その子は、あの家におぞましいものを感じていた。
村の良家に生を受けたとしても、上に五人も男児がいれば、そこに末弟の居場所はない。
明日には生まれ育ったこの家を発ち、新たなお屋敷の世話になる――お
しかし……
先日行われた相手先――呉服問屋の主人との顔合わせ。そこで少年は、その男を酷く恐れた。これからお世話になります
このような不快感は、これまで受けたこともない。
本能的に察する危機。
あの家にいては、我が身がどうなるか判らない。
ゆえに――逃げた。
逃げ場のない、小さな我が家の中で。
囲いの外にはひとりで出ることはできない。
だから、彼にできるのは両親の手中で身を隠すことだけ。
あまりに無力で――ささやかな抵抗。
しかし、そうせずにはいられないほど、六彦は明日からの自分を案じていた。
そこで――出逢ったのである。
近づくことを禁じられた土蔵の鍵は、古く、錆び落ちていた。
扉を開けて入ってみた室内は、奥と手前は木枠の格子によって区切られている。
彼の小さな身体であれば、そこを潜り抜けることなど訳はない。
ここであれば、大人たちから逃れてしばらくひとりになれそうだ。
格子の向こう側は暗くて中を見通せない。
だが、中に誰がいることもないだろう。
そう……思っていたのに……
信じられないことに、そこには先客がいた。
「ほぅ? このような隔離の間に
慌てて引き返そうにも――どうしたことか、叶わない。
容易にくぐれたはずの木目の柱の間に、不可視の幕が張られているようだ。
そこは――一方通行の座敷牢。
来るものは拒まぬが、一度入れば二度と朝陽を拝むことはできない。
知らず知らずに彼が迷い込んだのは、そのような場所だった。
しかし……
このような場に囚われるには似つかわしくない人だな、と少年は思った。
「お
部屋の真ん中で胡座をかくその女は、ただの人間ではない。
頭の上には大きく尖った耳。
背中の後ろでは先の白い毛筆のような尻尾が揺れている。
その毛並みで気づいたが――彼女の髪は見たこともない色――それはまるで、秋の月に照らされるすすきの大河。キラキラと輝く
人間離れした神々しさと、獣としての愛らしさに思わず目を奪われていたが――彼の心が惹きつけられていたのはそれだけではなかったようだ。
「ふむ……その顔立ち、
その者が立ち上がったことで顕になる雌の証。
獣のように全身を毛で覆っているのではなく、人肌の中に残されたのはごく一部。
脚と脚、その付け根、内側、いわゆる股の間。
そこだけに残された控えめな毛皮。
たわわに実った稲穂が地肌に合わせて波を打ち、一筋の谷へと両側から流れ込んでいる。
そこには、少年の身体にあるものが、狐には無い。
だが、無いからこそ男はそこに惹きつけられる。
幼き
ただ、呆然と――
近づいてくるそこに魅入られていた。
が、ふたりの均衡は指一本で破られる。
「ククッ、立派なナニが
少年自身すら気づいていなかった
女にはあり得ない場所の膨張。
そこをツンと突かれただけで――少年は思わず蹲る。
「あっ、ぅあっ!?」
皺々に連なった方ではない。
その手前に、トロリとぶら下がっていた方だ。
ここに異変が起きていることは覗かなくても判る。
既に、ぶら下がってなどいない。
少なくとも、ぶら下がれるような状況ではない。
突然柔らかさが失われ、熱く、布地に触れているだけでむず痒くなってくる。
初めて身に起きた異常。
六彦は訳も解らず蹲って震えていた。
