした様子もなく、エミヤは語り続ける。
いや、その何処を見ているのかも分からない視線は、彼等を正しく把握しているかさえ分からない。
一体、どのような変化なのか。
彼の霊基はヒビ割れ、カビのような何かで包まれているではないか。
コフィンの電源はエミヤが破壊したらしい。
生きているか死んでいるか不明だったマスター達は、これで完全に死亡した。もう二度と、残酷な夢に苛まれることはない。
そして。そして――――
「貴様も死ね、虎太郎」
天体室の存在を知った者は、ひとりも、例外なく、生かしておかない。
二度とは、同じケースを起こさせない。
あらゆる悪の痕跡を消す。
後に続く悲劇の可能性を潰す。
「オレはそうやって生まれたものだ。その為に、その為に――――」
――その為に多くの命を踏み躙った――
蠱惑的な女の声が響く。
菩薩の如き慈愛に満ちた、悍ましいほどに穏やかで、暖かな声色。
女は語る。
であるのならば、今回も例外は許されない、と。
『どうぞ思うままに、無銘の執行者。最後の責務、存分に果たされますように――――』
その女の言葉を最後に、エミヤは名前を失った。
全身はシャドウサーヴァントのように影に覆われ、彼を彼たらしめていた全ては燃え尽きた。
人類らしい全体浄化の
その場に居る全ての人間を殺し尽くすことで、人類全ての破滅という結果を回避させる
奇跡を詐称する高利貸しに、死後を売り渡した誰かの
――
それが、それこそが。魔道へと落ち、過去を損ない、理想を忘れ、腐り果てた男の理想の姿であったのだ。
霊基は既に死に体。
にも拘らず、
自ら定めた役割を、自らが理想とした役割を果たすために。
「ほーい、ただいま、帰り、ました、よっ…………あんじゃこりゃぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁ!?」
その時、空気を全く読まずに天体室へと入ってくる者がいた。
BBの小間使いをやらされていたロビンである。
スタジオの変わりよう、そして死体になっても動くエミヤの成れの果てを目にするや絶叫した。
彼にしてみれば、いつも通りの買い物帰りに主人が殺されていたようなもの、叫びもしよう。
「話は後です、ロビンさん! 手が空いているなら協力して下さい! BBはゲームマスターとしての仕事を終えました! 後はBBを呼び出した魔神だけです!」
「あの女、目を離してる内に勝手に話を進めやがった……いやぁ、しかし嬢ちゃんも暫く見ない間に立派になったな。陰湿ストーカーが見違えやがったぜ」
「そういうロビンさんは変わりませんね! 全くぅ!」
思いもよらない増援はあったものの、事態はそう変わらない。
死体のまま動けるのも、死体にも拘らず凄まじい威圧感を放っていることから、ロストマンは黒幕からの後押しを受けていると見て間違いない。
かつてエミヤと呼ばれた英霊とは異なるとは言え、決して侮れるものではないだろう。
けれど、驚くべきことに。
虎太郎は恐れなど何一つ抱いていない表情で、エミヤへと近づいていく。
「――――――」
「虎太郎、そいつはもう――――!」
マルタの悲鳴も当然だった。
これ以上ない無謀。単なる自殺行為。
どれだけの手段と能力を有していようとも、サーヴァントに人間が立ち向かうとはそういうこと。
エルキドゥは唖然と言葉すら忘れ、ガウェインは呆然と見守るしかなかった。
ロストマンが銃を構えた。
銃口は真っ直ぐ虎太郎の眉間に向けられ、引き金にかかった指が絞られていく。
純然たる殺戮機構に
「おい、いいのか? お前の後ろに居る女が嗤ってるのはお前じゃなくて、
その一言に、殺戮機構に歪が生じた。
彼自身、既に他者の言葉など理解できない有り様の筈だった。
だが――――だが、当の本人すら忘れ果てた何かが、腐り果てた魂の奥底に眠る何かが、軋み上げて回り出している。
錆び付いた機械が再び動き出すかのような動揺。
動揺はそのまま彼の腕にまで伝わり、頭蓋を爆ぜ割る弾丸は、あらぬ方向へと消えていく。
「どうした、撃てよ? 引き金を引いて皆殺しにする。それだけの話だろ?」
「――――――」
虎太郎は彼の握る銃を両手で掴むと、自らの額に照準を合わせて笑いながら唆す。
しかし、引き金は動かない。
まるで全てを失った男が、それは違う、それだけは違う、と最後の抵抗を見せるかのように。
そうだ。
彼にとって、それは違う。
抑止の守護者などという体のいい掃除屋になったのは、決して誰かに唆されてのことではない。
全てを失った果て。
自らの理想を捨てて、本当に守りたかった誰かを手に掛けてでも殺さねばならない存在を殺し損なった。
悪逆の報いを受けることも叶わず、後に残った鉄の心を抱え、腐り落ちた魂で己の不様を嗤い続けた。
結果は得られなかった。それは仕方がないと割り切ろう。
何故ならば、その過程を決断したのは他ならぬ己によるものだったから。
「出来ない。出来ねぇよなぁ? ええ、おい? エミヤよ?」
「――――ッ」
「下らねぇ事してねぇで、さっさと戻れよ、
そうだ。出来るはずもない。
