※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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A-9 美女達と混浴

 戦闘が長引くと人間種であるヤントラには疲労が蓄積して弱体化が始まる。

 酸素を必要としている身体なので酷使(こくし)すれば肺(はい)が潰れるかも知れない。ただでさえ無茶な戦法を使っているのだから、酸欠も覚悟しなければならない。

 ゲームと違って見えないダメージが気になる。

 レベルが高いお陰でステータス的にはガゼフ達よりは余裕だろう。

「………」

 全ての天使が炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)というわけではない。

 一体だけ違う天使が居た。そして、それをヤントラはようやく発見する。

 部隊の一番後方に新しい天使。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)。

 ルビの方が長くなる天使だが。

 全身鎧(フルプレート)をまといメイスとラウンドシールドという円形の盾を装備している。足元は長いスカート状になっていて足は見えない。あと浮いている。

 微動だにしないしない理由は視界にある自軍構成員の防御力の向上という能力のため。

 この天使は動かすと能力が解除されてしまう。

「……道理で硬いと思った……」

 天使好きのヤントラは当然の如く、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は知っていた。というかワールドエネミー以外の天使は熟知している。代わりに天使と対極の悪魔についてはあまり詳しくない。

 せいぜいが『レメゲトン』の悪魔くらいだ。あと、多少の魔王。

 何体かの天使を叩き落し、ガゼフ達に始末させた後、距離を置いて地面に着地する。

 魔法を使っているとはいえ肉体を酷使している以上は疲労もけっこう溜まってきた。

 ボスクラスはまだ身体が大きいので逃げられる心配も無く攻撃できるが、逃げ回る敵は疲れる。

 人間種特有のペナルティのような気がする。

 肉体的疲労。睡眠必要。食欲大事。というところだろうか。

 性欲も追加されるのかは不明だが、とにかく数が多いのは厄介だ。それにガゼフ達が邪魔で仕方が無い。

 

 文句を言っても仕方が無いので、そろそろかたをつける必要がある。

「無事か、ヤントラ殿」

 返事は急に出来なかったが手を振って答えた。

 ユグドラシル時代に戦士職で必殺技のようなものってあったかなと思い出してみる。

 大上段斬り。三連撃。みたいな技があったと思うが隙が大きいから使う機会が無かったような気がした。

「奴は虫の息だ。一気に畳み掛けろ!」

 指揮官と思われる男が命令を下す。

 他の魔法詠唱者(マジック・キャスター)とは違い、騎士風の鎧をまとっている金髪の男性だった。

 ターゲットは地面に片膝をついているヤントラのようだ。天使はガゼフ達に向かっているが魔法詠唱者(マジック・キャスター)はヤントラに無数の魔法を叩き込もうとしていた。

 咄嗟にガゼフがヤントラの前に立とうとしたが、ヤントラはガゼフの背中を蹴り飛ばした。

「……邪魔……」

 歴戦の戦士をいとも簡単に蹴り飛ばすヤントラ。

 その間に魔法はヤントラに着弾していく。

 数にして三十発以上。爆撃に似た攻撃だった。

「愚か者め」

 指揮官は笑う。

 ガゼフは魔法の弾幕から逃れて軽傷だったが、急いで振り返る。

 煙が立ち上ってはいたが、すぐに何かに吹き飛ばされる。

 それは迷彩色の外套。そして、無数の小さな炎が地面に落ちる様子だった。

「ヤントラ殿!」

 炎耐性の外套とはいえ無傷とはいかなかったようだ。交差した腕から血が垂れている。

 ヤントラは外套で身を包み、腕を交差させて魔法に耐え切った。そして、ガゼフは見た。

 スクロールを次々と消費する姿を。

 地面に落ちているのはスクロールの燃えカス。

「!」

 相手が油断した瞬間を狙っていたのか、地面に置いたハルバードを拾い上げて、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)目掛けて投げた。

 それは様々な魔法的な補助の重ね掛けによって威力と速さが加わっていた。

 人間では到底、避けきれない一撃に天使達が反応し、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を守ろうとしたようだが、無駄だった。

 五体ほどの炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を貫いて尚(なお)、威力が落ちず微動だにしなかった監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)に突き刺さる。いや、貫通していった。

 ハルバードの刃の切れ味によって穴が開いた後に身体が切り裂かれていった。

 それで誰もが終わりだと思った。

 ガゼフも勝負ありと思ってしまった。し(・)か(・)し(・)、誰が勝利を決めたのだろう。

 戦いはまだ終わっていない。

 既にヤントラは駆け出していた。それもハルバードと同じく素早さが数倍化されていた。

 狙うは敵の指揮官。

 呆気に取られている内にターゲットに太いガントレットをお見舞いする。

「うぶぅ!」

 鎧越しとはいえ確実に肋骨などの骨が砕けたはずだ。そのまま蹴り飛ばしてヤントラはハルバードを拾いに行った。

 

