※この作品はR-18です。

「もしも苦労人がカルデアのマスターだったら」   作:HK416

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イベントのシナリオは、まあ、あの女神が碌なことするわけないわな、って感じでしたね―。エレちゃんワンチャンあるか、と思ったが、そんなことはなかった!
高難易度の天の牡牛、弊カルデアは初代様がバスターとアズライールでしばき倒してくれました。流石は初代様、強い(確信)

では、SE.RA.PH編も残り3話。お楽しみください。




『巨悪を討つのは、少女の恋と少年達の夢の跡』

 

 

 

 

「成程、貴方が手を貸したのであれば、私について知り得るのは当然のこと。種を明かせば何のことはありませんね」

 

 

 虎太郎がキアラについて知り得た要因がBBであったことを知ると、キアラは冷静さを取り戻した。

 BBに叛意があるのは薄々察していた故だ。それでも、今まで彼女を生かしておいたのはSE.RA.PHと聖杯戦争の運営に必要だったから。

 それも最早、無用の長物と化した。BBもまた凡百のサーヴァント同様に、溶かして取り込んでしまうまで。

 

 

「私の身体を這っていた虱風情にこれ以上邪魔されるのは不愉快です。最高の瞬間まで台無しになってしまいます―――――申し訳ありませんが、我が楽土で御眠りなさいませ」

 

 

 キアラの霊基が変質していく。それに伴い、天体室のテクスチャまでも書き換えられていく。

 霊基膨張行程(インフレーション)。かつて冥界の底にてティアマトが見せた変貌と同質の現象だ。

 ティアマトは、その霊基をジュラ紀にまで回帰させることで、神性から紛れもない神の体を得た。

 しかし、キアラのそれはまた別だ。数多の欲望を喰らい、その()の一部とすることで、星を――――否、太陽系を喰らえる存在へと変生する。

 

 見よ、頭に生えた異形の摩羅(つの)を。

 其れこそが獣の冠にして天魔の証明。関わる者全てが命を断った魔性菩薩の成れ窮て。

 

 ――――随喜自在第三外法快楽天。

 

 それが、この世で最も新しい(かみ)の名だ。

 

 悍ましくも美しい、清楚にして淫靡な姿を見た者は正気を、理性を、倫理を揺さぶられ、己を保てなくなる。

 其処は無限に続く肌色の地平。人を溶かす蓮の寝台に彩られた、顎が如き天上楽土。

 

 

「……………………ふーん」

 

「スゲェ! こんなに白けきった大将、未だかつて見た事ねぇよ! つーか、この尼さんがラスボスって分かってますぅ?!」

 

 

 その姿と光景を白けきった表情で虎太郎は眺めていた。

 正気を失っていない。理性を手放していない。倫理に揺れなど微塵もない。

 

 既に英雄として完成している英霊には、彼女の権能も効きは薄い。

 だが、まだ完成していない未熟なままの精神で、この男は欠伸をかきながら新しい天を眺めている。

 

 その異常さに驚くよりも早く、ロビンは悲鳴を上げる。

 確かに、人理修復の旅において虎太郎はやる気を無くす場面は多々あったが、白けていたことだけはなかった筈なのだが……。

 

 

「年増が何度も出て来て恥ずかしくないんですか?」

 

「貴方の前に現れたのは初めての筈ですが?!」

 

「このたたかい、われわれのー、しょうりだー」

 

 

 彼の人生でも、これほど白けきった表情と態度を取ったことはあっただろうか。

 最早、自分で立っていることすら儘ならないほどに白けきっているのか、マルタの胸に後頭部を預けるように全体重を預けている。

 

 

「何言ってんのよ! この、自分の脚で立ちなさいっての! コイツは快楽の――――」

 

『―――――あっ(察し』

 

(私は、こんなのに助けられたんだー、あははー(現実逃避)

 

(メ、メルト、し、しっかり!)

 

(オレ――いや私も、こんな奴に……?)

 

 

 其処まで言って、マルタを始めとしたカルデアのサーヴァントが一斉に声を漏らした。

 いやいやいや、確かにそうかもしれないけど、これに対してはいくらなんでも、と。

 

 その無体な姿に、メルトとエミヤは気が遠くなる。よりにもよって、あの女を前にして、これなのだ。

 まして、自分達には黙ったままBBと手を組んだ挙句に、だ。二人でなくとも頭が痛くなろうというもの。

 

 

「でも……あちゃ~!! オレは()()があっても……皆にはないんだよなぁ! そいつの権能への耐性が……」

 

「耐性、ですって……?」

 

「センパイ、センパイ! あるんですよ!! 皆さんが耐性を獲得できる素敵な術式(コードキャスト)が……っ!」

 

「――――――」

 

 

 虎太郎は困った困ったとピシャリと額を叩いたが、BBが耳元で囁いた言葉に、目を剥き、口を大きく開けながら端を吊り上げる変顔を披露する。

 

 とんだ三文芝居だ。

 人を小馬鹿にするにも程がある。

 

 この二人、人を怒らせることに関しては超一流。手を組むともう手がつけられない。

 

 

「世迷い言を。智慧あるものはどのような知性体であれ『欲』があり、この指はその魂を摘み上げる。欲望(ちせい)あるものは(わたくし)には敵いません。それこそ、悟りを開いた覚者でもなければ」

 

「ええ、その通りです、殺生院キアラ。貴女の持つ最ッッッッッッッッッ低のチート権能“ロゴスイーター”は、知性体ならば問答無用でテクノブレイクさせるでしょう」

 

「今まで聞いてきた中で、一番最低の表現なんですけどねぇ!?」

 

 

 思わずロビンのツッコミが入るほどの表現であったが、それも仕方がない。全て事実なのだから。

 

 キアラは月世界において万色悠滞と呼ばれる医療ソフトを作成した。

 余人の肉体と精神と魂を分離させ、魂を裸の状態にし、悩みを聞き、苦しみを取り除くものであったが――――無論、それは表向きの話。医療ソフトなどとは名ばかりのとびきりの外法だった。

 万色悠滞の本質は、無防備になった魂を喰らうための究極の魅了であり、信徒化にあった。

 

 ビーストと化したことで万色悠滞もまた強化、派生した。その権能こそが“ロゴスイーター”。

 どのような規模の、どのような構造の知性体であれ、知性(かいらく)を有する魂の欲を刺激して強制的に肉体、精神から切り離し、快楽死(溶け)させる。

 

 違法(チート)尽くしのBBですら最低と呼ぶチート。

 

 これに対抗できるのは、スキルではなく精神の在り方。

 それこそ、あらゆる現世の欲望から開放され、命の答えへと至った覚者でしか不可能だろう。

 

 

「ですが、人間は恐ろしいものですね。貴女とはまた違った、ぶっ飛んだ発想に至る人間もいる」

 

「どういうことです……?」

 

