※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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I-7 保存方法

 地上で奮闘するコキュートスに三日目はナザリックに戻ってもらい、蜥蜴人(リザードマン)は引き続き預かる事を約束した。予定である三日から六日に延長してもらい、最終日に回収に来てもらう事にした。

 ハムスケは自分でエ・ランテルに向かうようなので連れて帰ることはしないらしい。

 話しをつけた後で特訓を再開する。

「……本当に話しをつけられたんですね」

 コキュートスに許可を得るのは蜥蜴人(リザードマン)でも恐れ多い、というよりは恐ろしい事だった。それを人間がやり遂げるのだから信じられない。

 確認のためにクルシュが話しを聞きに行ったくらいだ。

 特訓が開始されて三十分後に屠殺場の壁に光りが差し込む。

 補修工事のためにシーツが取り払われたようだ。

 蜥蜴人(リザードマン)の存在は知っているのだが、彼らが大量のモンスターと戦っているのには職人達が驚いた。

 どこにこれだけのモンスターが潜んでいたのだろうと。

 外部に音が漏れない魔法がかけられているのだから職人達が気づかないのは当たり前かもしれない。

 意外と便利な静寂(サイレンス)。

 特訓は気にせず続けてもらい、ヤントラは職人達にも気にせず仕事をやってもらう事にした。

「特訓なので、そちらは気にしないように。心配ならメイド達に壁になってもらいますが……」

「メイドさんに? それは是非……。色気の無い職場なので」

 手を出すと組み伏せられる事は伝わっていたが女性の存在は汗まみれの職場では癒しだった。

 一人、犬の頭が居た気がするが首から下は人間の女性なので問題なし、と思っている男連中が多数居た。

 同じ顔がたくさん居るので半数は仮面などを被ってもらった。

 王国式の舞踊で目を楽しませる事もある。だが、仕事には集中してもらった。

 舞踊の命令は教えるのが大変で事前に長大な命令書を何枚も作ったほどだ。あと、専用の職業(クラス)も居る。

 先ほど連れて行った蜥蜴人(リザードマン)に長大な武器を持たせてモンスターの大群に突撃してもらった。

 最初は弱いモンスターは楽に倒せていたが赤帽子の小鬼(レッドキャップ)から急に強くなり、倒すのに時間がかかった。

 今はだいぶ楽に倒せている。しかも、重そうな武器を持たされているのに。

「さっきまで苦戦していたのに」

 百体を数分で倒しきれるほどだ。

 武器はもちろん良い物だろう。それを使いこなさなければ意味は無い。

 重くて長い武器は軽量の職業(クラス)では持つどころか装備すら難しい。

 それを可能とするのは重量軽減のデータクリスタルなどだ。

 武芸に秀でた職業(クラス)は基本的に色んな物を装備できる。困難するのは主に重さだ。筋力も多少は影響する。当たり前かもしれないけれど。

 原因を解決していけば盗賊(ローグ)が長いバスタードソードを装備することも可能だ。さすがに飛び道具はヤントラの苦手分野なので試していない。

 射手(シューター)の職業(クラス)は持っているけれど。

 装備出来なくはない、か(・)も(・)し(・)れ(・)ない程度だ。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)も戦士職を取っていれば剣を装備できる。

「経験を積んだ結果です。今は力が強くなった程度しか実感は無いけれど、色々と分かる強さがありますよ」

「あ、ありがとうございます」

「まだコキュートスが望む強さではありません。技術云々はナザリックでも勉強できると思いますから。ここでは無心にモンスターを倒していってください。……間違っても味方は殺さないように」

「はい!」

 一人だけ突出した強さを得たようで仲間たちは少しだけ嫉妬していた。しかし、それはあくまで実験の結果なので自分たちにも恩恵は回ってくる、はずだ。

 数時間後に訪れた休憩でクルシュは尋ねた。

「全員を一気に強くは出来ないのですか?」

「一気にやりたいのですが……、提供する側が苦労しているので、申し訳ない。あと、凄く強いモンスターを出すと攻撃が通じなくなります。少しずつ強いモンスターを出さないと倒せずに経験も積めなくなってしまうから」