 殺しても良かったが、指揮官を行動不能に追い込めばガゼフが後は取り繕(つくろ)ってくれるだろう。

 他の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がまだ戦う意志を見せるのであれば戦闘を続けるだけだ。

「投降すれば無駄な殺戮はしない」

 静かなヤントラの声に周りの魔法詠唱者(マジック・キャスター)はしばらく戸惑った。

 すぐに返事が出来ないのは想定内なので後はガゼフに任せようと思った。

 地面に倒れている指揮官を足で押さえつけつつ、ヤントラはカゼフ達を見回す。

 まだ少し天使が居たが今のところは襲ってくる気配が無い。

「拘束しろ」

 そうガゼフは命令を下した。

 人数的には相手の方がまだ多かったが戦う意志は喪失しているようだ。

 指揮官を抑えられているのだから迂闊(うかつ)な行動は取れない。

 長大なハルバードをヤントラはアイテムボックスにしまうのだが、その様子にガゼフの仲間が驚く。

 そもそも装備や武器をどこから持ってきたのか不思議だった。

 今は詮索しても仕方が無い。敵の拘束が最優先だった。

 ヤントラは黒いショートソードを取り出す。

「喉を切り裂いて、手足の腱(けん)を斬っておけば静かになるかな」

 肋骨を折られたことでうまく喋れない指揮官は更なる恐怖を感じていた。

「村人を殺戮したのはスレイン法国か? 印象では違う気がするが……」

 少なくともこの部隊は特定の人間のみを殺すために来たのだろう。

 村に向かう者はヤントラの分かる範囲では居なかったもよう。

 では、素直にバハルス帝国の仕業なのだろうか。

「ヤントラ殿。それ以上、手を汚されるな。助太刀、感謝する」

 冷たい顔をしているヤントラは声をかけても表情を変えない。

 指揮官は口から血の泡を吹き。言葉無き命乞いでもしているのだろうか。

 

 少しだけ眺めた後、武器をしまった。

「そういえば、死体はこちらで回収してもよろしいか?」

 ヤントラの表情に温かみが生まれた。しかし、それは更なる不安を抱かせるものだった。

「スレイン法国の者をか? それはまた……」

「我らに敵対する情報を得るためです」

 そう言ったのは音も無くガゼフの近くまで移動してきた黒い全身鎧の女性だった。

「あなた方の仲間の死体……は無さそうですが。こちらにも事情を知る権利があると思いまして」

 殺した敵の数はおよそ十二人。ガゼフ達はほぼ天使の対応しか出来なかったので、ヤントラが倒した分になるだろう。

「君は残っている天使を処分してくれ。死体の方はきっと色々と面倒なのだろう」

「畏まりました」

 ガゼフの顔には勝手に持っていかれると困るかもしれない、という印象を受けた。

 黒い鎧のアルベドはバルディッシュで瞬く間に空に居た天使を屠(ほふ)っていった。ほぼ一撃。

 その動きには無駄なく、ヤントラも見惚(みと)れるほどだった。

 さすがにあれほどの動きはまだ無理そうだと感じた。

 

 アルベドの速い仕事のお陰でヤントラもようやく落ち着くことが出来た。

「まあ、後片付けくらいは大目に見てくれるだろう。ありがとう」

「もったいなきお言葉にございます。では、私は戻ります」

 そう言って音も無く消えるようにアルベドは去って行った。

 拘束した人数は三十人近く。これらを移動させる手段が無いので村の小屋を借りて監禁しておかなければならないだろうとガゼフは思った。

 一応、全員の持ち物は没収しておいた。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は複数の仲間に監視されて天使の召喚に備える。

「逃げたら殺せばいいか」

 冷たいヤントラの言葉にスレイン法国の者達は黙って村の小屋に自らの足で向かった。

 指揮官の方は息もたえだえだが数人の仲間に拘束されて運ばれていった。

 戦闘が終了し、村人たちが解放される。

 

