「しいちゃん!そろそろ起きなさ~い!」
お母さんの声で目が覚める。
この時期は朝が辛いなぁ。
うんと背伸びをすると
部屋の壁に目をやる。
ハンガーに掛けられた
僕の通う高校の
制服。
中々、可愛いから気に入ってるんだ。
パジャマを脱ぐと
壁に掛けられた鏡に
自分の姿がうつる。
うん…この胸は、
中々大きくなってくれないね。
右手の平で、軽く揉む。
う~ん…。
なんだか朝から
少しブルーな気持ちになっちゃった。
軽く身支度をして
キッチンに向かう。
はやく朝食片づけないと
お母さん、煩いからね。
「おはよう!」
「やっと起きた!」
「ごめんてば~!」
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「あれ?お母さーん、
牛乳もう無いよー?」
「あら?もう?じゃあ、しいちゃん、
帰りに買ってきてくれない?」
「えぇ…『ぼく』が、かい?」
「『わ た し』!」
これは、ぼく…いやわたしの
中々抜けない癖なんだ。
女の子のはずなのに
自分の事を『ぼく』なんて言っちゃうんだ。
ぼ…わたしは施設の出身で
子供の生まれなかったここの夫婦に
養子として引き取られたんだ。
それ以前の記憶が無いのは
おかしいけど。
施設の職員さん曰く、深海棲艦からの
襲撃をうけて記憶喪失になったらしい。
今はこの環境にも慣れたよ。
学校には友達もたくさんいるからね。
中でも一番…「ぼく」と
仲良くしてくれてるのは、
「しいちゃん
遅いっぽ~い!!」
ちょっと語尾が特徴的な
金髪の女の子の
『ゆうちゃん』。
ゆうちゃんも、ぼくと同じで
施設の出身。
家は隣同士で、その関係もあって
休みの日も良く一緒に遊んでるんだ。
そんなゆうちゃんが
御立腹なのは
きっとぼくが
待ち合わせに少し遅れたからだろう。
「ゆうちゃんごめん!
さ、行こうか。」
「む~、しいちゃん、
最近ちょっと『春眠暁を覚えず』っぽい!」
最近、寒いのと温かいのが
絶妙なバランスなんだよ
勘弁しておくれよ。
「ごめんごめん!
今日のお昼のジュースは
僕の奢りで良いから
許してよ。」
手と手を合わせて、
許しを請うと
「許すっぽい!!」
パッと華やぐ彼女の表情。
たんじゅ…いやいや
シンプルな思考は素敵だと思うよほんと。
談笑しながら登校する時間は凄く楽しい。
…
そういえば今日から、テスト期間だった。
………
……
…
ばいばい
またね
クラスの皆と軽く挨拶をして
教室を出る僕と
ゆうちゃん。
「しいちゃん、陸上って今日は
休みっぽい?」
「うん、さすがにテスト期間中は
どこの部活でも休みになるだろう?
ゆうちゃんとこのハンドボール部もじゃないかい?」
「そうだったっぽい!」
思いだしたように
ピョンと跳ねる
ゆうちゃん
「忘れる事かなぁ…まぁいいか
一緒に帰ろ?」
「あ!しいちゃんしいちゃん!
ちょっと寄り道していって良いっぽい?」
「うん、またあそこかい?」
容易に
見当がつく。
「ぽい!」
「良いよ、ぼくもお母さんから
おつかい頼まれていたしね、
ついでに。」
僕達の住む、この政令指定都市には
僕達と同じで戦争孤児で
施設出身の人が多いんだ。
ぼくとゆうちゃんは良く
僕達の通学路の途中にある
パン屋さん
ベーカリー『PANPAKA-PAN』
に行くんだけど、
ここで働いている従業員の
お姉さんのAさんもその一人で
部活が無い日にここに
よく通うんだ。
緩いウェーブの綺麗な金髪のお姉さんで
とても…そう、とても恵まれた体をしていて
正直羨ましいよ。うん。
男性のリピーターさんも
多いのも頷けるね。
あ、そうだった牛乳。
僕はAさんとゆうちゃんに
挨拶を済ませて
近くのスーパーに向かった。
………
……
…
「え~と、牛乳、牛乳。」
乳製品のコーナーに行き、
賞味期限を確認しながら
吟味する。
あんまり変わりないね。
適当なそれを手に取り
レジに向かった。
スーパーを出ると、
少し日が傾いていた。
するとクゥと情けない音が
お腹から聞こえた
時間的にもそろそろ
夕飯の時間だもんね。
お腹すいちゃったな
早く帰ろう。
足先を
家路に向けて俯き気味に
歩き出すと
ドン
「いたっ…!」
良く前を見ずに
歩いたせいか、誰かにぶつかってしまった。
「大丈夫ですか?」
ハンチング帽を目深に被った男性
の人だ。
その男性は尻もちをついてしまった僕に
手を差しのべてくれた。
―?
繋いだ右手に違和感を覚える、
なんだか…堅い?
その細い腕からは
想像も出来ない力で
ぐっと引き上げられた。
「お怪我は?」
「いいえ。ありがとうございます。」
スラッとしてるなぁ。
「すいません御嬢さん。
ボーっとしてしまいまして。」
「いえいえ!僕も悪いんです、
よそ見しちゃってて。」
途端、彼の顔がキョトン
とした表情になった。
目を丸くして
こちらをじっと見つめてきた。
あれ?
この男の人…どこかで…?
―僕は、君の事を忘れてしまうんだね。ここの事も。
なんだか…懐かしい感じ…?
「あの…」
「僕達、どこかで?会ってませんか?」
顔を隠すように帽子を被り直した彼
「いえ、気のせいですよ。」
ペコリと
頭を下げて、
道を再び辿ろうとすると
彼の横を通り過ぎて
しばらく歩いた後
後ろから声を掛けられた。
「あの!」
思わず振り向いてしまった。
そこには
先程の彼が帽子を取って
こちらを向いていた。
「初対面で失礼だとは思いますが、
御嬢さんは今、幸せですか?」
…
決まってるじゃないか
「うん、とっても」
そう伝えると、
やや童顔の気の弱そうな彼は
涙を堪えるように口の端を
少し震わせていた。
「そう…ですか。
突然失礼しました。」
彼は、目を潤ませて軽く頭をさげて
会釈すると
再び帽子を目深に被り出して
僕とは逆方向にゆっくり歩き始めた。
不思議な人だったなぁ。
僕も早く帰ろう、
お母さんが夕食を作って
待ってるはずだから。
-後日譚1-完-
時雨のお話でした。