「……なるほど……」

 弱いから攻撃が通じないので強いモンスターは倒せないと。

 強いモンスターを出せるところまで強くなればいいのだが、今はまだ無理だという事だろう。

 理屈では分かったが、それをどうやって知りえているのかは不明だった。

「さっき連れて行った者一人なら明日中に引き渡せるでしょう。魔法を担当している人はどうしても時間がかかります。攻撃魔法を取得していればいいのですが。信仰系などは伸びが遅いので」

「成長が遅いと?」

「モンスターは倒してこそ経験になります。ちびちびと魔法を使うだけでは微々たるものです。君たちも生きてきた人生でどれだけ魔法を使いました? 数万回も使いましたか?」

「……そこまでは……。そこまで使わないと駄目なんですね」

 一日に数万回は普通に考えて、というか常識的には不可能だ。

 使い切った魔力が回復するのに数時間はかかる。

 だが、目の前の人間はモンスターを量産するのに再生魔法だと思うけれど、もうすでに一万は行き過ぎとしても数千回近くは使っているはずだ。それを考えればとてつもなく信じられない事だろう。

 第一位階を五百回ほど使えるとしても一日で一万回はそう簡単には使えはしないはずだ。つまりは魔力譲渡を二十回、またそれ以上を受けていなければ到底無理な話だ。

 魔法を使い続けられる環境であれば短期間で強くなれる、という不可能な理屈を可能にしているわけだ。

 さすがに蜥蜴人(リザードマン)の集落で一万回どころか千回でも無理だ。しかし、可能であれば経験の積み重ねでは高い位階魔法も無理ではない気がしてくる。

「……このような施設を作り上げたあなた様に感服いたします。あと……、お名前は……、すみません。お教え願えませんでしょうか?」

「ヤントラと言います。ナザリックではバスパと呼ばれていますが……。それは『ヤントラ・サルヴァスパ』という名前を略したものだからです。忘れても結構ですよ。私は物覚えは悪い方ですから。忘れたら遠慮せずに聞いてください。私も尋ねますから」

 と、優しく答えるヤントラ。

「はっ、ありがたき幸せに存じます。……出来る限り忘れぬように致します」

「解体作業で怖かったと思いますが……、変に隠すのは苦手なので」

 蜥蜴人(リザードマン)たちのために膨大なモンスターを用意し、膨大な魔法を行使しているヤントラは相当な強さになっているとも言える。

 手間は同じだけかかっているのだ。弱いわけが無い。

 それに他の者も担当したようだし、どれだけ高い位階魔法を扱えるのか、想像するのが恐くなる。

「も、もう一つ、よろしいでしょうか?」

 クルシュは自然と口が震えて上手く言えなくなって来るのが分かった。

「何でしょう?」

「つよさ、に……、限界はあるのでしょうか?」

 上ずりながらも尋ねた。

「あるにはありますが……。君達は天井知らずだと楽しいですよね」

「……天井知らず?」

「強すぎると破壊を振りまくかもしれませんよ。軽く触っただけで家が壊れる腕力とか……、嫌でしょう。子供をあやしていたら肉片の塊になったりとか」

「ひぃぃ……」

 力加減が出来なくなるほどに強くなったら、それはそれで恐ろしい事態だ。

「限界はあってもうまくやりくりするすべは必要です。必要な時に力が使えたらいいのではないかと」

「……はい」

「本当に天井知らずの力が得られるかは未知数ですが、強すぎるとやる気をなくしますよ。適度に弱点がある方がいいです。ナザリックに向かない思想かもしれないけれど……。命は大切にしてくださいね。私が言うのもおかしな話しですが……」