◆ ? ? ? ◆

 ガゼフは村長と面会し、謝罪する。

 それで一応の騒動は収束したことになる。

「アインズ様。スレイン法国の者は王国戦士長に任せてもよろしいかと」

「うむ。要らぬ騒動に巻き込まれてもかなわんからな。それに仲間達も心配している頃だろう」

「もう少し待ってくれ」

 ヤントラはアインズに言った。

「報酬とか色々と残ってるから」

「そうだったな。お前も一緒に帰るんだったな」

 良い働きをすればアインズも誉(ほ)める。

 今回は色々と分からない事が多い。あまり敵をつつくのも得策では無いと感じた。

 ヤントラはさっそくガゼフの下に行った。

「私は一旦、行かなければならないところがあります。誰かお仲間を一人、村に残してはくれませんか?」

「もちろんだ。交わした約束は違えない」

「二日ほどかかるかもしれません。出来るだけ早くに戻ってきます」

 詳しい話しもせずにヤントラはアインズの下に向かう。

「いやはや、あのような御仁が居るとは……。世界は広いものだ」

 ガゼフはヤントラに驚かされた。

 王国最強と言われる自分が邪魔者扱いされるとは思わなかった。

 魔法を行使していたとはいえ、天使に引けを取らない。

 冷酷とも言えるが指揮官は殺さなかった。

 敵にまわせば恐ろしい相手かもしれない。だが、味方であれば万の軍勢に匹敵するかもしれない。

 そんな比喩(ひゆ)が出るほど勇猛果敢(ゆうもう果敢)な人間だった。

 戦士として嫉妬するほどの実力。とても魅力的だったのは間違いない。

 

 ガゼフと別れ、ヤントラはアインズ達と共に『転移門(ゲート)』という魔法でナザリック地下大墳墓に帰還する。

 それもいきなり第十階層。

 外とは空気も雰囲気も全てが違っていた。

 ヤントラにとっては懐かしさすら感じる。

 つい数日前まで滞在していたとは思えないほどだった。

 荘厳(そうごん)な雰囲気に包まれた階層は自分の知る場所と何も違ったところは無かった。

「……なんか落ち着く……」

 というよりは呼吸が苦しい。

 戦闘が続いたせいか、身体が重く感じる。

「バスパ様? どこかで休憩された方が……」

 と言ってみたがヤントラの寝室はナザリックには存在しない。

 休ませたいところだが、メイド達の宿舎に連れて行くべきか少し迷った。

「うむ。連れて行くがいい。それから今後の方針を決めていくとしよう」

「畏まりました。では、後ほど階層守護者を召集いたします」

「頼んだぞ、アルベド」

 アインズはそう言ってそれぞれが移動を始める。

 

◆ ? ? ? ◆

 ヤントラは途中で意識が無くなり、次に気がつくとお風呂の中に居た。

 水攻めにされてはいなかったが温かい湯船の中だったので気持ちよくなった。

「おっ、気がついたっすか」

 聞き覚えのある女性の声。

 戦闘メイドの一人『ルプスレギナ・ベータ』だった。

「……つまり女湯と……」

 自分は第九階層にある『スパリゾートナザリック』に居るらしい。

 褐色の肌に解(ほど)いた赤い髪が見えた。普段は三つ編みのツインテールにしている。

「バスパ様はどちらでもオッケーな人でしょ。メイドとしてお身体を奇麗にしているっすよ。もちろん、食べてないっすよ。お仕事っすから」

 天真爛漫(てんしんらんまん)を絵に描いたような明るい口調のルプスレギナ。

 どうやら今は髪の毛を洗われているようだ。湯船につかりながら女性にお世話されている。まんざら悪い気はしない。

「ルプスがちゃんと仕事をしているか監視しておりますので、ご安心くださいませ」

 丁寧な口調が聞こえてきた。

 声の主はここからでは見えなかったが戦闘メイドの『ユリ・アルファ』だろう。

「随分とお疲れだったのですね。全く抵抗されないのでお亡くなりになったかと思いました」

「人間種のペナルティ……って言ったような言わなかったような。疲労、空腹、睡眠。人間は大変なのだよ」

 そう言いながら湯船に入ってくるのは首の無い女性の裸体。

 ルプスレギナでは無い。

「よく頭が無くて移動が出来るものだ」

「慣れておりますから」

 身体とは別の場所からユリの声が聞こえてきた。

 頭の無い部分には手拭らしきものが乗っていてお湯の侵入を防いでいた。

「こういうのを眼福(がんぷく)というのだろうな」

「もう少し頭を倒してくださいっす~」

 言われるままヤントラは従う。

 ルプスレギナは戦闘メイドではあるがメイドとしての仕事もさすがに丁寧にこなしてくる。

 普段はよくサボっているらしいがやれば出来る子である。

 

