※この作品はR-18です。

「もしも苦労人がカルデアのマスターだったら」   作:HK416

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NPCのネロちゃまを使ってみたが、EXアタックで斬撃皇帝とか言ってる……!
こういうお遊び要素とか、たまんねぇな! 余計に欲しくなるだろうが! どれだけ諭吉さんを犠牲にしろというのだ!(白目

そして、残念ながら盆休み中にSE.RA.PH編完結ならず


『油断、慢心、他人を見下してる奴が苦労人を出し抜くとか笑い話にもならない』

 

 

 

 

 

「さて、貴重な戦力が戻ってきたわけだが……」

 

「オレを――――私を戦力に数えるな。口惜しいが、現界していることすら厳しい。髄液(アンプル)が切れれば、即消滅だ」

 

「成程。殆ど根性だけで生き延びているわけだ。物理法則を捻じ曲げる根性。ハッ、いいね、嫌いじゃない。でも、あと一撃くらいは持つだろう? 折角だ、お前がトドメを刺していけ」

 

 

 膝を折り、両腕で身体を支える不様な姿であったが、腐った光を宿していた瞳には錬鉄の炎が宿っている。

 虎太郎が伸ばした手を、エミヤは何も言わぬまま間髪入れずに取ってみせた。

 

 今までの彼であれば無言で払い除けていた。

 その変化は、虎太郎の提案を受け入れた何よりの証左である。

 

 力の入らない、生きているだけの身体に肩を貸し、まるで誰かから距離を取るかのように歩み出す。

 

 

「――――意外ですねー。貴方はその為だけの機構であった筈。その恥知らずさ、貴方が奪った多くの命も報われないですよ」

 

「貴様はマーブル女史?! 先に天体室に来ていたというのかっ! …………なーどと言うと思ったか、イヌ紛らわしい。貴様が黒幕である事は、たった今なんとなく察したワン」

 

 

 エミヤの立っていた背後の暗闇。

 その中から、溶け出るように一人の女が現れた。

 

 彼女の名はマーブル・マッキントッシュ。

 アーノルドと共にエミヤによって殺害されたはずの職員であった。

 

 尤も、それも外面だけの話。

 内側に巣食っているのは全くの別人であり、キャットが察したようにセラフィックスの異常事態における元凶だ。

 

 

「恥知らずと言うのなら貴様も同類だ。大した面の厚さだ」

 

「ん? オレのこと?」

 

「虎太郎のことだね!」

 

「虎太郎のことですね……」

 

「虎太郎のことね……」

 

「「……………………」」

 

 

 虎太郎に放っていない筈の言葉を何故か受け取られ、そしてカルデアのサーヴァント達に肯定され、マーブル(仮)もエミヤも何とも言えない表情になった。

 とは言え、二人は悪くない、カルデアの皆も悪くない。事実として虎太郎は恥知らずを自認するところであり、他の皆も否定できる要素がなかったからだ。一体、彼等は何を見たと言うのか。

 

 

「…………何にせよ、正体を晒すが良い。薄気味悪くて吐き気がする」

 

「んんっ! そうですね。いい加減、他人の身体をまるっと着ているのは窮屈でしたから――――では、お言葉に甘えまして。人前で着替える不作法、お許し下さいましね?」

 

 

 浅はかならぬ因縁のある二人は、様々な反応を無視し、気を取り直して睨み合う。

 

 エミヤの言葉に促されるように、マーブルの身体(外面)が溶けていく。

 

 中から現れたのは一人の尼僧だった。

 奇妙な女だ。穏やかな眼差しに清楚な佇まいをしているにも関わらず、ただ立っているだけで人を引きつけるような蠱惑的な雰囲気を放っている。

 僧衣に隠された女性的な肉体がそうさせるのか。彼女から放たれる色香が人を狂わせるのか。

 

 

「この姿ではお初にお目にかかります。マーブル・マッキントッシュとは故人の姿――――(わたくし)は教会に務めていたセラピスト。名を、殺生院キアラと申します」

 

 

 それが彼女の名。

 

 外界から隔絶されたセラフィックスにおいてただ一人、努めて人間であろうとした聖女。

 だが、不運にも魔神ゼパルの依代に選ばれた哀れな女。尤も、それ以上に不運だったのはゼパルの方だったのだが。

 

 (けもの)は嘯く。

 彼女はゼパルと話し合いの末に和解を果たし、今では共に人を救う道を目指す者だ、と。

 