 苦笑する顔は普通の人間に見える。

 身体を容易く解体し、数万回近くの魔法を行使し、数万体のモンスターを用意する存在とは思えないほどだ。

 

 解体を除けば印象としては優しい、という言葉が適切だろう。

 親切とも言う。

 聞かれた疑問には優しく答えてくれる。

 強さに行き詰った時、ナザリックでは伺いを立てるのも難しいというのに。

 正直に言えばナザリックを抜けて、この人間の下に行きたいくらいだ。

 だが、彼ら(ナザリック)は何処までも追ってくるだろう。対するヤントラは一人しか居ない。というかメイド達は複製らしいし、戦力として使うのは色々と危険な空気も感じる。

「我々がこのままナザリックに属する事が益(えき)となりますでしょうか?」

 つい言葉が出てしまって、すぐに口を閉ざしたが遅かった。

「君たちを支配したとしても管理は大変だ。そのままでいいのではないかと。外敵に守られた状態だし。裏切りさえなければナザリックは味方には優しい組織だよ。恐い階層守護者が居るけれど、生活改善の要望は毅然と出した方がいい」

「えっ? 生活改善……ですか? 出してもいいのですか?」

「外部の者を入れるのは本来、得意な組織ではない。彼らも試行錯誤している。だから、色んな意見を出す事はとても大事だ。案外、脱退以外は聞き入れてくれる可能はあるかもしれないよ。内容にもよるだろうけれど」

「……そもそもアインズ様は我々を支配してどうしようとお考えなのか……」

「大して考えて無いだろう。支配したから目的は達した。でも、裏切られるのは嫌だから監視としてコキュートスでも付けようかな、くらいだろ、きっと」

 見もふたも無い言葉に思わず、クルシュは口を大きく開けた。

「普通に生活できるのであれば不必要な思い込みは危険だぞ、クルシュ。それとコキュートスは武人だ。大事な話しはちゃんと聞いてくれるだろう」

「わ、分かりました」

「支配してどうしようか、というところは……。まあ、蜥蜴人(リザードマン)の集落があったから支配して統治しよう。それだけだと思うぞ。征服欲があるからな。君たちを殺さずに置いているのも、もったいないとか思ったのかもな。普通ならアンデッドの実験などをするのだが……。災難としか言えないが……」

 聞いている分には軽い気持ちで集落は襲われ、多くの仲間たちが殺されて支配下に入った、という経緯(けいい)に聞こえる。実際にナザリックの者達からすれば、その程度のことなのかもしれない。

 圧倒的なモンスター、コキュートス一体だけでも蜥蜴人(リザードマン)は全滅していてもおかしくなかった。

 アインズから仲間を監視する密命は帯びているが、それ以降は特に命令は受けていないし、会えてもいない。

 コキュートスから特訓の命令を受けるまで訓練や村の製作などの仕事ばかりだった。

 他の種族の集落を襲う事も無く、監視はあるが平和ではあった。

 子供が生まれても実験材料に取り上げられなかったし、コキュートスは素直にお祝いしてくれた。

 圧倒的な力を持つ者を恐れすぎているところはあるかもしれない。

 そして、裏切りはきっと許さないのだろう。それ以外でならナザリックは優しい場所でいてくれるのかもしれない。

 金銭の要求も食料の要求も受けていないことを思い出す。

「人間世界でも支配されて組織に属する事はあるのですか?」

「属国という形で存在するよ。所属する国が変わり、税金を納めるところが違うだけで生活が急に変わる……、のは支配者の都合だが……。よい統治者なら以前と変わらぬ生活は約束されるだろう」

「あるんですね、そういうものが」

 外の世界の事は詳しくは無いが、為になると思った。

 自分たちはもの(世間)を知らなすぎるのかもしれない。

「ナザリックに属していない私は君たちを簡単には連れ出せないが……。何か気になることがあるなら言うだけ言ってみなさい」

 そうヤントラが言うとクルシュは膝を曲げて姿勢を正す。

 間接の曲がり具合に疑問を抱いたが亜人種はち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)座(・)れ(・)る(・)生き物のようで安心した。