その恐怖からか、彼の身体も少しずつだが元の形を戻していく。
しかし……
「どうした童、これしきのことで腰を抜かしたか?」
獣の部位が生えていても、彼女の多くは人である。
その
これは、悪いことであると。
これは、恥ずべきことだと。
誰に教わったわけでもない。
ただ、己の中に芽生えていた男としての自我で――本能的にその抱擁から逃げ出していた。
「オイラ……オイラの身体は……!?」
狐に触れられる度に胸が焦がれ、股の間が腫れ上がる。
尻を擦るように後退る
「ククク……それはな、ワシが
「呪い!?」
つい見やったその先には裸の女性。
その眩しさを直視できず、六彦は再び畳に目を落とす。
少年の初々しい反応に――狐はもっといじめてやりたくなってきた。
男の子の、男の部分に向けて。
「いかにも。既に我が子がヌシのマラの中で暴れまわっておるわ」
腫れてしまったのは小さな狐の所為……!? 六彦は恐ろしさに背筋を凍らせる。
だが……
今度は鼓動が収まらない。
もう、間近に迫る裸の狐を意識せずにはいられない。
どんなに深刻な疾患を抱えていても……それ以上に、女を意識してしまう。
「お……お稲荷姉様……如何にすれば許されましょうか……!」
狐に呪われたのである。
これはもう、
お母の言いつけを守らなかった罰だ。
六彦はひたすらに頭を下げる。
ワシを神と崇めるか――腹の足しにもならぬ
そう、腹の足しになる物を貢いでもらわねばなるまいて。
「ヌシに宿した我が分身をワシに返し、ふたりの間に子を成せば収まるじゃろうて」
これを聞いて、見上げた六彦の顔は青い。
狐様に返すということは……
――マラを千切り取られる!?
「これはぁ……! ここだけは切らないでぇぇぇ!!」
男がその象徴を奪われたら……どうなるのだろうか? 女になるのだろうか?
想像もできないが、何か言葉にできない大切なモノが失われてしまいそうな気がする。
これに、狐には溜息しか出ない。これが無知、というものか。性を伝えることの何と難しきことよ。
「奪いはせぬ。ただ……ヌシのマラを
ココと聞き、その場所を視認するため、六彦は何気なしに顔を上げた。
そこに何があるかも知らぬまま。
だが、そこで目の当たりにしたのは――
「うひゃぁ!?」
これには思わず後ろへひっくり返り……部屋の隅へと逃げ込んでいた。
そして、狐に背を向け、膝を抱えて恐れ慄いている。
見た……確かに見た……!
お稲荷姉様が、股の間に
涎を垂らしたもう一つの口が、自分を喰らおうと狙っていた!!
やっぱり……オイラのマラは……もう……!
怯えさせてはしまったが――狐にとって、この無様な醜態は見ていて小気味よい。
まさに予想通りであり、理想的な畏怖である。
だが、決して自分からは押し倒さない。
徐々に理性を屈服させて――恐怖と欲望の間で葛藤させてやろう。
ゆえに、狐の口調は酷く優しい。
童の背をゆったりと
だが、その言葉選びには品がない。
「ワシのオメコにヌシのマラを挿し入れての、腰を振るえば先から子種が飛び出してくるわ」
喰われない……のだろうか……?
少し開きかけた男心の隙間に、女は容赦なく塩を塗る。
「そして産まれる子供の父親はヌシじゃ! 子狐たちから、お父、お父とまとわりつかれるじゃろうて」
オイラがお父に……? それもケモノの……!!
そもそも、自分とてまだまだ子供だというのに!
牙の生えた毛むくじゃらの子供など、どうやって育てていけというのか……!