「貴女はただひたすらに自分の欲望を突き詰めることでその領域へと至った。ですが、世の中には人のあらゆる欲望を知り、学び、体験し、窮めようとして思いもよらぬ特典を手にする人もいます。其処の、性技の味方(センパイ)のように」

 

 

 キアラは、BBが何を言いたいのかまるで分からないという顔だ。 

 その困惑しきりの様子に、BBは大変満足げだ。それもそうだろう。今まで散々苦労させられた存在に一矢報いることが出来るのだから。

 

 

「センパイは覚者の真逆。欲望から解放されるのではなく、欲望を突き詰めた先を見た。悟りの領域にはどうあがいても至れませんが、彼なりの境地に立っているんです」

 

「…………何を言いたいのか、まるで分からんぞ」

 

「…………安心するがいいぞ、デミヤ。キャットもまるで分からん」

 

「では、簡潔に言いましょう。センパイは、“知性”と“欲望”を完全に乖離させることが出来るんですよ」

 

『――――は?』

 

 

 そう。虎太郎は知性をそのままに欲望を切り離せる。

 本来、それらは同一のもの。智慧あるが故に欲があり、欲がある故に智慧が生まれる。

 

 だが、虎太郎はこれを乖離させた。どうしても必要な過程だったのだ。

 

 対魔忍として魔界の媚薬、肉体改造に対抗するため、彼は人界の性技を学び、窮めていった。

 しかし、それは決して生易しい道程ではなかった。何せ、それはある種の膨大な学問であり、実技であり、快楽に根ざした人の欲望そのものであり、人の心の闇そのものでもあったからだ。

 

 人は痛みに耐えられても、快楽には耐えられない。

 それは彼が見てきた事実だった。人間は欲に塗れ流され、本来あった志すら忘れ、快楽に溺れていく。それは対魔忍であっても変わりはなかった。

 

 あくまでも彼が求めたのは快楽を自在に操る術であり、より強大な快楽を得る術ではない。

 あくまでも彼が望んだのは快楽の海を自在に泳ぐことであり、快楽の海に溺れることではない。

 

 その為に、彼は快楽の海に飛び込み、底へと潜っていった。

 あらゆる性癖を学び、それを持つ者の精神性を理解し、何に悦びを覚えるのか、何が彼等を突き動かすのかを学んでいった。

 

 被虐性愛、加虐性愛、同性愛、身体障害性愛、獣姦性愛、昆虫性愛、音響性愛、死姦性愛、etc。

 

 人の欲望に果てはなく、人の快楽に際限はない。

 彼は未だその途上でこそあったものの、その過程で己のみならず、他者の欲と快楽に呑まれない必要性があった故に、欲望を知性から切り離す必要があったから、そうなるまで()()()()()()()()()()()()()()()

 知性と欲望が切り離され、キアラの与える快楽よりも、より深く広い快楽を知っている故に。覚者と同じく精神の在り方による対抗手段故に耐えられるのだ。

 

 

「成程、その話が事実であるのなら、その、まあ? 確かに耐えられる、かもしれませんね?」

 

「自分以上の変態を見たからって引いてんじゃねぇよ、年増」

 

「引いていません! そもそも、何を以て私を年増扱いするのです?! 貴方と年齢はそう変わらないと思いますが?!」

 

「いやぁー! ないわー! こんな年増とかないわー! ウチのブーディカとかスカサハとかコアトルとか見習って欲しいわー! こんなんオレでも食指が動かないわー!! な、ガウェイン!!」

 

「まさしく! ラグネル以外の年上の妻など二度とゴメンです! あと十年は肉体的にも精神的にも若返ってから出直してきて頂きたい! それでも私はラグネルの方がいいですがね!!」

 

 

 引いてはいないと言ったものの、完全に顔が引き攣っている。

 どんな変態でも、自分以上の変態に出逢えば、自分を棚上げしてこんなもんである。

 

 それを見た虎太郎と来たら、ガウェインと一緒に言いたい放題に嫌がらせを開始する。どれだけ嫌がらせに命を賭ける男なのか。

 

 

「おほんっ。ですが、その話には穴がありましょう。貴方一人が耐えられたところで意味がない。耐性であって無効にはならない以上は、時間を先延ばしにしているに過ぎません」

 

「そもそも、サーヴァントの皆様方は私の指からは逃れられない。それに何の意味がありましょうや」

 

 

 キアラの言い分も尤も。

 虎太郎の精神は他の知性体に比べて、キアラによって溶かし難いと言うだけ。

 知性と欲望が乖離されていようが、其処に欲望がある以上はいずれは呑み込まれる。

 他の者よりも限界点が先にあるだけという延命治療にも似た無意味な行為。

 

 ましてや、サーヴァントはその限りではない。

 キアラは孵ってはいないとは言え、ビーストに変生している。只の人間ひとりで挑むのは、無謀に過ぎる。

 

 

「全く、絵に描いたような視野狭窄ですね。滑稽過ぎて哀れみすら覚えます」

 

「滑稽? それを言うのなら貴女の方でございましょう? 勝てる見込みのない側に付き、徒労を重ねる。これ以上に滑稽な姿があるとでも?」

 

「勝てる見込みならあります。そう、例えば、センパイの精神構造をサーヴァントの皆さんに強制できるなら、どうですか?」

 

「それこそ見込みのない話。どれだけ強大な力を誇ろうとも所詮はAI。貴女は人ひとりを理解は出来ない。ましてや、それを解析するなど不可能です」

 

「――――えぇ、()()()、ですけどね」

 

 

 そうだ。それは彼女には不可能な事柄だ。

 BBに出来るのは精神へと入り込むことが限界。それを理解し、自在に組み替えるなど不可能だ。

 その為、BBはキアラから別けられたKPを解析し、対キアラ用のプログラムを作成しようとしたが、絶望的にリソースが足りなかった。

 

 だが、彼女ではないならば、どうだ。

 彼女以上に人の精神性を理解し、これを慈しみながらも見守ることを良しとした者ならば、どうだ。

 或いは、虎太郎に寄り添い、時に諌め、時に手を貸し、共に成長してきた機械の神であるのならば、どうだ。

 

 

「――――まさか、そのような……!」

 

「いいえ、そのまさかです。私はとうの昔に()へ救援と貴女の解析データを送りました。流石はムーンセルに匹敵する機械仕掛けの神様です!」

 

「うーん、良い仕事してますねぇ」

 

「対快楽天用精神防御術式――――その名も! 欲望分離式『変態防御』です!」

 

 

 アルフレッドが作成していた術式(プログラム)は、これだったようだ。

 虎太郎の精神の在り方を、人格に一切の影響を与えないまま模倣させる特殊術式。

 

 それは長年、共にあったからこそ出来た荒業だ。

 アルフレッドは虎太郎の相棒として、その精神の在り方を脳内の電気信号として解析し続けた。時に精神そのものまで計測して。

 

 斯くして、快楽天(最新の神)との戦いが始まった。

 

 

