※この作品はR-18です。

錆びた涙   作:卵白

11 / 32
イ級

 

 

 

…クワセロ…

 

…シニタクナイ…

 

…イタイ…イタイィ…!

 

…イキタイィ…ワタシハ…マダァ…!!!!

 

 

 

頭の奥から徐々に大きくなるその声

頭という壁に響いて、反響して大きくなる

 

重く深くネットリとした呪詛、

 

生きたいと思う願望が様々に形を変える

『生』という純粋な思い

『生』という純粋な憎悪

 

 

 

 

生きたいのに生きられない

自分だけが沈んで、

他者が生きているという事実への

憎しみ

 

 

それら矛盾し混沌した切望の声が

脳内を荒らす

 

 

 

 

沈んだ者の呪いの言葉

 

 

 

 

薬を打ち込む事で体に移植した

深海棲艦の心を解放して

一時的に意識の一部を明け渡す、その行為は

 

 

力を得る代わりに人間の意識に

ダメージを与える。

 

 

 

 

 

抑圧したはず、

遮断したはずの『痛覚』が

CPUの制御下を離れて

頭痛を引き起こす

 

 

メキメキと編み目のように張り巡らされた、

血管という血管に脳を閉めあげられるような感覚。

 

 

 

 

 

 

左目にノイズが走る。

 

画像処理を後回しにし、

CPUが高速処理で意識の制御を最優先

しているのがわかる。

 

 

 

次いで、ボコボコと血液が沸騰するような

全身を掻き毟りたくなるような痒み

 

 

 

そのかゆみはやがて、右腕の義手と

生身の接合部に集中し―

 

 

 

 

―肉が爆ぜた

 

 

 

 

 

 

そこから、人工の筋肉でない

幾つもの青黒い液体に

まみれたピンクの筋繊維のような

細長い触手が鞭を振るう如く

ヒュンヒュンとうねって

勢い良く飛び出す。

 

 

 

 

1本、2本、4本、8本…

 

 

 

 

階乗に増えていくそれは、肘から失われた

腕に幾重にも巻き付き次第に

とある形を形成していく

 

 

 

生身の肉と機械の接合部を覆うような

 

 

 

『剥き出しの臓物』

 

 

 

肘から先は心臓のように鼓動を繰り返す

極端に肥大化した肉の塊、

 

 

 

 

 

新しく形成された

右腕を大きく天に向かって

振るうと肉塊の至るところを突き破り

鱗のような物が覆い始める

 

 

 

やがてそれは一部を除いて

肘から先を覆った。

 

 

 

覆われない部分から一対の青く濁った

『目』がギョロリと覗いた。

 

 

 

そして、肉塊の先端がバックリと割れた

かと思うと上下に白濁した『牙』が

上、下と交互に生え始める。

 

 

 

 

 

 

春雨「あ、あれって…!」

 

 

 

満潮「…イ級!?」

 

 

 

 

 

二人は

一目でそれが何かと理解した。

 

 

普段から己たちが狩る、

忌むべき存在の一つ。

 

 

深海棲艦イ級だ。

 

 

 

 

イーゴの右腕、肘から先は

イ級の頭部と化していた。

 

 

 

…

 

 

 

左目のノイズが止む。

 

 

CPUの処理が終了した合図だ。

 

 

 

左目に青いフィルターがかけられたように

世界が薄い青に覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

-適応完了しました-

 

 

-効果持続時間中に目標を駆逐して下さい-

 

 

 

ひどく冷静になる。

 

 

イーゴ(以前もこうだったか)

 

 

 

 

 

新しく形成された右腕を見下ろす。

 

 

自分の意識で開閉する

 

大きな顎。

 

 

 

その口腔から露出する長い舌。

 

 

舌なめずりすると

 

 

 

失ったはず『食欲』が芽生え始める。

 

 

イーゴ(とても、お腹空いた…)

 

 

イーゴ(とっても…)

 

 

 

 

視線を前に向けると二つの黒い影が

こちらに向かってくる。

 

右目を瞑り、

青い視界のみに環境を委ねる。

 

右手の顎を閉じる、

黄ばんだ粘液をまき散らし

舌を収納する。

 

右手を抱えるように

体を捻って…

 

 

 

 

 

ロ級[Haaaaaaaaaa!!]

 

 

 

 

顎が飛びかかる

 

 

 

…

 

 

 

目を疑いました。

 

右手を失ったイーゴくんが

首筋に何か、

注射器のような物を突き刺したと

思った次の瞬間に

 

 

腕が…ううん、

 

 

イ級が『生えて』くるなんて。

 

 

 

イーゴくんにあの二匹が!