 より人間的に動くようになっているせいか、生々しい肉体美に少し見とれてしまう。

 ゲームでは色々と制限があったが、今は制限が解除されているのか肌の質感などが本物の女性と遜色(そんしょく)ない。

 表情もより多彩になっているし、セリフも豊富だった。

「いや~、バスパ様の銀髪は相変わらず奇麗っすね~。ミントグリーンの目玉は……、とても美味しそうっす。一個、食べていいっすか?」

「ルプス。そんなことしたら動像(ゴーレム)が暴れだしますよ。お風呂のマナーは守りなさい」

「は~い」

 女湯には厄介な動像(ゴーレム)が配置されている。ヤントラは普段は男湯だったので実物を見たことが無いが、お湯を口から出すライオンがその動像(ゴーレム)らしい。

 希少金属で出来ている為に防御力がかなり高いのだとか。

「君たちは……」

「はい?」

「転移した話しは聞いたのか?」

「はい」

「はいっす」

 二人共、元気よく答えてくれた。

 

 アインズの帰還後、ヤントラが意識を失う頃に外の世界の事情を階層守護者と戦闘メイドに伝えられた。

 カルネ村を足がかりにする話しもユリ達は聞いたようだ。

「私としては君達に襲撃されるのではと危惧(きぐ)していたが……。人間である私がナザリックに居て、どう思う?」

「殺されることがわかってて来るのはバスパ様くらいでは?」

「ボク……は特に……」

「はぐらかさなくていい」

 ヤントラは促す。

「普通の人間であれば潰したいところです。ですが、貴方は至(・)高(・)の(・)御(・)方(・)々(・)に(・)連(・)な(・)る(・)者(・)。無下(むげ)に出来るはずがありません」

「そうっすよ。私は大歓迎っす」

 そう言いながらヤントラの首筋をルプスレギナは舐(な)めてきた。

「正式な招待であれば人間だろうと私はもてなします」

「ナーちゃん辺りは殺しに来るかもっす。でも、私がまもるっすよ」

「他の者にも言い聞かせているので、ご心配なく」

「嬉しいが……。やはり私は部外者だ。それはどうあっても埋めようが無い事実なのだろう。仲良くしてくれる君たちとは末永く友達でいたいが……」

 所詮はソロプレイヤー。今更、馴れ合いなど出来るはずがない。

 

 人付き合いが苦手。

 だが、たくさんの人間達の会話は楽しみだった。

「頭は終わったっすよ。次はどこ洗うっすかね。お股(また)っすかね。全身くまなく何所(どこ)でもやるっすよ」

 と、言いながら湯船にざぶんと入るルプスレギナ。

「あ~、いい湯っす」

「ダメよ、泳いでは。この動像(ゴーレム)。相当強いらしいから」

「そりゃ怖いっすね」

 見た目は普通のライオン。ひとたび動けば階層守護者でも簡単には止められない。と、聞いたことがある。

 こういう厄介なものをよく作る奴はヤントラにも覚えがある。

 大抵、ろくでもない仕掛けにメンバーが巻き込まれる。

 じっとライオンを見ていると何もしなくても動き出しそうな気がする。

 美人二人に囲まれてお風呂を満喫するとは思わなかった。

 湯船から上がった後はユリの首の無い方の身体に背中を洗われた。

 一度、湯船に入ってからのほうが汚れが取れ易い。

「アンデッドが湯船に入ってもなんともないとは……。NPCは凄いな」

 ユリは首無し騎士(デュラハン)でありアンデッドでもある。

「至高の御方々が作ったお風呂っすから、不可能なことは無いのでは?」

「……他の……」

「続けてください」

 言いよどんだヤントラにユリは優しく言った。

「アインズの他には誰も居ないのか?」

「そのようです」

「バスパ様も至高の御方に入っていればよかったのに。なんで?」

「参加条件に入らなかったから。私は人間種。他のメンバーは全て異形種だから」

「……申し訳ありません。人間と人間種、ですか? 何が違うのですか?」

「そうっすよね。何が違うんだろう?」

 背中にお湯をかけた後、ユリは自分の頭を持ってきた。

 

 普段は夜会巻きという髪型のユリも今は黒髪を解いた状態だった。

 メガネもかけていたがレンズは入っていない代物。

「たびたびアインズ様のおっしゃる『ぷれいやー』というのも実はよく分かんないんすよね」

「人間種と異形種は共に同じプレイヤーという存在だ。全てが当てはまるわけではない。異形種のモンスターも居るから」

「!?」

「そ、それはどういう事ですか?」

「分かり易い言葉が見つからないが……。人間の身体にプレイヤーという魂が宿ったと思えばいい。それで異形種にも同じような存在の魂が宿っている。他にも亜人種のプレイヤーもどこかに居るかもしれない」