「未だかつて、こんなに酷い開戦があったかなぁ……?」

 

「ないですね。ありません」

 

「酷いなんてもんじゃないわよ! 何これ、私達、大丈夫なんでしょうね!?」

 

「副作用とかねぇだろうな、おい! あったら恨むぞ、アルフレッドォッ……!」

 

「やだぁ! あの変態と同じになりそうだし!」

 

「右に同じく。あぁ、私は悲しい。ですが、どうやら効果はあるようですね。思考がクリアになっていくような……」

 

「ぬあぁッ!! 背に腹は変えられぬ! ゆくぞぉ、ネコの鉤爪を喰らえぇいッ!!」

 

「ところでエミヤ。お前の弾丸、いくつかくれよ。オレもあの宝具使ってみたい」

 

「今か!? その話を今するのか?! 私以外に使えるものか、馬鹿者め!」

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「くぅ、あぁ――――っ!!」

 

「レディ・マルタ、ご無事で!」

 

「何とか、ね……」

 

 

 戦いは拮抗していた。

 

 キアラの力は、同じビーストたるティアマトやゲーティアには遠く及ばない。

 元より、その魔神よりも悍ましい精神性だけでビーストへ至ったようなもの。その能力も、精神や知性に作用する方面に特化している。

 

 故に、これだけのサーヴァントが揃えば対抗自体はさして難しくない相手ではある。

 

 しかし、アルフレッドの対抗術式はあくまでも一瞬で終わるはずの戦いを先延ばしにするだけに過ぎない。いずれはキアラの権能によって破られる。

 詰まる所、彼等には時間制限があるのに対し、キアラには時間制限がない。

 

 

「――――あぁ、もっとっ!!」

 

 

 だが、不利な条件はキアラも同じ。

 霊基の質においてならばいざ知らず、数の上では負けているも同然だ。

 

 けれど、彼女にはまだ余裕があった。

 ビーストとなった者には共通する能力を持つ。

 マスターのいないままに現世に留まれる単独顕現。

 人の生み出したあらゆる物体、能力、文明に強い耐性を得る獣の権能。

 

 更にはビーストそれぞれの思想や根幹に生まれる、(ネガ)の資質からなる固有の能力までもある。

 

 

「ほんと、腹立つ女ね……!」

 

 

 それらに最も影響を受けたのは、マルタだった。

 

 どう考えたところで似ても似つかない。

 思想から何から、あらゆる要素が違っている。

 だと言うのに、どうしてあの女に、“()()()”の姿が脳裏を過ぎるのか。

 

 キアラに近づく度に、あらゆる力が抜けていく。

 キアラに拳を振り上げる度に、躊躇いを覚えてしまう。

 

 それもその筈。

 キアラは使い潰しているとは言えども元は救世主の器を持ち、自己の世界の救済にのみ動いている。

 世界を救う者であるセイヴァー、世界に安定を齎す者であるルーラーは誰であれ、彼女の姿に何かを救おうとした誰かの姿が被ってしまうのだ。

 

 怒りと戸惑いに揺れる心を、マルタは呼気と共に吐き出した。

 

 

「――――主よ」

 

「れ、レディ・マルタ? 何を……!」

 

 

 真性悪魔に対抗できるものは唯一つ。

 悪魔の齎す現象は、人の想像が及ばぬものばかり。

 故に、必要なのは鋼鉄の信仰心。揺るぎのない主への祈りと隣人への愛が悪魔祓いを可能とする。

 

 今再び、揺るぎのない信仰を手にする為に、マルタはガウェインですら驚く行動に出る。

 

 ――事もあろうに、主への祈りを捧げながら、隣人への愛を胸に懐きながら、自らの拳を自らの額に打ちつけ始めた。

 

 手加減なしの全力で。

 邪念を払うが如く力強く。

 

 都合三度、拳を打ちつけると、彼女の額は裂けて血を流していたが、瞳には揺るぎない信仰の火が灯っていた。

 

 

「ガウェイン、私が隙を作るわ。露払いをお願い」

 

「…………承知しました。どうか御武運を!」

 

 

 マルタの行動に面を喰らったガウェインであったが、すぐに称えるような笑みを浮かべた。

 苛烈で過激ではあるが、彼女が間違いなく聖女であると再認識したからだろう。

 

 そして、二人は同時に地を蹴った。

 

 キアラの周囲には、無数の魔神柱が蠢いている。

 それらは彼女の手足であり、盾であり、武器でもあった。

 サーヴァントの猛攻を防いでいるのも、サーヴァントを消耗させているのも、全てがそれだ。

 サイズは様々であるが、推察するにキアラの体内で飼われているものを使い捨てにしているのだろう。

 

 突如、床や何もない虚空に孔が出現し、その中から無数の魔神柱が槍と化して襲いくる。

 

 速度は大したものではない。厄介なのは、その数だ。

 一体、どれだけの魔神柱を飼っているのか。そして、どれだけの魔神柱を生産しているのか。

 

 

「陰気後宮を満たし、みな正体を見失う、ここは午睡の楽園、彼は誰時、誰そ彼の狭間なり───ゆくぞ午睡酒池肉林(ひるやすみしゅちにくりん)、真っ直ぐ行けぃ、鉄拳聖女!」

 

「真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす……!」

 

「そういうことね! 文殊智剣大神通! 恋愛発破『天鬼雨』――――!」

 

「右ストレートでぶっ飛ばす……!」

 

 

 マルタの行く手を阻む魔神柱を、キャットの爪が切り刻み、無数の宝剣が刺し貫く。

 

 彼等の共通認識としてあったのは、第三の獣を倒し切れるのはエルキドゥかガウェインの宝具による一撃というもの。

 あらゆる不浄を薙ぎ払う太陽の聖剣の熱量。或いは抑止力をその身に受け入れて放つ神造兵器の穂先。

 そのレベルの火力がなければ、あの怪者(けもの)の霊基と霊核を破壊し切れない。

 

 キアラもそれを分かっているのだろう。

 エルキドゥへの猛攻は反撃を許さぬほどであり、仲間を傷つけることでガウェインには護りに徹させていた。

 

 この状況を打開せぬ限り、勝利はない。

 僅かな隙を生み出し、彼等の宝具を解放するだけの時間がなければ、全員が溶け果てる。

 

 マルタの無謀極まりない特攻は、閉ざされている道を無理やりにでも抉じ開けるもの。

 

 

「串刺しをご所望ですか? では、存分に――――」

 

「……あぁ、私は悲しい。円卓(われわれ)を、忘れられては困ります」

 

「薙ぎ払う――!」

 

 

 マルタに襲いかかる魔神柱の数が増すが、誉れ高き円卓の騎士の前には、妨害にすらなりはしない。

 

 妖弦が弾かれ、音階の矢刃(やいば)が放たれる度に魔神柱は文字通りの輪切りとなる。

 聖剣の疑似太陽が回転して生み出される炎と熱によって、魔神柱は焼き尽くされる。

 

