いくらなんでも
あれは酷すぎます。
あれでは、時雨が…
時雨が…報われません。
彼女は
あんなに司令の事を信頼していたのに…
見損ないました司令。
もう、嫌です。
執務室に着きました。
手には『解体申請書』。
これで、不知火は解放されます。
「ぅ…ぅぅ…」
!?
また誰か…
司令!いい加減に…!
「ごめんよ…ごめんよぉ…!!!」
そこには、机に肘をつき
手のひらで顔全体を覆った司令がいました。
その様子は誰かを嗜虐するときの
司令と同一人物とは思えない姿でした。
肩を情けないほどに
ガタガタと震わせ
その細い指の間からは
ポタポタと涙が
流れていました。
呪詛を吐くように
何度も謝罪の声を漏らしていました。
何度も何度も…
不知火は
その書類をくしゃくしゃに丸め、
執務室から離れ自室に戻りました。
もう一度だけ、あなたを信じます。
-----------------------------------------------
不知火は乱暴に
ホワイトボードに書きなぐり
愛宕さんに差し出しました。
『司令は今、鎮守府に?』
「ええ、おそらくはね。
私は、不知火ちゃんを病院に運んでからずっと
ずっとここに、鎮守府の外にいたから…。」
そうですか。
体が癒えたら、
戻らなくてはいけませんね。
そのとき…
「どいて!」
「急患だ!!」
「輸血の準備を!」
「先生はどこだ!?」
病室の開いたドアから
大勢の病院の職員の方々が
廊下を駆けて行くのが見えました。
『どうかしたんでしょうか?』
「さぁ?ちょっと聞いてくるわね。」
愛宕さんが戻ってきたのは病室を出て、
30分が過ぎてからでした。
その顔はまるで、恐ろしいものでも見たかのように
青ざめていました。
「不知火ちゃん…鎮守府が…。」
「鎮守府が…無くなっちゃった…。」
司令の顔が浮かびました。
話しを聴くと、鎮守府は深海棲艦の攻撃を受けて
半壊。
では時雨は、司令は?
「実は…」
「さっき、救急で運ばれた患者さんが…提督なの。」
眩暈がします。
----------------------------
-------------
風が冷たい。
「…」
体がだるい。
おぼろげな
意識をなんとか集中させ、
周りを確認する。
体中に繋がれた
チューブ、機器の数々。
―ああ、そうだ
帰ってきたんだ。
ここは…病院?
「目が覚めたかな?」
白衣の老人。
ネームプレートに
名前が書いてあった。
「ここは?」
「見て分からんかね?」
「病室?」
「正解だよ。」
「私は…どうして?」
医師だと名乗る
男性から聞いた。
とある男性が
半壊状態の鎮守府から病院に
運んでくれた事を。
きっと、彼だ。
深海棲艦は、本部の人間と
そのパートナーである正規空母が
処理してくれた事を。
あれから、5日経過している事。
自分は、右腕を失ったことを。
「―以上だよ。」
「有難うございます…。」
疲れた…
これから、どうすれば良い。
軍にはどれほど情報が流れている?
それに、彼女に会いに行かなきゃ。
「所でさ」
「君にお客さんだよ。」
医師が、
手招きをして
迎え入れる。
線が細く小柄な桃色の髪の彼女、
あの、真っ白な世界で
私に出会ってくれた、
私に記憶を取り戻すきっかけを与えてくれた、
『僕』を見守ってくれた、
傍にいてくれると言ってくれた彼女、
『僕』が殺めてしまったはずの…
「―」
どんな顔をして…
何て言えば良い?
どう呼べば良い?
…いや、これで良いんだ。
「おはよう、ぬいぬい」
彼女は、優しい表情を浮かべて
ホワイトボードに何か書き始め
こちらにそれを突き付けた。
『ぬいぬい言うな』
優しい嘘-完-