「えっと……。バスパ様とアインズ様は本当は同じ存在というか種族っすかね?」

「まあそうだね。プレイヤーがまとう身体。私のは人間種。アインズは死の支配者(オーバーロード)だが、その身体は共に『アバター』と呼ばれるものだ」

 ほうほう、とルプスレギナは聞いているが理解しているかは不明だ。ユリは無言のまま。

「湯冷めするといけないから続きは上がってからでもいいかな?」

 この意見に二人は賛成した。

 一応、洗えるだけ洗うことにした。騒がなかったためにライオンの動像(ゴーレム)は起動しなかった。

 

◆ ? ? ? ◆

 ナザリック地下大墳墓の第九階層にはメイドの為の使用人室がいくつも存在していた。

 その中でユリの部屋に戦闘メイド六人が集まった。

 湯上りの為にユリとルプスレギナは浴衣姿だった。残りの四人は戦闘服。

 ヤントラも男用の浴衣を用意してもらった。

「………」

 敵意むき出しの黒髪ポニーテールのナーベラルの顔がまん前にあるのが気になった。

 ほぼ無表情で眼帯を付けた赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪の『シーゼットニイチニハチ・デルタ』と睨みつけるだけで大人しくしている金髪美女『ソリュシャン・イプシロン』と表情は全く読めないがヤントラの腕にかぶり付こうとしている全身が虫で出来ている『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』が椅子に座っていた。

 湯上りにナーベラルが唾を吐きかけてくるか、一応は警戒した。

 なぜ、そう思うのか。

 ユグドラシル時代に話しかけた半分は『ペッ』という答えが返ってきたからだ。

 ソリュシャンは最後まで無言。

 エントマには度々(たびたび)、かじられている。

「では、続きをお願いします。プレイヤーについては我々もある程度は聞かされているので」

「魂が同じだと言ったが、同一人物という意味ではない。それぞれ個として存在している。それらが宿る身体がアバター。つまりこの身体だ。プレイヤーは三種の人種を選ぶ。人間、亜人、異形。能力的に人間は弱く、異形は人間より強くなる。しかし、強いけれどペナルティも存在し、三者のバランスを保っている」

「つまりアインズ様は元々は異形ではないと?」

「身体は異形だが、内なる部分は私と変わらない。それは他のメンバーもそうだ」

 ユリとルプスレギナ以外は無言だった。

「同一の世界で我々はモンスターを倒して数々のアイテムなどを手に入れる。それは君たちの知る世界でもあるだろう。このナザリックにある宝も仲間達が冒険して手に入れたものだ」

 この言葉にはほぼ全員が頷いてくれた。

「宝は貴重だ。多くのプレイヤーが奪い合う。力を付けていけば争いごとが起きる。身を守る為にギルドを作り、仲間を増やすこともある。世界級(ワールド)アイテムの争奪戦。ギルドの本拠地制圧。その中でこのアインズ・ウール・ゴウンというギルドが生まれた」

「バスパ様は参加していないのにギルドのことを知ってるんすね」

「ギルドメンバーでもないのに事情を知っている、という意味か?」

「はいっす」

「ギルドの創設者のたっち・みーとはギルドが出来る前から付き合いがあるから」

「創世神と知り合いってすごいっすね」

 間違ってはいない表現だが、ルプスレギナしか喋っていないのは少し寂しいなと思った。

 一応、他のメイドを眺めてみたが興味があるのか無いのか分からない。

「他の者は何か聞きたいこととかないのか?」

「黙って続けろ、下等生物」

 やっと喋ったナーベラル。

 どうやら興味はあるらしい。

「今の話ですと、人間蔑視の理由が分からないのですが」

 ユリは的確に疑問点を突いてくる。

「それより創世神の話しが聞きたいっす。我らの神っすよ。至高の頂点」

「異形種というのは人間種のプレイヤーからすると気持ち悪い存在なんだ。だから、よくイジメられる」

「!?」

 ソリュシャンとナーベラルの顔が一層、引きつった。

「人間至上主義。君たちの姿も異形というよりは人間的なフォルムにデザインされているのが良い証拠だろう。そういう世界なのだから仕方が無いのかもしれない」

「仕方がないだと、この下等生物が!」

 ナーベラルの言う『下等生物』には様々な呼び名が当てはめられるようだが、今は全て『かとうせいぶつ』になっている。

「プレイヤーの中には人間に飽きて異形を愛でるものも居る。ただ、アインズの場合は様々な魔法や特殊技術(スキル)目当てだったのかもしれない。条件さえ合えば人間種を選んでいても不思議ではないし、それは選択の自由で止める権利も無い」