 これでマルタとキアラを遮るものはなくなった。

 

 キアラの余裕に変化はない。

 霊基の強大さ故に、攻撃を受けたとしてもさしたる脅威にはならず、いくらでも避けられる。

 

 しかし――――

 

 

「ナメんなっつってんのよ! 『刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)』――!」

 

「――――っ」

 

 

 ――――その視界を、巨大な甲羅に遮られた。

 

 これもマルタの宝具の一つ。

 彼女の死後も守護霊(ほうぐ)として付き従うタラスクの甲羅を一時的に召喚する防御宝具。

 ローヌ川の辺りに住んでいたリヴァイアサンの仔・タラスク。その甲羅は討伐に訪れた戦士や勇者の矢と刃を通さず、マルタの鉄拳を以てしてすら砕けぬ代物。

 

 タラスク自体を召喚しなかったのは、キアラに溶かされるのを避ける為。

 如何に怪物として君臨する竜種であれども、確かに知性が存在し、人のものより複雑で高度。キアラには対抗し得ない。

 だが、この甲羅(たて)は切り離された肉体の一部。マルタを守ろうとするタラスクの祈りの具現。

 

 一瞬――――一瞬ではあるが、キアラは迷った。

 盾を弾いてマルタを攻撃するか、避けるか、それとも喰らうか。

 より気持ちいいのがどれなのかを考えるという、彼女を彼女足らしめている愚行。

 

 

「――――鉄拳聖裁!」

 

 

 その間隙にマルタの拳が滑り込む……!

 

 彼女の選択は実に単純だった。

 視界を遮る盾に向かって渾身の右ストレートを叩き込むだけ。

 

 キアラとは違う無駄のない真っ直ぐな思考と拳の軌跡。

 タラスクの盾を挟んでの聖なる一撃であった。

 

 己が身を襲う痛みにすらキアラは嬌声を上げるが、マルタの攻撃に間断はない。

 一発で足りぬのなら二発。二発で足りぬなら三発。まだ足りないのならもっと、もっと、もっと――!

 

 繰り出した拳の数はどれだけであったのか。

 遂にはキアラの身体は浮かび上がり、脚は地を離れ、殴り抜かれる。

 

 

「『人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)』――!!」

 

 

 天高く飛び上がったエルキドゥの身体に、黄金の光を放つ鎖が伸びていく。

 それこそが抑止力。エルキドゥを基点として呼び込むことで特異点への介入を可能とした、滅びを拒む星と人の無意識そのもの。

 

 数え切れぬ程の(ひかり)は、巻きつき、絡みつき――巨大な槍の穂先と化す。

 放たれる極光は聖剣の頂点に立つ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に勝るとも劣らない。威力たるや、英雄王の『天地乖離す開闢の星』と拮抗するほど。

 

 構造体として勝っているティアマトですら、まともに喰らえば只では済まない一撃。

 単純な破壊者として劣るキアラに耐えられるものではない。

 

 

「――……その程度、読んでいないとお思いですか?」

 

「――――っ!」

 

 

 最大級の威力を持つ宝具を前にして、キアラは艶然と微笑んだ。掌の上で踊る蟲を慈しむような優越の笑み。

 キアラの身体は光に呑み込まれ、貫かれる直前、液体に溶け、床の上に広がった。

 

 エルキドゥは顔を顰める。

 自分達の一手上を行かれたと認めざるを得なかったのだ。

 

 今のキアラは魔神柱で形作っただけのダミーだった。

 入れ替わったのは、マルタが盾越しに連打を加えている最中だろう。

 キアラにとっても視界を遮られる事態は予想外ではあったが、自身の視界が遮られるということは、他人からの視界を遮ったも同然。

 危機と好機は表裏一体。この好機を逃すような女ではない。

 

 まして、キアラにとって痛みもまた随喜。

 英霊のように痛みを耐え忍ぶのではなく、受け入れる事ですら愉しめる。

 

 その前提の違いが、この結果を呼び込んだ。

 

 

「こ、虎太郎!」

 

「……はん?」

 

 

 ならば、次に彼女が打つ手は何か。

 余りにも分かりきった答え。マルタは我知らず、泣き出しそうな声で叫んでいた。

 戦いを一歩引いた視点から見ていた彼は今の一撃で倒したと判断したのか、間の抜けた声を上げるだけ。

 

 その背後に出現したキアラの姿に全く気づいていない。

 

 

「――――ガッ!」

 

「きゃぁッ――!」

 

 

 霊基の損傷から戦えなかったエミヤ。

 生みの親たるキアラに攻撃を加えられないリップ。

 

 戦いを見守る虎太郎の側に立ち、戦えないながらも護衛という役割を果たそうとした二人はキアラの鶴翼のように広げられた両の掌打によって弾き飛ばされた。

 

 キアラの顔には蕩けた笑みが張り付き、英雄達の顔は絶望から蒼褪める。

 

 ロゴスイーターはキアラを五感から感じ取った相手を侵食する権能。

 五感の内の、いずれかでもより強く彼女を感じ取れば、その効果は著しく増加する。

 直接手で触れようものならば、虎太郎が如何に彼女の権能に耐性を持とうとも、一瞬で溶け落ちるだろう。

 

 

「センパイッ!」

 

「――――あぁ?」

 

 

 虎太郎が背後を振り返ろうとするが、余りに遅い。キアラにはスローモーションにすら見える。

 最早、彼を守る者は誰もいない。囮に気取られた者では間に合わない。

 

 その絶望の表情が心地良い。

 数瞬先に待ち構えている勝利よりも、彼等の――――いや、もっと正確に言えば、あの生意気な木偶人形(メルトリリス)が悲鳴を上げて泣き叫ぶ様を思い浮かべるだけで絶頂してしまいそうだった。

 

 加えて言えば、この男もまた気に食わない。

 たかが蟲の分際で、この私を虚仮にした挙句、恥をかかせた。とてもではないが許容できない。到底、許すことはできない。

 

 

「――――」

 

 

 キアラは気づいていなかった。

 その感情こそが、紛れもない天敵の証である、と。

 彼以外の存在であれば、彼女の精神を此処まで掻き乱せなかった。

 

 人は蟲が相手ならば、噛まれようが刺されようが、特段の感情を抱かない。運が悪かった、で済ませるのが常だ。

 もし其処に怒りを覚えるのであれば、それは当人に余裕がないか、器の小ささを物語っている。

 

 だからこそ対応できなかった。天敵であるなどと想定しなかった。

 

 

「――――――は?」

 

 

 彼女に触れられて、溶けることもなく、何の影響も受けずに立っているモノがいるなどと――!

 

 溢れた驚きは誰のものか。

 いや、間違いなく()()()()()()()()()()()()だ。

 

 あのBBですらが事態を想定していなかったのか、固まっている。それほどまでに、ロゴスイーターは驚異的だった。

 

 何故。どうして。そんな。まさか。

 驚愕と不可思議から完全に固まったキアラを、虎太郎は全く気にした様子もない。

 

 それどころか顔に触れられたまま、笑ってしまうほどのテレフォンパンチをお返しとばかりに叩き込む――!

