※この作品はR-18です。

優しい嘘   作:卵白

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不知火

 

 

 

執務室に向わなければいけません。

 

本音を言えば、胃がキリキリと

痛みます。

 

 

 

何を言われるか不安だからだと思いますが。

 

 

しかしそれを顔に出すわけにはいきません。

 

 

旗艦である私がこのような表情をしていては

指揮に関わります。

 

 

何より、他の子達に被害が及ぶ危険性が高まります。

 

 

それはなんとしても避けなければいけません。

 

 

今の彼はどんな行動に出るか

わかりませんから。

 

 

 

 

 

「司令の様子は?」

 

 

 

 

 

うんざりそうに

金髪の少女は応える

 

 

 

「相変わらずっぽい。」

 

 

 

 

会話をするたびに特徴的な

語尾だと思います。

 

 

 

着任当初の彼女は

天真爛漫な性格で皆さんを

振りまわしていましたが

 

誰とでも分け隔てなく接する彼女は

もちろん人気者となりました。

いるだけで場が和む所謂(いわゆる)

ムードメーカー的な存在でしたが…

 

環境の影響というものは

恐ろしいです。

 

天性の明るさを持った彼女を

短期間でここまで追いこむなんて

 

今の彼女はすっかり

自身を無くし塞ぎこんで

しまっているようです。

 

 

「そう…ですか。」

 

 

 

「不知火…辛いっぽい?

やっぱり出撃は延ばして

もらった方が良いっぽい!」

 

 

 

 

自身も辛いはずなのに

自分の事のように

仰ってくれます。

 

彼女が、根っこから優しい心の持ち主だと

感じた瞬間でした。

 

 

しかし、元々のスケジュールでは

今日が予定日です。

 

そして間もなく出撃時間です。

 

 

 

「いえ、大丈夫です。

お気遣い感謝します夕立。」

 

 

 

隠しきれない疲労が

顔に出ていたのでしょうか。

 

ただ単に彼女の感が

働いたのでしょうか。

 

確かに、この時の私は心身共に

疲れ切っていました。

 

碌に確保できない

睡眠、食事、入浴でさえも…

 

隙間なく詰め込まれる

遠征、出撃の繰り返しで

目の下の隈は酷くなり

肌は荒れ放題となっていましたが

それに構うほど余裕はありません。

 

 

 

「絶対大丈夫じゃないっぽい!!」

 

 

私はまだ、甘いですね。

自分よりも遥かに低い

練度の娘に

悟られてしまうなんて。

 

 

『不知火に何か落ち度でも?』

 

 

このような言葉を吐いていた

事が懐かしく思えます。

 

 

もはやそんな余裕なんて今の

不知火には残っていません。

 

 

「夕立、声が大きいです。

司令の様子はあとは私が

見ますので貴女は部屋で

休んでください。

いまは少しでも体力を

温存すべきです…。」

 

 

淡々と告げる。

 

 

「不知火こそ、休むっぽい!

もうふらふらじゃない!」

 

 

 

両肩を掴まれ、

揺すられる。

 

 

ああ、そんなに動かさないでください。

 

実は中破中なんですから…。

 

 

 

 

意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

次に目を覚まし

 

 

視界が認識したのは

少し汚れた白い天井。

 

 

消毒液の臭いがツンと鼻を突く。

 

 

鎮守府内に用意されている

医務室だった。

 

 

 

「目が醒めた?」

 

 

 

「…はい。」

 

 

体をゆっくりと起こそうとしましたが

至る所が痛みという情報を脳に叩きこんできます。

 

 

不甲斐ない。

 

ふんばりが効かずに再びベッドに

倒れこむなんて。

 

 

「不知火ちゃん!」

 

 

駆け寄る緩いウェーブのかかった

金色の髪の女性。

 

「ご心配をおかけしました愛宕さん。

もう…大丈夫です。」

 

酷く心配そうな顔をされます。

 

早く、執務室に行かなければ。

 

 

 

「大丈夫よ、しばらく横になっていても。」

 

 

優しい笑顔で不知火に語りかけて下さいます。

この方は聖母か何かですか。

 

 

「いえ、しかし…」

 

 

「夕立ちゃんがね、提督に訴えてくれたの。

お願いだから休ませて欲しい、もう皆限界っぽいってね。」

 

和ませてくれようとしてくれたのでしょう。

 

似てもいない夕立の真似をする愛宕さんは

少し滑稽でした。

ありがとうございます。

 

 

そんな愛宕さんも、大分疲れているようでした。

 

不知火同様、まともに睡眠は取れていないのでしょう。

 

ストレスのせいか元々艶のある髪は

所々にダメージが有り、撥ねていました。

 

