※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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J-8 ユリが現れた

 モモンは空を見上げた。

 最初から何かを間違えていたのかもしれない。

 ヤントラはたびたびナザリックに来ては食事や買い物に来ていたし、原住民を連れてきた。

 決して不法侵入はしてこなかった。アインズが不在の時にも来ているがユリやセバスが指輪の管理をしているから報告が上がらないはずが無い。

 請負人(ワーカー)は元々は帝国の仕業だ。

 部下からの報告ではヤントラは請負人(ワーカー)は送らないように言っていたことも確認した。

「……ナーベ。帰るか」

「えっ?」

「頭を使わない支配者の末路だ。いいさ、モモン。部下を借りた手前、多少の殺し合いは許容している」

 帰ろうと本気で思ったがヤントラは穏やか口調で言ってきた。

 それはとても哀愁が漂っているように感じるものだった。

 全てを諦めてもうすぐ死ぬような。

「………」

 モモンは軽くため息のような吐息を吐いた後でヤントラの目の前に近寄る。

「そっか」

 と、言いつつヤントラの頭に拳を落とす。

 ゴンっという音がンフィーレア達に届く。

「……お前のネタバレ……。遺書のつもりか?」

「どうだかな。本能の赴くままだから分からないな」

 胸倉をつかんで持ち上げる。

 今のモモンは『完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』で百レベルの戦士としての能力を持っている。

「……全く……、あの人はとんでもない化け物を育てたものだ」

「努力も忘れてもらっては困るな」

 無骨なガントレットに包まれた手刀がモモンの喉に突き刺さる。

 高レベルの攻撃なので無効化されずに通った。

「……おう」

 モモンが仰け反り、ヤントラから手を離した。

「お前にスパイがどうたら言われるようでは遺言も勝手に出てくるんだろう。本能のままに生きるのだからどうしようもない。面白いと思う内は生きようとするんだから」

「面白くないと死に繋がるのか?」

「死ぬのか。無感動な人形と化すのか……。それは考えるのが怖いから考えたくないな」

 モモンは背中からグレートソードを一本抜き放つ。

「単純な物理攻撃だ。お前が勝てばナザリックの階層を……駄目なもの以外で一つ貸そう。好きなように改造するがいい」

「……小さいな、心が」

「うるさい黙れ! ナザリックのどこかの階層とお前の宝物庫を転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)で繋ぐ事を許そう」

 往復できるのはありがたいが財宝が盗み取られる気がする。あと、デミウルゴスが入り浸りそうな気配がしないでもない。

「……中途半端だな……」

「私なりに妥協した結果だ」

 イビルアイからすればナザリックと接点を持つだけでも物凄い事だと思う。それを中途半端だと言うヤントラには分かるのだろう。

 モモンの言っている規模が。

「……モモンさん。この宝物庫と『転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)』で繋ぐのは危険かと」

 一時的ではなく恒久的な意味で危険だとナーベは告げている。

「それは分かっている。リスクを恐れていては前進は出来ない」

「おそれながら……。ナザリックの益になるとは……」

 目先の利益の方が大きいと思われているのだろう、とモモンは思った。

 リスクは怖いし、解決策は満足に練られていない。まだまだ知らない事実が眠っている気もする。

「……それでお前が勝ったら……、後腐れも無く殺すのか?」

「この施設丸ごと切り抜いて月に追放してやる」

「も、モモン様!? それではラキュースを置いていくことに」

「ああ、そうだったな。家族は一緒がいいだろう」

 そうなるとンフィーレアは少し困ってしまう。

 資源の供給元(もと)が断たれるのはまだ少し待ってほしかった。

「私が勝ったら……か……」

「階層一つを好きに出来るチャンスだぞ」

「……ほどよく混沌としたモンスター溢れる世界が欲しい……。その筈だったのだが……、お前たちがうろうろするせいで何も出来なくなった。自分で世界を作れば……、新鮮味が無くなる。未知の冒険ではない」