「嫌じゃ……そんなの嫌じゃぁ……」
父にならねば、呪いは解けぬ。
呪いを解けば、ケモノの親。
もうどう足掻いても、絶望の未来しかない。
「……死ぬ……死にたい……」
もはや舌を噛み切るしかない――その覚悟を固める六彦に、狐はすかさず先手を打つ。
「フン、そう簡単に死ねるのなら、ワシもとっくに死んどるわい」
狐は童を抱いていた右の腕を離し、獣らしからぬ五本指の一つに牙を立て――
バキリ。
骨の砕ける音は、少年の耳にも届いた。
「……見るがいい」
再び抱き直した彼女の指は一本足りない。
これに六彦は、恐怖よりも哀れみを強く感じた。
ここは豊かな村ではない。
凶暴な自然と向き合って生きていく以上、怪我をすることもあれば、死ぬこともある。
指の一本や二本、飛ばしてしまった者は珍しくもない。
しかし、ここから先を見るのは、六彦とて初めてのことだった。
「え――え――!?」
傷口から骨が伸び、それを肉が包み込んでいく。更には皮膚も、そして先端の爪さえも綺麗に元に戻ってしまった。
「この牢には術が施されておってな。何度身体を砕いてもこの通りじゃ。死のうとしても苦しむだけじゃぞ」
何百年もの間、狐とて大人しくしていたわけではない。あらゆる抵抗を試み、諦め、死を選んだところでそれすらも拒まれる――童の悩みなど、これまでの年月と比べれば些末事である。
だが、それを思い知らせてはならない。
希望を根絶やしにしてはならない。
きっと、少し待てば家の者が助けに来ると信じているはずだ。
しかし――現実はそう甘くはない。
座敷牢の中と外では、時間の流れが違うのである。
少年が気づかなかったように、外から眺めようにも中は闇に包まれている。
一方、中から外はすべて見通すことができるようだ。
それで、気付かされてしまったのである。
忌々しい現実を。
自分をここに封印した後――人間どもが何故か格子の前から動こうとしない。
不思議に思って注意深く観察してみると――とてつもなくゆっくりと、踵を返そうとしていたようだ。
これに、
勿論、手を出すこともできない。
ただただ、勝者の背中を見せつけられるだけ。
それも、間抜けた鈍足で。
目と鼻の先にある扉に辿り着くのに、実に四半刻は掛かっただろう。
その間、狐は悔しさに狂いそうだった。
あのときの屈辱は、いまも忘れてはいない。
しかし……
絶望も過ぎれば何も感じなくなる。
それでは面白くない。
ゆえに、狐は分かっていながらそれを伏せる。
「クククッ、外の誰かが気づくのが先か、ヌシが我が子に折れるのが先か……?」
小僧が抱える脛を撫で、そのまま指を腿へと移す。まどろっこしく、焦れったく、心が嫌がっているところ――その意に反して身体が欲しがっているところ――が、子供と
来て欲しい。
だが、身を許してはならない。
このせめぎ合いは際どいところではあったが――少しばかり、理性が上回った。
「――む」
我ながら手緩すぎたか、と狐は呻く。
少年は誘惑を断つために、あえて姿勢を崩した。
膝を伸ばして、うつ伏せに、
もう、決して誰にも触れさせないように。
誰の手も届かない場所へと。
しかし……
「――!?」
彼の身に押し寄せてくる不可解な衝動。
生まれて始めての感覚に、男の子は腰が抜けそうになってしまった。
その上――
「む、はむ……ふむぅ」
狐はその背に覆いかぶさり、少年を悩ませ続けている。
麻の上から肉の割れ目を覆う毛の塊を擦りつけ、
胸にぶら下がるふたつの脂肪をその背で捏ね回し、
無防備な耳を、柔らかな唇で優しく甘噛している。
幼き男児は、成熟した女の
だから、だろう。
彼はそこに注意を払っていなかった。
どこに注意を払って良いかも判らなかった。
ただただ己を守っているだけ――のつもりだった。
既に雌狐の手中に落ちていることにも気づかずに。
「ほぅ、床を相手に事を成すとは……ククッ」
少年には、彼女が何を言っているのか理解できない。
