※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

125 / 213
I-15 魔導王を冷やかす

 ガンマは『飛行(フライ)』で浮いた後、己の身を回転させて湯気を吹き飛ばしていく。

 それから虚空からタオルを出して濡れたタイルの水気を取っていく。

「ガンマ殿と言ったな。床掃除なら我らも手伝おう」

「水気があるので滑りやすいと思ったまで。ご助力には感謝する」

 従者達数人ですばやく床の水気を取る。

「どうぞ」

「うむ。……そういえば、皆さんは目的の場所などはおありか?」

「大体の様子を見るのが目的だから、特に希望と言うものは無い」

「僕のオススメはやはり宝物庫らしい部屋でしょうね」

「それより危険は無いのだな?」

 護衛や騎士達は安全なのかどうかが気がかりだった。

 レエブン侯は複製の存在は聞いているのだが、それらを見せるのは国王にとっては心労に繋がるおそれがある気がした。

 攻撃は無いだろうが、凶悪な巨大モンスターが控えているのは精神的に良くないだろう。

「敵勢力は私が駆逐しますので、どうか遠慮なくお進みください」

 と、ガンマは言った。

「何が出てくるか……」

「出て来ても我が軍団を召還し、殲滅いたしますとも。あの『黒い仔山羊』とて物の数ではない」

 五体以上はさすがに逃げたいが。

 三体ほどなら対処が出来る自信はある。

「あー、あの大きいモンスターですね」

 危機感の無いンフィーレアに騎士達が物凄い恐い顔で睨みつける。

「ンフィーレア君は実際にあのモンスターの脅威を見ていないから仕方ありませんよ」

「観察するのは好きなんですけどね」

 平民のンフィーレアに真の脅威を伝えてもどうしようもないだろう。

「実際に見てみたかったですわ。おぞましい脅威のモンスターの姿を」

 にこやかにラナーは言った。

「ナザリックにてお見せしましょうか、ラナー王女。あそこなら気兼ねなく走らせる事ができるので」

「まあ、それは楽しみですわ」

「……すげーな、この王女様は」

「……もちろん戦わせたりはしませんよ。ナザリックには闘技場がありまして、様々なモンスターを相手に鍛錬を積ませているのです。最近は侵入者も無く、暇をもてあましておりましたが、良い素材を色々と手に入れられたので賑やかになってきました」

 ナザリックのモンスターは再出現に時間がかかり、弱いモンスターばかりという問題点があった。

 強いモンスターは貴重で数も少ない。

 傭兵に割く金貨ももったいなかった。

「ナザリックのモンスターは聞いているかは分かりませんが、本来は防衛の為に存在しています。外に出す予定は無かったのです。ですから、国周辺で大量のモンスターが溢れる事態が起きていないのですよ」

「勝手に出てくるアンデッドはなんなんだ?」

「その土地特有の自動的に湧き出るモンスターなのでしょう。カッツェ平野もそのタイプのようですし。各地でそういう場所があって、モンスターが発生していると思います。我々の責任ではありませんよ、そこは間違わないでいただきたい」