 彼女こそは7つの人類悪の一つ。3つ目の『快楽』の獣、ビーストⅢ。

 

 SE.RA.PHが女体を模していたのは、セラフィックスそのものを己の身体にしてしまおうとした故。

 引き伸ばされた時間の中、彼女は幾度となく召喚された英霊によって攻められ、壊され、見捨てられ――――

 

 彼女の話は確かに哀れみを誘うものだ。しかし、その違和感はどうか。

 その最たるものが彼女の表情。彼女が語るのは彼女自身に起きた悲劇にも拘らず、その表情は何処までも恍惚に包まれていた。

 

 BBを呼び寄せたのも、ゼパルに操られてのもの。

 ゼパルの力で彼女は多くの世界を知った。恐らく、ゼパルの並行世界を覗き見る力によるものだろう。

 

 そして数多にある世界の中から、彼女とゼパルはある時空の殺生院キアラを知った。

 

 ムーンセル・オートマトン。

 月に座す異文明の置き土産。月から太陽系を眺める神の瞳。七つの階層からなる七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)

 月そのものが聖杯となる月世界の彼女は、月の裏側と呼ばれた虚数空間で、ムーンセルを手に入れた。

 

 ゼパルは、またもほくそ笑んだのだろう。この女は()()()だったと。

 そうして、月世界の殺生院キアラと狂乱する職員に嬲られることしか出来なかった彼女を繋げてしまった。

 

 ゼパルの考えは正しい。

 彼の目的が何であったにせよ、強大な力、特異な運命を持つ者は隠れ蓑に相応しい。まして、その力をゼパルが振るえるのならば尚の事。

 

 もし、ゼパルに誤算があったとするのなら――――人間という生き物は時折、理不尽な怪物を生み出すということ。

 魔神柱という総体であり、同一規格の身体を持つ群体の一部であった彼には、人間の多様性と可能性を、ついぞ理解することはなかった。

 

 

「…………つまり、ゼパルはBBをサルベージしてセラフィックスを電脳化したのではなく、君を通じて、まずはSE.RA.PHに変換したんだね?」

 

「ええ、その通りに御座います」

 

「わたしもメルトもBBも、月世界(あっち)では貴女に取り込まれてしまっていたから……こうして貴女の中から再摘出されて、センチネルとして利用された……」

 

「……BBさんにも貴方達にも、悪い事をしました……」

 

 

 心底から申し訳ないと言いたげに、キアラは目を伏せる。

 だが、その場に彼女の言葉を額面通りに受け取っている者など、ただの一人も存在しない。

 

 ゼパルはセラフィックスをSE.RA.PHに変換は出来ても、運営する術を持たなかった。

 その為に、月の裏側でムーンセルに孤独な戦い(ハッキング)を挑んだBBとアルターエゴの力を借りるしかなかったのだ。

 

 

「…………じゃあ聞くけど。ゼパル様、ゼパル様って言うけど、そのゼパル様はどこ?」

 

「SE.RA.PHはアンタの身体そのものだって言うけど――アンタ、今まで何騎のサーヴァントを取り込んできたの?」

 

「いえ。サーヴァントを取り込むために、一体何度、ここにいた死者(マスター)達に残酷な夢を見せてきたのよ」

 

 

 事実を口にしているが、肝心な事を何も話していないキアラに、鈴鹿は堪りかねて口を開いた。

 その顔も声色も、怒りから凍りついている。当然だ。此処にゼパルの姿はなく、襲い掛かってきた魔神柱には中身がなかった。

 ならば、ゼパルは既に彼女に喰われたと見るべきであり、この事態の元凶が、この女であることは疑いようがない。

 

 

「それは……そんなに責めないでくださいませ……私も仕方なかったのです……」

 

 

 魔神柱の言いなりなぞはしたないと言いながらも、その顔は蕩けている。

 

 

「その、サーヴァントの皆さんの戦い様が余りにも気持ちよくて、美味しくて。私すっかり夢中になってしまいました。なので、死体がすり切れるぐらいまでなら、マスターの皆さんを酷使しても構わないかな、と」

 

「ですので、ええ、ごめんなさい? 70回を越えた辺りからは、もう数えていませんでした」

 

 

 そんな、吐き気を催すような事実を、さも当然と微笑みと共に語り出す。これが、この女の本性だ。

 