「アインズ様が?」

「……アインズ様……」

「とすると……アインズ様の恐れるプレイヤーって結局なんなんすか? 高レベルで世界級(ワールド)アイテムとか持ってるヤバイ奴ってイメージっすけど」

「ギルド同士の抗争というやつだね。別に大した理由は無いと思う。奴らが気に入らないから拠点を潰す。そんな軽い気持ちで始める奴も居る。多くのプレイヤーは楽しく冒険をしている。アインズ・ウール・ゴウンは悪のロールプレイをしていたが秩序はあったし、弱きものを苛めるような組織ではなかった」

「おお」

「悪には悪の美学がある。たっち・みーも正義の味方として弱きプレイヤーを助け、クズプレイヤーは情け容赦なく倒してきた。そういう経緯(いきさつ)でモモンガ、今のアインズも救われた一人だ。PKに晒されて絶望していた奴にたっち・みーが手を差し伸べた」

 大きくはないが、それぞれのメイドは手を叩いた。

 このまま行くと襲撃まで話す事になりそうな気がした。

 そこまでは話さなくてもいいかもしれない、と判断した。

「PKをする人間種のクズプレイヤーの影響で君達に人間蔑視が植えつけられた、のではないかと思う。異形種としての絆を深める為に。……本当に掛け値なしのクズプレイヤーは存在する。そいつらは生かす価値は無い」

 ヤントラが急に迫力を込めたせいか、全員が黙った。

「無秩序なクズプレイヤーは力を持つと厄介な存在になる。アインズとて友好的なプレイヤーとは仲良くなりたいと思うだろう。ある意味、敵対プレイヤーは破壊と混乱しか撒き散らさない。ナザリックも荒らされるだろう。だから、慎重に情報を収集するアインズの気持ちは理解出来る」

「それほど酷い奴らっすか?」

「ルールとマナーを忘れた存在だ。会えば殺したくなる」

「バスパ様すら怒らせるほどとは……」

「……すまない。少しらしくなかったな」

「いえ、滅相も無い。それで他の至高の御方々は……、お教えできる範囲で構いませんが……」

 彼女たちの生みの親を知りたい気持ちは理解出来る。だが、全てを知っているわけではない。

 部外者である自分に言える事は少ないのかもしれない。

「最初に言っておこう。私の力では何も出来ない。彼らを呼び戻すすべが無い」

「……薄々は分かっております」

 ユリが代表として言った。というか他のメイドはルプスレギナ以外は殆ど喋らない。

「さっきも言ったように我々プレイヤーはアバターに宿る者達だ。その中でも役割を終えたらアバターごと破棄する。死に近いかもしれないが、実際は引退する、という」

「いんたい?」

「近い言葉では『隠居』かな? 冒険をやめてひっそりと暮らすことだ。このナザリック地下大墳墓を君達に残してね。君たちからすれば捨てられた、と思われても仕方が無いだろう。実際、捨てたくて捨てるわけではない。続けられたら続けるだろう。メンバーそれぞれに理由があって隠居していく。その中で最後まで諦めずに残ったのがモモンガだ。今のアインズだが……」

 メイドの顔は眠そうにしているものが一人も居ない。

 それはつまり興味があって聞き入っているということだろうかとヤントラは思った。

 ナーベラルもソリュシャンも反論らしいことは言ってこない。シズとエントマも微動だにしていない。

 彼女たちにとって至高の存在の話しは興味のある話題なのだろう。

 アインズはギルドの事をメイド達に話したりしないのだろうか。

「……愚かな私に教えてほしいんすけど、バスパ様はギルドメンバーではないのに詳しいのですね」

「よく遊びに来ていたからね。メンバーの話しは楽しかったよ」

「そのバスパ様はプレイヤーと戦ったりしたのですかな?」

「一方的な敗北ばかりだったけどね。相手は強いから勝てないよ。弱い者イジメが好きや奴らなんだぜ」

「ぶっちゃけ。創世神とはどういう関係なんすか?」

「私を冒険の世界に巻き込んだ張本人かな。アバターに慣れるのが遅くてね。それでもたっちお兄ちゃんは懇切丁寧に色々と教えてくれた。困っている初心者を救済する姿はかっこよかったな……」

「たっちお兄ちゃん……。神々の側におわす方々は私らの想像もつかないところに居るんすね」

 ユリが手を挙げたのでヤントラは頷いた。

「こほん。話しを戻しますが……、バスパ様の人間種なるものとこの世界の人間は同じ存在なのでしょうか?」

「おそらくは……、違う。似て非なるもの。言うなれば彼らはこの世界の原住民。今の段階では結論を出すことは出来ないが……。プレイヤーとは違う感じがするとしか言えない」

「下等生物は下等生物ということで間違いが無ければいい」

「では、……アインズ様も人間種……ということは?」

「アバターを剥げは私も彼も同じ種族だ。そうそう、そういう種族なんだよ。人間的な思考をする身体の無い人間のようなもの。この世界に来るまでは身体の取替えも利いたのだけれど、今はその手段を失っている。みんなも私が昔の私と違うことは分かるのだろう?」