「我らのアンデッド兵は全て制御されております。勝手な振舞いはありえません」

「……それは本当か?」

「一部は種族的な特性で暴走状態に陥る事も……、無くはないのですが……。勝手な解釈で破壊を振りまく輩は確かに居ます。あとで叱りますけど」

「……銀髪の吸血鬼もお宅の部下なのか?」

 すぐに浮かぶのはシャルティアだが、王国に吸血鬼を精神支配する宝は無いと報告を受けている。

「居ることは居ますが……。どの吸血鬼なのでしょうか? 銀髪と言ってもたくさん居るんですが」

 そうアインズが言うとブレインは唸った。

 吸血鬼被害は野盗以降は聞かれず、漆黒の英雄モモンが討伐した事になっていた。

 確かに被害は無いが、尋常ならざる吸血鬼は今も生きていて隠れているようにブレインには思えて仕方が無い。

「ゴウン殿の住処には吸血鬼も居るのか」

「異形種だらけで申し訳ない。だが、みな私の大切な家族だ。一部、例外はおりますが……」

 その例外が自動的に湧き出る者と傭兵召還のシモベ達だ。それと最近引き入れた蜥蜴人(リザードマン)達のことも思い出した。

 死体を媒介にして呼び出すアンデッドも当てはまるかもしれない。

 ある程度、集まったところで『全体飛行(マス・フライ)』で次の部屋に移動する。

「……うわ……、これはすごいな」

 部屋の天井に届くほどの金貨の山。

 改めて見ると迫力がある。

「皆様はあまり進まぬように。生き埋めになってしまいます」

「了解した」

 ガンマは騎士達に笏(しゃく)で進行を妨害しつつ注意を促す。

「これがアインドラ卿の財宝か……」

「……永続化(パーマネンシー)のコストかな」

 それぞれ様々な感想を抱いた。

 地下施設を丸ごと浮かせる気なら到底足りないかもしれない。

 容器と溶液、指輪などを購入しつつ実験を繰り返せばおのずと金貨の生産もえげつないものになるのだろう。

 蘇生魔法ならもっと目減りが早いかもしれない。

「んっ?」

 アインズは金貨の裏にある棚に気付いた。

 『飛行(フライ)』で金貨の山を蹴散らして進むと貴重なアイテムが詰まった風景が広がる。

「おお、なんと。これは凄い」

 今では手に入れるのも絶望的な希少金属が詰まっていた。

 他の棚にも色々なものが入っている。

 データクリスタルまで。これは一つ一つ手に取って調べた。

 このアイテムは手に取らないとなんの効果なのか判別出来ない。あと、見た目は全て同じなので外見だけで判断することは難しい。

 全てを調べるのが困難なほど豊富にあった。

「鍛冶師連中が見たら喜ぶだろうな」

 すべて貰いたいところだ。

 奪うのは容易いだろう。

 だが、これが『金の卵』だ。潰してはならない秘密なのだろう。

 感情が高ぶったせいで抑圧される。基本的に喜怒哀楽全ての感情を抑制するようだ。

 楽しい事は楽しいままでいたいので時々、面白くないと思ってしまう。

「……あー、くそ。少し欲しい」

 特にデータクリスタル。レアものが混じっている。

 効果で分けられているわけではないようで、ランダム要素の為にまとめて詰め込まれているようだ。

 ナザリックにこっそりと運ばれる資源にも稀少鉱物は入っていたが、ここは更に稀少なアイテムの宝庫となっていた。

 正しく宝物庫に相応しいだろう。

 これだけの物を一人で考えて作ろうとした手腕に改めて敬服すら覚える。

 手に入れる方法はあるにはある。仲間に引き入れればいい。

 金の卵を産む鳥を殺さなくて済む。方法さえ得ればヤントラは用済みだ。という事が浮かんだ。

 もちろん、短絡的な思考ではそうなるのだが、技術が足りない。

 タブラ・スマラグディナの影響を受けているだけあって一筋縄ではいかない発想を持っている。

「……転職アイテムも豊富にあるとは……。なるほどな。パワーレベリングに必要なものがあるから公開したのか……。頭はちゃんと使っているのだな」

 色々と納得し、みんなの下に戻った。

「価値の知らん盗賊にはやれん宝ばかりだ。正直、驚いたよ。ンフィーレアはこの宝は自由に使っているのか?」

「直接は使っていません。こちらが頼んだ材料を持ってきてもらう形です。あれらがどれほどのものか、まだ研究もしていないんです」

「それはもったいないな」

「おばあちゃんが研究しているもので。僕はお手伝いの合間に見せてもらっているだけです」

「アインズ様でも素晴らしい宝と言えるのですか?」

「もちろんですよ!」

 ラナーの言葉にアインズは声高に言った。

「美術品も価値はありますが、アイテム製作において素材アイテムは何より価値のあるものです。手に入れたくても少ししか手に入らない。乱獲覚悟で集める事もありました。良い武具を作るにはレア中のレアをたくさん必要と……。おほん、少し興奮してしまいました」