「統治された後の我々の処遇がどうなるのか。アインズ様の采配次第では用済みとして処分されるのではないか、と不安に思う事はあります」

「支配下に置いた時点で用済みかもしれないね」

 あっさりした即答にクルシュは目を大きく見開く。

「さっきも言ったように裏切りさえしなければいい。コキュートスはどうかは分からないが、頻繁に命令は来るのかな?」

「い、いえ。たまに様子を見たり、聞かれたりするくらいです」

「統治した後で支配下に置いた者達をいじめたりはしないだろう。コキュートス以外の階層守護者は分からないが、ネチネチといびる事はしないと思うな。……あ、私の名前を出すと不機嫌になるから気をつけてね」

「……はい」

「あんまり話しすぎても駄目か……。そういえば、複製体は食料にはしないが進化の実験などに使うかもしれない。それは人間であっても同じだが……」

「……お役に立つのであれば……」

 本当は変なことには使ってほしくは無いが、今は逆らえない。

 思い込みかもしれないが、恐怖心は簡単には消えない。

 それが例え優しい言葉をかける人間であっても。

 圧倒的な存在なのだ。見た目は弱そうな人間であるヤントラが。

「恐いか……」

 身体はずっと震えっぱなし。

 それが分からないほどヤントラは鈍感ではない。

 微妙な空気を暗殺者(アサシン)のクラスを持つヤントラが見抜けないはずが無い。

「克服するには……、もっと恐い事をしようか?」

「もっと恐い事?」

「君の複製を一体、アインズに好きに実験させる為に捧げたらどうだ? 何をされるのか一番分からない恐怖があるだろう。そうすればここでの事など些細な事に思えてくるぞ」

 聞いているだけで怖気(おぞけ)が走る。

 そして、確かに今以上の恐怖だろう事は理解した。

「複製だぞ? 珍しい蜥蜴人(リザードマン)の複製なら案外大切にしてくれるかもしれない」

「大切にしてくれますでしょうか?」

「複製のことはアインズも承知しているが……、夫が居たな。彼の目の前でぐしゃぐしゃに潰されて脅されては困るだろうな」

「……よくそんなことを思いつきますね」

 それは最悪の展開だろう。

「……確かにそれはとても恐ろしい事ですわ」

 妻を人質にされていては夫であるザリュースはアインズを恨むか自害するかもしれない。妻が居るから従僕(じゅうぼく)を受け入れても耐えられる。それを失えば反旗を翻(ひるがえ)すかもしれない。

 子供は兄であるシャースーリューに預けておけばいいのかもしれないが、今後の処遇は気になってしまう。

「脅迫に使われるのは……、耐えられるかは分かりません」

「なら、渡す前に連絡を取るといい。それからコキュートスを通して引き渡す」

「そ、それならば……。大事にはならないかもしれません」

「アインズ達は複製の技術はまだ持っていない。実験として易々とは試さないさ。まずは小鬼(ゴブリン)などの雑魚モンスターから始めるはずだ。ちなみにアインズは複製よりアンデッド製作が得意だ」