 自分が全て決めて作った世界に新しさは確かにない。

 誰かが来ない限りは。

 ナザリックはその中で他人を楽しませたくないダンジョンでモンスターを大事にしすぎて報復が凄まじい。

 若い冒険者なら瞬殺だ。

 実力差も開きすぎている。

 世界にモンスターをばら撒くとしても強いし、倒せばどうなるか分からないし、と最悪な未来しか見えないだろう。

 ヤントラはタレントでろくな未来を見ていない気がするとイビルアイは思った。

 身動きが取れないから月へ行く。だが、行った先には何も無い。自分で作ったとしても楽しくは無いのだろう。

 解決策はイビルアイでも思いつかない。

 モモンには部下の要望に答え続けたストレスの発散が欲しくて仕方が無かった。

 世界征服は男のロマン。だが、それはあくまでも希望であって主目的ではない。

 世界を知って、敵対プレイヤーから身を守ること。

 NPC達の面倒を見ること。その為ならナザリックすら捨てる覚悟はあるし、避難場所をトブの大森林に作らせている。

 成り行きで戦争に参加し、勝利して領土を貰って建国までしてしまった。取り返しがつかない気がするし、この先のことは未定ばかり。

 ヤントラが適度に敵対してくれるから怒りの矛先が向けられる。

 八つ当たりとも言うけれど。

「モモン様!」

 イビルアイがモモンの側にひざまずく。

「勝負などせずともナザリックがご主人の手助けをする、だけで充分ではないですか。無理に戦われずとも……」

「……むう」

 そう言われると納得するものがある。

 無理に戦う必要は確かに無い。つい勢いに任せてしまった。

 うっかり負けてナザリックの全てを奪われたら困る。

 言い訳はするかもしれないが。

「おそれながら……、私も下等生物(かとうせいぶつ)の意見に同意いたします」

「……ちっ」

 いちいち下等生物(かとうせいぶつ)と言いやがって、この野郎、という思いでイビルアイは舌打ちする。

 しかも鼻で笑いやがった、と憤慨する。

「……あえて要望を言わせて貰えば……、アルベドの為にナザリックを渡せ」

「なに? アルベドの為って……」

「……身に覚えがあるだろう? あれは愛するものの為ならナザリックを滅ぼすぞ」

 頭に違和感を感じるのか、ヤントラは自分に治癒魔法をかける。そのすぐ後で鼻血が出た。

 先ほどの一撃は人間の頭蓋骨に結構なダメージを与えていたようだ。

 意外ともろい身体だなとヤントラは苦笑する。

「二人の住居をどこかに作って暮らすか。今の名前を捨てるか……。私が代わりに二代目として名乗ってやってもいいぞ」

 ナザリックを渡せ、とはすぐにはどれほどの事なのか想像できないモモンは唸った。

 怒りよりは疑問がたくさん浮かぶ。

「部下思いのお前には荷が重いか……。敵が多かった時代なら良かったんだがな」

 ヤントラの言葉で浮かぶのは『悪用方法』だ。それはとても有効的に機能するのだが、最終手段にしたい手でもある。

 オリジナルで試すのはモモンでも確かに抵抗がある。

 モモンが引き抜いた剣はヤントラが戻した。抵抗されなかったのは戦う気を失ったからだろう。

「宝物庫はまだ手探り状態だ。壊しては造りを繰り返す。ナザリックに攻めるのは随分と先の未来になりそうだ」

「……ナーベ、イビルアイ。少し興奮してしまったようだ。申し訳ない」

「アイ……、モモンさん」

「モモン様……。困ったときは相談に乗りますよ」

 イビルアイとナーベは睨みあう。

 アルベドという恋敵は居るけれど側に居るだけでも嬉しい。

 憧れの存在とたくさんお喋りしたい。

 イビルアイは女の子だから。

「最大の謎を聞いてしまったな……。色々と世話になった……。ナザリックから散々持ち出しているようだが、まだ何か欲しいものでもあるのか?」

「いっそ全ての女性型モンスターが欲しいな」

 そう言った後でモモンの全身から黒いオーラが噴き出した。

「この変態め!」

「はっはっは。よく言われるよ。戦闘メイドやアウラ達じゃなくて、普通のモンスターで女性型の奴だ。まだまだ世の中には居るような気がするんだがな。腕がたくさんあって下半身が蛇の女悪魔みたいな奴とか。巨大生物はうちの宝物庫にはちょっと入れにくいが……」