「申し訳ありません…。」

 

 

「貴女は十分頑張ったの。

卑下しないでね。」

 

 

やはりこの方は聖母です。

 

 

「夕立は、その…

無事なんでしょうか?」

 

 

身の心配をしなくてはいけないのは

頭では理解しているつもりですが

 

不知火のために司令に申し出た

彼女がやはり気がかりで仕方ありません。

 

 

「…大丈夫よ。」

 

 

…一瞬、答えるのを

躊躇ったように見えましたが…。

 

話を聞くと

執務室の前で騒ぎ

不知火が気絶したあとに司令が

部屋から出てきたようです。

 

そこで夕立の訴えがあり、現在に至ると。

 

 

「夕立にお礼をしなくてはいけませんね。

彼女は今どこに?」

 

 

…

聞こえなかったのでしょうか。

 

言い方を変えて

再度伝えます。

 

愛宕さん、夕立は部屋にいますか?

 

 

なぜ、そんな困った顔をなさるのですか?

 

 

「不知火ちゃん…良く聞いて。」

 

「貴女は三日眠っていたの。」

 

 

 

一瞬、この聖母は何を言っているのかと

耳を疑いました。

 

三日?

 

そんなはずはありません。

 

 

不知火が意識を失ったのは

つい先ほどの事です。

 

今日の日付を、医務室の

部屋の壁に掛けられている

時計を確認しました。

 

不知火が最後に確認した

日から三日…日付が経過していました。

 

 

酷く嫌な予感がし、激しい運動も

していないのに心臓が早まるのを感じ

額を汗が伝います。

 

 

「夕立ちゃん、解体されたの。」

 

 

『かい…たい…?』

 

『解体』

 

二つの単語が頭をループしました。

 

「不知火ちゃんがここに運ばれた後、

夕立ちゃん、提督に執務室にくるように

言われて…」

 

 

気が遠のくのを感じました…。

 

----------------------------------------------------

 

 

 

 

……

…

 

次第に意識が戻り始める。

 

やけに頭がふらつく

 

目の前には机

 

その上に、組まれて放り出された二本の足。

 

それが自分の物だとすぐに認識した。

 

あの空間で同じ革靴を履いていた。

 

それが、今だらしなく

 

目の前に投げ出されている。

 

 

この視線の具合、両足。

 

椅子に深く腰かけているようだ。

 

 

 

体がとてもだるい、

気分もなんだか落ち着かないふわふわとしている。

 

まるで…酒でも煽っているかのような。

 

 

書類が散乱している部屋。

 

所々が薄汚れている。

 

あまり清掃が行き届いている様子は無い。

 

現に埃っぽい。

 

そこには「弾薬支給申請書」「施設増築依頼書」

 

「遠征報告書」「演習企画書」

 

 

床にはそれら、書類が至る所に

散乱している。

 

他には、酒瓶の数々…。

 

足の踏み場もないとはこの事を言うのだろう。

 

ウィスキー、リキュール、

日本酒、焼酎

 

これまた様々なアルコールのボトルである。

 

 

(!?)

 

 

突如、右手が自分の意志とは関係なく

不気味に動いた。

 

何か、冷たいものが口に押し当てられ

液体状のものが口腔を埋め

喉を侵す。

 

この鼻に抜ける香りと

焼けるような感覚は、

 

 

(ウィスキーか!?)

 

 

そして、嚥下。

 

高濃度のアルコールが食道を通過し

胃に流れる。

 

じわっと胃が熱くなる。

 

 

胃がすっからかんの状態で

酒を飲んだ感覚だ。

 

 

二、三回喉を鳴らし

キュポンと音を立て

酒瓶を唇から放す。

 

力なく、右手が酒瓶を握ったまま

肩から垂れる。

 

 

(喉が痛い。)

 

 

すぐに違和感を感じる。

 

自分の意志とは無関係に右手が動いたのだ。

 

なぜ…

 

思った矢先に今度は首が横を向く。

 

縦に長い姿見が目に写る。

 

そこには頬がこけ

酷くやつれ

無精髭を蓄えた

貧相な男がいた。

 

あの白い空間で身に纏っていた

士官服と同じものを着用していたものの

それは、クタクタにくたびれている。

 

私はこいつを知っている

こいつは…

 

 

(…この男は…!)

 

 

あの写真で気の弱そうで

頬を朱に染めていた童顔の男。

 

 

わずかに面影が残っている。

 

かけ離れた雰囲気に戸惑いを感じるが

この顔立ちはまぎれもなく

あの男だ。

 

 

どうして私が、この男を

見ている?