 スキルによるアンデッド製作は低位から上位。経験値消費までこなせる。

 ナザリックの強化として色々とモンスターを蓄えているはずだが、それらの管理は大変だろう。というかどうやって管理しているのか、ヤントラは少し気になる。

 不死のモンスター軍団のような気がするのだが溜めすぎてもナザリックは平気なのかどうか。

 平気なら羨ましい空間だと思う。こちらは攻撃に弱く、空間には限りがある。

 まして管理する人材が圧倒的に少ない。

「身代わりならば人材の無駄な消費にならずに済む。身の安全……、部族の平和維持などを保障する交渉材料にしてみてはどうかな?」

 従僕となり、支配者からどんな命令が下されるのか恐れる毎日だった。

 集落の発展は許されているのだが、自分たちに与えられる貢物(みつぎもの)については不明。

 せいぜいアインズの石像に祈る事くらいだ。

「……それよりも我々の事をお考え下さり、大変ありがたいことですが……。や、ヤントラ様にご迷惑がかかるのでは?」

「もう既にお互い殴り合っていますから、今更な話しですよ。労働力はアンデッドが居ますから、君たちを強制労働させて疲弊させるメリットは無い。むしろ酷い扱いをして反感を持たれてしまうと考えるはずだ。その辺りはコキュートスとすり合わせるといい」

 懇切丁寧でしかもアインズの事を良く理解しているようだ。

 それはそれで驚くのだが、蜥蜴人(リザードマン)の未来を考えてくれる優しい心を持っていることにも驚かされた。

 クルシュが戦々恐々としている間、ハムスケは精神統一しているのか、難しい話しなので会話に入りたくなかったのか、大人しくしていた。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 二日目が終わり、黒い仔山羊の一体は予定通り夜間に動かなくなった時に一気に解体された。

 コキュートスでも硬い身体のモンスターは普通に戦っても討伐には時間がかかる。

 スキルなどで一刀両断できるような相手ではない。

 高レベルのモンスターはそれだけ強いのだ。

 無防備でもない限り、何の補助も無く刃が通ったりはしない。

 まず忘れないうちに大きな立方体ほどの肉塊を切り出す。

 中身まで硬いモンスターだとは思わなかった。それはそれで脱帽だ。

 メイドが持てるほどの大きさに更に何等分かに分ける。

 持ち運びが出そうな大きさになったところで『保存(プリザーベイション)』をかけ始めた。

 預かってきた『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』に次々と入れる。その作業が終わった後で残りの肉塊というか本体部分を切り刻んだ。

 驚異的な生命力を持っているのか、身体が大きいせいもあるのか、滅びるかどうか不安を感じさせる相手ではあった。

 ヤントラの言葉に従うなら滅びるはずだ。

 丸い身体を出来る限り分割していくと黒い仔山羊の身体から黒い靄が発生してきた。

 日が暮れているので見えにくいのだが、数分後には跡形も無く消滅した。

 周りに飛び散った触手のかけらさえも残さない。ただ、保存した肉塊の包みだけは変化が無く、先ほど切り出した肉塊の保存していない方の残りも消えていた。

 コキュートスは念のために包みの中を確認すると消えない肉塊の姿に驚いた。

「……バスパ様ノ見立テハ正シカッタヨウダナ。デハ、コレハ運ンデクレ」

 コキュートスの言葉に従い、メイドは『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』を施設に運んでいった。