 そう言うとメイド全員が揃って頷いた。

「では、プレイヤーという種族、という認識でよろしいのですね」

「はいは~い。そのプレイヤーってどうやって見分けるっすか?」

「それが難しい。見た目は三種の種族と変わらないだろうから、何か……特徴でもあれば……。これも色々と調査しなければならないだろう。アインズとて見破るのは難しいと思うぞ。魔法という概念では暴(あば)けないはずだから」

「アインズ様をもってしても無理なことっすか!?」

「本人に尋ねてみるといい。……確かに特徴か……」

 色々と考えて、ヤントラは手を虚空に突っ込む。

 アイテムボックスに手を入れただけだが。

「こういう事が出来る人間……。さすがにこんなボロは出さないか……。ユグドラシル由来のアイテムを熟知している。これも教えられたら無理か」

「とてもためになる話しが聞けて大変勉強になりました」

「何でも答えられたら良かったのだが、私にも分からない事はたくさんあるからね」

「アインズ様は……、下等生物と同類だというのか!」

 ナーベラルが激高するがすぐにユリが宥(なだ)める。

 至高の存在が実は虫けらと同列だとは認めたくは無いのだろう。

 人間蔑視を植え付けた当人の正体が人間である、という事実はNPCには受け入れがたいことかもしれない。

 人間というかプレイヤーという種族だが。

「アインズは人間を下等生物だとは思っていないさ」

 ナーベラルとソリュシャンの顔つきが険しくなった。

 この二人は特に人間蔑視の気持ちが強い。

「価値の無い人間を下等生物だと思っているだけだ。その点では私も同意見だ。人間という負の側面の強いクズは特にな。カルマ的に悪だから、という意味ではないよ」

「クズと悪は違うっすか?」

「悪には悪なりのポリシーがあったりする。悪魔だって仲間を大事にするだろう? でなければデミウルゴスはすぐに処分されているだろうに」

「極論ではそうなりますが……」

「同じ人間を殺してもなんとも思わないクズは私も許さないが……。アインズとは色々とソリの合わない部分があるから、私の価値観とは相容れないところもあるだろう」

「下等生物に価値が? いや……、確かに……」

 人間の死体を回収し、実験に使うのだから価値があるのかもしれない。そうナーベラルは思い至る。

「バスパ様とアインズ様って仲が悪いんすよね? なんでですか?」

 尋ねればだいたいの事を教えてくれるヤントラにルプスレギナも遠慮しないようだ。

 ユリが鋭い視線を彼女に送っている。

「価値観、主義主張などの相違だ。メンバーだって全員がケンカせずに仲良しだったわけじゃない。ケンカもする。それぞれには個性があって、対立もするよ。君たちだってそれぞれ性格が違うだろうし、相手の色々な部分で受け入れられないところがあるだろう」

 そう言われて、それぞれ顔を見合わせる。思い当たるところがあるらしい。

「いずれはバスパ様はナザリックに害をなすとか?」

「それは……、無いかな。アインズに害は成すかもしれないが、ここは私にも愛着のあるところだ。実際、戦いになったら私は秒殺される自信はあるよ」

「自分から負けを認めるとは……」

「実際、分が悪すぎる。装備品、アイテム。自分の弱さは分かっているさ。かといってメンバーを集めてまでナザリックに攻め込みたいとも思えない」

 ルプスレギナはヤントラの側にやってきて隣りに座り、頭をこすり付けてくる。

「その時は私が殺してあげるっすよ」

「頼もしいな、ルプーは。おそらくはアインズも私をどう始末するかの計画くらいは立てているだろう」

「?」

 ユリはメガネに手をかける。

 シズは常に携帯している銃火器をヤントラに向けようとしていた。しかし、それはユリに手で制されることで収められた。

「おやおや。どうしてそう思うっすか?」

「長年の付き合いだから……。ギルドの為なら部外者たる私を殺すことも考えているだろうさ。自分の敵は徹底的に排除する。そういう冷酷さがある。その代わり、私はそれに抗えない弱者だ」

「いずれ強くなるかもしれないっすよ」

「他のプレイヤーと連携するとか」

「……敵は排除するのみ」

「私はソロプレイヤーだ。パーティを組んで戦うのは苦手だ。仲間は欲しいがな。君たちのような戦闘メイドとか」

「ソロとは?」

「一人で冒険するのが好きなプレイヤー。基本的に孤独だが、邪魔者が居ない。デメリットとして助けてくれる人が居ない。自己責任の面が強い」

「バスパ様は階層守護者は倒せるっすか? これは興味本位っすけど」

「無理、……だろう」

 ヤントラは即答する。

「多少は……善戦するかも、というレベルだな。種族的に人間種は異形種より劣る。ステータス的に、とも言えるが」

「……やはり下等生物……」

 ナーベラルの呟きにヤントラは苦笑する。

「劣る人間種も徒党を組めば異形種と戦える」

 メイド全員に緊張が走る。

 