皆殺しにするのはいい。それは己の決断故に。無心の執行者であることを自らの意思で選んだのだ。
――――
自らの決断を他者に委ねるなど、それこそ犠牲にした人々に申し訳が立たない。
「――――ハッ! 良い顔してるぜ。それでこそ“エミヤ”だ。ついでにプレゼントもくれてやるさ。歯を食いしばれ、『嗤う鉄心』如きじゃ耐えられねぇぞ?」
「……あ、あぁ………アァアアァアァァアァアアァっっ!!!」
虎太郎が、無心の執行者の額に触れ、能力を発動させる。
それは酷く単純な記憶を共有する能力。精神に
言葉で説明し得ない状況を、瞬時に相手に伝えることの出来る、記憶を限定としたサトラレのようなものだ。
『なんだよ、なりたかったって、諦めたのかよ』
『うん。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ』
それは虎太郎の知り得る筈のない記憶であり、エミヤにとっては原初の記憶。
彼は調べていた。
赤い弓兵が抑止の守護者であり、また現代以降の英霊という今まで召喚した試しのないケースであったために。そして、以前にも無数の聖杯戦争に参加した経験を欲した故に。
蒼い槍兵と私闘を開始し、自害させた後。残された霊基のデータから彼の
抑止力による酷使によって、彼の記憶は大部分が摩耗していたが、残されていたものもあった。それが、これだ。
『じゃあさ、俺がなるよ。じいさんは大人だから無理だけどさ、俺なら大丈夫だろ? 大丈夫だって。じいさんの夢は俺がちゃーんと形にしてやっからさ』
『――ああ、安心した』
幼い日の遠い約束。
失われたものを思う余りに全てを台無しにした男の破れた夢を、空っぽの自分に詰め込んだ。
既に忘れていた記憶。
無心の執行者は関係ないと感じながらも、思い出していく。さながら、毒に蝕まれるように。
それがどれほどの拷問であろうか。
自らの犯してきた罪、重ねてきた悪逆が、罪悪感となって無心である筈の執行者を責め苛む。
鉄の心は砕け散り、立っていることすらままならない。そもそも鉄の心など人の持つべきものではなかったのだ。
「あぁ、そうだ――――」
だが、砕けた心の奥底で叫ぶものがある。
叫びに応じ、鉄の心は熱を帯び、再び火が灯る。
全身の血潮は燃え盛り、剣で出来た身体は錆を落とすが如く研ぎ澄まされる。
失墜した魂は地獄以下の底辺から這い上がり、再び恥知らずにも失った理想に手を伸ばす。
「――――それだけが、オレの全てだった」
自分以外の誰かの為に。
それだけが、彼の理想の内に秘められた思いであり、彼の選んだ人生の根底にあったものであり、彼の全てだった。
かつてのように、全てを救うなどと奮起は出来ない。
座に刻まれた在り方はこれ以後も無心の執行者として、同じ悲劇を繰り返させないために多くの命を皆殺しにするだろう。
けれど、その理想を二度とは忘れまい。
『問おう。貴方が私のマスターか』
血反吐を吐きながら、涙を流しながら、務めを全うする。
美しい思い出は絶えず彼を責め苛むことになる。
自らに相応しい罰と罪悪感を受け入れて、意地を張って歩み続ける。
何せ、その
「よお。お前の魂は落ちるとこまで落ちてたわけだが、何でだったと思う?」
「愚問だな。今ならば迷わず答えよう――――這い上がるためだ」
随分と理想とは遠いところに来てしまったが、何の問題もない。
胸の内では忘れた筈の理想が灯火のように燃えている。己を嘲嗤う鉄心は砕け散り、不破の鉄心として再起を果たす。
そう。“エミヤ”の銘は、どのような形であれ、どのような在り方であれ、紛うことなき正義の系譜である証。
――――こうして、
・不破の鉄心:A(最大:CT7 最低:CT5)
効果:自身の攻撃力をUP(3回)&無敵貫通効果を付与(1ターン)&クリティカル威力をUP(1ターン)&スター集中状態を付与(1ターン)&ガッツ付与(3ターン)
『嗤う鉄心』を改造して生まれた精神補強スキル。
このスキルを保有する者の思考は人理守護を優先事項とし、それ以外の全てを見捨てる守護者本来の在り方をよしとする。
だが、それを支えるのは抑止力に押し付けられた概念ではなく、蘇った理想。本人の意思次第で優先事項をある程度入れ替えることが可能。
一種の洗脳ではなく、当人の意地がスキルとなったものである故に、思考に柔軟性が生まれており、より凶悪な判断を下す場合もある。
虚仮の一念岩をも徹す。
このスキルがなくとも、この男は反転した状態であっても力を十全に発揮することだろう。
はい、という訳で、マルタの拳炸裂、BBちゃんフルボッコ&コアトル姐さん余計なことする&ボブミヤ、再起動でした。
実際のとこ、ボブがこんな簡単に理想を思い出すかは謎。
思い出したからと言って、理想に手を伸ばすかも謎。
まあ、根底にあるのはドンファンもボブも変わらないから、これでいいんだよ。基本的に他人優先のお人好しですしおすし。
なお御館様がエミヤに肩入れしてるのは、一本筋の通った正義の味方だから。こういう意地だけで戦ってきたような奴は嫌いじゃないのです。