理解する余裕もない。
が、気づいたときには遅すぎた。
彼が、込み上げてくるものを自覚し始めた頃には。
「ん、ん……はぁ……」
最初は邪魔に凝り固まったものを解そうとしていたのかもしれない。
しかし、いまでは明確に知ってしまった。
そこを擦り付ければ擦り付けるほどに、快感を味わえる、と。
だが、それと同時に別のものも膨らんできている。
生理的に打ち鳴らされる警鐘――それは男児の沽券に関わるだろう。
しかし、彼はそれを止めることができない。
「お稲荷姉様……か……厠に――」
少年からの必死の懇願。
もはや猶予は
だが、それを嘲笑うように、狐の舌が幼い首筋を攻め立てる。
「この部屋からは出れぬと言うたろう? さぁて、どうする小僧」
食すべきではない場所を、唇によって弄ばれている。
美味くもないところを、一方的に味わわれている。
少年には、何故狐が楽しそうなのかは解らない。
だが、
そしてそれは、ついに子供の限界を超えた。
ビクン、ビクン、と痙攣する腰。
これに狐は、笑みを抑えられない。
「ククク……とうとう果ててしまったようじゃのう?」
さて、精通の感想は如何ほどか、と悪戯っぽく唇を寄せるが――
「ぅ……ぅぅ……ごめんなさい……」
この歳にもなって
あまりの情けなさに、六彦には泣きじゃくらずにはいられない
予想外の反応に、狐のうちにも罪悪感が湧いてくる。
いや、それとも少し異なるか。
「もう良い。とにかく濡れた着物を
めそめそと項垂れる小僧を早々に立たせると、袴の腰を緩めて下ろす。続いて褌も解いてやると、その中はまだ皮がかぶっていた。そこには、先程までの活力がまったく感じられない。余程の悔恨を抱えているのだろう。
その罪の意識を、狐は抱擁を以って
「気に病むな。男子たれば、堪え切れないこともあるものじゃ」
六彦には、狐の言葉の意味は解らない。しかし、柔らかな胸は心地よく、己の失態も許される気がしてきた。
心が落ち着けば、次第に外に意識も向いてくる。裸の女性に抱かれているという現実が、彼の男の部分にトクントクンと邪なものを送り始めていた。
股の間にせり上がってくる男の身体に、狐の雌も蜜を滴らせる。彼女の中に、母性などは既にない。芽生えてきたのは、己の性を充足させるための純粋たる欲望。
「そうじゃ、何も案ずることなどないぞ」
少しだけ膝を屈め、天を向いた雄の頭を、雌の溝へと
そこは温かく、滑らかで、胸とは異なる心地よさを少年にもたらしていた。
「ん、んん……はぁ……」
ゆっくりと腰を前後させる狐に合わせて、六彦もまた、腰を振り始めている。だが、彼は気づいているようだ。その中には、更に奥深くへと通ずる洞があることを。
そろそろ、頃合いか。
「さ、来るが良い」
男の子を胸に抱いたまま狐は尻を搗き、畳に背を付け横になった。
女の腹の上で、六彦は相変わらずなぞり続けている。その入口を感じながら。
「どうした?
露骨に誘われては心が揺らぐが、少年は少年なりに堪えている。
「で、でも……赤子が……」
この中ではきっとこれまで以上の快楽が待っていることだろう。
しかし、その先に訪れるのは未知なる恐怖。
それでも本能には抗えず、
こんな子供を堕とすことなど、大人の雌なら造作も無い。
「ならば、先だけ
先だけなら――少年の葛藤は簡単に折れた。
待ってましたと言わんばかりに――チュプリ、と。
だが、これだけで我慢できるはずがない。
そのままの勢いで、ズブリ、ズブリと
「あ……あ……あぁ……っ」
蕩けるような温かさに、少年は思わず緩みきった溜息を漏らす。
駄目なのに……こんなことをしていては、狐の子が産まれてしまう。
しかし、そんな未来をすべて吹き飛ばすほどに、雌の
少年は先ほどの床とのまぐわいを思い出す。
ここは、床のように硬くも冷たくもない。
温かくぬるぬるとまとわりつかれては、まさに腰を振るためにあるようなところだ。
しかし、それだけは……本当にいけない……!