◆ ? ? ? ◆

 かつてナザリック地下大墳墓に1500名以上のプレイヤーによる大侵攻があった。

 戦闘メイドもその辺りの記憶を持っているらしい。

 ほぼ全てのNPCは倒された。そうヤントラは聞いている。

 なのでナーベラル達も敗北の記憶が残っているかもしれない。

「私はそこまでしてナザリックを攻撃したいとは思ってないよ。君たちが可愛いからね。他にも居るけど……。愛着のある拠点でもあるし。ルプーはナザリックが壊滅するところが見たいかい?」

「……ご不敬(ふけい)を覚悟で言わせて貰えば、それもありかと……。ゾクゾクするっす。最後の最後で悲劇が起きるのは」

 ルプスレギナの表情が壊れていく。

 内なる本性が見え始めようとするところをユリのチョップで止められる。

 ナーベラルも拳を作って殴りかかろうとしていた。

「痛いっす、ユリ姉ぇ」

「……まったく、この子は」

 ヤントラはルプスレギナの頭を撫でる。

「私が敵となっても戦うのはアインズただ一人。結果は見るまでも無く私の敗北となるだろう。君たちと戦うのもやぶさかではないが……。基本的に私は女性に甘い、のかもしれないな」

「敵となれば叩き潰すのみ」

 拳を突き上げて宣言するナーベラル。

「……そういえば、セバスを見かけないが……」

「メイド長とお話し中っす」

 改めてメイド達を見渡す。

 ゲーム時代は無表情でセリフも動きもプログラムされた以上の事は出来なかった。

 今は自分の意志を持っているかのように振舞っている。感情表現もとても豊かだ。

 ルプスレギナの髪の質感。肌の柔らかさ。

 とても作られたとは思えない。

 これだけの進化を遂げた彼らと敵対することは心が痛みそうだ。

 他のプレイヤーが彼女達に害をなせばヤントラは許せるだろうかと考える。

 逆に彼女たちと戦うことになれば戦えるだろうか。

 その時は戦うのだろう。

 ヤントラは即座に答える。

 敵は叩き潰す。それが可愛い女性であっても。ルプスレギナであっても。

 おもむろにルプスレギナの顔を鷲掴(わしづか)みにする。

「おっ? やる気っすか? 楽しみっすね」

「敵として会えば……、私も楽しくて仕方がなくなるんだろうな。強敵と戦うのは悪くない」

 鷲掴みとはいえ、甘噛みのようなもの。決して力は込めていない。それはルプスレギナも感じていたので抵抗はしてこなかった。

「当面は君たちとは敵対したくない。というか人間種だから途中で病気とか暗殺とかされるかもしれないし。この身体はけっこう脆弱なんだよ」

 ルプスレギナの頭を撫でつつ言葉を続ける。

「高レベルでも武器で普通にケガするし。鋼(はがね)の肉体にはなってないようだ。上位物理無効化とか耐性とかは異形種より劣る。あと課金アイテムで装備部位の増強もしていないし、結局は分が悪いのは変わらないな……」

 ソリュシャンが手を伸ばしてきた。

 彼女の種族は捕食型粘体(スライム)、ショゴス(不定形の粘液)などのスライム(粘体)に代表される種族だ。

 ヤントラの腕に触手を伸ばすように触れると『ジュ』という音ともに彼の肌が焼け爛(ただ)れる。しかし、すぐに皮膚は再生される。

 ヤントラの回復ではなくソリュシャンが癒したからだ。

 音に反応したのか、焼けた匂いに反応したのか分からないがエントマが顔を突き出してきた。

 ソリュシャンは相手を溶かし、癒す事も可能で身体には無数のアイテムも収納できる万能型。

「本当に脆(もろ)い身体ですのね」

「アバター全てがってわけじゃないと思う。そりより敵対するといっても私の中では遠い未来をイメージしている。今はのんびりと冒険を楽しみたい。外に出て半年でナザリックを襲うのも早すぎてつまらないだろう」

「そうっすね。獲物はじわじわと嬲(なぶ)ってから殺すのが楽しいっす」

「それが裏目に出ないようにな」

 そう言うとにっこりと微笑むルプスレギナにユリがヤントラの顔を見て頷く。

 

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