 アインズはついつい興奮して自慢話しを始める所だった。

 仲間たちとレアアイテムを求めて旅をした光景が今でも蘇るほどだ。

 ざっと見た感じでは課金アイテムは無さそうだった。さすがにそれは無いかもしれない、という予想はしている。

 課金アイテムは世界級(ワールド)アイテム並みに優遇された効果を持っている。

 失えば新たに生産する、ということは当然不可能だしナザリックの全てをかけても無理だとはっきり言い切ることができる。

 宝物庫にある指定された武器を転送したり。もちろん、ゴミアイテムもある。

 散財した結果が山積みになっている光景は己の戒(いまし)めとして残している。

「王よ。一部を税として徴収すれば国庫が潤(うるお)うかもしれませんぞ」

「あら、それは駄目ですわ」

「んっ? ラナーよ、何か知っているのか?」

「これらは魔法の触媒ですもの。それに流通させてしまうと金貨の価値が下がってしまいますわ」

 ヤントラから説明を受けたのだろう。ならば、これらを持ち帰らない、または持ち帰れない理由も知っているかもしれないとアインズは黙って聞き耳を立てた。

「この金貨は生産できるものです。あらゆるものを金貨に換えるアイテムによって」

「そんな錬金術が実在していたのか」

「無尽蔵に生産できる金貨に価値はありませんわ」

「この金貨は市場では使えないと聞いたことがありますが……。使えたら大金持ちでしょうね」

「価値は確かにあるそうです。この金貨一枚につき交金貨二枚分と言われました」

 と、アインズは言った。

「これだけの量なら国家予算並みがあるということに……」

「無収入の彼に税金は……、酷かと」

「……レエブン侯。あいつはどれだけの資産があるのか、ご存知なのでしょうか?」

 アインズの質問にレエブン侯は首を傾げた。

「ラキュースは金貨二百万枚分をあげたと言ってましたわ」

「二百万枚……」

 去年まで三ヶ月で無くなると聞いていたのに急に増えたな。

「ラキュースが復帰して資産が戻りましたからね。その影響でしょう」

 正規の資金で宝物庫を作っていたらしいが拡張に色々と失敗している事が気になってきた。

 無駄なスペース。それが貧乏性のアインズには少しだけ眉根を寄せる事かもしれない。

 なんてもったいないことを、と。

 助言をしてくれる人間が居ないのであれば仕方が無いのだが。

「一度、吹き飛ばして我々が造りなおした方が……。その前に色々と運び出さなくてはならないな」

 ところどころはナザリックを参考にしているのだろうが、思いっきり試行錯誤が残念な結果になっているぞ、と叫びたくなった。

「……作る前に優秀な設計士を雇った方がいいな。もう手遅れのようだが……」

「……あはは。設計士までは気がつきませんでした。……あー、どうしましょう……」

「資材置き場としては申し分ない。余計なものが無いから経費も意外と安上がりだったのではないか?」

「全て込みで金貨五十万枚程だったかと」

 資産から考えれば、これだけの規模の施設で金貨百万枚以下は安いかもしれない。

 完全に掘り抜いているし、たくさんの職人を雇い入れていたのだろう。

 対してこちらは鉱山の権利を買うだけで後はアンデッドに任せれば金貨千枚規模で済む。

 大規模開発しない差かもしれない。

 アインズとしてはもったいないことをしていると思える。

 正方形という事で一つは無駄があるかもしれないな。

「……どう考えても……、バカだな、しか出てこないな。正方形にこだわりがあるのかな。バレアレ氏はこれらのアイテムを使っているんだったか?」

「はい。おばあちゃんは何か作っては売っているはずです。大半は研究のようですが……」

「……ああ、それでも収入が無いと」

「無い、というか……。おばあちゃん、タダをいいことに何も払ってません」

 アインズを含めて多くの者が頭を抱えた。

 これでは真蒼の薔薇の連中と同じではないか、とアインズは唸った。

 仲間が居ないというのは散財する結果になるのだな、とアインズは自分たちの仲間の大切を痛感する。

 払えば出て行ってしまうとでも考えて何も言えない、とすれば可哀想な奴だなと思う。

 実力はあるのに。度胸もあるのに、と。

 全てをやるから友達でいてくれ、とは弱者の考え方だろう。

 ナザリックから離れて暮らしてもナザリックの影響が迫って何も出来なくなる。ならば手が出せないような方法を考えるしかない。

 その結果が宝物庫なのかもしれない。

 真の姿は月で建設されるのだろう。

 ほぼ誰にも邪魔されない孤独の楽園。

「ランポッサ国王。あいつはいい奴だぞ。大切にしていれば国が潤うかもしれん」

「……ゴウン殿」

「ガンマよ。指定するアイテムをいくつか運べ」

「畏(かしこ)まりました」

 棚に置いてある鉱物資源とは違うアイテム類を次々と集めさせた。

「それらは展示品ゆえ使用は禁じると司書長に言っておけ」

