※この作品はR-18です。

優しい嘘   作:卵白

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扉

 

 

 

白い空間はどこまでも続いた。

体感的におそらく五時間程度。

 

 

 

体に疲労は感じず

歩くペースも変わらない。

 

 

 

不思議なことに喉の渇きもない。

小腹が空いたというか、空腹感もない。

 

 

 

ただ、こうも周りに変化がないと

精神的に辛いものがある。

 

 

 

一定のリズムで動かしていた

両足を一度ピタリと止め

辺りを見回す。

 

 

 

…うーむ

 

 

 

壁というか、突き当たるものもない

というのも些か奇妙だ。

 

 

 

 

こんな広い施設、記憶にない。

 

 

 

歩いている間に色々な可能性を

考えた。

 

 

 

誘拐説

私は、誘拐犯に捕らえられ人質として

この施設に閉じ込められ薬によって

記憶障害を起こしている…いや無いな。

自由の身にしておくはずがない。

 

 

 

 

テレビ番組の企画説

これはとあるテレビ番組の企画で

私はそれに半ば強制的に

参加させられている。

疲れたもう嫌だ、とでも言えば終わるのか?

 

 

 

試しに声を出してみる。

 

 

 

 

おーい

 

 

 

…

 

 

 

おーいぃ

 

 

 

…

 

 

 

 

返事は無い。

 

 

 

誰かいませんかー

 

 

 

…

 

 

 

 

 

耳を澄ましてみても返事が返ってくる様子は

無かった。

 

 

テレビの企画説は無しっと。

 

 

再び歩き始めた。

 

歩きながら腕を組み

また考える。

 

 

 

 

おかしい

 

 

 

おかしすぎる

 

 

 

一番、

想像したくない事が良く働かない頭を過ぎる。

 

 

 

ここは死後の世界なのではないか。

 

 

 

困った事にこれが、良く当てはまるのではないか…

疲労感を感じない、喉の渇きも無い

これらに説明がつく。

 

 

 

五感ははっきりしているものの

空腹感さえも覚えないのは異常だ。

 

 

 

私は死人なのか?

 

 

 

歩く―

 

 

歩く―

 

 

 

……

 

…

 

 

どうすれば…

 

 

 

 

考えれば考えるほど

気が狂いそうになる

 

 

 

 

ここが死後の世界だと仮定して

生前の記憶が思い出せないことが

狂気に拍車をかける。

 

 

 

 

思い出せない

 

 

 

 

心がすっかり疲弊し、

ついにその場に腰を下ろしてしまう。

 

 

 

重いため息を吐きながら項垂(うなだ)れる。

 

 

 

ずっと一人なのか

 

 

 

ここで

誰もいない所で

 

 

 

静かに狂っていくのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

―ッ

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 

今、確かに聞こえた物音

 

 

 

 

ハッと首を持ちあげる。

 

 

 

 

視線を前に向ける。

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

目の前に飛び込んできた、

新しい情報。

 

 

 

 

遠くに、おそらく数100m

遠くにポツンと

黒い影が確認できた。

 

 

 

この暴力的なまでに

真っ白な世界に存在する黒。

 

 

 

 

走る

 

 

 

 

 

走る

 

 

 

 

 

もつれて転びそうになる

 

 

 

 

走る

 

 

 

 

影の数メートル手前で

減速する。

 

 

 

 

扉

 

 

 

 

興奮が抑えきれなかった

 

 

 

気が狂いそうだった世界に

変化が生じたのだ。

素晴らしい。

 

 

 

焦げ茶の扉はレトロな造りだった、

木製の至る所が傷んではいるものの

中々趣のある装飾が施されている。

 

金のドアノブはシンプルな形で

こちらもくすんで経年を感じさせる。

 

 

おかしなことに気付いた。

 

 

 

扉だけだ。

 

 

扉だけが、ここにある。

 

 

 