が、雄の理性は、雌の前では至極脆い。
「そう簡単に子種は溢れぬよ。軽く動かすだけなら問題なかろう」
なるほど、軽くなら――こうして少年は過ちを繰り返す。
快楽の沼に足を踏み入れ、ひと撞き、ふた撞き――それは次第に早くなり、貪るように打ち付けてゆく。
その上――
「あんっ、はぁ……っ、いいぞ……もっとじゃぁ……!」
雌にまで享楽的な啼き声を上げられてはたまらない。
止めるためのあらゆる理由を取り上げられた六彦は、欲望のままに性を喰らい続けている。
そこに、再びあの感覚。
服の中に漏らしてしまった情けない記憶。
しかし、今度はそれが意味するところがはっきりと解った。
いま、噴き出そうとしてるのは尿ではなく――子種。
このままでは、女に子を孕ませてしまう。
だが……
背を抱く女の腕は優しく、
股間を締める女の肉は天へと導いているようだ。
完全に捕らえた――狐はそう確信し、一転して少年に向けて脅し文句を突きつける。
「そんなに激しくしては……子を孕んでしまうのぅ?」
「や……嫌じゃぁ……」
口では拒んでいるが、身体は止まらない。
「いいぞいいぞ……さぁ、ワシがヌシをお父にしてやろう!」
「嫌……嫌なのに――!」
止められない。
もっと欲しい。
女の
「……あっ」
小さく零し、少年の腰が止まる。
しかし、繋がった先には、誤魔化しようがない。
「クッ、クク……ククク……」
ぐったりと力を失っている男児を見ていると、彼の全てを奪い尽くしたようで実に爽快だ。
しかし……
何百年ぶりかの雄なのである。
そう簡単に手放すつもりはない。
そうすれば、きっと――
むくり。
ほぅら、きた。
むく、むく、むく。
再び硬さを取り戻し、股ぐらを力ませても抜けることはない。
この場で子供の一匹でも飛び出せば、雄といえども躊躇しただろう。
しかし、何も起きない。
目の前には、嬉しそうに微笑みかけてくれる雌が一匹。
男の疼きに――少年は再び腰を動かし始めてしまった。
「あ……や……だ……駄目……っ」
良からぬこととは解っている。
次こそ子が産まれてしまうかもしれない。
なのに……もっと続けたくなってしまう。
さらなる快楽を求めている。
だが……
二度、三度、と繰り返していくうちに、六彦は都合の良いことを考え始めていた。
本当に子供などできるのか?
自分を怖がらせるための虚言ではないのか?
何故なら、こうして――
「あっ、あはぁぁぁ! また
子種を流し続けても、一向に子供など産まれないではないか。
だったら……まだまだ続けたい。
この、気持ちのいい行為を。
六彦は、自身に掛けられた呪いのことなど、すっかり忘れてしまっていた。
***
これは狐にとって、ささやかな誤算だったかもしれない。
「姉様ぁ……おめこぉ……」
さっきまで自分の後ろで尻尾を掛け布団に寝ていたというのに、目が覚めればすぐコレだ。
とはいえ……
「まったく、しょうのない童じゃのぅ」
そう言いながらも、嫌いではないのだから仕方がない。自分の上で健気に種付けに励む童子は、見ていてとても可愛らしい。
幼くも逞しい肉塊に貫かれながら、雌狐はひとつの仮定を立てる。
もしかすると……血肉が復元するように、雄の精も
だとすると、成された赤子も直ちに精へと戻されてしまうのだろうか。
それは、少し寂しい。
この雄と共に我が子を育んでみたい――そう思えるほどに、彼に対して愛着は持っていたのだから。
だが、情を深めれば深めるほどに、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「ククッ、ヌシはまるで猿じゃのぅ」
そう言われて、六彦の腰がぴたりと止まった。
「オ……オイラ……お猿……?」
彼自身にも自覚がなきにしもあらず。
もう服など何日も着ていない。
素っ裸になって恥部を晒し続けている。
そして、考えるのは
それ以外考えられない。
彼はすっかり――女体に籠絡されていた。
だから――
「おぅよ、いずれは顔を真っ赤にして、全身毛むくじゃらになるかもしれんぞ」
以前なら大泣きしそうな狐の脅し文句にも、
「お猿になっても……姉様とおめこ……できる?」
これには狐も少し呆れざるを得ない。これは本当に猿になってしまったのではなかろうか。
「まぁ……な」