「久方ブリニ、良イ運動ガ出来タ。ヤハリ、強者トノ鍛錬ハ身ガ引キ締マル」

 至高の四十一人が居れば稽古をつけてもらえたかもしれない。そんな淡い希望を抱いても仕方が無い。彼らは今は居ないのだから。

 複製が出来るのであれば持ち帰りたいところだが、それはアインズの許可を得てからでもいいだろう。

 懸案事項の一つは解決した。

 だが、黒い仔山羊はもう一体居る。

 こちらは技の練習台にしてもいいと言っていた。一撃で死なない格好の練習台。

 ナザリックを破壊する事無く出来るのは素晴らしい事だろう。

 別のメイド達が湯を入れた桶とタオルを持って来た。

「オオ。コレハアリガタイ。私ハ水デモ構ワナイゾ。ダガ、感謝スル」

 お礼を述べている合間にコキートスに治癒魔法がかけられる。

 傷だらけで戻ればアインズはたいそう心配するだろう。

 それを見越した配慮なのか、お客様をケガしたまま帰すのは失礼という事なのかは分からなかった。

 三日目の昼頃には『伝言(メッセージ)』にて主であるアインズに連絡する。

 追加の日時を伝えた。

 大人数で押しかけたせいで個人に割り振るモンスターが少なくなる、という旨を伝えると納得したようだ。

 それならば理解できるとして延長が許可された。

『……あれを保存したのか……。しかも消さずに……。……凄いな』

「イカガイタシマショウ?」

『盾……、そいつは今もお前の側に居るのか?』

「ハ、ハイ。アル程度ダメージヲ与エルト、メイド達ニヨリ治癒サレマス」

『練習台としてはちょうどいいか。しかし、そいつは身体が硬い。武器が傷むだろう?』

 アインズはコキュートスが自らの武器で攻撃していると思っていて心配しているようだった。

「武器ハバスパ様ヨリ貸与サレタ物ヲ使用シテオリマスノデ、ゴ心配ニハ及ビマセン」

『えっ、そうなの? 神器級武器でも使っているのかと思ったぞ。うむ、それなら問題は無いな。真面目に考えているところは小憎(こにく)たらしいな。ケガとかしていないか?』

 最後の言葉はとても優しげだった。その言葉だけで今までの疲れが吹き飛ぶような気持ちになる。

「ケガヲシテモ治癒魔法ヲカケテモラッテオリマスノデ」

『傷だらけで戻ってきたら半壊させてやろうかと思ったぞ。それよりコキュートスは身体の一部を切り取られて複製とか取られたか?』

「イエ、ソノヨウナコトハアリマセン」

 コキュートスは複製で気付くべきだったと思い、失念していた事に少し、いや、かなり恥じた。

 おそらく既に蜥蜴人(リザードマン)達の複製は取られているだろう。次は自分の番かもしれない。

『丸々ナザリックが奪われている気がするぞ。どうせ月に行くのならどうでもいいのだが……。やはり気にしすぎだろうか?』

「警戒ハ必要カト」

『そうか。コキュートスから見て、あいつはナザリックを攻めると思うか? 個人的見解でいいから聞かせろ』

 言った後でまた攻める云々を尋ねてしまったことを後悔した。だが、言ってしまったものは取り消せない、と開き直る。

「ハッ。蜥蜴人(リザードマン)達ノ教育ニ熱心ナ所デハ考エラレナイカト。コチラカラ攻撃シナイ限リ、トイウ条件ガ付クト思イマスガ……」

『うむ。……おお、そうだ。そこの施設の工事は続いているのか?』

「ハイ。工事ハ続イテイルモヨウデス。多クノ人間ガ穴ニ入ッテイクノガ見エマシタ」

『建設している時に何かあるわけはないか。その仔山羊の様子を見に行くから倒すな』

「畏マリマシタ」

 魔法での通話を終えて数分後にアインズが『転移門(ゲート)』で現われる。

「おお、本当に居た。あの野郎、このために持ち帰ったのか」

 ただ倒すだけじゃなくて利用まで考えていたとは。

 それは当初の案ではないはずだ。どこかで複製の技術に気付いたからこそ、こんなことをするのだろう。

 大きさといい、姿形といい。

 黒い仔山羊、そのものだ。

 今は召喚主との繋がりは無く、命令は伝えられない状態だった。

「……それとメイドか……」

 髪の色は変えられているがルプスレギナそのものだった。

 何か喋ってみろ、という命令をしてみたが無表情で佇むだけだった。

 治癒をかけてみろ、と言うとルプスレギナはアインズに魔法を使おうとした。

「愚カ者!」

 それ(治癒魔法)に気付いたコキュートスは武器を奮い、ルプスレギナの腕を切り飛ばそうとしたが繋がったままになった。切れ味が相当に良すぎるのか、少し経ってから音も無く静かに斬られた腕が落下した。