 キアラの言葉に、当の昔に限界を越えていた鈴鹿の怒りが吹き出した。

 この魔性をこれ以上は生かしておけば多くの人々のためにならない、などという小綺麗な理由ではない。

 自身に助けを求めたマスターの仇という、ドス黒く燃え滾るような理由であった。

 

 三振りの宝剣は、鈴鹿の怒りに応じて自ら鞘走る。

 キャットは爪を、トリスタンは弓を構えていた。言葉など、我々の怒りの前には不要だと示すように。

 

 けれど、三人の怒りは振り下ろしどころを失った。

 

 呆れ果てたことに、キアラは事もあろうに襲いかかろうとする三人をまるで見ていなかったからだ。

 この女が人を人と思わず、英霊ですらが娯楽の対象としてしか見ていないから――――――ではない。

 

 誰の目から見ても明らかに、掛け値なしにキアラは困っていた。

 今の今まで優越感と全能感に浸っていた筈の魔性が、自ら目にしたものに困惑していたのだ。

 

 

「……ええと……一体、何をしておられるのでしょう……?」

 

 

 キアラは堪らずに自らを困惑に陥れたモノに声を掛け、三人は堪らずにキアラの視線を辿る。

 

 其処には、天体室の壁に蜚蠊(ゴキブリ)の如く張り付き、コフィンの中を覗き込んでいる虎太郎の姿があった。

 

 全員が全員とも絶句していた。

 ようやく姿を表した黒幕を前にして、明かされるSE.RA.PHの事実を前にして、この男と来たら、全く話を聞いていない。

 どころか、困惑するキアラの言葉すら無視して、よじよじと移動してコフィンの一つ一つを覗き込むことを繰り返す。

 

 

「…………あの、ですから……」

 

「あー?! ちょっと後にしろ! オレは今忙しい! …………ったく、空気の読めない奴だな。見て分からねぇのかよ。つーか、オレ、前に言ったよな。話しかけんなって言ってたよな。ヤベェ、全身に蕁麻疹が出来てきた。どうしよ」

 

「……………………」

 

 

 前半は怒鳴り気味に、後半は完全に独り言である。

 これにはキアラも表情を引き攣った。この態度、まともに会話をする気配すらないのだから当然だろう。

 

 キアラ、人生初めての、掛け値なしの絶句であった。

 それもその筈、殺生院キアラというモノは愛されて生きてきた。

 ゼパルに取り憑かれる以前の彼女は、その善性から。月世界の彼女は、その魔性から。

 

 どのような世界であれ、彼女は誰かに愛され、また貪られた。理由は様々で、彼女を愛した者の末路もまた同様。

 

 その逸脱し過ぎた人間性を解脱と見紛い、菩薩の如く崇められもした。

 その破綻しきった本性を見抜かれ、殺さねばならない邪悪と憎まれもした。

 

 彼女は常に強大だった。

 性質が善であれ悪であれ、彼女は間違いなく救世主としての器を持って生まれていたからだ。

 

 だのに、あの男と来たらどうだ。

 殺生院キアラという存在に何の価値も見出していない。路端に転がる石と同じものと見做している。

 何処まで行っても、何をしようとも――――例え、世界を滅ぼそうとも。この男にとって、殺生院キアラは徹底して()()()()()()()()でしかない。

 

 

「えーっと。お、これか! おい、ガウェインこっち来い!」

 

「……………………はっ!? あっ、あ、え? は、はい!」

 

「ちゃんと受け止めろよ」

 

 

 虎太郎がコフィンの一つの前で止まる。

 そして、システムが緊急停止した際に備え、外部に取り付けられたハッチの開閉レバーを引く。

 

 どうやらこのコフィンはカルデアにあるものと基本設計を同じにしており、大差はないらしい。

 システムを維持するための主電源はエミヤが破壊したが、機構(ハッチ)を動かす予備電源は生きていた。

 

 空気圧式のハッチは、物々しい音を立てて開いていく。

 コフィンの内部を満たしていた保存液が漏れ出し、続いて中に保管されていた死体が倒れるように落ちてくる。

 急に名指しで指名されたガウェインは動揺していたが自らの役割を理解し、死体は地面に叩きつけられる前に受け止めた。

 

 それを四度繰り返し、虎太郎はようやく納得したのか、壁から離れ降りた。

 

 ガウェインが二人、虎太郎も二人の死体を抱え、仲間の前に戻ってきた。

 其処でようやく、キャットと鈴鹿は虎太郎が契約を果たそうとしたことに気付いたようだ。

 