ペタペタと触りながら

グルッと廻り込んでみても

裏には変化が無く

おかしな所は見当たらない。

 

 

 

間もなく一周しようとした

 

 

 

次の瞬間

 

 

 

 

クイクイッ

 

 

「!?」

 

 

突然

後ろから

右袖を引っ張られた。

 

 

 

 

本能が危険を察知したとき

反射という形でそれから身を守ろうと

引っ張られた方向とは真逆に

勢いよく飛び退く。

 

 

 

 

そして視線が『それ』を捉えた。

 

 

 

 

「…」

 

 

 

そこに佇んでいるのは

写真の中にいた女性の一人、

いや女性というには些か歳がいくつか

足りないように感じる。

 

 

 

少女がそこにいた。

 

 

 

 

赤いリボンタイに

白いシャツ

黒いベストにスカート

桃色の髪

 

 

細身の鋭い眼光を放つと

前述したが

少なくとも写真の中の彼女はまだ

軟い表情を浮かべていた、

そこには『喜』や『楽』といった感情も

少なからず見て取れたが今

目の前にいるこの子の表情は

 

 

 

ただ無表情という事ではない。

『怯え』『悲』といった真反対の

苦悶の色を浮かべている。

 

 

 

重く表情が沈んでいるのだ。

特徴的な鋭い眼には光が無い

 

 

 

どうして、そんなに悲しそうなんだ…

 

 

 

突然目の前に現れた少女に

しばらく戸惑うしかなかった。

 

 

 

「…君は、誰なんだ…」

 

 

 

「―」

 

 

問いかけるとパクパクと

何か語りかけるように口を開いたが

そこから声が発せられる事は無かった。

 

「―っ」

 

少女は肩を落とした。

 

眉を八の字に曲げ、口をキュッと

閉じた。

 

そして徐に

自分のリボンタイを乱暴に取り払い

床に投げ捨て

白いシャツのボタンを解き始めた。

 

 

 

「何を―!?」

 

 

 

思わず少女の両手首を抑える。

背格好からは想像もつかない力だ。

 

 

 

少女は私の手を振り払いながら

何度も自分の服のボタンを

解くのを試みる

 

何度か繰り返すうちに

遂に最後のボタンが外された。

 

何がしたいというんだ

 

 

 

 

少女はその

シャツの前を両手でゆっくりと

開いた。

 

 

 

恥ずかしがる訳でもなく

ただ淡々と

 

 

 

「…!!」

 

 

白いインナーを、これもゆっくりとまくりあげる。

 

そこに表れた

真っ白な肌に刻まれた痛ましい程の

傷の数々、裂傷痕、下腹部からくびれた

脇腹に伸びた針の縫い目、

所々に確認できる青い打撲の痣…

 

 

思わず眼を背ける。

 

 

 

「―ッ…!」

 

 

―見ていられない

 

 

酷過ぎる。

 

 

こんな小さい体に

起きた悲劇を想像すると

眩暈がした。

 

 

 

半ば無理やり両目を再び少女に向ける。

依然として彼女は無防備に肌をさらけ出し

両手を垂らしている。

 

 

 

腹部の数々の傷の印象が強く

気付かなかったが

 

 

 

その首には横切るような

深い傷跡が刻まれている。

 

 

 

何か、切れ味の悪い刃物で

抉られたような…。

 

 

 

―まさか!?