 

 

姿見のすぐ後ろには

ショウケースのような棚が

用意されている。

 

ガラス越しに数々の勲章が確認出来た。

 

 

『○○鎮守府

 ○○提督殿』

 

 

 

 

 

―!!

―!―!?

 

 

部屋の扉から

 

騒ぎ声が聞こえる。

 

幼い少女のような…

 

 

目の前に放り出された両足が

重ねを解き、机から

足を下ろす。

 

元は、光沢が有ったであろう

豪奢な造りを感じさせる重厚な

机も角が欠けていたり

傷が付いている。

 

 

 

のろのろと億劫そうに立ち上がり

 

扉の前に歩を進める。

 

 

ここまでの動きの流れは全て

私の意思とは無関係だ。

 

頭という檻に意識だけが

閉じ込められ、別の何かが

体だけを操作しているような

不愉快な感覚。

 

 

おぼつかない足取りで

ドアノブに手を掛けた。

 

 

千鳥足じゃないか。

右手に持ったウィスキーボトルは

700mlタイプのものだ。

 

これをどれぐらいの期間で飲んだのか。

 

短時間でここまで飲んだのなら

明らかに飲み過ぎである。

 

 

無造作に扉を開ける。

 

 

 

 

「て、提督さん…!」

 

 

 

金髪の黒いリボンを

頭に結んだ少女が

そこに座り込んでいた。

 

 

 

「…何をしている夕立…。」

 

(!?、口が)

 

 

「今日はこれから出撃だろう。何をそんなとこで

座り込んでいる。不知火も油を売ってないで

さっさと出撃準備に取りかかれ。」

 

 

自分の意思とは関係なく

吐き出される冷たい言葉の数々

 

夕立に膝枕をされているよう

に倒れ込み

抱きかかえられているように

身を預けている彼女…

 

不知火を見下ろす。

 

 

「提督さん!不知火は、限界っぽい!

だって…こんなに傷だらけで…」

 

 

「心配するな、緊急救命装置は積んでいるだろう。

轟沈レベルまで追いこんでも命に支障は無いはずだ」

 

 

「たとえ体は無事でも、このままじゃ

心が駄目になっちゃうっぽい!

お願いだからもう休ませて!」

 

「…。」

 

(右手を挙げて…?)

 

「ふざけんな…」

 

静かに言い放つと、

 

右手のそれを床にたたきつける。

 

けたたましい音とたてて

瓶が割れる。

 

「ッ!」

 

大きな目を潤ませ、

不知火の頭を守るように

抱えて体を縮こまらせた。

 

 

「ふっざけんな!

お前らが勝手に中破、大破してくんのが

悪いんだろうが!!!休みたかったらな!

クソ深海棲艦…戦艦クラスの一隻や二隻、沈ませてこい!」

 

 

「で、でも…でも夕立達は

駆逐艦だしぃ…相手に出来るのは精々

軽巡レベルしか…。」

 

 

「…。」

 

 

空いた右手で

夕立という名の

少女の髪を無理やり掴む。

 

 

「痛いッ!提督さんやめてぇッ!!」

 

 

(ばッ…!何やってんだ!やめろ!)

 

 

ギリギリと力任せに夕立の

髪を上に引っ張る。

 

それでも尚、不知火を庇うような姿勢は

崩さない。

 

キュッとキツく閉じた両目の

端から大粒の涙がこぼれた。

 

 

(頼むから…ッ!)

 

 

「うぅ…ぐすっ…痛いよぉ」

 

 

「…」

 

 

込めた力を解く。

 

小さく悲鳴を上げ

膝立ちの状態から

尻もちをつく夕立を

冷たい視線で見下ろすのを感じる。

 

「…不知火には三日の休暇を与える、

目が覚めたら伝えろ。

ここはお前が掃除しておけ。

あぁそれと夕立、

後で話がある1700に執務室に来い。

わかったな。」

 

 

「ぐすっ…」

 

 

「返事は」

 

 

「はい…っぽい。」

 

 

(惨い…)

 

 

ウィスキーの

臭いが周りに立ちこめ

ツンと鼻を突き抜ける。

 

------------------------------------------------------

 

 

「そう…ですか。」

 

 

今さら珍しいことではありません…。

 

ここでは特に。

 

同じ様に提督に逆らったり、

反論した艦娘はどの艦種であろうと

解体されてきたのを不知火は知っています。

 

伊達にここで長く働いていませんから。

 

ただ不明なのは

解体された艦娘がどうなったか。

 

 

わかりません。

 

 

噂では

艦娘の頃の記憶を末梢され

普通の人間として生活している説や

 

そのまま命を奪われている説。

 

艦娘としてここに存在している身としては

前者であってほしいと強く願いますが。

 