 

「この赤毛がキャットの。黒髪が鈴鹿の。短髪がトリスタン、最後はお前のマスターだ、エミヤ。適当に選んだんじゃない。ちゃんと調べたから安心しろ」

 

 

 一体、どうやって調べ上げたのか。

 問い質すことを許さない、有無を言わさぬ口調であったが、彼の言葉にはキアラのそれとは違い、確かに最後に残された人間的な暖かさに満ちていた。

 

 床に並べられた四人の少年少女。

 

 どれだけの悪夢を見せられてきたのか。

 ある者は目を見開き、ある者は苦悶に表情を歪めたまま、ある者は眠るように、ある者は助けを求め、息絶えている。

 

 直に、この死体も消える。

 コフィンによって不確定の世界を漂い続けた死体は、意味消失から躯すら失われるだろう。

 

 鈴鹿は一筋の涙を流しながら自らの主の頬を撫で、キャットは開かれた瞼を閉じさせて頭を撫でた。

 トリスタンとガウェインは、裸のままでは忍びないと自らの外套を取り外し、彼等の身体を覆う。

 マルタは彼等が道に迷わぬように十字を切り、手を組んで文言を口に祈りを捧げている。

 エミヤにも思う所はあったのだろう。犠牲者の顔は忘れまいと一瞥し、黙祷を捧げた。

 

 エルキドゥとロビン、リップはその光景に心を痛めながらも、それが自分の役割とキアラから目を逸らさない。

 

 

「あら、ようやく到着したようですね。いえ、これからですけれど」

 

 

 凄まじい衝撃と轟音がSE.RA.PH全体を襲う。

 SE.RA.PHが海底にしたのではなく、マリアナ海溝の底を突き抜けた影響によるものだ。

 

 もともと電脳化している影響で、SE.RA.PHは海底についても潜行を止めない。

 このままでは大陸地殻、上部、下部マントル、D”層すら抜けて、地球内核に落ちていく。

 

 

「それで、このままだとどうなるんだ、嬢ちゃん!」

 

「このままでは。ビーストⅢは地球の頭脳体に昇格――――この惑星の、そ、その性感帯になるんです!」

 

「意味が分からないんですけどねぇ!? つーか、BB!! オレは何も聞いてねぇぞ、おい!!」

 

 

 キアラの目的がリップの口から語られ、ロビンは思わず既に退場した筈のBBを罵っていた。

 

 地球の内核に到達した時、魔神柱すら贄とした女は本当の意味で人類悪(ビーストⅢ)として孵る。この星そのものが、キアラの身体となるのだ。

 

 

「それを以て、今度こそ私は人を救いましょう。あらゆる苦悩。あらゆる痛みを救済する。70億の人間を、ただひとつの救いの為に使いましょう」

 

 

 その果てに、一体何が待つのか。

 地球の人間のみならず、地球上全ての生命が溶け、魂を彼女に飲み込まれるか。

 それとも理性を失い、見るに堪えない痴態を晒した挙句に快楽死を迎えるのか。

 

 どちらにせよ、碌なものではない。

 この星が、たった一人の人間の浪費(救済)によって終わるなど。

 

 

『やっと繋がった! ちょっと、そっちは大丈夫なんでしょうね!』

 

 

 その時、虎太郎の持っていた通信機から空間ウインドウが展開される。

 映し出されたのは、メルトリリスだ。教会で何かあったのか、その背後にはSE.RA.PHの通路が映っており、移動しているようだ。

 

 

「あぁ、メルトリリスですか。随分と見窄らしい姿になって」

 

『何処かの誰かのお陰でね。でも、まだ戦い始めていないなんて相変わらず前置きが長いのね。なに? 歳を取ると無駄話ぐらいしか取り柄がなくなるの?』

 

「…………その不愉快な態度もここまでです。貴女は特に、念入りに破壊します。捕まえたのなら…………いいえ、生かしてあげましょう。貴女が後生大事に守ろうとしたマスターを、目の前で溶かそうかしら?」

 

『――――!』

 

 

 マーブルの皮を被っていたのだ。

 メルトがどのような思いを虎太郎に向けていたかも、間近で眺めていた。

 

 それを理解して、キアラは虎太郎を舐め回すように視線を向ける。

 メルトを苦しめるのであれば、じわじわと身体を縊り壊すよりも、彼女の精神を痛めつけた方がいい。

 