 

 

 

 

 

「君は…」

 

 

 

 

「声が…?」

 

 

 

 

桃色の髪の少女は

眼を閉じて静かに頷く。

 

 

 

 

喉の傷に触れようと

近づき手を伸ばす。

 

 

 

眼を大きく見開き

驚きの表情を浮かべて顔を庇うように

手を挙げて、私の手を払う。

 

 

 

 

「ごめん。」

 

 

 

 

一言謝罪の声をかけたが

 

 

カタカタと怯えたように

体を小刻みに震わせていた。

 

 

「私は何もしないよ。

その傷は誰に?」

 

 

 

 

応えは返ってこなかった。

 

 

 

彼女を座らせ、私も隣に座って

宥め続けた。

 

 

 

 

数分して落ち着いたのか。

 

 

 

 

 

顔を覆っていた手を下ろして

今それは体育座りしている膝の上に

乗っている。

 

 

 

もう少ししたら彼女に

何か聞こうか。

 

 

 

ここがどこで、君が何者なのか。

 

 

 

この写真の事を尋ねてみようか。

 

 

 

考え事をしていたら

視線を感じた。

 

 

視線の元を辿ると

隣に座る少女と眼が合った。

 

 

こちらをじっと見つめている。

 

 

…?

 

 

そろそろと

私の右手を掴み

手のひらが上を向くように

誘導し、指先で手の平に何かを

描き始めた。

 

 

 

これは…日本語?

 

 

 

途中途中で彼女に確認しながら

首を横や縦に振られた。

 

 

認識した言葉は

 

『し』

 

『ら』

 

『ぬ』

 

『い』

 

 

 

―しらぬい

 

 

―不知火

 

 

 

―し…い!

 

 

―な…を…して…か!!

 

 

―…を…して…さい!

 

 

まただ、

細い血管を無理やり

押し広げるような、脈打つ痛みと共に

頭を木霊する声。

 

凛としていながらも

怯えを含んでいる声。

 

 

 

 

頭を両手でかきむしるように抱える、

 

 

 

帽子が足元に落ちる。

 

 

 

脂汗が滲んでくる。

 

 

 

―…を…さい!

 

 

消え入りそうに弱った声を最後に

頭痛は治まったが、引きずるような痛みが

続いている。

 

ぎゅうっと閉じていた眼を開いて

少女を見る。

 

心配そうにこちらを覗いている。

 

 

 

「大丈夫だよ。

心配してくれているのかい?」

 

 

 

 

頷く。

 

 

 

「ありがとう。」

 

 

 

「しらぬい…不知火は君の名前?」

 

 

 

今度は深く頷く。

 

 

 

「そうか。不知火…ちゃん。

君は…どうしてここに?」

 

 

彼女に対する疑問を

伝える。

 

 

困ったように眉を顰(ひそ)める。

 

 

 

そして扉を指さす。

 

 

 

「あそこに何が?」

 

 

 

言葉を使わなければ伝えづらいのか

先程のように手のひらに文字を

書いてくれるでもなく

ただ静かに扉を指さす。

 

 

 

「…あの扉を開ければ良いのかい?」

 

 

 

静かに扉を指し続ける不知火。

 

 

 

重い腰を上げて、扉に近づき

ドアノブに手を掛ける。

 

 

「君は来ないのかい?」

 

 

 

ドアノブに掛けた手とは逆の方を

後ろで体育座りを続ける彼女に

差し出すが。

 

 

 

首を横に振る。

 

 

 

 

一人で行けと?

 

 

 

警戒するように

ドアノブに向き直り。

それを

 

回して、引く。

 

 

「!?」

 

 

驚いてばかりだ…

 

扉の先があった。

これを先があると言って良いのか。

 

扉の先には黒い空間が広がっていた。

 

自らが存在している純白の空間とは

正反対のあまりにも

暗過ぎる

 

闇

 

闇

 

闇

 

 

 

ごくりと生唾を飲む

 

この先に何が。

 

 

 

 

 

ドンッ

 

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 

視界が大きく揺れた。

 

 

 

暗闇に身を投げていた。

 

 

 

いや投げられた。

 

 

後ろからなにか、質量のあるものが

当たり、それによって体は

扉の先に飛んでいた。

 

 

闇に身を投じながら私が最後に

確認したのは

 

不知火の申し訳なさそうな

顔、今にも泣きだしそうな顔

 

 

意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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