 どんな時でも変わらないヤントラはある意味凄いなとイビルアイは感心した。

「海の生物は水槽が……」

「お前の欲は女体が中心なんだな。財宝とかは要らないのか?」

「改めて言われてもな……。装備して戦う相手が居ない。飾るだけならよく切れる剣だけあればいいよ。後は竜(ドラゴン)くらいしか倒す相手が居ない気がする」

 竜(ドラゴン)の次が敵対プレイヤーになるかもしれない。

「蝿の女悪魔とか……」

「いいから黙れ。……ったく、興醒(きょうざ)めだ。というか世界全ての女ってわけじゃないよな? 種類だろう?」

「根絶やしにするのは困るからな。あと、無限増殖しない奴がいい」

 繁殖を考えれば男も居た方がいいだろう、とちょっと考えてしまったモモン。

 女性型の他に珍しいモンスターでも居れば施設に放り込めばいいか。

 容器に入れて眺めるだけ、というのなら女体美術館かな、という下らない事が浮かんだ。

 ハーレムにするには命令系統の問題があるし、やはり繁殖目的に使うのだろう。

「人形ばかりで寂しくないのか?」

「寂しいよ。命令が無ければ喋らないし。適度に処分する上で虚しさは凄まじい」

 従順なNPCとてゲーム時代では融通の利かない人形と変わらなかった。今は意志を持って行動し、喋る。

 だから、寂しくない。

 自分(モモン)の思っている以上の結果を見せてくれる。

 ゲーム時代の記憶もある程度は保持しているから懐かしさも感じる事ができる。

 ユグドラシルではあまり気にせず捨て置いて冒険の旅に出ただろう。帰ってきても受け答えに変化は無く、与えられた命令のままに行動する。

「……ん。そういえば……、参考までに聞いておくか……。スクロールについてお前の見解を教えろ」

「漠然とした質問だな……」

「通常のスクロールは最高で第三位階までしか込められない。やはり特別な皮が必要だと思うか?」

「……ん~、それは単純に皮の本体が第三位階相当のレベルしか持っていないからだろう。実験はしていないが……、フールーダさんの皮なら第六位階も込められるかもな。……今は第八位階くらい行くか?」

 軽くモモンは唸った。

 人間の皮、というのは思い至らなかったからだ。

 確かに普通に考えれば羊皮紙の材料が羊である必要は無い。ゲーム時代の知識しかなかったからだが。

 デミウルゴスに任せたものが混合魔獣(キマイラ)なのか分からなかったが人間の皮でも作られるなら無理はないかもしれない。

 それはとてもえげつない。残酷と言う言葉が思い浮かぶ。

 いや、自分は『よし、ではその羊から皮を剥ぎ取れ』と命令しなかっただろうか。

「……それが事実なら……」

 罪人なら実験するかもしれない。けれども自分でやるのは少し抵抗がある。

 デミウルゴスならやってのけるだろう。悪魔だから。

 第十位階のスクロールを作るにはドラゴンハイドが通説だが、第十位階魔法を使えるだけのレベル保持者の皮が必要だとすれば現時点でナザリックのNPCの皮が最有力候補に挙がるだろう。