 

 

燃料サルベージ用の器具と主砲のみの装備で

あの二匹に太刀打ちなんてできないよ!

 

 

ただみてるしかできない自分が歯がゆかった。

 

 

 

 

?

 

 

 

イーゴくんが体を捻って…?

 

 

 

 

 

ガゴォォン!!

 

 

 

 

!

 

 

 

まるで高密度の鉄の塊同士がぶつかり合うような激しい鈍い音が耳を貫きました。

 

 

 

ハ級の体が浮いた!?

 

 

 

 

イーゴくんが、捻った体を目にも止まらない

早さで反転させたのに数テンポ遅れて気がつきました。

 

 

下からすくい上げるように、ハ級の顎を砕いたんです。

 

 

折れた牙を散乱させながら、吹き飛ぶ

黒いソレ。

 

 

数メートル吹き飛んだ所で水しぶきをあげて

着水しました。

 

 

ハ級はそれから沈黙し、

動かなくなりました。

 

 

 

…

 

 

-出力設定-

 

→[Full]

 

 

 

体を反転させ、その勢いのまま

右手を水面から天に向けて

突き刺す。

 

 

 

ガゴォォン!

 

 

 

捕らえた確かな手応え、

衝撃が装甲を砕き、中の肉を穿ち

一直線に頭部を貫く。

 

 

 

 

 

 

バシャァァン!

 

 

 

 

 

小型トラック程もあるそれが

巨大な水しぶきを上げて落下する。

 

バシャバシャと駄々をこねる子供のように

しばらくのたうち回ると目から光を失った。

 

沈黙したのだ。

 

 

 

 

-ハ級モデル 反応ロストしました-

 

 

 

 

 

 

 

 

次

 

 

 

 

 

 

振り上げた右腕が重力に従うように

肩から垂れた。

 

 

-右腕 温度上昇中-

 

 

-放熱します-

 

 

右肩の接合部からスチームが吹き出し

排熱する。

 

 

フシュゥゥゥゥ…

 

 

旧式の右腕、エネルギー効率が

最新鋭の物よりも出力も稼働効率も

遙かに劣るその義手がダラリと垂れる。

 

 

 

私の義肢は

一度、最大出力まで力を引き出すと

高温まで熱せられる。

そのため

身体保全を優先して安全機構が備わっていた。

 

 

 

 

熱の放熱、充填このサイクルを経て

やっと稼働できるようになる。

 

 

 

現在はまだ『排熱』のステップだ。

 

 

 

海面に蒸気が立ちこめ

霧を作る、潮風に流されて

さながら海抜0mに形成された小さな雲。

 

 

 

 

-右腕 熱量 再充填-

 

 

 

-体温 尚も低下中 注意してください-

 

 

 

高温に達した右腕とは真逆の現象

 

生体部分への

熱の供給を犠牲にした結果が

これだ。

 

 

体が震えてくる。

 

左目を前に向けると

 

 

 

屍と化したハ級の横を通り過ぎ

 

次にロ級が海面を進みこちらに接近して

くるのが視界に入る。

 

 

 

 

右腕は未だに再充填中だ。

 

 

 

血液を失い、体温という

熱をも義手に奪われ

意識が朦朧としてきた

 

 

 

これは痛覚とかそういう

レベルの問題ではない

 

 

身体が活動限界に近い事を示している。

 

 

 

 

左目の視界に映る世界の上下が曖昧に

なってくる。

 

 

 

生体部分の脆さを痛感した。

 

 

 

 

 

 

 

満潮「お、おい!深海やろ…イーゴぉ!」

 

 

 

 

 

 

満潮お嬢様の声で、

吹き飛びそうな意識を留める。

 

 

 

 

 

今度は左肘を折り

抱えるように体を捻る、

左腕の機関を覚醒させる。

 

 

 

 

-充填中-

 

 

 

 

…タイミングを見計らって…

 

 

 

ロ級[Syuuuuuuuuuuuuuu!!]

 

 

 

体を喰わんするばかりに凶悪な顎が

迫る。

 

 

 

 

-距離4.0m-

 

 

…まだ

 

 

-距離3.0m-

 

 

…まだだ

 

 

 

-距離2.0m-

 

 

…あと、もう少し

 

 

-距離1.0m-

 

 

…

 

 

 

-距離0.5m-

 

 

 

…!