 

 

「ぶっ――――あぁ――――!」

 

「あー、やっぱ効かねぇ。なのにこっちの手が折れた」

 

『まあ、当然でしょうね……不様よ、殺生院。勝ってもいないに舌舐めずり。本当に、貴女らしい恥の晒し方だわ』

 

 

 キアラは蹈鞴を踏んで後退し、そのまま尻から床に崩れ落ちる。

 顔を殴られたことには何の問題もない。いや、確かに虫螻風情に殴られるなど不愉快極まる事実であるが、それ以上に脳髄を掻き乱される不可解極まる現実の方が、余程問題だった。

 

 何が起こったのか、何をしたのかを知っているのは、相変わらず無表情の虎太郎と画面の向こうで笑っているメルトだけ。

 何をした、と問おうとしながらも、自らの力に対する絶対の自信を崩されたキアラは言葉が出てこないようだ。

 

 

「考えてみれば簡単な話だがな。お前、自分に縋った人間で散々遊んで、その後は興味を失ってポイだ。そしてそいつはお前に愛してもらえないと絶望して自殺する――――つまり、お前がつまらないと捨てた人間には、その権能は及ばない」

 

 

 キアラがその言葉を理解するよりも早く、虎太郎は自らの顔を掴んだ。

 驚くべきことに、彼の味方をする者は口を揃えて誰よりも厚いと称する面の皮をばりばりと音を立てて剥がし始めた。

 

 

「人を騙すのは得意でも、騙されるのにゃ慣れちゃいない。切り札を先に見せるなら、更なる奥の手を用意しておくのは基本だろうが。ったく、退屈通り越してムカついたよ」

 

 

 その下から現れた手術痕だらけの顔に、キアラは見覚えがあったが、名前を思い出せなかった。

 

 彼女に思い出せよう筈もない。

 彼は彼女によって、つまらないと捨てられた挙句に、薬物に逃避した哀れな被害者(かがいしゃ)であり、とうの昔に死んでいる。

 

 

「――――死姦の趣味もないとか。それで快楽を窮めるとか笑えるな」

 

 

 ――――今の今まで誰もが虎太郎だと思っていたのは、ホリィと呼ばれた男の死体だった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 時は、虎太郎達一行が教会を後にした時にまで遡る。

 

 メルトが誰もいなくなった教会で、二階から降りてきた人物に思考を白痴に染めていた。

 

 

「その驚きようなら、他の連中も気づいちゃいないな。いや、エルキドゥは気付いているか。流石に、気配感知までは騙せない」

 

「――――――――」

 

 

 当然だ。

 今し方、出ていった筈の虎太郎が、こうして二階から降りてくるなどメルトであっても驚きもしよう。

 

 

「ど、どうして…………い、いえ、そもそも、出ていった貴方は一体なに……!?」

 

「ありゃ死体だよ。ほら、中央管制室から持ってきた。ホリィとか言ったっけ?」

 

「死体って……い、いえ、それは兎も角、体型すら違う上に、どうやって動かしているのよ……!?」

 

「そんなこと? オレ、死体で遊んだこともあるんだ。それに魔界医療も多少であるが学んでいる。死体を弄るなんて、そう難しいことじゃない」

 

 

 教会の長椅子に脚を組んで座りながら、ひょいとメルトの足元に何かを投げた。

 見れば、袋からは赤黒い血が僅かに滴っている。袋の中身は、死体から削ぎ落とした皮と脂肪だろう。

 そして、今し方出ていった死体の中には、自身の身体に近づける為に、何かを詰め込んでいるに違いない。

 

 キャットに対して死体を手厚く扱うパフォーマンスと見せておいて、この扱いだ。

 それも当然。虎太郎が手厚く扱うといったのは彼女のマスターであって、それ以外の者は契約の対象外。

 まして、自分勝手に狂乱し、その果てに自滅した男の死体など、敬意を払う必要も、哀れんでやる謂れすら虎太郎にはなかった。

 

 

「じゃ、じゃあ、死体はどうやって……?」

 

「勿論、過去に奪った能力を再現している。消耗は激しいが、もうオレは戦うつもりはないから問題ないな」

 

 

 メルトの疑問に、虎太郎は煙草に火を付けながら答えていく。

 

 人形劇場(パペット・マペット)と呼ばれる能力は、かつて殺し合いを演じた魔界の人形遣いのものだ。

 この人形遣いも、他の魔界からやってきた対魔忍の粛清対象と同様に、人界において好き放題に犯罪を犯していた。

 今現在は、虎太郎が能力だけは有用と判断した者と同様に、廃人にされた挙句に、この世の何処かで氷漬けにされている。

 

 人形遣いにも、色々とタイプがある。

 例えば、虎太郎と協力関係にある人界における当代最高の人形遣いは、質を突き詰めたタイプである。

 一体一体の価値は計り知れず、彼女が学び、研鑽してきた魔術理論をこれでもかと詰め込んだもの。下手をすれば、サーヴァントに対抗可能なものも存在していることだろう。

 

 対し、魔界から来た人形遣いは数を突き詰めたタイプであった。

 自分の作った人形も質は粗雑であったが、とにかく数が多かった。虎太郎が彼を追う過程でも、その数に苦戦を強いられた。

 結局、虎太郎は自らに休みを許さずに一ヶ月以上も追い掛け、彼の人形の作成速度、入手速度を上回ることで捕らえることに成功した。

 

 人形遣いの能力で便利だったのは、自分の作成したものでなくとも人形であれば何であれ操作可能だったこと。

 実際に、人形遣いが購入したであろう人界のフィギュアやテディベアーですらが、武器を持ち虎太郎に襲い掛かってきた。

 

 

「ただ、オレが扱うようになってから、思いもよらぬ変化があってな」

 

 

 その人形遣いにとって、人形とは完璧な身体そのものあり、崇拝の対象だった。

 生物のように手入れすれば劣化することはない。時が経つにつれて弛み、皺に覆われ、萎み、腐ることもない。

 

 生き物は醜い。人形は美しい。

 余人には到底理解できない造形師ならではの感性、或いは心の闇を理解した時に、何となしに思いついたのだ。

 

 ――人形遣い(やつ)には無理でも、オレならば死体を操ることも可能なのではないか、と。

 

 虎太郎にとって人形も死体も、共に動かない塊だ。どちらも経年による劣化は免れない。人形は朽ち、死体は腐る。価値など大差はない。

 能力を奪った者の心の闇を理解し、己のものとしていく。それが己が邪眼の利点だと微笑むように。

 