 第十位階に拘らなければパワーレベリングで、とまで思考してモモンは唸る。そして、少しだけ黒いオーラが噴出する。

 確実にヤントラはそれを行(おこな)える。

 アイテム使いでもあるのだから自前で素材を用意したくなるだろう。だから、それはとても自然な事かもしれない。

 この宝物庫は数々の人体実験を行(おこな)える場所だ。

 ではアインズが出来ない理由は。一般人としての常識や良心、倫理観があるからだろう。

 外見はアンデッドではあるが生者を憎んでいるわけではないし、仲良くできる者とは仲良くしたい心はある。

 部下の心配もするし、やりすぎは咎める。

 あまり非人道的な行動は取らないようにしてきた。だが、ヤントラは逆に邪悪な行動が多すぎるほどに多い。

 悪魔であるデミウルゴスからすればヤントラのような行動こそ支配者が取るべきものだと言うかもしれないし、アウラ達も支持するかもしれない。

 人間蔑視の彼らはむしろヤントラ側だ。ナーベですら異種間の性行為を気にしないほどなのだから。

 ナザリックの支配者としてはヤントラはうまく機能させてしまうおそれはあるかもしれない。

 ウルベルトが弟子にしたいと言うほどなのだから。

 秘密を知った今だからこそ感じる『悪』というか『不幸』の権化のような存在のヤントラに怖いものは無いのだろう。

 あるとすれば『孤独』だろうか。

「別に人間の皮じゃなくてもいいだろう。魔法が使えさえすれば亜人でも。またはレベルかもしれない」

「う、うむ。少し驚いたぞ」

 元々が人間だからつい思考が偏ってしまった。

 亜人でも構わないなら少しは気が晴れる。

 動物の皮を剥ぐのだから残酷とか言ってられないだろう。

 もっとも、高い位階魔法を扱うなら人間が一番手に入れやすいのかもしれない。体毛も少ないようだし。

 NPC達の背中はとても綺麗だ。それを剥ぐのは可哀相だろう。だが、デミウルゴスの場合は悲鳴を優先させそうだ。

 肉体は無いが背筋に冷たいものが落ちるような気がした。

 羊皮紙生産に協力してくれと言ったら喜んで提供する部下の姿が浮かんだ。特にアウラは今は情緒不安定な気がする。迂闊な命令は出来ないだろう。

「……お前のところでいくつかサンプルをよこせ。……それを調べて判断する」

「私に頼ると部下が悲しむぞ」

 その部下がデミウルゴスなのはすぐに理解した。

 勝手に話しを進めればがっかりするだろう。まして世界征服を休止にしたのだ。それだけでも次の活躍に力を入れようとするかもしれない。

 部下の面倒を見るのも支配者としては頭の痛い問題だ。

 だが、やはりというかヤントラの発想力は貴重だ。一人で大群を相手に出来る実力の持ち主なだけはある。

 実際に見たわけではなく、たっち・みーが我が事のように動画を見せてくれた。

 技の解説や動き。アイテムに魔法のタイミングの洗練さ。

 チームプレイが出来れば良いアシストが務まるだろう、と。

 弱点としては戦闘に集中すると命令を聞かなくなること。それはそれだけ高い集中力を持っているから、と説明されたがチームとしては言う事を聞かないワンマンプレイは敬遠される。

 だからソロプレイヤーが似合うのかもしれない。

 その高い集中力も今なら理解出来る気がする。

 ゲームでも現実でもヤントラは孤独だから。だからこそ洗練された強靭な精神力を保持しているのだろう。

「……大きなお世話だ、この野郎」

 でも、やはりムカつく気分は拭(ぬぐ)えないので一発殴っておく。

「………」

 ヤントラは静かに崩れ落ちる。

 少し頭蓋骨が陥没したかもしれないが、まあいい。とモモンはそう思って帰っていく。

 後でユリに転移用のアイテムを持ってこさせることにして変態と戦わなくて良かったと今は思うことにした。

 国家を樹立した以上、アインズ・ウール・ゴウン魔導国を簡単に捨てる事は出来ないし、森の中を大々的に開発するのは自然破壊に繋がるので少しだけ抵抗がある。

 アルベドの件は色々と言われているが正直に言えば逃げたい。

 支配者としてNPC達を残していく事も出来ない。

 アンデッドの身体だから如何わしい事は無理だが子孫は残せるらしい。超位魔法なら可能になるとか。というか、どうやって確かめたのだろうか。

 確かめたからといってアルベドと二人で愛の巣を作るのは果たして正しい事なのだろうか。

 というか、いずれは作らなければならないんだろう。

 アルベドはモモンガを愛している、のだから。

 『悪用方法』は確かに危険な方法だ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 モモン達が立ち去った後でイビルアイは仲間用に持っていたポーションをヤントラの頭にかけた。