 

 

 

 

 

右足の大腿筋に力を込め

片足が支えるには極端な負担の

出力を生み出す。

 

私の体は左横に弾けるように跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-距離零-

 

 

 

 

…ッシ!!

 

 

自分が『いた』空間を

黒い凶暴が通り過ぎようとしていた。

 

横っ飛びの体を

左足で踏ん張り、

今度は逆の方の足で同じように

横に弾け跳んだ。

 

 

まったく異なる真反対のベクトルによって

 

両足を支える義足の人工筋肉が

内部でブチブチとちぎれるのが

わかる。

 

 

これをはずせば、もう動くことも叶わないだろう。

 

 

 

 

 

 

勢いそのまま体を捻り

 

 

そして…

 

 

 

 

 

-充填完了-

 

 

 

 

 

-射出-

 

 

 

 

 

ズ…ゴン!

 

 

 

 

 

鉄の塊を巨大な釘打機で打ったような

そんな鈍い音が海原に響く。

 

 

ロ級モデルの横の腹に左手の平から

飛び出したアンカーを打ち込む。

 

 

正面に突っ込んできたはずの体は

 

ベクトルを無理矢理90度変えられ

真横に吹き飛んだ。

 

 

 

水面に体を擦りつけるように滑り、

徐々に勢いを失い静止した。

 

ーあろうことか

満潮お嬢様の目の前で

 

 

 

 

イーゴ「満潮お嬢様お逃げ下さい!」

 

 

 

両足が機能停止し、

両膝を着いて倒れないようにするだけで

精一杯だった。

 

 

ロ級のダメージは確かに

深刻そうに見えた。

 

だが、運の悪いことに

致命傷に至らなかったようだ。

 

現に目の前の満潮お嬢様に襲いかかろうと

していた。

 

 

 

 

-充填完了 右腕使用可能です-

 

 

右腕の充填が終了した。

 

左目の視界から兵装選択ウィンドゥを

開く

 

-兵装選択-

 

→5inch単装砲

 

 

深海棲艦化の『遠距離兵装』

 

実際、イ級に装備されているソレは

私にも使用できた。

 

右腕をロ級の背に向けて

顎を目一杯開く。

 

すると唾液に塗れた

砲身が舌を押し退け

喉の奥から回転しながら

出現する。

 

 

 

 

 

-Fire-

 

 

 

ドン!!!

 

 

砲弾が一直線の軌跡を描いて

放たれる。

 

膝立ちという不完全な姿勢で

撃ったため、反動を吸収しきれず

 

体は後方に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

ゴォン!!

 

 

 

 

 

 

 

ロ級[Gyaaaaaaa…!!]

 

 

 

 

 

 

吹き飛ぶ瞬間に、ロ級の背に着弾を

確認する。

 

 

煙をモウモウと上げて、その黒い巨体は

満潮お嬢様に覆い被さるように倒れ込んだ。

 

 

 

満潮「キャァ!!」

 

 

 

 

 

バシャア!!

 

 

 

背中から海面に突っ込む。

 

 

 

左目のウィンドゥに、あるポップが

表示された。

 

 

 

 

 

 

-ロ級モデルの生体シグナルの消失を確認-

 

 

 

 

 

…

 

 

 

 

 

春雨「満潮ちゃん!」

 

 

 

 

上体だけを起こすと、

春雨お嬢様が絶命したロ級の下敷きになった

満潮お嬢様の手を引っ張り引きずり出そうと

していたのが目に入った。

 

 

 

 

ロ級の腹部の柔らかい部分が覆い被さった

おかげで大事には至らなかった。

 

 

 

 

ようやくその姿が確認できた

 

が、髪も服も

青黒いロ級の体液

によって汚れていた。

 

 

 

彼女は少し涙目で嘔吐(えず)いていた。

わずかに深海棲艦の体液を

口に含んでしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

一方、私は未だに動けずにいた。

 

右腕は充填中で稼働不能。

両足の人工筋肉は破断しており

体を支える事は出来ない。

 

左腕も射突機をフルの出力で放ったため

使いものにならなかった。

 

 

そんな私の姿を見て、

春雨お嬢様が満潮お嬢様を支えてこちらに

近付いてきた。

 

 

満潮「ゲホッ…コホッ」

 

 

 

 

春雨「イーゴくん!大丈夫!?」

 

 

 

 

 

イーゴ「…」

 

 

 

春雨「…い、イーゴくん?」

 