これ以上は突っ込まない方が良いだろう。それはお互い様……などと言われては立つ瀬がない。
が、幸いな事に、六彦は彼女については言及しなかった。
「それならオイラ……お猿でいい……!」
パツパツと雌の股を打ち鳴らし、ビュルビュルと満足そうに精を吐き出している。これを
だが……
「やれやれ……産まれてくるのは狐か、それとも猿か……」
当然のように狐を産むつもりであったが、精力旺盛な仔猿を相手にしているうちに、少しずつ不安になってしまった。
それを慰めてくれたのは、他でもない――
「オイラは……狐を産んで欲しいな。だって――」
精一杯手を伸ばして、彼女の頭をポフポフと撫でる。
「お稲荷姉様のお耳、とっても可愛いもの」
いままで童を愛でるばかりだったのに、逆に愛でられてしまうとは……。交わる日々の中で狐のうちに膨らみつつあった感情が抑えきれなくなってくる。
しかし……
「
こんな
「印賀……様……?」
「様は不要じゃ。さ、呼んでみよ」
正確な年齢は判らないが、六彦から見れば明らかに年上である。
それに、数百年ここにいる、と言っていた。
目上の相手を呼び捨てるのは少々気後れする。
だが、本人がそう言っているのなら、そうすべきなのだろう。
「印……賀……」
少し照れながらも、少年は確かにその名を口にした。
これに彼女は、少年以上の照れを禁じ得ない。
数ある雌の中から、自分だけが特別なひとりとなったような感覚。
それでも、まだ足りない。
自分にとっても、特別なひとりに。
命ある限り、自分だけの雄に……!
「して童、ヌシの名は――」
「六彦!!」
少年は、聞き覚えのある声に振り向いた。
それで印賀もようやく気づく。
札によって封じられた錠は解かれ、木戸は大きく開かれていた。時も正常に流れ始めている。
そして、格子の向こう側には成人した雄と雌――おそらく、小僧の両親だろう。
さらには、祈祷師に加えて猟師まで控えている。なるほど、自分を討伐するつもりか。
ずっと扉に足を向けてまぐわっていたとはいえ――これだけの敵意を前に無警戒とは。我ながら牙を抜かれたものだ、と狐は自嘲する。
だが……
彼女が気づかなかったのも無理はない。
事は、全て土蔵の外で進められていたのだから。
少年が家から姿を消したのは明け方のこと。
それに気づいた親族が敷地の中を探し回り、かつて化け狐を封じた土蔵の鍵が壊れているのを発見したのが午の刻。
外から牢の中を覗くことができない以上、いる前提で動かなくてはならない。
必要な人員を集め終わった頃には、とうに陽は暮れていた。
そして――突入。
もし、ふたりがそれに気づいていれば、それはさぞゆったりと、あたかも水の中を歩いているように見えただろう。
しかし、彼女らは、愛し合うことに夢中だった。
お互い、目の前のことしか見えていなかった。
とはいえ、例え迫り来る者たちに気づいていたとしても、彼女らにできることなど何もない。
せいぜい――心の準備くらいのものか。
だが、それすらも許されなかった。
まさに、青天の霹靂。
狐はこのまま少年を攫ってしまいたい衝動に狩られる。
しかし、彼の咄嗟の行動が、彼女にそれを思い止まらせた。
「撃たないで! このひとは……このひとは――!」
自分を庇うように両腕を広げ、人間たちに向けて盾となろうとしている。
自分は、守られている。
雄によって、
雌として。
もう、充分だ。
このような童に守れるほど人の群れは優しくなく、
このような童の守りが必要なほど、獣の力は弱くない。
「六彦や、あまり無理をするでない。なにせそなたは――」
そなたは――
人間なのだから――!
「
それはまるで後光のように、
少年の向こう側から発せられる尋常ではない圧。
「ひぃっ!?」
「あわわわ……」
その一喝で、外の者たちは腰を抜かしてしまった。
あとは――術の通わぬ木片を砕くことなど造作も無い。
畳を蹴り、目にも留まらぬ跳躍。
それはまるで巨大な砲弾の如くに、
鉄の扉を弾き飛ばし、
白塗りの外壁を貫き、
真っ直ぐに、
八つ当たりのように、
遮るものを薙ぎ倒しながら、山へと向かって吸い込まれてゆく。
その様子を見ていた六彦には――何もできない。
立ち尽くしたまま、狐が空けた穴から見慣れた山々を呆然と眺めていた。