 先ほどからピクリとも動かないからだ。

 それは伝え聞いた赤い色のポーションだったので、ンフィーレアはとても興味が湧いてしまった。

「そ、それが問題のポーションですね?」

「うるさい。これはあまり公(おおやけ)に出来ないものだ」

「い、いえ。秘密なのは聞いています。これを何とか自力で造りたいので……」

 少し経ってから自前の治癒魔法で復活するヤントラ。

 イビルアイが見殺しにすれば死ねたかもしれない。また生き延びてしまった事に少し残念でもあり、仕方がないなという複雑な感情が入り混じる。

「モモンに秘密と言われましたか?」

 イビルアイに感謝しつつンフィーレアに話しかけるヤントラ。

「は、はい。厄介な事態になると……」

「敵に知られると困りますからね。特殊なアイテムなら出所を探るのは基本です」

 それは分かっているけれど研究したい。それは素直な気持ちだった。

「敵にバレたら私の目の前で自慰行為してくださいね」

「ひゃあ!」

「んっ……。男の子になんてことを……。ご主人は悪魔だ」

 というよりンフィーレアの声は以前と違うような気がした。

 声変わりなのか、聞き違いなのか。

「……エンリとやった(性行為)か……」

「な、なんで分かったんですか!」

 イビルアイの呟きに顔を真っ赤にしながらンフィーレアは詰め寄る。

 かまをかけただけなのに激しく反応するのは純真な心の持ち主だからなのかもしれない。

 そんな男の子はもちろん大好きだ、とイビルアイは思った。

「エンリはいい女だ。ちゃんと導けよ。研究も大事だがな」

「はい」

「……モモンと相談して研究するといい」

 ヤントラはアイテムボックスから五本のマイナー・ヒーリング・ポーションを取り出した。

「ご主人……」

「アインズはアンデッド。強力なポーションを作られれば葬(ほうむ)りに来ますよね」

「あ……。そうでした。……で、ですが冒険者の命も大事です」

「それとは別に……。ンフィーレア君。再特訓してみるか? もう少し強く、というかクラスを得た方がいいだろう」

「そ、そうですか?」

「性格までは変えられないけど……。イビルアイはモモンと行動しなくていいのか?」

「ああ。今日はご主人の様子を見に来ただけだ。危うく死ぬところだったな」

 恐れを知らないヤントラとてモモンの一撃は通じるようだ。

 意外と打たれ弱いのには驚いた。

 手甲で殴れば痛いか、と少しだけ納得するイビルアイ。

「脅すわけではないけれど、頑張って下さいね」

「はい」

「私は……、寝ます。地下にこもるのは精神衛生上、良くないですね」

 首を左右に傾けつつヤントラは伸びをした。

「意外と弱いんですよ、私は」

「攻撃を受けなければ……。だが、技量があるからご主人は強い。モモン様にも負けはしないだろう」

「……本当に戦う事になったら……、色々と面倒くさい事になるんですよ。ナザリックの者達が暴走して世界を滅ぼしたり、するかもしれませんし。あんまり手は出したくないんですよね」