 ぶるり、とキアラの身体が震える。

 その光景を想像しただけで、例えようもない官能が彼女を襲っているようだ。

 他人の人生を台無しにすることでしか絶頂することのない異常者。その逸脱性を、多くの人々は解脱と見紛うたに過ぎない。

 

 

「一つ聞かせて貰っていいかな? 君はどうして、ビーストなんてものになろうと思ったんだい?」

 

「え……まあ。何故ビーストになったのか、なんて――――それは、羨ましかったのです」

 

 

 エルキドゥが口を開いたのは、単純にキアラを理解できなかったからだ。

 今まで見てきた人間のどれとも違う人間性。嫌悪はあった、理解できないだろうと感じてはいたが、聞かずにはいられなかった。

 

 キアラは問いに、口惜しそうに答える。

 

 ゼパルと一心同体であった彼女は、時間神殿での戦いの記憶を垣間見た。

 

 本当に羨ましかった。本当に気持ちよさそうだった。

 星の数のような英霊達に責められ、殺される。

 

 その光景を思い出しているのか、キアラは夢のよう、と明らかな欲情と恍惚の溜め息を漏らす。

 

 しかし、それも人の身では手が届かない。魔神の身であっても叶わない。

 

 

 ――ならばもう。ビーストになってしまうしかないでしょうに。

 

 

 エルキドゥは掛け値なしに絶句した。他の皆も同じである。

 そんな理由で人はビーストになれるのか、と。そんな理由で、何の罪もなかった人々を踏み台にしたのか、と。

 

 これが殺生院キアラ。

 本来ならば救世主に手の届く資質の全てを、自身への愛だけで使い潰した女。

 有り余る慈愛も、心を癒やす言葉も、美しく見える真心も、全て自分のためだけに使ってきた。 

 

 その姿が聖母のように見えたから、人々は騙されたのではなく、見紛うた。

 

 

「だろうよ。()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろう、殺生院」

 

 

 此処ではない極めて近く、限りなく遠い世界で、キアラの毒牙に掛かったエミヤは吐き捨てるように言う。

 キアラは吐き気を催すほどの慈愛に満ちた笑みで応えた。

 

 怪物である筈のアルターエゴよりも悍ましい自己愛の化身。

 地上全ての生命を快楽によって救い、またその快楽の受け皿となって最高の救済を求め、ただ気持ちよくなるためだけに、絶頂を迎えようとした快楽天。

 

 以上の本性を以て彼女のクラスは決定された。

 快楽天なぞ偽りの名。

 其は個人が到達した、人類を最も端的(最短)に救う人畜災害。

 

 

「『愛欲』の理を持つ獣。ビーストⅢ/(ラプチャー)、か」

 

 

 相も変わらず興味なさげに。虎太郎から漏れた呟きは誰にも聞かれることなく消えていく。

 

 ――その可怪(おか)しさも、誰にも気づかれることはなく。

 

 

「ええ、その通り。この世に人は私だけ。私以外の人間は全てケダモノ。私はそのような世界で生きたのです」

 

 

 彼女を悪と断じたのは極少数の希少種だけ。

 だが、そのような人間に限って――――エミヤのように人間社会から逸脱した罪人とされた。

 

 彼女のような悪を処断しようとした者を、自分達の利益にならないからと排斥する。

 

 

「そのようなケダモノ達が人間だとでも? それでは無銘の英霊達が、余りにも報われません」

 

「――――――」

 

 

 ギリとエミヤが表情を変えないままに奥歯を噛み締める。

 自分を嗤うのならば構わない。だが、排斥されてでも守りたかった無辜の人々を嗤うことだけは許せない。その為に、死に体の身体で立っている。

 

 

「煽りよるわ。おい、落ち着いてるか? 先走るなよ?」

 

「――――無論だ。忠告にも潔く従おう」

 

「そうかい。そいつは重畳。その代わりと言っちゃなんだし、先刻(さっき)も言ったが、トドメはお前にくれてやる」

 

 

 冷え切っている筈の身体から、怒りで熱を帯びた呼気が吐き出される。

 彼にとって切り売りした(おのれ)は弾丸に込めるもの。ならば、怒りであっても同じこと。

 怒りで先走ったところで、キアラは殺せない。機が来るまで耐え忍ぶ。

 

 そこまで考えた所でエミヤは笑みを溢した。

 何せそれは、彼が最も得意とする分野だったからだ。

 