 斬った当人も驚く切れ味だった。

 かなり酷使した剣とは思えないほどだ。

 腕を切断されても表情一つ変えないルプスレギナ。

「よい、私が命令したのだ。……特定の命令に反応するのか……。それ以外には無反応……。人形のようなメイドだな」

 本来のメイドはこちらが正しい。

 ゲーム時代は与えられた命令しか出来なかったのが当たり前なのだ。表情豊かな方がおかしい。

「自分のケガを治すがいい」

 そう言うとルプスレギナは自分の腕に再生魔法をかける。

「魔法が使えるのだな。オリジナルが習得しているものは使える、ということか。こんな複製を見せられればオリジナルは混乱するな」

 複製で遊んでいるところがバレれば施設は破壊。

 複製の存在をナザリックに持ち帰ればオリジナルが大混乱。

 自我を持ってオリジナルを抹殺しようものなら、それはそれで大問題だ。

 様々な理由で複製を表に出さなかったのだろう。今は知られたのでコキュートスの側に向かわせているのかもしれないが。

 隠さなくなったヤントラは更に何を考えているのか分からなくなる。

「私への教訓のつもりか……。生意気な……」

 ヤントラをナザリックに引き込めば様々な利点が生まれる。隠す必要が無いからだ。

 黒い仔山羊すら手中に納める手腕には素直に驚く。

 世界を意のままにする、という言葉も夢物語ではないだろう。

 現実に月を支配しようとヤントラは考えているようだし、実現するだけの自信も方法も構築しているのだろう。

 こちらは国を支配する事ばかりだが、あっちもこっちも考えていられないのも事実だ。

 賢くて従順な部下。それも頭脳担当が幾人か欲しいところだ。

 ヤントラはナザリックの宝物には手を出さない、というか眺められたら満足する奴だから心配はない。

 手に入れても使えなければ意味は無い、と考える人間だからな。

 似ていれば充分、とも言っているし。だからこその複製とも言える。

「宝は自慢したくなるものだ。けれども、不届き物には見せたくないし、渡したくないな」

「ソノ通リデゴザイマス」

 さすがに皿を割って再生魔法で複製、というバカな事はないだろう。

 あればあったでこの世界の魔法はおかしい、ということになる。

 しばらくメイドや黒い仔山羊を観察しているとまだ開いていた『転移門(ゲート)』から黒い全身鎧(フルプレート)で身を包む者が現れた。

「お待たせいたしました」

 頭部に角の生えた面頬付き兜(クローズド・ヘルム)から漏れ出る言葉は美しい響きを持っていた。

「こ、これはアインズ様が以前に召還されたモンスター……」

「それの複製のようだ。アルベド、申し訳ないが警戒を頼むぞ」

 後から来て警戒も何も無いのだが、一応は支配者として命令する。

「畏まりました……、と……。戦闘メイドが……」

「それも複製だ。この近くには多くの複製が居るようだが……。襲ってはこないだろう」

「……バスパ様……、いえ。任務に入ります」

「施設に居る人間に見られても心配は無いだろう。それ以外に監視するものがあれば報告してくれ」

「はっ」

 大人しく死んだように動かない黒い仔山羊。

 ゲーム時代ではありえない事ばかり。

 モンスター退治が好きだった人間に何があってこんな趣味に走るようになったのだろうか。

 現地の人間でアンデッドを作成する自分も大きな声では言えないのだが。

「これは一体だけか?」

「二体ゴ用意シテクレマシタガ、昨日ノ晩ノウチニ始末致シマシタ」

「それも動かない……、わけはないな」

「ソノ場カラ動カズ、触手ノミノ攻撃ニ終始スル命令ヲ与エラレテオリマシタ」

 そのモンスターが居たであろう場所には五つの穴が空いていた。

 体液や肉片が見当たらないところは綺麗に掃除されたのだろうか。

「随分と綺麗に後始末されているな」

「死ヌト滅ビルヨウデ……。全テノ肉片ナドガマトメテ消滅イタシマシタ」

「……消滅する? では、どうやって複製体を手に入れたんだ?」