「はい」

「あら、泥棒ですか?」

「公開した時点で狙われるのを覚悟しているはずだ。それにそこまでずぼらとも思えん。持ち出し厳禁なら封印しておくだろう」

 盗む気だとしてももっとたくさんの稀少アイテムを持ち出すはずなのに、アインズは見た目には地味なものばかり選ばれている。

 綺麗な宝石類よりも価値があるものだろうか、とラナーは首を傾げた。

「手を出すと種族が変わると言われていたんですが……。それらは凄いアイテムなんですか?」

「それなりに。資料として頂いていく」

 見るものを見た一同は大浴場を通って広い空間に戻る。

 国王も全てを見る気は無いようだし、移動に文句も言わなかった。

 七の宝物庫に先ほどは居なかったメイド達が横一列に並んでいた。

 総勢十人ほど。その全てがナーベラル型だが、髪の色は全員違っていた。

「ついに出てきたか」

 アインズは『全体飛行(マス・フライ)』の効果が続いているので全員を部屋に入れてから床に下りた。

 同じ顔が並んでいる光景に騎士達はどよめいた。

「美姫ナーベ!?」

「いや、確かに顔は似ているな」

 それぞれ様々な言葉がもれ出る。

 一人ならばあせる所だが、黒髪が一人も居ない。側に居るガンマを除けばの話しだが。

「アイテムは貰っていくぞ」

「もう一つ……、進呈したいものがございます」

 ナーベラル型は一メートルほどのシーツに包まれた箱を『無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)』から取り出し、床に置く。

「主の秘密でございます。中身は……、再現なので本物ではありません。あくまで形だけ似せたものと聞いております」

「うむ」

「説明が長いのですが復唱いたしますか? それとも執務室にてお読みになりますか?」

 割りと枚数のある羊皮紙をアインズに差し出す。

 どういう意図かは分からないが、これは確実に罠で引っかかった、と言えるだろう。

 アインズが来る事を知っていた、となれば疑いたくなる。

 それとも条件付きの発動イベント、ということもありえる。

「国王を長居させては失礼だろう。持って帰ってゆっくり読もうか」

「畏まりました。それと伝言でございます」

「んっ?」

 ナーベラル型の一人が軽く深呼吸した。

「本来はマナー違反だけどぉ、恥ずかしいプライベートなぁ、情報ぉ、なんだからねっ、ぷん、ぷん。……以上です」

 甘ったるい声。人差し指を突きつけたり、片目を瞑(つむ)ったり、両手を兎の耳に見立てたり、腰を振ったりとジェスチャーを交えさせ、演技がかった言い方をしてきた。

 言い終わると無表情でお辞儀した。

 側に居るガンマはこめかみに血管を浮かび上がらせて怒りを堪(こら)えているようだ。

 一人ならまだしも他のナーベラル型もそれぞれ踊りだしていた。

「………」

 同じくアインズからも怒りがどす黒いオーラとして噴出した。それだけでナーベラル型の何人かは後方に転がっていった。

「ゴウン殿!? いかがされた?」

「あの変態野郎……。メイドに何を教え込んでいるのやら。国王、あの変態に仕事を与えた方がいいぞ。遊ばせておくのはよくない」

「そうか? 検討はしてみるが……」

 のんびりとした国王の言葉だが、アインズ達はそれどころではなかったようだ。

「貰うばかりでは困りますものね。……貰ってはいるのですね、そういえば」

「……ラナー王女、なんの事かは予想できますが……。元々は……、単なる腹の立つ奴だったんですが、何があってあんな変態になったのでしょうか?」

「アインズ様がご存じないのであれば、我々にも答えようが……」

 ガンマは包みと羊皮紙を受け取り、虚空に消した。

 最初からタレントに影響されていたのかもしれない、と考えられればいいのだが他にも原因があるのかもしれない。

 それもこれも渡された内容を読み込んでから判断するしかないだろう。

 というか、大きな包みには何が入っているんだろうか。

 複製の一種、という気はしないが。

 あれも最重要極秘指定の情報になりそうだ。

「メイド達は他に伝言は無いのか?」

「さっさと帰れ、バーカ」

 十人同時にナーベラル型はアインズに尻を向けて言い放った。

 後ろに居た騎士達から苦笑の音が聞こえてきた。

 当然のようにアインズは激怒し、オーラを噴出する。

 ガゼフはここまでアインズをバカにする存在は見た事がないし、分かっててやるのはヤントラにしか出来ないだろう。

 クライムも思わず笑いそうになった。

「……ガンマ、始末しておけ」

「畏まりました」

 ガンマは笏(しゃく)を構えてナーベラル型に武器を奮う。

 魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)とはいえレベルで言えば物理攻撃でも一般の冒険者並みにある。