 

「人間とは我ひとり、私だけが人であればいいのです。そうでなければこの世はとても救えません。では貴方がたも共に参りましょう。貴方達は初めから私の掌の上の猿。それをたっぷり、教えてさし――」

 

「あ、ちょっといいか……?」

 

「――――あら、嬉しい。貴方様もようやく私に興味を持って頂けたのですね?」

 

「いや、別に。相変わらず興味はないが」

 

「………………何でしょう?」

 

 

 何を言ってるんだお前は、と言わんばかりの態度に、キアラはまたも顔を引き攣らせる。

 事此処に至ってようやく、キアラは虎太郎が苦手であると認め始めた。

 

 何だか、月世界で出会い、禅問答を繰り広げ、唯一自分を逃げ腰にさせたミラクル求道僧を思い出すからだ。

 

 その男は心底からの熱血漢だった。

 人々は救いと光を求めている。それに応える真の神もこの世に必ず御座(おわしめ)す。

 そう考え、世界を巡りに巡り、万策尽きた果てに心機一転、軽装備で単身ヒマラヤ登頂してしまうような男だ。

 

 彼との禅問答は、思い出しただけで頭が痛くなる。

 非常にテンションが高い上に、言動は様々な宗教観から無節操に言葉を引用するため意味不明の一言に尽きる。

 

 弐曲輪 虎太郎とミラクル求道僧。

 もし、両者を似ていると言えば、互いにこんな奴と一緒にするなと言うことだろう。

 どう考えても似てもつかない男達に見えるが、ある一点だけ共通する部分がある。

 

 人の話を聞かない、だ。その一言に尽き申す。

 

 事実として、虎太郎はキアラの話など右から左。

 重要な部分だけは聞いているようであるが、態度から何から会話をしている気にならない。

 本当に。心底から。一点の曇りもなく――――興味がないと伝わってくる態度。

 

 ミラクル求道僧とタイプは違えども、彼もまた人の話を聞かない人間なのだ。

 

 

「お前、こんなことして自分が最高に気持ちよくなれるって本気で思ってんの?」

 

「…………人の話を聞いていましたか? このSE.RA.PHの惨状と私によるもの。ええ、職員の痴態は大変に心地よく」

 

「ふーん。そうか。そこでそういう反応が出て来るのか。となれば――――――――――ぶはっ」

 

 

 暫くの間、虎太郎はキアラの言葉を咀嚼していたのだが、唐突に噴き出した。

 

 

「くく、いや、いやいやいや、まさかそんな、ふははっ! ははは! はははははは! あははははははははははははははははははははははははははははは――――っっ!!!」

 

 

 腹を抱えて笑いだした。

 その様は、サーヴァント達どころかキアラですら困惑するほど。

 まるで壊れた人形のように、笑い続ける。一体、何に思い至ったのか。一体、何を理解したと言うのか。

 

 

「一体、何がおかしいのでしょう?」

 

「は、はははははっ。いや、だって、ククッ、はぁっ。はぁっ…………あ、やっぱダメだ、笑けてしょうがない。我慢できんわ、これ。ははははははははっ!!!」

 

「……………………」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて!」

 

「……何を、言って――――」

 

「ひぃー、はぁ、はは、笑うなって方が無理だって! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、笑い話にも程があるッ!!」

 

 

 人の闇、多くの深淵を覗き込んで利用してきた黒い瞳が真っ直ぐに向けられる。

 

 そこで初めて、虎太郎はキアラを見た。

 そこで初めて、キアラは不安を覚えた。

 

 我知らずに一歩。キアラは一歩だけ後退した。

 

 その姿を虎太郎は見逃さず、浮かんだ笑みの意味合いが変わる。

 キアラですらが総毛立つ、吐き気を催すほど悍ましい悪意に塗れた笑みに。

 

 

「――――――お前、もう気付いているな?」

 

「…………仰っている意味が、分かりません」

 

「そう。簡単な話なんだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、な」

 

「――――待ち、なさい。今、なんと?」

 

 

 この男は、今なんと言ったのか。

 キアラにとって聞き捨てならない台詞だったのだろう。

 

 それもその筈。虎太郎は在り得ないことを言った。

 この世界における殺生院キアラの経歴はまだいい。何らかの手段によって、SE.RA.PHに残っていた情報から知り得る可能性はまだある。

 だが、月世界の経歴だけは、どうあっても調べようがない。何せ、並行世界の事柄だ。

 時系列としてもありえない。彼に従う機械仕掛けの神ならば、或いは可能だったかもしれないが、此処に彼の相棒はいない。

 