「死ヌ前ニ肉片ヲ切リ出シ、ソレニ『保存(プリザーベイション)』ナドノ魔法ヲカケテカラ始末イタシマシタラ……、保存シタ肉片ノミ消エズニ残リマシタ」

「それは本当か?」

 確認したのなら本当なのだろう。

 信じられず、思わず尋ねてしまった。

「肉片以外は消えたと」

「正確ニハ『保存(プリザーベイション)』ノ魔法ガカケラレタ肉片ダケデゴザイマス。魔法ガカケラレナカッタ方ハ全テ煙ト共ニ……」

 倒せると思っていないと思い浮かばない発想だろう。

 それならばきっと竜(ドラゴン)も保存しようとするだろうな。

「……世界を手中にする話しは夢ではないようだ」

 黒い仔山羊に手を当てるアインズ。

 種族スキル『負の接触(ネガティブ・タッチ)』でも動じないようだ。

 特殊な条件でしか呼び出せないモンスターをじっくりと観察するのは初めてかもしれない。

 相当な硬度を持つ皮膚。

 太い足に長い触手。

「戦力も大事だが研究対象も必要だろうな。使い捨てばかりでは勿体ないだろう」

 特に貴重なモンスターはアイテムと同じく、失うのが勿体ないと感じさせる。

 貧乏性とあいまってコレクター魂を刺激される。

 ヤントラの持つ武具はナザリックの鍛冶師達が『作れる程度』なので奪いたいとは思わないが、モンスターは少し魅力を感じている。

「……誤った命令で大暴れすれば世界に危機が訪れる。なるほどなるほど。人形とて侮れないな」

 自我を持たずに保管する。それはとても大事な事だろう。

 ヤントラは中途半端な研究結果のままナザリックに引き渡すつもりはおそらくは無いだろう。

 慎重さにかけては今までの事を考えれば自分と同等レベルはあるだろう。

 ネタバレについては疑問だが。

「超位魔法で呼び出すモンスターが簡単に死ぬようでは困る。……それにしても複製はどれほど作れるのだろうな」

 限界と思われる五体なのか。五百体なのか。

 作っても動かないのであれば戦力にはならないし、動いて制御できないものはナザリックにとって脅威だろう。

 自我を持たない、という部分はとても大事な事なんだろう。と、さっき思った事が浮かんでしまった。

 自分で解き明かしたい、とは思うが忙しい事もあって研究に割く時間がなかなか取れない。

 かといってヤントラにばかり研究させるのは面白くない。

 安全度が高まるのはありがたいが。

「動かないモンスターから様々な情報が得られるとは、勉強は大事だな」

 部下に任せっきりでは思考力が育たない。

 研究施設の必要性についても考えておかなければならないだろう。

 部下の顔色の事ばかり考えていては支配者としてバカなままな気がしてきた。

「コキュートス。最初の一体の肉片はどうした?」

「メイド達ガ持チ帰リマシタ」

「なら、これは用済みだな。いくら戦力増強といっても無限増殖させてナザリックが崩壊する事態は私の本意ではない。他人の管理が及んでいるモンスターを勝手に持ち帰るのは危険だ。調査をした上でなければならない」

 子犬を拾って内緒で育てていたら巨大な魔獣三つ首の地獄の番犬(ケルベロス)になって暴れだす、こともあるかもしれない。

 提供された複製体のすべてを調査したが見事の一言に尽きる。

 一部は部下へ久方ぶりの食料として提供したのだが、安定供給となると頭を痛める問題だろう。

 無理して人間でなければいけないわけではないが。

 嗜好品は必要かもしれない。

 皇帝(ジルクニフ)に死んでもいい人材を貰えたとしても限りがあるだろう。

 多くがアンデッドであるお陰で数万体、数百万体も人間が必要という事態にならなくて助かっているが。

 自国民を餌として搾取するのはアインズとて心を痛める事態となりそうな気がした。

 魔導国の国民は大事に扱いたい。同時にナザリックの部下達も。

 支配者は辛いな、と思う。

 

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