 今は更に強くなっている。

 一閃すればナーベラル型の首は全て床に落ちて転がる。その後で胴体が崩れ落ちて血が漏れ出る。

「おあ!」

「なんということを……」

「見事な手並みですわ」

 ラナーはガンマに微笑みかける。

「……ゴウン様も始末を選ばれるのですね」

 人間の首が転がるのにンフィーレアは慌てなかった。それは見慣れた光景だからだろう。

「それは必要な処置だ。ンフィーレアも知っているのではないか?」

「そうであっても……、利用できない命は可哀相だと思います」

「教訓と言うものは見て、聞いて、体験しないと分からないものです」

「本来は始末しなくていい従者が欲しいのだろう。だが、それはまだ研究段階のようだ。王よ、ひどいところを見せたな。この施設は意外と命の価値は低い。軍事的に利用するのはやめた方がいい」

 そう言っている間に別のメイドがやって来て死体を淡々と片付けていく。

 複製は作れば作るほど肉体的な劣化が起きる予想が立てられていた。その兆候が判明すれば有意義な使用方法に切り替えるのかもしれない。

 自動的に湧き出るモンスターを人工的に作るようなものだが、肉体的かアンデッドかの違いだけで扱いはナザリックと大差ないのかもしれない。

「……我々も奴に大きなことは言えんだろう。モンスターを遠慮なく殺しつくしているのだから」

「うむ。教訓として胸にとどめて置こう。皆の者、移動を」

「はっ」

「影武者としては優秀な素材のはずなのですが……」

 ラナーは複製の利用方法を模索しているようだ。

 ガゼフは背筋に冷たいものが落ちるのを感じた。

「本物を殺してなり代わられては困りますよ、ラナー王女。余計な知恵をつけられると非情に厄介です。そのガンマも自害を選ぶほど本物としての証明が出来ずに苦しんだほどです」