 虎太郎は奪った能力をそのまま扱うのを嫌う。それでは猿真似と差がないからだ。

 ならば、相手の能力を相手以上に理解し、己の独自性(オリジナリティ)を加えながら一段高いものとして昇華するまでのこと。

 今回加えたのは、能力の及ぶ範囲の拡大。操作の緻密さの向上――それこそ、自分と大差のない動きと所作が可能なほどに。

 

 

「中央管制室を出た後にBBとも取引をして黒幕の情報を得ていてね。間違いじゃなかったろう?」

 

「呆れた……ええ、知性(よくぼう)のない操り人形なら、あの女の権能が及ぶ範囲じゃない。でも、それじゃ道理に合わないわ。だって、貴方がそれを知ったのは中央管制室を出た後でしょう?」

 

「それか。キャットとの契約を優先したのもあるが、何となしに黒幕の趣味嗜好は分かっていてね。死姦は趣味じゃないらしい」

 

 

 SE.RA.PHを探索して感じたのは、黒幕がどうやら本当に人間というものを愛しているらしいということ。

 無論、それは真っ当な愛の形ではない。愛と欲を同じものと捉える破綻した感性であった。

 

 其処で目をつけたのはSE.RA.PHにおける死体の扱いだ。

 SE.RA.PHの内部では死体はデータとして分解され、取り込まれてしまう。

 

 これに虎太郎は、黒幕が愛しているのは人間の痴態や破滅。つまり、生きている間までしか価値のないモノと推測した。

 そうでもなければ、死体が腐っていく様を見るのを愉しめるし、生きていた頃の意識や記憶がデータとして残留する筈もない。

 

 SE.RA.PHという特異点に特性という形で発露した黒幕の偏向を、あらゆる快楽を極めんとした者として感じ取ったのだ。

 

 

「死姦も中々悪くないんだがなぁ。冷たくなっていく肌や肉を感じ、どれだけ引き裂いても文句一つないままに遊び尽くせる。すっきりした後は蛆が集り、肉が崩れ落ちて腐臭を放つ様を眺める無常さもたまらない」

 

「………………」

 

「そんな顔するなよ。悪くはないだけで好きじゃない。流石にアルにも怒られたしな。もう大分、昔の話だ。やっぱり、オレは可愛らしい反応を見る方が好みだよ」

 

 

 全く理解できない感性にメルトは顔を引き攣らせる。

 あらゆる手段を以て、愛した者に徹底的かつ一方的に奉仕する『快楽』のアルターエゴであっても、理解できないものらしい。人間の業はかくも深く悍ましい。

 

 

「まあ、最大の要因は――――相手にするのも馬鹿らしい相手だから。端的に言って、面倒だったからな」

 

「そんな、理由で……」

 

「そんなもんですよ。構ってちゃんへの応対なんざ」

 

 

 BBから得た情報。

 黒幕の経歴に、虎太郎のなくなっていたやる気は、ゼロを通り越してマイナス方向に振り切れた。

 

 またか、と。

 

 ゲーティアもそうだったが、黒幕も最初の一歩を間違えた者という点で同類だ。

 

 黒幕はこの世界においては幸せを手にした。名前のない人々の献身と善意によって。

 其処から見えてくるこの世界と月世界における黒幕の差異は、人間への失望だ。

 

 生まれた時からベッドに縛り付けられていた黒幕は、周囲の人々に失望していた。

 自身を可哀想だと憐れむばかりで、助けてなどくれない。そんなものは、病魔と戦い続けた彼女には蟲の羽音に等しい雑音でしかない。

 

 やがて彼女は思い至る。

 もしや、この世に人間と呼べるものは、もう自分一人しかいないのではないか、と。

 

 けれど、彼女は見たはずだ。人が時折見せる陽の光を思わせる暖かさを、本当に美しいものを。

 

 彼女の為に破門を覚悟で山を下った者の献身を。

 教主たる父に食って掛かり、やがては治療の許可を勝ち取った医師の覚悟を。

 治療と共に快癒し、よかったと涙を流す誰かと笑みを溢す医師の善意を。

 

 その美しさに、固まりかけた価値観は粉砕された。

 後の人生は美しいものだったに違いない。自身と同じく病や境遇に苦しむ人々の心を癒やし続けた。

 

 なのに、どうだ。

 善意を封じられ、月世界の自身と同期させられた程度で、その初心を捨て去るなど呆れ返って言葉もない。

 

 結局、月世界の黒幕が行っていたのは逃避に過ぎない。

 人間などケダモノ同然と断言するために自分を使って痴態を晒させ、自分の快楽のために使い潰す。

 人間に失望し、そんな自分を肯定する(気持ちよくする)ための逃避、或いは代替行為。

 その様に虎太郎は他人に失望しながら、他人に積極的に関わったのは、単に構ってほしかったから、と断じた。

 

 確かに、堕ちるだけの土壌は育っていた。

 けれど、抗おうと思えばいくらでも抗えた。けれど、月世界の自分が余りにも気持ちよさそうで、今までの価値観を揺るがされてしまった。

 

 もし、今も尚、抗おうとする気概が僅かでも残っていたのなら、命をかけてでも手を差し伸べてやってもよかったが、それもないのでは関わりたくもない。

 

 疲れた。面倒。阿呆臭い。勝手に一人でやってろ間抜け。オレはお前と戦ってやる気も失せた。

 黒幕の全てを理解した虎太郎の結論は、自分自身で手を下すまでもない、という一山いくらの悪党にすら劣るものだった。

 

 

「……さて、と」

 

「…………どうするの?」

 

「あぁ? 決まってるだろ。お前にもう一踊り見せてもらおうと思ってな」

 

「――――?」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「この程度の、ことで……!」

 

『そりゃそうだ。死体でぶん殴った程度で死ぬなんて思っちゃいない』

 

「…………っ!」

 

 

 メルトだけが写っていた空間ウインドウに加え、もう一つの空間ウインドウが展開される。

 写っていたのは言わずもがな、種を明かした虎太郎であった。

 

 ウインドウ越しに虎太郎を睨みつけるキアラであったが、虎太郎は何処吹く風といった様子。

 

 

「成程、(わたくし)も予想外でした。このような悍ましい――――」

 

『べらべらと下らねぇ。オレは手癖が悪いんだがね、そんなことくっちゃべってる暇あるのか?』

 

 

 外面ばかりを取り繕おうとするキアラの言葉を遮るように、ウインドウの向こうで手を差し出す。

 最早、話など聞いてやるつもりはないと言った態度に、キアラの頬は怒りから朱に染まった。

 

 彼が手を差し出していたのは操っている死体だ。

 その手には、弾丸と見慣れぬ液体に満たされた容器(アンプル)が、指の間に挟まれて握られていた。

 

 キアラは容器について何かは理解できなかったが、弾丸については理解できた。

 目を見開いて、もう既に死に体となっているエミヤを見ると同時に、自身の腹部に手を伸ばした。

 今はすっかりと修復されてしまったが、先程までタラスクの盾によって開いた傷があったのだ。

 

 

I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)───」

 