 アインズと戦わないのは単にナザリックの者達が気になる、のではなく、何らかの問題点が発生するから。

 そういう発想はしていなかったが、ありうるとすれば厄介な事態だろう。

 色々と事情を知るから手を出さない。出したとしてもどのように出すのが良いのか、ヤントラは大体のことは知っているのだろう。

 現に世界を滅ぼさない状態に追い込んでいる。

 討伐しようものならまとめて粉砕されるかもしれない。それだけの戦力と自信がナザリックにはあるんだろう。

「モモン様はこのまま冒険者で居てくれるのだろうか?」

「気晴らしの冒険は必要だろう。私がモモンを襲うような理由があったとして……、それはそれで居づらくなるな……」

「ご主人に悪役は似合わない……。変態とは言われているが……」

 『飛行(フライ)』でヤントラの背後に回り、肩を揉む。

「月に行く前に空に浮かぶ宝物庫を作らなければ。国に迷惑をかけない規模のものをね」

「空中の城として、やはり必要なのか?」

「基本は大事ですよ。では、お休みなさい」

「あっ、少し待って」

 と、仮面を外せば可愛らしい声に聞こえる言葉をイビルアイは言った。

「はい?」

「ずっと疑問だったが……。モモン様が時々出すオーラのようなものは……、何なのだ? 魔法か?」

「怒りのオーラです。それだけですよ。種族的な特性で発生した後に抑制されます。怒りが収まらないと何度も発生しますが、害は……無いはずです。少し吹き飛ばされますが」

「感情を抑制するのか?」

「平常心を保つため、かもしれません。他にもオーラが出せた気がしますが……。演出だけですよ」

「そ、そうなのか。……世の中には不思議な事があるものだ」

「無意味にオーラを出すのもバカみたいですし」

 苦笑しながらンフィーレアにそう言ってイビルアイと共に宿舎に向かう。

 ヤントラを寝かせたイビルアイは添い寝でもしようかと思ったがやめて、濡らしたタオルなどで顔などを拭(ぬぐ)っていく。

 静かな戦いを終えた戦士にも休息は必要だろう。

 本来ならばラキュースの仕事なのだが、今はイビルアイしか居ない。

 今はただ『ご苦労様でした』と感謝の意を伝えるだけだ。

 

 日が傾く頃に目覚めるとイビルアイの姿は無く、ンフィーレアはカルネ村に戻ってしまった後だった。

 リイジーは晩ごはんの支度を整えて、古い客人達と食事をするようで少し賑やかだった。

 他人を泊まらせてはいけない規則は無いので、リイジーが寂しくないのであれば文句は無い。

 地下に降りると『魔法の矢(マジック・アロー)』を打ち込んだ床のヒビが目立つので予備のタイルで補修する。扉は少し欠けていた程度だ。

 容器の方は結構な数が出来上がっていた。

 問題は一面だけでは足りないという事だろう。二段、三段と積み重ねられるような状態にしたい。

 資源の方は避難させていたが改めて増産を繰り返す。

 魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)も育てなければならないだろう。

 様々な種族に色々と教え込みたいが、それぞれ強くするのは面倒くさいな、と思ってしまう。

 効率化を図るなら少ない方がいい。

 だが、それでは虚しくなる。みんな同じ顔と言うのは飽きる。

 魔力系なら女淫魔(サキュバス)がいいだろう。

 悪魔系を数人。

 人馬(ケンタウロス)は図体が大きいし、外で客人を迎える役以外は使えそうに無いな。

 戦闘向きが少ない。

 平和な農村や森などの自然豊かな暮らしの方がいいのかもしれない。

 特に精霊等は戦いようが無いだろう。

 それよりも動かない者が多くて死体に見えるのを何とかしないと。

 あと床(・)ず(・)れ(・)しないか心配になる。

 全て浮遊状態で保存しなおさないと駄目かもしれない。

 それはそれで忙しくてよいのだが、保存液がもったいない。それらは浄化実験に使うか。

 まずはとにかく増産だ。

 翌朝、届いた荷物が大型倉庫に置かれていたので施設に運び込んだ。

 そういえばラキュースに手紙を届ければいいのでは、と今更ながら思い至る。

 手紙用の紙はあるにはある。

 早速、レエブン侯に相談しに行った。

 施設に入った事は特に問題は無く、王様を不快にさせなかったかどうか気になった。

 メイドの扱いに関しても問題は無いと伝えた。

 手紙についてはエ・レエブルからリ・アインドルに送る事ができ、リ・アインドルからの手紙はリイジーの住所で届く旨を伝えれば良いとの回答を得た。

 戦争が停戦状態のお陰で農民の生活が潤い、都市に様々な農作物が滞りなく届く事になった事が伝えられる。

 王都の闇は簡単には消えないけれど、真蒼の薔薇などの働きもあり市民生活は向上しつつある。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ヤントラはラキュースにとりあえず元気である事と子供達の様子はどうなのか、などを書いて送った。