 名前を呼ばれたガンマはラナーに一礼する。

「見分けられないものですか?」

 綺麗になった床を確認し、騎士達は散開する。

 一部は階段の様子を確認する。

「身体は本物ですからね。知識を与えると魔法的な区別はほぼ無理でしょう。厄介な事に本物の技術を体得しています」

「人間は日々進化している。おいそれと偽者や複製……などには」

「それが一人なら問題は無いかもしれませんが、複数居ると大変ですよ。事前に身体に傷を付ける事態は避けたいところです」

 複製と本物を区別する方法は確かにあるのだが、自然に振舞われると見分けがつきにくい。

 一人ひとりのデータを全て頭に叩き込まなくてはならない、というのは大変な労力だ。

 あと、本人が区別できても周りが出来なければ意味が無い、という報告も書かれていた。

「全ての人間が真偽の見分けに優れているわけではありませんものね」

 多少の知識を持っていればとても厄介だ。

「実際には都市にばら撒くつもりは無いようですが、持ち帰らない方がいいでしょう」

 餌(えさ)としては優秀だが。

「まさか、既に王女の複製なども?」

「ふふふ、あるかもしれませんね」

 楽しそうにラナーは言った。

 王女の様子では本当に複製があるのかもしれない。

 利用方法や不利益についても独自に考えているようだ。

「ゴウン様。複製を仮に野放しにするとします。彼らはどうなっていくのでしょうか? モンスターのようになったりするんですか?」

「人間は人間です。普通に生活すると思います。寿命もあり、子孫も……。………」

 アインズは気がついた。というか思い出した。

 複製の本当の使い方を。

 だからこそ、月に持っていく。そして、複製でも良い理由を。

 賢い人間は小憎(こにく)たらしいが、色々と教わるものはあるようだ。

 このところ忘れっぽいことがあるような気もする。記憶に頼るのは危険かもしれない。

「いやいや、恐れ入る。あははは」

 骸骨が笑うと騎士達に緊張が走る。

 アインズは膨大な素体を必要としている理由もおのずと理解した。

 これだけの広い空間を必要とするはずだ、と。

 あいつは本気で人の住める星にする気だと。

「ガンマよ。私が浅慮(せんりょ)であったばかりに耐え難い仕打ちをした。許してくれ」

「ア、アインズ様!?」

 部下に頭を下げるアインズ。

 ガンマはすぐに跪く形で主の側に行く。

「自我を持つデメリットに気を取られていたようだ」

 自我を持って暴れられたり、逃げられたりすれば混乱が広がる。

 月へ行くまでに複製の挙動を確認するための研究をしていたのだろう。

 その為の『悪用方法』だ。

 複製に気づかれては元も子もない。処分は必要な措置なのだろう。

 周りから得られる知識の経験をリ(・)セ(・)ッ(・)ト(・)する上で。

「ガゼフ殿達は……、特訓を受けるとき、あいつからどんなことを言われました?」

「どんなこと?」

「あなた達を強くする理由……、とか色々です」

「……後世に何かを残す、とかなんとか」

 弱いまま置いていきたくないのだろう。

 弱すぎるとアインズとて魔法の撃ちがいが無い。

 コキュートスも本気が出せない。

 フラストレーションが溜まる一方だ。

 歯ごたえのある敵はアインズとて結構な事だ。ナザリックを攻めない限りは。

 ゲーム時代は高レベルのモンスターが居るダンジョンなどがあるから楽しめた。だが、この世界には見つかってはいないが今のところ雑魚ばかり。

 強いシモベを作る楽しみも無い。

 弱すぎると媒介に耐えられず消滅してしまう。

 自前のモンスターを倒す以外に方法が無いのは虚しい。

 

 秘密を多く得ている彼らを始末すれば外部に情報は漏れないかもしれない。

 隠蔽体質の自分ならその方法を選びがちだ。だが、ラキュース達は妨害の意味で王都に控えているのだろう。

 帝国と竜王国も施設の中を見せてもらっているようだし。

 これがナザリックならば、情報漏洩は防ぐだろう。だが、ここは他人の施設だ。

 それとナザリックの秘密はそれほど見当たらない。というか自分でいくつか喋ってしまった。

「皆さんを強化して私を倒させようとしているのでしょうか?」

「王が側に居る状況では、こちらが不利」

 それにアインズとガンマは共に魔法詠唱者(マジック・キャスター)。戦士には戦い難い相手だ。

「ゴウン殿を倒すためと言うより自分の力の限界を高めたいと思うのが優先されるだろう。新たな武技の開発など。まだまだ自分は強くなれると」

「以前よりも多くの武技が使えるようになってきたし、吸血鬼(ヴァンパイア)が出て来ても良い戦いが出来るんじゃねーか」

 ブレインがシャルティアが逃がした人間かもしれないが、精神支配した人間では無さそうだ。それなら放っておいても大丈夫だろう。

 ざっと周りを見渡した限り、武装したシャルティアに勝てるとは思えない。

 神器級装備の階層守護者はにわか剣士に勝てるほど弱くは無い。第十位階と色々な隠し玉を持たされたNPCだから。

 野盗に生き残りがいる事は既に調べてある。それらがそもそも世界級(ワールド)アイテムを持っている方が疑問だ。

 王国の周辺は未だに調べてはいるが世界級(ワールド)アイテムの情報は無い。代わりに王国の至宝と呼ばれる『剃刀の刃(レイザーエッジ)』に代表される武具があるが、それらが世界級(ワールド)アイテムではないことは確認済みだ。