 

 エミヤは床に倒れ込んだまま侮蔑の笑みを浮かべ、(キアラ)を睨みつけていた。

 彼の口から溢れるのは祝詞が如き、己が生き様。

 

 

『おぉっと、そっちばかりを見てていいのか?』

 

「――――!?」

 

 

 エミヤへと魔神柱の槍を伸ばそうとしたキアラの左脇腹に痛みが奔った。見れば、矢が突き刺さっている。

 

 

「森の恵みよ、圧制者への毒となれ――――」

 

 

 奇しくも、緑衣と黒衣のアーチャーは宝具の前提条件が似たものであった。

 

 ロビンは宝具の威力を最大限発揮するために、対象の体内へと毒を打ち込む必要があり。

 エミヤは宝具を発動させるためには、対象の体内へと弾丸を撃ち込む必要がある。

 

 その前提も、虎太郎がクリアした。

 キアラの顔を殴ったのは気を逸らすために過ぎない。

 全ては、マルタの与えた傷からエミヤの投影した弾丸とロビンの宝具と相性の良いイチイの毒を滑り込ませるため――! 

 

 

「――――『無限の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)』!」

 

「『祈りの弓(イー・バウ)』―――――――!」

 

 

 キアラの体内で毒が火薬の如く炸裂し、無限の剣が霊基(からだ)を内側から刺し貫く。

 彼女は体内で取り込んだ魔神柱を量産、複製を繰り返し、飼育しており、その裡はある種の宇宙と化している。

 しかし、それも概念上の話。物理的な側面から見れば、通常のサーヴァントと大差はない。

 

 

『現代アートみたいだな』

 

 

 腹部が破裂して内臓がこぼれ落ち、刃で手足を、腹を、胸を、喉を貫かれた剣山の如き有り様。

 美しいながらもグロテスクな姿に、虎太郎はとぼけた感想を漏らした。それが却って興味の無さを引き立たせている。

 

 

「ぁあ――――この私にここまでの傷を―――な、んて――乱暴な――――」

 

「我々の勝利です! 観念しなさい、殺生院!」

 

 

 キアラは真紅に染まった身体を見下ろして忌々しげに呟き、BBは勝ち名乗りを上げる。

 

 しかし、キアラは微笑んだ。まだ、負けてはいないとでも言うように。

 

 

「ええ、認めましょう。此度の戯は、貴方達の健気な努力が実を結んだ、と。ですが、最終的な勝ち負けはこれから。人である私が、蟻などに負ける道理はありませんもの――――」

 

 

 その言葉と同時にキアラの身体は溶け落ち、SE.RA.PH全体が鳴動する。

 今まで彼等が戦っていたのは、あくまでも()()に過ぎない。本体はSE.RA.PHの方だ。

 キアラは既に生まれ持った身体を捨て去っていたのだ。

 

 本当に今までの戦いは戯れに過ぎなかった。

 無数の英霊に殺されたいなどと嘯けども、本当の目的に固執するのが殺生院 キアラという女だ。

 

 天体室――いや、SE.RA.PH全域から重力がなくなっていく。

 SE.RA.PHとしての外装を捨てることで、SE.RA.PHに蔓延る蟲を全て追放する腹積もりなのだ。

 

 電脳化の影響によって周囲全ては、地球内部だというのに光り輝く電子の海となっていた。

 呼吸こそ出来るものの、サーヴァント達の身体は浮遊し、海の中で揺蕩うように浮かび上がる。

 反対にSE.RA.PHそのものとなったキアラは、内核(かいてい)を目掛けて沈んでいく。

 

 

「ちょっと、何とかならないの、BB!」

 

「そうだ! このままではマズいぞ! お主、お得のチートアイテムはないのか!」

 

「残念ながら品切れです! 残ったリソースもほんの僅か――――ですので、これは貴方に託します。思う存分に、責務を果たしてください!」

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 堕ちる。堕ちる。堕ちる。

 虎太郎が深層に落下したように、キアラは地球の内核へと堕ちていく。

 元の身体など形だけになった巨大な身体で堕ちていく。

 

 その様を何と表現すれば良いものか。

 

 最も相応しいのは、やはり彼女の人生だろう。

 快楽の海に溺れる姿は、愚かしくも美しい。

 

 

「ふふ――――うふふ――――」

 

 

 何も出来ない蟲の無力さを嘲笑いながら、キアラはこのもどかしい時間すらも愉しんでいた。

 

 これで何もかもが思い通り。

 あと数分もしない内に、彼女の願いは成就する。

 

 その暁には人生最大の絶頂を得られることは間違いない。それは、どれほど気持ちがいいだろう。

 胸が高鳴る。舌が踊る。万願成就の時は来たのである。

 

 

「――――?」

 

 

 その時、不思議なものを見た。

 

 キアラは知らなかったが、パ・ド・ドゥというバレエの踊りの一つ。

 特徴は男女二人によって展開され、多くはバレエの中で最大の見せ場となっている。

 

 踊っているのはメルトと虎太郎だ。

 電子の海の中で、メルトがリードをしながら、虎太郎がそれに合わせる。何とも締まらない形だ。

 

 キアラは自分でも理由が分からないままに二人の踊りを――――いや、輝かしいまでの笑みを浮かべて羽ばたくメルトを、羨ましいと思ってしまった。

 

 

「あら、ようやく気付いたのね。図体が大きくなると気も大きくなるようね」

 

「メルト、リリス……!」

 

「でも、それもお終い。茶番(ぶたい)はハネた。出演者は素直に退場するとしましょう」

 

「う……? ぐぅぅ――――!?」

 

 

 生まれて初めての二人一組の踊りを楽しみ終わったメルトは、堕ちていくキアラを眺めている。

 

 その時、キアラの心臓――その巨体の霊核から痛みという危険信号が放たれた。

 自身の身に何が起きているのかを知る術はなかったが、メルトの仕業であると直感で理解した。

 

 既に仕込みは済んでいた。

 本来、SE.RA.PHは様々な防衛機構が備えられている。どのような手段であれ、破壊することは叶わない。

 

 キアラは自らの意思でそれを脱ぎ去った。

 ならば、メルトの持つスキル『メルトウイルス』も十二分に効果を発揮する。

 

 ただ、攻撃に用いるだけでは何の効果も得られまい。

 それほどまでにキアラは超構造体(メガストラクチャー)と化しており、メルトの性能は廃棄された直後にまで落ち込んでいる。

 

 けれど、超構造体の奥底に眠る霊核に、直接毒を打ち込めるのなら話は別だ。

 

 それを可能とする能力を虎太郎は保有している。

 自らの因果を極限まで希釈することで、あらゆる攻撃を、あらゆる物体を擦り抜ける霞狭霧(かすみのさぎり)を。

 

 

「どうして……! どうして、此処まで……! 貴女と私は同じ快楽の海から生まれたもの。それが、このような……!」

 