 秘書を何人か抱えているのでヤントラの出番は不要のようだ。

 食材を買った後は宿舎に戻り、各部屋の掃除をしていく。

 リイジー達は店で寝泊りできるので、宿舎はエンリが来た時しか使わないだろう。

 容器を乗せるような板が必要なのだが、丈夫で軽い素材はミスリル製がいいのかオリハルコン製がいいのか。

 木や鉄板では心許ない。

 大理石などの石材では強度に問題があるだろう。

 鍛冶職も必要だろう。

 女淫魔(サキュバス)しか候補が浮かばない。

 亜人種は製作系には向かないな。少しもったいない。

 資源の量産を終えた後でリイジーの店に向かう。

 店内には様々なマジックアイテムと薬草類。ポーションもいくつか並んでいた。

「休憩かい?」

 見た目は二十歳のリイジーが年寄りくさい言い方で尋ねてきた。

「製作系に似合いそうな種族が決まらなくて……。女淫魔(サキュバス)ばかり」

「鍛冶職なら山小人(ドワーフ)。武器なら火蜥蜴(サラマンダー)辺りがいいんだろうけど」

 女性の製作系は人間以外には森妖精(エルフ)。

 亜人種はほとんど思い浮かばない。

「一つ目の……、単眼巨人(サイクロプス)。妖精は力が足りないから向かないだろうねー」

 力仕事は大抵が男だ。

 尻尾とか羽は邪魔でしかない。

 鳥人(バードマン)は尚更論外だろう。

「森妖精(エルフ)とか無難な方がいいんじゃないか」

「色んな種族が使えたらいいんですけどね」

 折角使うなら色々な女の子の方が目に優しいし、飽きない気がする。

 全部同じではつまらない。

 水棲生物と虫は使いにくいだろう。

 倒しやすさでは人間が適当だ。

 新種のモンスターを作り上げるか、普通に人間で妥協するか。

 それはまさに『神』の視点の悩みかもしれない。

 クエストをクリアすればゲームが終わる、というわけではない。

 元の世界に帰ることもないのだから出来る事は何でもやって、散っていくだけだ。

 モンスターの選定は不毛かもしれないので人間種で挑戦するしかない。

 大浴場に降りた時に仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)なら床ずれの心配は無い事に気づいた。