「そういえば、疑問なのですが……。アインズ様はモンスターをけしかけて国を落とさないのですか?」

 ラナーの凄い疑問を受けてアインズは唸った。

 凄いこと言ったな、この娘は。と驚いてしまった。

「えっ? 私は住人を皆殺しにするような真似は……、好きではありませんよ。ナザリックの平穏が保たれれば良いので」

「地味な政治的侵略は時間がかかりますよ」

「急ぐ理由があれば別ですが……」

 ゲームは長く楽しみたい。あっさり終わってはつまらない。

 そう、つまらない。

 ヤントラはタレントにより早々に結論を『視て』しまったから脱落を選ぼうとしている。アインズはこれから自分も同じ道をたどらないように慎重に事を進めることにした。

 焦(あせ)っても仕方が無いのと、外交が今は楽しいという事もある。

 冒険者モモンとして各地の店や風土を学ぶ事も好きだ。

 自治を得た今、ナザリックの周りは都市化が進められている。

 易々(やすやす)と侵入を許すような事は無いだろう。

 あったとしても撃退するが。

 国を挙げて侵攻してきた時に返り討ちにして領土を得る計画。

 相手側の侵攻に対処する形ならば大義名分はアインズにある。それまでは色々と勉強していくだけだ。

 ナザリック侵攻に関してヤントラは何も言及していないようだとイビルアイ達から聞いている。

 というか特訓に入ると地下にこもって外界の情報を得にくいらしい。

 そこは真面目だなと思った。

「魔導国はこのような施設をお造りになられるのか?」

「造ること事態は……、可能でしょう。あとは技術、といったところです。ただ、最初に考え付いた人間並みに理解していなければ後々問題が発生してしまいます」

 屠殺場のような物は魅力的だと感じたが高レベルの人間を増やせば反乱が恐ろしくなる。あと、管理が面倒くさい。

 生徒達に魔法を講義するのも正直、面倒だ。

 あちこちに第十位階や超位魔法が使える人間が居ると破壊活動が起きそうな予感がする。

 ヤントラのように途中までの強さを与えるのは意外と理に適っていると言える。

 王国兵士数万人のレベルを上げるとなれば用意するモンスターは桁違いになる。

 鍛えているうちに戦争が終わってしまうだろう。

 帝国も同様だ。

 高レベル同士の戦争は見ごたえはあるだろうが、毎年のように続けるのは不毛だろう。

 増長する者が出てくるのも時間の問題だ。

 力こそ全て、みたいな世紀末的結末が浮かぶ。

 実際、ナザリックはそんな感じではあるのだが、制御と管理は徹底している。

 秩序は大事だ。

 管理社会だとブラック企業が浮かぶが、バランスというか匙加減は大事だろう。

「便利な部分だけ考えてしまいがちですが、危険な要素をぬぐえないうちはおいそれと使えませんよ」

「あらら。慎重なのですね、それだけの実力がありながら」

「上には上がおりますから。油断せぬよう気をつけているだけですよ」

 途中で何度かアインズが怒ったようだが、大事に至っていないようでレエブン侯は安心した。

 お互いを知るから出来る事もあるのかもしれない。

 

 魔法によって地上に戻ると新鮮な空気が出迎えてくれた。

 地上におびただしいメイドでも控えて嫌がらせてをしてくるかと思っていたが何も無かった。

 複製で忘れていたが『黒い仔山羊』のことを思い出す。

 あとで『転移門(ゲート)』で行って、分けてもらおうか。

 召還するたびに大量の生(い)け贄(にえ)を使うのももったいないし、面倒くさい。

 ナザリックでパワーレベリングをしない理由は単純だ。出来ないモンスターだらけだからだ。

 プレイヤー以外は拠点ポイントなどを使ったり、召還の儀式によるものが多い。

 おのずと外部から手に入れてくるしかない。

 魅力的な施設ではあるのだろう。

 アインズは素直に感心した。

「城まで送りましょう」

 もっと奥にあるはずのものを見ないのは使用方法に気付いたからだとラナーは思い、納得した。

 魅力的な素材なら奪い取るかと思ったがアイテムを少し手に入れただけで満足する。そんなはずは無いのだがアインズには金貨は興味を引くようなものではなかったのだろう。

 並みの財では動かない。

 外交を中心にするようになってから攻めにくい相手となった。それはもちろんアインズ側も同じだろう。

 性急に計画を進める気が無いのか、世界征服を短期間で達成するのはもったいないと感じたのか。

 アンデッドとはいえ意外であり、とらえどころの無い『興味』を抱かせる相手だと思った。

 ンフィーレアは祖母の様子を見るために残り、他は『転移門(ゲート)』で一部の従者は馬車で王都に戻る。

 王の身を案じるアインズは騎士達からも好感が持たれたようで安心感が広がっていた。

 高圧的ではなく、紳士的な態度にガゼフも改めて驚いた。

 戦争時とは違った側面が見られた気がする。

 アインズ・ウール・ゴウン。

 ただの強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではないようだ。

 世界を敵に回す者とは思いたくない存在でもあった。

 

『第十章 万魔殿』へ続く

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。