 

記憶など、どうやって操作するのか

その実、どうなのか。

 

 

「これで何人目かしらね。

もう数えるのも疲れちゃった。」

 

 

諦めたように苦笑する愛宕さんは

肩を竦めました。

 

 

 

 

ガチャ…ギィ

 

 

 

医務室のドアが軋みながら

ゆっくりと開きます。

 

 

この医務室の扉の装飾は

不知火は好きでした。

 

少し、レトロな雰囲気の

見ていて落ち着くような

少しくすんだ金のドアノブも中々

不知火的には高評価です。

 

それがあった、空間には

右手に酒瓶を持った司令が―

 

 

 

ああ、また飲んでらっしゃるのですね。

 

 

 

喉を鳴らしてお酒を煽る彼の姿は

見ていてとても痛ましく感じます。

 

 

 

 

そんな司令がこちらに―。

 

 

 

 

「…不知火」

 

 

 

「司令…。」

 

 

 

「て、提督!」

 

 

 

「準備しろ、出撃だ。」

 

 

 

「承知しました…。」

 

 

 

「提督…もうちょっとだけ様子見るくらいは

時間あるでしょ?不知火ちゃんはまだ、

起きたばかりなの。ね?」

 

 

 

愛宕さん、いけません。

 

 

 

今の司令に逆らっては―

 

 

 

「おい。」

 

 

 

 

 

ボトルの中に残った

お酒をそんなにいきなり飲んでは

体に毒です。

 

 

 

しれ―

 

 

 

 

ガラス片が壁にぶつかり

幾層にも重なった、破砕の音が

木霊します。

 

 

 

 

司令が医務室の壁にボトルを

叩きつけていました。

 

 

 

それの下半分は爆ぜ、

鋭利な刃物に姿を変えました。

 

 

 

「!」

 

 

 

「出撃と言ったら出撃だ。何度も

同じ事を言わせるな。」

 

 

 

その凶器を私たちに向けます。

 

 

 

深海棲艦の攻撃を受けても不知火達は

そのダメージを身にまとう服が

障壁として肩代わりしてくれますが

それはあくまで艤装を装備し

船としての能力を得る、つまり

艤装の加護があってこそ出来る芸当です。

 

 

 

地上、艤装を装備していない

不知火達など

船の記憶を持った人間に変わりは

ありませんでした。

 

 

当然、刃物や銃弾はこの肉を裂きます。

 

 

 

 

「提督、それを

下ろして頂戴。」

 

 

 

 

愛宕さんが不知火の前にでます。

 

 

 

「愛宕…お前もだ。お前も出撃だ。

旗艦はそうだな、いつも通り不知火、お前だ。」

 

 

 

「いい加減にしてよ!

もう、うんざりなの!

不知火ちゃんも私も!」

 

 

 

正直、驚きました。

普段とてもおっとりしている彼女が

ここまで激昂する姿を不知火は見た事が

ありませんでしたから。

 

 

愛宕さん、不知火なら大丈夫ですから

お願いです。

逆らわないでください。

 

 

「なんでこうなっちゃったの…

ねぇ!あなたはそんな…

そんな人じゃなかったでしょ!」

 

 

 

「出撃準備だ。」

 

 

やはり耳を傾けてはくれませんか。

 

 

「由良ちゃんのときも、

そうやって突き放したの?

夕立ちゃんにしたように解体したの?」

 

 

 

「あの子が沈んだから?

自分のせいで勝手に沈めたくせに…

不甲斐なさのストレスを私たちに向けないでよ!!!」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

一瞬の事でした、司令が左手で愛宕さんの首を

掴んで、床に抑え込んだのは。

 

 

 

 

「…ッ!」

 

 

 

「図に乗るなよ愛宕。」

 

 

喉元を絞め上げ

抑えつけたまま司令は愛宕さんの上に

馬乗りになりました。

 

 

 

そして右手を振り上げ―

 

 

 

 

それ以上はいけません!

 

 

 

 

「司令!不知火は大丈夫です!

いつでも出撃できます!

愛宕さんを放してください!」

 

 

気が付いたら不知火は

ベッドから飛び降り、

司令が振り上げた右腕を

不格好にまともに力の入らない両腕で

巻きついていました。

 

 

 

ですが、やはり

病み上がりの体は思うように

動いてはくれませんでした。

 

 

「邪魔を…するなぁっ!」

 

 

肘で腹部を打たれ

前につんのめってしまいました。

 

 

 

それと同時に愛宕さんが苦しみから

開放されようと体を大きく

横に揺らしました

 

 

 

司令はバランスを取ろうと

大きく手を振り…

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

 

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