 そうであってもまだ多くの素体がある。

 浴槽は図体の大きい素体用に使う事にし、残りは容器内で培養する事にした。

 部屋を二分するように保存している容器と空の容器を左右で分けていく。

 保存用の方は何段も積み重ねる予定ではあるが保留にする。

 一回で出来る事は少なく、試行錯誤が続く。

 培養液の事もあるし、やることは山積している。

 色々と考えた結果は何も出来ずに一日が過ぎただけだ。考える合間に増産できる事は続けておいた。

 次の日、施設にユリ・アルファが訪れた。

 歩き方は清楚なメイドらしいたたずまい。

 服装に変化がないのは少しもったいない気もする。季節に合わせて色を変えるとか考えなかったんだろう。

 地下施設では四季は関係ないか。

 スカートを摘(つま)んでヤントラに挨拶するユリ。

「本日は地下施設に案内してもらうように仰せつかりました」

「……人気(ひとけ)の無いところにメイドさんが一人で居るのはシュールだな」

 そんな事を呟いたがユリは口元に手を当てるだけにとどめた。

 目立たない場所を希望したが詳しいところまでは決めてこなかったようだ。

 階段下が一番盲点となる場所だが緊急事態に備えられる場所がいいんだろう。

 それほど匂いの強くない今の羊皮紙生産現場の方が安全度は高いし、通路はほぼ無い。

 そこに案内して確認させた。

 各所に点在する隠し部屋は寝泊りできるほどの空間が確保されている。

 メイド達の服や装備類はとある部屋に用意されていて、必要な時に取りに行く。

 定期的に洗われているので清潔である。

 稼動しているメイドは戦闘メイドが二十人。一般メイドが十人。監視要員のメイドが十人ほど。

 処分しなければ四十人は何処かの部屋で控えていたり、掃除や見回りをしている。

 次に向かったのは七の宝物庫の地下一階、そして地下二階へと降りていく。

 地下二階部分は容器が並んでいたが一瞥だけでユリは上の階に登った。

 上の階もいずれは容器で満たそうかと考えているのだが今は荷物置き場と化していた。

 隠し部屋の方は数部屋分だけ完成しているが、残りは未完成や未定となっている。

「ここがいいですね」

 ユリが指定したのは階段下で部屋の角に位置する場所。

 物置とは別角度になるので扉や隠し部屋は作られていない。

 淡々と作業するユリは他人の施設でもお構いなしのようだ。

 物置の扉の関係上、多少の誤差を考慮して三メートル四方の枠を設置したいと要望してきた。

 それだけでヤントラは理解出来るのだが、他の者はユリの言葉の意味を理解出来ないだろうな、とぼんやりと思う。

 既にタイルは貼られていたが疑問を挟まずに物奥に置いていた大工道具などを取り出して大雑把に壁を削り取る。

 様々なものを作る上で各部屋に道具類はしまっておいた。

 さすがに拷問器具は一の宝物庫の方にしか置いていない。

 大半の器具は使わないので新品同様だ。

 ユリの指定どおりに削っていくと地肌が現われる。

「隠し部屋じゃなくていいのか?」

「はい。細かい調整はお任せいたします」

 虚空より取り出すのは木枠。それも大型のものだった。

 二点間を結ぶマジックアイテムだが、規模からシモベの往来を可能とするものだろう。

 三メートル四方とはいえ鏡などは付いていないので重量的には軽い素材だ。それを地肌の見える壁に貼り付ける。

 MPの都合で永続的に効果を持続させる事のできないものとユリは説明する。

 接続先は第十階層の巨大図書室(アッシュールバニパル)。

 取り外すと効果が一旦消失する。また壁に設置すれば効果は復活する。淡々とした説明だがユリの仕事なので文句は言わない。

 一通り説明した後でユリは木枠の中に消えて行った。

「………」

 通る時に外そうものなら手足がもげたりするのかな、と物騒な事を思った。実際には効果中は外しても消えはしないだろう。破壊の場合はさすがに効果は即座に消えてしまうだろう。

 転移を管理する者(プレイアデスの末妹)が居るはずなので。

 見栄えが悪くなったので木枠用に壁を装飾しようと思った。

 大理石のタイルを貼るのもいいかもしれない。

 後はセメントなどを用意することにして削ったものはメイドに掃除させた。

 二本の棒などで木枠を支えた後で都市に向かう。

 大理石を扱う石工の店に行き、必要な素材を手に入れていく。

 ホーロー加工のタイルも手に入れておこう。

 無収入なのに散財ばかり。

 これがゲーム時代ならモンスター退治で荒稼ぎしているところだ。

 施設に戻ると床にアイテム。それも傭兵召還用の本が数冊転がっていた。明らかに投げ込まれたものだ。もう少しアイテムを大事に扱ってほしい。

 それとツアレにそっくりな女性が居た。

 というか、本人だった。

「ここを通って来たんだ」

「はい。それとこれを渡すようにと……」

 ツアレが差し出したのは羊皮紙だ。それも日本語。

 原住民には解読できないのか、何が書かれているのかツアレには分からないようだった。

 ようはパワーレベリングで家庭料理や家事などのクラスを上げてほしいというものだった。ご丁寧に必要なクラスも記載されている。

「……よっぽどナザリックで荒事(あらごと)はやりたくないようだね」

 折角日曜大工が出来ると思ったのに、と思いつつ買ってきた道具類は置いて本は物置に入れておいた。

 包丁などの武器が扱えるだろうから剣を持たせて振らせてみた。

 屠殺場に連れて行き、儀式を行(おこな)う。もはや恒例行事のようだから儀式という事にした。

 事前に教えられていたのか疑問も抱かずに従ってくれた。

 本来はセバスが心配で様子を見に来るかと思っていた。

「服や装備類は外してバスタオルでも巻いておきなさい。食事類は……、色々と用意してくるけど、一人で待てますか? トイレと風呂はあそこだよ」

「は、はい。大丈夫だと思います」

 寂しいと困るだろうからメイドを二人ほど近くに呼びつけておいた。

 食事類とモンスターの用意で一時間ほど待機してもらう事にして行動を開始する。

 

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