 ならば、どうやって――――

 

 

「お前は生まれながらに病に侵されていた。治療は可能だったが、真言立川詠天流の掟からそれは叶わなかった」

 

「――――――」

 

「転機となったのは14の時。信者の一人が破門を覚悟で山を下り、医者を呼んだ。名もない人々の見返りを求めない、美しい善意と奮闘によって、お前は救われた。これが此方側のお前だ」

 

「――――っ!」

 

「対し、月世界のお前は、信者の一人が戯れに教えた霊子ハッキングから自分一人の力で快癒。しかし、その信者は善意からお前に近づいたわけではなかったようだな。察するに交換条件でもあったか、ほら見返りに犯させてくれとか。まあ、これがお前の価値観を決定づける()()()であったのは後の経歴から疑いようはない」

 

「待ち、なさい。どうやって、そんなことを……」

 

「此方のお前はその後に山を下り、幸せな学生時代を過ごした。月世界のお前は、そのまま真言立川詠天流の信者同士を殺し合わせたようだな」

 

「いい加減に――――」

 

「さてさて。生まれと起源を同じくする同一人物の人生に何故此処まで差異が生まれるのか。土壌は同じであったろうに、此方のお前は何故、幸福という快楽と欲望に満たされた状態になれたのか。月世界のお前はただひたすらに満たされることなく快楽を追求したのか。それは――――」

 

「――――答えなさい!」

 

 

 動揺。羞恥。赫怒。

 あらゆる感情の混ざった怒号が響く。其処で虎太郎は肩を竦めた。

 

 何一つ変わったわけではないにも拘らず、今や立場は完全に逆転している。

 

 

「そうか。なら、先にそちらの疑問を解消しようか」

 

「BB――――ッ、シフト――――ッ!!」

 

「――――――なっ」

 

 

 虎太郎が指を鳴らすと、このSE.RA.PHにいるのならば、誰であれ知っている声が響き渡った。

 

 誰の目も引く光が虎太郎の頭上に輝き、弾ける。

 そのド派手な再登場に、ロビンは頭痛から目頭を押さえて、マルタは無表情になって拳を鳴らした。

 

 光の弾けた後、虎太郎の隣に立っていたのは、世界で一番可愛い会いたくて会いたくて震えてしまう自称後輩キャラ――――

 

 

「呼ばれて! 飛び出て! じゃじゃじゃじゃぁ~~ん! 皆の可愛い愛され系グレートデビル、BBちゃん、此処に再臨です!!」

 

「いやぁ、どう考えても大魔王の前口上なんですがねぇ、それは」

 

 

 ――――マルタに(二重の意味で)締められ、退場した筈のBBであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 時系列は虎太郎達が中央管制室に到達した折、BBにもう一人のBBの存在に気付いていることを示唆した後のこと。

 

 

「つーワケだ。随分と穴はあるが、大将は此処で何が起こったのかを情報から推測して、凡そ把握してる。勿論、再摘出された方のオタクがいることもな」

 

「…………呆れました。何の確証もないことを自信満々に言い切ったんですか、あの人」

 

「まあ、その点は全く同意。どんだけ人の反応を理解しているのかって話だ。だが、それがオレの頭目でね。こっちとしても仕事のし易いお人ですわ」

 

 

 BBが動揺しているのを見て、ロビンは交渉を持ちかけた。

 オタクにとっておきのカードをくれてやれるんだが、此処は安全か、と。

 

 その一言で、BBはロビンが虎太郎と繋がっていることを察した。

 忸怩たる思いであったものの、天体室(スタジオ)であれ、完全に安全とは言い難い。其処で、自分で作成した絶対安全圏へと緑衣の弓兵を招いた。

 

 其処は木造の学び舎。

 BBにとって思い出深い建物であると同時に、黒幕であるキアラも知らず、手も出せない彼女だけの領域だった。

 

 ロビンの申し出た交渉は、ムーンセルから派遣されたお前の仕事を手伝ってやるから情報を寄越せ、という虎太郎の指示通りのもの。

 このタイミングこそが、虎太郎が虎太郎自身を最高の高値でBBに売りつけられる瞬間だったからだ。

 

 

「しかも、寄りにも寄って月から連れてきた筈のロビンさんが、此方にセンパイが来た時点で寝返ってるとか、反則にも程が有ります……!」

 