「そう。最後に主役(プリマ)として教えてあげるわ、殺生院。“自分の(ユメ)は自分で守る”。女の子として当然でしょ、そんなの」

 

 

 キアラの問い掛けに、メルトはさも当然と応える。

 それが、キアラとメルトを隔てる最大の要因。

 

 恋を知り、(ユメ)のために駆け抜けた。

 見返りなんて求めない。ただ一心不乱に、恋する人のために走り抜けた。ありふれた、自分以外の誰かを愛する心を以て。

 

 一瞬、キアラは呆気に取られたような、全てに納得したような顔をして――――

 

 

「そう! 知るものですか、そんな当たり前! 私を、アナタ達と一緒にしないで――!」

 

「はぁ……ほんと、つまらねぇ女だ。恋の一つもしていりゃぁ、世界の一つも変わったろうに」

 

 

 ――――メルトの何一つを認めず、激情のままに叫んでいた。

 

 虎太郎の呆れ返った言葉など、耳にするつもりはないとばかりに、キアラは髪を伸ばしていた。

 メルトによって溶かされた霊核は、最早どうにもならない。

 内核に到達するよりも早く、SE.RA.PH(からだ)は崩壊するだろう。

 

 ならば、新しい(からだ)に移ってしまえばいい。

 幸いに、良い器が目の前にあった。メルトはキアラから再摘出されたもの、実によく馴染む器であるだろう。

 キアラの生き汚さを形にしたかのように、魔神柱と化した髪がメルトへ向かって伸びていく。

 

 

「ならば、少年少女の(ユメ)を守るは騎士(われら)役目(つとめ)―――――『痛哭の幻奏(フェイルノート)』!!」

 

 

 虎太郎ごとメルトを呑み込もうとして髪全てが、追いついたトリスタンの弓によって斬り刻まれる。

 

 メルトは驚きから自らを救った騎士の姿に目を向けたが、トリスタンは涼しい表情をしているだけだ。

 その澄ました態度が癪に触ったが、更なる驚きに塗り替えられてしまう。

 虎太郎にしがみついて浮上していく自分とは反対に、キアラに追い縋る二つの騎影を目にしたからだ。

 

 

「じゃあな、せっ……、きあ……? 名前、何だったっけ? まあ、ビーストⅢでいいか。死体の確認も、お前らに任せるぞ」

 

 

 最後に、虎太郎はキアラを見たが、その言葉も届いていたかどうか。

 皮肉にも、彼女が喰い物にした者達へ向けた視線と同質のものであり、つまらないものとして捨てられたゼパルに向けたものと似たような言葉だったのだが。

 

 

「この剣は太陽の写し身。もう一振りの星の聖剣――――」

 

 

 騎影の一つはガウェイン。

 胸にあるのは幼い頃に見た夢。騎士としての道を歩む過程で置き去りにした憧憬そのもの。

 手にした太陽の剣は、遣い手の意思に応えるように最大の光を放ち、ガウェインに向けて祝福の言葉を送っているかのよう。

 

 灼熱の炎が迸る。あらゆる不浄を払う焔の陽炎が渦巻く聖剣の銘は――――

 

 

「この光は、永久に届かぬ王の剣――――」

 

 

 もう一つはエミヤのもの。

 胸にあるのは遠い日に見た敬意と憧憬。悪辣な女に全てを台無しにされながらも、再び手を伸ばした理想そのもの。

 本来であれば投影など不可能だ。彼の魂は度重なる苦痛と戦いから摩耗している。だが、BBから受け取ったリソースがある。再び灯った理想がある。地獄に堕ちても忘れない光景を確かに思い出していた。

 

 黄金の光が放たれる。常勝の王が手にした聖剣の似姿。其は――――

 

 

「『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』――――!!」

 

「―――『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』!!」

 

 

 太陽と月の聖剣が、真名と共に振り抜かれた。

 少女の恋を守り、巨悪を討つという、少年時代の夢のままに。

 極炎と極光が交わり、あらゆる敵を薙ぎ払う究極の斬撃となって悪を討つ――!

 

 

「そん、な――――あ――――ああ――――」

 

「メルトリリスが離れていく――――私のSE.RA.PH(からだ)が解けていく――――」

 

「あんな――――あんなに気持ちが良かったのに。あんなに苦しかったのに。あんなに時間をかけたのに――――」

 

「あ、ぁぁ、あああぁぁぁぁ――――!」

 

 

 二振りの聖剣の光に呑まれながら、キアラは泣き出しそうな声を上げる。

 これはもう無理だ。どうにもならない。これだけの熱量に、抗う術は存在しない。

 

 

「痛い、痛い、崩れる、私のカタチが崩れていく……! 生と死が瞬きの間に輪廻して――――いい、だめ、耐えられない、耐えられません……! 誰か、誰か助けて、止めて、止めないで――――!」

 

 

 最後に出たのは支離滅裂な泣き言だ。

 だが、悲しいかな彼女の泣き言も助けも、誰にも届かない。彼女を助けようとしたであろう誰かは、既に彼女に喰わ(殺さ)れている。

 

 

「いや、いやです! こんなのいや! やり直し! やり直しを求めます……!」

 

「不可能です、ビーストⅢ/(ラプチャー)。神であれ、やり直しはきかない。貴女が犠牲にした方々と同様に」

 

「だって、だって――――だって本当に、私、まだ満足してないのにぃぃいいいい(あともう少しだったのにぃぃいいいい)!!」

 

「不様な断末魔だ、殺生院。お前が嘲笑った無辜の人々(もの)と同じところに堕ちていけ」

 

 

 崩れていく身体を気にせぬまま、悪の敵(正義の味方)は堕ちていく宿敵の姿を前に、怒りも憎しみもなく眺めていた。

 

 かくして、巨悪は断ち切られた。

 歪み抱えたまま迷走した愛は、少女の(ユメ)と少年達の夢によって断ち切られたのである。

 物語のありふれた王道。その、なんと清々しきことか!

 

 

(……でも、愉しかったのは紛れもなく)

 

(何が違ったのでしょう――――私と彼女。快楽に沈んだ私と、快楽の湖面から飛び立った、あの――――)

 

(……ああ、そうですね。その疑問こそ、私に与えられた罰ならば……彼女のように、アルターエゴになってみる顛末も、有り得るかもしれませんね――――)

 




ほい、というわけで、御館様、最後の最後までマトモに相手をしてやんない&淫らで歪な愛に少年少女の夢が勝つ&エロ尼アルターエゴフラグ、でした。

ちなみに、今回の話ですが、EX出演勢は宝具開帳の台詞をEXの方で統一しています。
そこら辺のFGOとの違いも楽しんでもらえればなぁ、と。やってない人には申し訳ありませんが。

しっかし、大人数が入り乱れる戦闘シーンは苦手だ。
エロも複数人になると途端に筆が進まなくなるし、ホンマにもー!

では、残るは二話。エピローグとエロだぞエロだぞぅ……!

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