 

 

 

満潮お嬢様から…

とても良い『匂い』がする

 

 

 

春雨「?、なによ…なに見てんのよ」

 

 

 

 

その香りは嗅覚を伝い

覚醒した食欲を刺激する。

 

 

近付けば近付くほど濃厚になるそれ。

 

 

 

 

 

 

…クワセロ

 

 

 

 

 

 

ガバッ

 

 

 

 

 

 

動かないはずの体が駆動する。

 

上半身の筋肉を駆使し、

首をもたげて

春雨お嬢様の肩にもたれかかっている

満潮お嬢様に噛みつくように襲いかかる。

 

 

 

 

-制御下を離れています-

 

 

 

-危険です-

 

 

-システムをシャットダウンを推奨します-

 

 

 

-システムをシャットダウンを推奨します-

 

 

 

 

-危険で

 

イーゴ(邪マ…!!)

 

 

 

 

目の前の餌に襲いかかる。

 

小柄な少女に覆い被さる

 

じたばたと体の下でもがくが

再起動を果たした

両腕により、その行為は阻まれる。

 

 

 

満潮「ちょ・・・ば、ばか!

離れろこの深海野郎!」

 

 

 

 

春雨「い、イーゴくんダメぇ!」

 

 

 

 

右肩を何かに掴まれたが

それを振り切り

小さいその体を覆う

 

衣服を裂いた。

 

ほんの少しピンクを帯びた

まだ成長途上な未熟な胸、

くびれの少ない腰

が露わになる。

 

その肌は、深海棲艦の青黒い体液で

所々塗れている。

 

 

…ゴクリ

 

 

極上の餌を前にして

自分ものでない、

仮初めの本能が首をもたげる

 

 

 

舐めたい

食べたい

 

 

ああ、こんなにも魅力的なごちそうが・・・

少女という無垢な皿の上に塗りたくられた

『俺』にとってのごちそう

 

 

 

欲しい…

 

 

…ホシイ

 

 

 

…

 

 

 

 

春雨「きゃあ!」

 

 

満潮ちゃんを支えてイーゴくんに近付いたけど様子がおかしかった。

 

遠くから見てただけだったけど

体がボロボロなのは理解しているよ。

 

でも、顔色も悪くて膝立ちしている

その弱った体は

なんだか『幽霊』みたいにも見えた。

 

 

 

そんなボロボロなイーゴくんが満潮ちゃんに

襲いかかったのに、私は止められなかった。

 

 

 

 

 

油断していたんだ。

 

 

呆気にとられる私を後目に

 

 

私の肩から引っ手繰るように

嫌がる満潮ちゃんに

覆いかぶさり服を裂いた。

 

ダラダラと涎を流すその姿は

普段の紳士的な態度で私たちに接する

彼とは同一人物とは思えなかった。

 

 

獣のように、

主人に甘える大型犬のように

その体に付着した深海棲艦の体液を

『舐め』ていた。

 

 

 

 

やわらかい腹部、

しっとりと汗に塗れた首筋

 

 

それらを味わうように

執拗にじっとりとその舌を這わせていた。

 

 

満潮ちゃんは恥ずかしさからか

頬を赤くしていた。

 

 

 

 

 

満潮「はっ…あぁ…!

だ、ダメだってば…

目、目ェ覚ましなさいよ!!」

 

 

 

 

イーゴ「ジュルル…ゴクンゴクン…」

 

 

 

 

 

ぼーっとしてる場合じゃない!

 

 

満潮ちゃんが危ない!

 

 

 

早く止めさせないと!

 

 

 

 

 

 

 

春雨「イーゴくん!目を覚まして!」

 

 

 

 

 

 

彼のイ級の右腕に抱きつくけど、

凄まじい力で振り払われてしまった。

 

 

 

 

尻餅をついて

少しひるんでしまった。

 

 

 

 

 

こうなったら…

 

 

 

 

 

春雨「イーゴくん…ごめん!」

 

 

 

 

 

唯一装備していた単装砲を

外さないように無防備な比較的

面積の大きい彼の背に

 

良く狙って打ち込んだ

 

 

 

 

 

ドォン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着弾した砲弾の勢いそのままに

その体は吹き飛んだ。

 

 

 

 

そして、完全にのびた事を確認した後に

涙目でうずくまる

彼の唾液まみれとなった

満潮ちゃんに駆け寄った。

 

 

 

 

帰ろう…鎮守府に

 

 

 

…

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。