「それも同意見。そういう望外の幸運も利用するんだよ、大将は。状況を利用するのも得意なんだよなぁ。呆れるしかねぇ」

 

 

 自分の計画を破綻させた根幹であるロビンを睨みつけたのだが、本人は肩を竦めるだけだ。

 確かに、苛立ちからロビンを攻撃したところで八つ当たりに過ぎない。そんな八つ当たりで恥を晒すほどBBも愚かではないと知っているからの態度であった。

 

 BBとしても、渡りに船の提案ではあった。

 自身の計画はあったものの、全てが綱渡り。

 キアラを欺く為に聖杯戦争の管理者として在らねばならない彼女は出来る範囲が限られており、あの魔性菩薩を倒し切れると断言できる要素が余りにも欠けていた。

 

 

「いいでしょう。センパイの思惑通りに動くのは小悪魔系後輩キャラとしては不服極まりますが、それを差し引いてもロビンさんを通じて連携を取れるのはありがたいです。これなら、彼女に悟られることはないでしょうから」

 

「取引成立だな。アンタは好かないが、能力は認めてんだ。お互い、馬車馬みたいに働きますか」

 

「ところで、彼女のスペックについて情報を提供するのは分かりますけど、経歴まで必要なんですか? 交渉でどうにかなる相手じゃないですよ? アレは真性悪魔の成りかけ、いえ、此方ではビーストの成りかけですけど」

 

 

 其処で交渉は成立した。

 元よりBBも、このセラフィックスで発生した案件を自らの手だけで解決できるなどとは思っていなかった。

 この時代のマスターと付き従う英霊を支援して、ようやく成し遂げられるかどうか、と考えていたのだ。

 より強力に支援できると言うのなら、彼女としても不満はあれども迷いはない。

 

 ただ、疑問はあった。

 虎太郎が、何故そうまでしてキアラの経歴を知りたがるのかを、全く理解できない。

 今やビーストの幼生と化した彼女に、人間としての歩みなぞ、何の意味もないものだろうに。

 

 

「そりゃね、ソイツの過去を想定して、ソイツの一番触れられたくない部分を容赦なく突いて動揺を誘うためですよ。虚仮にするため、と言い換えてもいい」

 

「………………うわぁ」

 

「気持ちはよく分かる。しかも、これだけじゃねぇな、多分。詳しく聞いちゃいないが、もうニ、三は仕掛けがあると見た」

 

「…………う わ ぁ」

 

 

 ロビンの返答に、BBはドン引きだった。

 

 排除対象に全く興味もないのに、この警戒心。

 排除対象だからという理由だけで、対象の過去を想定し、何に動揺し、何を恥じ、何に恐れるのかまで測り、嘲笑う悪意。

 

 BBとしては全く理解できない行動だ。

 そうまでしなければ生き残れない対象ばかりを敵に回してきた、と言う事なのだが、其処までするぐらいだったら素直に恭順を示したほうがマシだろう。

 

 

「では、センパイの端末に私の知り得る限りの事実と経歴を送ります」

 

「ああ、頼むぜ。オレは今まで通り、罠を張りつつ召喚されたサーヴァントの数を減らして、大将と。もう一つの方も、忘れずに、な」

 

「勿論です、私を誰だと思っているんですか! ロビンさんも、大半の仕事が終わったからって、気を緩めないようにお願いしますよ!」

 

「へいへい。精々、気をつけますよ」

 

 

 その言葉を最後に、BBはロビンをSE.RA.PHへと送り返す。

 

 こうして虎太郎とBBは、誰にも知られることなく手を組んだ。

 互いの仕事をより完璧に熟すには、必要な裏取引だったのである。

 

 全てはキアラを出し抜く為に。

 彼女は彼等を掌の上の猿と嘲笑ったが、これではどちらが釈迦の掌で転がされた孫悟空であったのか、分かったものではないだろう。

 





と言う訳で、キアラさん登場&御館様は平常運転&ロビンによってBBちゃん完全なる味方になってた、の回でした。

御館様とBBちゃんの関係は、完全にトムとジェリー状態。
互いに嫌い合っているから喧嘩はするが、能力的には認め合っているので共闘するとヤバい。ヤバい。

さて、次の投稿は何時になるか。
オラいい加減、SE.RA.PH編終わらせて、メルトのエロを書きてぇぞ!
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